2015年10月26日 (月)

中世の町 奈良、今井町へ

 さる23日、京北町、府立京北ゼミナールハウス「あうる」主催のツアーに参加してきました。奈良、橿原市「今井町歴史的町並み」見学です。


 お空はピッカピカ。秋風もさわやかです。なぜか、このサークルの旅は必ず晴れるんですって・・・・


 まずは、今井町についてすこし・・・・
今、人気ふっとうの朝ドラ「朝が来た」の撮影地でもあります。狭い路地をはさんで立ち並ぶ風格のある古建築群。そういえば・・・・昨日のシーンはたしかに・・・・あ・そ・こ・・・
 信長とも戦いましたが降伏。その後、太閤検地にも記録があるそうで、周囲を掘で囲った環濠集落です。町内の団結は固く、防火意識も高く守られた町で、江戸後期には金融業でも大変栄えたということです。

 京都駅から参加。奈良へ・・・二上山が見える!!!あ・あ・あ・・・うれしい!!!高速道路からは畝傍山、耳成山が遠望でき、やがて、バスは橿原市、今井町へ。すぐそばには畝傍山!!


 今、黒岩重五「小説額田王  茜に燃ゆ」を読んでいて、まさしくその舞台!!!イメージがふつふつとわきこります。


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 下、スケッチは「旧高郡群教育博物館」 今は交流センター「華いらか」というそうです。


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 河合家住宅とその内部


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 建築にたずさわっていた相棒は、今、病んで、参加はできません。でも、今井町の話はよく知っていまして「ぜひ 行ってこい」って言ってくれました。お弁当とおやつをベッドの横において、一日、のんびりノンノンのゴールデンアワーです。内部の空間は柱がなく、建築的、構造的に非常に興味があるのだそうです。

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 やがて、奈良へ・・・・元興寺・・・何度おとずれてもいいのよねえ!!!!


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 「あうる」のスタッフの方々、ありがとうございました。このサークルは地元に残る城跡とか、鯖街道とか、興味しんしんの旅の企画があるのですけど・・・膝がイマイチで・・・残念ながら、指をくわえて横目でみています。

 

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2015年10月14日 (水)

長岡京歴史散歩

このところ快適なお出かけびより。も・お・お・・・・・もんもんとしておりましたが・・・・

 次男がお仕事休みとて連れ出してくれることになりました。
さ・あ・あ・・・・どこへ????それなら、ぜひ長岡京の歴史ポイントに立ちたい!!!次男も歴史大好き人間ですから・・・うれしい!!!!

 「なくよ うぐいす 平安京」794年に京都に都が移り、平安時代がはじまります。その前、ホンの10年ですが、長岡京と呼ばれる都がありました。勿論、興味はありましたけど、ママチャリではムリ。歩いては、ちょっとポイントがバラバラということで、未だ手つかずの歴史地区です。


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 先ずは長岡天神さまへ・・・・その後は長岡京の大極殿あと。でも、そこは、ただの広い公園で、スケッチ心はおこらず。朝堂院あとも、スケッチポイントとはなりません。でも、公園のよこにあった小さな集会所には、当時の貴族の服が・・・・いいのよねえ!!!やっぱり唐の朝廷にぞっこんだった当時のありさまがしのばれます。

Nagaoka


 桓武天皇という人・・・・平安京に移る前に、ここ長岡に都を置こうと考えました。平城の都は寺院が力を持ち過ぎ、先の孝謙、称徳(同じ人物)の時代に、水ぶくれしてしまった官僚機構や政治体制を、整理し、無駄を省き、一から出直そうというおもいだったでしょう。

 このところ、家にこもりっきりで、ひたすら本の世界で夢を見るのが楽しみという生活でした。相棒の介護も、それなりに落ち付いてはいるのですが、なかなかお出かけはしにくい。家にあった本をじっくり熟読。
 なんと・・・・昔、しっかり読んだらしく傍線や書きこみも多いのに、頭の中はまあっサラ。

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 長岡京については、のちほど・・・・のちほど・・・

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2014年11月28日 (金)

寒霞渓・・・自然林

 朝から雨、しかし無風・・・天気予報が当たりました。下は天空ホテル104からのスケッチ。絶壁の上に建っています。

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 岬が先まで伸びています。エンジェルロードですって。満潮になるとかくれんだそうです。歩こうかとでかけたのですが、又、戻りにはこの坂を上るかと思うと・・・ヤ・メ・・・衰えたり ももり。


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噂には聞いていた寒霞渓。すばらしい!!!紅葉まっさかり、自然林がすぐ近くまで、一面に迫っています。ひょっとして・・・京都なんかだって、わざとらしい開発なんかしなければ、どこもかも、こんなにきれいなのかもしれないなあ。

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 霧の中に浮かび上がるジャンダルム・・・・こんな壁を見たら、岩登りしたくなるんやろなあ!!!これを絵に描けたら・・・・ええんやけど・・・


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 ほんのしばらく、眼下にみえた瀬戸内の海・・・・風も出て寒い!!!


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 無事帰宅。カモノハシみたいな新幹線にも初めて乗ったし、病気以来初めてのお泊り遠足はちょっと疲れました。「外国もいいけど…日本も、ホント ス・バ・ラ・シ・イ・・・。

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2014年11月22日 (土)

新しい名所   将軍塚

 下は先日行った将軍塚。楠の大木でよく知られる青蓮院は、菊のご紋章つき、門跡寺院です。その青蓮院が東山に持っていた土地に新しくご殿を建てた・・・というニュースは聞いていました。
 


 ある日、美術館に行きますと、何気なく東山ました。あ・・れ・れ・・・見慣れない大きな物体があんな山の上に!!!。
「おっ  あれは話題の・・・」ということで早速、見に行きました。青蓮院から片道100円のシャトルバス。紅葉が進む山道を大きく迂回して、山科から頂上へと登ります。京都の町も木の間がくれにきれいにみえます。約10分で山頂に到着。大きなバルコニーからは京の都が一望です。所々の森から、「あれは御所、あれは賀茂川、あれは下賀茂神社、あれは・・・・ももりの家は???見えません」
 眺望を楽しんで、国宝青不動を拝観し、又、シャトルバスにて青蓮院まで帰りました。青蓮院も見学して1200円。往復シャトルバス込み


 将軍塚は桓武天皇が作らせたとか・・・


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2014年4月14日 (月)

消えた偉大なる文明

やっと、メキシコの旅を時系列に編集してホームぺージにアップしました。左、お気に入りの「山口ももりのホームページ」からゼヒゼヒ


 メキシコシティーはアステカ族、その後移動して見たユカタン半島の遺跡はマヤ族の遺跡・・・中々歴史をつかめません。しかし、ユカタン半島にあるウシュマル遺跡などでは、スペイン人がやってくる以前、ある日、マヤ人は忽然と都から消えたとあります。どうしても不幸の影を感じてしまうのは現代人ももりのおせっかいなのでしょうか。華やかな都を捨てて、忽然とどこかへ消えた・・・何故???しかし、だからこそ、破壊をまぬがれて今私たちの前にピラミッドはそびえている・・・・・ということだそうです。
 膨大な紙の資料を焚書してしまったスペイン人の神父もいたそうで、メキシコの歴史は言ったもの勝ち、諸説紛々なんだそうです。
 歴史以前からの暦を持ち、未来をも予言するというマヤの暦とももり


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 帰りの飛行機の中で、日本人スチュワーデスさんの美しい笑顔にホッとしました。あまり笑わないメキシコ人・・・笑えるってやっぱりしあわせなんやねえ。やっぱり、何か苦しみや悲しみを持ち、つらさを耐えていると笑えないものねえ。


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2014年4月11日 (金)

この気味悪い顔  チチェンイッツァ 千本柱の神殿

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 もう、頭がくらくらしてきました。この宮殿の最上段、柱の中央に横たわる人間の顔した石像。チャックモール。下は先に博物館で見た本物。この胸の上に生きた心臓をのせて太陽のエネルギーをもらおうと祈ったんだそうです。血の滴る首を並べていたとスペイン人が記録しているそうです。しかし、ここに再びスペイン人がきた時、人影はなかった。セノーテと呼ばれる泉を守る数人がいただけだった・・・といいますから・・・・寒くなるお話ですが・・・暑いっ 熱い!!!


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 いけにえを獲るために常に戦争をしていた・・・とか・・・集団ヒステリーやったんヤロか???
馬もいない、車輪もない…すべては人力で作られたこの膨大な遺跡群

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 上はメキシコの国立人類学博物館の図録から・・・・下は天文台

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2014年4月 9日 (水)

ウシュマル・・・・人を思索的にする遺跡

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 どうですか・・・その昔、燦然と輝いていたというウシュマルの遺跡。発見された時には人影はなかったといいます。美しくよそおうための化粧下地に塗る石灰・・・消石灰にするための燃料にと周辺の木々をすっかり伐ってしまったからだとか・・・歴史は黙して語らず・・・です。スケッチは、今の姿です。

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 遺跡は広大です。尼僧院と呼ばれる4棟の建物に囲まれた建物は300年~900年期。マヤ古典最盛期にあたるそうです。これらの建物群もみな、美しく装われていたのでしょう。そして、マヤ文明には車輪がなかったし、馬もいなかった。すべては一部の権力者のために奴隷のように働かされた人民の手で作られたというんですから・・・・そりゃあ・・・ほろびるよねえ。
 建物は壁面レリーフが美しく残っています。下は尼僧院とレリーフ


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2014年4月 8日 (火)

メキシコから無事に帰りました。

 「プフッー・・・クー」と軽い音だけが出て・・・おなら・・・です。いきなり汚い話から入りましてお許しのほどを・・・水様の下痢が今朝やっととまりました。腹イタもなし。なあんてうれしい!!!


 メキシコから帰りまして14時間、バタンとふとんに飛び込んで、間に一度おかゆを食べて眠りつづけましたら、ここは、日本のわが家の朝でした。やっと・・・・無事に帰り着きました。いいのよねえ・・・やあぁっぱり、わが家って・・・


 快適なリゾート地、カンクンでの最後の夜、さしこむ強烈なお腹の痛みと共に、強烈な下痢がはじまりました。肛門に意識を集中していないとずるずるっと水様の・・・・でてしまいます。このホテルはレストラン、ルームサービス、すべてが含まれているという天国なのに、朝も昼もダメ・・・ホーンの少しのコーラを飲んだだけでした。

 メキシコ・・・異次元…というか理解しがたい文化でした。好き嫌いをとおりこえて魂を揺さぶる強烈な人間性の一部の真実に迫る文化でした。テオティワカン、ウシュマル、チチェンイッツァ・・・生きた心臓を神に捧げて、太陽のエネルギーをもらおうとした・・・残酷と一言で言えない、むしろ悲しい文化については明日から少しずつアップしましょう。いけにえを、捧げ、捧げて、歴史から忽然ときえたという高度な文明。天文学、歴史、ゼロの発見は世界一古いと言います。異次元とは言い切れない。日本でも、最後の一兵まで戦うと言ってた戦争指導者がいたのは、そう古いことではありません。


 痛みもすっかりとれて、さ・あ・あ・・・スケッチの整理とお洗濯。でも・・・やっぱり・・・ね・む・い

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 何とか起きて、カンクンの証拠写真を一枚・・・ト・ホ・ホです。

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 今、描いた覚え描き・・・・息をのむ美しいしい海と空の青は私の腕ではだせません。

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2014年3月13日 (木)

六波羅探題と赤かぶろ

 先日の女子会おフランス「貴匠桜」は、六波羅蜜寺のすぐそばでした。六波羅蜜寺、京都人にとっては身近な存在ですが、少しご紹介しましょう。


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六波羅密寺は京都五条を大和大路東山通り上がる、古い趣の残る細い通りに面しています。スケッチ上


 鎌倉時代の「平清盛」像・・・作者は???以前は運慶作としてあったように記憶していましたが、今は書いてありません。確信がないからかなあ???ちなみに、運慶、湛慶の像もあります。とても個性がはっきり出た凄みのある像ですよ。

 下は有名な、空也上人像。口から「なむあみだぶつ」と、言葉が仏様になってでているそうです。


 平清盛が六波羅探題別当になったのは1161年から18カ月。市中に、赤いずきんをかぶった14~15才くらいの子供をかぶろ頭(おかっぱ頭のようなものか???)にそり上げて市中を徘徊させたといいます。平家の悪口を聞きつけると、密告したり屋敷に押し込んだり、乱暴狼藉をして非常に怖れられたといいます。大体、今の、京都市美術館、動物園あたりから七条にかけてが平家一門の屋敷跡と聞いています。


 このすぐ近くには「六道珍皇寺」もあり、小野篁(たかむら)が、夜な夜な地獄とこの世を往き来したという井戸があります。篁作という閻魔大王も門のすぐ横に頑張ってくれていますよ。


 私たち女子会は、二つのお寺を見学の後、河合寛二郎の記念館、生前の住まいへ。写真は巨大な登り窯。寛二郎氏の作品はほとんどその窯の2段目で焼かれたんだそうです。住まいも素敵だったのに、残念ながらスケッチブックは持たなかったのです。上のスケッチは古いものです。



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2014年3月 7日 (金)

雨の川津桜

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 一度行ってみたかった川津桜。満開です。しかし・・・無情の雨。この後、カーフェリーで駿河湾を横断。そこからは富士山が見事に見える・・・はず・・・しかし、まるで霧の中・・・でした。
  

 下は、前日。京都から伊豆半島へはバスで。遠い!!!この日は雲脚が早く、まだ富士山が時々見えました。うれしい!!!やっぱり富士山が見えるってサイッコーに幸せです。

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 芦ノ湖のロープウエーで権現岳へ。ホンの一瞬ですが富士は見えました。


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