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2019年3月31日 (日)

いうことをきかないパソコン

パソコン不調のあいだに、アップしぞこなった記事をのせておきます。
 
下は千本釈迦堂。応仁の乱に燃えなかったほとんど唯一の建物。ここの仏さまは、しょっちゅう、出張なさっていてお留守なのですが、この日はいらしたのでゆっくり拝ませていただきました。宝物館も国宝本堂も公開中です。有名なおかめ桜はまだ3分咲きくらい。

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 下は、明治天皇の思い入れによって建立されたといいます白峰神社。かの崇徳天皇がまつられています。いつもは何となく素通りしていましたが、今日は中へ。

 崇徳天皇は白河天皇…この天皇様、史上傑出した独裁権力をふるったお方です。「自分の意のままにならないのは、賽の目、賀茂の水、比叡山の山法師」といわれたとか。この方が溺愛されたたま子様(王へんに文章の章)を息子鳥羽天皇のお后に入内させました。ところが・・おなかにはもはや、白川さまのお子が・・・のちの崇徳天皇です。鳥羽天皇は叔父子(おじいの子)と呼んで)、心を許しませんでした。白川天皇崩御、鳥羽天皇は今は退位して鳥羽上皇でしたが、自分の子を次期天皇にしたいと望み、崇徳天皇と対立。保元の乱です。戦に敗れた崇徳様は隠岐へ流され、狂ったようにその処置を恨んで亡くなられます。都は異変続き、天災、疫病、崇徳様の祟りだということで・・・実はこの崇徳という名も死後に贈られた名前ですが・・・

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下は「蚕の社」太秦にあります。鳥居が三本足なので有名です。左にちょっと見える鳥居の奥に三本足の鳥居があります。ここは好きなところで、こんな町中にありながらうぐいすの鳴き声が聞こえる…というので行きましたが雨が3粒・・・かえりました。鶯はまだ聞かずです。

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 下の鳥居のおくに、3本足の鳥居があります。


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2019年3月30日 (土)

豊穣のひととき

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 今日は3月30日。結婚記念日です。54回目。相棒は今、デイケアーに行っています。帰ったら・・・ね。

 

 相棒が出かけた後のほんのひと時、ゆっくりお茶。そして・・・最近は「更級日記」を少しづつ音読しています。これが・・・なんとも優雅で響きがうつくしいのよねえ。そのうちにテープにふきこみましょう。


 ももりが古典文学に興味をもったのは、まだほんの最近です。まだ歴女とはとても言えません。5年前に癌手術をして、外国どころか国内旅行すら行けなくなってしまってから。ついで相棒も脳溢血。麻痺が残り、外出もままならなくなって、楽しみはもっぱら本。少し歴史を知りたいと、まずは、漫画や児童書で古事記から奈良時代…そして今は平安時代です。


 ともかくは、図書館で児童書にできるだけ多くあたりました。


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 今は更級日記。作者は菅原孝標の娘。面白いことに作家の父親、菅原孝標は、醍醐天皇の御代、左大臣藤原時平の讒言によって、太宰府に流された、かの右大臣、菅原道真・・・の、5代あとの人。菅原家は学問の家柄です。その家のむすめ・・・ですって。そして、作家の母の姉はかの嫉妬のかたまり、ドフトエフスキーも敬礼しそうな「蜻蛉日記」の作家、道綱の母で・・・つぅまぁりぃ、作家の叔母にあたります。さらに、作家の育て親の弟の妻は紫式部のむすめ・・・ですって。頭の整理が必要ですけど。

 

 父の任地、千葉で彼女はひたすら物語の世界にあこがれます。やっと、13才の時に京の都に帰りました。つてをもとめて物語をさがしますが、なかなか・・・やっと手に入れた物語を、夢中でよみふけります。この物語あれば、貴人の妻になることなんぞなんのその・・昼も夜も、ひたすら読みます。



 さて、ここからはももりのイメージの世界です。
源氏物語は紫式部によって、さしずめ、今の月刊誌の人気シリーズのように、読者に待たれながら発表されていきます。読者は、争って、手の込んだ高価な紙に書き写し、家の宝にと集めていきます。多くの物語、詩集が今日こうして残ったことは世界史上でも、けうなことだったでしょう。

 さて、ある日、源氏物語15巻とその当時の物語…今は失われています・・をそっくり貸してくれた女性…この人こそ母の姉…蜻蛉日記の作家ではなかったか???

 

 知る限りの歴史のなかに、作家をあてはめていくジグソーパズルのような楽しみです。そして…読んでいるのは児童書、きれいな絵やイラストがいっぱい。というわけで、ももりのあたまは、まるで色彩豊かな平安朝の宮廷にまよいこんでいるのです。

 当時、政治がみだれ、一歩、宮から外に出ると、追いはぎ、強盗、旱、水害、風害、はやり病い・・何しろ抜刀した賊が御所の東から西の門までかけぬけた、とか、女の叫び声でかけつけたら、女官が二人丸裸で震えていたとか・・・御所の中ですらそんなありさまだったと、当時の日記は書いているのです。危険きわまりない真っ暗な夜、怨霊やもののけが動き回り、一方では十二単の女性たちが夢の世界がひろげていた・・・んですねえ。

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2019年3月25日 (月)

へんなパソコン!!!

も・お・お・・・・うまく動いてくれません。プンプン!!!


時代にとりおかれそうで、何とか続けているパソコンですが・・・そろそろ???

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古都の春

京都、古都も春。一条戻り橋の早咲き桜はもう満開!!!


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西本願寺前の「井筒ビル5F]風俗博物館へ。知らなかった!!!長く京都に住みながら、こんなすごい展示館があるなんて…改めて京都の奥深さに驚き!!!今は源氏物語をセットアップ中



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パソコン絶不調。勝手に人のパソコンの中までかきまわしてシステムを変えるなんて…ひどいよお!!!パソコン教室の校長先生にきてもらって・・・さ・あ・あ・・・アップできるか・・・エイッ







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2019年3月12日 (火)

蜻蛉日記のヒーローは

「蜻蛉日記」・・・・平安中期、藤原兼家・・・当時26才くらい・・にプロポーズされて不安ながらも結婚した19才の作家…彼女は菅原孝標の娘と呼ばれていますが名前はわかりません。というよりも、皇后とかになるまで女性には名前の記録が残されていなかった。清少納言も紫式部も名前ではありません。職名です。兼家との間に生まれた息子道綱が右大将になったので、作家は「右大将道綱の母」とよばれています。


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上はちょっと違うけど「落窪物語」岩崎書店の挿絵 沙月ゆうさん 葵祭のようす

 

 何人もの妻をもつこの時代の妻にとって一番の苦しみは嫉妬です。兼家は、直接親に結婚を申し込み、下手クソな字で品のない紙に歌を書いてよこします。当時はまだ位もたかくない、ぺーぺーですのに。その押しの強さに負けて結婚。

 最初は熱心に通ってきますが、浮気なやり手・・結局、9人の妻がいた???ともいいますよ。も・お・お…腹が立って腹が立って!!!たまに来てくれたら来てくれたで、腹立ちまぎれで怒りまくり???夫は不機嫌に帰ってしまう。またまた悲しい。そんな自分に嫌悪感を抱いて苦しみます。同じ屋敷の姉のもとにはせっせと律儀に男が通ってきているのに。欲求不満、イライラは募るばかり。

 ある時で、そわそわと上の空でかえっていった夫のあとを下男にあとを尾行させます。とある町中の女の家に入っていき、その夜は泊まったという報告。そのうちに子供もできたと世間の噂のたねに・・・も・お・お・・・自我とプライドのがかたまりの女主人公は爆発しそう。そりゃあそうでしょう。本朝三美人といわれたほどの美人で、歌もよむ才女はプライド高く強情です。ドフトエフスキーを思い出すほど、その鬱屈に徹底的に執着する心理描写がなんだか近代的、文学的???と思えてしまいます。


 なげきつつ 一人なげぬる世の あくる間は
   いかに久しき  ものとかは知る



 やがて町の女は出産。子供が死んだときいて喜びます。暗いけど・・・わかる・・・そのうち兼家の女への関心もうすれ、赤ん坊も実は父親は別の男だったのだとか・・・世間の口は・・・どうしようもない。 幼い道綱が、父親が帰ろうとすると、まとわりついて「いつ来る」と問う切なさ・・・・20年ほどでフッツリと日記はおわりますが、作家はその後20年ほどは生きたということです。



 でもねえ…この兼家という男、女が一人で立ち向かえるほど単純なタ・マではなかった。ゆく末は太政大臣ともなり、かの藤原道長の父親ともなった男です。もっとも、道長は時子と呼ばれる他の妻の子ですが。


 天皇花山天皇という人・・・父親の冷泉天皇は狂疾・・・時に常規を逸した行動をなさる・・・そして退位。そのあとを継いだ花山天皇も同じ血をもっていました。
16才で即位、お気に入りの女房に死なれて出家したいともらすようになります。そこに付け込んだのが兼家一家。真っ暗な紫宸殿から夢月の夜に天皇をこっそり連れ出し、門を出たところで車にのせ、前後をとりかこんで寺へ・・・ためらう天皇に「自分もすぐ後を追い、髪をおろします」といって、まんまと出家させてしまいます。天皇がいなくなった御所は大さわぎ。その時にはもう3種の神器は皇太子の手元に・・・うかうかと謀略のってしまった花山天皇は、そのあとどんなに悔しがったことか・・・・



 さて、そのやり手男の兼家、後に続く、一家の兄との権力争いにも結局は勝利し、東三条邸と呼ばれる大きな屋敷を構え、天皇には娘を嫁入りさせ、摂政となって権力を独占するという超ド級の怪物。異腹の妻からは道長がでます。下はマンガ「日本の歴史」中央公論社 石ノ森章太郎から。この物語の本当の主人公はこの兼家???じゃないか???しらね。



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 当時は男が女の家に通うのが普通だったようで、むしろ娘は生まれた家で大事に育てられ、夫や子も娘の実家で世話をし、家を継いでいったようです。

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2019年3月 4日 (月)

天国からの贈り物

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 このかわいらしいお花は???一体どなたが下さったのでしょう。もう一週間たちましたが、さて???どなたが下さったのかわからないのです。

 
 2月26日は次男の命日。ちょうど3年たったのですね。外から帰宅しましたら、鍵をかけた玄関の前にお花がおいてありました。
 はて???どなたから???あちこち電話をかけました。お嫁さんにも・・・いつも優しくしてくれている書道教室のかたにも・・・でも…まだわからないのです。


 お花は元気です。確かに歩いて持ってきてくださったことは確かです。遠くに住む人が送ってくれたものではありません。一体誰やろ???

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 死んだ子は年をとりません。ブサカワだったこの彼は???まだ、30前後ですかねえ。優しいだけの彼でしたけど、愛してくれた方々がいらしたんですねえ。


 はて・・・最近の面白い会話・・・子供の書道教室から


その日、いつもは遅い三男が5時頃帰宅しました。しばらくして顔を出し
「台所のもん見たらカレーやな。なんか見つくろうて作ろか」って言いました。
「ありがと。うれしいわ」って答えましたら私の前にいた小学3年生のカホちゃん
「センセ  あの人だれ???」
「う・う・・・ん。私の大好きな人」ってこたえましたら、妙な顔をして
「ふ・り・ん??」っていうんです。
「ふりんって何???」
「ふりんって、お父さんとお母さんがいるのに、他に好きな人がいること」
「う・う・・・・ん」いつまでもごまかすこともできず、
「あの人はなあ。私が32才の時に生んだ子やねん」
何とかなっとくしてくれました。


 又、ある日、5才のアラタちゃん、おしっこにトイレへ行ってベッドにいる主人をみたのです。
「センセ、あんな‘じいじ‘と結婚したん???」ですって。は・は・は・・・・もう涙が出るほど笑いました。


 又、ある時、おしっこに行ってきた小学4年生のオウ君。指でむこうを指さし、小さな声でいいました。
「センセ・・・あの人死んだはらへん???」
「え・え・え・・???死んだはったらターイヘン。なんで???」って言いますと、オウ君、大きな口をポカンとあけて眠るまね・・・も・お・お・・・笑って笑って…でも確かめにはいきましたよ。



 昨日展覧会も終わり、平穏な日々にもどりました。最近は平安時代の文学に児童書でアプローチ。適当にむつかしくおもしろく、不眠症も治ってきました。


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