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2014年8月30日 (土)

「病人にみえない」

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 人様から「病人に見えない」って言われて、イバっています。

 昨日も歯医者さんへ。もう30年近くもお世話になっている先生は80才。今年初めにはモロッコへ行かれたりしてとてもお元気です。「どや・・・・調子は???」「まだ生きてます」って会話から始まります。


 「又、旅行せんなんさかいな」
「今、ここが・・・しみるんですけど・・・・抗がん剤治療中やから、もう、そっとしといてほしいです。命がある間だけしか歯はいらんのですもん」なあんてヌケヌケと憎まれ口をききます。


 看護師の先生方もおっしゃいます。「病人にはみえませんよ」
そう・・・・みすぼらしく見られたくないから。


 
「ちょっとほっそりしましたね」
それが・あ・・あ・・・体重はとても正直。食欲が戻るととたんに増え始めます。この際、あわよくば、ちょっと減量状態で、病気だけなおしたいと、もくろんでいるのですけど。


 それにしても・・・・手術前後、腕には一面のちりめんじわ。ぞっとずる老人の腕でした。今は・・もう・・・ぷくっとふくらんでいます。まっ・・・ええっか???デブはデブのままを楽しむとするか・・・・???

 写真は相棒のお土産。アジのいしる漬けとタラの干物。朝、さっそく試食。とてもおいしい!!!太ったって・・・もう、この際・・・へ・い・き・・・

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2014年8月28日 (木)

出品します。  「生きる」

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 出品します。タイトルは「生きる」
別に今の病気で付けたタイトルではなく、もう何年か、ずーっとこのタイトルです。不毛の大地にさまよう人間、「生きるということはすざまじいもの」というのがももりの旅の記憶です。こんな人々に比べたらももりの癌なんか・・・甘っちょろい!!!甘っちょろす・ぎ・る・・・


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 今日は朝から雨。お散歩はやめて久しぶりに朝食、オムレツとおみそ汁をつくりました。病気以来相棒の自立のため???は・は・は・・・作らなかったのです。今朝は相棒はお城めぐりツアーです。
「お小遣いあげよか」
「おっ くれくれ」ってたった5000円受け取って、機嫌よく出かけました。今晩は帰らない・・・ヒ・ヒ・ヒ 


 やっぱりふっくらとしあわせ。自分が旅行に行かないものですから、家計はずいぶんと楽です。
 今日は自分の教室です。少しでも自分に収入があるって本当にうれしいことです。それに・・・・生徒さんが来てくれると急に元気になるのです。それがないと、気分で完全病人になってしまって、癌治療は終わっても足腰立たず寝たきり・・・なんて・・・いやですよ。


 「さ・あ・あ・・・鬼のいぬ間に」相棒の部屋もおそうじをしましょう

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2014年8月27日 (水)

「飛鳥の光臨」  高田崇史   

  マタマタ、面白い???変な???本に出合いました。
「飛鳥の光臨」  高田崇史 講談社文庫  です。最近、こういう本が受けるのですかねえ。真面目な文学少女から文学ばあさんになったももりですが、おもしろいけど・・・・なんか・・・おちょくられてる???・・・感じ。

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 ストーリーの展開が荒唐無稽、矛盾だらけで説得力がない。けれども、随所に盛られている資料がおもしろい。 物語は、古い神社に残された聖徳太子の真実を語る秘書・・・世に出ると大変なことになる…らしいほどの本の盗難事件に絡んで展開します。


 蘇我氏といえば、つい先日、蘇我稲目の墓ではないかという遺跡が飛鳥にて発掘公開されたばかり。発掘現場のルポは、ブロ友の「あきみず」様が非常に丁寧に紹介してくださっていますから「お気に入り」からどうぞ
 ももりも、ここ何年か、飛鳥へよく行っています。
 飛鳥石舞台は蘇我馬子の墓、甘樫の丘は蘇我氏一族の城塞あと、入鹿の首塚が飛鳥寺に、そして飛鳥板葺の宮跡もすぐ近い・・・・この飛鳥の真の支配者は誰だったのか????天皇家の系列はいつ、だれによって作り上げられたか



 作家は言います。蘇我一族・・・「馬子」「蝦夷」「入鹿」・・・「赤兄(あかえ)」という名前もあったなあ・・・・
ちょっとおかしい名前です。。蝦夷は奥州の人たちへの蔑称、入鹿は勇魚(いさな)に比べて弱々しい魚というイメージ・・・・ふーーん、ももりも変な名前だとずーっと思ってました。



  蘇我入鹿が飛鳥板葺宮で、中大兄王と中臣鎌足によって首を討たれ、蘇我氏は屋敷を焼き払って自刃。「大化改新」です。蘇我氏を滅ぼした天皇家の先祖、中大兄王と中臣鎌足の皇位を正当化するために「古事記」「日本書紀」は書かれた・・・これは昨今はやりの論旨のようです。
 

 さ・あ・あ・・・弟が「これ読んでみて」っておいていった本も3冊。梅原猛の本はずらりとももりの本箱にありますし、もう一度引っ張り出して読みましょう。
 抗がん剤治療のおかげで本がよくよめます。出かける気力はイマイチなので・・・

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2014年8月24日 (日)

命長ければ辱多し 長くとも四十に足らぬほどにて死なむこそ

・・・・・命長ければ辱多し 長くとも四十に足らぬほどにて死なむこそ目やすかるべけれ・・・どうですか。「徒然草」ご存じ吉田兼好さん。

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 ・・・・40才そこそこで死ぬのが無難というべきだ。それ以上生きたら、容貌の衰えを恥じる気持ちがなくなり、平気で人前に出ていこうとする。夕方の太陽が沈みつつあるような自らの程をもわきまえず、子孫の繁栄を望んだり、更には、もっと生きようと欲が深くなって世俗の欲望にとりつかれる。感動も味わいもあったもんではない・・・ピッシャリっと、よう言ってくれますよねえ。


 う・う・・・・ん・・・
ある方のブログに、痴呆になった親の介護のすざまじさが書かれていました。ももり自身は癌家系で痴呆の介護は姑だけです。マ・ア・ア・・当時、痴呆という言葉はなかったのですが・・・理性というものがない、人間の尊厳を守るというプライドを忘れ去る・・・これはももりは嫌ですねえ。だからこそ、長生きはしたくないと言ってるのだと思います。


 兼好法師自身は70才あまり生きた・・・そうですから・・・は・は・は・・・言ってくれるよねえ。

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2014年8月22日 (金)

終戦のエンペラー 岡本嗣郎  集英社文庫

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 友人が「面白い!!!」ってすすめてくれた「終戦のエンペラー」 岡本嗣郎  集英社文庫・・・堅い内容ですが、とても面白く読みました。
 天皇を戦犯として裁くべきか???天皇に戦争責任はあるか???マッカーサー司令部にいた一人の親日派参謀、ボナー・フェラーズ。そして彼が親しく意見を聞いた女性、河合道。


 天皇は真珠湾奇襲攻撃を知っていたか???御前会議において、奇襲の実行時は知らされた上で裁可されたのか??? 奇襲であるゆえに天皇は知らなかったか???開戦の宣言との時差が天皇の戦争責任の有無のキーです。

 
 日本は徹底的に敗北し、アメリカ軍が横浜に進駐して戦後処理がはじまります。いよいよ極東軍事裁判が始まるという直前まで、天皇を戦犯という罪人に貶めるか???天皇は軍に利用されただけといえるか???連合軍内部でも意見は分かれています。
 天皇の名誉を救うために奔走した二人の人物。アメリカ人、ボナー・フェラーズと日本人、河合道。 二人ともクリスチャンです。日本人、河合の天皇を尊崇する気持ちは強く、ももりが以前から疑問に思っていた、キリスト教の神と現人神である天皇と、どのように矛盾なく同居できるのか???という思いにも納得できる答えがつまっていました。


 妃殿下も確かクリスチャンでらした???キリスト教と神道は矛盾しないのか???矛盾しないのです。新渡戸稲造やラフカディオ・ハーンを読みこなしたアメリカ人、フェラーズと、新渡戸の薫陶を受けた河合が、天皇を戦争犯罪人として、軍事裁判のまないたにのせることを避けるために奔走した・・・・

  天皇の終戦宣言を聞くや、粛々と武装解除した軍部…不思議な従順・・・を見て、天皇を処刑するのは戦後処理に得策ではないと判断した進駐軍は、ついに天皇を起訴しませんでした。
 フェラーズが報告した日本人の特性の一つに、気になる一節があります。
・・・・逆境に陥ると日本人は最悪の国民性を表す・・・・日本兵の心理12項目の8番目です。
う・う・・・・ん・・・集団ヒステリーを起こす???危険性は今もありそうです。


 一代の女傑、河合道の生涯を柱に、フェラーズ、新渡戸稲造、ラフカディオ・ハーン、皇太子の家庭教師バイニング婦人、吉田茂・・・そうそうたる人物が登場します。


 そういえば・・・「終戦のエンペラー」って映画を見ました。2013年8月21日ブログにアップしています。この本が原作だったのでしょうか????

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2014年8月21日 (木)

大災害  お見舞いもうしあげます

 大変な災害です。お見舞いもうしあげます。
自然・・・最近、日本いじめしてるみたいです。

 でも、映像を見て思ったのですが、「どうしてあんなところに家を建てるの???誰が許可したの」
行政の責任があると感じます。しろうとももりが無責任なことはいえないけれど、あんなところに住宅を建てることを許可したのは誰???
 不動産業者や土建屋の地方議員じゃない???

 地方議員は土建屋や不動産業者が多いと感じます。選ぶ方にも問題が???う・う・う・・・限られた国土、私利でもてあそばれてはたまりません。/strong>

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2014年8月19日 (火)

喜んでいいのか???

 昨日、覚悟を決めて病院へ

 先生がおっしゃるには「肝臓の数値がよくないから、「今回、点滴はやめましょう。飲み薬は今までとおり飲んでください」ですって。
「うれしい!!!」って喜んだのですけど、これって、喜んでいいのか???副作用で肝臓が悪いってことでしょう???ま・あ・あ・・・・ええっか???センセがついててくれるんやから。

 でもとりあえず、冷たいものが食べられるのは、何よりうれしいです。
さ・あ・あ・・・この期間中に、素麺やレーメンやそば、冷やしうどん、冷製パスタ・・・じゃんじゃんいくぞおぉぉ
 それにぃぃぃ・・アイスクリームや、ジュース、果物・・・夏!!!冷たくてうれしいものっていっぱいあるんですねえ。

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2014年8月18日 (月)

ステキ!!!ダイゴさんのファッション

 毎朝、見逃せないのが醍醐さんのファッション。ステキですねえ。エレガントで品があって・・・イギリス風かなあ???こんなファッションが復活してほしいなあ。

 今朝は快適な目覚め。5時45分に家を出て自転車で15分。梅小路公園の森を歩いていますと、おやおや・・・ラジオに合わせて20人くらいが体操をしています。ももりも参加。今まで少し来るのが遅かった。6時からですって。さ・あ・あ・・・これから毎日といきたいところですが・・・

 今日は又、点滴です。点滴の後は何日か死んでいます。こんな快適な朝もあるのに・・・・ね。下は釣りキチの「男のおお・・釣魚料理であります!!!」チヌとグレの煮つけ、下はせいごとたかべのおつくり。たかべって高級魚なんですって。


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 釣りキチのお盆休みも終わりました。四国は室戸まで行って釣ってきたお魚・・・もちろんおいしかったですよお。

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2014年8月17日 (日)

プチお出かけ  勝竜寺城跡

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 次男が勝竜寺城跡へ連れていってくれました。ずうっと行きたかったところです。城は新しく再現されたものですが、いい感じです。
 おしいことした!!!スケッチブックを持ってない!!!

 長岡天神・・・京都市の南西にあるここは、かの有名な大山崎の合戦のとき、中国大返しをやりとげた秀吉と、明智光秀が対陣したところです。そして、この勝竜寺城が明智軍の本陣で、先日行った大山崎山荘の山道を登ったところに秀吉の本陣がありました。
 桂川、木津側、宇治川、小畑川が合流して淀川になる地点。長岡天神駅よりも70メートルも低い土地だといいます。このぬかるんだ平地に、両軍が泥んこになって、ときの声をあげて戦った…イメージがふつふつ・・・・うれしい感動でした。


 秀吉側が南に、光秀は北に、両軍はにらみ合います。光秀軍の中には「並河軍」の文字もみえます。並河は姑の出所で天領です。
 「ほら、この並河ってあの亀岡の並河やでえ」歴戦のつわものの秀吉軍に対し、明智軍は丹波の百姓の寄せ集め兵で、戦はあっけなく終わったということです。

 薬が切れた今は元気ですが、明日は3回目の点滴。天敵???

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2014年8月16日 (土)

白蓮れんれん 林真理子  読みました。

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 面白く読みました。1998年に初版が出ていますから、「花子とアン」で白蓮が話題になって、改めて再版ということです。作家は未発表であった柳原白蓮の書簡700余編をもとに、その生涯を描いています。



 TVとは全く違った白蓮や竜介(TVでは竜一)の顔が見えてきます。37才にして夫の元からから9才年下の宮崎竜介のもとへ出奔。当時「姦通罪」があって、不倫は牢屋につながれる・・・妻からの離婚は罪。10月9日に家を出て、10月20日には絶縁状を新聞に公開。竜介の友人たちの周到な計算のもとに公開されたようです。24日には傳右衛門(TVでは伝助)が反論。それはそれはにぎやかなことだったでしょう。

 宮崎家に保護された白蓮は、いやおうなく柳原家に連れもどされる。監禁状態の中、長男を生みます。37才。当時としては高齢出産です。おっぱいはタップリ出て元気に育つ男の子の名前は香織。3年後には長女蕗苳(ふき)が生まれます。


 この長女、宮崎蕗苳や、伝助の孫、伊藤伝之祐や更に周辺の人たちに取材して書かれたのが、この本です。蕗苳の手元にあって、それまで門外不出にされていた700通の手紙・・・・すべて残されていたというのも凄いです。

 竜介の父が宮崎滔天。宮崎滔天といえば中国史をかじったものなら知らぬものはない傑物です。辛亥革命・・・清朝をたおし、中華民国を建国した孫文が日本に逃れていた時期があります。清朝政府の弾圧から逃れ追いつめられていた孫文を援助したのが宮崎滔天。その妻,槌子もじつに鷹揚な人間だったようです。TVでは古臭いむつかいしい姑にされていますが。身一つで、婚家を出た白蓮を懐に温かくむかえた・・・となっています。危険人物をかくまうなんて・・・・姑も興味ある傑物にちがいありません。

 元気な男の子、香織をえて、白蓮は強くなります。母は強し。その内に亀岡の大本教に保護され、そこで竜介と再会。しかし、竜介は結核。


 実際、竜介はその後長く結核をわずらい、家計の苦労は白蓮の文学にかかっていたようです。

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 亀岡の大本教と言えば、明智光秀の居城あと。去年、お友達と散策しました。あそこに白蓮がいたんですねえ。記事は「ゆく秋 亀岡歴史探訪」2013年12月5日。上は亀山城址
   

 香織は第2次世界大戦に学徒出陣。終戦の4日前に戦死。しばらく立ち上がれなかった白蓮ですが、やがて「国際慈母の会」を結成し平和運動に残りの半生をささげます。白蓮の老後は幸せでした。心臓を患った老妻に、いとおし気に語りかけ、自室に寝かせ、下の世話も75才の夫がしたということです。

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2014年8月15日 (金)

あゆむちゃんの死

 悲しいTVでした。「アンのゆりかご」では、もっと長く立ち直れなかったように描かれています。
今日は終戦記念日。多くの若者が、死にました。


 知れば知るほど、読めば読むほど、先の大戦はひどい戦争でした。純情一途に国を思う若者の命を無駄な消耗品にしてしまった責任・・・戦争指導者を日本人自身がもっともっと糾弾すべきでした。


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 上の写真は、朝、お散歩に行く「ロームの森」。京都の優良企業、ロームが私有地に通した並木道です。丁寧にお世話がなされていて、蝉の声を聴きながら歩きます。森が大好き。大木が大好き。花畑もいいけど、やっぱり森やなあ。森は命そのものです。
 先のブログで「なんで生きたがってんのやろ」と書きましたが、いろいろありがたいコメントいただきありがとうございました。ももりの命・・・もう73年も思いっきり生きた命です。でも…まだ生きようとしています。


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 家族のためにも、そして「センセに生きててもらわなあかん。センセ、はよ病気なおして元気になってや」って言ってくれる可愛い生徒さんたちのためにもね。

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2014年8月13日 (水)

人はなぜ生きる???

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あゆむちゃん・・・死んでしまいました。写真は京都、下京の梅小路公園の森


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ももりの早朝のお散歩。ぼぉんやり考えます。


 「自然の寿命が来たらいつ死んでもええよ」って言っていたももり。ま・あ・あ・・できるだけ痛くはないようにはしてほしいけど・・・それが、今、手術をしてもらって、更に抗がん剤治療。より長く生きようとしています


 なぜ、生きようとしてるんやろ???もし、もう少し前の時代で、医学のおかげが無かったら???ももりは多分、あと1年か2年で死ぬ・・・でしょう。大きなこぶし大の腫瘍が腸をふさいでしまった時・・・腸閉塞ですよね。73才・・・・これがももりの生来の寿命です。今から先は余生ですかね。


 今、抗がん剤治療をしてもらってる。延命治療です。
なんで、生きようとしてるんやろ???そんなに生に執着してるんやろか。


  今回は、半分以上はなりゆき、お医者様がおっしゃるように治療が進んでいます。
でも、なぜ生きたがるの???みじめに生に執着するのは見苦しいとか言ってたはず・・・


 でも・お・お・・・お嫁さんもいない気弱な釣りキチのそばに黙って寄り添って息していたい。しょぼくれてしまった相棒の世話をしてから死にたい。家だってゴミ屋敷にはしたくない。


 残念ながら、あれほど、「描き続ける」と思ってた絵も、ふつふつと沸くものがない。


 「人はなぜ生きる」???案外、何気ない日常生活への愛情ですかねえ。およそ哲学的でない、平凡な幸せ・・・のようです。

 それにしても、若い命の死はつらい。花子さん・・・

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2014年8月12日 (火)

いたずら

ア・ア・ア・・・・あゆむ君・・・・やってしまいました。今朝の「花子とアン」、たいせつな辞書に落書き


 下は、ももりが頑張って修行していた時代。息子3才???4才???くらい。あ・あ・あ・・・・やられちゃった。当時、ももりは一心に古筆の臨書…平安時代の古今集をそっくりに書く書道の修行のひとつ・・・息子たちが寝静まって、夜中にずーっと、明け方まで書いたりしていました。あら・あら・・・・いたずらっ子、長男が・・・・。は・は・は・・・そりゃあ、書いてみたいよねえ。

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 下は、たまたま字はないページですが、なき父の遺品にかきそえた幼い息子の芸術???あまり怒った記憶はありません。だって、自分も落書きをした覚えがあったんですから。

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 そう・・・5才くらいか???まだ字は読めなかったのですが、田舎の実家の板戸に、母のるすにクレヨンで落書き・・・・「これ、誰が書いた????」自分が書いたとは、ついに白状しませんでした。


 やまのこども からこう
 そのかちて  とぶやふに  なりました
 ・・・・・ しまた かちらす(原文のまま)
もう少し続きがあったような気がしますけど・・・これって、知的好奇心の健全な発露です。おこることでもないでしょう。板戸は今も現役です。

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2014年8月 9日 (土)

待ちこがれていた子供が、今、ここに

  「アンのゆりかご」を読んでしまって、これからしばらくTVを見るのがつらい。でも、見ますけど・・・


 昭和16年に生まれて、4才で終戦のももり・・・・ももりの子供時代にぴったり照準を当てるかのような時代背景が、克明に描かれていて、自分のこととして受け止めます。貧しい中でも子供たちに夢をという思い・・・花子さんたちのあふれる愛情のおかげで出版された本の数々を、子供のももりたちは、どれほど待ち焦がれたことでしょう。今でも、目に鮮やかに浮かびます。

 昭和21年 「ぎんのすず」発刊   幼稚園でもらいました。初めて見たきれいなきれいな絵本。くろさきよしすけさんが描いたさし絵でした。なんて素晴らしい!!!生まれて初めて感動した絵・・・紅葉した秋の木々・・・森・・・・物語はもう記憶にないのですが、絵は今でも目に浮かびます。

 昭和22年、画家の中原淳一が出版した「ひまわり」と「それいゆ」
「ひまわり」夢中でした。友人のお姉さんの「それいゆ」を見たときのときめき・・・恋とかは未だ知らない子供でしたけど、すごくドキドキ胸がときめきました。



 「少女の友」・・・・当時、夢中だった雑誌が発売される日、父の帰宅がいつもより遅かったことがありました。本屋さんにはもう、今月号が並んでる。でも、父のお許しがないと本は手に入らない。お金は持たず、つけで買う家でしたから。父が帰宅。本を買っても良いと言われて、真っ暗な夜道を一人、本屋へ走りました。
そう・・・そんなに待ち焦がれている少女たちが一杯いたことを花子さんに知ってもらいたいです。
 あの、勇気・・・やもたてもたまらず、本屋へ・・・サ・ア・ア…15分くらい???


 娘時代、アルプスを一人で歩き回ったり、40代でニューヨークで個展をしたり、マドリッドでも大きな絵を抱えて一人乗りこんだり・・・そのときの勇猛果敢???の原点はあの真っ暗な夜道です。
あの時が、一生で一番怖かった!!!

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2014年8月 8日 (金)

ラブレター

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 面白い!!!とても面白い!!!「アンのゆりかご」村岡花子の生涯 村岡理恵著 新潮文庫です。


 TVとは大きく違っています。原作では、しっかりした時代背景が把握できる中、ももりの聞きなれた女流作家とか文学者や経済人、周辺人物が多く動き回ります。


 ホンの一部ですが・・・・花子と夫敬三が交わしたラブレターをここに紹介しても、著作権違反にはならないでしょう。


 花子39才、敬三45才。結婚して13年後の夫からのラブレターです。

 かわいい花子を抱寝する夜も日一日と近くなる。腕はいっぱい抱きたく、唇は堅いキス・・・あとは文にするのを憚る・・・・
 かわいい花子よ。元気でスバラーシィー
元気で帰ってきてくれ。可愛い花子なしでは仕事の張合もなく気も荒くなる。
可愛い花子よ

    花子どの     5月四日



 どうですか・・・・ももりの世代、ラブレターはせっせと書きましたね。ももりも相当率直な激しいラブレターを書いたほうです。もらいもしました。くれた相手が相棒ではないものですから、実家に残してきました。大きなカルピスの箱に一杯。もう、両親も兄もいなくなって、あのラブレターはどこへ????

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2014年8月 5日 (火)

本は人を夢見心地にしてくれる

 「アンと花子」伝介はたった今、言ってました。「本ちゅうもんは人を夢見心地にしてくれるもんたい」


 本が無かったら・・・ももりは耐えられません。今、読んでいますのが「村上水軍の娘」という本。これが・あ・あ・・・・読みつらい。まだ3/4くらい。最後まで読もうと思ってはいますが、なかなか・・・・・付き合いかねる・・・



 さ・あ・・あ・・・・塩野七生さんの「ローマ帝国崩壊後」とかなんとか言う本を探してきましょう。もう出版されている頃でしょう。

 体調は、今、リアルに毒が抜ける局面に入りました。まずは、味覚が戻ってきます。今まで、味覚が狂うという経験はありませんでした。飲み込んだ時のなんともいえない異物感。味が異常で慌てて飲みくだします。もう、食べるのが嫌!!!という感じ。それが・・・・抗がん剤点滴の5日目くらいからおいしくなります。そうすると食欲はもどります。何を食べてもおいしい!!!冷たいものは厳禁です。

 今日は、もうだいぶ元気。さ・あ・あ・・・本屋へ行ってみましょうか。
ローマ帝国が崩壊って???西ローマ帝国は476(死なむ)東ローマ帝国なら1453(一夜開ければゴミになり)なんです。その後は???あ・あ・あ・・・・読みたい!!!夢の世界にさまよいたい

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2014年8月 2日 (土)

濡れぞうきん

 自分の今…濡れ雑巾・・・・ぶざまでひどいありさまです。2階に寝ていたのを1階に降りてきて、昼中、木の床にゴロゴロ…ひんやりと冷たい木の床が、背中に気持ちがいいんです。1日中ゴロゴロ・・・まるで濡れた雑巾。床そうじ・・・なんとも・・・値打ちない。


 火曜日点滴。今、まさしく静かに体中に毒が回っています。無力感。食欲なし。痛くもかゆくもありません・・・でも、ムーッとしてつわりみたい。

 本を読む気にもならずTVを眺めていますと・・・なんとも、何とも異様な事件やドラマばかり。刑事ものが多いのか、血のついたナイフとか傷から血が・・・いや!!!「刑事コロンボ」なんか、こんなイヤラシイ場面は全然ないのにおもしろいのになあ

 でも・・・も2~3日すれば、毒が抜ける局面に入るでしょう。そしたら気力も回復するでしょう。体重もネ

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