« 2017年4月 | トップページ | 2017年6月 »

2017年5月24日 (水)

76才のやぶこぎ

「やぶこぎ」って言葉・・・古いかも???山のぼりで、道に迷ってヤブの中を歩く。まるで船を漕ぐこぐみたいに・・・・



 今日、76才のももり、やぶを漕いできました。本物の竹やぶです。ちょっと、出かけましょう。さ・あ・あ・・・どこへ???一度「お土居」を歩いてみたい・・・と、地図と共にシュッパーツ!!!


Dscn4401

 豊臣秀吉が京都の周囲にお土居を築いて、京都のまもり、水害への備えにしたことは知っています。ももりの住む中京にも、「壬生土居の内」って言う地名もあるくらいです。

 その朝、相棒を送り出して、コチョコチョしてたらもう11:00.3時には戻らなくてななりません。まず、JR二条駅にママチャリを預けてバス。


 史跡お土居公園②は無事・・・にぎり飯で昼食も快適。史跡お土居2⃣から③まではエッチラオッチラ。ま・あ・あ・・・ただの小山なのでスケッチはなし。さ・あ・あ・・・これから④へ・・・ここで道を間違えました。



 このあたりのお方に道を聞きまして、確かに・・・左へ行って・・・と言われたました。「行けんことはないんですよ。私たちが通行路として造った道がありますよ。もう少し先に、左へ行く道があります」と言ってくれました。でも、もっと先に左へ???と思って、前進!!!おやおや・・・・しっかり藪の中、やぶ漕ぎです。道はもうありません。後戻り???でも・・・歩くのはいややし・・・・先には木々が途切れた明るい空間も見えてる・・・「ええい!!!行け」

 先にあったのはしっかりしたフェンス。さいわい、有刺鉄線ではありません。高さは、おへそくらい。う・う・・・・・・ん
 でも・・・「ええい」荷物を向こうに投げて、フェンスをまたぎました。しかし・・フェンスの網目は細かくて、くつを押し込めません。でも・・・荷物はもうフェンスの外「ええ・・・い!!!」なんとかなるやろ・・・・ブ・ジ・・・・公園の中へズルリと落ち込めました。ひっそりした公園は、犬を連れた若い女性一人。「なんか、音がしてびっくりしました」ですって


 その後も、大きな墓地へ出てしまって、何とかクリア。招善寺。このお寺は地図にあります。やれやれ。静かな大きないいお寺です。ウグイスが鋭いほどの声で鳴きかわしています。何とかバス停に出て帰宅。2時過ぎでした。やれやれ・・・この年で、やぶ漕ぎするとは思わなかったし、何より、この西賀茂の町中にやぶ漕ぎするような竹やぶが残ってるなんて・・・・京都!!!面白いなあ!!!


 スケッチは招善寺

Dscn4402


 今ほど運動量が多い生活は今までなかったくらいです。みっともないくらい下手クソの限りの泳ぎを臆面もなく1時間、プールで歩き1時間。帰宅して相棒の食事を用意して2時間ほどグータラ・・・それから、それから、又、ママチャリでフーラフラ。実際、体のあちこちは衰えを訴えていますから、じっとしてるとダメになりそうな気がして、追いかけられてるのかもしれません。グータラしてるとついつい口の運動するし・・・でも・・・???それがぁあ・・・夜の熟睡で消えるのです。疲れは、充足した眠りで消すのがイッチバン!!!


今からみると・・・・トイレマークのあたりの藪の中をうろついて、招善寺の墓地へと出たんやねえ。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2017年5月23日 (火)

全山燃えるつつじ  葛城山

Dscn4398


 先日、葛城山に登ってきました。って、モチ・・ロープウエー。でも京都からはアプローチが長い。奈良の南部です。

 ということで、やってきました。葛城山。すばらしい!全山、つつじで燃えるようです。
    

Dscn4396_2

実は  ジツハ・・・この朝のこと。ママチャリで、JR丹波口駅へ。はっと思い出しました。「相棒のお昼の用意忘れてた!!!」一度くらい食べなくったって死なない・・・手を伸ばせば届くところにパンがあるけど・・・・携帯は通じません。「エイッ」考える間もなくひき返し全力疾走。途中のコンビニでパンと握り飯をゲット。相棒の机に置いて、再び全力疾走。後ろから「気ぃつけや」相棒の声。ママチャリで・・・・妹に携帯☎。「今どこにいる???」「へ・え・え・・・???電車の中」「何輌目???」「さ・あ・あ・・・2両目くらい」 滑り込んだ丹波口の汽車の窓に妹の顔が見えました。やれやれ・・・。

 ま・あ・あ・・・相棒がたおれて2年半。初めて食事の用意、忘れました。ま・あ・あ・・・相棒の体調もそれなりに落ち付いてるということかも・・・なあんてね・・・タ・ル・ン・ド・ル!!!
 


 頂上からは、畝傍、耳成、香久山がくっきり。平城京はあそこやったんやねえ。
それにしても・・・・日焼けがひどい!!!

Dscn4400_2


| | コメント (4) | トラックバック (0)

2017年5月17日 (水)

東奔西走  ママチャリで古都を

Dscn4393_5


何度か行こうとして、たどりつけなかった「蛇塚古墳」京都嵯峨野の近く。行き方を説明しろっていわれても、ちょっと・・・ともかく、積年の想い果たしました。



 「へ・え・え・・・・」まずはその大きさにびっくり。玄室の大きさで言えば、飛鳥石舞台古墳より大きいそうです。この、京都西部には、古来、渡来系の豪族、秦氏が大きな力をもっていたといいます。「こんな大きな石を、どないして積みあげたんやろ??」

Dscn4392_5

Dscn4391_5

 上は、3本足の鳥居で有名な蚕の社。ここも古い。701年、大宝元年、創立といいます。ここは大好き。この春来た時は鶯が盛んに鳴きかわしていましたが、今は違う鳥・・・なんて言う鳥やろ???

 先日もママチャリで上賀茂神社へ。神社は先日じっくり拝観したばかりなので門前をスルー。太田神社のカキツバタ群生へ。カキツバタは半分くらい…そのまま道なりに、深泥池へ。「みぞろがいけ」って地元では言います。この池は太古のままの水なんだとか。自然保護区で貴重な植物や生物がいるそうですが・・・ちょっと・・・ももりにはむつかし過ぎ。でも・・・ここは白いアヤメがたくさん咲いて・・・何とも穏やかで静かです。


Dscn4395_5

 下スケッチは、上賀茂神社の社家住宅・・・・古い名家なんでしょうね。

Dscn4394_5

 まああ・・・酷い状態のママチャリですが、快調???に走ります。ここから下賀茂神社へ下れば、イチオシなんですけど、帰路の長いのがイヤになって、植物園へ。ここで、ユーックリ、一人お茶。アイスクリームとアイスコーヒー。入園はタダ。これも、うれしい。さ・あ・あ・・・帰らなくっちゃ・。帰路は下りばっかりでラークチン!!!

 何しろ、朝からプールで泳いで、昼からはママチャリ。今までの人生で、今ほど運動量の多い生活したことなかったんじゃない???相棒は、相変わらず外へ出たがりませんから・・・・では・・・又ぁ・・・。今度は・・ど・こへ???

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2017年5月 8日 (月)

古知谷の阿弥陀寺

 大原の里から、もっと奥。若狭への道すがらにあるという阿弥陀寺。バスの便も少なく、ももりの力ではちょっと・・・ム・リ・・・と、連休の一日、釣りキチが、「連れたげよか」って言ってくれるじゃありませんか。



 「特別拝観の今しか、見られないし・・・お天気は快晴!!!」  釣りキチは「行くのやったら今、すぐ、出発!!!」ということで、早朝家を出て、阿弥陀寺についたのは、未だ8時前。案の定、まだ門は閉じています。
 「ほな、後回しにしよ」ということで琵琶湖へ。北小松には行きたかったポイントが・・・それが揚梅の滝。大昔・・・まだはたちでした。山好きの友人と二人で、谷筋を歩いた記憶があります。その時、八雲が原にテントで一泊。翌日、八つ淵の滝とか、寒風峠、涼み峠とかをこえて、降りてきたのが北小松。たしか・・・その中に揚梅の滝があったのでした。たかが・・・180メートルの高度差をヒーフー。下りは釣りキチの背中を支えにしてエッチラオッチラ。うれしかったなあ!!!滝、スケッチはなし。スケッチは琵琶湖、白髭神社


Dscn4376_2

Dscn4377_2



 大昔・・・はたち。山好きのお仲間と二人、比良山、奥の深谷道を歩きました。比良連峰は岩山で滝が多いのです。八雲が原にテントで一泊。翌日、八つ淵の滝とか、寒風峠、涼み峠とかをこえて、降りてきたのが北小松。たしか・・・その中に揚梅の滝という大きな滝があった!!!もう一度、行ってみたい!!!あの滝へ!!!やっと来ました。滝への高度差は180メートル。エッチラオッチラ。下りは、釣りキチの背中を支えにして、エッチラオッチラ

>Dscn4388_2

Dscn4387_2


Dscn4386_2


 車をかえして、古谷寺へ。座臥のまま往生されたという岩窟を拝観。素人の手つくりという素朴なご本尊さまです。八瀬で手つくりのお酢と相棒の昼食をゲット。お昼には帰宅。やっぱり車って速い!!!うれしい連休でした!!!

Dscn4378

Dscn4375_2


 こちらは、140メートルの標高差。登りはわりとしっかり歩けます。下り、例によって釣りキチの背中をつかんでエッチラオッチラ。そばから「やさしいなあ」って声かけあり。「は・あ・あ・・・母がこんな年になって、こんなとこ行きたい言うもんですから」ですってさ。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2017年5月 7日 (日)

ゑんま様 ダーイ好き

 
 お・お・お・・・・なあんてうれしい!!!みなさま 前のブログにお優しいお言葉をありがとうございました。相棒にお留守番してもらってのお出かけ!!!「行け行けっ」って言ってもらった感じ。うれしいなあ!!!

 今年、念を入れて見たのが、千本ゑんま堂の狂言。連日見に行きました。
ももりの住む壬生、壬生寺の狂言は、とても有名ですが無言劇です。何度もお友達を案内して見ているのですが、内容の解説抜きではちょっと…テンポが遅いこともあって、ついついウトウトしてしまいます。素晴らしいとはわかっているのですけど。
 こちら、千本ゑんま堂の狂言は言葉あり。言葉ってなんと魅力的なものでしょう。セリフに吹きだしたり、二ンマリしたり、居眠りしてる暇なんてありません。おまけに、こちらは無料。保存会の方々が、ボランティアで続けてくださっています。ゑんま堂は、えんま様がご本尊の尼寺です。穏やかな尼様に会う時もあります。
 おそ咲きのさくらの花びらが、ひらひらとふりかかって、もう、夢心地。

Dscn4383


 

 下は「与平狐」これは平成28年5月お披露目された新作だそうです。人間の娘「お幸」に惚れた与平狐。お幸は狐が大嫌い。いつも顔を隠して会っていたのですが、いよいよ今宵は顔を見せろとせがまれています。さ・あ・あ・・・・与平・・・どうする???赤い玉、白い玉・・・不思議でこわい力のある玉を使えと智慧をもらうのですが・・・

>


Dscn4385_2


 「鬼の念仏」 鬼の待つ六道の辻に、亡者がトボトボやってっきます。この亡者、鉦をたたきながら念仏をとなえます。念仏には弱い鬼さん。ちょっと人の良い鬼さんは・・・さてさて・・・


Dscn4384


 「芋汁」とろろをするように言いつかった小僧。仕事がイヤで仕方がありません。色っぽいおかみにもちょっと世話をやいてほしい。あるじとおかみが酒盛りをはじめ、いい心地で寝入ってしまいます。小僧もちょっと失敬したお酒で同じくいねむり。そこへ・・・泥棒が・・・・最後、ぬるぬるの芋汁の中を泳ぐように全員が退場する頃には客席は爆笑です。


Dscn4372_2


 


 「もみじ狩り」これは・・・もう有名ですから・・・説明は省きます・


Dscn4374_2


 「二人大名」お大名は二人・・・ここちよい春風にお出かけ。しかし、腰の刀が面倒くさくて重い。そこで通りかかった町人に荷物持ちをさせます。はじめはビクついていた町人は、刀の威力を知り、逆にお大名を脅しにかかります。やれ、「猫のマネをしろ」「鶏のマネをしろ」「馬になれ」馬になったお大名に、馬子をおおせつかったお大名の馬子うたが、何とも美しく、ろうろうと、春風の中にひびきわたります。いいのよねえ・・・言葉って、歌って・・・・ウーットリ!!!

Dscn4373_2

 去年の同じ頃、他の演目もアップしています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年5月 3日 (水)

 風を追いかけて・・・五月

Dscn4368_2

 雲一つないすばらしい一日。書道のお仲間と池田にある「逸翁美術館」へ行ってきました。逸翁・・・かの阪急電車や宝塚の創始者、小林一三です。かれの所蔵品で一番素晴らしいのは、古筆の名品。お茶に深かった一三翁は、お茶碗やお道具、古筆の掛け物の収集で天下イチです。かの松岡修造さんのおじい様です。

Dscn4367_2


Dscn4361_2



 真っ青な空!!!歩いても、お昼も、お仲間といっしょだとサイッコーです。でも・・・・古い記憶の逸翁美術館とは、イメージがすごくちがいました。考えてみれば・・・・ももりがここへ何度か訪れたのは40年以上前。仮名の書道界にいたころでした。仮名書道の大家、谷邊橘南先生が中風で倒れられて、お稽古がなくなり、漢字書道に席を求めました。仮名だけでは、どうしても書はわからないと感じていたからでした。この時は、釣りキチがまだ生まれてなかったはず!!!・・・年とった!!!


 長男、次男と生まれ、それでもお稽古は怠けなかった・・・ハズですが・・・三男、釣りキチが生まれてしばらくお稽古を休みました。谷邊先生が、回復されるのを待つ間にと、漢字書道界の大家、小坂奇石先生の門をたたいたのは、釣りキチ生後6か月。ひたむきに求めた書の道でしたが・・・月日は無惨!!!何物をもものにすることなく、人生すべてを遊びにしてしまったなあ!!!


 6か月、子育てだけの日々の中、「はよ、勉強始めなあかんのとちがうか」って言ってくれたのは相棒。今は車椅子生活です。最近、ももり自身が元気になって、病人との感覚のちがいに、イラつくこともあります。
 相棒が倒れた時は、ももり自身も抗がん剤治療が終わった直後で、ももりも、相棒も二人ながらヘロヘロでした。そのころのほうが、暗黙のうちに、思いやり???というか・・・どうしようもないあきらめ・・・というか・・・いたわり合ったような気がしますが、今、自分の健康な感覚が病人とズレていて、結構つらいです。

 たとえば・・・・素晴らしい青空!!!「外に出よう」・・・相棒はブスッとして「寒い!!!」
この、美しい5月!!!まどのカーテンもガラガラに開けたいももりですが・・・・ね。
ま・あ・あ・・・・・何事も・・・が・ま・ん!!!お互い様に、ですね。 
 「さっさと出かけたらええやん」って言いますから・・・・出かけます。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2017年5月 1日 (月)

春 惜しむ  Ⅲ

 このところうれしいお出かけが続いています。まずは・・・平城京をでて、恭仁京・・・そこから信楽の宮跡へ・・・かの聖武天皇の足跡をたどるドライブ、奈良に住む弟におねだりです。


 行く前の夜・・・約束していた日なんですけど・・・
「雨降りそうや。あした・・・」
「まあぁ・・・きつうは降らへんやろ」
「でも・・・・」
「こっちかて予定があるんやでえ。行くのんか??行かへんのか???」
「う・う・・・・ん。そんなにかとう考えんかて・・・生きてる間に行けたらええんやから・・・やっぱり止める」
「わかった」


 午前4時、目が覚めて・・・もの音もなし。そーっとカーテンをあけました。雨は降っていません。
「しもたぁ・・・」
 午前6時・・・目が覚めて・・・やっぱり???雨の音???イエイエ、降っていません。
「行きたい!!!行きたああい!!!」


「今日、行ったらあかん???雨、降ってへん」
「ああ・・・ええよ」気のいい弟に深謝深謝!!!
ということで、平城京を出発。恭仁京へ・・・静かな雨が降り始めました。

Dscn4364_2


Dscn4363_2


 春の雨と恭仁宮はよく似合います。ピンク紫のミツバツツジが山全体に群生しています。資料館へも行きました。弟は平城京から歩いてここへ来たといっています。4時間ですって。ここは、死んだ次男もいつぞや連れて来てくれところです。


 聖武天皇は、九州で反乱を起こした藤原広嗣をほったらかして、平城の宮から逃げ出しました。まず、恭仁京に宮を造ろうと詔します。ところが・・・1年もしないうちに紫香楽の宮へ引っ越しすると言いだします。しかも、紫香楽に大仏を造るというのです。740年のことでした。

Dscn4365_2


 ここは紫香楽。まばらな林の中に、石碑のみが立っています。雨が少しきつくなってきました。独裁者天皇のきまぐれ???が、未だ許された不思議な時代です。律令は破たん。口分田は払底し、重い税にたえかねた農民は土地を捨てて逃亡。その農民を取りこんで勢力をつけていく土豪、寺院勢力。無力な天皇に、反乱、疫病、天災が襲います。国家の不安を仏の力で何とか解決したい・・・というのでしたが・・・・


 国家財政は当然破たん。その中で大仏を造り、膨大な写経をして、国分寺、国分尼寺に治めます。聖武天皇の彷徨は5年にわたりましたが、結局、平城京に戻り、今ある東大寺に大仏が造られました。2度の炎上を経て、今の大仏様は江戸時代の再建だといいます。



 奈良への帰り道、
「あれ???古墳みたい。誰の古墳やろ???」
「安積(あさか)親王の古墳やて」
 そう、安積親王は、光明子ではない異腹の聖武天皇の息子です。当然、孝謙女帝をさしおいて次期天皇になるべき人物でした。しかし…突然の死。紫香楽の宮でのなぞの死です。当時、紫香楽の宮の留守居番は藤原仲麻呂・・・光明子・・・光明皇后に取り入って天皇位をねらった男・・・不比等の孫です。

 お・お・お・・・・なんてすばらしい一日だったことでしょう。天平の人々のひそやかな、しかし深い咆哮を受け止めたような、夢の一日でした。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2017年4月 | トップページ | 2017年6月 »