2006年7月27日 (木)

マドリッドのルカ-21

Hura14
 明日の飛行機に乗るというルカに見送られて帰国した私達。あくる日の朝である。添乗員から電話が入った。
「ルカさん、飛行機に乗られてないんです」私は腰の力が一瞬抜けるような気がした。とりあえずルカの母親に電話をかける。母親のうろたえ、取り乱した様子が受話器の向こうに大写しに見える。
「どうしよう。もう、ダメだわ。あの時一緒に連れて帰って来るべきだった。荷物なんか、みんな捨てて・・・」
「でも、コンピューターの故障ってこともありうるわよ」
「もう気休め言わないでよ。男の所へ帰ったんだわ。あんなバカだと思わなかった」
「私の家へいらっしゃいよ。成田でもう一度添乗員が確かめてくれるって言ってるんでしょう」
 彼女はやって来たが取り乱している。マドリッドで引ったくりにすっかり盗られた時だって、かえって彼女は私に気を使っていて、気丈な母親と思っていたが、彼女は泣いていた。
「お父さんに可愛そうなことした。あんなに喜ばせちゃったのに。どうして、飛行機に引っぱりこまなかったんだろう」
 ジンの部屋に電話したと言う。「ルカ、ハポン、ルカ、ハポンって眠そうな声で言うのよ」全く、眠そうとは何事か。人の気も知らないで。しかし、ジンが知らないとなると??ルカは一体どこへ?もう一度、ジンに電話しようとする私に母親は、弱々しく首を振った。
「もう、ルカがマドリッドにいること、ジンに知られたくないの」
 私は言うべき言葉を持たなかった。母親は父親からの連絡もあるだろうと家に帰り、わたしも落ち着かない時間を過ごした。午後3時、ルカから電話が入った。私たちの心配をよそに、彼女はキョトンとした声で言ったものだ。
「どうして??ちゃんと飛行機に乗っていましたよ」
 ルカはこうして、日本に帰った。しかし、若い彼女の悲しい恋はこれで終わったわけではない。完(No376)

  長いことありがとうございました。

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2006年7月26日 (水)

マドリッドのルカ-20

Hura11
 スペインの朝は遅い。この国の太陽は遅く落ち、遅く昇るのだ。私たちの飛行機は、ホテルを9時には出なければ乗れない。国をあげての宵っ張りのこの国で、7時半ではまだアパートの8階の住人が起きないという。私は、あの、大きな時代物の鍵を思い出す。二人の住んでいたアパートは、表玄関と、8階入り口と、そしてジンの部屋と3つの鍵が侵入を拒否しているのだ。
「よし、じゃあ、7時行動開始として、それまで眠ろうよ」
 とても、眠る状態にはなく、朝はすぐやってきた。私たち3人はタクシーで、ジンのアパートにやって来た。もう、7時半である。玄関は開いていた。エレベーターで8階に上がる。ルカは唇に指を立て「ここで待っていて」と言って、8階のベルを押し続ける。誰かが中から鍵を開け、ルカが扉の中へ消えた。
「ギャアーッとでも聞こえたら一目散に飛び込まなくっちゃ」私と母親はエレヴェーターの陰に身をひそめて、こらえきれなくて、声を殺して笑った。TVドラマの主人公みたい。深刻な場面なんだけど、興奮していて、高ぶった笑いをこらえられない。
 ルカが大きなポリ袋を両手に持って出てくるまでに20分。7時50分だ。「バカね。大事な物から持って出てくればいいのに」ルカは、又部屋へ。時計をにらんで私たちは待つ。ルカが2度目の荷物を持って現れて8時5分。
 とりあえず目の前の荷物を1階へ降ろさなくては。私は荷物の番に1階に残り、ルカの母親が上がって行った。管理人が出てきて、私を職務質問する。スペイン語はゼロだから、ただ、「ルカ、ハポン、ルカ、ハポン」と繰り返すばかり。ハポンとは日本のことだ。胡散臭そうな管理人の問いに辟易するうち、ルカと母親が降りてきた。ルカの顔を見た管理人は、わたしの犯罪者扱いを謝って管理室へ退散した。
 私はルカの母親の格好を見て、たまらず大声で笑い出した。彼女は7月のマドリッドに冬のオーバーを着て、脇の下にブーツをはさみ、夏帽子をかぶってトランクとスーツケースを押していたのである。横断歩道を渡ってタクシーをつかまえる。出勤途上の人が笑いながら、荷物を持ってくれた。ホテルに転がり込んだのが8時半、私のトランクに詰め込めるだけ詰め込んで、8時45分。母親のトランクは鍵を盗られて開かない。荷物は無事にポーターの手に渡るだろう。こうして、私と母親はルカに見送られてホテルを発った.。しかし、この話はこれで終わったわけではなかった。(No375)

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2006年7月25日 (火)

マドリッドのルカ-19

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 午前2時、ぐっすり眠り込んでいた私たちの部屋の扉をホトホトとたたく音。ルカが立っていた。手に畳んだダンボール箱を持っている。
「どうしたの。こんな夜中に、一人なの」
「ジンとけんかしたんです。突然帰るって言い出すなんて残酷だ、エゴイストだって」
「こんな時間に追い出したの」
ルカは醒めた顔でうなずいた。「私のほうがもう冷静なんです。この部屋は僕の部屋だから出て行ってほしいって。もう、顔も見たくないって」
「結構じゃないの。刃物振り回すなんてことはなかったのね」ルカは楽しそうにうなずいた。
「けんかしながら荷物をまとめたの」
「ルカちゃん、男と見事に別れるなんてえらい」
「ジンは愛するならそんな残酷なことできないはずだとか、みんなに今度こそ本当に愛する人に出会ったとか、友達に紹介してバカみたいだとか、ウソつきだって」
「自分こそ、仕事があるって、日本から呼び出したんじゃない」母親の眉毛が上がる。
「わたしもそう言ったわ」私はルカと母親をさえぎった。
「今、そんな話してる場合じゃないよ。とも角、ルカちゃんは身一つで出てきたんだ。そしてもう戻れない。私たちがここを発つのは今日の9時。荷物を部屋から出すのは8時45分、それまでに、とにかくルカちゃんのために、この部屋をもう1箔予約して、荷物を運び込まなくっちゃ。ルカちゃん、荷物はいくつにまとまったの」
「5つです。後は捨てるものと冬もののオーバーです」
「捨てられないものなの」
母親がさえぎった。
「この子の物はみな良い物ばかりなの。ルカ、あんた、バカじゃない。どうして、空のダンボール箱しか持って出てこなかったのよ」
「ともかく、今、いくらお金があるの。荷物を日本へ送るのにもお金はいるし、ホテルの支払いもいるわ。日本へ帰ってから、成田から京都までだってお金がいるのよ」
ルカの母親は引ったくられて無一文。ルカはほんの8000ペセタも持っていなかった。私は海外旅行をする時は現金を持たない。わたしの全財産は1万ペセタと、ポケットに縫いこんだ4万円だけだ。それしかない。
「日本へ帰って、あなたの働いたお金で返してちょうだい」
「5個の荷物ならお母さんと私が1つずつ、ルカちゃんが3つよね。それは、なんとか、自分で持って帰りなさい」
私はスーツケースの荷物をぎゅっと押し込んでスペースを空けた。ルカの母親のあの大きなスーツケースは鍵を盗られて、無用の長物なのだ。
「今から、荷物を取りに行けない」
「真夜中では、管理人の持っている1階の鍵が開きません」
スペインの朝は遅い。(No375)

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2006年7月24日 (月)

マドリッドのルカ-18

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 ミラシエラの支配人にも会ってOK.個展の予定は快調に決まった。ボリビア人の友人が以前、ここで個展をした時、私の絵の写真を何点か見せてくれていて、応諾はもらっていたのだから。「向こうのオープニングパーティーは、そりゃあ、凄かったよ。人で絵が見えないほどだった」と彼女は言っていた。彼女の義弟が、このマノロ氏なのである。会場に引き続いてマノロ氏の自宅に行く。先ほどプールで泳いでいた少年も一緒だ。マノロ氏の次男のこの少年がなんとも美しい。水面に映る自分の姿に見とれて水仙になったというナルキッソスもかくやと思う。美しい奥さんにも紹介され、その次に額屋へ行った。明るくキチンと整理された店内は、ここもやはり昼休みだったが、昨日ジンが連れて行ってくれたところとは、これ程対照的なところもあるまい。
「何もかも任せてください。そのほうがこちらもやりやすいですよ。あなたは素晴らしい作品を作って下さい」
ルカが横でフーッとため息をついた。
「違いますねえ。何もかも」
「ルカちゃん。男はこうでなくっちゃ。有能な男はみんな忙しくしてるわよ。日なか、小娘のお守りをしているなんて、全くお話にならないよ」
 ステキにおいしい魚料理を、明かるいレストランでごちそうになり、又、マノロ氏は次の打ち合わせに出かけて行った。私たちはホテルに戻った。ともかく私の方の旅の目的は果たせた。ルカの母親も再発行されたパスポートを持って戻っていた。「とも角、荷物をまとめます」と言って、ルカとジンは帰って行った。
 部屋で休むという母親を残して、私は一人、スケッチブックを持って街に出た。マドリッドの夜7時は、まだ陽が差している。しかし、さすがに日中のあの耐え難い暑さはなく、テラスで飲む冷たいビールは、たまらなくおいしい。特に、生ハムは酸味がきいて、コリッと歯ごたえがよく、スパイスがきいて野生的でたまらない。「日本で聞いてきた話と、一分の齟齬もない。個展はきっとうまくいく」わたしは、ゆっくりビールを飲み干した。
 かって、第二次世界大戦前後、このアルカラ大通りを外国人義勇兵の国際旅団が道いっぱいになって行進したのか。ヘミングウエイも、アンドレ・マルローもいただろう。「インター・ナショナル」の歌声が響き渡ったにちがいない。今は恋人たちが行き交うアルカラ通りは、少しずつ暮れていく。
 その夜、ぐっすり眠り込んでいた私たちの部屋の扉をひそかにたたくものがあった。午前2時である。(No374)

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2006年7月23日 (日)

マドリッドのルカ-17

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 ジンは11時かっきりにやって来た。昨日は拙いけど英語で一生懸命対応したけれど、私には、もうルカと日本語で話す以外、ジンと話す気は無かった。彼は所在なげに、私たちの日本語の会話を眺めていたが、小さくリズムをとって手拍子を打ったり、首を振ったりして気にする風もない。どこか飄然としていて生臭くない。ルカの母親は、添乗員と大使館へ出かけて行った。引ったくられたパスポートの再発行がなされる。
 間もなくマノロ氏がやって来た。やせて、ノッポの彼はやさしい男前で、もっさりと口ひげが口の周りを覆っている。今、カナリア諸島のテネリフェで大きな工事を請け負っていて、昨日帰って来たところだという。いくつもの会社を経営する彼は
「私はスペイン人らしくない。昼も夜も、土曜も日曜も働いている」と言った。彼は怖ろしく早口で、なるほど、これではルカのスペイン語は役に立たない。マノロ氏のスピードにつられて、ジンの英語が速くなり、私がジンの英語についていけない。結局ルカの通訳で、会話は3段階でまどろっこしいことこの上ない。ともかく彼は忙しい。運転しながらジェスチャーは入れるし、社外風景のガイドもつとめる。
「今、通ったあのビルの黄色い外装、あれは、私の会社の仕事だ。この道、毎年、マラソンで走っている。仕事ばっかりの人生で、走るっている時だけが息抜きだ」
「そんなにお忙しいのに、私の個展のお世話までしていただいては、もう一つマラソンを増やさなければいけませんね。京都でも、マラソンはありますよ。どうぞ、ゼヒ京都で走って下さい。京都をご案内したいですよ」
「ハッハッハッ、この道、この辺りでいつもハレルヤコーラスのレコードをかけてる人がいて、走ってると「ハーレルヤ ハーレルヤ、がーんばれ ガーンバレ」って、とても、息が合うんです」
 車はマドリッドから郊外へ抜け、高級住宅街に入った。ミラシエラはマドリッドの郊外、半時間あまりの所にあった。荒涼とした内陸のマドリッドだが、ここ、ミラシエラの家々には花が咲き、木々の緑も多い。目指す会員制の保養所は、美しいプールが2つ、テニスコートが12面、ゴルフの打ちっぱなしから託児所まである。建物の中には、ホールやレストラン、バー、ギャンブルをする部屋があり、私の個展の予定会場はラウンジルームである。時期は来年11月。1年半先のことである。全ては、予想以上に快調に決まった。(No373)

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2006年7月22日 (土)

マドリッドのルカ-16

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 「ジンは昼間わたしに言ったわ。娘さんはいつでもお返ししますって」
「そんな、急に、そんな・・・」ジンの、あのまばらにすいたソッ歯を思い出してむかむかしてきた。
「このチャンスを逃すと帰れなくなるわよ。飛行機のチケットが高いものなのは知ってるんでしょう」
 私たちはこもごも説得したがルカはウンとは言わなかった。私たちの2日目はこうして過ぎて行き、合図の電話をして、ルカはジンの元へ帰って行った。  
 短い、寝苦しい夜の後の朝がきた。私たちはもう、どうしても連れて帰る気持ちになっていた。しかし、同時にジンの態度が急変しないだろうか。刃物を持ち出したり、部屋に閉じ込めてしまったりしないだろうか。私たちは作戦を練った。ルカの母親が盗られたパスポートの再発行の為にルカ自身のパスポートが必要だという電話をかけた。ルカが現れるまでの間、私たちはどんなに気をもんだことだろう。現れたルカはいたずらをした子供のような顔で言った。
「ジンはもう勘ずいてる。パスポートがいるなんておかしいって」
「もう、飛行機のチケット取っちゃったわよ」
「ええっ」ルカは驚いたが、「どうしても、もう一日待って欲しい」と譲らなかった。
「今日は私の打ち合わせの日だけど、ジンは来るかしら」
「さあ、君は君の好きなようにするんだから、僕は関係ないって言ってましたけど」
 私はもうジンの顔も見たくない気分になっていた。あのいびつな小さな部屋のダブルベッドを見たときから、私はジンを許せなくなっていた。ルカの母親からの送金が途切れ、ルカはジンの部屋に転がり込んだ。最初は2つのベッドだった。ある夜、ジンはルカを女にした。「1週間くらい、怒って口をきかなかった」とルカは言ったのだ。
「パスポートは持って来た?」ルカはうなずいて、「カードもスーツケースの鍵も、大切な物は一式持ってる」と、ウエストポーチをたたいて笑った。
「デカシタ。ルカちゃん」
「彼はもう、私は日本へ帰るような気がするって言っています」私は、この際、荷物を全部捨てても良いと思ったが、ルカはきちんと後片付けをしたいと言う。母親も「この娘はいっぱい高価なものを持ってきてるの」と言う。
「大体、高価なブランド品に身を包んだ若い娘が一人、外国で動き回るなんて、カモネギもいいとこだ」と私は腹の中で舌打ちした。日本人は金も大して無いのに、あるように見せたがりすぎる。
「じゃあ、一日だけ遅れて帰るわね。オープンの往復チケットは片道より安いんだし、戻りたかったら、又、マドリッドへ来れるじゃない」しかし、本当にルカ一人でジンの所から抜け出せるだろうかとの不安は色濃くあった。
 十一時かっきりにジンはやって来た。(No372)

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2006年7月21日 (金)

マドリッドのルカ-15

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 パスポートがジンの手元にあるという。さあ、ルカをもう一度帰さなくてはならない。
「ジンは決して悪い人ではありません」
「ジンってどうしてそんなにお金がないの。男で60才っていえば、まともな男なら年金だって出る年よ。能力があるならスタッフの一人や2人使って事務所でも持ってると思うけどなあ」
「前、アルゼンチンで女の人と暮らしていて、その人が悪い人で、お友達のお金を持ち逃げしたので、全部自分が払ったって」
「ルカちゃん、彼は60才。いろんな女と付き合って、そして別れてるのよ。ルカちゃんが心配してあげるほどヤワじゃないよ。そんなもんか」
「私も時々、この人何言ってんだろうって思ってたんです。いい友達だと言っといて、すぐ後から悪口を言ったりする」
「どういうことなの」
「自分がアイディアをいっぱい出したおかげで大成功したのに、友達は尊敬を持って返さないとか」
「そりゃあ、能力がないってことだよ。アイディアくらい誰でも出せる。要は実際に実現できるかどうかなんだ。やるもののみが成功するんだから」
母親がせきこんで言った。「もう、お母さん決めた。明日の飛行機の切符、添乗員に言って買ってもらうから」
「急に、そんなこと言われたって」
「ルカちゃん。あなたをこの国で守ってくれるものは何だと思う」
「ジンですか」
「そうじゃないよ。とんでもない。居住権のない一旅行者を守るものはパスポートひとつよ。パスポートには、これを所持するものを保護してくださいって書いてあるでしょう。あれは、日本って言う国がルカちゃんを守るっていう意味よ。パスポートがないと帰れない」
「ジンは昼間言ったわ。娘さんはいつでもお返ししますって」
「パスポートをすんなり返すかしら」
「ジンはそんな悪い人ではありません」
「私にはそんなに良い人とは思えないわ。ほんとに良い人だったら、若いステキな人を紹介こそすれ、自分の娘みたいな若い娘を好きにするなんて許せない」
「娘って、お父さんより年よりじゃないの」
「ジンじゃなくってオジンってわけね」(No371)

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2006年7月20日 (木)

マドリッドのルカー14

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 「ルカちゃんはもっともっと勉強おしよ。こんな所で仕事を待ってじいっとしてるなんて、青春の浪費よ。あなたの英語もスペイン語も、もっともっと磨いてライセンスを取るのよ。そして、それを企業に売り込んだらどうだろう。外国が好きなら、企業の力をバックにして外国へ来ることよ。たった一人、自分の力で、若い娘が生きるなんて、大変なことよ」ルカの口は重い。しかしそれでも、ポツリポツリと言う。
「私も、こんな所で一体何してるんだろうとはぼんやり考えてたんです」
「ルカちゃん一人で生きるってことは、一人で会社を経営するようなもんよ。仕事が自分で取れなくっちゃ。人が仕事を持ってきてくれるのをじいっと待ってるなんて、駆け出しのやることじゃないよ」
「ジンもアメリカへ帰ることも考えているんです。スペインは本当に帰って間が無いんで」
「ルカちゃん」私は急いで遮った。「それはダメ。一番まずいことは根無し草になることよ。ルカちゃんが大学を出てすぐ良い会社に就職できたのも、ルカちゃんが、20年間日本に生きて、両親もお父さんもしっかり生きてるって事がルカちゃん信用になってるのよ。スペインで9ヶ月、やっと、何人かがルカちゃんのこと良い娘って思ってくれる人も出ようかっていうのに、又々、アメリカへ、コスタリカへなんて、誰も何も仕事なんてくれないわよ。だって仕事を頼む人の身になってごらんよ。そんなよく知らない人に、仕事を任せるなんて、そんなこと怖くってできっこないわ」
「そうよ。根無し草はよくないわ。明日の飛行機に乗っちゃいなよ」母親も必死だ。
「ルカちゃん、パスポートは?自分で持ってるのね」
「いいえ、ジンが危ないからって預かってくれてます」
「ルカちゃん、それは大変なことよ。パスポートがないとこの国から出られない」(No370)

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2006年7月19日 (水)

マドリッドのルカー13

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 グランビア大通りからほんのビル一つ分入り込んだだけなのに、ビル蔭にうす汚い売春婦が2,3人もしゃがみ込んでいるのだ。ルカとジンに守られる格好で大通りに戻った。「もう帰りましょう」
 ホテルまで送ってきたジンに言った。
「ルカと母さんにゆっくり話しをさせてあげてください。とても久しぶりで会った親子なんだし、又、すぐ別れるんですから」
 わたしは未練気のジンに扉の方へ手を差し伸べた。ジンは去った。「ゆっくりお風呂を使いなさいよ。それから食事をしましょう。そして、いろいろと話を聞かせてちょうだい」
 風呂上りのルカは素朴な娘に戻っている。
「ルカちゃんはその方がよく似合うわ」
わたしがバスを使っている間、母娘の声が高く低く聞こえてくる。やっぱり多少はこじれているようだ。部屋に戻ると母娘は深刻な顔をしている。
「ルカちゃん、どうしても帰れないの」
「ええ、今、突然私が帰ったらジンの予定が全部フイになります」
「この子はすっかりあの男にいかれてるのよ」母親は涙声になった。
「ルカちゃんには、もっともっと若いステキな男性が似合うと思うけどなあ」
「ルカちゃん、彼とはセックスもするの」ルカは悪びれることもなくうなづいた。
「そうか、つまり、ルカちゃんは、男としてジンを愛しちゃったんだ」
「わたし、愛するってことがどういうjことなのか、まだよくわからないんです」
「愛するってどういうことなんだろう。でも、女って、体の関係が深くなればなるほど執着が出てきて、別れられなくなるものよ」
「そうよ、ルカ、みんながあなたの帰りを待ってるわ。高木君だって浜野さんだって」
「でもわたし、今、帰ったら、せっかくここまで来て何もやれてないんですもの」
「9ヶ月も頑張ったんだもの十分じゃない。お父さんがどんなに心配しているか。テレビで花嫁姿が映るたびに、ああ、ルカに着せたかったなあって、何度も何度も言ってるのよ」
「本当にルカちゃんを愛してる人は、ジンのほかにも一杯いるのよ」ルカは父親の話に涙を浮かべたが、しかし、首を立てにはふらない。
「ルカちゃん、お父さんは愛してるなんてちっともささやかないけど、黙々と働いてるわ。そのおかげで、家族は誰も明日の心配をしないで暮らしていられるのよ。愛してる愛してるっていくらささやいたって女一人養えないようじゃ、一人前の男とは言えないわよ」
「本当にお父さんて偉大だわ」母と娘の意見はここでは一致した。(No369)

 京都も大雨洪水警報。全国的にも大変な被害が出ています。お見舞い申し上げます。ノー天気に思い出話などしている場合じゃないのですが・・・すみません。
 横山三四郎氏のブログにももりのことを取り上げてくださっています。言論界の大御所のブログへどうぞ。ビルゲイツと張り合うなんて、すっごーいお話。「ペルシャ湾」っていう本の出版状況など、。ももりなんぞとはえらあくスケールの違う、気宇壮大なブログですよ。横山氏が社長をなさっているeブックランド社が今回の、山口ももりの画集Ⅲを出版してくれました。画集はアマゾンからも買えます。
 http://bizpal.jp/eb346

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2006年7月18日 (火)

マドリッドのルカー12

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 しゃれた新婚家庭を考えていたわたしの目に、厳しい現実のみがむき出しになってあった。
2畳くらいの粗末でいびつな部屋、ダブルベッド一つで部屋はいっぱいだ。押入れになった棚が一方の壁を占領している。棚の上に置かれたプリンが妙に物悲しい。クーラーも冷蔵庫もない部屋のよどんだ空気をかき回すものは、私がルカにおみやげに持ってきたうちわのみである。ルカの性分なのだろう。キチンと整理されて不潔感はない。ルカもジンも恥じるでもなく淡々としている。私と母親は急に疲れてベッドに座り込んだ。
 そうだったのか。ルカはこの小さな部屋で仕事もなく、帰ることもできず、夢だけを食べて暮らしていたのか。ジンは相変わらず饒舌である。同じビルの4階にあるというプロダクションにも立ち寄ったが、昼休みで扉は開かなかった。「このすぐ近くに額屋があります。そこならぼくの顔で安くしてくれるんだ」
 グランビアの大通りからほんの一ビル入り込んだだけの細い通りに額屋はあった。ここもやはり昼休みで人影はない。スペインの午後は2時から4時までどこも店を閉じて、人々は昼食と午睡に家に帰ってしまうのだ。どす黒い濁った顔色の、ひどい格好の女がフラフラと、夢遊病者のように行ったり来たりしている。盛り上がった胸の半分こぼれそうなドギツイ化粧の女がこれも、ゆっくり行ったり来たりしている。ルカがささやいた。「売春婦よ。こっちの人は何しろグラマーが好きなの」ドギツイ化粧の若い方はまだしもわかる。だけど、もう一方のひどいほうはどうだ?私はルカの母親にささやいた。「あれでも買う奴がいるのかしら」ジンが言った。「この辺は麻薬がよく売買されている所ですよ。。私とルカの母親は扉のくぼみに体を押し付け、ルカとジンが街頭の側で私たちを守る格好である。「ホラ、注射器が落ちている」私はたまりかねて叫んだ。
「もう結構。こんな所でわたしは額を買いません」(No368)

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