2017年3月 6日 (月)

新米歴女

 ももりがえらそうな口をきいて、古代史をウンヌンするようになったのは、実はホンの、この2か~3年のことなんです。相棒が脳溢血で、車いす生活になり、海外旅行はおろか国内旅行すら思うにまかせなくなってから、ってのが正直なところです。


 それまでの、ももりの関心はもっぱら西洋美術史・・・大学時代の授業で「これは本物を見ないとわからない」と思った時から旅は生活の一部でした。ともかく現物を見たいと、時間、お金のゆるすかぎり旅もしてきたつもりです。ま・あ・あ・・・・日本史よりは西洋史の方がラクって感じでした。

 その中で、興味をもちつづけたのは万葉集。これはむつかしすぎます。


  今の関心は、藤原不比等。持統、文武、元明、元正・・・この時期、全くといっていいほど表に立たない「黒子」役者・・・藤原不比等。彼を知らなければ・・・・天皇を神にしたてたのは彼。
 彼は凄い!!!古事記の編纂も、日本書記も、大宝律令も・・・すべてに彼の影がさしながら、自らはおもてには出ない。天皇を神にしたてたのは、彼の他にはいない・・・というのが新米歴女ももりの見解です。息子たちになると、もう、目立ちたがりの権力欲の強いいばりたがり。


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 少し暖かくなるとお尻がムズムズ。鳥羽離宮跡をたずねてみました。今は広い公園だけ。そのあと、城南宮へ。ここの枝垂れ梅は有名です。


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 下は大好きな梅宮大社

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2017年2月 3日 (金)

トップに立つ人

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トップに立つ人って・・・何より大事ですよねえ。上のは???困ります。
あまりに寒くて、お外にも出られず、パソコンをいじっていましたらこんな写真がありました。たしか・・・・バルセロナの蠟人形館だったか???お隣はブッシュさんとブレアさんみたい???トランプ氏でないのが残念です。


 
 
こう寒くてはスケッチにも出る気にもならず、おまけにカメラの調子も絶不調。修理から戻ってきましたら、なんとか???今日は節分。京都の町をフラフラしていたら、鬼に出会えるかもしれないなあ。あちこちで、鬼が出没する京都の町です。



 「きさらぎ」って言う言葉が大好き。ひびきが好き。イメージが好き。キラキラと輝きゆらぐお日さま、かすかな風のうごきが、き・さ・ら・ぎ・・です。
 

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2017年1月24日 (火)

可愛いお仲間

 サッムーイお外ですが・・・窓からこんなお客様が来てるのが見えます。雀よりはちょっと小さいみたいで、目の周りが白いから・・・メジロ???さん???

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  ホラ  向こうにもう一羽見えてます。


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 仲良く 二羽並んでおやつタイム。 こんなせまっ苦しい中京ですのに、よおくいらっしゃいました。

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2017年1月12日 (木)

おカアさん おばちゃん おばあちゃん・・

 穏やかなお正月でした。家族もそれぞれの日常に戻りました。


新年は頑張ってプールへ。
「おカアさん ようがんばるなあ!!!」って声をかけてくれたのがイケメンのおっちゃん。お隣の上級者用コースでよく見かける方です。 これがぁあ・・・もし「おばちゃん・・・」とか、勿論「おばさん」「おばはん」とか、モッチロン!!!「おばあちゃん」ならいややねえ。「おカアさん」ならいいっか???生んだ覚えはないけどね。「アリガトネ」


 お誕生日。ももり、76才。お習字の生徒さん二人姉弟、5年生と3年生からこんなかわいいプレゼントをいただきました。えりまきとストッキング。やっぱり、モダン!!!今風!!!感覚が違うってのか、ももりの身の周りのダサイのとは、まるでセンスがちがうのよねえ。うれしい!!!アリガトね。
 

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 先日、スーパーで前の人から、ハラハラと・・・???あれ・れ???5000円札じゃないの!!!
「だれかぁ!!!大きなお金落としましたよ」
 前にいた二人が何やらゴチョゴチョ。え・え・え・・???ケンカしないでよ!!!
小柄な男性とスラッとした長身のべっぴんさんの女性・・・この二人、カップルだったらしく「メッチャ ア・リ・ガ・ト」って穏やかにいきました。よかった、よかった!!!
 下は今読んでる本です。


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2017年1月 2日 (月)

あけまして

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 新年が 皆さまのすばらしい年でありますように 祈っております。

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2016年12月 9日 (金)

シンムケゲムケゲコ・・・

のめりこめる本がない時の寂しさは・・・なんとも・・・たよりない。 


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本来、あまり宗教的でないももりですが、次男が死んでから般若心経をあげています。勿論、訳はわからないんです。 ふと、立松和平「仏と自然」が目に留まり、借りてきました。仏教の解説書らしい。他の3冊のエッセー集は簡単に読みましたが、どうも好きにはなれない感じ。なんか・・・・聞きなれたお説教みたい。自己肯定というか・・・自己撞着っていうか???安易な感じ。一方、般若心経は全然わかりません。仏教の奥義なんて、ももりの脳ミソにはむり???
 それまで読みふけっていたボナッティーや、植村直美、野口健(これらはアップし忘れて図書館に返却してしまいましたが)・・・命がけの冒険、激しい生命の充足。生と死との一瞬を分ける理性と強固な意志。許してはくれない過酷な自然、しかし、その美しさ、神々しさ!!!感動します。その緊迫感が強すぎたからか???


 シンムケゲムケゲコ・・・って・・・ッタクー・・・なんの意味やろ???

 人間だけの命が大切なわけではない・・・そう思っています。
結局・・・今、ももりたちの暮らしって、結構修行かもしれないなあ。相棒は病気をうけとめて、我慢強くおだやかにしています。と、いうか・・・最近穏やかになってきました。結構激しかったようでしたけど。一方、ももり・・・一日の休みもなく3食を枕元に運び・・・イエイエ、デイケアーの日は昼食はいらない・・・でも、本当に大変になるのはもっと先???逃げることはできず、日々の無事を感謝して平穏に過ごします。これって、禁欲的な修行生活じゃあない???

  


  1年、3500円で無料の市バスのパスを使ってフラフラ。相棒がデイケアの日は3時には帰宅。在宅の日は昼食後。短い時間ですが小マメに出歩きました。相棒はもうあまり出たがりません。「行っといで」って言います。いない方が気楽らしい。


 今日はもう冬の風。スケッチがいっぱいできた幸せな秋でした!!!。冬の間は、又、プール。セッセと泳ぎましょう。やがて、又、めぐってくる春!!!京都の桜は、そりゃあ!!!すばらしいんですから。

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2016年11月 6日 (日)

泣いてしまったこと

 先日は、卒業60年、中学校3年のクラス会・・・最後のカラオケで泣いてしまった・・・というのは・・・・ 
ご存じ、岩崎宏美さんの歌「マドンナのララバイ」
   

 ♪♪♪・・・そう・・・眠りなさい  つかれきった体を投げ出して
 青いそのまぶたを  唇で  そっとふさぎましょう

 ♪♪♪・・・そう・・・できるのなら  生まれかわり
 あなたの  母になって  私の命さえ  さし出してあなたを  守りたいのです



 ♪♪♪・・・・このまちは戦場だから  おとこは みんな 傷を負った戦士
 今は 心の痛みをぬぐって  小さな子供の昔にかえって・・・・・あつい胸にあまえて・・・

 ♪♪♪・・・そう    わたしにだけ  みせてくれた   あなたのその涙
 あの日から決めたの  その夢を支えて  生きていこうと・・・・
    


 ♪♪♪・・・・恋ならば  いつかは消える  けれども  もっと深い愛があるの・・・♪♪♪


 これって、まさしく今の私の歌・・・傷を負った激しい戦士であった相棒は・・・・今、車椅子・・・
次男の死・・・人前ではあまり泣かなかったのに・・・フ・カ・ク・・・下、スケッチは、先日ちょっくら足を伸ばした嵯峨野

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 そうそう・・・エジプト展も見てきましたよ。今、秋たけなわ・・・特別公開のお寺とか、行事とか・・・行きましょう。

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2016年10月23日 (日)

偉大なる先達

 


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 先日、老大家、松永暘石先生のご葬儀に久しぶりに大阪へ。先生の膝下をはなれ、もう20年ほどもなります。なつかしい!!!フルーイお仲間との再会・・・とてもうれしかったです。

 思えば・・・・奥山に迷い込むように、未だに道を探し続け、迷い続けている書の道ですが・・・もう・・・何人もの先生に先立たれました。
 


 まずは・・・田中香雲   私の父です。日展作家でしたが、私が27才の時に亡くなりました。なくなる6年前、胃癌ということで、「後・・・5年は大丈夫やろ」って言われました。それまで絵を描いていた自分から180度転換。改めて書を見つめますと・・・・これが…すごい!!!
 たまたま、当時は、NYの、いわゆるコンテンポラリー絵画が鬱勃とおこって来る時期で、絵として書をみると・・・これぞ!!!まさしく・・・・アート・・・白黒だけですべてを表す・・・アートにみえたものです。


 父は27才の時になくなりました。、すぐ、父の師でいらした谷邊橘南先生のもとへ。谷邊先生は、戦時中、園部のももりの母の実家の2階に疎開しておられまして、ホンの幼い私をよくご存じでしたせいか、いつも、おかしな生き物をみるようなお顔でクスクスクスクス笑っておられたものです。奥様にも、大変可愛がっていただきました。谷邊橘南先生は、当時は日比野吾鳳と並ぶトップクラスの大家です。

 5年ほどお習いする間に、私も二人子供を授かりました。谷邊橘南先生は中風で倒れられて、お稽古がお休みになりました。そのころ「仮名だけではどうしても書道はわからない。根本の漢字にもっとせまりたい」と切望しておりました。谷邊橘南が出しておられる「書窗誌」の漢字部門には、毎号、小坂奇石先生が漢字手本を揮毫されていたのです。早速行きたかったのですが、丁度、3男も生まれ、あまりにややこしく、「しばらく休もう」と腰をおろして、6か月。


 相棒が「エエ加減に再開セナあかんのとちがうか」ということで、誰の紹介もなく、初めて新京極、錦のお天神さんをたずねました。父の元で書いていた臨書を何点か見せましたら、小坂奇石先生は、「誰になろた???」ってお聞きになりましたので、私は、谷辺先生のお名前を出すのは、はばかられましたので、「田中香雲という人です」と答えました。そしたら、「ああ、京展で大賞取ったセンセやなあ」と言われた方がおられまして、その場で、入門がかないました。
 


 それからは、もう、あけても暮れても書ばかり。小坂奇石先生は、京都、錦のお天神さんに、月、一度いらしてまして、キラ星の如く居並ぶ、日展作家の高弟たちに囲まれて、先生の前に。大きな硯が2面。墨を2時間ばかりするのが私の役目になりました。なんと・・・なんと・・・えがたい貴重な時間であったことでしょう。目の前を先生の息づかい、筆が走り、打ち込み、躍動するのです。


 谷邊橘南先生はお亡くなりになりましたが書道界は残り、漢字とかなの二足のわらじで、ひたすら勉強に励む毎日でした。幼い息子たちが眠るのを待って、臨書。明け方の空があじさいい色に染まるころまで、勉強したものです。

 その内、小坂奇石先生の膝下から独立したいと、三谷治山先生と松永暘石先生が、お二人で一派をたてられることになり、どちらにも師事し続けたかったのですが「どうしてもどちらかを選べ」ということで、泣く泣く小坂奇石先生の元を離れました。やがて、小坂奇石先生も鬼籍にはいられ、三谷治山先生ともお別れの時がやってきました。

 どうしても書の良さがわからないと、どれほど悩んだことでしょう。でも、「あの父が、あれほど言ってた。書ほど素晴らしいものはない!!!」という言葉を信じて60年。今日、真実、書道の素晴らしさに浸っております。


 長期にわたって、私のもとに通って下さる生徒さんたち!!!この方々への感謝を書かずにはいられません。教えるということ、次々とわき起こる疑問点・・・何とか答えたいと・・・・それが私の独学でした。この方々がいらっしゃらなかったら、私はもう、書をやめてしまっていたかもしれません。そして、先生がずーっと生きてらしたら、自分一人で調べものをすることも、もっともっと少なかったにちがいありません。

 書道展で競うということはもう止めて久しいです。先生のお手本をマネしたり、会場で競うようなものでもないとも思えましたから・・・そのくせ・・・・絵の出品は、今もつづけてるんですから・・・勝手ですよねえ。スケッチは先日の植物園

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2016年9月20日 (火)

はたちになったぼくへ

 最近、何やかやと整理。むつかしいのがアルバム。たっくさんの写真やから・・・も・お・お・・・何冊ものアルバムは大変!!!。

 面白いものが出てきました。下写真

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 釣りキチ、6年生の時のものです。


 はたちのぼくへ

 僕の今のしゅ味は、つり、読書などです。
また、今の性かくは、少しとろいめです。
あなたはどうですか?
今、住んでいるところは、京都市中京区・・・略・・・
将来のゆめは、漁師、又は天文学者です。
あなたはどうですか?また、かなえられましたか?

手紙を出したのは、1986年、3月15日です。
あっ、そうそう。この年のエピソ-ドは、
 ボイジャー2号が天王星に接近した!(1月27日ごろ)
 ハレーすい星が76年ぶりにもどってきた!!!(今)
 これは天体のエピソードです。
 では、バイチャ!

今の読書   インガルス一家の物語
 大きな森の小さな家
 大草原の小さな家
 プラムクリークの土手で
 シルバーレイクの岸辺で
 農場の少年 
 長い冬
 この楽しき日々


  いいなあ!!!釣りキチ・・・ホント、ちょっとトロイけど、40才をすぎた今でも、釣りばっかりしてるし、マ・ア・ア・・・天文学者ってのはムリやったなあ!!!
 大草原のシリーズは、この母親が大好きで子供たちのために買ったもの。今も、ももりの本棚にしっかりいすわってダーイスキです。写真は屋久島。そういえば・・・屋久島と種子島へ相棒(父親)と釣り道具持参でお正月ってのに、旅してたよなあ。

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2016年8月26日 (金)

本の読み過ぎ???

 ももりの推理・・・


 

 今騒がれている事件、高畑淳子さんの息子・・・バカ息子・・は、きっとこうなる

 弁護士がでてきて事件はすっかり変わるにちいがいない。真相は???二人しか知らない。ビル・クリントンを思い出します。真相はどうあれ・・・・あれは強姦ではなく、和姦・・・・そして示談金・・・ねらい、とまではいかなくても、警察に通知した男性とは、なにもの???どんな人間???美心局・・・つつもたせ・・・???二人の関係は???
 とことんまで裁判で女性が追及されるのを避けて・・・示談・・・・示談金は??? 

 今、まだ会見前・・・・さ・あ・あ・・・・・・

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 上2冊、原田マハ。どちらも面白い!!!
「太陽の棘(とげ)」アメリカ軍占領下の沖縄。軍人たちのおみやげ用の絵を描いた絵描きたちの村があった。いえいえい・・・・おみやげではない!!!素晴らしい絵を描く芸術家集団の住む「ニシムイ」とよばれるコロニー。 絵描きをめざしていたが、両親の希望とおり精神科医になった若きアメリカ兵との交流。沖縄の民衆にとっても、アメリ兵にとっても、残酷な心身の破壊があった。その中で・・・絵画を通じて、お互いの尊厳に満ちた交流が始まります。

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 こちらは、以前アップした「負けんとき  ヴォーリズ満喜子の種まく日々」と同じ作家で興味をもちました。
青森 津軽・・・本州最北端の片村に、人に知られることなく発表することもなく、一生絵を描き続けた作家がいた。
 銀座の画廊のあと取り娘がその絵に出合ったのは、パリに住む恋人との恋の破たんの進行の中だった。
実存した画家、常田健・・・土蔵の美術館は本当にあるそうで、相棒が元気なら・・・今すぐにでも飛んでいきたいけどなあ!!!

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