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2016年6月10日 (金)

エッセー 井上靖

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 相棒、2週間で退院。また、自宅介護の生活にもどりました。静かな平穏・・・とはいえ、三度三度の食事を枕元に運ぶのは・・・結構・・・シ・ゴ・トです。


 楽しみは「本」。もう少し井上靖に近づきたくて、エッセーをさがして借りてきました。不眠の苦しみ、親の死など・・・身近な文章で、井上という男の体臭???がにおうようです。井上靖の父親は81才、母親はその5年後、認知症の末、85才まで生きました。彼は長男…当時はアフガニスタンやトルクメニスタン、など、西域への激しい旅をしている時期で、実際介護に携わったのは、彼の姉妹のようです。

 しかし…高齢の親が生きているということ、その現実は自分自身や周辺の者が自分のこととして死を考えるということから遠ざける、と、書いています。そう・・・親は、長生きすることは、無言のうちに、子供達を勇気つけてるんですねえ。
 ももりは、相棒や自分自身が死ぬことは怖くありません。でも、息子が死ぬのは怖い。
先日、お昼ころになっても、2階の釣りキチの部屋からコソッとも音がしないもんですから「死んでるノンちがうか」ってのぞきにあがりました。日曜日だったのにねえ・・・・「エエ加減にしいや」ですってサ。


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コメント

親がいくつになっても、子がいくつになっても、
心配だし気になりますよね!
息子はとうに一人暮らしを始めていて
我が家はもう長い間二人暮らしです、
時には一人になりたいと思うこともありますが、
ゴキブリや毛虫が出たときにいないと困るbearing
なので2度の食の用意くらいは、
あぁ朝は自分で支度してます。

投稿: nyar-nyar | 2016年6月13日 (月) 21時41分

解かっていても「死」は、「死」だけは考えたくない、口に出したくない。それが家族、親子です。
亡き父が入院していた時の私の精神状態がそれでした。

投稿: 玉井人ひろた | 2016年6月13日 (月) 17時41分

井上靖
伊豆出身ですから身近に感じる作家です
生きているだけで良い・・母が99歳で亡くなった時
心から思いました
元気な姿は知らずのうちに
家族に勇気を与えていたかと・・・
ご主人様の介護も大変だと分かりますが
朗朗介護で・・・・ね

投稿: おばさん | 2016年6月12日 (日) 22時59分

子供はいつまでも元気でいて欲しい! 
ふっと心配感がよぎる?  
そんな一瞬ってあるものです。 母親という生き物の宿命でしょうか?
ご主人様、退院おめでとうございます。
三度の食事以外にも、介護は大変とお察しいたします。
ご自分の体も大切になさってくださいね。

投稿: tomoko | 2016年6月11日 (土) 09時46分

お・お・お・・・・・愛するものがどこかへ・・・・わかるなあ!!!

投稿: 山口ももり | 2016年6月10日 (金) 17時16分

6/10の11:50頃見つかりました。ご心配をおかけしました。入れると思わなかったのに床下に居ました。

投稿: kazuyoo60 | 2016年6月10日 (金) 12時36分

お気持ち良く分かります。
人と犬は次元が別ですが、朝からチエ♀が行方不明です。気が滅入っています。保健所と警察には電話したのですが。

投稿: kazuyoo60 | 2016年6月10日 (金) 11時32分

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