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2014年11月29日 (土)

フッと消える・・・

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 最近ふと思ったこと・・・案外「死」ってヤツは、死ぬ本人は気付かないうちに「ふっと来てる」ってなもんやないやろか・・・


 勿論、キリストみたいに火あぶりにされたり、刀を振り上げられたりした人は、今、殺されるっていう自覚があって、恐怖は凄いでしょうけど・・・恐怖そのものでしょうけど・・・案外、現代医学のもとで手厚く死ねる人は、薬でもうろうとしたまま、苦痛にも気づかず、ふっと、自分も知らん間にこの世におさらば・・・っていうことじゃない???そうなら、そう死を怖がることもないよなあ???

 死にそうな病床にあって生きながらえた人は、その時に苦しんだとは言わないみたいやしなあ。 


 先日の相棒との会話から・・・・
「あれだけは嫌やなあって思うこと。それはご主人が奥さんを車いすにのせて買い物したりしてるの・・・ももりはあなたを上手に死なせてあげてから死にたいわ」
 相棒は「お・お・お・・・そんなに愛してくれるのか」とにんまり。
でもぉお・・・これって、ちょっとちがうのよねえ。やるべき仕事を残して死にたくない。義務感に近いでしょうか。それにぃ・・・釣りキチに苦労のタネを残したくない。お互い口が悪くて、今でもよくケンカしてるんですもの。

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2014年11月28日 (金)

寒霞渓・・・自然林

 朝から雨、しかし無風・・・天気予報が当たりました。下は天空ホテル104からのスケッチ。絶壁の上に建っています。

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 岬が先まで伸びています。エンジェルロードですって。満潮になるとかくれんだそうです。歩こうかとでかけたのですが、又、戻りにはこの坂を上るかと思うと・・・ヤ・メ・・・衰えたり ももり。


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噂には聞いていた寒霞渓。すばらしい!!!紅葉まっさかり、自然林がすぐ近くまで、一面に迫っています。ひょっとして・・・京都なんかだって、わざとらしい開発なんかしなければ、どこもかも、こんなにきれいなのかもしれないなあ。

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 霧の中に浮かび上がるジャンダルム・・・・こんな壁を見たら、岩登りしたくなるんやろなあ!!!これを絵に描けたら・・・・ええんやけど・・・


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 ほんのしばらく、眼下にみえた瀬戸内の海・・・・風も出て寒い!!!


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 無事帰宅。カモノハシみたいな新幹線にも初めて乗ったし、病気以来初めてのお泊り遠足はちょっと疲れました。「外国もいいけど…日本も、ホント ス・バ・ラ・シ・イ・・・。

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2014年11月27日 (木)

オオボケ コボケに チュウボケとマダラボケ

 先日、大歩危、小歩危(オオボケ、コボケ)に、相棒と行ってきました。中ボケ(相棒)マダラボケ(ももり」)久しぶりのお泊り遠足です。一日目、大歩危、小歩危・・・よく晴れて凄い!!!!!!
 2日目は全山紅葉の寒霞渓・・・・聞きしに勝る素晴らしさ!!!この日は雨、でも風はなく・・・霧の中のジャンダルム???は、それはそれで迫力満点!!!


さ・あ・・・・瀬戸大橋で四国へ。快晴


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 大歩危にて遊覧船に乗ります。ここは、かつては海の底だったといいます。ここの岩は結晶片岩といって2億年前・・・日本列島ができた頃の貴重な岩なんですって。

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 瀬戸は 日暮れて 夕波千波・・・・あなたの島へ・・・お嫁に・・・・♪♪
高松港から、小豆島へ・・・明日は雨だとか???


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2014年11月22日 (土)

新しい名所   将軍塚

 下は先日行った将軍塚。楠の大木でよく知られる青蓮院は、菊のご紋章つき、門跡寺院です。その青蓮院が東山に持っていた土地に新しくご殿を建てた・・・というニュースは聞いていました。
 


 ある日、美術館に行きますと、何気なく東山ました。あ・・れ・れ・・・見慣れない大きな物体があんな山の上に!!!。
「おっ  あれは話題の・・・」ということで早速、見に行きました。青蓮院から片道100円のシャトルバス。紅葉が進む山道を大きく迂回して、山科から頂上へと登ります。京都の町も木の間がくれにきれいにみえます。約10分で山頂に到着。大きなバルコニーからは京の都が一望です。所々の森から、「あれは御所、あれは賀茂川、あれは下賀茂神社、あれは・・・・ももりの家は???見えません」
 眺望を楽しんで、国宝青不動を拝観し、又、シャトルバスにて青蓮院まで帰りました。青蓮院も見学して1200円。往復シャトルバス込み


 将軍塚は桓武天皇が作らせたとか・・・


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2014年11月20日 (木)

秋深し 古都、金戒光明寺

 ももりはふらふらと一人で歩くのが大好きです。古都京都、今、人混みを避けてひっそり閑とした穴場???を少しご紹介しましょう。


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 昨日は午後、金戒光明寺へ・・・きっと何か新しい発見がある!!!図書館を出て、ママチャリで丸太町通りをひたすら東へ。20分ほどで金戒光明寺の看板を見つけ、参道に入ります。何度も来ていますが、やっぱり山門をスケッチ。
 ア・レ・レ???あんな高い派手な幕の上に人の顔がいくつか見えます。そうでした。今、秋の特別拝観実施中。山門に登れるのでした。去年からはじまったのですって。勿論、登ります。
 お・お・お・・・・アベノハルカスまで見えます。

 金戒光明寺といえば、幕末、会津容保が京都所司代として滞在したお寺です。本来は法然さまが修行なさった黒谷ですが、ももりの興味は会津藩の方にあります。
 このお寺にはたくさんの会津藩士のお墓があり、秀忠供養の三重塔、お江の方の供養塔もあります。
 会津藩がはるばる遠路京都へやってきたのは、徳川家に対するひたむきな忠誠心。それゆえに苦しみ、それゆえに悲しみ、苦難の道をいかざるをえなかった会津。柴田五郎や新島八重、山本覚馬の写真もあります。


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 会津藩初代藩主、保科正之。この方は徳川二代将軍、秀忠の子ですが、奥方、お江の子ではありません。秀忠は、やきもちやきで口うるさいお江に頭が上がらない恐妻家でした。秀忠との間に多くの子をもうけたお江は側室を認めませんでした。そんなお江の知らないあいだに生まれた正之は、お江の怒りに触れて殺されるのではと、恐れた家臣の家でひそかにかくまわれて大きくなります。その後、武田信玄の次女、見性院に引き取られ、命は守られました。武田家の縁で、保科家・・・桜の見事な高遠城・・・主に迎えられます。
 3代家光の頃、鷹狩りにこの地に来た家光は、「あなたにはこんな立派な弟がいます」と聞かされます。家光は会ってみて立派な人格を確信し、会津藩初代の城主としました。

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  お茶室で800円をはりこんで、おうすをたてていただきました。茶室「花峯庵」今まで一度も入ったことがなかった本堂や回遊式のたいしたお庭もゆっくりお散歩・・・・ゆっくり静かでいい気持ち!!!
 三重塔をスケッチしていましたら、上から降りてこられた方が、この塔の裏側に「桑原武夫ご夫妻のお墓をみつけました」ですって。この裏へは今まで回ったことがありませんでしたから、これはこれはと思って「みましたら・・・ちゃーんとありました。

 西山の落ちる夕日を眺めながら、ママチャリは下り坂。すいすいでえーす。

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2014年11月19日 (水)

レンチャン展覧会

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この展覧会が終わったら・・・バーンザーーーイ!!!当分追っかけられることはありません。昨日病院へ。抗がん剤治療の最後のクールです。バンザーーイ!!!3週間後にまた、検査。もし、まだ続いたら???もう、余計なことは考えないことにしましょう。


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 「流れる星は生きている」新田次郎の奥さん、藤原ていさんです。満州国の首都、新京にて、終戦を迎え、夫、新田は召集をうけて家族をおいて職場へ。残された妻、藤原ていは6才の長男、3才の次男、生後1か月の女児を連れて気象観測、観象台の官舎をでて、職場の仲間と過酷な逃避行を始めます。


 母であるということ・・・・母性の塊となった彼女は子供をかかえ、飢え、傷つき、仲間ともはぐれ、日本人の一団に必死について行きます。靴もなくなり・・はだしで・・・何度も川を渡る・・・一番先に娘を向こう岸に、次に長男をわたし、3才の次男をおぶっての渡河・・・もう、力尽きて水にのみ込まれようとする時、対岸には、はいはいで岸に寄ってくる8かの娘と6才の長男がちらりと目にはいります。最後の力を振り絞って川を渡り切ります。


 38度線を歩いて越え、アメリカ軍に助けられますがはだしの足に食い込んだ石を取り除く手術に苦痛の叫び声をあげます。長男も同じ・・・這ってトイレにも行く・・・すざまじい経験です。
 ちなみに、この時の息子さんは東大卒、アメリカで数学の治めますが文才もゆたかです。

 何冊かの満州から引き上げた人の文を読みましたが、開拓団に残された女や子供達の悲劇は、多くの帰れない人をだしました。

 今、「平和、平和!!!」と学校でも教えていますが、もち論、戦争はいけない。しかし・・・いったん戦争が始まってしまったら、絶対負けてはいけない。負けるということがどういうことなのかというイメージトレーニングがまるでできていないと、ももりは思っています。口で「平和、戦争反対」と叫ぶばかりではおぼつかない。もし、戦争になったら絶対負けてはいけない。負けるということは、日本人が、この自然豊かな日本の先祖以来の土地をおい出され、遠くシベリアや砂漠へ追いやられて、勝った国の人間たちがこの国に住み着いてしまうということだと思うと・・・・戦後の平和教育なるもの・・・・心配でなりません。たまたま、先の大戦の勝利者、アメリカが日本を占領しましたが、これが、もし、ソ連や中国であったら・・・・おそろしい!!!敗戦ということはどういうことなのか???イメージトレーニングが必要と思うのです。

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2014年11月16日 (日)

「ダンプ、山を行く」 今井通子の旦那さん著

美術館と図書館と・・・ママチャリで何度も走っています。今日、今の展覧会が終わったら明日は、次の「小品展」の展示です。ももりの仕事はキャプション書き。会場の片隅で、黙々とタイトルを書く…これは性に合っています。人と立まじって、配置を決めたりは苦手ですから。京都の街路樹は今とても美しいです。ママチャリで走るのも快適です。



 昨日図書館で借りてきた本。このところ、こんなにのめりこんだ読書は久しぶりです。どれもこれもおもしろくって、忙しい・・・ア・ア・ア・・・イ・ソ・ガ・シ!!!


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 も・お・お・・・めっちゃ面白い!!!「ダンプ 山へ行く」高橋和之 今井通子氏の旦那さんです。奥さん今井通子氏は医学博士、旦那さん、高橋和之は21才で起業した…中卒というう傑物です。世間的な通念なんか、まるで関係ねえ!!!お二人の本能的な人物眼がすごいです。夫婦喧嘩も相当激しいらしい。まともにぶつかりあってるから当然でしょう。


 日本女子医科大学に勤務する今井通子は。山仲間の治療に医大入院の手続きをとります。当然、患者には何度も会います。そこへ訪ねてくる山男・・・大きなダンプ・・・が、彼女の帰りを待って家まで送り届けます。朝は、4時に起きて彼女の家に迎えに行き、大学病院へおくります。当時、彼女は、もうヨーロッパアルプスの二大北壁を登頂していて、マスコミの人気者です。二人は結婚を決意。両親は当然大反対!!!しかし、二人はそんなことにはまったく動じません。そして・・・・グランドジョラス北壁の頂上直下にて、山仲間に祝福され結婚。華麗なドレスもなし。指輪も、直前の雷に金属は危ないと谷底へ・・・・仲間が持ち上げてくれたカップ一杯のシャンペン!!!これぞ、至上の恋!!!

 ・・・・人生をもう一度やり直すとしたら、又、彼女と恋愛をし、結婚するだろう。それほど強烈で悔いのない恋だった。結婚25年たった今でも、その気持ちは変わらない・・・ですってさあ!!
 フ、フ、フ・・・彼女は、当時、今よりはるかに細くて可愛いかったんですってさあ!!!
そう言わせる女も勿論ステキですけど、手放しで、こうヌカす男ダンプも、魅力たっぷり。山男のにおいプンプン!!!この本の続編が「山は私の学校だった」今井通子です。

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2014年11月15日 (土)

二楽荘と大谷探検隊・・・龍谷ミュージアム

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 京都には、大谷大学と龍谷大学があり、どちらも本願寺の大学です。大谷探検隊というのは、大谷大学の先輩たちがやった冒険かと思っていましたが龍谷大学のほう。本願寺の組織があまりにも大きくなりすぎて、徳川家康が東西二つに分けたとか・・・・聞いたことがあります。東本願寺と西本願寺です。何年も京都に住みながら…ト・ホ・ホ・・・・知らなかった。

 大谷探検隊・・・大谷光瑞は、東本願寺22世法主。ヨーロッパ各国が盛んに仏教遺跡を発掘研究していることをロンドン滞在中に知り、1876年、仏教国日本として初めて国家的事業ともいえる、西域、インドへと冒険の旅に出た男・・・・と、その仲間たち冒険家の記録・・・主に文献で、彫刻とかはあまりありません。
 でも、当時の旅券(パスポート)には外務大臣小村寿太郎とサインがあったり、九条武子の写真があったり、興味深く見てきました。


 西域探検といえば・・・ヘディン、スタイン・・・・ももりの読み込んだ本があります。ももりの西域のイメージは「世界で一番苦しい旅」です。ももりがシルクロードの旅をしたのは、1982年・・・・これは、まだシルクロードがブームになっていないころです。

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 下は、敦煌から蘭州への飛行機の窓から、はるか向こうは天山山脈か???

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 下は、交河古城・・・レプラのように溶けた古い町・・・ここで竜巻にあったっけ

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 下は、ベゼクリク千仏洞。本物は盗掘や自然の年月でほとんど残っていない壁画が会場に再現されています。今はこんな僻地でも、シルクロード華やかなりし頃があったんやねえ。井上靖の「敦煌」の活写が思いだされます。

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 下は、ウルムチからトルファンへの移動・・・真っ赤な大地が延々・・・

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 津本陽「大谷光瑞の生涯」という本があるようですが・・・とりあえず・・・・あ・あ・あ・・・いそがしい!!!読みたい本がゴロゴロ・・・

 その後、東寺へ。こちらは秋の特別公開「胎蔵界曼荼羅」と「金剛界曼荼羅」・・・曼荼羅は・・・・ももりの頭にはむつかしすぎ。でも…江戸時代に4度目の再現したもので初公開だとか。
 ランチはパスタ・・・・はじめてのお店で、おいしかったのよお!!!

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2014年11月14日 (金)

頂上直下で撤退  今井通子無念!!!

 昨日からの続きです。魔頂、チョモランマ(エヴェレストの中国語読み)へのあくなき挑戦。何が彼女を駆り立てるのか???

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金策に走り回り、徹底的に資料を当たり、装備を整え、実行に移す。43才の彼女は若い登山隊員をまとめなす。不明朗な中国の態度、シェルパたちとの葛藤・・・必ずしも協力的ではない・・・すぐ金を無心・・・隊員たちの心は頂上へとはやります。
 山男たちはすべての精力を注いで頂上を目指します。荷物の滑落、テントは風に吹き飛ばされ、凍傷、酸素不足からくる体調不安。彼女は隊長であり、金庫番であり、その上、ベースキャンプですべてを把握し指示する、そして、彼女は医者です。命を守る・・・・これが一番の命題です。天候不順・・・頂上を目前に、すべての可能性を失って撤退を決意。しかし、頂上に立つだけが成功ではない。友情、一途な憶い・・・何より、遭難者を一人も出さず、傷だらけの隊を撤退。う・うう・・ん・・・山男って…イエイエ、山女も・・・すごい!!!


 今井通子さん  25才   マッターホルン北壁を女性二人で登攀
            27才   アイガー北壁登頂
            29才   グランドジョラス登頂
            33才  ヒマラヤへ  ネパールヒマラヤ縦走  この時は隊長
            41才~42才   チョモランマ(エヴェレスト)冬季登山隊長 8100メートルで撤退
            43才   冬季ヒマラヤ  8450メートルで撤退 これは北壁の冬期世界最高記録


 新田女郎氏の作品はどうも重い。山に楽しくうれしく、感動しながら登っていたももりとしては、山のぼりは基本的に喜びの連続。この楽しみを描かないのが・・・ももりにはしんどいのです。何もお天気が急変して遭難するってことばかりを書かなくてもねえ・・・
 

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2014年11月13日 (木)

エヴェレストに登った男

 今、魔頂「チョモランマ」今井通子・・・に、もお・お・お・・・ぞっこん


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エヴェレスト  世界一高い山  8847メートル
ヒマラヤ山脈、東西2500キロメートルの世界の屋根の東の方。北はチベット中国自治区、南はネパール。エヴェレストは、この山を発見したイギリス人、サー・ジョ―ジ・エヴェレストの名前を取ってつけられたといいます。この人はインド測量局の局長で、1849年、初めてこの山の高さを測量しました。ネパールでの呼び名は「チョモランマ」世界の母なる女神という意味ですって。

 私の書道教室にしばらく見えた男性がいました。ある日、粗末な紙のカレンダ-をくれました。
「あれれ???これは???どこの国のもの???」とききますと
「ネパールです。エヴェレストに登ってきました。お土産です」ってというじゃありませんか。
背の高い、細身の男前でした。日に焼けて、そういえば、まさに山男!!!「山岳会に報告書を書くのが大仕事です」って言ってましたが、間もなく教室へは見えなくなりました。寡黙な方でしたが・・・その時いただいたカレンダーをさがしましたら・・・ちゃあんと本棚にありました。うれしい!!!写真は下


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 下は、アンナプルナ峰・・聞いたことがあります。

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 下は、エヴェレスト。こんなすごい山に冬季の登攀しようと、わが敬愛する今井通子氏は隊長として、若い隊員を引き連れて日本を発ちます。

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 荷運びをするヤクがいます。その下はカンチエンジュンガ・・・この峰も名前を聞いたことがあります。


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 エヴェレストに本格的に登ろうとしたのは、まずは、イギリス。1921年。ダライ・ラマがイギリス登山隊に登頂を許可したことに始まります。一回目…2回目・・・8回目の遠征隊がイギリス地理院によって試みられますがすべて、撤退。吹きすさぶ風、雪、霰・氷壁、雪崩・・・スイス隊が2回・・・撤退・・・1953年、ヒラリーとシエルパのテムチンが頂上に立ちます。ももりの本棚に、下の本がありました。


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 インドからはるばるチベット高原を踏破して北側から、ヒマラヤを仰ぎ見た人々、そして頂上に登ろうとして何人もの命が失われました。そして、わが尊崇の今井通子氏は1958年~59年、1960年とエヴェレスト(チョモイランマ)に挑みます。続きは明日。

 

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2014年11月11日 (火)

京都水彩展  今日から 京都市立美術館

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 昨日は、半日展覧会の準備。この展覧会のために描いた絵、ゾッとして出品は止めました。正しく「病んでる」絵です。仕方なく古い絵に絵具をぬたくって・・・と・ほ・ほ・・・・ここにアップする気にもなれません。

 今日から「京都水彩展」ももり以外の方々は素晴らしい力作揃いです。ぜひぜひ・・・下は没にした絵。ゾッ・・・

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 同時に、「森の小枝」にては、お仲間の二人展…彼女たちは元気一杯です。ぜひぜひ


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2014年11月 8日 (土)

図書館と植物園

 昨日・・・少し肌寒いけど、いいお天気。これはどこかへ出かけたい!!!でも…遠出にはちょっと朝が遅い。ということで図書館へ。そこで予約した本を借りて少し一服。お昼を食べて・・・そぉれぇがぁ・・・702円で日替わりランチ。小さなトンカツと赤だし、キノコと鶏の煮物もついて…おまけに小さなおはぎ。その上、前食べた時にもらった飲み物のフリー券で、おはぎにはコーヒー・・・うれしいなあ!!!このお値段でおいしい!!!ももりには十分!!!

 借りてきた本を、今、読んでいます。も・お・お・・・・サイコー!!!おもしろい!!!今井通子さんの「マッターホルンの空中トイレ」

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 彼女は医学博士、専門は泌尿器科。両親、双子の妹はみんな眼科医です。食卓での会話で・・・泌尿器科関係の話題はどうして食事中にはいけないの???上半身が上品で、下半身は下品で汚いって大変な偏見じゃないの、っていうところから書き起こして、高い山でのトイレ事情、特に女性ゆえの苦労の種あかし。岩場でビバークの時だって、男ばっかりの平原での隠れ場所のない場所だって、当然、キジ打ちや・・・・コキジ…お花摘み・・・山仲間の隠語です、オオキジ、コキジ・・・わかるでしょう???実に面白い。

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 お昼を食べて、ママチャリで植物園へ。これが・・・結構キツイ。京都って案外坂なんです。東寺の五重の塔のてっぺんが洛北高木町の高さと同じ・・・ゆっくりずーっと登りなんですよお。でも、今回は図書館で一服してるから大丈夫。


 植物園は60才以上はタダ。うれしいなあ!!!日蔭のベンチで寝転んで早速借りた本を読みます。しばらくして肌寒くなってきたので、日当たりのベンチへ移動。あまり人がいない植物園は、ももり大好きの穴場です。

 帰りのママチャリはウソ見たいにラクチン。無事帰宅・・・ええ一日やったなあ!!!

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2014年11月 6日 (木)

冬山・・・幻影

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新田次郎の作品を今、夢中になって読んでいます。ももりにはフッルーイ思い出。でも、思いでの中で見る夢はウットーリ、ロマンチック・・・

 ももりは運動神経至ってニッブーイ。腹筋、腕力特にダメ…ということで岩登りには手を出さなかった・・・・イエイエ…出せなかった。ももりの山登りはきれいな美しい季節のみ・・・それでも嵐にあったり・・・霧にまかれたり…道に迷ったことも何度もありますよ。

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 今となっては、昔を懐かしむばかり・・・・クシュン!!

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2014年11月 5日 (水)

新田次郎の女たち

 最近、はマリまくっています。新田次郎氏と今井通子氏


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 新田次郎の作品を読み進めていますが、今一つふに落ちない点があります。それは・・・彼の作品に登場する女性たちがえらく冷たく扱われていることが多い、ということです。
 上の「小説に書けなかった自伝」には、彼の奥さん、藤原ていが登場します。終戦時、満州にとりのこされて・・・夫、新田次郎は軍人ではなく気象観測の公務員でしたが、ロシアの捕虜として拘束されました・・・母一人、幼子を3人連れて、歩いて38度線を通過、一年かけて帰国したという猛女です。彼女の体験は、「流れる星は生きている」という小説となり、ベストセラーになり、当時困窮していた家計をうるおします。しかし・・・行間にちらりと見える奥さんは、容赦ない彼の小説の評論家です。やわらかい女性という感じがゼロ・・・だぁかぁらぁ???新田次郎は女のやさしさを知らない???のでは・・・なあんて・・・ね。


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 ももりの経験では・・・大学3回生くらいになったら、一回生くらいの男の子なんてチャライ!!!荷物だってももりの方がはるかに重いのに、キャンプサイトについたらドッテーンとひっくり返って動きもしない。しかたがないから黙々とテントを設営し、炊事をし、後片づけもする・・・マ・ア・ア・・・ガマン、カンニン!!!この根性が結婚生活を耐えさせたか???男ばっかりが強いのでは決してないよっーーー!!!

 でも・・・「流れる星は生きている」・・・また図書館でさがしましょう


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2014年11月 2日 (日)

あ・あ・あ・・…・スイス!!!

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 今、今井通子さんに憧れて本を読んでいます。先日来、新田次郎「銀嶺の人」上下巻を夢中になって読みましたが、モデルご本人、今井通子氏が書かれた「私の北壁」上下巻と読みくらべますと、ずいぶん印象は違います。新田次郎氏の作品は悲壮感が前面に出て、息苦しいような読後感ですが、彼女の北壁登攀はユーモアが前面に出ていて、かえって極限状態のすごさを思わせます。雪崩、落石、けが、あまりにも過重な荷物、目まぐるしく変わる天候・・・仲間とザイルを組んで、一蓮托生、真下は1000メートルを超す絶壁に宙ぶらりん。ちょっとした岩陰でのビバーク、明け方に襲ってくる寒さ・・その中で仲間は結束します。思いやり・・・ユーモア、あるいは怒らせてバカ力を出させる・・・仲間同士の人間力が素晴らしい!!!


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 彼女の若いころ・・・かわいかったのでしょうねえ。小さなくらい写真ですけど・・・男たちにまじっての岩のぼりには随所に山男どものいたわりがみられます。本当に男らしい男ってのは・・・強くてやさしい山男なんやなあ!!!
 

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 スケッチは本によく登場するクライネシャイデックとアイガーの岩の中をくりぬいてできた駅、「アイスメーヤー」・・・・どちらもよく出てきます。

 下は新田次郎史の本たち・・・・今、読んでいます。


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 まだまだ、図書館にありそうな今井通子氏の本・・・また、探してきましょう。

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