リラの僧院 ブルガリアの1日目

ブルガリア、ルーマニア・・・この2国のことはほとんど知らなかったももりです。実際、申し込んでいて取りやめになったドイツ行き、「日程は休みを組んでるのにどうしてくれるのよ」って感じで、空いていたブルガリア、ルーマニアにやってきたのです。
ももりの中に、行きたいと決めたのは、彼のチャーチの言葉が記憶のかけらにあったからです。
第2次大戦後、ヒットラーの共産主義圏拡大の野心に危機感を抱いたチャーチルが、鉄のカーテンと云う言葉を始めて使った演説の中、
「共産主義の鉄のカーテンの向こうへ行ってしまった素晴らしい町、ソフィア、ブカレスト・・・」というくだりが確かにあった。
ブルガリアのガイドさんは、共産主義時代のレニングラード大学教授。60才とのことでした。共産主義時代はトップクラスのエリートだったでしょう彼女の解説は専門的で詳細。じっくり聞きたかったのですが、ももりはスケッチ半分、耳だけは解説に聞き耳を立てていたつもりでしたが、二股はちょっとムリみたい。・・・今、本で復習していますと、改めて予備知識を詰め込んで、もう一度、ゆっくり行きたくなるばかりです。
共産主義時代のソ連、ももりは、ハバロフスクからイルクーツクへ、イルクーツクからバイカル湖のほとりをシベリア鉄道でモンゴルまでいうという旅をしたことは以前ブログに書きました。
ブカレスト・・・バルカンの小パリと呼ばれた華やかで駘蕩とした文化の華は、巨大なコンクリートの塊りと化して何の魅力も感じませんでした。中世から近代、なんとも華やかで伸びやかな人間性の発露は破壊されてしまったのです。共産主義が教養の無い恥ずべき行為をした証拠です。
しかし、ここリラの僧院は共産主義の魔手を逃れた聖地でした。/strong>
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