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2011年4月 6日 (水)

芭蕉の家計簿

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 たまたま、手に取った古い本、お医者さんの待ち時間で読み終わった「人物・日本史記」陳舜臣・・・の中の短編「松尾芭蕉」 これは、目からウロコでした。

 実は、このももりメ、書道の競書誌で、毎月少しづつ「奥の細道」を書き続けています。折角書くんやから・・・少しは状況もわかりたい・・・と思いつつ、中々、難解です。
 それに、もっともっと根本的な下世話な興味「一体、あの時代、銀行もなしに半年も旅して、行く先々で、お金はどうしてたん???」と、これがいつも不思議でした。


腹巻に突っ込んでいたのでは、山賊にやられたらおしまい。現金引き出し機があるわけじゃなし・・・どうして食べてたん???

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 一日最低5000円として、6ヶ月の旅、東京から仙台、松島を見て、最上川を舟で下って日本海側ヘ出、越後から、北陸へ、更に若狭ヘ。そして、岐阜大垣にたどり着くまでの旅費・・・最低90万円・・・勿論、歩くか、馬か、ですし、宿にだって泊まります。温泉で、しばし、疲れを休めたりもします。
 スケッチは中尊寺、「五月雨の ふり残してや 光堂」


 行く先々で句会をする。これで食べていけると言うことが驚きです。芭蕉が、当時の人々に、充分知られていて、僻地にも俳句愛好家がいる。出版物もあったから知られていたのでしょうし、文化をまかなうにたる経済的余力があると云うことです。離れを改造して芭蕉を泊めたりする弟子もいます。

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  スケッチ、松島。芭蕉は、ここでは、余りに感動しすぎて一句も作れなかったとか・・・

 ももりなんか、逆立ちしたって、絵を描いて旅がまかなえるなんてことないなあ。今、大変な災害の渦中にあるこの地、又、芭蕉をしのんで歩けるようになってほしいです。  

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コメント

山桜様  芭蕉が隠密????元禄時代にねえ???そんな話があるのですか。でも、関所で散々疑われてやっと開放された下りがあるようですから????

博多のじーじ様  私も旅が大好きです。老後のお金を食いつぶしても旅をしようと思っています。それでも、芭蕉の旅は凄い!!!新幹線も飛行機もない。雨がもり、のみ虱が天井から降ってくる中、持病が起こり、息も絶え絶えと言う下りもありますから・・・しばらく寝込んだこともあったようです。決死の覚悟の旅ですね。

投稿: 山口ももり | 2011年4月12日 (火) 17時41分

久しぶりにおじゃます。
中世の一般庶民はどうやったんでしょうね。
熊野詣や伊勢参りの旅費の原資は?無尽講でしょか?
当時の年収の半分位を要しても行くという
昔の日本人は魅力的ですよね。

松島も大変なことになってじーじの知っている松島とは
随分違ってますが必ず復旧できると信じています。
今の日本人も捨てたもんじゃあないところを見せないと
未来の日本人に合わす顔がないですもの。

今の自分にできること
義援金をできるだけおだしすること
変に自粛することはやめる・・・と思い実行してます。

投稿: 博多のじーじ | 2011年4月10日 (日) 09時57分

その松島の小さな群島があったおかげで、松島市の津波の被害は隣の市よりずっと小さくなったそうです。 あの美しい風景は戻らないとしても、多くの人を救った島は誉れでしょう。

芭蕉は隠密だった説をとるとすれば、お手当てが寺留などで届けられていたかも?

投稿: 山桜 | 2011年4月 9日 (土) 15時40分

男爵様   男爵さんの軽妙な軽口を聞いてられる平和な日々こそが幸せなのですよね。本当に良いことをなさいました。整理は大切です。

kazuyoo様  江戸時代、元禄時代です。やっぱり世の中、駘蕩とした時だったのでしょうね。一方では苦しい百姓もいたことは間違いないでしょうけど。

もうぞう様  私の父は早くに死にましたけど「筆一本で日本中行けるようになりたい」と言っていました。その意味がやっとわかってきました。父は、結構、書道では活躍した人だったんですよ。

投稿: 山口ももり | 2011年4月 8日 (金) 08時16分

面白い視点から捉えていますね。
当時は旅も命がけだったことでしょうね。

投稿: もうぞう | 2011年4月 7日 (木) 19時46分

現金を持ち歩かないと長旅は出来ませんね。おいはぎに遭ったときは、さあどうされたのでしょう。宿で次のお金を送ってもらうまで逗留だったのでしょうね。
とはいえ、そんな人がいそうにない芭蕉さん、その場その場で旅費以上の収入があったというのですね。なるほどです。

投稿: kazuyoo60 | 2011年4月 6日 (水) 22時03分

 当時の旅は大変だったんでしょうね。
 男爵様も昨日、往復300キロを運転しただけで腰が変です。
 彼女とのドライブなら我慢できるけど、昨日は小遣いで買い集めた津波被災地えの救援物資を届ける運転でした。
 疲れたけど、家も・車も・財産もと、自分の命以外は全て失った人に比べれば・・・考えが甘いです。

投稿: 男爵様 | 2011年4月 6日 (水) 21時40分

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