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2017年12月26日 (火)

ばばのバタバタフライ

 お料理じゃありません。最近、プールに熱心にかよっています。そして・・・は・は・は…バタフライ・らしきもの・やっています。


 先日、下手な人が3人、うまい人にバタフライを教えてもらってました。横で眺めていますと「あなたもおやり」って、すすめてくれるじゃありませんか。「エッ!!!」と思ったけど、「エイヤッ」とやってみました。25メートル・・・は・は・は・・・・
「え・え・え・・・???初めて???ホント???できてるやないの」って言われて、うれしくなってそれ以来、最後に25メートルを一回やって帰ることにしています。そしたら・・・いろんな人に声をかけられるようになりました。上級コースの、今まで話をしたこともなかった人からも「あなたでしょ???いきなりバタフライを泳いだ人って???」ですって。


 知らなかったよそのおっちゃんにもよく声をかけられます。「はよやりや」とか「えらいこっちゃなあ。どないなってんねん」とか・・は・は・は・・・


 
 プールでは、1時間しっかり歩くのをメインにしていますが、つづいてクロールらしきもの…なにしろ授業料を出して習ったことは一度もない・・・・と、ビート板でバタ足を交代で1時間ちかく泳いで3年。おとなりのコースで子供たちの練習があるときはとても興味をもって観察しています。つまりぃ・・・イメージトレーニングはやってたわけ。は・は・は・・・・

 

 「あの方、教室もはいらんと、いきなりバタフライオ泳がはった」ってコーチに告げ口した人もいるらしく「たまにはそんな人もいますよ」って言ってらしたんですって。

 相棒も、今はおちぶれてますけど、高校では京都を代表して明治神宮のプールで泳いだといいます。水球で、一回戦で敗退。は・は・は・・・私も海は大好きで病気をするまでは毎年、海水浴に行っていました。ま・あ・あ…ももりの師匠といえば・・・相棒です。
プールから帰宅して、お日様ピカピカしてると、またまたウズウズ。先日は府立植物園の温室へいってきました。バオバブの実を見に・・・ね。



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こおんなお元気ばばでいられて・・・うれしいなあ!!!

 

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2017年12月20日 (水)

冬のはじめ  吉田山

あわれ今年の 秋も いぬめり・・・・12月6日

 落ち葉道を歩きたいと…今年最後かもしれない山あるき・・・真如堂から吉田山へ。人影もほとんどなくなったしずかな初冬のお散歩を楽しみました

 

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上、スケッチは真如堂。下は吉田神社。その下は吉田山から前に大文字山を見る

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 穏やかな介護生活も、早や3年が過ぎようとしています。相棒もすっかカドが取れてなんだかがんぜないおさなごが、母親ばっかり追っているような感じすらあってかわいいです。赤んぼうやった長男の世話してたような気分・・・・最後に許された、自分の一生の愛を確信できるときかもしれません。

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2017年12月15日 (金)

おぼえ書き・・・冬ごもりの前に Ⅱ

 釣りキチが琵琶湖北岸、近江今津にドライブに連れ出してくれました。この日、寒くもなく、空は真っ青、風もありません。「お父さんもつれてどこか行きたい」とおねだり。
 行先は釣りキチ任せということで、いざっ!!シュッパーツ!!!このときになって相棒が「行かない」と言い出しました。「寒いし・・・肺炎になったらかなん」・・・とか…ぐずぐず
 「行こ 行こ」ということで出かけましたが、あれれ・・・相棒のお昼の準備を忘れてしまいました。いっしょに出かけて食べようと思っていたんですもの。あわてて携帯「もしもし・・・」「生きてるんやなあ。机の上のおやつがあるから」でも・・・帰宅したらふくれてました。いやいや・・・どうも・・・



 もう12月3日・・・・秋もおしまいやねえ。

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あれは伊吹山・・・山頂には雪

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釣りキチはちょこっとの間、ギル釣り。ももりは港周辺の村をうろうろ。この地、古くから裏日本へ抜ける街道の分岐点。さすがに格調高い感じのお寺や古いお屋敷があって、とても静かでいいとこやなあ!!!

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2017年12月13日 (水)

おぼえ書き・・冬ごもりの前に ⒈

 11月27日はノートルダム女学院和中庵の特別公開へ。明治時代、近江商人藤井彦四郎が鹿ヶ谷の山すその山林を切り開いてを造った広大な庭園が有名。彦四郎は藤井有鄰館を創設した第四代藤井善助(1873年-1956年)の三才違いの弟で、スキー毛糸で財をなした・・・といいます。この邸宅への入り口すぐ横に、「鹿ヶ谷の陰謀事件の山荘跡」への道標がありますますが、山荘は、今は山頂付近に道標があるのみなんだそうで、足と相談して断念。ワカクナアーイ!!!

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 帰りに立ち寄ったのが「白沙邨荘」橋本関雪の屋敷跡です。筆一本で、これほどの財をなしえた・・・ってすごい!!!なんとなくすさんだ感じです。50代のころエッセー教室に参加していて、ここでよく新宴会や忘年会がありましたから、ここは本当に久しぶりですが、なんとなくすさんだ感じ・・・それがまた・・・大好きです。


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2017年12月12日 (火)

ゆく秋を惜しんで Ⅱ 八幡の松花堂美術館     

この秋も、けっこうチョコチョコ出かけました。自分の病気の後もしっかり回復した充実感がありますし、相棒の体調も落ち着いていて、かしこくお留守番をしてくれます。




 ということで・・・11月26日(日)、八幡市の「松花堂照乗美術館」へ、書のお仲間とでかけました。まずは、八幡駅前の観光案内所で、レンタサイクルとマップをゲット。スタート!!!お仲間3人はみな若ああーい!!ちょっと坂になると、一人遅れます。やっとおいついて・・・フーッ。差つけられた!!!風もなく穏やかないい日です。


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特別拝観で、市もひとしおの熱心さで、丁寧の説明してくれます。

松花堂昭乗は寛永の三筆。本阿弥光悦、近衛弘忠とならぶ書の名家です。お茶人としても有名で、松花堂弁当は彼が農家で使っていた器を懐石料理のお弁当にしたとか。上と下、スケッチはお茶室

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2017年12月 5日 (火)

平家物語・・・・東山七条あたり

 法住寺へ行ってみたい。この頃、平家物語の舞台を歩いています。京都ならばこそ・・・昔の栄華は跡形もない。それがまた一層、ゆく秋の切なさを思わせます。

 法住寺・・・今は昔・・・ここには、かの有名な後白河法皇の宮があった・・・とはいうものの・・・。今はその法住寺は、すっかり普通のちょっと俗っぽいお寺になっていました。


 国立博物館の南、三十三間堂の東に法住寺はありました。でも…スケッチをする気にもならない。でも、デモ・・・驚きました。お寺の裏には後白河天皇陵があったのです。平清盛を存分に利用し、そして捨てた・・・頼朝に討たせた・・・どうも、本を読んでいると、にっくきは後白河殿こそ・・・下は人影もない後白河法皇(法住寺殿)の眠るお墓



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 なんとも、ひどい!!!乱脈な天皇たち・・・多くは短命ですが、上皇となって長生きしたのが、白川天皇77才、鳥羽天皇54才、後白河天皇66才。この天皇方が煩わしいしきたりを嫌がって、幼帝に位を譲り、上皇となり、法王ともなって、「院宣」という名目でほしいままな政治、院政をおこないました。保元の乱、平治の乱がおこります。どちらも。ま・あ・あ・・・・・クーデターですね。


 ちなみに、ちょっと当時の天皇方のこと書いておきます。何しろ・・・ももり自身が本を読むのに、どなたがどの上皇か、天皇かわけがわからなくなって、調べたものですけど・・・・おもしろいんやなあ!!!これがぁ・・・
白川天皇    在位14年のち死ぬまで・・・つまりぃ・・・・堀川、鳥羽、崇徳天皇まで生きて院政…相当酷い!!!


堀川天皇   8才で即位、25年在位で、死

鳥羽天皇   5才で即位、15年で譲位、のち54才で死ぬまで院政。無視された天皇は崇徳、近衛。この方の跡取りでもめたのが保元の乱

崇徳天皇  5才で即位、18年23才の時、保元の乱でやぶれ、讃岐に流されその地で客死46才

近衛天皇  3才で即位、14年在位17才で死

後白河天皇  29才で即位、たった3年で譲位・・・ところがところが・・・66才で死ぬまで・・・好き放題・・・

二条天皇 16才で即位、7年在位23才で死

六条天皇   2才(満年齢では7か月)で即位 、5才で譲位

高倉天皇  8才で即位、12年在位で死

安徳天皇  この方、壇ノ浦で「海の底にも都はそうろうず」と祖母の尼にいだかれて海の藻屑と「消えられた・・・・清盛の孫。死は8才(まんで6才)結局このあとも、後白河は生きて清盛の死をよいことに平家を討った。義経に調停の位をあげ、頼朝の怒りをかった義経がころされたのは有名なおはなし。
あとは・・・後鳥羽天皇・・・・へと鎌倉、武家の時代になります。



 結局・・・平和な時代は武器の暴力には勝てなかった・・ということ。現代も…空恐ろしいなあ。下はおとなりの養源院。ここは家康の家来、鳥居元忠の血天井で有名…人間って生き物は・・・・どうしようもない・・・・

 

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2017年12月 4日 (月)

生野銀山・・・ゼミナールハウスのお仲間たちと

 11月30日…晩秋の一日を京都府立ゼミナールハウスの「生野銀山見学」に参加してきました。この京都府立ゼミナールハウスは、特に丹波地方の歴史に深く、いつも会誌をよんで、行きたいなあ、参加したいなあと思いつつ、膝もイマイチ、相棒の介護もあり、「無理やなあ」ってあきらめていました。 今回、「行きたいっ!!!」といいましたら相棒が「行ってこい」ですって。行きたい、行きたいと言われながら行けないとこぼされるのは、何よりつらい・・・ということらしいです。
 お天気は、曇多く霧もでて、はや初冬。紅葉は派手さをうしない、しっとりと落ち着いた綾錦でかえって豪華です。なんとも穏やかな田舎道をバスは兵庫県と鳥取の、もう、県境、生野町につきました。まずは、銀山まち回廊と鍛冶屋町通りの時空旅。人影も少なく、しっとりと落ち着いて古い城下町の雰囲気がよく残っています。下は旧生野警察所。



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 下スケッチは・・・たしかぁあ・・・鉱山職員宿舎だっけ???今美しい後ろの山は、鉱山の煙突があったころは、はげ山だったとか。

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 いよいよ、坑道の中へ。江戸時代には、人力で掘られたという、狸穴という横穴が先が見えないほど奥深く続いています。銀は層になって出るらしく、深く壁をなして彫られ、ところどころに人形が今も掘ってくれています。以前、誰だったかの本で読んだ佐渡のお話。佐渡の金山へは、江戸幕府の無宿狩りでつかまった罪もない若者が、一日3交代の過酷な坑内の仕事で、ほとんどが30代半ばで死んだ…ということを読んだ記憶があったのですが、ここはそんなことはなく、高給取りの仕事場だったというお話でした。
 下は夫婦で掘っているお人形。

 

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 坑道を出ました。高い滝があります。膝も無事。ヤレヤレ

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 お昼は創作手巻き寿司・・・芒種(Boesch)にて。きれいなお庭とあまりのおいしさ、それにおしゃべりに忙しく、カメラもわすれ、写真はなし。でも・・・日々のお料理のヒントいっぱいで、主婦には面白い体験でした。
 ほんとうに、夢のように時空をこえたうっとり旅でした。お世話になりました皆様に深く感謝しております。

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