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2010年9月30日 (木)

奥只見湖と谷川岳は真っ白な霧の中

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 晴れていれば尾瀬沼にある燧ヶ岳がくっきり見えるそうなんですけど・・・雨は小止みです。
真っ白い霧は絵には描けないなあ

 谷川岳はケーブルで展望台まで登ったのですが、真っ白な霧の世界。まるで何にも見えません。

 下スケッチは車山高原。咲いている秋草で絵をでっち上げました。りんどうの紫がなんともきれいでした。ホントなら、八が岳や中央アルプス、御岳山あたりが見えるんでしょうけど・・・


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2010年9月29日 (水)

夜明け前  島崎藤村

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 先日の旅で何度か聞いた「夜明け前」 ももりは未読です。早速、図書館から借りて来て読み始めました。

 
 黒船が来て、神奈川条約が結ばれ、6カ国の異人たちが江戸に住みつき、ほんの小さな漁村だった横浜がみるみる変貌していく頃・・・信州、木曾谷の西のはし、馬籠と妻籠の若者二人が江戸へやってきます。一人は向学心に燃えた国学の徒、もう一人は目端の利いたドライな??若者のようです。当時の馬籠の本陣の主、吉座左衛門と金兵衛・・・暖かい人々のつながりが行間からあふれています。さあ・・・どう展開するのか。先を急ぎましょう。

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 スケッチは先日行った小布施の作り酒屋。この時は雨が止んでいました。北斎が老後を過した土地だとか・・・

 ももりのご先祖は丹波篠山藩に縁があり、そこのお殿様が「青山さま」 この物語の馬籠、妻籠のご先祖様も青山氏・・・なんか、気になるなあ。


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2010年9月27日 (月)

軽井沢と上高地

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 軽井沢って言うところ、浅間山が見えて、お金持ちの別荘が一杯あって、美智子妃殿下と皇太子様・・・天皇様が出合われたテニスコ-ト・・・・予備知識はそれくらい。そうそう、鳩山さんの別荘もあったか???
 まあ・・・庶民ももりはスケッチでもしましょうっと・・・上は聖パウロカトリック教会。下は内部


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 上高地もちょっと立ち寄りました。でも、ももりが行く時は、いつも焼岳も穂高も隠れます。若い頃、槍や穂高へ登ったり、降りてきたりと、何度も来たはずの上高地。でも、先を急いで通りすぎただけだったのか、まるで覚えていないなあ。

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2010年9月24日 (金)

ながあいこと あこがれていた山々

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 若い頃、山登りは大好きでしたが・・・今ではすっかり遠い過去・・思い出だけがわたしを呼びます。利口なパックツアーで、谷川岳、奥只見湖、浅間山、北アルプスの山々や高原などにあこがれて、行って来ましたが、2日目以降は雨・・・クウーーン・・・そんなのないようーーー
 下は軽井沢からみた浅間山。初めて見ました。思ってた以上に近いんやなあ。 


 驚いたのが下スケッチの妙義山・・・バスの車窓からだけでしたけど、峨々たる山容に驚きました。山すそのわさび田も美しい!!!


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 直江兼継の生地、ここは越後。みごとな実りの秋。黄金の田んぼと刈りいれの終わった甘い茶色の田んぼ、あぜ道の緑の対比がなんとも美しい。

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 ながいこと、ブログほったらかしにして申し訳ありませんでした。ズウーーッと旅行してたわけでなないんですけど・・・コメントいただきながらお返事もできず、本当にすみませんでした。

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2010年9月16日 (木)

パルテノン神殿から持ち去ったお宝は、今、イギリスに

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 スケッチはももりが大英博物館でしたもの。
 
 一方、アテネ、アクロポリスの丘に建つギリシャのシンボル、パルテノン神殿には、今、現物はほとんどありません。そりゃあ、可哀そう・・・新しく出来たアクロポリス博物館にはレプリカが沢山置かれています。だって、ホンモノは大英博物館にあるんですから。下は大英博物館にあるパルテノンの彫刻。此方はホンモノ

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 なぜ???大英博物館は「泥棒博物館」ともよばれているようですが・・・・この場合の事情は、少々、ちがうようです。
 

 紀元前450年頃に建てられたアテネ神殿は、その後、キリスト教のマリア教会となり、やがてモスクにも使われ、荒廃していました。1687年、火薬庫として使われていた時、大爆発をおこし、屋根は大きく壊れ、彫刻もひどく損壊しました。その後、全く廃墟でしたが、1801年、イギリスの外交官エルギン卿がオスマン帝国の国王の許可を得てイギリスに持ち帰り、1816年以降、大英博物館に展示されている・・・


 どうですか・・・ギリシャはオリンピックの年にイギリスに返還を求め、イギリスも断りはしなかったものの、話はそれ以上進んでいないそうです。

 自国の文化、国土・・・一度手離したら・・・もう・・・オシマイです。なにものに変えても守らなければならないものは、日本にも、今、沢山ありそうです。

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2010年9月14日 (火)

漢(オトコ)のぉ!!!漁火ご膳 秋の陣

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 釣りキチが、苛酷な夏の労働からホット一息。イカ釣り船に乗ってきました。なかなかの豊漁です。

 久しぶりに釣りキチのご馳走です。
 どうですか・・・・イカめし、鯵とイカの刺身、鯛のおかしらつき、ゲソの塩焼き、他にイカの沖漬けと小鯛の笹漬け・・・この2品は保存食で、後日の食卓用。モズクとイカの酢の物・・・皆様もおよびしたいなあ!!!
 
 このあとに、いくらとうにとお刺身のドーンと乗った豪快な丼がでました。写真のことはもうすっかり忘れてしまって、パックパック食べてしまいましたけれど・・・

 ももりには釣りキチのお料理がイッチ美味しいです。
高級な料理旅館なんかでチョロッと3品ほどの薄いお刺身なんかがでるより、単品をドーーーンと食べるほうが・・・ダーーイスキなんです。それにしても、もち米といか・・・もっちり、こってり・・・なんておいしい!!!

 昨夜屋は残りのイカでヤキソバ。今夜はイカスミパスタといきましょう

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2010年9月 7日 (火)

今日から「日本水彩巡回展」「関西支部合同展」

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  今日から「日本水彩巡回展」
       「関西支部合同展」
           京都市美術館別館

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  上はももり出品「若き母」です。50F

 先日旅したシリア・ヨルダン・・・学校にも行けず、一日中、砂漠で観光客相手に「ワンダラー・・・イチドル」って、物を売っていた子供達・・・そして、若い母・・・そんなイメージですが・・・

 おついでがあればゼヒゼヒ・・・

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2010年9月 6日 (月)

「キャタピラー」と若松孝ニ監督

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 映画「キャタピラー」見てきました。
激しい映画です。ご存知、寺島しのぶさんが、ベルリン映画祭で、銀熊賞をとった話題作です。余りお上品なお方にすすめませんが、間違いなく日本の映画史に、燦然???いやいや、ギラギラと輝いて残る作品です。

 ももりはTVは「徹子の部屋」くらいしか、気を入れて見ていないのですが、先日寺島しのぶさんが出ていまして、この映画を見る気になったのです。


 映画は先の戦争の軍部のウソを激しく攻撃しています。
「軍神」という名誉を身に飾り立てて送り返された夫。手足を失い、口はきけず、顔はケロイド、ケロイドの隙間から毛髪がチョロチョロと生えています。妻の生理的嫌悪・・・・寺島しのぶさんの聞きしにまさる熱演に息がつまりそうです。

 この軍神が、画面で一度、ふと、ほほえんだ・・・それは「日本軍が赫々たる戦果を上げているというラジオの放送を聞いたとき・・・その報道は真っ赤なウソ、日本軍は実際は、南方でもどこでも壊滅的に負け続けている時です。「軍神」は、3つの勲章をいただき、村人からは拝まれていますが、実際は戦場では陵辱、殺人、そして敵になぶり殺しになりそうになった・・・・らしい。
 戦争さえなかったら、陵辱も殺人も犯さなかった平均的な百姓・・・多少は前時代的ですが・・・男です。

 「軍神」は口もきけず、身の回りのことはいっさい、何もかも、寺島しのぶ演じる妻の手にかかっているのですが食欲と性欲だけは旺盛でした。執拗に強要されるセックス。
 寺島しのぶさんのヌードがあまりにきれいなものですから、ワイセツな感じは全くありません。

 映画を見たあと、上にアップした本を買いました。その中のインタビューで若松孝ニ監督は語っています。

 日本に、何か資源はありますか?わざわざ、外国が、軍隊出して、兵器を使って日本を乗っ取って、何か、良いことある???まさか乗っ取って、日本人を皆殺しにするわけにもいかないんだから、一億人の国民を食わせるだけでも大変でしょう。日本の資源なんて、せいぜいが、頭脳や技術です。これだってイヤだったら頭を使わなきゃいいんだから、天然資源みたいに無理やり強奪するわけにもいかない。そんな国をわざわざ軍隊を出して外国が占領するなんて、そんな荒唐無稽な話はないですよ・・・・抜粋

 若松監督様。このコメントは大変な誤りです。暴言です。日本ほど、甘やかな緑豊かな自然に恵まれた国はそう多くありません。ももりは旅が大好きですが、この緑濃い大地こそは素晴らしい資産です、日本人をシベリアや砂漠に強制移住させて、自国の人間に入れ替えられてしまってもいいんですか????周囲にはそんな事を過去にした国が一杯あるのです。戦争に負けて、一億総奴隷にされなかったって過去の戦争の方が稀有なことだったと思います。映画は凄かったですけど、この発言は間違っています

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2010年9月 5日 (日)

アテネでブラブラ

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 アテネの旧市街、プラカ地区で昼食。緑が濃い!!!この町の人々が朝に夕にアクロポリスを見上げて暮らしていたことが思われます。 

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 食事の後アクロポリス博物館へ。この博物館の記事は、8月27日へどうぞ。
 後は飛行機に乗るまで、ブラブラ・・・・のんびりと楽しい船旅、そして、一度は見たいと思い続けてきたクレタ島のラビリンスとミノア文明の絵画たち・・・・3500年以上も前の絵の中の人たちは実に伸びやかで健康的!!!  
 ギリシャ文明が華やかに咲き誇るよりも1000年以上も以前の文明。ミノア文明は、歴史からは消えていました。よみがえったのはエヴァンズの発掘以来です。なぜ消えた??誰が消した???さ・あ・あ・・・またまた、知りたい病にかかりかした。まぼろしの大陸アトランティス!!!それも、謎です。

 それはそれは・・・本当に明るく健康的で輝いていたエーゲ海とアテネ。この旅も、もう終わり・・・

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2010年9月 4日 (土)

スニオン岬にて・・・

 アテネのピレウス港で船を降りて、スニオン岬へ。岬は風の通り道で、影は涼しいです。


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 ガイド嬢の説明では、下のブロンズ像がスニオン岬のこの神殿に飾られていたと言われたように記憶していますが、どの本にもそのことはありません。海底から引き上げられたようです。
 
 でも、どうですか??
このブロンズ像「アルテミシオンのゼウス」。BC460年頃。ギリシャの絶頂期です。実はこの像、後からが素晴らしい!!!キュッと引き締まったおしりが・・・そっりゃあ・・・さわってみたい!!!勿論、触れてはいけません。

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2010年9月 3日 (金)

ロードス島の騎士通り

 
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塩野七海さんの本、何冊か買い込んでお手上げ・・・ももりの学力ではついていけません。
でも、今回、「ロードス島攻防記」旅の前に何とか読み終えました。


 若きトルコスルタン、マホメッド2世。父が攻めあぐねた、ここ、ロードス島の聖ヨハネ騎士団の城砦を攻めます。1480年のできごと。

 ひと夜、 あければ ゴミになり・・・・コンスタンチノープルの陥落は1453年です。すでに、キリスト教世界はオスマントルコに席巻されています。このあたりの島々のキリスト教最後のとりで、 ここ、ロードス島で戦った若き騎士たちのお話・・・・でした。

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 厚い城壁を揺るがしてこんな石の玉が1日中飛んでくる・・・でも・・・今なら・・・ロケット弾・・・


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 「暑いから、博物館に入ろ」って入った博物館はクーラーなし。どうも集中できません。相棒は、もうバテバテ。船に帰ると言います。私は一人、城壁を出てブラブラ・・・それにしても・・・暑い・・・でもスケッチはしました。下、イスラム寺院 結局、イスラムが入ったんですね。

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 下は城壁に囲まれた旧市街の門を出て、今日の港へ。焼けたコンクリートの道を、黙然と船へ。
あ・あ・あ・・・・着いたああ!!!ヒヤッと涼しい風に生き返る。お・お・お・・・文明って素晴らしい!!!クーラーのない世界には、もう、住めない私達!!!


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 何故だか、下線がとれません。う・う・・・ん???お手上げです


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2010年9月 2日 (木)

ギリシャ事情、日本事情

 
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もう、うんざりして見たくもない小沢・・・汚澤・・・???・・・菅の顔。TBも消してしまいます。言論の自由な国なんやから好きなこと言い合ったらいいやないの。
 TVで、見たこともないような議員たちや、山岡宗八の息子なんかも、よう、あんな下手な小理屈を恥ずかしげもなくしゃべってる。同じゴマカスなら、もうちょっと上手にゴマカセ!!!
 

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 ギリシャ最後の日のガイドさんの言ってたこと
「日本では大変な報道がなされたようで、日本人のお客はサッパリありません。でも、デモはギリシャにはいつものことですし、経済危機と言っても、ギリシャの人たちは今、みんな夏季休暇をとって島にでかけていて、アテネなんかはガラガラです。いるのは観光客だけ。ギリシャ騒乱の話題が世界を駆け巡っのは事実ですが、そのあと外国の報道は、みんな、それ程でもなかったと報告をしたのに、日本だけは、訂正なんか出来ないと言ったんですよ。日本の報道陣、無責任です」

 日本の報道、全くどうかしてる!!!

 本当に大切なことは赤字を出さない、減らすこと・・・これですよ。福祉で借金???ウソらしい!!!
結局、小澤はまけて、又、マスコミから隠れるってことになるんでしょう。そしたら山岡宗八の顔もつぶれへん・・・
「果敢にたたかったんですが・・・」とか言うのよ

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2010年9月 1日 (水)

パトモス島とヨハネ黙示録

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今回の旅、全く予備知識がなかったのに「これはこれは!!!」と驚いたのがパトモス島でした。
ローマ皇帝ドミティアヌスによって、エフェソスを追放されたヨハネが、このパトモス島に流されたんだそうです。AD96年のこと。ヨハネは、この洞窟に住み、神の啓示を受け、黙示録を書いた、というのです。上はその洞窟内の祭壇。神の啓示によって岩に3つのひびが入ったんですって。スケッチ、上は洞穴の教会、ヨハネが座ったという椅子がある


 ももりは「黙示録」って言うと怖ろしいイメージが先行します。映画「地獄の黙示録」やサリン事件のオームのことを思い出してしまうからで、黙示録の内容は何も知りません。皇帝ドミティアヌスは暗殺され、エフェソスへ帰還を許されたヨハネは口述で「黙示録」を完成させた・・・ようです。・・・と、いうのは、船会社のツアーは説明が英語で・・・まったく・・・・・???スケッチ、下は修道院


 その後、キリスト教巡礼者には知られていましたがサラセン帝国統治時代、島は荒廃しました。この島を、再び復活させたのが 11世紀、ホシオス・クリストドーロス。ヨハネ修道院を建て現在にいたっています。12世紀から1600年前後までの壁画が残っています。羊皮紙に書かれた聖書も貴重なものだそうです。


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 外はどこまでも明るいエーゲ海です。

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