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2017年7月23日 (日)

嫮生(こせい)さんの朝顔

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嫮生さん・・・・福永嫮生さん・・・と言えば、最後の満州国皇帝、愛新覚羅溥儀の弟、溥傑に嫁いだ嵯峨家の令嬢、浩さんの次女です。
 「流転の王妃」には、浩の一生が描かれて、TVでも、素晴らしい評判をとりました。侯爵嵯峨家の長女として育った、母堂・嵯峨浩は、第二次世界大戦に至る、日本の国策、満州国建国の一環として政略結婚。政略結婚ではありましたが二人の愛は深く、変わることなく生涯続きました。皇帝の弟の妻としての日常から一転、日本の敗戦で敵中に「とり残された女たち数人。幼い二人の娘をつれて命がけの脱出、帰国するまでが描かれていました。


 溥傑氏が戦犯として拘束されている間も絶えることのなかった深い愛の書簡集を出版したのが、嫮生さん。両親の生涯をみつめた本「流転の王妃 愛の書簡」それも読みました。嵯峨家のお墓は、嵯峨野の二尊院にあって、ももりも何度か手を合わせました。

嫮生(こせい)さんはその次女。姉は天城山心中で大騒ぎになった愛新覚羅慧生です。姉の死は不幸のどん底でしたが妹の嫮生さんは、福永家に嫁いで5人の子福をえました。その嫮生さんの講演会に参加した友人がもらってきた「日中友好の朝顔」の種、そのおすそ分けがわが家で美しく咲きました。

この中京の猫の額にオハグロ蝶が来てくれています。中々近くには来てくれなくて・・・でも・・・うれしいなあ!!!どこに????見えないでしょう???中央右より、少し下・・・ね


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コメント

ちゃぐまま様  すっかりご無沙汰しています。今、車椅子の相棒との生活で、ちっとも動きがない生活です。ブログにアップする出来事がないのです。余生ってこういうのを言うんでしょうか.相棒は穏やかで、頭もしっかりしていて、自らのつらい不自由さに耐えています。この期に及んで、尊敬しますよ。

投稿: 山口ももり | 2017年8月 5日 (土) 18時41分

誤変換でした。恥ずかしい。「名にし負う」でした。
・・・(´゚Д゚`;)

投稿: ちゃぐまま | 2017年8月 4日 (金) 00時07分

凛とした朝顔。葉っぱも1枚1枚が存在感があります。
虫食いの穴も見当たりません。さすが「愛新覚羅」の
何し負う・・・というところですね。

「愛新覚羅慧生」さんの事件と名前は、ももりさんと同世代の姉からよ聞かされました。
浩さん夫妻に深い愛があったことが、第三者の気持ちを幾分和らげてくれます。
8月になるといろいろなことが語られ、映され、そしてため息が出ます。
祇園祭の鉾。赤色が素敵です。形も美しいです。

投稿: ちゃぐまま | 2017年8月 4日 (金) 00時05分

kazuyoo様   どうも長くご無沙汰いたしました。暑くって、どこへも出たくない!!!もう、何も起こらない毎日です。気息奄々ってこういうのを言うんでしょうねえ。


玉井人ひろた様   わが家も去年は空色の朝顔があったのですが、種はとっておいたはずですが、今年はどこかに消えてしまいました。来年は白と空色をちゃんと苗を買おうと思っています。


すみとも様   暑いですねえ。京都の夏の暑さは有名ですが、外に出かける気にもなりません。お出かけはプールだけ。は・は・は・・・朝顔は元気、元気!!!

くちかずこ様  嫮生(こせい)さんの朝顔はとても生命力の旺盛な種のようです。葉も大きく、花もたくさんつきます。今朝・・・もう茂っていますよ。


山桜様   1991年といえば、わたしは50才。一番元気なころですね。濃い赤のジャケットを着た肖像画・・・記憶にありません。桃里をももりと呼びかえたのは???ちょうど50才前後でしょうかねえ。エッセー教室には5年間、「京都エッセー」同人誌に参加していたのは10年間です。どなたでしょうねえ???そうそう・・・「オハグロトンボ」でした。いい加減でスミマセン。   

投稿: 山口ももり | 2017年8月 2日 (水) 08時33分

ももりさんへ

メールにてご連絡した方が良いかと迷いましたが、ももりさん宛てのメールは、これまでどうもうまく送れたことが無く、時にプライバシー的に問題になりそうな点もないと思うので、こちらから失礼致します。

以下のようなコメントが拙ブログに届いておりました。
何故「山口桃里」さんのお名前で検索がヒットしなかったのか分からないのですが、周りまわっての不思議なご縁で、拙ブログにご訪問されたようです。 お心当たりがございますでしょうか?

勿論「ご存命です!」とお返事し、こちらのブログと
HPの方もお知らせしておきました。
若し、当方にまたコメント入りましたらご連絡します。

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山桜さま
初めての投稿、かいつまんでお話しします。
私の手元に母の形見の額があります。
額の裏に母の手で「1991年山口桃里様より拝受」とあります。
額に納められた絵は、縦横10センチばかりの肖像画。濃い赤のジャケットを着た母です。
山口様と母の出会いは、エッセー同人誌「火種」であったと推測いたします。
母は2000年に他界。そのあと山口様を「検索」していたのですが、だめでした。
10年ばかり経た先日、ふと思い立っての検索がヒット。山桜様の2007年のご投稿「ももりさん、お習字」に巡り合った次第です。おそらく同じ方だと拝察いたします。
山口桃里様は、ご存命でしょうか?
こう申すのは、それほど何も存じ上げない、けれどとても気にかかる方なのです。
長くなりますので、今日はこれで。

Posted by ぴのりこ at 2017年08月01日 15:48

投稿: 山桜 | 2017年8月 1日 (火) 17時02分

やっと訪問できました

愛新覚羅慧生・・・
知って居ますよ
【天国に結ぶ恋】って騒がれたあの事件
その妹さんのアサガオ
大切に育ててくださいネ

投稿: おばさん | 2017年7月30日 (日) 22時19分

そんな由緒正しい朝顔とは!
貴女の由緒正しさが拝察されます。
テレビで物語、見たように思います。
人の絆、
夫婦の絆って、凄いなあって思いました。
くちこは、長く朝顔を植えていないわ。
食べられないから。

投稿: くちかずこ | 2017年7月28日 (金) 23時09分

オシロイバナの陰で休んでいるのは、ハグロトンボのようです。
確かに蝶々のような羽をパタパタする飛び方をしますが、
京都では「おはぐろ蝶」と呼ばれているのですか?
何だか雅な感じがしていいですね。

家の父は「オハグロトンボ」と呼んでいましたし、やはり
「羽黒」では無くて「鉄漿」の字を当てたいです。

投稿: 山桜 | 2017年7月27日 (木) 21時42分

かの愛新覚羅慧生さんの妹君 嫮生(こせい)さんの朝顔ですか
咲きましたね^^ 
上手に作りますね 花作りにも才能ありですよ! ももりさん^^ オシロイバナに遊ぶオハグロ蝶も確かに見えます^^
”庭先の 小さきものの 愛らしや” みんな頑張っていますね! 
   

  

投稿: すみとも | 2017年7月24日 (月) 09時40分

凄い謂れのアサガオですね
我が家のアサガオは、その色が無くなり藍色のものだけになってしまいました。
そのアサガオも昨日まで水不足で元気が無かったですが、やっと降った雨で勢いが増しています。

投稿: 玉井人ひろた | 2017年7月23日 (日) 14時30分

アサガオが元気ですね。白が縁取って綺麗です。
浩さんやお嬢さんたちのことは何度か見聞きのうちです。為政者の思惑の犠牲にと思います。
チョウやトンボ、そして色花、やっぱり生きてるものは良いですね。

投稿: kazuyoo60 | 2017年7月23日 (日) 10時24分

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