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2010年7月31日 (土)

美術館と博物館

Ruan


友人がパリに1週間行くといいます。
「どこいくのん???」って聞きますと
「ルーブルとオルセーをじっくり見る」と言います。
「そんな勿体無い!!!」
思わずももりは叫んでしまいました。パリに行くなら、メッチャやたら 歩くのよぉおお!!!

 先日読んだ津田節子のエッセー、作家夫婦はともに小説を読まないと言います。仕事上で必要な資料を読むのに精一杯で、小説を読むなぞと云う贅沢な時間を持てないというのです。

 ももりも、最近絵を見たくなくなりました。もお・お・お・お・・・せんど見たし・・・

 ルーブルは膨大な作品が羅列されていて、散漫になります。かえって、日本へやってくる、テーマを絞った展覧会の方がじっくり取り組めます。オルセー・・・う・う・・・・ん???・・・印象派・・・ねええ・・・???


Syaru


Sya

 それより・・・シャルトルへ。ルーアンへ。
シャルトルは素晴らしい!!!シャルトルのステンドグラスの赤!!!周囲の村も、まだ中世のままみたい。
ルーアンはジャンヌダルクが処刑された町。モネの「ノートルダーム」の連作が描かれた町です。上、スケッチはルーアン。下はシャルトル。国鉄で行けます

 もちろん、ロワール川の古城もいいよなあ!!!きっと、名も知られぬ小さな村がいい

 絵なんて、結局人間が描いたすさび。歴史こそは事実。人間がずーっと営々と生きてきた事実。それらは博物館にあふれています。それに博物館なら閑散、混んでない。結局、人混みが嫌いなのかもしれません。小さな村の方が好きなだけ???ともかく、やたら歩くのよぉおお・・・勝手なこと言ってごめんね。

 せめて・・・ミロのビーナスよりはサモトラケのニケ・・・がお薦めです。
 

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2010年7月28日 (水)

吉村昭と津村節子

Setuko


 津村節子・・・彼女の名前も高名な作家だということも知りませんでした。ただ、吉村昭は相当好きで、かなり読んだといえるでしょう。


 最近、彼のエッセーを何冊か読んで、一層彼が好きになりました。
「世界で一番好きな女性は」って聞かれた吉村昭は「うちの奥さん」だったか???
それとも「津村節子」だったか???どこかで読んだんですけど・・・どちらかだったか記憶はおぼろげです。
「津村節子」が好きだったか「うちの奥さん」が好きだったかって、ちょっと気になる部分ではありますが・・・・かの吉村昭にこれほどまでにゾッコンほれ込ませた女性って、一体どんな女性なのでしょう。

Tumura

 夫婦で作家ということ、しかし、吉村昭は津村節子の作品は読まなかったといっています。

 夫婦とお手伝いさんを入れて5人で住んだ家に、津村節子は一人とりのこされます。舌癌と膵臓癌で死んだ吉村の死後、一人住まいには広すぎると、娘と2世代同居の家に建てかえることを決めます。吉村の残した膨大な資料は公的に保存されることになり大きな本棚はカラになりました。書斎だけは残すことにしました。 
 家を取り壊してしまってから、吉村は「取材に出かけても3日もすれば家に帰りたくなる」と言っていたことを思い、その家を取り壊したことに罪悪感を感じています。 

 しかし、ある日、吉村が
「書斎にいるのが一番落ち着く」と行っていたことを本の中で知り、吉村が帰りたかったのは書斎であり、家ではなかったんだ、と、ホッとします。
 家の裏の公園に立つ電柱が何度も、吉村にみえます。視力の衰えた津村を案じて、暗くなると待っていてくれた地点・・・娘もまぼろしを見ます。


 さ・あ・あ・・・これから、津村節子へも・・・・興味は広がるばかりです
でもぉおお・・・それでも、彼のために割いた労力は、彼女本人の作家としての力量発揮にはマイナスでしょうか。つらい葛藤もあったに違いありません。
 いいなあ!!!いい夫婦です。彼の才能のためなら・・・ちょっとは自分が犠牲になっても???
なあんて、安っぽいところはみじんもみせていない・・・そこんところこそが「うちの奥さんが一番」だったのかもしれないあ。

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2010年7月27日 (火)

「日本水彩京都支部展」 京都府立文化芸術会館

Ten_2


 明日から「日本水彩京都支部展」です。
絵は7月9日にアップしたまま、手を入れていません。

 先日行ってきたシリア ヨルダンの旅・・・バラ色の土漠に生きる人々。
砂漠は人を厳しく拒絶しますが、この地の砂漠は甘いバラ色です。空も、その粒子をまきあげるからか、ロマンチックなピンクがかった甘いブルーです。雨の少ない砂漠に、屋根のない家がびっしりと張り付いていて、人間こそは地球のかび・・・と嘆息しました。壁も土のままでペンキすら塗ってありません。

 
 出品期日もせまっていますのに、絵も描いてないのに旅だって、帰国後も呆然と過していましたが、期日は迫ります。
 ジェッソにシェルやら挽き粉を混ぜて粗い地肌をつくりました。乾いた画面をながめていたら「ここに人を立たせたい」と云う懐いが猛然とわきあがってきました。あっという間に絵はできたのです。

 お近くにおいでのせつは・・・ゼヒゼヒ・・・お寄りくださいませ。

Kaiyuu003


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2010年7月26日 (月)

お酒もラベルも・・・

Sake_2


 ももりは随分以前から小さな書道教室を持っています。最近では
「センセ まだやってんのん???」って、昔教えた子供たちの子供・・・つまり・・・孫弟子何人かきてくれています。


 親と同じ顔して、チョロッと見上げられると、なんとも、もう、可愛くて 可愛くて・・・

 上のお酒のラベルの文字・・・ももりがの教え子の字なんですよお・・・


 お酒も勿論、文字も味わって楽しんでくださいマセ。

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2010年7月24日 (土)

エヴァンズ  ヴンダーリヒ  三浦一郎

Hon


 
の本に面白い記事をみつけました。

 アーサー・エヴァンズがクレタ島を発掘し、現れた迷宮をミノス王の宮殿、ラビリンスだと主張した膨大な著書に、ドイツ人学者がかみついた、というのです。

 ドイツ人学者ヴンダーリヒ。「雄牛はエウロペをどこへ連れて行ったか」邦訳・・・「迷宮に死者は住む」
どうですか・・・タイトルだけでも飛びつきたくなりますよね。
 クレタ島のクノッソス宮殿は生きた王の宮殿ではなく、死者の葬祭殿であった・・・というのです。
建物の外壁や階段など、美しいがやわらかく水に弱い石膏石がつかわれている・・・巨大な貯蔵用の壷???にしては取っ手もない、入り口が凶の西側にある・・・うんぬん・・
 

 それに、マタマタ反論するのは日本の三浦一郎
美しいが弱い素材というが、日本建築は木材で、すぐに取り替えることで美しいままにいられる、王宮の外側は曲がりくねった外壁で・・・・???

 学者っていいなあ!!ももりもこんなこと言って一生すごしたい!!!


Usi2


Usi3

 どうですか・・・ももりが所蔵する・・・この土器は・・
もし、ホンモノなら家くらいはすぐ建つんでしょうけれど・・・シチリアのホテルで買って抱えてかえったもの。それにしてもヨックできているでしょう???

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2010年7月22日 (木)

旅の予習

Usi

 旅は勿論大好き。でも・・・旅の前の予習が、これ又、楽しいのよねえ

 今回の旅の目玉はクレタ島。大神ゼウスが生まれたのが、このクレタ島で一番高いアイダ山の洞窟だといいます。年中雪をかぶってるとか??? あ・あ・あ・・・見えるでしょうねえ。

 クレタ島のミノス王の息子ミドロゲオス。ある年、アテネの球技大会で、優勝を全部かっさらいました。ねたんだアテネのアイゲイアス王は、ミドロゲオスのだまし討ちを謀ります。それを知って怒ったのがミノス王。すぐさま、アテネを攻め、難なく陥としてしまいました。負けたアテネは、毎年、少年少女を7人、クレタ島へと差し出すことで講和しました。ミノタウロスへの貢物でした。  

 この3回目の時、ちょうど、よその国から帰ってきたアイゲイアス王の息子テセウスが、自分も行くと言い張ります。ミノタウロスを退治してくれようといいうのです。王は心配しながら送り出しました。勝ったら白い旗を、負けたら黒い旗を、船のへさきに掲げるようにと決めて・・・・


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 クレタ島に渡ったテセウスは、ミノス王の娘、アリアドネに恋をされ、糸と剣をもらい、洞窟に入っていったことは、以前に書きました。
 見事ミノタウロスを退治したテセウスは、アリアドネを連れてアテネへの船に乗ります。勝利のご帰還です。


 「船が見えます!!!」と云う家来の言葉で、バルコニーからみを乗り出したアイゲイアス王。  

 なんと・・・・船には黒い旗が揚がっていたのです。テセウスは喜びの余り、旗をとりかえるのを忘れていた・・・

 絶望のあまり、アイゲイアス王は海に身を投げて死んでしまいました。
だぁ かぁ らぁ・・・この海をエーゲ海・・・アイゲイアス・・・エーゲ海・・・
 ももりは、こういうお話が・・・ダイッスキ!!!

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 壷は以前、ももりがスペインのフィゲラスでぞっこん気に入り、大事に抱いてかえったもの・・・
どうですか・・・・ホンモノを見せたいです。

    

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2010年7月20日 (火)

ミノタウロスになったピカソ

Pikaso
 
 アップするのも恥ずかしいけど・・・ワイセツじゃないんでしょう。なにしろピカソなんですから。
「乙女を陵辱するミノタウロス」です。
上と下はNYで買ってきた画集から。

Pikas


 下はみすず書房「現代美術Ⅱ」から

Magalu_001

 下は「ピカソ ミロ ガウディとカタルーニャ展」日本アドヴァイザー株式会社C1990 の画集から

Pika

 ピカソ45才。地下鉄から上がってきた一人の少女の腕を掴みました。マリ・テレーズです。そのころ、彼を捉えていたギリシャ彫刻の端正な顔と健康的な肉体美をその少女に見出してしまったから。額からまっすぐにのびるギリシャ風の鼻、うつろなほど青い瞳、スラリと引き締まって若い肉体にブロンド。

 「僕はピカソ。あなたを描きたい」と言ったといいます。少女はピカソを知らなかった。スポーツ以外に関心はなかったから。2日後、もう、映画にさそっていました。

 フランスの法律では18才にならないと関係をもてないとなっていて、密会がつづきました。ピカソは少女をたんのうした。性と暴力・・・反宗教的で、根源的な人間のテーマです。

 ももりはこの夏、クレタ島へ行きます。
クレタ島こそはの伝説の獣人ミノタウロスが、迷宮ラビリントスに閉じ込められていた島。上半身は牛、下半身は人間・・・・絵心がうずきます。
 

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2010年7月19日 (月)

告白・・・・酷薄

Magalu


 なんとも・・・・オッソロシイ!!!
友人が「これ」って貸してくれて、何にも言わなかったから、余計,気になって、読み始めたら、やめられず・・・一気に読了。

 今、最も熱い本なんだそうです。映画も公開されています。これを書いた作家・・・才能は凄いでしょうけど・・・でも・・・・しんどい!!!

 ストーリは、プールに浮いた少女の死体。誰がなぜ???中学校の教師の独白から始まります。内容は言いません。


 この極めて異常な登場人物たち。一見、みんな普通。多少頭の良い子はいるっていう程度です。
しかし、妄想と現実が交差して??何がほんものやら、何が思い込みなのか・・・登場人物たちにもわからず、読者にもわからない。


 ももりが気になったのは、男子中学生の母子関係の密着。中学生・・・独立した人格にはまだ遠いかもしれないけど・・・・母親に対する少年の執着が異常です。
最近、子供の数も少ないから・・・・母親は必死みたいですけど・・・息子もこんなに???

 でもぉ・・・原作を読んで、映画を見ますか???

 

 ももりは、「イイエッ  もう  結構です」

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2010年7月16日 (金)

オノレ・ド-ミエの生きた頃

 Napo

上の絵は知らない人はないでしょう。ご存知、ダヴィッド。彼は権力者にうまくすりよっていくつもの作品を残しました。マリー。アントワネットの処刑前のスケッチも彼の手によるものです。

 一方、わが愛する「オノレ・ドーミエ」
彼は権力と張り合って、けっきょく・・・まあ・・・負けました。でも、歴史では、こちらの方がはるかに英雄なんですねえ。御用絵師ではないのです。


フランス革命が勃発したのは1789年。オノレ・ドーミエ19才でした。
詩人を夢見てパリに出て来た父、極貧の生活の中、威張りかえる貴族や王権に反感をつのらせたオノレ・ドーミエは、共和派に心酔する若者でした。

 フランス革命はバスチーユ襲撃に始まります。国王一家は革命派に囚われタンプル塔に幽閉されました。ルイ16世と母、マリー・アントワネット、弟ルイ、マリーテレーズ14才。王妹エリザベート・・・・国外逃亡をくわだて、失敗。パリに引き戻されます。王家の逃亡は、民衆の心を一層離反させてしまいました。


 4年後、先ず父、ルイ16世が断頭台へと引き出されます。8才の弟、ルイ17世は家族から引き離されて、革命分子の靴屋が世話をしています。時々、塔の中庭で革命歌を歌ったり、母を「バイタ」と、教えられるままに、叫んでいたといいます。
 やがて、母も引かれて出て行きました。叔母も次いで・・・。マリー・テレーズはタンプルの孤児と呼ばれ放置されます。時の人はロベスピエール。連日反対派の首をギロチンで落としています。

 やがて革命は進行し、ロベスピエールの首も落とされました。今度は反対派の粛清です。連日、ギロチンは休みなく働きます。ロベスピエールの首が落ちて、マリーテレーズは、やっと、人々に思い出されます。そこには、言葉もわすれ、発音も不明瞭な少女がいました。

Napore


 フランス革命の時、ナポレオン20才。このあと4半世紀、ナポレオンの時代です。マリー・テレーズはルイ16世の弟と諸国を流浪。ナポレオンの威光を恐れて、逃亡先では厄介者です。しかし・・・ナポレオンが失脚し・・・王政は復活したのです。マリー・テレーズも復活しました。
 上の絵もダヴィッド。ナポレオン失脚後、王政復古の跳ね返りの激しさに耐えかねた民衆蜂起を描いています。ナポレオンがいなくなると途端に革命賛美なんですから・・・ 

 上の絵。右端の拳銃を持っているのが、かの「ガヴロ-シュ」
ホラ・・・ヴィクトル・ユゴーの傑作「レミゼラブル」の少年です。彼の姉、エポニーヌ・・・・あ・あ・あ・・・娘の頃、この本をくり返して、何度読んだことでしょう。

 王政に戻したものの、貴族は以前の栄光を夢見、権力は腐敗。
オノレ・ドーミエの悲しみ、反骨・・・腹が立ったのよねえ。作品は憎しみをこめて、でも・・・どこか滑稽なんです。人間の、権力の愚かしさをえぐっています。
 

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2010年7月13日 (火)

オノレ・ドーミエ

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 「オノレ・ドーミエ」って名前、どうですか???ちょっと忘れない名前でしょう???

 ももりが、もう、ずーっと以前、オルセー美術館を一人で、のぉーんびり回った時、イッチバン気に入って、長くいたのがオノレ・ドーミエの部屋でした。そっりゃあ・・面白い小さな塑像がならんでいたんです。もう、随分前のことで、突っ込まれると弱いんですけど、皮肉一杯の憎ッたらしい顔がユーモアタップリに、指先で器用に形つくられていたのです。

 先日、東京は上野公園、西洋美術館の前を通りかかったら「オノレ・ドーミエの版画展」ってやっているじゃありませんか。これはこれは、と、入りました。


 上の本は、藤本ひとみ「マリー・アントワネットの娘」
この本には、勿論、オノレドーミエのことはまるでふれていないんですが、ドーミエの生きた時代そのものを知るのにももりイチのおすすめです。 

 マリー・アンアトワネットと夫、ルイ16世が断頭台のつゆと消えた後、一人、牢獄に忘れ去られた14歳の少女がいました。革命は血で血を洗うすざまじさ。しかしナポレオンが台頭します。国外に逃亡していたルイ16世の二人の弟、ナポレオンにも袖にされ・・・しかし、そのナポレオンも百日天下で失脚、。その後、フランスに戻ってきた王様、ルイ18世とシャルルのやったことは・・・・それをオノレ・ドーミエが描いています。この本を、もう一度読み直して、少し整理して当ブログに後日報告します。

 オノレ・ドーミエのページにうまく接続できません。www.geocities.jp/nack735/daumier.html です。

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2010年7月12日 (月)

選挙・・・

Kesi1


 昨日、激しい雨の中、選挙に行きました。ももりの入れた人は落選
も・お・お・・・誰でもええからしっかりやってよ。
 

 ももりは主婦です。とも角、倹約に努めて、赤字を出さないように懸命の努力を続けています。むつかしいことは言わない。国家の赤字は良くない!!!いい加減なご機嫌取りは、結局子供達の未来にツケを回します。 

 菅さん、消費税発言。お・お・お・・・はっきり言った!!!けっこう、「エライ」っと思ったとたん、低所得者には全額返還???そんな事どうしてできるの???ももりの家だって、ゼエぇーーンブ、釣りキチに買い物してもらうよ。

 それと、立候補誰も言わなかったけど・・・医療費の垂れ流し。チューブで栄養流し込んで延命。これをナントカしないと、赤ちゃんや若い人のところへは、税金は回らないって、政治オンチのももりだってわかる。どうして???政治家、誰も言わないの???

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2010年7月 9日 (金)

日本水彩展  上野の森美術館

Kaiyuu003

 昨日から、上野の森美術館にて「日本水彩展」
明日は東京へ行きましょう。出品作は5月13日にアップしました。
 

 そして、7月27日からは京都府立文化芸術会館にて「日本水彩京都支部展」

 最近、とみに絵が遅れます。描けないのよねえ。上は、その支部展に出す絵。タイトルは「若い母」
先日行ってきたシリアの砂漠・・・バラ色の土漠・・・人を厳しく拒絶する土地は甘いバラ色、空もバラ色の砂を舞い上げるのか???甘いピンク・・・そこに・・・人は生きていく・・・

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2010年7月 8日 (木)

吉村昭にどっぷり

Yosimura005


 先日、京都市美術館へ「ボストン美術館展」を見に行きました。


 ももりは、自転車で美術館からの帰り道、寄らずには通れない古本屋があります。先日も、やっぱりお店に入った。そしたら・・・吉村昭・・・何冊か並んでいます。


 とりあえず、エッセーばかり5冊。おじさんが
 「500円でええわ」って言ってくれてゲット。ももりは、今まで、ちっとも今まで気がつかなかったっけれど、そのおじさんは、ももりのこと覚えてくれてたみたい。そういえば、たしか、前のときも1冊100円にしてくれてたなあ。今回、吉村昭の本もたくさんあったし・・・・
 これと云う話もしたことないし・・・置き物みたいな静かな静かなおじさんなのに・・・なんだかほのぼの嬉しくなりました。買ってきた本は???そりゃあ、スッゴク面白くて、息も付かずに、今、読んでいます。

 え?え・え・   ボストン美術館展の方は???
う・う・・・ん・・・とりあえず、良かったわよ。

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2010年7月 6日 (火)

芥子の花のように

Kesi

この芥子の花のように「カーーーッ」と熱く生きたいと思った日もあったよなあ・・・・

 先日の、友人達との話から

「もうこの年になると、自分の葬式ってどういう風にしてもらいたいとか 考えるよねえ」
「そんなん わたしら とっくに考えてる」  こう言ったのは、ももりより6才も若い人

 ももりは、あの黒い服はいややなあ。普段着でもいいから朗らかな服がいい。
うーーーんと人が好きやったし、おせっかいなくらい人と関わってきたから・・・まあ・・死んだらチョットは来てほしい。

 でも、ゼ・・ンゼン・・・ 泣かんといてや  シケ臭いなんて イ・・ヤ
 

そして、皆さんに「おおきにぃいい・・・目いっぱい楽しんで、嬉しく生きさしてもろて  おおきにぃいいい・・ありがとございましたぁあ・・・バアーイバイ」って言いたい。

 きれいな合唱曲のテープだけで、お飾りは一切無し。おもらいもいっさい無し。こっちからお茶とお菓子券でも配りたいくらい。死に顔なんて見せたくもない!!!


 そうや、ファイルを作っとこ

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