2017年6月 7日 (水)

パメン ペレオラさんのすごいキャリア

 パメン ペレイラさんから本が送られてきました。添えられたお手紙には
「私は今、Museo de Arte Contemporaneo de Castilla y Leon(カスティージャとレオンの近代美術館)のコーディネーターおよびキューレーターとして、この本を送っています」と、書かれています。

Dscn4414


 彼女が日本にきて、ももりの家に泊まっていたのは・・・さ・あ・あ・・・・多分・・・1997年か1996年・・・
と、言いますのは、パメンさんに会いにバレンシアの火祭りに行ったのが1998年ですから

 彼女は、当時、新進気鋭の若い作家でした。大きなコンペティションで、ろうそくの煙で絵を描いた作品で、最優秀賞を取り、その奨学金で日本へきていたのです。当時は、私もまだ頑張ってたから、友人から、京都にしばらくとどまりたいという希望を聞いて、わが家に受け入れたのです。


 その当時がももりが一番テリ???かがやいて???いた時期かも????
お正月には、ご主人も来日。相棒の車で、雪の京都を案内しましたっけ。三十三間堂、伏見稲荷、琵琶湖・・・当時はスペイン語もかなりの線いってて、楽しいひと時を過ごしました。


 彼女が帰国して、何度かスペインへ行きました。特に、バレンシアの火祭りの日程に合わせて、スペインを訪ね、彼女の家族と一日を楽しく過ごしました。お母さんの手料理も凄くおいしかったし、お祭りは夢みたいにステキで、闘牛も見ましたっけ。町ではかわいい娘さんたちや子供たちが着飾ってパレードします。娘さんたちは、その日はキリストの花嫁なんですって。


Dscn4409_6


Dscn4410

Dscn4407


Dscn4411_3


 そうかぁあ・・・彼女は、たしか、その時、お腹が大きかったなあ。そういえば、「息子はとてもやんちゃです」って言う手紙ももらってました。その息子さんも、もう・・・20才くらい???
 あ・あ・あ・・・・・行って会いたいなあ!!!レオンといえば、スペインで一番好きな町かも。レオンのカテドラル、なんて魅力的なこと!!!



Dscn4407_2


 下はパメンさんの作品です。コンテンポラリー(今日的とでも訳しますか??)で少し難解かもしれませんが、哲学的で宗教的、深いです。


Dscn4415_2

Dscn4416

Dscn4417_4

 そうそう・・・バレンシアの火祭りといえば・・・町中に一杯作られている木の人形。大きなものですよお。深夜に小さい順から火をつけて燃やします。石造りの町ならではの催しです。身動きもできない人混みの中、消防車がやってきて、建物にも人間にも水をぶっかけます。肩も腰もぬけそうで息も絶えだえ、人の背中の中で揺れてるばかり。その内にボッと火が灯って、バアァーッと燃え上がります。終わるのは日が変わってから。深夜、燃えカスがあちこちにいぶっている道をホテルへ。いいお祭りやったなあ!!!
 

Dscn4412

Dscn4419


| | コメント (9) | トラックバック (0)

2005年9月13日 (火)

素朴すぎる??疑問3つ

P1010614
その1-市井の一中性、中年の素朴すぎるかもしれない疑問。もし、憲法9条を守り、他国を攻めないとしたら、軍備はそれこそしっかり備えていないと怖いんじゃあないの??軍備をしてなかったら攻められないッテ???オ・オ・オ歴史にそんな例が一つでもあったでしょうか。竹槍で敵機をやっつけるって云ってたのはホンのついこの間のことじゃなかったかしら。その2-大企業締め上げて中小企業が良くなるんでしょうか。世界レベルの競争で稼いでくる大企業には、うーんと頑張ってもらわないと日本はどうなるの??今でも税金の40パーセントは大企業が負担してるっていうじゃない??サッチャーが云ってたよ。「金持ちを無くしたからって貧乏人が金持ちにならない」その3ー 靖国参拝って??マ,やめとこか。絵はガラス絵で文とは関係ない(No123)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月 2日 (金)

テンペラ技法

P1010020
前回の「欲張りな絵」のコメントでテンペラって何?と、疑問に思われたのら姉さん。わたしの知っている範囲のことでお答えしましょう。テンペラは古典的な技法の一つです。キャンバスが改良され油絵の具が考案される以前、絵画は板に顔料を何らかの接着性の溶剤で練って塗りつけていた。ルネッサンスの1500年前後の画家、ボッティチェルリが、「春」という大作をものにしたのが板絵、その数年後に描かれた「ヴィーナスの誕生」はキャンバスで絵の具はテンペラだったはずです。板を完全に乾燥させ、下地を完璧にし、ボロニア石膏とジンクホワイトを膠でてんぷらの衣状に溶き何度も地塗りをし、・・・つまり絵を描くまでの作業が大変。絵の具は顔料、つまり黄色い土(黄土色)とか、鉱物を粉状にしたもの(空色)とか赤、緑などをそのつど練って卵などの接着性のある液体(エマルジョン)で練って作っていた。その接着性のある溶剤の種類で、卵テンペラ、カゼインテンペラ、蜜蝋テンペラなどなどがあり、日本画の膠で顔料を練るのも、まあテンペラ画法みたいなもの。タンポポの汁や無花果の汁、精液など接着力が強いそうです。私がテンペラ技法をお習いした津田周平先生がニッと笑って「エジプトの王女のお墓なんか、すぐできたでしょう」っておっしゃったことを思い出します。意味わかりますか??ルネッサンス前後の絵を見ると必ず、板かキャンバスか、テンペラか、油絵かを見る習慣になっていますが、1500年後半には殆どテンペラから油絵に代わっています。油絵の具もルネッサンス期に改良が進み、素人でもどこででも描けるようになり、印象派なんか素人画家の集団って言う常日頃のわたしの持論になっていくんです。人類が太古から営々と絵を描き続けて来たということは、絵が人間本来の喜びであることのあかしです。その末端の末端のハシッコにぶら下がっていると思うと叫びだしたいほどうれしいももりです。油絵の具や、水彩絵の具が考案されるまでのラスコーの洞窟壁画もテンペラで、わたしのは、タマゴテンペラ。時々、腐って匂う???ときもあります。絵はテンペラ、ソドムの街(No114)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年5月14日 (土)

多情な絵

P10100205

「あなたは多情です」って恩師津田周平先生はおっしゃった。先生が亡くなられてもう15年くらいだろうか。今となってはなんてうれしいお言葉でしょう。いいえ多情なのは私の絵のことで私の性状のことではありませんヨ。「持ってくるたびに絵が違う。一体どれがあなたの絵ですか」「先生、私はそれが知りたくてここに来ているのです」って答えました。これってステキな会話でしょう??。何でも描きたかったし、何でも、どんな風にでも描けそうな気がしていた、私もまだまだ攻撃的な四十路。このごろやっと、たとえ人がどう言おうと、私はこれで好いし、又これしか能力もなくてこの自分の世界だけを精一杯深めようと思えるようになってきた。もうチョロチョロ色気をだすのは嫌になった。というわけで今日はガラス絵「トルコのみやげもの屋の娘さん」 ガラス絵はホームページのHOME GARALIEに展示しています。   (No20)

| | コメント (1) | トラックバック (0)