« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月30日 (土)

ワインとビール

Doitu_016


 ベンスハイムにて昼食。上スケッチはレストラン。4種類のワインを試飲ですって。日本人の青年が二人、上手に売り込みます。相棒がつられてお高いワインを2本ゲット。マッ、いいっか???飲むのはほとんど、このももりめ・・・とくらあ。この若い人のHPへどうぞ。

 www.madeingermany.jp 

 今回、ドイツと言うことでうんと楽しもうと思ってきたのがワインとビール。勿論、至って限られたご予算内ですが・・・ウーンと飲みました。夜、ホテルで絵を描きながらワインを一本あけちゃったり・・・うっとりと酔眼で、深夜、昼間のスケッチに色つけ、相棒は静かに眠ってる・・・これは、もう、テンゴク、テンゴク 。でも・・・色は???

飲んだのはホームワインか地ビール。お安い!!!それになみなみと大きなグラスにタップリ入ってる・・・これは愉快!!!でも、どのワインもいたって軽い。このレストランの若い青年の説明では「甘いワインの方が、本当は出来が良い。葡萄の出来が良いから」っていうんだけど???へ・え・え・・・そんなものかしら??
 ももりは少しコックリくる辛口の方がいいなあ。
午後ハイデルベルグへ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

こぎゆく 舟人 歌にあこがれ ・・・磐根も 見やらず あおげばやがて・・・♪♪♪

 ローレライのメロディーが船内に流れます。

こぎゆく 舟人 歌にあこがれ 
磐根も 見やらず あおげばやがて
波間に 沈むる 人も舟も
くすしき 魔が歌 歌う ローレライ・・・♪♪♪。

Doitu_015


 日本の急流下りのイメージが強かったももりには、ライン川はとてもはゆったりしていました。いいなあ!!!こんな山が、歌で有名な難所だった???なんてねえ。山の斜面は一面のワイン畑です。


Rain3


Rain2_2

Rain3

Rain


 でも、岸の高台にそびえる廃墟のようなとりでは、かつては通行税を取り立てた税関だったといいます。そりゃあ、山賊もいたでしょう。ザンクト ゴア ハウゼンにて下船まで2時間を、ワインを飲みながらうっとり。写真は相棒

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年4月29日 (金)

なじかは知らねど・・・心わびて・・♪♪♪・・ライン川下り

Doitu_011


 なじかは 知らねど 心わびて  
 昔の伝えは そぞろ 身にしむ
 わびしく 暮れゆく  ラインの流れ
 入日に 山々 赤く映ゆる

 リューデスハイムの村外れの城塞が見えます

Doitu_012


Doitu_013


 アララ???どれがネコ城??イヌ城???それぞれ下船して見学できるらしい。いいなあ!!!


Rain1


 ライン川はスイスの山の中に生まれ、オランダから北海へ・・・悠然と流れていく
いろんなドラマを両手に一杯かかえて・・・

Doitu_014


| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年4月28日 (木)

ライン川下りの舟に・・・リューデスハイムから

Doitu_008


 リューデスハイムのお宿は、この先のアーチの中。一つ置いた通りはつぐみ横丁というらしい。可愛らしい飲み屋さんの並んだ小路でした。9時に舟に乗ります。

Doitu_009


 リューデスハイムの朝のお散歩。前はライン川、後はずーっと葡萄畑。このあたリ一帯は白ワインの名産地だと聞いています。ビックリするほどお安いのよ。勿論、せっせと楽しんでいますよ。

Doitu_010


 ホテルの前の木組みの家

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年4月27日 (水)

ベートーヴェンの遺書

Doitu_006


ベートヴェンの生家をボンにて見学。

 40代くらいから耳が聞こえなくなっていったというヴェートーヴェン。何度も自殺を考えたといいます。「ハイリゲンシュタットの遺書」も展示されていました。左端はロダンのイチの弟子が作ったというベートヴェンの銅像と、彼がひいたと言う3段のピアノのスケッチ。

 ベートーヴェン、1770年生まれといいますから・・・フランス革命が1789年・・・これは覚えて下さい。とても覚えやすいから。そしてフランス革命の時ナポレオンは20才 

 ドイツは神聖ローマ帝国と呼ばれていましたが、この帝国は、選挙で皇帝を選ぶ、小国の寄り合い所帯でした。この神聖ローマ帝国すら、ナポレオンに攻められて消滅。しかし、ナポレオンは革命による自由思想を持ち込み、古くからの専制君主を追いだして、古いドイツからの開放を大衆に呼びかけた。
 熱狂的なナポレオン崇拝者であったベートヴェンが、「エロイカ」交響曲第3を、ナポレオンに捧げようと、曲を書き終わった正に、その時、ナポレオン戴冠のニュースが入り、彼は楽譜を引きさいたという話は、あまりに有名です。
 やがてドイツにも革命の波が・・・今のドイツ国旗、黒、赤、金の国旗は革命時のときのもの。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年4月26日 (火)

ロマンチックな・・・とても、ロマンチックな旅

Doitu_002


 ドイツへ行って来ました。ライン川を下り、ロマンチック街道を歩くという旅です。今回の旅で、ドイツのイメージは大きく変わりました。何となく堅苦しく、規律が大好きなマジメ人間・・・こんなドイツ人のイメージは、どうやら、映画のせい???ヒットラーユーーゲントなぞの、戦争映画を見すぎたかららしい。


 ロマンチック街道の、ロマンチックと云うのは、「ローマの」と云う意味で、いわゆる、ロマンチックな気分、と云うのとは違うとは聞いていましたが、ドイツへ先ず足を踏み入れての印象は、実にゆったりと広々した大地でした。坂ってものがありません。アウトバーンは看板一つない牧草地をひた走ります。瑞々しい春の初めの緑が地平のかなたまで輝いています。先ずはケルンへ。

Doitu_004


 スケッチはケルンの大聖堂。言葉に出来ない大きさです。こういうのって絵には出来ないのよねえ。

Roman_018


| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年4月16日 (土)

山よ さよならご機嫌よろしゅ・・・又来るときには笑っておくれ

Kusatu_001


 今では、膝もイマイチ調子が良くないし、とても山登りは無理。でも、もう・・・50年ほども前・・・ももりはかなり激しい山女だったのです。だぁかぁらぁ・・・山を見るのがダイッスキ!!!上は木曾山脈。この山は全山縦走しました。就職して2年目、普段、身体を使わないのに、急に行って、体を壊しました。山行きを止める原因になった山行です。

Kusatu_002


 上は南アルプス。仙丈岳。甲斐駒と仙丈岳と・・・もう一つナントカ山???に登りました。まだ、ごく初期の頃で、人に連れて行ってもらったもんだから・・・記録もなし。写真も当時の学生には高価で、なし。

Kusatu_009


 暮れゆけば  浅間もみえず 歌かなし 佐久の草笛
 浅くのみ 春はかすみて 麦の色 わずかに  あおし
 いいよなあ!!!浅間山は???確か、入山できないのでは???

 ブログ、しばらく お休みします。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2011年4月15日 (金)

歴女がときめいた上田城

Kusatu_010


 にわか歴女のももりですが、先日来読んでいました、司馬遼太郎「城塞」で存分に活躍するのが真田幸村。圧倒的な東軍、徳川家康の軍に対して、家康個人の命に狙いをすまし、まさしく、すぐ眼前にまでせまった・・・が、衆寡敵せず・・・むなしく討ち死に・・・その日、徳川方の死者は万を越えたといいます。スケッチ上田城、桜は満開にはいまだし。

Kusatu_012


| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年4月14日 (木)

殺しかねないお江のやきもち・・・高遠城

Kusatu_016


 今やっている大河ドラマ「お江」・・・は、ちょっと考えられないくらい作っていますが、江が秀忠の妻になって以来、秀忠は浮気も出来ない将軍でした。お江が極度のやきもち焼きだったからです。大阪城を結局は潰したのは淀君でしょうが、淀君も、妹の江も、どちらも極度のヒステリー・・・医者の曲直瀬道三が書いているって言うんですから本当でしょう??

 先日来、読んでいました司馬遼太郎「城塞」によりますと、曲直瀬道三は当時、日本一の医家で、父も同名。宮廷の典医から秀吉付きになり、やがて徳川家につかえた・・・とあります。克明に日記をつけていたそうで、お江のヒオステリーも淀君のヒステリーも同質のものらしい。 

Kusatu_015

ヒステリーでやきもち焼きの妻に徹底的に尻にしかれっぱなしだった、いじらしい秀忠にも、一度だけ浮気の事実がありました。お相手は奥女中のお静。赤子は幸松と名づけられ、密かに家来に養われていましたが、3才でことは露見。執拗な詮索が始まります。殺されるのを恐れた家来は密かに幸松を逃します。信玄公の娘の下で育っていましたが、7才の時、家光が3代将軍にきまりました。別の息子、忠長を将軍にと画策していた、お江の方はがっかりして、追求をあきらめました。

 将軍家光の命により、幸松は、ここ、高遠城藩主、保科家の養子となります。後に会津藩主となり、あの、幕末の憐れな松平容保まで続くと言うのですから、やっぱり歴史っておもしろい。にわか歴女は、蕾の固い桜にも関わらず、とても嬉しかったのです。スケッチ下は藩校「進徳館」とても教育熱心な名君だったそうです。

Kusatu_017


 明治以来、荒れ果てていたお城を家来達が憐れみ、馬場の桜を植え替えたといいます。少し、絵の具で咲かせましたが、今日当たり・・・今を盛りと咲く桜に溺れそう・・・でしょうね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月13日 (水)

草津よいとこ・・・一度は・・・おいで・・♪♪

Kusatu_006


 
 お医者様でも草津の湯でも・・・♪♪・・・恋の病は・・・こりゃ  なおりゃせぬよ チョイナチョイナ  ♪♪

 上田城、松本城、高遠城を訪ね、草津温泉に泊まるという格安パックツアーに行ってきました。2万円で少しお釣りありです。

 桜のシーズン、例年ならば、日曜でもあり、凄い人出なのだそうですが、閑散といしていました。 

 旅館の方は、「こんなに人が入ってくださるのは、ホント、久しぶりです。どうぞ、関西の方、是非いらしてください」とのことで、きっと、ご馳走の数も増えていたと思います。地震では随分揺れたそうです。スケッチ、草津温泉の湯畑。ここで、ふんだんに湧き出す高温のお湯を冷やすんですって。なんと贅沢な!!!

Kusatu_008


 ホテルの窓から見た白根山。ももりは山が大好きです。目の前の大きなスキー場は、荻原兄弟が活躍したスキー場なんだそうです。

Kusatu_007


 周辺はまだ雪・・・湯畑の側の小さなお寺

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年4月 8日 (金)

今でも、密かに、悔しがっていること

Basyou


 ももりが絵の教室を始めるにあたって、「これをやりたい」と思って意気ごんで始めたこと・・・そして・・・「こらぁ、まるで・・ア・カ・ン・・・」と止めてしまったこと。そして、今でも密かに、ホント、悔しい!!!ぐ・や・じ・い・い・・・こと

 ももりは、大学で西洋美術史や、西洋建築史の講義も聴き、お話が好きですから、ヨーロッパの歴史は特に好きで、本も結構読んでいます。でも、いくら、「ロココは・・バロックは・・・ロマネスクは・・・」と言われても、どうしても理解できなかったものでした。しかし、現地を訪れて現物を見ると百聞は、もう、一見にしかず・・・

 この喜びを少しでも分かち合いたい。そして、知的好奇心を刺激したい。お姑さんや、お嫁さんの悪口よりよっぽどいいんじゃない???

 どうですか???このプリント。いたってわかりやすい。あとは口で面白いゴシップを盛り込んで・・・

 ところが・・・話を始めるや否や、興奮して身を乗り出して、自分の知識の範囲に話を持っていってしまう人、一転、興味がないとなると、お隣さんと大声で、平然と私語。・・・も・お・お・・・ぐ・や・じ・い・・・・

 結局、止めてしまいました。こんなチャチなプリントでも、結構3~4冊くらいの本は調べてるのよ。

 まあ・・・ベル・エポック・・・アヴァンギャルド・・・エコール・ド・パリ・・・これは???おばさん方にはムツカシすぎるかなあ???でもねえ・・・ルノワールと言った途端、「あ・あ・あ・・・あの太った女の人を描く画家ねえ」って。そこからは、もう、やせる、太ると言う話ばっかり・・・も・お・お・・・ぐ・や・じ・い・・・ったらありゃしない!!!

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2011年4月 6日 (水)

芭蕉の家計簿

Basyou_007


 たまたま、手に取った古い本、お医者さんの待ち時間で読み終わった「人物・日本史記」陳舜臣・・・の中の短編「松尾芭蕉」 これは、目からウロコでした。

 実は、このももりメ、書道の競書誌で、毎月少しづつ「奥の細道」を書き続けています。折角書くんやから・・・少しは状況もわかりたい・・・と思いつつ、中々、難解です。
 それに、もっともっと根本的な下世話な興味「一体、あの時代、銀行もなしに半年も旅して、行く先々で、お金はどうしてたん???」と、これがいつも不思議でした。


腹巻に突っ込んでいたのでは、山賊にやられたらおしまい。現金引き出し機があるわけじゃなし・・・どうして食べてたん???

Basyou_001_2

 一日最低5000円として、6ヶ月の旅、東京から仙台、松島を見て、最上川を舟で下って日本海側ヘ出、越後から、北陸へ、更に若狭ヘ。そして、岐阜大垣にたどり着くまでの旅費・・・最低90万円・・・勿論、歩くか、馬か、ですし、宿にだって泊まります。温泉で、しばし、疲れを休めたりもします。
 スケッチは中尊寺、「五月雨の ふり残してや 光堂」


 行く先々で句会をする。これで食べていけると言うことが驚きです。芭蕉が、当時の人々に、充分知られていて、僻地にも俳句愛好家がいる。出版物もあったから知られていたのでしょうし、文化をまかなうにたる経済的余力があると云うことです。離れを改造して芭蕉を泊めたりする弟子もいます。

Basyou_006

  スケッチ、松島。芭蕉は、ここでは、余りに感動しすぎて一句も作れなかったとか・・・

 ももりなんか、逆立ちしたって、絵を描いて旅がまかなえるなんてことないなあ。今、大変な災害の渦中にあるこの地、又、芭蕉をしのんで歩けるようになってほしいです。  

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2011年4月 5日 (火)

歩くには・・・

Oouda_004


 歩くのはダァーイ好き。でも、お腹の前後のロースが重いです。春になったら少しは瘠せなくっちゃ。スケッチは先日歩いた大宇陀の松山町。

Oouda_008


 今日は、風もなく、ウラウラとお日様が輝いて、出かけたいような日ですが・・・歯医者さんの予約の日です。
先生は「ももりさん、ちょっと仕事せなあかんでえ」って言ってます。でもねえ・・・「命より、歯が長持ちしたって意味ないもん」って憎まれ口を聞いては逃げてます。きょうは・・・???怖いなあ。スケッチは、先日、片栗をアップした森野旧薬園

| | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »