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2016年11月30日 (水)

古都初冬 鹿ケ谷 (ししがだに)

 今日は、又、鹿ケ谷へ。鹿ケ谷ときいて、ピンとくる方は、歴女??? そう、後白河上皇は、力を持ち過ぎた平清盛を一気に追いおとそうと、鹿ケ谷山荘で平家打倒の謀議をこらします。ところが、クーデター計画はあっけなく発覚。一味はことごとく打ち首、配流・・・ところが、これには、清盛の陰謀だという説もあるそうです。


 下、スケッチは、霊鑑院。画面、右はしの石柱には「此奥俊寛山荘地」との文字があります。僧都俊寛はこのクーデターの黒幕。鬼界が島に流され、都を恨んで悶死します。のちのち怨霊となって、たたりました。
 ゆーっくり上っていきました、それは、もお・・・美しい晩秋、というよりは初冬の谷の景色です。落ち葉をはいていた方にたずねますと、「山荘跡はこの山の頂上にあって、道もなく、一時間ほどかかる」と気の毒そうに、私の足をながめました。も・お・お・・・あきらめましょう。でも・・・何とも寂れた荒谷は、はや冬のけはい。お隣はノートルダム女学院の修道院。

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 その後、安楽寺院と霊鑑寺を見学。


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 まだ少し時間があったので、泉屋博古館へ。それは次回


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2016年11月28日 (月)

I am an appo-(アッポー=阿呆)

  I am an アッポー♪♪♪

 なんだか・・・ピンとこないし、うれしくもなし感動的でもないなあ!!!
どうやら、年くって、世の中とは随分ずれてしまったか???子供たちが小さいころは、よく「アッポー」って言ったものです。そう「アホー  阿呆」って言う意味。


 先日、哲学の小道から法然院へ。偶然やっていたコンサートを聞きました。


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 東北大震災へのチャリティーコンサートということでした。身近に生音楽に触れるのは久しぶりです。秋深く、心にしみます。バルト三国、クロアチアなどの、旧共産圏の民族楽器とか。弓みたいに反った木に、貝がらみたいなのがひらひらついていて、落ちながらシャラシャラとひそやかな音がする。尺八みたいな笛との競演は、ものがなしく、お寺の庫裏にひびきわたります。ちょうど「ゴーーン」と鐘の音。じゃまにならないのがおかしい。最後、「うさぎ おいし かのやま  小鮒 つりし かの川♪♪~~・・・・」と全員で歌うということでしたけど、泣いてしまいました。


 なんだか、自然に泣けるようになってきた感じ。息子の死以来、めったに人様に泣き顔もみせなかったし、見せたくなかったけど・・・・泣いたら傷口が、又口をあけそうな気がしましたから。無理な突っ張りがほどけて、素直に泣けるようになったというか・・・泣くことで、自分がやわらかくなれる感じ。そうやなあ!!!いい子やったけど・・・最後に親不孝しよったなあ。

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2016年11月24日 (木)

この年で・・・新しい喜び見つけた!!!

 きのう、休日の釣りキチにおねだりして4時間の紅葉ドライブ。堀川通りをずーっと北へ。街路樹は今が一番きれいでしょう。そこから柊野へ、雲ケ畑から静原、八瀬、大原を越えて、琵琶湖・・・琵琶湖大橋を越えて、比良連邦がみえるマイアミビーチへ・・・鮎屋で相棒にお土産を買い、瀬田のあらい堰・・・観光名所よりも落ち付いた山々は色調に品格があって、とても感動です。北山に入るとサーッとしぐれて・・・も・お・お・・・晩秋。ほら!!!虹が・・・

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 何年も絵を描いてきました。でも、ももりの旅先のスケッチは、バカチョンカメラでバシャバシャやる、まあいえばメモ。メモ魔、記録魔で、それらのスケッチを絵に仕上げて、発表することはありませんでした。展覧会の出品作品は、ももりの場合、心象風景です。旅のスケッチはパソコン以外に人にみせたことはありませんでした。

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 でも・・・・、もう、旅もできなくなって、メモする必要もなくなりましたので、改めて、スケッチを丁寧にやってみようかと思い、パステルを併用してみました。こぉれぇがぁ・・・けっこう、面白い!!!


 え・え・え・・・??だれですか???「たいして変わらへんやん」ですって???


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2016年11月23日 (水)

錦秋の古都 京都  Ⅲ

 チマチマとヒマを見つけて近くの紅葉をまわっています。昨日は相棒をデイケアに送り出して、歯科へ。治療が終わったのは、もう12時過ぎ。さ・あ・あ・・ママチャリで、しかも3時には、家で相棒を迎えなければ・・・ということで、チマチマと近くを回りました。お昼はアジアンテイストタイ焼きそば・・・おいしい!!!なんてったけ???相棒は、こんなの絶対食べないから・・・ね。

 先ずは、御所から少し下がった聖ハリストス教会へ。ここはギリシャ正教教会だといいます。内部は今特別公開。でも・・その日はペケ。ザンネン!!!

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 次は御所へ。イチョウの古木がいっせいに落ち葉して、黄金色の絨毯をあちこちに豪勢に広げています。とっても・ウ・ツ・ク・シ・イ!!!!
 下は平清盛が寄進したという唐破風の鳥居がある神社・・・あ・あ・あ・・・・もう…時間がない!!!
と、いうことで神社の名前は又、次回に。スミマセン

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 その前日は、3時に相棒が帰宅してから、お出かけ。下、妙心寺大法院。特別公開の露地庭です。紅葉は今がサイッコウ!!!

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 その茶室、有隣庵。秋の日はつるべ落とし・・・目がねえ・・・暗くなると怖いから早めに帰りました。


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2016年11月21日 (月)

ボナッティー・・・自然への陶酔

 2013年10月の旅・・・・遠い夢のようですが、ボナッティーの本に出会って 「ああ・・・彼と同じ道を歩いたかもしれないなあ」なあんて・・・もちろん、ももりは岩も登れませんし、安易な展望台やトレッキング道をほんのちょっぴりのぞいただけ。でも・・・・ともかく、その自然の神々しさの端っこだけでも、のぞけたことは幸せでした。


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 アウロンソ小屋は本に登場します。「あれれ???聞いた名前やなあ」って、確かめてみました。下、スケッチはアウロンソ小屋。ドロミテ山系です。この日は、その年初めての新雪で・・・そりゃあ・・・も・お・お・・・素晴らしく神々しかったです。

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2016年11月20日 (日)

ボナッティー「わが生涯の山々」

膝がグラグラして、もう地上すらさっさと歩けないというのに、読む本は山のぼりやロッククライミング。冒険の本ばかり。・・・ッタク・ウ・ウー・・・我ながらおかしいけど・・・


 ボナッティー・・・・孤高の天才クライマー。名前だけは知っていましたけれど、図書館で見つけて借りてきました。凄い!!!!

 ボナッティー・・・モンブランのイタリア側ふもとの村、クール・マイヨールで、幼い日々を過ごします。岩壁にいどむクライマーにあこがれて、終日ながめては、周辺の5メートルほどの岩をよじ登って遊ぶ幼い日々でした。第二次大戦に従軍、山岳部隊に配属になり、山に熟達していきます。やがて敗戦。ムッソリーニが逆さつりになり、つらい日々が続きます。19才、偶然声をかけてくれた山男にすすめられ、未踏の岩稜のピークへ初登頂。その後は、ひたすら岩のぼりに熱中。鉄工所に勤めていた彼の登攀用具は手作りのハーケンだけ。下、スケッチはクール・マイヨール。ももりが行った日はモンブランは雲の中・・・・・クックゥウー・・・こんな日、岩にとりついているクライマーはひどい嵐の中で凍え、絶望してるんやねえ。

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ボナッティーと、かのロッサナ・ボデスタ・・・・ ロッサナ・ボデスタ、と聞いて、パッと反応する方は、・・・・もお、大分お年で、映画好きでしょう。
 映画「トロイのヘレン」のヒロイン、ヘレンを演じたのがロッサナ・ボデスタ。絶世の美女、トロイのヘレン・・・あの木馬で有名なトロヤ戦争、今なら、ギリシャとトルコ、の古代戦争のきっかけとなった美女です。美貌の王妃、ヘレンのにのとりこになったトロイの王子が王女を略奪したことから古代の大戦争が始まります。そのヘレンを演じたのが、かのロッサナ・ボデスタ。

 


ある日、大女優、ロッサナ・ボデスタに記者が質問します。
「あなたが、もし、絶海の孤島でたった二人で過ごすとしたら誰を選びますか」
「そっりゃあ、ボナッティーよ」それを聞いたボナッティーは、ロッサナ・ボデスタに電話します。「来年、ローマに行くので会いましょう」しばらくして、電話がありました。ボナッティーからです。「来月、○×で会いましょう」又、しばらくして電話がありました。「あす、○○で会いましょう」それ以来、二人は死ぬまで、永遠の恋人同志でした。パソコンにあるボデスタは、かつてのきゃしゃな美女ではなく、すっかりイタリアのマンマミーヤです。がっしりと太って頑として実に堂々としています。横にいるボナッティーもすっかり年老いて、でも、とてもステキです。


 日本にも来られたようです。すばらしいカップルやなあ!!!

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2016年11月15日 (火)

錦秋の京都 八瀬 瑠璃光院

 日曜日は素晴らしい快晴。特別公開の「瑠璃光院」。久しぶりの叡電で八瀬へ。
下、瑠璃光院と山露路

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3人の子供達が小さい時、八瀬遊園へよく行ったものでした。はや・・40年ほども前のこと。
 ある時、八瀬遊園のプールへ。さあ・・泳ごうかと見ますと、長男がいません。びっくりして、溝とか必死に探していましたら、いきなり相棒がプールへドブン。長男をひっぱりあげてきました。プールのすべり台へいきなり突進したのでした。まだ・・・・幼稚園へ行ってたころ???母親のももりは、まだヨチヨチ歩きの末っ子をつれてましたから・・・上は6才・・・か???5才??オッソロシ・・・よう・・・まあ・・・無事に成人させられたものでした。
 下スケッチは、緑やオレンジに染まってしまいそうな庭園


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 近く「平八茶屋」・・・かま風呂で有名でしたが、今はどうやら・・・半分廃墟。

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 ふと、やってきたバスで大原へ。でも、もう帰路のことも考えてあまり動かず・・・早い目に帰りました。スケッチは三千院への道よりの展望台から


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2016年11月14日 (月)

明日から「日本水彩京都支部小品展」

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 今から、飾りつけに出かけます小品も実に良いものです。
ももり「あてどない旅」・・・子をさがして・・・
 お供達の絵は素晴らしいので、おついでがあればゼヒゼヒ


 昨日は素晴らしい快晴。特別公開の「瑠璃光院」。叡電で八瀬へ。
スケッチは後ほど・・・・

 

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2016年11月11日 (金)

錦秋の古都 京都

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 上 2枚は国宝、銀閣寺東求堂、秋の特別公開を見てきました。お天気はバツグン。相棒はデイケアーです。

 銀閣寺、ご存じ足利義政の別邸です。この人物、室町時代、7代将軍、東山文化を作り上げた人物ということですが、京都の民にとっては、実につらい為政者でした。11年とも、いや、もっとぐずぐずと長く続いた戦いの中の民・・・飢饉、疫病、つむじ風、火災・・・実に京都の1/3は燃えたといいます。何度も何度もの火災の後、焼け残った寺院は、今の千本釈迦堂だけだったといいますから・・・・賀茂川は数知れぬ死体で流れもとどこおり、腐臭はたえがたかった・・と、言います。


 将軍を取り巻く野心家達の対立は、遠い治行地の兵をよびよせて京都で戦います。他国者同志の戦いが京の都を舞台に繰り返されました。都は凌辱をほしいままにされたのです。その中で鬱勃と起こった町民の力が、祇園祭を復活し、今に至っています。


 日野富子・・・この高利貸しは義政の妻。敵味方を問わず高利で金を貸し付け、米を買占めました。そもそも・・・義政が将軍に位を譲ろうと、高野山で僧になっていた弟、義尚を還俗させます。そのとたん、日野富子が男児を出産・・・つむじをまげた義尚は、さっさと敵方へ・・・も・お・お・・・・自分の利害しか考えていない足利将軍家の優柔不断、日和見が戦いを増幅させていったのです。

 今の、日本人の生活は、ほぼこの室町時代にでき上ったといいます。一日3度の食事、お茶の文化、書院つくり、障壁画、たたみの生活・・・・特別公開の東求堂は、美しい銀閣寺山のふもとに端然とたたずんでいます。しかし・・・完成を見る前に義政はなくなったそうです。



  下、2点は旧三井家別邸・・・ホラ、あの「あさが来た」の、あささんの三井家の別邸です。あささんの手紙もショーケースの中に展示されていました。これがぁあ・・・読めないのよねえ。


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 この、屋上の3階で、三井家の人々は大文字を楽しんだのですって。

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2016年11月 6日 (日)

泣いてしまったこと

 先日は、卒業60年、中学校3年のクラス会・・・最後のカラオケで泣いてしまった・・・というのは・・・・ 
ご存じ、岩崎宏美さんの歌「マドンナのララバイ」
   

 ♪♪♪・・・そう・・・眠りなさい  つかれきった体を投げ出して
 青いそのまぶたを  唇で  そっとふさぎましょう

 ♪♪♪・・・そう・・・できるのなら  生まれかわり
 あなたの  母になって  私の命さえ  さし出してあなたを  守りたいのです



 ♪♪♪・・・・このまちは戦場だから  おとこは みんな 傷を負った戦士
 今は 心の痛みをぬぐって  小さな子供の昔にかえって・・・・・あつい胸にあまえて・・・

 ♪♪♪・・・そう    わたしにだけ  みせてくれた   あなたのその涙
 あの日から決めたの  その夢を支えて  生きていこうと・・・・
    


 ♪♪♪・・・・恋ならば  いつかは消える  けれども  もっと深い愛があるの・・・♪♪♪


 これって、まさしく今の私の歌・・・傷を負った激しい戦士であった相棒は・・・・今、車椅子・・・
次男の死・・・人前ではあまり泣かなかったのに・・・フ・カ・ク・・・下、スケッチは、先日ちょっくら足を伸ばした嵯峨野

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 そうそう・・・エジプト展も見てきましたよ。今、秋たけなわ・・・特別公開のお寺とか、行事とか・・・行きましょう。

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