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2013年6月14日 (金)

ももり18才のテオドラ君

 なんとか、ホームページにも、この旅を時系列でアップしました。まだ書けていない部分もありますが、ぜひぜひ・・・ゼヒゼヒ。左、お気に入りの「山口ももりのホームページ」 からどうぞ。今回 この旅を選んだのは、ここ、ラヴェンナが旅程に入っていたからです。そして、その期待は思った以上で感動しまくりでした。


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 ももり18才、受験勉強にうーんざりして、もう、大学の授業なんてかんにんしてえな、という一回生の新学期、西洋美術史の時間が河本敦夫博士の、ラヴェンナ。もう一学期間、ずーっとラヴェンナ???だったような???   


 ラヴェンナのサン・ヴィターレ教会・・・何度も何度も聞いた言葉です。授業はスライドで、当時、そんなに貴重な物だとも思わずに・・・先生、ごめんなさい・・・

 その中のテオドラ皇后


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 テオドラ皇后によく似た建築科の男の子がいて、「テオドラ」とあだ名をつけてよんでいました。かっこいい子やったんよ・お・お・・・

 その後、シチリア島やギリシャで、ビザンチン芸術、モザイク画に触れるに至り、これはこれは・・・!!!ガラスや鉱物、特にガラスの間に金を挟んだ金ピカのモザイク画の美しさは例えようもありません。日本にはやってくることが決してない、建物にはめ込まれて動けないモザイク画・・・これは此方から出かけるより他にありません

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 476年(死なむ、と憶えます)に傭兵隊長オドアケルの脅されて西ローマ帝国は消えました。しかし、コンスタンチノープル(ビザンチウム)には東ローマ帝国が残っています。東ローマ帝国、すなわち、ビザンチン帝国は1453年(ひと夜明ければごみになり、と憶えます)まで生き残ります。


 ビザンチン帝国は555年、イタリア半島にあった東ゴート王国を亡ぼし、ここ、ラヴェンナに主都を置きました。
10年後、ゲルマン民族の一派、ロンゴバルド族が、ポー川を越えてイタリア半島へ押し寄せます。今のロンバルディア地方(ミラノの辺り)、パヴィアに新首都を建設、ラヴェンナを奪います。その後、ロンゴバルドは力をつけ、ローマをもおびやかすようになり、困ったローマ教皇は、外国勢力、当時の絶対的な強者、ピピン(フランスの王、カロリング王朝の始祖)に援助を求めます。
 774年、フランク族のカール、(ピピンの息子でカール大帝と呼ばれ、今のフランス、ドイツ、イタリアをほとんど支配した一大英雄)がロンゴバルド王国を亡ぼす・・・という具合。カールの支配はスペインにも及んだため、後々、イタリア半島はこれ等の大国の侵略の手にしばしば亡国の危機の陥ります。
 

 ま・あ・あ・・・・・そんな群雄割拠の時代、あわよくば、ローマ教皇の力によってイタリアを統一しそうになったのが、チェーザレ・ボルジアと云うところでしょうか。しかし、悪性のマラリアに倒れた父の死後、同じ病気で亡くなりました。32才でした。いまでも、イタリアではシーザーよりチェーザレのほうが人気があるんですって。

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コメント

kazuyoo様 とも角、壁の一部なんですから日本では見ることは絶対ないできないんですよ。それにしても、あまりにきれいで金ピカで、最初・・・シチリアとか、トルコ、ギリシャで見た時にはちょっと違和感もありましたが、今ではゾッコンです。

山桜様  ピピンとか・・・オドアケル・・・本当に面白いですよね。なかなか覚えられなくて。でも、こうしてまとめてみることによって多少はマシになるかもね??


くちかずこ様   面白いお名前ですね。映画「マンマ・ミーヤ」はみましたが・・・結婚式の???覚えてないなあ


あきみず様  旅の予習、復習は楽しみの内です。写真だけだと同じような教会ばかりで、サッパリわからんと云うことになりそう・・・・


ちゃぐまま様   そこここに一杯有るように見えるビザンティンのモザイク画ですが、当地で買った本によりますと何度も、略奪にあっているそうです。1500年くらいの人間に戻ってみたいですねえ。

投稿: 山口ももり | 2013年6月17日 (月) 17時33分

今、HPの北イタリアの旅を拝見してきました。
すごーーーーーい!
ワインを飲みながらホテルでこんなにたくさんの絵を
描いていたんですね~。(何となく想像できますよ)

ずいぶん長い旅だと思っていたら「レギュラーサイズ」の
ツアーだったようで、ずいぶん中身が濃かったですね~。

HPmpブログも、短い間によくこれだけまとめられたと
感心しています。それほど充実の旅だったんですね。

私も感心のあるところだったので、嬉しく、半分羨ましく拝見しました。
たくさんたくさんサンキューです!

投稿: ちゃぐまま | 2013年6月15日 (土) 00時18分

テオドラと言えばこのモザイク画をテレビや本で見る
機会が多いのですが、手の届かないところにあったのです。
今度のコースを拝見して、この企画をした人はよほど
歴史が好きな人だったのだろうと思いました。
テオドラの凛とした表情、強い意志を表す目。やっぱり
魅力的ですね。

数十年も心のうちに温め続けたラヴェンナ。先生が
聞かれたら喜ばれることでしょう!

投稿: ちゃぐまま | 2013年6月15日 (土) 00時00分

お若い頃の 強烈な印象を かなえられたわけですね。
いつも思うのですが、旅に出かけられる前に 本を読まれて視野を広げられておられるのに 驚かされます
ガイドブックは見ますが小説までは手が廻りません。

投稿: あきみず | 2013年6月14日 (金) 20時47分

こんにちわ、画集、北イタリア分は拝見いたしましたよ。
凄い!
絵描きさんなのですね。
天空の村の絵は、映画、マンマ・ミーアの最後の結婚式に向かう風景に似ていますね。
後は、やはり映画のダ・ビンチ・コードを思い出しました。
イタリアは何度か旅行を計画して、一度はツアーの申し込みまで済ませたのに、集まらなくて成立しなかったんです。
くちこ的には、アマルフィーに行きたくてね。
くちこんちの良い子(長女32歳)は、高一まで芸大希望でした。
くちこが、浪人不可、国立に限ると条件を出したので諦めたのかな?
美学部を次に目指していましたが、入学してみたら、哲学倫理でした。
良い子の夫も芸大に合格しつつも何故か、良い子の同窓生となった人で、今でもデザイン的なことは仕事にしているみたいです。
絵が描けるって良いですね。
くちこの絵は、子供のいたずらみたいですよ。

投稿: くちかずこ | 2013年6月14日 (金) 19時05分

テオドラ皇后のモザイク画、美術の教科書に載ってました。 なんだか目力強くて見ると石になりそうで怖かったなぁ…  ああ、受験時代、世界史を猛烈に暗記しましたけれど、浅く平べったい知識でした。 ピピンとかオドアケルとか記憶の底から亡霊のように蘇って…うわ、私、ずっとオドケアルと覚えてたことに今気づきました(愕然!) そんなオドケた名前じゃなかったんですね~^^;

投稿: 山桜 | 2013年6月14日 (金) 11時25分

テオドラ皇后の画像はどこかで見ています。細面の顔されてますね。
切り金細工はあっても、金ぴかモザイクはですか。民族性の違いなのかな?。
チェーザレという方の名前初めてです。博学の上に興味の人一倍お持ちです。
病気が人を間引く、悪い表現ですが、ふと感じました。

投稿: kazuyoo60 | 2013年6月14日 (金) 09時48分

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