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2016年12月24日 (土)

大津皇子が死の瞬に感じたこと

原文のまま・・・・其瞬間、肉体と一つに、己の心は、急に締めあげられるような刹那を通った気がした。そうして、ほんの暫らく、ふーっとそう考えたきりで・・・・空も見ぬ、土も見ぬ、花や、木の色も去った・・・・おれ自分すら、おれが何だかちっとも決(わか)らぬのものになってしまったのだ。
  ああ、其時きり、おれ自身、このおれをわすれてしまって・・・・折口信夫「死者の書」より(原文のまま)



 人が死ぬ瞬間,、命があの世へと移る瞬間を描いた文学を、ももりは他に知りません。
折口信夫は33才で妻と二人の子を残して喘息の発作でなくなりますが、苦しい発作をくりかえし、何度も死と遭遇したのでしょうか・・・死とは…一体、本人にとっては、どんな感覚でやってくるものか???

 ももりの次男は、今年2月26日、突然に死にました。心臓が急に動かなくなったらしい。苦しんだ後もないちょっと笑ったような口元には少し歯がのぞいていました。
 息子が死の瞬間、どんなことを感じ、何を思ったのでしょうか???お嫁さんのこと???ちょっとはももりのことも???

 急に締めあげられるような刹那を通った・・・・のでしょうか???


 「死者の書」が描く、この死のあるじは、大津の皇子。かの持統女帝に死を賜った・・・さ・あ・あ・・・打ち首なのでしょうね。もっとも死を給うのは、殺されるよりは名誉ある死だったというから???あまり考えたくない話です。


 春過ぎて 夏きたるらし 白妙の 衣干したり 天の香久山

  
 どうですか!!!この実に堂々たるおおらかなお歌・・・あまりにも有名な持統女帝のこのお歌からは、自分の息子、草壁皇子を後継にするために、無実???事実か???罪によって死を命ずる激しさも秘めているのですねえ。しかも、みずからの同腹の姉と、あれほど愛した夫のあいだに生まれた甥です。


 優秀で人望も高かった大津皇子のお歌は万葉集につとに有名です。その弟をいたむ姉のお歌も肺腑をえぐります。ここでは、もう説明はやめましょう。
 その二上山・・・・奈良と河内の県境です。


 スケッチは京都…船岡山   ちょうど京都の町をお多福さんの顔になぞらえたら・・・おたやんの低い鼻・・・標高102メートル

Dscn2022


 下は嵯峨野、野々宮神社・・・もう観光客も少ない・・・・冬です。


Dscn2023


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コメント

考えても考えても、どんなに考えても・・・
解らないことってありますね。
それでも、考えずにはいられないことが。
それでも、今を有難いと思うべきなのかな、と。

投稿: くちかずこ | 2016年12月25日 (日) 20時50分

何に付けても逝ったご子息様のこと
忘れられませんよね
泣いた分だけ人は優しくなれます
人は強くなれます
きっと明日はあります

投稿: おばさん | 2016年12月25日 (日) 20時06分

血の汚さでしょうね。最高権力の天皇、後継者は自身の子にです。
小学5年生くらいで二上山に上りました。大津の皇子と姉の皇女の事をその時に教わりました。背景は知らなくても、とても可愛そうに思った記憶です。
人の歴史のうちには山容は変わってなくてもです。巨大山脈が動くのももっと長い時間の中ではです。
ご子息様が逝かれたこと、受け入れがたいことですね。

投稿: kazuyoo60 | 2016年12月24日 (土) 10時44分

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