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2015年10月18日 (日)

どうぞ、お気楽に・・・・スルー・・・スルー

 平安京・・・794年・・・(なくよ うぐいす 平安京)

 平安京に至るまでの王家の歴史・・・・くうーーー
自分の復習と思ってアップしますが、どうぞ、お気楽に・・・スルー、スルー

 飛鳥に都をおいた天皇たち。舒明、皇極、孝徳、斉明、天智、天武、持統、文武、元明、元正,聖武・・・・濃厚な血脈です。
 現代の目からみれば、なんとも、異様な濃すぎる血脈です。天智の娘たち2人は弟(5才年下)天武の嫁になりました。持統と姉です。持統と結婚した天武・・・・二人の間の息子、草壁皇子の嫁は、なんとなんと、又、天智の娘(のちの元明女帝)。つまり孫、の嫁も又、天智の娘です。わかりますか?????何しろザーッとみて8人のお后から生んだ子供が12人。嫁が若かったら、孫の嫁にも自分の娘をくみあわせられるるわけで・・・・
 何としても、自分の血統を守り抜く強固な意志・・・当時、母親の出自こそが天皇になる資格の最たるものだったようです。


 難波に都をおいた孝徳帝、白村江の戦いの徹底的な敗北の経験から朝鮮半島から新羅と唐の連合軍がせめてくるとおそれたからといいます。そのあと天智は大津に都を遷しました。大津京です。下は京都市山科にある天智天皇陵。天智の死後、天武は元の飛鳥に都をもどしました。さらに都は藤原京へと遷ります。

Dscn1554


 しかし・・・濃すぎる血は、やはり問題があったようで、草壁は28歳で死にます。後には7才の息子(持統から見たら孫)を残して死にました。せっかく、ライバルの大津の皇子を殺したのにね。大津の皇子は持統の姉と天武の間の子です。つぅ・まぁ・りぃ・・・・天武は姉妹を嫁にして、草壁と大津という息子・・・宿命のライバルを生んでしまった・・というわけです。

Dscn1555

 天武の嫁、持統。せっかく、ライバルの大津(姉の子)を殺して、さ・あ・あ・・・天皇にしようと思ってた凡庸な息子、草壁が28才で死んだから、幼い7才の孫の成長を待って天皇にしようと持統は覚悟をきめました。天の孫・・・ここが大切!!!天孫がこの豊葦原瑞穂(とよあしはらみずほ)の国へ天下った・・・天皇は神々の孫・・・孫・・・ここが大切!!!日本書記や古事記が主張する天孫降臨の説話が作られたらしい・・・・孫は成長して文武天皇になりました。


 しかし・・・・孫、文武も25才で死ぬのよねえ。持統から言えばひ孫、7才がのこりました。
仕方なく、文武の母、天智の娘をつなぎに女帝にしたてました。元明女帝です。元明の死で、位は草壁の子、文武の姉が即位しました。元正女帝です。やっと成長した孫は聖武天皇として即位しました。ここからは・・・まあまあ、ももりが言うほどのこともありますまい。


 全く・・・敬称略で・・世が世ならももりの首はすっとんだやろねえ。

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コメント

戦国時代ごろまで、天皇のほとんどが反対勢力の攻撃を恐れ都を離れては強い武士を味方にして戻り、戻ってはまた逃避を繰り返した経緯があり、あまり都には長期にわたって留まったことがないと聞いています。

そのたびに、武力や経済力のある実力者が天皇の血脈を利用するため血脈結婚を行わせた可能性もあるかもしれません。

投稿: 玉井人ひろた | 2015年10月20日 (火) 22時04分

飛鳥時代には興味がありますが、明日香村の散策か、
藤原京に行くくらいで、こんなに入り組んだ 家系では
覚えきれません。中国殷時代から 漢まで 宮城谷さんの本に 出てきた 英傑を 時代ごとに 表にした
事があります その国の前後や 背景が 解ります。
頭の体操ですね。

投稿: あきみず | 2015年10月20日 (火) 19時46分

エジプトの王家も、血統を重んじて、今でいう近親婚だったとテレビで見てびっくりしました。
明確に血筋を重んじていた時代ですね。すさまじいと後世の人は思っても、当事者たちにはでしょうか。人の情けない部分です。
うふふふ、神聖視された天皇家一族だからですが、一般でも狭い婚姻関係が有ったかもしれませんね。

投稿: kazuyoo60 | 2015年10月19日 (月) 10時44分

写真の5冊、さすが「本の虫さん」です o(^-^)o
このあたりの人物相関図、紙に書かないと到底理解できません。天皇の名前も似ているし。
私もこのあたりの話は大好きです!

万世一系・・・、1本の糸でなく帯状になって連綿と続いていくんですね~・・・。 

投稿: ちゃぐまま | 2015年10月19日 (月) 00時35分

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