2015年6月23日 (火)

仁和寺から八幡の八幡さんへかち(徒歩)にて

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アップしなかったのですが、先日、八幡(やわた)男山の八幡さんへ友達3人で参ったばかりです。というのも、その中の一人が「まだ、八幡さんへお参りしたことないねん」といいます。そこで思い出したのが仁和寺の法師「徒然草」です。スケッチは男山の上の石清水八幡神社


 ・・・・・ある年老いた仁和寺の法師が「みんなが八幡さん、八幡さんというのを聞くにつけても、一度はお参りしたいものだ」と歩いてでかけます。この歩いて…というところがミソ・・・


 


 八幡さんに着きまして、「えらく人が山の上にばかり上っていくなあ。しかし、自分はともかくお参りに来たのだから」と山にはのぼらず拝んで帰りました。仁和寺に帰って「年頃 おもいはべりしこと はたしはべりぬ。それにしても、たくさんの人がみんな山へ登って行ったのはいったい何があったんやろ???」って話しまして、みんなに笑われた、というお話。


 何ごとにも 先達はあらまほしきもの・・・・という段です。ほんに仁和寺から八幡の八幡さんって、かち(徒歩)では、ちょっとやそっとでは歩けない距離ですよぉ。改めて一条通りを走ってもらってわかりました。仁和寺街道ともいいます。

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 それにしても・・・木津川、宇治川・・・やがて高野川が、そして、桂川が流れ込んで淀川となる・・・・目で見る地図です。

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2015年6月22日 (月)

東京極通り

 今日はゆっくりとももりペースで、京都をフーラフラ・・・・やさしい次男夫婦の心意気です。
まずは曼殊院へ。曼殊院には「曼殊院古今集」があり、ゆっくり拝見。スケッチはなし。次に詩仙堂へ。下は詩仙堂です。

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 静かです。観光客もチラホラ。縁側に座って・・・は・は・は・・・・お尻に根がはえた????


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 次は大徳寺、高桐院へ。スピルバーグが絶賛したという、うっそうとした竹林の中の小道が続きます。どこからともなくかすかにクチナシの香りが・・・でも…禅宗寺院って花はほとんどありません。スケッチは大覚寺金毛閣。この3階には「この秀吉を踏みつけにするか」と難くせをつけて、利休自刃の一因となった利休像があるはず。一度見てみたいなあ。



平安京ができたのは「なくよ うぐいす 平安京」で、794年。東の端の大通りが、今の寺町通り。ところが、ところが・・・寺町という名称は、豊臣秀吉が寺をこの通りに集めたためについた後世の名前なんですって。もともとは東京極通りといったんだそうです。今でも、新京極通りは寺町通りの西側にあります。西京極という地名は今も残っています。朱雀大路は当時12メートルもある大通りだったそうですよ。
 ふんふん・・・一条戻り橋・・・西へ西へ・・・さてさて仁和寺へ・・・仁和寺といえば・・・・・次回に・・・・
 


 

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2007年1月18日 (木)

お茶漬けなら、やっぱり京都

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 この本、面白いんですよ。あれって思うような京都の知識の隙間を鋭く取りあげて、京都の歴史や人情を描いています。ももりは京都に生まれ、京都の田舎で青春前期を過し、中京に嫁いで、今では京都ほど住みやすいところはないと思っていまが、それでも、京都には京都独特のクセがあるとは思います。そのクセさえ呑み込めば、京都はとっても住みやすい。いい意味でドライ、適当に距離を置きながら、波風たてずに助け合います。長い間、都びとで、権力者の目に留まらないように助け合ってきた土地柄なのかもしれません。
京都が多分に誤解されているのは、あの、「お茶漬け」の落語。京都の人が
「まあ、上がってお茶漬けでも」って言ってくれても、それを真に受けてはダメ。おあいそを言ってるだけで、心の中では、「はよ帰ってえな」って思ってる・・・とか???そんな事はありませんよ。お茶漬けがないのに「まあ、お茶漬けでも」とは言いません。どうぞ、喜んで食べてあげてください。
 でも、こんなももりでも、せんど、腹を立てた京都のあいさつ言葉を一つ二つをここでバラしましょう。中京の真ん中の、古い家に、たった一つ粒落ちた異人種みたいなケッタイな嫁だった頃のこと、まあ、例えば・・・ちょっとお出かけ・・ご近所のちょいウルサオバサンが「どこ行きえ??」って聞いてきます。この言葉にどんなに腹を立てたことでしょう。
「ええとぉ・・・ちょっと大阪行って、そこから神戸へ・・・」なあんて、答えながら心の中で「なんで、こんなプライヴェートなこと、聞かれなあかんのん???」ってプリプリ。でも、それは、ほんのあいさつの言葉なのです。「こんにちわ」の代わりなんです。。「ちょっと。そこまで」って答えれば良いだけなんですよ。それに気がついたのは、大分たってからでした。そう、どこへ行くときだって「ちょっとそこまで・・・」。相手はそれ以上は聞きません。「あ・あ・あ・聞かれたくないんやな」って感じなんです。そこのニュアンスは、ちょっと説明がむつかしいかもしれへんなあ。つまりぃ、やんわり取材拒否してる。
又々、姑が寝込んだ時、「おばあちゃん、どうえ??」って・・・・・「昨日からちょっと熱があって・・・ご飯が・・・」なあんて・・・ある日、気がつきました。相手は別に何も知りたがってない。「こんにちわ」の代わりなんだって。「機嫌ようしたはります」って言っとけば良いだけなんです。相手に意地悪を言っているという意識がないのに、こちらだけが腹を立てているってのは、エネルギーのムダ使い。という風にすっかり京都の風になじんだももりです。写真は、黒田正子著「京都の不思議」光村推古書院 
黒田正子氏に触発されて今年は、ももりも京都について書いていてみようと思っています。せっかく京都に住んでいるんですもの。ナマ情報もできるだけ取材しましょう。(No499)

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2005年7月22日 (金)

京都のMY WAY

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ももりの家はとても便利な所にあって、桜、紅葉の季節はむやみやたらと、やみくもに歩き回ります。私のお薦め京都歩きはこの無目的さにあります。迷子になって帰れないという土地柄ではないので、ギリギリの境界線沿いに歩いてみてください。これ以上は「進入禁止」の看板沿いに歩くのです。例えば、嵐山、まず渡月橋の左岸を遡ります。振り返ると京都の町が渡月橋越にまさに浮世絵の風景。行き止りの料亭で軽く腹こしらえをして再び渡月橋を渡り、今度は右岸を遡ります。進入禁止の看板まで行ったら階段をかなりしんどいけど上がる。一本道を上へ上へ。展望台からは桂川が真下です。お船が下ってくるのがみえます。塀の中で「うわあ、いい景色」なんて聞こえますが、中は大河内山荘。ただではありません。こっちのほうが景色は良い。この塀にそって、進入禁止の看板で右へ。ちょっとけもの道みたいな細い道を下り終わるとそこはもう嵯峨野、すぐに落柿舎や常寂光院や祇王寺です。ともかく嵯峨野もなんだか荒れました。どこにでもある安っぽいコロッケ屋やもやげもの屋が多すぎます。でも進入禁止の看板沿いはマーダマダ田舎。絵は桂川の左岸。ビールを飲もうとコップに入れたとたん、うっかり筆をビールの方のコップで洗っちゃった。グ・ヤ・ジ・イ!!!まあ おいでやす(No75)

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2005年7月18日 (月)

お祭りすんで日がくれてどこかで・・・

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昨日、祇園祭、大変な人出だったようです。私は2つの展覧会の掛け持ちで・・・と言っていますが、あの人波と厚さにはもう耐えられないっていう感じで・・・申し訳ない。でも2時ごろ自転車で御池通りを走っていたら道に一杯ゴミが散乱していて悲しい風景でした。ところであの鉾、巡行の後どうなるんでしょう??鉾は疫病封じのために町内をねり歩くもの。本来は燃やすものだったらしいのですが、勿体ないからできるだけ早く解体するんですって。あっという間に終わるって亭主の話。何しろ悪がきだったらしい彼はマメに見ています。四条通りのおたびにあるおみこしも、彼が子供の頃は鴨川を渡って水をかけてみそぎをしたそうです。こうしてブログに書くとなると改めて何にも知らない事がわかりました。子供達を連れて鉾から投げてくれるちまきを受け止めて喜んだ日もあったのにネ。今ではもう鉾からちまきも撒きません。危ないからですって。来年はもう少し調べてレポートしましょう。(71)

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2005年7月17日 (日)

祇園祭ご当地事情2

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今日はいよいよ山鉾巡行の日です。ちょっと夕立するかもしれないって。絵は5日前に描いた準備中の長刀鉾。四条通りの一番賑やかな所にある代表的な鉾で、私がスケッチしていた時には、ちょうちんを上げていました。京都って知れば知るほど面白い土地です。丹波の山の中で亭主と畑を始める前、よくやった事、日曜日の朝まだ暗いうち、目が覚めたらそのままバス停へ、スッピンです。誰も知った人はいない。そして来たバスの終点まで乗って、終点周辺を歩き回ってから小さな喫茶店でモーニングを食べて、帰りはもう歩き疲れてるからバスで帰宅という、朝のお散歩です。小高い丘から朝日が上り、霧が晴れていく。気に入ったら午前中散策。ホント、京都って郊外の方が美しく、静かで、そして「わあ、こんな所にあのお寺があったのか」っていうようなお寺や、新しい発見があるのです。例えば、一乗寺修学院っていうバス停、修学院は事前に申し込まないと入れません。でも一乗寺、そう宮本武蔵が吉岡清十郎と決闘した??んじゃあなかったけ??一乗寺をさがしたんですが見つからない。土地の人に聞いてみると、そう、地名だけが残っていてお寺はもうないんですって。そんなことを知って喜んでいる私がちょっとおかしい??でも、ちょっとバス停の名前を見るだけでもう好奇心がウズウズ。どうぞ おいでやす(No70)

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2005年7月16日 (土)

祇園祭ご当地事情

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今年の巡行は晴れそうです。祇園祭りの時は京都は一番蒸し暑い時期です。京都に生まれ、京都の田舎で子供時代を過ごし、また結婚して中京に住んで、京都以外の土地を知りませんが、今では、こんなに住み易いところは無いと信じています。ある種のドライさがあるのです。でも、一種のスタイルがあってそれがわからないと悩みます。例えば、結婚してからのこと、どこかへ出かけようとすると「どこいきえ?」って聞かれるのです。若い私はその問いにどれほどイライラと悩まされたことでしょう。「どこ行ったってええやないの。なんでそんなプライヴァシーに踏み込むの」って。でも、これは、京都の挨拶なのです。相手は私の行き先なんてちっとも知りたがっていません。ホンのおアイソなんです。そのことを知らないもんだから「ええっと、今日は神戸から、大阪へ出て・・・」なんてムカムカを隠して答えていました。でも今では「ちょっとそこまで」 そう、それで全てOKなのですヨ。絵は鉾を管理しているお家から即製のはしごをかけて飾りつけ。おっと車が出てきました。実に大きいんです。(69)

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2005年7月15日 (金)

京都は祇園祭の準備中

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ほんまにわたしのデジカメ言う事聞かへん。やっと出ました。一昨日準備中の鉾をスケッチしてきたものです。黒主山と言って小さい鉾ですがこれから組み立てていきます。道に長く縄を伸ばして長さを調べています。祇園祭は疫病封じの祈願がもともとですが、応仁の乱で京都がすっかり焼け野原になった時、町衆が自分達のエネルギーを復活に向けて結集して、より華やかなものになったと言います。町内毎に元気を競ったのでしょう。鉾は現在32基あり17日に巡行されます。歴史についてはいっぱい書いているホームページがありますのでそちらをどうぞ(68)

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2005年7月14日 (木)

祇園祭り

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又、リムーバブルディスクがでません。昨日、せっかく祇園祭の鉾をスケッチしてきたのに。今、京都では面白い光景がアチコチで展開しています。祇園祭の鉾を組み立てているのです。そろいの半纏の若い男衆(おとこし)が、鉾を組み立てていきます。出来上がった鉾は、もういっぱい飾り立てていて素顔は何にも見えませんが、この行程も面白いものです。鉾を管理しているお家の2階から鉾へ、大きな窓から即製の廊下が付けられ、いろんな飾り物が付けられていきます。あっちもこっちもコンチキチ。道に縄を伸ばして縄の長さを調べていたり、こちらでは車を組み立てていたり。どうぞおいでやす。京都へ。絵は又、カメラが上手く作動したら祇園祭のスケッチに入れ替えますが、とりあえず・・・(67)

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2005年6月18日 (土)

ウツボツとした熱

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 今が一番幸せっていう状態で絵なんか描けるんだろうか。若い日々、何かしなくっちゃとイラついていたり、子育てでガンジガラメで窒息しそうだったり、嫁姑で狂い出しそうだったり、そんな日々の方が、その生きるエネルギーというか、あら熱みたいなものが絵を描かせた。今、静かな昼下がり、パソコンなんかで遊んでいる。思うに、絵や文学とか、何でもだろうけど、その背後に鬱勃とした熱を抱えているような気がする。60歳過ぎた私に、あら熱って・・・ひまわりで言ったら今の私はこんなんかいなあ(こんなのかなあ、の京都弁)(No52)

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