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2019年6月14日 (金)

相棒  81才

相棒は無事81才のお誕生日を迎えました。脳溢血で倒れて5年。最近は本当におだやかな日々です。


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最近デイケアで将棋をしてるんだそうです。

「最近将棋してるね」って言いますから「どっちが強い??」って聞きますと「連敗!!!」ですって。でも30年以上やってなかったんですもん。「なんか本を買うて来てくれ」っていうことで、詰め将棋の本を買ってきました。それから…も・お・お…!!!カンカン!!!頑張っています。


先日には5連勝とか、昨日は完敗って言ってました。ももりがプールに出掛ける時「行ってくるでえ」って言っても知らん顔。夢中です。帰ったら、まだやってる!!!は・は・は・・・おもりがラクです。


大体、なんでも一生懸命やる人で、夜間の学校で勉強して一級建築士も一度でパスという頑張り屋さんです。子供たちよりよっぽど育てるのは楽やったなあ!!!

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 は・は・は・・・こんな男前の時もあったのかあ???釣りキチはまだ生まれてません。






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2019年6月11日 (火)

太陽のような人

「原始女性は太陽であった」とか・・・田辺聖子さんこそ太陽のような人でした。
近作「残花亭日歴」この本はあまり面白かったので友人に押し貸し。今、手元にありません。


 田辺聖子さんが
なくなられました。今、彼女の本ばかり読んでいますのに。
お聖さん・・・幼年期、豊かな家庭に育ちました。祖父の代からの写真館、時代の先端を行くハイカラな写真館は使用人も多く、大人は子供にかまっていられません。大らかなものです。せっせとお芝居にもいくし、買い食いもします。一方、文学少女で、物語を作っては友達に読んできかせます。「次はどうなるの」とか言われてご機嫌な人気者でした。
 やがて戦争…大阪を焼野原にした米軍の度重なる空襲で写真館は燃え、終戦の年に父親は病気でなくなります。岡山の師範学校を出た母は残された3人の子供のために必死に働きます。「学校だけは出す」
ということで松陰学女学校をでます。学校の先生にもなれたのですが、もっとお給料の良いという鋳物関係の会社に就職。品のない???ガラッパチの大阪弁をみっちり身につけます。


 昼は工場で働き、夜はせっせと懸賞小説に応募します。そのうちに文学仲間のサークルにも入り、ひたすら、がんばります。修業時代ですねえ。文学の女性仲間の友人が3人の子供を残して死にました。聖子さん・・・ここがえ・ら・い!!!4人の子持ちの旦那さん、奄美大島出身の開業医・・・後、せんど話のネタのされるカモカのおっちゃんと結婚します。三人の子供たちには「あなたたちのおかあさんはこの人・・・きっと写真を示しながら・・・私のことは「おばちゃん」って呼んで」って、お弁当作りから一切母親役をつとめます。



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 残花亭日歴は介護の日々を書いています。カモカのおっちゃんは包容力のある大きな男性ですが、70才くらいで下半身不随になりました。それでも車椅子で作家仲間と飲み会にも出ますし旅行にも行きます。しかし・・・5年ほど後、あご??癌がみつかりました。苦しい闘病生活ですが、聖子さんは講演会や原稿書きの手をぬくことはありません。そして・・・カモカのおっちゃんのほかに、もう一人、気難しい老婦人、94才のお母さんのお世話もあったのです。えらいなあ!!!



 人のために頑張れるって本当にえらいことです。それも陰々滅々でなくカラッと朗らか。ふらふらになりながらもやりとげます。太陽…周囲のすべてを育て、自らは燃え尽きることのないエネルギー、女性ならではの太陽力です。



 今頃、ほっと「楽になったなあ」ってい自らは言ってらっしゃるでしょう。合掌。

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2019年6月 5日 (水)

極楽浄土めぐり

 最近、大体平安時代にまつわる読み物ばかり読んでいます。でも・・・おかしいでしょ???「源氏物語」は手付かずです。どうも・・好きになれない。男と女のどろどろは・・・い・や!!!

 貴族たちは栄耀栄華、ぜいたくをきわめていたようですが、一歩、宮門を出るとそこは魔界。民衆は飢え、追いはぎ、強盗ともなります。ひでり、大水、雷…はやり病・・死臭ふんぷんだったようです。それに、当時の仏教は剣呑で、怨敵退散、怨霊のぞく護摩祈祷・・・陰陽道という不気味なものも大手を振ってまかりとおっています。そんな中、人を押しのけ権力に執着。 そのくせ、死ぬときは、いえ、だからこそ、死ぬときは観音様のお慈悲の御手に救われたいとキンキラキンの仏様や仏塔を建てました。

 

 度重なる戦乱で大方を失ったとはいえ、やっぱり京都。平安の仏様はまだたくさんいらっしゃいます。

 先日行ったのが即成院。ここは泉涌寺の塔頭です。ずらーりとならんだ二十五菩薩。平安以来の御開帳???って書いてます。どういう意味か知らないけどこんな身近にこんな素晴らしい仏様たちがいらしたんです。この25菩薩は、図録には絶対乗っている仏様たちですが、こんな身近にいらしたなんて知らなかったなあ!!即成院は藤原道長の孫、が建てたお寺にあった仏さまをいろんな厄災を避けて、今、ここにひっそりと守られているの
です。



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浄土からのお迎えはオーケストラつき。かわいいお顔の音楽家たち。

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 死後は極楽浄土へ・・・ですって。極楽浄土を再現したのが平等院、道長の息子頼道が建てました。「この世は望月のかけたところがないような・・・」といったあの道長。スゴ腕のわざ師です。地位のためには汚い手も平然と使う。運もよかった。最高位について政治を壟断、そのあとを継いだのが頼道。頼道は宇治の平等院を建てました。
 そこの仏様たちはあまりにも有名ですが、只今は修復のため内部には入れません。宝物館とお庭だけゆっくり見てきました。

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蓮の花が咲いています。ここのお庭はコンクリート??でかためられツルッツルです。ももりはもっと雑草が生えているような自然なお庭がいいなあ!!!
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 下は三十三間堂。三十三間堂は少し時代が下がって、もう平安の終わりです。かの後白河法皇に平忠盛、清盛父子がご機嫌うかがいに寄進した仏様たち。

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スケッチは今は禁止。古いものです。


 平安時代の人々にとって仏教って、哲学というより、もっとおどろおどろしいみたい。安産を願ったり、恨みをこめたり、怨敵退散の調伏やら…健康的ではありません。これらの自らのおかしている罪の意識もまた、仏さまのお助けにすがる・・・う・う・・・・ん。目もくらむような極色彩の法相華の模様の柱や壁。建物を聾するお経とお香の煙の中で、浄土からの仏さまのお迎えを待つなんて・・・ねえ???

 今、仏様たちは長年の煤に往年の金ピカ色を失いしずかに瞑目してらっしゃいます。

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