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2018年1月 4日 (木)

六波羅いまむかし

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 初もうでは六波羅蜜寺へ。初穂をいただいて皇福茶もいただきました。祇園に近いのですが、案外ひっそりとしています。


 六波羅といえば、平清盛のころ、平家一族が豪華な甍を並べていたといいます。そもそも、このあたりは公家や貴族が住む土地ではなかったのです。処刑地に近く、
鳥辺野の墓地の地で、検非違使の平家は、場末の取り締まりにも手近なこの土地を開いたようです。六波羅蜜寺はお正月の今はテントや人波でスケッチはできません。



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ここの宝物館には、清盛の姿を映した像があります。口から「南無阿弥陀仏」と唱えていらっしゃる空也上人のお姿もあります。



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 平清盛が体を焼きつくすような高熱にころげまわって苦しみながら死んだ年、京都は大飢饉。加茂の河原には死体が累々。鎌倉や九州、木曽、越後、各地に反平家の旗をかかげた源氏が京都にせまります。いよいよ平家が都おちするというその夜、たった一人の家来を連れて法王は逐電。あわててかけつけた清盛の跡継ぎ、宗盛は必死に探し回りますが女官たちすら誰もゆくえを知らない。このあたり、この法皇様の真骨頂やなあ。徒歩で鞍馬山から比叡山へ。やむなく平氏は幼帝、安徳(8才)と母、建礼門院をようして、西へとおちていきます。



 昨日、平家に源氏の義仲を討てと命令を出したと思えば、今日は、平家を討てと命じる。1年4か月も清盛に幽閉されていた法王は「これみたことか」って快哉をさけんだやろうなあ!!!



木曽義仲が都に入ってきた・・・京都には、もう食料はない!!!地獄やねえ。

 六波羅蜜寺から10分ほどで、「六道珍皇寺」へ。ここには地獄とこの世をつなぐという井戸があります。小野篁は夜な夜な。冥途とこの世を行き来したといいます。こわあいお顔の閻魔さまにもお会いして、初もうでは無事でした。




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2018年1月 2日 (火)

あけましておめでとうございます

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 あけましておめでとうございます。
本年も相変わりませずよろしくお願いいたします。
 旧年中はいろいろコメントいただきながらお返事もせず、本当にいたしました。穏やかな去年でした。自分の大腸がんも、もう3年9か月、無事。相棒は倒れて3年、無事。次男が突然死して、まもなく3回忌・・・いろいろのりこえました。今年もなんとか・・・老いてからの新たな出会いというのは、結構、つらいことも多いようです。うれしい出会いはブログで・・・なあんて、祈っています。
 旅…旅こそは・・・無念!!!海外どころか国内旅行もままなりません。でも・・・最近はもっぱら日本の歴史の本を読んでいますが、これが楽しくって。今は平家物語。何人かの作家さんの「平家」を読み比べて、興味はますばかり。京都に住んで、かつては物語の舞台であったところなど・・・今はすっかり栄花の跡形もない・・・無常・・・そんなところうろついて喜んでいます。


 
 ここ数年、古文書教室に参加しているのですが、京都には摂関家のお倉があり、平安時代の公家の日記とか手紙とかがとても大事に保存されてあります。歴史に直接迫れるっていうのはすごいこと!!!ここへきて書道をやってきたことは、なんとうれしいことであったかと思うことしきりです。

今年も楽しくやりましょう。

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