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2017年2月21日 (火)

対決 光明子

これは一体????
ちょっとめんどうなお話なので、興味のないお方はスルー、スルー お願いいたします。

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 橘諸兄・・・彼は美努王(みぬのおう)と県犬養三千代(あがたのいぬかいのみちよ)の子のはず・・・・
ところが・・・・・「聖武天皇」中西進には・・・・
 諸兄は美努王の妻であった県犬養三千代の子、いわゆる5世の王であって(王家の子孫)天平8年11月に橘の姓を賜って臣籍に降下する以前は、葛城王と呼ばれていた。藤原不比等との間の子供である????ですって????


 そのあとも何度も、諸兄は不比等の子とあって!!!え?え?え???れはおかしい!!!んじゃない???それじゃあ、光明子と兄弟ってことになるじゃないの。確かに義兄弟ではある。母は同じ県犬養三千代、後、橘姓をたまわって、橘三千代と名のった人物。先夫、美努王を左遷させた上で、不比等が近づいて、光明子を生んだはず。営々と続いた藤原氏の基盤を、周到に王家にまつわりつかせた曲者中の大曲者、不比等。だから諸兄は先夫の子。光明子とは父が違うはず。
 最先端の売れっ子学者先生、中西先生・・・あ・あ・あ・・・・聞きたいなあ???


 作家によって、いろいろ解釈ができる程度に古代史は不明瞭な部分を残してるから、かえって創造・・想像力で補えて、スト-リーを作れるってことですよね。


 でも・・・葉室麟「緋の天空」 これはひどい!!!唐鬼という鬼が呪(しゅ)をかけて光明子と対決。これは光明子の圧勝・・・てんですから、非科学的でありすぎる。

 ア・ア・ア・・・・・・自分で小説が書けたらなあ!!!!な・あ・ん・て・ね。

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 スケッチは梅宮大社。橘諸兄と橘三千代母子によって発願された神社です。もちろん・・・大昔のままのではないでしょうけど…家からはママチャリで25分。ちょっと寒いけど・・・行こうか???
 梅はもっちろん!!!素晴らしいにちがいないんです。

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2017年2月14日 (火)

「キサキの大仏」奥山景布子(きょうこ)

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 「キサキの大仏」も・お・お・・・・おもしろいのよねえ。昨日借りてきて、一晩でほとんど読了。
正倉院、天平時代・・・学者先生方の書かれたものは、いくらやさしくわかりやすく書いていただいてても、コチトラの頭には、なっかなかぁ・・・ね。

 ついに、ついに…小説仕立ての天平時代を図書館でさがしました。 今は・・・もう、ももりのイメージはすっかりふくらんで、できることなら、自分で小説を書きたいくらいです。
 聖武天皇、光明皇后、二人の娘、阿部内親王、後の孝謙女帝。藤原仲麻呂・・・複雑な血脈の流れや、時代の区切りが、大丈夫!!!頭に入っています。

 あらためて・・・ふうーん・・・・よっく調べてあるなあ。こんなやったやろなあ!!!

 こういう世界がある限り・・ももりは大丈夫。冬の寒さも、相棒の介護も・・・・いろいろ・・・負けない!!!
「風土記」は児童図書館から。早く読みたぁあい!!!


 今日はバレンタインデーとか???相棒が元気だったころ、お嬢さんがたからチョコチョコもらってたものですが・・・実は、私も食べてました・・今では誰もくれないから…かわいそうですから・・・私があげます。

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2017年2月13日 (月)

お教室の新年会

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 どうですか・・・みなさん美しいでしょう???ももりのささやかな書道教室の新年会です。
「センセ 顔見て生徒さん決めてるのちがう???」って言われるくらい若くて美人ぞろいなんですよぉおお!!!
勿論、書道においてもすばらしい方々です。


 お食事は京都御所の近く。「予約のとれないお店」ティアレです。お料理は、それは、もう、おいしかったのですが、食べるのとおしゃべりに夢中で、カメラを思い出しませんでした。


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2017年2月 9日 (木)

大きなおおきな淡雪

 こおぉんな 大きな ぼたんゆき
見たこともないほど 大きな ぼたんゆき   あわゆき
      お昼 1時ころ   
      今はもう止みました


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  バケツに黒い布をかぶせて撮りました。黄色い鉛筆と比べてみてください。


 3年近く前、メキシコ旅行のあいだに、急に具合が悪くなって、帰国後、すぐ手術。大腸癌でした。やっと、半年、抗がん剤治療が終わったと思ったら、入れちがいに主人の脳溢血。びっくりして、なんとか介護しているうちに去年の次男の死・・・パソコンは、もうほったらかし。じっくりページを整えなくっちゃと思いながらもほったらかし。久しぶりに昨日いろいろ触って、かえって変になってしまいました。みなさまのページとかも・・・たどりつきにくくなって・・・ごめんなさいね。

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2017年2月 7日 (火)

光かがやいたか 光明子

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ッタクーー、全く・・・本って面白い!!!。先日書いたももりの記事をどうやら訂正しなくてはならなくなりました。光明子について・・・
・・・・確かに頭がいいとは言っているが、美人とは一言も書いてない。法華寺の十一面観音は、光明子を写したと言われるが、これは嵯峨天皇の妻の檀林皇后と混同されて生まれたのであろう・・・・と手きびしい・・・日本の歴史ーー奈良の都ーー青木和夫より

 ももりも思います。光明子は、ともかく深く仏教に帰依して、全国に国分寺、国分尼寺をたて、多くの写経をさせ、仏教に夢中でした。でもねえ・・・彼女が皇后になるためにはれっきとした皇位継承者であった長屋王の粛清がありました。王の息子4人、奥方も後をおいました。奥方は天智天皇の後裔ですのに。おなじ、長屋王の子供4人、不比等の娘、光明子の妹から生まれた4子は、おとがめなし。
 しかし・・・その後、恐れていたことが起こります。彼女を聖武の妃の座に送り込んだ藤原不比等の息子、4兄弟。あの鎌足の孫が次々と天然痘にねらい撃ちされて死んでいったのです。4月17日、次男房前、7月12日、4男麻呂、7月24日、長男武智麻呂、8月5日、三男宇合(うまかい)
 そりゃあ・・・仏教にでもすがらなくっちゃ、心の平安はえられない!!!

 

4兄弟の死んだ737年(天平9年)は5月11日、日触。この夏は旱(ひでり)で田植え時に水もなかった。
そして・・・聖武天皇の朝廷では病魔は朝廷の重臣たちにも次々にもおそいかかりました。
 おそろしい!!!

 光明子と聖武の間に阿部内親王がうまれたのは二人が18才の時。二人は同い年で、光明子をどうしても皇后の座に確定しなければならなかったのは、聖武の別の妃が同じころ、皇子を生んだからです。どうしても一族から次期天皇を出すためには、光明子を皇后にしておかなければならなかったのです。


下の「宜」の字、聖武天皇と光明子、二人とも19才、の時に生まれた第一子。阿部内親王、後の孝謙女帝のサインです。「薬が必要。もう買うこともできないから正倉院から持ちだします」「よろし!!!」とサインしてますよ。

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 長屋王は天武天皇の第一子、高市皇子の息子です。もっとも皇位に近かった人物でした。朝廷では左大臣でもありました。729年、2月10日、左道をした・・・という・・・のろいのまじないをかけたから、光明子の第一子が死んだのだ、といういいがかりをつけられて、誣告のあった翌日に殺されました。尋問したのは舎人親王と新田部親王。この二人、後の皇位継承争いに登場しますから、どうして身内をおとしめたのか??という事情もおいおいわかってきます。 
 

 光明子は、聖武天皇が死んだあと、紫微中台という部局を作ります。皇后、皇太后つきの権力基盤を確立し、それにのったのが藤原の仲麻呂。孝謙女帝の跡をついだ淳仁天皇の時、恵美押勝の名をたまわり、権力を確立しますが、あっというまに、淳仁天皇は皇座をおろされ、孝謙女帝は称徳女帝として再び玉座にもどりました。やがて、女帝の寵愛は道鏡にうつり、仲麻呂は叛旗をひるがえしますが、敗れました。
 下は道鏡、一切経を請うているようです。

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 長屋王の住まい跡は、奈良そごう百貨店ができた場所で、発掘当時、多くの木簡がでています。それらは、平城宮跡の博物館に展示保存されているそうで、ずーっと前から行きたくてたまらないのです。もう少し暖かくなったら、相棒をほったらかして、行くことに決めました。


 ももりが子供だった頃、父は毎夜、黙々と書の臨書をしていました。その前の墨だらけの真っ黒な机で、宿題などをするのが毎日でした。ある日「それ、なんて書いてあるのん???」ってききましたら「さ・あ・あ・わからん」というような返事。「わからんでもええのん???」ってききますと「ええ」って言う返事でした。
 以来、ずーっと、わからなくても読めなくてもいいと思ってやってきたのは、実に、実に、もったいないことでした。読むべきでした。お・そ・か・り・しぃ・い・い・・・

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2017年2月 3日 (金)

トップに立つ人

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トップに立つ人って・・・何より大事ですよねえ。上のは???困ります。
あまりに寒くて、お外にも出られず、パソコンをいじっていましたらこんな写真がありました。たしか・・・・バルセロナの蠟人形館だったか???お隣はブッシュさんとブレアさんみたい???トランプ氏でないのが残念です。


 
 
こう寒くてはスケッチにも出る気にもならず、おまけにカメラの調子も絶不調。修理から戻ってきましたら、なんとか???今日は節分。京都の町をフラフラしていたら、鬼に出会えるかもしれないなあ。あちこちで、鬼が出没する京都の町です。



 「きさらぎ」って言う言葉が大好き。ひびきが好き。イメージが好き。キラキラと輝きゆらぐお日さま、かすかな風のうごきが、き・さ・ら・ぎ・・です。
 

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