2017年1月25日 (水)

久しぶり  ゾッコンな本「正倉院の謎」

 ご存じ、奈良の正倉院。世界遺産。奈良の都に唐王朝の文化をもたらした、聖武天皇と光明皇后の天平時代。聖武天皇の死後77日に、なき天皇の遺愛の品を光明皇后が、追善供養とて、東大寺に寄進したお宝、絶品の数々を収めたお倉です。 


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 ちょっとオカターイ本ですが、そっりゃあ!!!お・も・し・ろ・い!!!

 以前アップした「書と漢字」魚住和晃をよんでいまして、「あれれ???」と思ったこと。それは正倉院の宝物、元は700点以上あったのが、現在は百数十点に減っているというのです。天皇の勅許が無ければ持ちだせないおタカラを持ちだして、返さなかったヤツがいっぱいいる。一体!!!???どこのドイツが???

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 正倉院・・そもそも、正倉院というのは、一つの建物ではなく、正倉、薬倉、油倉、経蔵とか、いくつかあって「院」とは、境内のことといいます。
 正倉院の宝物は、聖武天皇が死に(756年5月)、悲しみの光明皇后が、生前の天皇が身近において愛した品々を77忌に東大寺に奉納したおたからから始まります。同年、6月21日に一回目、2年後の7月、6月、10月と続いて、その数、700点以上あった、というのです。奉られた品々にはキチンと目録があり、「東大寺献物帳」(国歌珍宝帳)が、見事な筆跡で記録しています。その中には、もう、本家中国にはとっくになくなり、日本に何点も残った王羲之の書があった・・・といいます。

 ももりは、これでも、20才代から書道を続けてきた人間です。改めて、聖武天皇や光明皇后のお書きになった遺品を見ますと、本当にその力に驚きます。しかも、30才代で書かれたものといいますから、書いた本人も凄いですが、指導した取り巻きのレベルが凄いにちがいない!!!

 これらの書や遺品から、天平から平安への当時の精神風景が生き生きと伝わります。唐帝国がもっとも栄えた時代、日本と唐を行き来した知識人たちは、最高級の文化や学問、芸術を日本にもちこみ、日本人も必死に学んだという時代です。


 


それを・・・なんとも安易に持ち出して、ある時は安く売り払い、またはどうしたのか、ネコババして???返さなかった者が凄く多いというのです。中でも、書の絶品をなくしてしまった張本人は、嵯峨天皇!!!というじゃありませんか。・嵯峨天皇といえば京都の人間にはとてもしたしいお方です。奥嵯峨には御陵があり、ももりも何度もお会いに行った天皇様です


 嵯峨天皇、平安の三筆、空海、橘逸勢(たちばなのはやなり)とならぶ三筆の一人で、超一級の書の書き手として名を残した人ですが・・・このズボラさは、許せなぁーい!!!


夢中になる本が身のまわりにないときって・・・何ともうつろでさびしいです。多少依存症の傾向あり。この2~3日、寒さがこたえたのか久しぶりにダウン。3日程食べずに寝ていましたら、何とか、昨夜はビールをのみたくなり、ちょっと食べたくもなってきました。やっぱり、ももりはビールを飲んで、プールに行ってなくっちゃ・・・ね。


 もうちょっと書きたいけど・・・書くのも読むのもむつかしい!!!一番右の大きな本は父が所蔵していた本。ほとんどかえりみることなく本棚に死蔵してたのをひっぱりだして観察。すごい!!!それにしても、56才でなくなった父のレベルには到底至らないわが身のフ・・ト・・ク・・・

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2016年12月24日 (土)

大津皇子が死の瞬に感じたこと

原文のまま・・・・其瞬間、肉体と一つに、己の心は、急に締めあげられるような刹那を通った気がした。そうして、ほんの暫らく、ふーっとそう考えたきりで・・・・空も見ぬ、土も見ぬ、花や、木の色も去った・・・・おれ自分すら、おれが何だかちっとも決(わか)らぬのものになってしまったのだ。
  ああ、其時きり、おれ自身、このおれをわすれてしまって・・・・折口信夫「死者の書」より(原文のまま)



 人が死ぬ瞬間,、命があの世へと移る瞬間を描いた文学を、ももりは他に知りません。
折口信夫は33才で妻と二人の子を残して喘息の発作でなくなりますが、苦しい発作をくりかえし、何度も死と遭遇したのでしょうか・・・死とは…一体、本人にとっては、どんな感覚でやってくるものか???

 ももりの次男は、今年2月26日、突然に死にました。心臓が急に動かなくなったらしい。苦しんだ後もないちょっと笑ったような口元には少し歯がのぞいていました。
 息子が死の瞬間、どんなことを感じ、何を思ったのでしょうか???お嫁さんのこと???ちょっとはももりのことも???

 急に締めあげられるような刹那を通った・・・・のでしょうか???


 「死者の書」が描く、この死のあるじは、大津の皇子。かの持統女帝に死を賜った・・・さ・あ・あ・・・打ち首なのでしょうね。もっとも死を給うのは、殺されるよりは名誉ある死だったというから???あまり考えたくない話です。


 春過ぎて 夏きたるらし 白妙の 衣干したり 天の香久山

  
 どうですか!!!この実に堂々たるおおらかなお歌・・・あまりにも有名な持統女帝のこのお歌からは、自分の息子、草壁皇子を後継にするために、無実???事実か???罪によって死を命ずる激しさも秘めているのですねえ。しかも、みずからの同腹の姉と、あれほど愛した夫のあいだに生まれた甥です。


 優秀で人望も高かった大津皇子のお歌は万葉集につとに有名です。その弟をいたむ姉のお歌も肺腑をえぐります。ここでは、もう説明はやめましょう。
 その二上山・・・・奈良と河内の県境です。


 スケッチは京都…船岡山   ちょうど京都の町をお多福さんの顔になぞらえたら・・・おたやんの低い鼻・・・標高102メートル

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 下は嵯峨野、野々宮神社・・・もう観光客も少ない・・・・冬です。


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2016年11月21日 (月)

ボナッティー・・・自然への陶酔

 2013年10月の旅・・・・遠い夢のようですが、ボナッティーの本に出会って 「ああ・・・彼と同じ道を歩いたかもしれないなあ」なあんて・・・もちろん、ももりは岩も登れませんし、安易な展望台やトレッキング道をほんのちょっぴりのぞいただけ。でも・・・・ともかく、その自然の神々しさの端っこだけでも、のぞけたことは幸せでした。


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 アウロンソ小屋は本に登場します。「あれれ???聞いた名前やなあ」って、確かめてみました。下、スケッチはアウロンソ小屋。ドロミテ山系です。この日は、その年初めての新雪で・・・そりゃあ・・・も・お・お・・・素晴らしく神々しかったです。

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2016年11月20日 (日)

ボナッティー「わが生涯の山々」

膝がグラグラして、もう地上すらさっさと歩けないというのに、読む本は山のぼりやロッククライミング。冒険の本ばかり。・・・ッタク・ウ・ウー・・・我ながらおかしいけど・・・


 ボナッティー・・・・孤高の天才クライマー。名前だけは知っていましたけれど、図書館で見つけて借りてきました。凄い!!!!

 ボナッティー・・・モンブランのイタリア側ふもとの村、クール・マイヨールで、幼い日々を過ごします。岩壁にいどむクライマーにあこがれて、終日ながめては、周辺の5メートルほどの岩をよじ登って遊ぶ幼い日々でした。第二次大戦に従軍、山岳部隊に配属になり、山に熟達していきます。やがて敗戦。ムッソリーニが逆さつりになり、つらい日々が続きます。19才、偶然声をかけてくれた山男にすすめられ、未踏の岩稜のピークへ初登頂。その後は、ひたすら岩のぼりに熱中。鉄工所に勤めていた彼の登攀用具は手作りのハーケンだけ。下、スケッチはクール・マイヨール。ももりが行った日はモンブランは雲の中・・・・・クックゥウー・・・こんな日、岩にとりついているクライマーはひどい嵐の中で凍え、絶望してるんやねえ。

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ボナッティーと、かのロッサナ・ボデスタ・・・・ ロッサナ・ボデスタ、と聞いて、パッと反応する方は、・・・・もお、大分お年で、映画好きでしょう。
 映画「トロイのヘレン」のヒロイン、ヘレンを演じたのがロッサナ・ボデスタ。絶世の美女、トロイのヘレン・・・あの木馬で有名なトロヤ戦争、今なら、ギリシャとトルコ、の古代戦争のきっかけとなった美女です。美貌の王妃、ヘレンのにのとりこになったトロイの王子が王女を略奪したことから古代の大戦争が始まります。そのヘレンを演じたのが、かのロッサナ・ボデスタ。

 


ある日、大女優、ロッサナ・ボデスタに記者が質問します。
「あなたが、もし、絶海の孤島でたった二人で過ごすとしたら誰を選びますか」
「そっりゃあ、ボナッティーよ」それを聞いたボナッティーは、ロッサナ・ボデスタに電話します。「来年、ローマに行くので会いましょう」しばらくして、電話がありました。ボナッティーからです。「来月、○×で会いましょう」又、しばらくして電話がありました。「あす、○○で会いましょう」それ以来、二人は死ぬまで、永遠の恋人同志でした。パソコンにあるボデスタは、かつてのきゃしゃな美女ではなく、すっかりイタリアのマンマミーヤです。がっしりと太って頑として実に堂々としています。横にいるボナッティーもすっかり年老いて、でも、とてもステキです。


 日本にも来られたようです。すばらしいカップルやなあ!!!

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2016年9月 7日 (水)

つくも茄子

スッゴク面白い作家と思って、「どんな顔してはるんやろ???」とパソコンへ。なんと・・・・作家は2014年3月12日に57才で死んでしまってはりました。


 「火天の城」・・・映画は見てました。信長の建てた安土城・・・城を請け負った大工の棟梁は西田敏行。その原作が山本兼一でした。図書館でたまたま借りてきて、はまって何冊かすでに読んでいます。「利休にたずねよ」は直木賞だとか。
 ももりが、特に好きなのが、「とびきり屋 見立て帳」シリーズ。4冊。先日アップした「赤絵そうめん」これは、シリーズとは知らずに読んでました。




 駆け落ち婚というか、略奪婚というか・・・惚れ合って結ばれ古道具屋を始めた二人。場所は京都三条小橋西です。登場人物と一緒に、かって知った京の町を、ももりもうろうろ。なにしろ、古物のうんちく帳です。「平蜘蛛の釜」やら「つくも茄子」「利休の茶杓」・・・果ては「虎徹」・・・そう・・・今宵、虎徹は血に飢えておるわぁ・・・近藤勇ですよね。
 茶道の家元や、新門前通りの古物屋、御所、祇園、木屋町、先斗町・・・・土地勘はバツグン。そこへ竜馬や三条実美、壬生浪など、聞きなれた人物がからんで面白い娯楽作です。やわらかい京都弁にも抵抗ありません。


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 狩野永徳や名刀正行・・・一途に己が道を究めた芸術家を描いて良くもまあ・・・調べてます。
もっともっと、うんちくを書いてほしかったなあ。


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下は、父が愛用していた水差し。わが家のつくも茄子です。父は56才で死にましたけど、日展作家でした。


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2015年6月10日 (水)

佐藤愛子さんて・・・・「血脈」

 佐藤愛子さんって、もっとサバサバと、愉快で楽しい女丈夫かと思ってましたら・・・・・


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 なんとかしてよおお・・・・
この、隠々滅々・・・・よっぽど上巻で止めようと思いましたが


 サトウハチロウっていえば・・・♪♪


 だれかさんがだれかさんが だれかさんが 見つけた
 小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
 めかくし鬼さん 手のなるほうに 
 つぶらな 目の色 とかしたミルク
 よんでる草笛 もずの声
 ちいさい秋 小さい秋 みぃつけたぁぁ  ♪♪


  こんな素敵な詩を書いた詩人・・・・だぁかぁらぁ・・・・


 ももりの今は、あまり楽しみを見つけて動き回るという状態にありません。楽しみは・・・もっぱら本


 なんと言ったって、今井通子さんの本は楽しかった!!!ヒマヤラ、ヨーロッパのアルプス、日本の山々にもいっしょに迫る感じでわくわく。ご主人様のダンプさんも痛快でした。
 そのあとの曽野綾子さん・・・・小説は面白くなかったけど、実態や実行力がすごいド迫力、憎まれ口も真実味があってももりは同感!!!応援したくなりました。それぞれの本を図書館で借りられる限り読んで、そのあと・・・・どうも面白くないのよねえ。


 佐藤愛子さんなら楽しくって、胸がスカッとするかと思って借りてきたんですけど・・・・う・う・・・・ん・・・


 ちなみに、サトウハチロウといえば

 赤いりんごに くちびるよせて だまってみている 青い空・・・♪♪

 あなたと呼べば あなたとこたえる 山のこだまの いとしさよ あなた なぁんだい・・・♪♪

 うちの女房にゃ ひげがある♪♪

 もしも月給が上がったら わたしはパラソル買いたいわぁ ぼくは帽子に洋服だ あがるといいわね あがるとも いつごろ上がるの いつごろよ♪♪ 

 空にゃ きょうも アドバールン さぞかし会社で今頃は お忙しいと思ったに  ああ それなのにそれなのに  ねぇ おこるのも おこるのも あったりまえでしょう♪♪


 こんな調子!!!でもねえ


 明かりをつけましょ ぼんぼりに
 お花をあげましょ 桃の花
 五人ばやしのふえたいこ 今日はたのしい ひなまつり


 だれかさんが、小さい秋みつけたり・・・・お嫁にいらした姉さまによくにた 官女の 白い顔とか・・・・
も・お・お・・・・心をぎゅっとわしづかみにされていますよねえ。


 大衆作家として絶大な人気をはくした父、佐藤洽禄。長男のハチロウ。しかし・・・その実生活は???勢力絶倫、傍若無人、博学‥多情・・・女出入りゆえの家庭の乱れとなさぬ仲の親子の桎梏・・・・陰々滅々・・・・ハチロウとは異母妹の愛子は・・・・
 さ・あ・あ・・・・・やっぱり下巻を借りてきましょうか。

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2015年4月21日 (火)

旅心

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松本清澄「砂漠の塩」を読んでいます。
図書館でパラパラ・・・・パリ、エジプトはカイロ、シリアンのダマスカス、ヨルダンのアンマン・・・・エールフランスとか・・・旅心にふと誘われて借りてきました。

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 舞台は今、シリア・・・上のスケッチ・・・カインとアベルがいたという土地。旧約聖書の舞台です。カインとアベル、ホンのささいな嫉妬心から兄を殺してしまったカイン。そのため、不毛の土地に追い出されます。たがやしてもたがやしても、実らない不毛の地・・・シリアは砂漠ロードを、ももりもひた走ったことがあります。

 相棒が病気をして旅は遠くなりました。今のところ、海外旅行は夢のまた夢です。でも・・・案外、イライラと不満に思うこともないのが自分でも不思議です。「まあ・・ええっかぁぁ・・・」って感じ


 自分が、癌の手術を受け、抗がん剤治療にくるしみ、それでも少しづつ「足に力をつけないと」と、散歩を始めたころ「なんで生きようとしてるんやろ???」ずーっと「時が来たら死んだらええやんっていってたのに」と、よく思ったものでした。その答えは、芸術でもない、絵でもない・・・・「相棒と釣りキチの世話をしたい」と・・・これは案外にしおらしい答えでした。そのことを自分に言い聞かせて???は・は・は・・・旅はあきらめています。
イ・マ・ノ・ト・コ・ロ・・・・ね。


 本は、不倫の果てに旅に出た男女・・・カイロ、シリア、ヨルダン、ベイルート・・・・・誰にも知られずに死にたい・・・その二人を追って、善人の塊みたいな夫が、二人の足跡を追って今…シリアにきています。異教徒との結婚は許されず、まして人妻の不倫は殺されて当然・・・というアラブの掟の中・・・さ・あ・あ・・・・結末は???先を急ぎましょう

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2015年3月30日 (月)

狂王ヘロデ  続編は???

 曽野綾子さんの「狂王ヘロデ」読了。登場人物の名前に苦労しました。親子で同じ名前。ご先祖とも同じ名前。多くの妃から生まれた、よく似たまぎらわしい子供の名前など。メモ片手に、でも、とても面白く読みました。息子たちが王位をねらってると妄想にかられた王は、次々とわが子を手にかけます。王の身辺にひっそりと、存在を消したように生き、すべてを見た口のきけない竪琴ひき。


 ところが・・・・主人公はももりの思っていたヘロデ王とは違うヘロデ王。どうやらももりの思っていたヘロデ王はこの王の孫らしい。孫が王位をついでキリストを磔刑にした????
 物語はヘロデ王の死で、ハラリと唐突に終わります。続編は????きっと書いてくださいね。それまでお元気で

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 ももりの知っていたヘロデ・アンティパスは予言者の「今夜、未来の王が生まれました」という予言を聞いて、嬰児を皆殺しにしたという恐ろしい王です。上はブリューゲルの「嬰児虐殺」
 下は、その妻、ヘロディア。ヘロディアは牢につながれていた予言者ヨハネに横恋慕。言うことを聞かないヨハネに怒ったヘロディアは、一計を案じます。踊り子として魅力的なわが娘サロメに宴たけなわの時に踊るようにすすめます。やんやのんかっさいに喜んだ王が「褒美には何でも好きなものをとらす」、という言葉に、サロメは「では、ヨハネの首を」といいます。ヨハネの首をお皿に乗せて・・・おっそろしい。

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 先日行ってきた植物園の野草園。世の片隅でひっそりと生きる・・・・っていいなあ

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2015年3月24日 (火)

活字大好き

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 このところ、曽野綾子さんばっかり。何冊読んだでしょう。わからないほど・・・
エッセーや評論ばかりで、中々小説にはたどりつけなかったのですが・・・彼女の小説は・・・・どうも・・・救いがなくて暗い・・・そんなイメージがこびりついていましたから。


「狂王ヘロデ」久しぶりに胸躍る・・・・どんどん読み進みます。
ヘロデ・アンティパス・・・・有名な・・・有名すぎる人物です。キリストを磔計にした男・・・


 ももりは、さ・あ・あ・・・40年ほど前でしょうか。旧約聖書にひどく入れ込んだ時期がありました。そのきっかけとなったのは、とある展覧会で見た「幼児虐殺」の絵・・・誰の絵だったかはすっかりわすれましたが、幼い子を殺す多くの兵士、取りすがる母親、もう息絶えた幼児の死体。狂ったように、あるいは茫然とすくむ母親たち。


 それまで、キリスト教というのには何かしら穏やかなイメージを持っていました。子供の頃、家の近くにキリスト教の学校があり、物静かなシスターたち(ペンギンさんって呼んでました)に少しあこがれていたからです。


 そのキリスト教の歴史に登場する「幼児虐殺」。時のローマ帝国のエルサレムの統治者、ヘロデ・アンティパスを描いて物語りはぐいぐいももりをひっぱります。
 まったく・・・久しぶり!!!やっぱり小説の方がエッセーより面白いやんか!!!!

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 これはまだこれから・・・三浦朱門ってどんなおっさんやろ???曾野綾子さんの本でだいぶ耳学問は進んでいますが・・・

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 上の本は先日図書館に返した本です。アップはしなかったけど・・・・活字大好き!!

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2014年10月 5日 (日)

怖いもの知らずの女たち  吉永みち子   山と渓谷社

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 田部井淳子さんの「だから山に登る」を読んで知った2冊です。面白い!!!


 怖いもの知らずの女たち6人がコンサートをおっぱじめる・・・・・素人が、ちゃんとしたホテルを会場にしてお金をいただき・・・しかも、みんなももりと同じくらいの年齢で・・・・でも・・・もし、会場が近かったらももりだって行きたい!!!


 「森の女性会議」働く女性の登山の会の6人・・・ハンパでない女傑たちの面つきは・・・・


先ずは田部井淳子   1940年生まれ・・・ももりより1才お姉さん…この方はもう以前に書きましたのでここでは略。                      
      
      
      


 脇坂満智子   1941年生まれ・・・ももりと同年・・・高校卒業後ふつうのOL。しかし24才で6か月のオーストリアへの旅が彼女を変えた。キャリアを重ねてPR業界の大物に。仕事に、プライベートに、怖れたりあきらめたりは絶対しない
                      


    
秋岡久恵    1948年生まれ。 受験に失敗。演劇の道へ。18才で恋におちる。男を支えて生きていたが・・・別れ、22才でイタリアへ・・・帰ることは考えていなかった。イタリアでのアルバイトから新しい展開が開ける。27才でニューヨークへ留学。やっぱり語学をもう一度勉強して・・・凄い!!!33才でアメリカ人と100万円ずつ出し合って会社を設立。36才、二度目の結婚。一児を得る。育児、母親の介護、バブル崩壊。夫の会社倒産。しかし乳がん・・・自分の命はいつまであるんだろうと考えるようになったから・・・どうせ一生。二生も三生もあるんじゃないんから、やれるものは全部やろう・・・・ですって・・・スッゴイ!!
    

高橋利子   1940年生まれ、元タカラジェンヌ。晴れやかな舞台に立っていたある日、舞台の幕が下りたとたんに倒れる・・・肝臓が悪い・・・再生不良性貧血・・・6か月の命といわれるが回復。そして結婚、平穏な妻、母としての生活だったが41才で夫の事業に参画。バブル崩壊・・・鬱・・・・57才で鬱から解放された今は、山と歌、ボランティア・・・・夫もやさしくなった・・・う・う・・・ん
 


 志賀こずえ   1948年生まれ。元スチュワーデス。結婚退社。その後の転身がすごい。大学で学び、司法試験に合格。現在検事。

 山口積恵    1944年生まれ    セブンイレブン創業より参画。今はウイークデーのみ仕事。ガーデニンと家事、介護の日々     

 どうですか・・・みなさん、ももりとほぼ同じ年代。比べるまでもないけど・・・ももりの一生・・・京都に生まれ、京都以外に住んだことがない。離婚もしなかったし、倒産も知らない・・・これって平穏過ぎたんじゃない???何度かチャンスはあったかも???でも・・・やっぱりぃ・・・子供や相棒のこと考えて・・・これこれ・・・ここがかの女傑たちと違って、あかんとこやなあ???
      

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