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2016年10月31日 (月)

又々 夢は山へ

 先日、小林一彦氏の写真展に行ってきて以来、マタマタ山の本に逆戻りしています。

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 小林一彦氏の一言「マナスルに初登頂した小西壽夫は、ぼくの叔父なんです」って。さ・あ・あ・・・・早速「マナスル登頂物語」を借りてきました。「少年少女20世紀の記録8」です。
 実はこのシリーズ、息子たちのために全部買ってそろっていたのですが、子供たちが大きくなっって、本棚を大きく占領するので、特に残したい5~6冊を残して処分してしまった本の一冊でした。やっぱり・・・本って捨てたら、あ・か・ん!!!

 新田次郎「栄光の岸壁」上下・・・どうも・・・新田次郎氏の山シリーズは、好きになれません。かつて、山大好きだった私にとって山行は、心おどる朗らかで楽い時間でした。会話はユーモアに満ち、朗らかで、思いやりや、友情でいっぱいでした。そりゃあ・・・・私の行った山とは、スイスアルプスの岸壁とは程度が違うといわれそうですが・・・
 同じ、アルプス三大北壁に挑んだ今井通子さんを主人公にした新田次郎「銀嶺の人」上下でも、あまりにも緊張感と攻撃欲ばかりが強調されてやりきれません。でも、ご本人の今井通子氏ご自身が書かれたご「私の北壁」やヒマラヤ山行の「私のヒマラヤ」は感動です。危険で、困難な局面になればになるほど、仲間のために行動し、いたわり、友情にあふれています。危険な局面になればなるほどユーモラスな会話で緊張感をほぐします。エゴをおさえ、仲間をいたわり、登頂に向かう仲間愛こそが、山行の素晴らしさなのです。勿論、刻々に変わる山の美しさ、その神業は…も・お・お・・・言葉にも絵にも写真にもできないほど大きな物です。

 も・お・お・・・・今の私は、膝はガタガタ、山はムリ。相棒は車いす。長い移動もいやがります。私の夢は・・・本の中・・・・それと・・・・おお・・・思い出の中のスケッチブック・・・

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2016年10月26日 (水)

「四明展」今日から

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 昨日、飾りつけ・・・・大学の同窓生。ももりも古株になってきました。
お近くへ来られましたら、ゼヒゼヒ・・・・ももりは、会場には日曜日の終わり頃までいけません。トホホ・・・申し訳ない・・・、


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2016年10月23日 (日)

偉大なる先達

 


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 先日、老大家、松永暘石先生のご葬儀に久しぶりに大阪へ。先生の膝下をはなれ、もう20年ほどもなります。なつかしい!!!フルーイお仲間との再会・・・とてもうれしかったです。

 思えば・・・・奥山に迷い込むように、未だに道を探し続け、迷い続けている書の道ですが・・・もう・・・何人もの先生に先立たれました。
 


 まずは・・・田中香雲   私の父です。日展作家でしたが、私が27才の時に亡くなりました。なくなる6年前、胃癌ということで、「後・・・5年は大丈夫やろ」って言われました。それまで絵を描いていた自分から180度転換。改めて書を見つめますと・・・・これが…すごい!!!
 たまたま、当時は、NYの、いわゆるコンテンポラリー絵画が鬱勃とおこって来る時期で、絵として書をみると・・・これぞ!!!まさしく・・・・アート・・・白黒だけですべてを表す・・・アートにみえたものです。


 父は27才の時になくなりました。、すぐ、父の師でいらした谷邊橘南先生のもとへ。谷邊先生は、戦時中、園部のももりの母の実家の2階に疎開しておられまして、ホンの幼い私をよくご存じでしたせいか、いつも、おかしな生き物をみるようなお顔でクスクスクスクス笑っておられたものです。奥様にも、大変可愛がっていただきました。谷邊橘南先生は、当時は日比野吾鳳と並ぶトップクラスの大家です。

 5年ほどお習いする間に、私も二人子供を授かりました。谷邊橘南先生は中風で倒れられて、お稽古がお休みになりました。そのころ「仮名だけではどうしても書道はわからない。根本の漢字にもっとせまりたい」と切望しておりました。谷邊橘南が出しておられる「書窗誌」の漢字部門には、毎号、小坂奇石先生が漢字手本を揮毫されていたのです。早速行きたかったのですが、丁度、3男も生まれ、あまりにややこしく、「しばらく休もう」と腰をおろして、6か月。


 相棒が「エエ加減に再開セナあかんのとちがうか」ということで、誰の紹介もなく、初めて新京極、錦のお天神さんをたずねました。父の元で書いていた臨書を何点か見せましたら、小坂奇石先生は、「誰になろた???」ってお聞きになりましたので、私は、谷辺先生のお名前を出すのは、はばかられましたので、「田中香雲という人です」と答えました。そしたら、「ああ、京展で大賞取ったセンセやなあ」と言われた方がおられまして、その場で、入門がかないました。
 


 それからは、もう、あけても暮れても書ばかり。小坂奇石先生は、京都、錦のお天神さんに、月、一度いらしてまして、キラ星の如く居並ぶ、日展作家の高弟たちに囲まれて、先生の前に。大きな硯が2面。墨を2時間ばかりするのが私の役目になりました。なんと・・・なんと・・・えがたい貴重な時間であったことでしょう。目の前を先生の息づかい、筆が走り、打ち込み、躍動するのです。


 谷邊橘南先生はお亡くなりになりましたが書道界は残り、漢字とかなの二足のわらじで、ひたすら勉強に励む毎日でした。幼い息子たちが眠るのを待って、臨書。明け方の空があじさいい色に染まるころまで、勉強したものです。

 その内、小坂奇石先生の膝下から独立したいと、三谷治山先生と松永暘石先生が、お二人で一派をたてられることになり、どちらにも師事し続けたかったのですが「どうしてもどちらかを選べ」ということで、泣く泣く小坂奇石先生の元を離れました。やがて、小坂奇石先生も鬼籍にはいられ、三谷治山先生ともお別れの時がやってきました。

 どうしても書の良さがわからないと、どれほど悩んだことでしょう。でも、「あの父が、あれほど言ってた。書ほど素晴らしいものはない!!!」という言葉を信じて60年。今日、真実、書道の素晴らしさに浸っております。


 長期にわたって、私のもとに通って下さる生徒さんたち!!!この方々への感謝を書かずにはいられません。教えるということ、次々とわき起こる疑問点・・・何とか答えたいと・・・・それが私の独学でした。この方々がいらっしゃらなかったら、私はもう、書をやめてしまっていたかもしれません。そして、先生がずーっと生きてらしたら、自分一人で調べものをすることも、もっともっと少なかったにちがいありません。

 書道展で競うということはもう止めて久しいです。先生のお手本をマネしたり、会場で競うようなものでもないとも思えましたから・・・そのくせ・・・・絵の出品は、今もつづけてるんですから・・・勝手ですよねえ。スケッチは先日の植物園

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2016年10月21日 (金)

モノも言いよう

 
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昨日曜日、ある会議に出席。同年代の第一線で活躍中の女性たち、みんな元気なのよねえ。同じくらいの年齢のはず・・・
 「みんな元気やねえ。私だけやんか・・ヨボヨボしてるのん・・・・」素直なお相手の方のお返事は「そうやねえ」
これってショック。当分、立ちがれそうにない!!!心の中では「そんなことないよぉ。あなた、元気よ」って言ってほしかったのよ・・・

 又、別の方「最近はプールへよく行くの。1.5キロ泳ぐわ」「それってやりすぎはダメよ。私の行ってるプールで、この間、沈んでた人がいた。達者に泳ぐ人だったのよ」
 お・お・お・・・・2重ノック。カウンターパンチってのか。も・お・お・・・・ノックアウト・・・ダウン・・・ぐったりして帰宅。
 スケッチは先日ママチャリで行った植物園と温室の花

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 又の日、今度は超大家の書家のお葬式で大阪へ。もう先生のお膝元から離れて20年くらい。たくさんの古いお仲間に会いました。 
 「いやア・・・元気やねえ。ももりさぁんん・・ん・・・ちっとも変わってないやん!!!」
 「いやあ・・・もう・・ヨボヨボ・・・や」
 「そんなことない!!!相変わらず独特なオーラやでえ。やっぱり絵描いてる人はちがうわ」
なあんて、うれしい!!!!先日来のウツはどこかへ飛んでいきました!!!
 他人様の言葉一つでウツにもソウにもなるんですよお。

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2016年10月15日 (土)

なかぎょ ええとこ  一度はおいで ♪♪♪

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屋根の上で咲き誇る、ルコウソウ


 先日、木曜日、癌の術後の3か月ごとの検査です。血液を採血してお医者様診断まで1時間。このすき間に近所のスーパーで買い物をしようと・・・例によってママチャリで・・・ ところが・・・
 パタンとこけました。「あれれ・・・なんで???こけたん????」後頭部をまっすぐ打ちました。テニスのラケットでバーンとやられた感じ。鋭角的ではありません。しばらくして、立ちあがったら、立てます。歩いてみたら・・・歩けました。買い物は、もう、止めて病院の待合室へ。別にむかつきもなく眠くもなりません。間もなく先生の診察だったんですが癌の後の採血では問題はなし。「センセ、さっき、こけたんです。頭打ちました」・・・と言いますと・・・「検査しますか???」「いいえ・・・ちょっと様子を見て、おかしかったらで結構です」


 段差のデコボコも何にもない、真っ平な歩道の真ん中です。前から人がきたわけでも、車が来てるわけでもない。「なんで???なんでこけたん・・・・???」その時、それを見てたのは、たった一人。筋向いの元ラーメンやさんのおばさん。「どうえ???何ともないか???なんでこけたん」「さ・あ・あ・あ・・・???」


 頭は8時間なんともなかったら、もう大丈夫とのこと・・・なんともない。自転車もしらべたけど、異常があるようにない。なんで・・・なんで???こけたんやろ???


 
 次の日、どこか打ったのか、あちこち痛い。でも、主人にいうと・・・又、心配しすぎるかと黙ってたんですけど・・・もうええか???と、思って「ちょっと見て。どこか大きなあざできてへん???」ってセーターを大きくめくりました。
 相棒一言・・・「まあ・あ・あ・・・・は・は・は・・・そんだけ肉がついてたら大丈夫やわ。肉布団や」


  それが昨日のこと。今日・・・6人にたずねられました。「大丈夫か???病院入院してるのとちがうかって、みんなで心配してたんえ」ですって。あの時、こけた私を見てたのは、たった一人・・・・

 これは、今夜のこと、お好み焼きをしようと材料を出したら卵がありません。「あ・あ・あ・・・・・」おとなりさんの窓をコンコン。「卵三つ貸してえな。もう、暗いし、自転車こわいねん」「ああ・・・返さんかてええよ」 うれしいなあ!!!これが中京!!!
 

 京都は住みにくい。京都人は「お茶漬け食べて行かへん???」って聞かれて「アリガト」って食べたら、後が怖いとか・・・誰か、落語家が言ったらしいけど・・・・そんなことありませんよぉ。
 ご飯がなかったら、誘わないし、誘ったらどうぞ、いらして・・・・


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 サンチアゴ・デ・コンポステラで買って、抱いてかえったわが家の妖精。守ってくれるんですって。花はわが家の・・・よめな???丹波のお山から引っこ抜いてきて、毎年、けなげに咲いてくれます。壺???絵描きの友人がくれたもの。かわいいでしょ 

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2016年10月12日 (水)

秋は・・・さびしい

 秋・・・・寂しい!!!あいつがいない・・・
大食漢やったし・・・なに作っても喜んでいーっぱい食べた・・・・
巻きずし、鯖すし すき焼き まつたけ・・・・あいつを思い出すのがつらい。・・・もう作らない・・・・


 秋!!!美術の秋!!!友人たちの個展や展覧会めぐりに忙しいです。
昨日、国立近代美術館へ。「メアリー・カサット展」昨日行ったら閉館。前日が祝日だったからの振替休館。ということで、今朝行きなおしました。スケッチは普段素通りしてる高瀬川、一の舟入

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 先日読んでいた「とびきり屋」7シリーズ、山本兼一描く舞台がこの周辺。幕末の京都三条の、このあたり・・・竜馬や勝海舟、壬生浪や、桂小五郎などが徘徊したところを、このももりも徘徊・・・・うれしいなあ!!!はっはっはっ!!!

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2016年10月11日 (火)

秋日和・・・ママチャリでGO

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やっと 秋!!!風がすずしいからぁ・・・さわやかやからぁ!!!。ちょっとお出かけ!!!
まずは、上、ご近所の春日神社へ・・・・昨日は秋まつりやったけど、今日は人影もなし。春日神社は、平安初期の天皇家の病祓いの神社です。ママチャリでさらに斎宮神社へ。スケッチ下。ここは、今はもう何もない。天然記念物の大クスの木とさざれ石だけ。その昔、天照皇太神を祀ってここに別荘を営んだ倭姫命の跡と言いますから古い。

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 嵯峨野へ・・・・気の向くまま・・・ルンルン


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  上は、鹿王院・・・・長い間、京都に住んで、というか・・・京都以外に住んだことないももりが・・・気になりながら、・・初めてやってきました。山門から本堂へのアプローチがすばらしい!!!足利三代将軍、義満が24才の時に建てた禅寺といいます。ここも、ももり一人。400円の拝見料に500円プラスして、おうす・・・・これが又・・・・・大きな雲竜・・・羊羹みたいな、つぶあんの小豆を巻いた和菓子、に大きな栗・・・・うれしいなあ。一人お庭を眺めながらゆっくりさせていただきました。


 夜は、本の中にドップリ・・・相棒は???勿論、ちゃんと介護してます・・・つもり・・・です。

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2016年10月 4日 (火)

「総理の夫」   原田マハ

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 昨日、病院の本棚に婦人画報を発見。そしたら・・・そしたら・・・なんと、ナント・・・原田マハ氏をく写真に大きく取り上げていました。彼女の描く小説の主人公は、多く、現代社会の最先端、刺激的な職場の第一線でひたすら働き、信念を貫く男前の女性が多いようです。しかも・・・年齢はアラサーからアラフォー

 ももりの年代とはまるでちがう女性たち、生活感、価値観、セックス・・・・結婚も別れも・・・多分にご本人の投影と思って、興味を持っています。そして、登場する心やさしき夫・・・・こういう時代なんかなあ!!!

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 「一分間だけ」  能力ギリギリ、イッパイ、イイッパーイに働く女性週刊誌の編集者。しかし・・・ふと飼い始めた「リラ]ラブラドールレトリバ-・・・・この上なく可愛いけど!!!その子が病気になる・・・・仕事も一段と過酷な時なのに!!!そんな時、あなたなら???どうしますか???・・・・調子の良いイケメンにふと心がゆらぎ、限りなくやさしい夫とも別れ・・・しんどいなあ!!!

 結局・・・ももりの一生って・・・・与えられた運命の中でできることをだけやっただけやったんやなあ。冒険は???大した冒険はしなかった???ま・あ・あ・・・若い男性にモテルというツラでもなかったし・・・・スタイルもモッサリで、能力もたいしてなかったから・・・・今、こうして平穏な日々・・・これはしあわせなのか????

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