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2012年3月14日 (水)

「マリー・アントワネットの宮廷画家」こぼれ話

 この本の面白い所は、他の本にない数々のこぼれ話でした。まああ・・・ご存知の方の多いと思いますが・・・書いてみましょう。


マリー・アントワネット・・・15才でオーストリアの宮廷からフランスへお興し入れします。母親は、かのオーストリアの国母、マリア・テレジア

 フランスは長い外国との戦いや、アメリカ独立戦争への肩入れなどから、財政は破綻状態です。マリ-アントワネットは、賭け事やお洒落が大好き。決して賢母でも良妻でもありませんでした。しかし、夫ルイ16世の包茎手術の後に、4人の子供を生んだころから、遊びは影をひそめ、静かな家庭夫人に変貌していきます。しかし、あまりにも贅沢なヴェルサイユ宮殿や貴族の生活の下の大衆の飢餓は、せっぱつまっていて、革命が迫っています。マリー・アントワネットは「赤字夫人」とおおっぴらに影口を叩かれています。下は次男ルイと長女テレーズ。この無心な二人のおさな子にも苛酷な運命がせまっています。


Hon_008

 23才   第一子 マリー・テレーズ王女誕生
 26才   第ニ子 ルイ・ジョセフ皇太子誕生
 30才   第三子 ルイ・シャルル誕生
 36才   第四子 ソフィー王女誕生するが夭逝
 絵はマリー・テレーズとルイシャルル


 マリー・アントワネットの宮廷に画家として招かれたマリー・ルイーズも又、25才で娘を生んでいます。若き母親同士、二人は、本当に親密だったことでしょう。


 第二子ジョセフは脊椎カリエス・・・・王位を継ぐはずの子です。自分が子供を顧みず遊んでいたと激し く後悔して苦しみます。この皇子は革命の年、1789年に死亡。革命のほんの一月前でした。暖かいお布団の中で死ねてかえって幸せだったでしょう。

 第三子は、ルイ・シャルル。革命で王が処刑されてのち、タンプル塔で引き離され、同じ塔の別の階で革命軍の 靴屋に育てられています。「大きな声で、あの”ばいた”・・・とか、教えられたままに大声で自分をののしってい稚い子の声を王妃はどんな気持ちで聞いたか。
 第一子ルイーズ王女は、両親の国王夫妻処刑のあと忘れられ、タンプル塔に取り残されます。革命政府が倒 れた後、18才で塔から出されたときは言葉も忘れていたという悲劇の王女。後、皇太后となるが、笑ったことはなかったといわれます。王政復古下の苛酷な復讐で多くの人間がろくな裁判もなく殺されました。
 第四子ソフィー王女は出産後に死亡か???王妃も産後のからだを酷くこわしています。先日アップした王妃と子供達の写真、空のベッドを指差しているのはソフィーのことのようです


 革命に継ぐ諸外国との戦いで、あの時、ナポレオンが現れなかったらフランスは今のようにあったか???どうも、好きになれないナポレオン。金の為なら老婦人の愛人にもなる・・・しかし・・・ア・ア・ア・・・フランスに行きたい!!!
 

 ルイーズは革命からナポレオンの帝政、王政復古を生き抜いて82才で静かに世を去りました。死の直前まで絵筆を放さなかったというから、やっぱりエライッ!!!

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コメント

kazuyoo様  この西洋人形のように可愛い子がやがて、復讐の鬼になる・・・やっぱり環境でかわるのでしょうか。

おばさん様   社会に対して本当に無力です。保護のお仕事をなさっていらっしゃるとか・・・なかなか出来ないことでっすよね。

投稿: 山口ももり | 2012年3月15日 (木) 10時03分

どのように生を受けるか・・・・
それがその人物の生き方を大きく左右する
矢張り、人は祝福され愛されて成長する
こんな当たり前が出来なかった時代は
辛すぎると思います。

投稿: おばさん | 2012年3月14日 (水) 22時39分

日本の子供も可愛いですが、西洋の子供はお人形のように整っていますね。生まれるところと場所は選べない、可哀想な子達でした。
15歳で宮廷以外の場所を知らなくて結婚すれば、民衆のこと見よとは誰も教えなかったでしょうね。

投稿: kazuyoo60 | 2012年3月13日 (火) 13時20分

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