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2013年11月30日 (土)

ゆく秋  岩村城址

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 美濃の岩村城址・・・三大山城跡の一つだそうです。他の2つの城跡とは、 備中松山城址、大和の高取城址だそうで、相棒の趣味に付き合っているうちに全部行ったことになりました。


甲斐の武田信玄・・・美濃の織田・・そんな勢力がぶつかった交通の要所にあったお城だったそうです。「女城主」というお酒を買いました。

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「女城主」には悲しい物語があるといいます。


 世は戦国、武田の猛将、秋山信友が岩村城を攻めてきました。激戦の末、城主は戦死。残されたのは、妻、修理婦人・・・この方は織田信長の叔母・・・と、信長から養子にもらい受けていた信長の5男御坊丸。未亡人は果敢に籠城します。しかし、食糧尽きて、部下や住民の命を守るため、攻め手の将、秋山信友と結婚します。幼い御坊丸は武田へ人質に送られました。
 信長は激怒、しかし、当時、まだ武田の方が力が強く、ならぬ堪忍を強いられました。やがて・・・信長が力を付け、岩村城を攻め落としますと、城はおち、城主信友、奥方、修理婦人をも逆さ磔にしたといいます。


 お酒のお味は???それは・・・もお・・・

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コメント

kazuyoo様  全く・・・人間のすることのエネルギーの壮大さには驚かされます。でも・・・兵どもの夢のあと・・・あまり現代風に整えない方がすきですねえ。

nyar-nyar様  用の東西を問わず人間のやることの残酷さには本当に驚きです。相手を恨んでなんてのは肉食動物にもないようですものねえ。

あきみず様  どうやら相棒と高槻に出かけることになりそうです。あの周辺には古墳がいっぱいあるんでしょう???

玉井人ひろた様   へ・え・え・・・ホントかいな???婦人病ですって???でも、ローマ法王にも実は女だった、馬上で出産したというものあると・・・確か塩野七生さんの本で読みましたから・・・

投稿: 山口ももり | 2013年12月 6日 (金) 09時03分

歴史家によると上杉謙信も「女城主」だった可能性が非常に高いと言われます。

記録は上杉家によって秘密にしたようですが、戦中に毎月一回病のため休戦していたこと、亡くなった病名が婦人病だったこと、城下の町民の上杉謙信を称える歌の内容が「男勝りのマントラ様よ」となっていることなどの事実が証しだそうです。

投稿: 玉井人ひろた | 2013年12月 5日 (木) 20時03分

岩村城は 司馬遼太郎、新田次郎 の著書に
登場してきます 本では読んだことが有るのですが
実際どんな所か、知らなかったので いっぺんに
もやっとしたものが、取れたみたいです。
城跡めぐりも 次の目標になりそうですね。

投稿: あきみず | 2013年12月 1日 (日) 09時20分

女城主・・・
逆さ磔・・・怖いですね~
それだけ力のあった方なのでしょうが!
戦国時代?は敵将の嫁に行くなんてこと、数多くあったのでしょうね

投稿: nyar-nyar | 2013年11月30日 (土) 17時10分

美濃の岩村城址ですか。石の多さを思います。女城主の修理婦人が家と家臣を守ったのでしょうl。非情でないと戦国では生き残れないとしても、信長という人はです。

投稿: kazuyoo60 | 2013年11月30日 (土) 10時21分

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