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2018年2月14日 (水)

きさらぎの寂光院

 大原、寂光院へやってきました。バスは1時間に1本。時間待ちもスケッチブックがあればヘーッチャラ。空の青さと冬木立をたのしみます。この日、冬空は真っ青。雲は真っ白・・なんてすがすがしい!!!



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 今日、大原を訪ねたのは、壇ノ浦でほろんだ平家の悲劇のヒロイン、建礼門院をしのびたかったからです。まずは、建礼門院の御陵へお参り



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 日陰はまだ雪が凍てついて滑ります。ゆっくりゆっくり歩きます。如月の陽光が目に痛い。近くの山々はまだ雪!!!お・お・お・・・・ここはまだ冬!!!ちらほらと人影が・・・静かです。



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 建礼門院徳子…平家物語の悲劇のヒロインです。清盛の全盛期、2姫として生まれ、高倉天皇に后にあがったのが17才。高倉は6才年下でした。高倉をとりまく女房は多く、徳子が皇児を生むのは6年後。その前後、他の女房2人に3人の子があったといいます。中宮とはいっても、多くの女房に取り囲まれ、女心はやすらかではなかったでしょう。待ちに待たれた皇子誕生。このお方が、後、壇ノ浦で二位の尼にだかれて入水。海の藻屑と消えられた安徳天皇です。しかし、皇子が4才の時、高倉天皇はなくなりました。徳子は建礼門院とよばれます。



 宮尾登美子版「平家」では、別の女房の生んだ皇子とすりかえた・・・となっています。あとを追って身を投げた徳子、その長い黒髪を熊手でからめとられ、引き上げられます。恥多く、あまりにも無力な身。都に送られるまでの屈辱と悲しみはいかなるものだったか。悲劇です。
 その後、28才で剃髪、尼になり草深い大原に庵をかまえ、7年、ここ大原ですごしてなくなられました。庵のには石碑が一本。杉木立の中、陽もささない山中です。当時はもっともっと鄙びてたんやろなあ・・・あわれ・・・


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大原、寂光院です。




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 茶室「孤雲」池はまだ凍っています。
帰るころには、もう雪が顔に痛いほどふきつけます。あんなに真っ青な空やったのになあ。まだ、如月やなあ

 

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コメント

冬の日差しの移ろいがスケッチの色に出ていて、
温度や湿度の変化まで伝わって参ります。

こうして拝見すると、京都は冬でも葉の落ちない常緑樹が
多いのですね。 神社仏閣なので尚更なのかもしれませんが。 

投稿: 山桜 | 2018年2月17日 (土) 15時57分

如月の寂光院 人もまばらで ゆっくりと浸れましたか^^
青い空に冬木立 キリッとした空気!いいですね!
悲劇のヒロイン建礼門院を忍びつつのスケッチ・・・楽しまれましたね。
この時期の陽光は キラキラと眩いですね。
帰りには もう雪が・・・でしたか^^

  こちら 炬燵で丸くなり~で ストレスフルですww
   ”冬木立 スケッチ行の 羨まし” ですら・・

投稿: すみとも | 2018年2月17日 (土) 12時58分

お元気そうで何より。
寂光院、多分、行ったかな?????
三千院に娘とお参りした時に。
不断桜が咲く所では?
お抹茶が飲めて。
凜とした潔い冷たさ、好きです、くちこも。

投稿: くちかずこ | 2018年2月17日 (土) 12時50分

寒いけども、雪景色の中に、埋もれるのもいいもんです
寒かったでしょう。それでも出かけられるのは
お元気で気力が充実している証拠 なりよりです。

投稿: あきみず | 2018年2月15日 (木) 20時30分

御無沙汰しています、
何度か訪問させてもらいましたが、ローマ字からひらかなへの変換が上手く出来なくて、御無沙汰して仕舞、、。
すいません。

大原、寂光院、、、、。大原は良いですネ、
京都に居た時は好きな所で、良く行きました、
建礼門院徳子さま、、、。
知っています、、、、。?
勝林院も良いですネ、
大原をユックリと、歩いてみたいです、
京都に行きたいと思いながら中々実現出来ないです。

投稿: umebati2492 | 2018年2月15日 (木) 15時05分

建礼門院徳子
歴史に疎い私でも知っています
哀れとはこのような生涯を
送られた方が使う言葉でしょうね
栄華を知っているだけに
不憫さが募ります

投稿: おばさん | 2018年2月15日 (木) 10時03分

>ヘーッチャラ
才能が溢れておられます。同じよう見えてるはずでも、紙の上になると形が消えます。(笑い)
徳子さん、清盛さんが親でなかったら、もっと幸せに暮らされたかも、勝手な想像です。ちやほやされた時期もあったはずでしょうから。
尼になることで救いを、当時は身分の上下を問わずに、そんな風潮だったのかとも思いますが、栄華を極めた方にはあわれです。
なんとまあ、雪の降りしきる日にこの場所へだったのですね~。

投稿: kazuyoo60 | 2018年2月15日 (木) 09時02分

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