2009年12月16日 (水)

「李香蘭 私の半生」 山口淑子 藤原作弥

Rikouran
 今、中国政府の要人と天皇陛下との会見を無理強いした・・オザワ氏の強権的な顔のドアップがマスコミにチラチラしています。あのイヤな顔は見たくも無い。相手が中国だから一層・・・・
 先日、読み終えたばかりの「李香蘭 私の半生」。この本は、満州生まれの日本人、山口淑子が、李香蘭と云う中国名で、映画や歌で有名になった13才から、克明に記憶を掘り起こしていきます。
 日本と中国、今も決して愉快な仲間ではない。李香蘭は、満州国という名の日本の傀儡政権下、国策に沿った映画に出演。イカす日本人に恋するクーニャンなどなど・・・彼女は完全な中国育ちですし、当時の奉天や上海は国際都市です。思考回路は決して日本人的ではありません。はっきり自分の意見を持ち妥協しません。

 大きな国土の、ほんの小さなポイントだけを占拠して、中国国民を押さえたと信じていた横暴な軍人達、背面服従の中国人。やがて戦争は、決定的に日本の不利になり、ついに敗戦。 
 中国人であると信じられていた彼女は、中国人の手で処刑されようとします。が、日本人であるゆえに国外追放となり帰国。待っていた次なる苦難・・・
 山口淑子は1920年生まれ。今、89才です。ももりは、彼女の映画は知りませんが、歌ならいくつか知っています。まだ、ホンの少し前、戦っていた国。戦後も決して愉快なことはなかったお隣の国・・・天皇陛下をムリして引っ張り出すのは不愉快です。

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2009年12月11日 (金)

きれいすぎる青春と汚なすぎる青春

Huruhon
 2冊とも古本屋で100円でゲット。ももりには美術館からの帰り道、寄らないで通り過ぎることが出来ない古本屋があります。丸田町通り・・・さあ・・・川端東???地名は知りませんが・・・

 この2冊、あまりにも違う2つの青春像を描いています。

「雲の墓標」  阿川弘之・・・京都大学から招集され、海軍予備兵に。冷徹な知性で見つめた戦争の矛盾、軍隊内の節度なく、いわれない暴力。そして、東大や早稲田、京大・・・一流大学を出た若い能力は消耗品です。海軍予備校を出た兵士が温存され、召集された若者は爆弾を抱いて、敵に無益な体当たり・・・はかない恋も、死を義務づけられた身をおもえば、告白することすらありません。心に思い描くは万葉の歌のひとひら、ひとひら・・・ 

かたや、「イミテーション・ゴールド」林真理子
プロレーサーになりたいという彼氏のために1000万円を稼ぎたいと思った主人公、株で儲けますが、あっという間にその金は失い、化粧品のネズミ講・・・結局、親も友も失い体を売って得た金は???
この薄汚い話は、もう、2度と見るのもイヤ。すぐ、ゴミ箱ヘポイ。
 時代の流れとはいうものの、キリスト教だってユダヤ教だって、コーランだって、誰とでもやっていいってなモンじゃないでしょう???もう一度、倫理教育やってください

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2009年10月16日 (金)

TV 「不毛地帯」 始まりました

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 山崎豊子「不毛地帯」いよいよ昨夜第1回・・・見ました。原作からは随分はしょっていますけれど、それに、やたら戦争責任って言う主人公の自省の言葉がチラつきますけれど、おおよそ、原作に忠実かと思います。
 主人公、壱岐正にはモデルがあると言われていて、瀬島龍三、元、伊藤忠の社長だったとか・・・聞いていますが、もう少し知ってみたいです。もし、わかりやすいブログなり、ページがあればお教え願いたいです。

 もう一度改めて読み直してみましょう。それにしても、山崎豊子、あえて、女性だということは言わないでも・・・凄い筆力、構築力、資料の分厚さ・・・。東京裁判についても、ももりは「二つの祖国」やこの「不毛地帯」で教わりました。彼女は毎日新聞の記者として井上靖に育てられた、と、どこかで読みました。
 井上靖・・・ももりは「日本人作家で誰が一番好きか」ってきかれたら、やっぱり井上靖です。彼の創作した人物がいとおしい!!!緻密に検証した歴史の中にうごめく一粒の人間。その存在の小ささ、悲しさ。一途な純情、しかも報われることのない・・・山崎豊子さんも大好きです。

 10月24日から「沈まぬ太陽」封切のはずです。この日程は間違いない。だって、息子のお誕生日なんですから。

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2009年9月15日 (火)

天台宗のミニコミ誌「きらめき」

Yakushimab
 
 この表紙の彼岸花をももりが描いています。まだももりの手元にはこの本は来てなくて、パソコンから普通紙で印刷したのをコピーしていますので、色がちょっと悪いでしょうけれど。
 彼岸花の無い時期にいきなり「彼岸花を」って言われると、ほんと、苦労します。スケッチの手持ちが無いものは描けないんですよねえ。kazuyooさんのブログからお借りした映像なんかが大いに参考になりました。今度、彼岸花が咲いたら、今度こそ、じいっくりと観察してやるぞおお・・・もう一度描き直せるもんなら・・・・ト・ホ・ホ・・・・

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2009年9月 8日 (火)

水木しげるの「ラバウル戦記」

Mizuki

美術館からの帰り道、ついフラフラと立ち寄ってしまう古本屋があります。3軒並んでいて、ももりの知る限り相当古い。おじさんとも、チョクチョクお話します。昨日、美術館の帰りにゲットした本が5冊。
 「ゲゲゲの鬼太郎」の、あの水木しげるです。こんな本は知らなかったなあ。兵隊だった二十才のころ、現地で描かれたスケッチがベースになっています。サラリと描かれていますけれど、さぞや実情は凄惨であったことでしょう。左手を切断、マラリアにも苦しみ死線をさまよいます。何と言ったって、読んで腹が立つのは、軍隊内の弱いものいじめ、上官が部下を殴りつけ、自分の奴隷のようにこき使います。敵より味方の方が酷い。その内に終戦・・・
 「ゲゲゲの鬼太郎」の中、ネズミ男・・・本当に、人間のこすっからさ、いやらしさ、鋭い人間観察は、あの、極限状態から創りだされたのでしょう。
 「ゲゲゲの鬼太郎」のなかで、ももりが大好きなのは目玉のお父さん。本が大好きのももりですが、一字ずつ活字を追うのには、心底疲れます。目玉のお父さんが、ももりの右目からサーッと入り込み、文字を読んで、脳ミシに押し付けて、黙って左目からスーッと出て行ってほしいなあ!!!

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2009年8月16日 (日)

厳しさのない優しさ

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 曽野綾子はキリスト者として有名です。ももりは、少し前まで、まだ、「キリスト教に改宗したい」って口走るほど、旧約聖書にゾッコンでした。人間が生きていく上で犯してしまう様々な罪を、これほど、ドラマチックにしつこく描いた文学・・・あえて、文学と言っています・・・が、他にあろうとは思えなかったからです。
 ももりのトロさ、ズルさは、教会へは行かず小説を読むことで近づこうとした事です。キリスト教が行なってきた様々な悪業も多少は知っていたし、捕らえられるのもイヤだったから。
 三浦綾子の描く神は・・・甘い。キリスト教の宣伝みたい。遠藤周作「そうやろうなあ・・・神が本当に人を救うなんてことは無いやろなあ」と納得。しかし、曽野綾子・・・彼女は厳しい。率直です。俗物のももりと同じような理性と現代人の知性を持って、まやかしはまやかしと糾弾します。しかし、その上で、キリスト者とし、意志的に神をいただくという立場です。
 彼女は新聞なぞで、よく書いています。たとえば、オーストラリアで殺された若い娘・・・若い娘が人に誘われたからといって、夜に一人で歩くってぃ言うのが、そもそも間違っている。そもそも娘が一人、外国へ行くからには・・・・って言う調子です。殺された娘に、あえて苦言を呈するという立場です。実は、ももりはこの厳しさに共感するものです。特に教育、最近の子供達に対する教育には厳しさが欠けています。ももりの息子なんて、ある時、こう言いました。もう、アラフォーの息子達ですが・・・・
「母さんなんか、ケツ(お尻)はたたく為にある、言うてたやん」ですって。ビシビシいったと思います。「働かざるもの食うべからず」ってお手伝いをさせた。机の前のお勉強なんか・・・すぐにメッキがはがれるんやから。
日本人から何時、厳しさが抜け落ちてしまったのでしょう????スケッチは関係ない・・・SUN・BAABA展の息抜き・・・9月にSUN・BAABA展ってのをやります。3婆???フン、フン。その内にアップしましょう。



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2009年7月23日 (木)

歴女・・・の入り口

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 本は大好きだったのに、まるで知らなかったのがちょんまげ時代の日本史。アタマにちょんまげ、腰には刀、なんだかうす汚なくて、凶暴な顔つきの男達。そんなイメージで、食わず嫌いできました。そんなももりが、ムラムラと好奇心を刺激されたきっかけがTV「篤姫」 ももりの幕末史は、まだホンの入り口ですが、今、これが、面白い!!!
 歴史が好きな女が増えているそうで、「歴女」っていうんですって。過激な感じもあって面白い言葉です。まだまだ・・・ホンノ入り口ですけど・・・・その内に・・・そのうちに・・・

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2009年3月26日 (木)

「生麦事件」 吉村昭

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 やっと読了しました。作家はあとがきで、「2年余にわたる長い執筆の旅で、筆を擱いたときには甚だしい疲労を憶えた・・・」と書いています。読了するのも、中々に疲れました。
 幕末の生麦村で起きたイギリス人殺傷事件。島津久光の大名行列の行く手に現れた異人。馬に乗ったままで、しかも、馬がいう事を聞かず、行列に割り込んでしまいます。当時の慣例では、大名行列の邪魔をしたら切捨てご免。それは、すぐに、イギリス海軍の薩摩藩攻撃へと発展します。

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 生麦村の庄屋が、当時の丹念な日記を残していたことに作家は驚き、克明に辿っていきます。結局、ももりの見るところ、江戸幕府は薩摩藩に乗っ取られた・・・と思うのですが、幕府が滅び、明治維新がなり、徳川家が続く事を許されて、5才の田安亀之助が駿府へ城かえするべく、生麦村を通るところでこの労作は終わります。
  ・・・百人ほどの質素な行列の乗り物が近づいてきた。両側のすだれは巻き上げられていて、幼い亀之助は、沿道の風景が珍しいらしく、目を輝かせてしばしば乗り物の外に首を伸ばす。亀之助は中央を剃ったお河童頭で、筆の軸のような小さなマゲが結われていた・・・概略・・・
 前方から赤い髪の被り物をつけ、錦の御旗を手にした兵の一団が近づいてきた。彼らは亀之助の行列とは知らず笑っている者もいたが、松に止まる烏に一人の兵が発砲した。亀之助は驚き、乗り物から顔を出して銃をかついで歩く兵たちに興味深げな目を向けた・・・
 たしか、JRも、12000円で乗り放題の切符を出すとか云ってたなあ。さあ・・・もう一度、薩摩、鹿児島へ行きたい!!!スケッチは島津斉彬と久光が武器の研究製造した、尚古集成館、後ろは桜島

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2009年3月 7日 (土)

「遠い日の戦争」 吉村昭

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 「遠い日の戦争」 吉村昭(新潮社)を読みました。日本が敗戦の年、作家吉村昭は18才。身をよじるような屈辱の思いで敗戦を受け止めた作家が書いた力作です。
 主人公、清原琢也は終戦時、福岡に置かれた大本営西部司令室主任として勤務しています。半地下のコンクリートの部屋で、敵機の気影を数え、空襲警報を発令する立場です
 8月15日正午、天皇の終戦の詔を、彼は司令室の明瞭な音質で聞き取ります。しかし、その前日にも、500機にものぼる爆撃機、艦載機による、関東、九州、新潟への銃爆撃が行なわれたことを確認している彼の憎しみは、アメリカ兵捕虜に向かいました。迎撃されてパラシュートで降下したアメリカ兵捕虜。女性のヌード雑誌を見ながら爆弾を投下していた、まだ、あっけないほど若い兵士達。乏しい食料を無駄に食わせている・・・捕虜を処刑・・・
 戦後、一転して、アメリカに媚を売るようになった日本人たち。彼は戦犯として厳しく追及されますが辛くも逃亡します。アメリカの戦時裁判の行方に神経をすり減らしながら、人目を避け、おびえて生きる琢哉。始めの頃はアメリカ人捕虜を殴打しただけでも、絞首刑・・・それは私刑・・・と作家は言っています。やがて・・・アジアの戦略上、日本が大切と考えたアメリカの姿勢の変化で、除々に刑は軽減されていきます。今、プリンシパルが欠けているとか・・・改めて日本人の奇妙な従順さに思いを致す時がきているのでしょうか。

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2009年3月 1日 (日)

飛鳥迷子

Higoro
 先日、霧雨の中、飛鳥の都をトボトボ・・・歩いてきました。もう、アチコチのブログで刺激され、古い本を引っ張り出して井上靖「額田女王」を読みましたら、も・お・お・・・うっとり。朝、雨でしたけど、とも角・・・耳成山、畝傍山、香具山、三輪山、二上山・・・・って文字がチラチラして、とりあえず近鉄に乗りました。飛鳥寺に行こう!!!
 八木西駅で耳成山をゲット。畝傍駅で畝傍山をゲット。香具山は・・・・おお・お・お  心なく、雲のかくそうべしや!!!橿原神宮下車。パンフによると、飛鳥寺まで、バス30分とありますし、そのバスが発車するまで30分以上ある。レンタサイクルをのぞいたら、1日900円。もうお昼も回ってるし・・・「ええい・・・歩け」膝の調子が悪いことも忘れて歩き始めました。橿原神宮駅の近く、にぎりめしとピザまんをかじりながら、トボトボ歩いていた着膨れたおばさんがいたら・・・それって、きっとももりでしたよ。

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 どうも、地図はイラストで正確ではないらしい。レンタサイクル屋のおじさんは飛鳥寺まで30分と云ったけど・・・霧雨の中、タクシーなんて走ってないし、バスも来そうにない。こうなったら、もう、目的地に辿りつくほかない。結局、1時間10分ほどかかって、飛鳥寺に辿りつきました。でも、道中の飛鳥、とてもおだやかで美しい。梅がいたるところに咲いてる。額田女王も、中大兄皇子や藤原鎌足も、大海人皇子だって、この道を歩いてたって思いながら、ホント、うっとり迷子を楽しみました。

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