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2018年3月30日 (金)

今日から 「京都水彩展」

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   どうでうすかぁあ  うれしいじゃありませんか!!!77才ですよお!!!生きててよかった!!!



今年は京都市美術館は改装中で、会場は京都文化博物館5Fです。スペースの都合で作品も小さいです。ももりは、今日(30日)2:00からと、日曜日、2:00からと会場にいる予定です。お会いできたらうれしいです。




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 今日はたまたま相棒と結婚した日。53年前、3月30日結婚しました。53年・・よくもったよねえ。







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2018年3月19日 (月)

喜びの時  「文部科学大臣賞」

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 このたび、「京都水彩展」にて文部科学大臣賞をいただきました.。「あてどない旅」です。なんてうれしいことでしょう。


 公募展に参加するようになって、はや20ン年たちました。好きなように描いていますが、公募展出品作は、抽象です。「わからない・・・」って言われ続けてきました。



 タイトルに思いを込めて…まずは「宇宙たち」いいタイトルでしょう???よすぎます。
宇宙の律動から小さな細胞まで‥すべては宇宙たち…これはタイトル負けですねえ。


 次は「ソドムの街」おごり高ぶった人間が神の領域にまで踏み込む・・・そらおそろしい現代文明・・・はははは…これもダメ。「これはどこの国の街???」とか聞かれて「旧約聖書の・・・」なんて説明し始めましたら「キミねえ。そんな原稿用紙2~3枚も説明のいるようなのはダメだ。絵描きなんて、そんな頭ないんだから」ですってサ。ひどいのよねえ。



 次は「生きる」・・・旅をして出会うまずしい子供たち、わかい母親と赤ん坊・・・生きるためには、かんかん照りの中だってひねもす、広げた敷物の上に貧しいものを並べて売っている。生きるためには、かっぱらいだって、売春だってなんでもやる・・・そんな激しい力を描きたかったのですが・・・「ユニセフの写真みたい・・・」ケチョン・・・クックーン



今回は「あてどない旅」…死んだ息子をさがして・・・よろよろと・・・わかってくれたんかなあ

 



 この4年ほどの間に、大きな悲しみが続きました。4年前、自分の大腸癌。ついで相棒の病気。更に1年後に次男をなくしました。


 そんな状況の下でしたが、展覧会の期日が迫るたびに、なんとか描こうと画面に向かうのですが、私の絵は、写実でも風景画でもありません。まあ、言えば、心象風景みたいなものを描いてきましたので、心の状態がモロに画面にでて、現れてくる画面は何ともいやらしく、暗く、不気味…到底、描き続けられるシロモノでなく、結局、以前の描きさしを仕上げて出品だけは続けていました。




 私は手が早い方です。そしてタッチも荒い方が好き。タッチは息使い。キチキチ描く込むより、息使いが聞こえるようなのが好き。というわけで、絵を作るのは早いです。描きかけたら次々とわいてくる次の絵のイメージを残しておこうとするものですから、一枚の絵を描いているうちに3枚くらいは描きさしができます。つまり未完成の絵はたくさんあるわけで、その中から、何とか仕上げたもので出品をつづけていました。




 何というか・・・・人にはわかってもらえない世界・・・茫洋とした空間、奥行き、広がりを描きたい。でも…その中にポイントととして何かを描き込む…レモンとか???小さいものはダメ。せっかくの空間が狭くなってしまいます。ふと…うかんだのが、死んだ子をさがして・・トボトボ・・・・



 旅は続きそう・・・描きさしならいっぱいあるんですから???




 

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2018年3月10日 (土)

春を訪ねて・・・醍醐寺

 先日醍醐寺へ行ってきました。霊宝館に展示されるという宋時代のお経を見てきました。散逸を免れて、今日まで、ようまあ、無事に!!!古文書・・・これはちょっとむつかしすぎました。




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 しきりにうぐいすが鳴いています。今年初めてのうぐいす・・・


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 ももりが目をむいたのは、ルート
マップの上、平重衡の墓。ここへはぜひ、また来ましょう。



平重衡・・・美しい、華のような若者…この若者は南都(奈良)焼き討ちという汚名に耐え、そして殺されました。


 1180年(治承4年)12月28日。南都(奈良)の都では、東大寺、興福寺炎上・・・堂塔、仏像、貴重な経典,が全て消え失せました。平重衡を総大将にいただく平家の軍勢は般若寺近くに陣をおきます。まっ暗闇に火を…ということで近くの民家に放火。おりからの風にあおらられて火はアッというまに広がり、大仏殿はじめ一切を灰にしてしまったのです。大仏殿の2階に逃げ込んだ僧俗3500人が焼け死んだといいます。なんという・・・・バチあたりな・・・東大寺は聖武天皇が大仏を建立して建てられた皇室のお寺、興福寺は藤原氏の氏寺です。僧兵を養って好き放題だ…とはいうものの・・・


 同じこの年、9月には、富士川で、源氏との戦い。鳥の羽音に驚いて戦う前に全員逃げてしまうという恥多い敗北を喫し、平家はもはや落ち目です。後白河は平家追討の令をだしたと知って怒った清盛は、後白河法皇を六波羅に幽閉してしまいます。追い詰められていく平家に、いよいよ後白河の厚顔な手際がさえてきます。



 清盛は、翌治承5年2月に死。1月に亡くなった高倉帝の後、後白河の院政再開。この年前後、未曾有の飢饉で餓死者が加茂河原を埋めたといいます。後白河は東大寺再建の令を出して、清盛の後をついだ宗盛は法王の幽閉をといて、法住寺にもどします。

 

梁塵秘抄は後白河が選した今様を集めたものといいます。その中に


見るに心の澄むものは

社毀れて 禰宜もなく

野中の堂の また破れたる

子生まぬ式部の 老いの果て



波も聞け

小磯も語れ 松も見よ

我を我という風 吹いたらば

いずれの浦へも 靡きなむ



どうですか・・・・後白河というお方・・・・かなわんなあ

 
 

 

 

 


 

 

 

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2018年3月 4日 (日)

口には蜜を

 相棒の車いす生活も4年目に入りました。息子のお葬式の時、また、その年のうちにもう一度お葬式を出すようなことになったら・・・と、思ったことを思い出します。



至って強がりだった相棒も最近はすっかり柔らかくかわいくなってきました。最近の会話から・・・



「2代にわたって世話かけるなあ」ですって。姑という人はすっごくすごく怖い人で、死のまぎわまで何ともつらい思いをしましたけど・・・こう・・・いわれると・・・も・お・お・・・帳消しやなあ



 

「結婚したこと後悔してへん???」
「なにゆうてんのん。自分が決めてしたことや。一回も後悔なんかしてない」
「そうでもなさそうやったでえ」
「まあ・・・はじめのころは・・・・(姑、小姑とのこと…これは胸の中だけ)でも、子供が生まれたら、それどころやあらへん。ま・あ・あ・・自分の巣を守ることだけで一杯やったなあ」



「あなたのこと尊敬してるでえ」
「・・・・・」
「だって、、、一人でじいっと耐えてるから。八つ当たりする人かってあるやろ????」「そら、あるある!!!」




会話って・・・口って大事なものです。え???口だけではありませんよ。

 

 

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2018年3月 2日 (金)

崇道神社・・・魂しずめのお宮さん

 春!!!春うらら!!!ちょっとマイナーかもしれないけれど、崇道神社へいってきました。



 崇道天皇・・・さま・・・この方、桓武天皇を長年苦しめた怨霊・・・になられたお方。桓武天皇とは、同じ母から生まれた弟君、早良親王様です。
政権奪取をはかったとして、とらえられ、抗議の絶食。むなしく憤死。当時の天皇様にとっては、雷も地震も洪水も干でりも、疫病すら、怨霊のたたりと思われようです。自身の犯した罪、それが自身の治める世の乱れを引き起こす…庶民のたたりとはちょっと違った次元の苦しみであったと思われます。





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 794 うぐいす 平安京・・・。京都に都が造られるまえ、10年間、長岡に都は建設されました。遷都には反対派も多くいたようです。



 758年、桓武天皇の皇女が伊勢へ斎宮として下ることになり、天皇は奈良へ。その留守の間、長岡京建設の長官、藤原種継が暗殺されました。調べていくと・・・なんと、弟の早良親王を天皇にいただこうという陰謀が露見しました。首都移転の反対派でしょうか。




 親王は無実を主張しますが、容れられず淡路へ送られます。その途中、食を絶ってなくなりました。長岡京の乙訓寺には早良親王が監禁されていたというお堂があり、亡くなった次男が連れて行ってくれたのは、まだほんの3??4???年ほど前のことです。
早良親王の怨霊鎮めのため、崇道天皇とおくりなされて祀られました。



 高野川にそって、琵琶湖へ抜ける道すがらに崇道神社はありますが、位置は知りませんでした。たまたま、三宅八幡さんへ行こうかと思って嵐電にのりますと、ゲットしたパンフに崇道神社とあるじゃありませんか。さっそく、トボトボと頼りない足で・・・・たどりつきました。その日、奉仕の方々がたき火をたいて、お掃除をなさってました。お昼ちかいけど、「うどん屋さんも何もない」のこと。何しろ、コンビニもタクシーもありません。「今日はご奉仕やから人がいますけど、普段は一人でおまいりするのはちょっと怖いですわ」ということでした。


 そのあと、三宅八幡三へおまいり。誰かがトランペットの練習をしています。ええとこやなあ!!!



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