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2014年12月29日 (月)

幸せのしるし

 黒豆を煮るおいしい匂いが家中にほんのり・・・・今年も穏やかにお正月の支度ができるなんて…なんてうれしいことでしょう。
 昨日は台所、今日は本棚・・・きれいになりました。明日は建具やガラス・・・
 薬が、もう体から出ていったのでしょうか。疲労感がありません。一日、コトコトと動き回れます。ま・あ・あ・・・夕方になると腰が少々痛い・・・クシュン


 今年は初めておせち料理のセットを注文しました。近所のお肉屋さんのセットで、お肉が充実してるとか・・・・でも、相棒は「たたきごんぼとか作ってえな」って言ってますから少しづつは何やかやと作りましょう。


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 図書館で借りられるかぎり、読みましたが、もうこれ以上はない・・・今井通子さんとダンプさんご夫妻・・・素晴らしい出会いでした。今はどうなさってるのでしょう。おあいしたいなあ!!!

 写真は、10月12日・・・久しぶりの遠出。箕面の大滝です。こんなにやせてたのに・・・今は・・・もう・・・逆戻り・・・マッ  エエッカ・・・

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2014年12月25日 (木)

奥がふこうて 細やかで・・・

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   「むつかしい酒やのお・・・奥が深うて、細やかで・・・」鴨井商店の主がうなりました。
おいしい・・・うれしい・・・お酒は大好きです。旅先では必ず現地のお酒を味わいます。ワイン、ビールはいうに及ばず、ウイスキー、テキーラ、焼酎、ラオ酎、ウオッカ、ギリシャのメタクサやイタリアのグラッパ??いーっぱい!!!もう、名前を忘れちゃった・・・は・は・は・・・/strong>

 お酒がのめるって・・・・ほんとぉおお・・・・なんてうれしい!!!
今年は、5月に手術をして、6か月の抗ガン剤治療もこの12月でおわり、今はいたって元気です。病気なんてしたことがなかった72年。そのことが不思議なような今年でした。治療の間はお酒は禁止。これが・あ・あ・・・ほしくもなかったのよねえ。治療が終わったとたんにおいしくなりましたから、フ・シ・ギ・・・

 人生観が変わったなんて,殊勝なことはありませんが、生きていることを喜んで感謝して生きたいと思います。


 写真は、ブロ朋のあきみず様から提供をいただきました。エリーさん、ピン子さんにいじめられてやつれてますねえ。ももりも、姑には散々でした。でも、マ・ア・ア・・つぶされることもなく生き残った・・・んですよねえ。せめて姑よりは長生きしたい。は・は・は・・・

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 ももりはキッチンドリンカーです。こわあ・・い姑が、お膳の前に座ったら、もう、飲む気にはなれないから・・・。お料理を作りながら、チビチビ…あるいはグーイっと。ね。でも、アツアツのテンプラのしっぽとか、お刺身の切れ端とかをちょっぴりつまみながらの夕飯の支度はももりのゴールデンアワーです。だってええ・・・おなかはすいているし、おつまみは好き放題!!!サイッコーなんですよお。
 でも、あんまり手の込んだお料理をすると、でき上っちゃう。ツラの皮が厚いから顔にはでないけど・・・・ヒヒヒ・・・

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2014年12月23日 (火)

天才たち

三浦雄一郎・・・TVで見たときは「ま・あ・あ・・・ひと迷惑なやっちゃなあ。この人一人のために、どんだけ皆が苦労してんねん」と思ったものですけど、この3冊を読んですっかり見方が変わりました。
 ま・あ・・・・勿論凡人ではない。自分の尺度がトロすぎた。凄--い!!!左75才、右80才の登頂記です。

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 1932年生まれでただ今81才。北海道大学獣医学部卒
 1964年 イタリアで世界最速・・・時速172.084kmで世界新…これ以後いくつもの世界新!!!
 1969年 エヴェレスト偵察
 1970年 54才 エヴェレスト サウスコルからスキーで滑降
 1974年 ヒマラヤ遠征(父敬三も共に)
 2002年 69才 ヒマラヤ チョーオユー8201登頂
 2003年 70才 エヴェレスト8848を息子豪太とともに登頂
 2008年 75才でエヴェレスト登頂
 2013年 80才でエヴェレストト登頂

 どうですか!!!スッゴーイ。以前「徹子の部屋」で見たときは「なんや・・重ったそうなおっさんやなあ」ってあまり良いイメージはもたなかったけど・・・改めてすごい!!!!


 下の本はたまたま、同じ書架にあったので借りた本ですが、この人は、三浦雄一郎の70才、75才の登山のカメラマン、強力な助っ人、仲間でした。

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 でもでもぉお・・今井通子さんの「摩頂チョモランマ」これは1982年の出来事です。三浦雄一郎より、20年早い。三浦雄一郎のスタッフは完全なプロ集団です。最高峰の技術と医学、装備…何より最高のシェルパスタッフを手にしています。
 対して、今井通子さんのスタッフは、皆若い。何よりシェルパの質がちがうようです。「ここぞ」というときにサボタージュ。金を無心する力のない者もいる。シェフがついた登山隊ではなく、隊長自ら、メンバーに体を管理し、食事を作り、何ともかわいらしい!!!全員をふるいたたせ、頂上に立たせるが・・・あと500メートルで自分は撤退。全員を無事で下山させるために・・・・素晴らしい!!!!


 今では、ザイルも常に整備されているそうですし、登山道は渋滞することもあるとか・・・しかし、自然は厳しく一日のうちに100度ほども温度差がある・・・・ヒマラヤへ直登寸前、サウスコルからのルートは、日が当たるとうすい空気層を太陽光線が素通しで、おまけに、周囲は白銀の山壁。反射光もあってすりばちの中のように、60度以上にものぼるとか・・・いったん雲がさえぎると、たちまち零下30度にもなるし、突風もふく・・・・下手な人がいると、弾丸のように落石・・・ザイルでつながれて下に待っているものは逃げ道はない。途中には遭難したままの死体も・・・・ス・ゴ・イ!!!


 相棒はもうヒマラヤへ行く気になっています。でもねえ…こんなすごい本をよむと、旅行社の2000メートル級なんて、バカみたい、なんて思ってしまいます。エヴェレストは8848メートルなんですよ。それが・・・せめて4000メートル級まで上がって、少しは高山病とか酸素不足とか味わってみたいなあ???ハ・ハ・ハ・・・・テメエの無力をかえりみず・・・・失礼いたしました。

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2014年12月22日 (月)

夢の続き  Ⅱ

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  まだまだあります。上下はドロミテ イタリア…ももりの時は初雪で・・・も・お・お・・大感動!!!今井さんは「泥みてぇ」といってます。雪のない時ドロミテはガレ場でしょうねえ。ももりが夏に行ったときは自転車レースで通れなかったなあ

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 上下は、アイガー北壁 スイス・・・夕日が山裾にあたって赤くやけてるのよねえ。お・お・お・・・行きたい!!!いっぱいコースがあるようです。

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 上下はミズリーナ湖 イタリア。ここは、もう何度か行ったからあ・・・・次回は黄葉の頃がええなあ

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山っていいよなあ!!!ア・ア・ア・・・・ここにヒマラヤのスケッチを加えられるか????

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2014年12月19日 (金)

夢のつづき

 今井通子「世界の名峰」・・・もう図書館に返さなくっちゃ!!!
下のももりのスケッチと今井さんの本の写真を比べてみてください!!!うれしい!!!結構、同じところを描いています


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 下は、リスカムとモンテローザ…スイス。

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 下は、クローズグロックナー山。かの有名なエリザベートとフランツ・ヨーゼフがよく来たという山小屋から、オーストリア

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 下は、トゥルンメルバッハの滝とアーレ川、スイス

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下は、スペイン、モンセラット


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 下はスイス リッフェル湖


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 あ・あ・あ・・・・・いいなあ!!!いいところへは何度でも行きたい!!!スケッチ一杯したあぁあい!!!


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2014年12月18日 (木)

ヒマヤラは遠い

相棒はこのところ、旅行社のおいしいカモです。例えば東海道53次、いいとこどり。初回は三条大橋から大津で、4000円余り???もう、何回参加したか???前回は2日かけて箱根越え、今回の3日間が最終回。ももりは遠慮しました。だって・・・高すぎる。

 今朝「今、新橋にいる。これから日本橋まで歩くでえ」って電話がありました。
「寒うないの???」
「もう・・・めっちゃ寒い」ですってさ。まあ、歩いてたらあったまるでしょう。


 日本百名城・・・これも来年一月が最終回。沖縄ですってさ。ご苦労さんです。


 ももりは、今、ヒマラヤへ行きたい。もちろん、ふもとでいい。その偉大な姿を見たい


 マタマタ借りてきました。ヒマラヤ登山の本。足もヨボヨボ、息もたえだえのももりがヒマラヤへ???息が止まってしまうかも????ま・あ・あ・・・・病気で死ぬくらいやったらヒマラヤで死んだ方がマ・シやない???

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 先日、相棒も言ってました。「70才以上のヒマラヤツアーがあるでえ」マタマタ・・・ホント、夫婦して旅行社のおいしいカモかも???
 外は木枯らし・・・北の風♪♪♪・・・さあさ・・・みなさん・・・なつかしい・・・おとぎ話の・・・冬が来た♪♪♪
 それとも、ヒマラヤは???もう、おとぎ話???夢のまた夢???
窓の外は雪。京都は雪・・・暖かいお部屋で…夢を・・・みるだけ???

 

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2014年12月17日 (水)

鳥獣戯画 鳥羽僧正と吉川英治

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相棒の本棚にあった本です。まだ乳のみ子をかかえていたももり。お乳を上げながらこの本に夢中。子供がとっくにお乳を飲み終わってるのに、本はやめられなくて・・・・は・は・は・・・・いけない母ですねえ。45年ほども楽しませてくれて、時にふれて、手に取った本です。


 又、取り出しました・・・鳥獣戯画を描いた鳥羽僧正という人・・・・確か、この本の始めの方にあった・・・


鳴滝の上流と、清滝の水が交差している渓川橋を渡って、高尾道八丁の途中、栂尾の山ふところに・・・・鳥羽僧正と世間では知っている。叡山では天台座主もやり、三井寺にもいたという僧歴はあるが・・・・「わしには、とても、喧嘩はでけん。生まれ変わってでも来ぬことには、坊主になる資格はないでの」


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 時の白河上皇の前でも・・・南都、叡山などの荒法師の行状やら、公卿堂上のおごりやら、後宮の迷信だの、官職の争奪だの、およそ社会愚や人間悪の目につく弊をことごとく漫画にした鳥獣戯画という幾巻かの絵巻を描いてかくし持っている・・・栄治はこう描いています。 

 そして、今、鳥獣戯画は高山寺にある・・・もっとも本ものは博物館で、こちらは複製ですって。


外は木枯らし 北の風♪♪
さあさ  みなさん  なつかしい おとぎ話の冬がきた~~~~♪♪。
本の世界にドップリ・・・つかりすぎ???

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2014年12月15日 (月)

栂尾の高台寺と「新平家物語」吉川栄治

 フルーイお話になりますが、吉川英治「新平家物語」に登場する、栂尾の高山寺。下スケッチは先日、高尾の神護寺のついでに寄った高山寺


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 その昔の平安朝、鳥羽天皇の頃・・・宮廷は、和歌を競い、香を嗅き、蹴鞠、散楽、すごろく、貝合わせ、投扇興、四季の物見遊山、闘鶏、賭け弓   何もかも遊びにしてしまった御代があった・・・しかし、地下には武士の台頭、強大な寺院勢力の横暴、西国や東国から聞こえてくる海賊や土豪の叛乱・・・近くには朝廷と院・・・の対立も。


 当時、勧学院の仲間であった、平清盛、源の渡(わたる)、佐藤義清(のちの西行)、遠藤盛遠ら若者は、加茂の競馬のうわさで持ち切りでした。「四つ白」の馬・・・足元が四本とも白い。青毛の四つ白・・・白河天皇(今は上皇)が、是非にと望んだが、凶相ゆえにあきらめたという駿馬・・・を手に入れた源の渡・・・先だっては絶世の美女、袈裟御前をめとったという源の渡・・・「四つ白」は凶馬だといます。

 若い仲間たちは、袈裟と四つ白を見せろと、渡にせがみます。競馬の日までは見せないという渡ですが仲間の要求に屈し、夜に住まいにくるように言います。漆黒の闇に月がのぼり、四つ白のくつわをとった袈裟御前が門前に立ちます。袈裟の美しさは・・・・この世のものとは思えない。


 「新平家物語」から
・・・・あわれ年ごろ、恋い痩せ男の、狂い死にをも見すごし給うか。この苦患(くげん)を救いたもうもの、君をおいてあらじを、あなつれなき君かな。なんとて、渡が妻にはなりたまえる。かりのおん情けたりとも一世、まくらをかわしたまえや。夫ある人の垣の、あだし妻花を寝盗むの科、その罪業十悪を越え、無限地獄の火坑に落ちんもよし。何かは、この苦しみにまさるべきかは・・・・


 どうですか…この名調子・・・・!!! 

袈裟御前に懸想した遠藤盛藤・・・しつこく言いよって、袈裟御前のしとねに忍び込みます。
「眠っているのは、夫、源の渡」そう思った盛藤は、毛にした刃で、グサリ・・・・しとねに横たわっていたのは変わり果てた袈裟御前・・・・「あ・ああ・あ・・・」盛藤は人里離れた鳴滝、栂尾に小さな庵を結び、滝に打たれて修行・・・とか・・・

 こんな話を思いながら。うろうろ・・・目的もなくウロウロ・・・ボーッ・・・これが、またぁああ、幸せなんです。

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2014年12月12日 (金)

どこまでもついて行きたい人

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今井通子さんが、人生の折り返し点・・・かと思ったのは37才の時、と書いています。チョモランマへ隊長として臨んだ登山。彼女は隊長であり、指導者であり、そして何より、命を守る医者です。自分が頂上に立てなくてもよい。仲間が立ってくれることこそが喜び!!!!感動します。も・お・お・・・今井さんの後ならどこへでもついて行きたい!!!

 彼女が、ダンプさん・・・旦那さん・・・・に刺激されてパラグライダーにとりつかれたのは45才。ヒマラヤやヨーロッパアルプス、キリマンジャロ・・・・日本の山々は勿論・・・・鳥になって飛びました。

 彼女は語ります。「日本の自然ってすばらしい!!!もう穂高で良い!!!」そして、彼女の関心は自然保護、健康と食の問題。アトピーとは???微量の化学物質ではないか?・・医者としての社会的存在となります。

 ももりは1941年生まれ。田部井淳子さんが1年早く、今井通子さんはおない年。若いころの山仲間???・・・・共感タップりです。

 ももりが山に登らなくなったのは、24才。会社勉めで、日常の訓練まるでなしに、中央アルプスを縦走した後です。山から帰ったとたんに、ひどいブツブツが・・・体にも、勿論、顔は、まるでおはぎ。下宿していましたし、若かったから医者にもかからず、これは「きっと肝臓をやられた」と思って「グリコ・・・ナントカ」という売薬をのんだだけ。ちなみに、そのおはぎ顔にめげなかったのが、相棒ってわけです。
 その内に、結婚、育児・・・・ア・ア・ア・…・結構、子供達をつれまわしたくらい・・・クシュン

 ちょっとくどいようですが、ダンプさんが書いた今井通子著「人を動かす女の気配り」のあとがきをここにアップします。


 あとがきに代えて
  結婚して14年(今なら44  ももり注)まさか、こんな大それた女になろうとは思ってもみなかった。もっとも知り合った当時、彼女はすでに一流の登山家で、登山のレベルでは私と雲泥の差があったのだが・・・・。
 彼女の発想(時々ピントがずれるが)、行動力は、私から見ても尊敬に値する。40才をすぎた今でも衰えを知らず、かえって、ますますエネルギッシュになっている。
 以前は彼女自身もヒマラヤのピークに立つつもりであったようだが、この数年は男どもの間にあってリーダーシップをとるほうに魅力を感じているようだ。1983年~84年の冬期チョモランマ(エヴェレスト)遠征では2億5000万円の総予算のほとんどを彼女一人が集めたのである。個人の隊として億の単位の遠征をだしたのは、日本では初めてだった。この遠征には私もネパール側の隊長として参加したが、準備段階で、さじを投げて逃げ出そうと思ったことが数えきれないほどある。その度に、彼女の二枚腰のような粘りにひきずりこまれたのであった。我々ネパール側の隊は幸い登頂に成功したのであるが、今もって彼女には頭があがらないのである。
 彼女のリーダーシップのとり方は、私にはとてもまねができない。若い人を根気よく気長に育てるのだ。どう見ても遠征などには行かれないような若者を、である。日常的にはかなり厳しくしつけるので、彼らもずいぶん苦労しているようだ。ただ、本質的には非常にやさしく、思いやりがあるので、彼らもそういう面をよく理解し、彼女についていくのかもしれない。
 私にとっては、登山でリーダーシップをとるより、仕事でリーダーシップをとる方がよほど楽である。矛盾も少ない。登山では給料を支払うわけではないので、働きの悪いものでも、頑張った隊員と同じように扱わなければならない・・・以下略
 


 どうですか・・・医学博士の妻と中卒の夫。全く世間の物差しをかえりみなかった本能的な選択眼です。登山って全生命、全精力、全能力を結集してやるもの。人のものさしなんかにまよわされていたら命がない。
 それにしてもダンプさん・・・ミリョクテキー!!!カッワイイー!!!

 さ・あ・あ・・・又、新しい本を取り寄せてくれたって図書館から電話あり・・・うれしい!!!行ってきまーーす。

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2014年12月 8日 (月)

古都晩秋 北嵯峨  直指庵から佐野藤右衛門まで

 今日もいいお天気。さ・あ・あ・・・・どこへ行こうかあ・・・


 12時半、家を出てフラリとバス停へ。お・お・お・・・大覚寺行きがきました。デハデハ・・・乗りこみます。
嵐山はまだ混雑・・・デハデハ・・・終点まで。大覚寺から北嵯峨へと歩き始めます。


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 直指庵(じきしあん)へ出ました。何度か行って、拝観料がもったいないくらい見るところがなかったような覚えがありましたが。今回はびっくり。お庭の手入れも行き届き、以前は入れなかった裏庭へ・・・これはこれは!!!何しろ三方山なんですから・・・小さなお堂がいくつか建っています。ここは駆け込み寺として有名、尼寺です。

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 このお寺は、「篤姫」で登場した村岡の局で有名です。安政の大獄で牢屋入り。しかし、74才まで生きた勤王の女傑です。


 夕ぐれて 花にかくるる 小狐の にこ毛にひびく 北嵯峨の鐘・・・晶子
いいなあ!!!

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 北嵯峨は、山影の道を歩いて、廣澤の池へ。途中、嵯峨天皇陵、後宇多天皇陵があります。だからぁ、嵯峨野、宇多野・・・が、今日はパス。京都の町がよく見えます。廣澤の池につきました。
 ここで面白いものに出会いました。「鯉あげ」です。一年に一回、水を抜いて湖を干しあげます。お・お・お・・・大きな水鳥がたくさんいます。ぴんぴん跳ねる鯉を買っている方もいました。「先の台風で、池があふれてなあ。鯉が一匹もおらんようになったんや」ですって。一尾1000円。


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 「さくらもり」でゆうめいな佐野藤右衛門の広大なお庭へフラリ侵入。春の桜のころには篝火を焚いて夜桜です。個人の資力でですよお。今は人影もなし。下は佐野藤右衛門の家 


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 3時45分にはバス。帰宅は4時半。いい一日でした。 

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2014年12月 7日 (日)

下賀茂神社  糺の杜  古都晩秋

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 図書館って凄い!!!今井通子さんと高橋和之(旦那さん)の本を読みあさっています。何しろ、それらの本の中に登場する未読の本のつてを求めて、中京図書館から借りてもらうのですけど、京都市内はもちろん、周辺の県の図書館からも集めてくれます。そして、・・そして…なんと・・・国会図書館からも借りられるなんて…知らなかったぁ。

 図書館を出て、ママチャリで30分足らず???で、下賀茂神社へフラリ。来年は式年遷宮ですって。たくさんの結婚式・・・でも、混雑というほどではありません。紅葉もまだまだ美しい。、真っ赤はないんですけど。最近、手術のあと、真っ赤なもみじはうれしくない・・・勝手ですねえ。
 上、スケッチは御手洗、磐座石(いわくらいし) 下は、河合神社と「方丈記」の鴨長命の寓居あと。ほんの小さな・・さ・あ・あ・・・・6帖くらいの一室です。糺の杜(ただすのもり)は直に澄む・・・からつけた名前ですって。


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落ち葉を踏みしめて歩く・・・・生きてるって、ホント・・・いいなあ!!!斜光が差し込んで素晴らしく美しい。暗くなるまでに帰りましょう。

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2014年12月 6日 (土)

インドへ・・・

 1月にインドへのパックツア-に申込ました。ももりはどちらかというとヨーロッパ、中世が好きなんですけど、今回、相棒が行くというから・・・それならももりも・・・ね。
 今、インドからチベット・・・そして、エヴェレストへと・・・・最近、旅の本ばかりよんでいます。

小川誠のエヴェレストの写真集。なぜか一緒に借りた「ロビンソン・クルーソー」面白かった!!!


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 ヒマラヤ・・・エヴェレスト・・・ネパールではチョモランマ・・・・・ここに登った人がいるって…凄い!!!
そして、エヴェレストに挑んだ今井通子夫妻。夫、高橋和之は南、ネパール側から、妻、今井通子は北、中国側から登り始めます。山頂で出会う・・・なんとまあ!!!写真は小川誠


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インドからはるばるチベット高原を踏破して南側から、ヒマラヤを仰ぎ見た人々、そして頂上に登ろうとして何人もの命が失われました。そして、わが尊崇の今井通子氏は1958年~59年、1960年とエヴェレスト、ネパールの呼び名はチョモイランマ、に挑みます。

 今井通子さんの「魔頂 チョモランマ」

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今井通子さん  25才   マッターホルン北壁を女性二人で登攀
            27才   アイガー北壁登頂
            29才   グランドジョラス登頂
            33才  ヒマラヤへ  ネパールヒマラヤ縦走  この時は隊長
            41才~42才   チョモランマ(エヴェレスト)冬季登山隊長 8100メートルで撤退
            43才   冬季ヒマラヤ  8450メートルで撤退 これは北壁の冬期世界最高記録


 金策に苦労し、徹底的に資料を当たり、装備を整え、実行に移す。43才の彼女は隊をまとめます。政府間の交渉、シェルパたちとの葛藤・・・必ずしも協力的ではない・・・すぐ金を無心・・・それでも、山男たちはすべての精力を注いで頂上を目指します。荷物の滑落、テントは風に吹き飛ばされ、凍傷、酸素不足からくる体調不安。彼女は隊長であり、金庫番であり、その上、ベースキャンプですべてを把握し指示します。そして、彼女は医者です。頂上を目前に、すべての可能性を失って撤退を決意、しかし、頂上に登るだけが成功ではない。友情、一途な憶い・・・遭難者を一人も出さず撤退。う・うう・・ん・・・山男、山女・・・すごい!!!

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2014年12月 4日 (木)

高尾 神護寺  ふらり晩秋の古都

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 昨日はよい天気。おひさまキラキラ。寒いけど・・・・
一人 スケッチブックを手にふらつきに出かけました。11時06分に市バス・・半時間足らずで高尾へ・・・さ・あ・あ・・・・坂を清滝川へと下り、橋を越えて、もう一度坂を登ります。きつい!!!

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 でも・・・・手術前、メキシコへ行ったときはこんな階段が登れなかったなあ。体力は今の方がはるかに強い。メキシコの遺跡は、何しろ階段ばかり。もう、心臓パクパク、足が上がらない「あなた、行ってきて。私はここで待ってる」って相棒一人が登ったり下りたりしてました。「これは、絶対心臓が悪い。帰国したらお医者さんにかからなくっちゃ」と思ったものでした。結局は癌のための貧血だったらしい。上は山門、下は和気清麻呂と文覚上人の墓道


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 京都に棲まいするものとして、本当に心から申し訳なく、残念でならないのは、シーズン中は人人人・・・・京都の良さは到底味わってもらえないと思うのです。今、12月・・・・人影はまばらです。シーズン中、どこもかも渋滞で、バスの中、空しく時間を浪費!!!本当に!!!政治の問題です。
 真っ赤な紅葉はもう落葉ですが、落ち葉道を一人黙然と歩きます。まだ黄色やオレンジは残っています。晩秋の古都・・・今が一番好きです。


 栂尾の高台寺も見て、ゆっくりゆっくりして、2時40分にはもう、帰りのバスに乗ってました。帰宅は3時40分。若い時は清滝、嵐山、はては保津峡まで歩いたものですけど・・・いい一日でした。

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2014年12月 3日 (水)

これで・・終われば・・・

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 この2錠・・・抗がん剤の飲み薬・・・で一応終わります。六か月我慢しました。飲みたくない・・・・でも・・でもぉ・・・・お医者様のおっしゃるとおりにしようと思ってましたから。
 朝晩4錠ずつこの薬を飲みました。いややったのよねえ。あ・れ・れ・・・・なんで残りが2錠なの???
今回、ちょっとダレてたのか、うっかり4錠のところを1錠だけ飲んだ日があったし、プチお泊り旅で、薬を忘れて行ったり・・・たるんどる!!!・・・・ホントなら昨日で終わってたはずなんです。

 一週間のお休みの後、検査。それで悪い兆候がなければ、3か月ごとの検診ということになるのでしょうか???
 なんだか、なおりそう・・・又元気になれそうな・・・・でも・・・でもぉ・・・

 菅原文太さんも高倉健さんも、そうそう、緒方拳さんも癌でしたね。


 下はこの秋に行ったプチ旅のスケッチです。大層に癌やって言ってるわりは、まあ、けっこう遊べたか・・・

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2014年12月 1日 (月)

おやおや???これは???

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 おやおや???何人かの方のブログにたどりつけません。どうしたらいいの???


今朝(12月2日)何とかたどり着けました。古い人間にはパソコンのお守りはむつかしいのです。これからもどうぞよろしくお相手くださいませ。

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