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2010年5月31日 (月)

吉村昭なら・・・・

Sakurajima


吉村昭氏に明治維新を書いて欲しかった。恐らく司馬遼太郎とは随分変わった歴史になるでしょう。

 先日アップしました吉村昭エッセー集、「ひとり旅」・・・小説「生麦事件」創作ノートより・・・面白い記述を見つけました。要点のみ抜粋します。


 薩摩がイギリス軍艦7席と鹿児島湾で砲撃戦を戦った・・・・中略・・・同じころ、長州藩も、下関海峡を通過する外国船を無差別に砲撃していたのです。・・・・中略・・・長州も全く負けた。
 そのときに井上馨と桂小五郎が長崎へ行きまして、グラバーと云うイギリス人の商人と交渉して「銃と大砲を輸入したいんだ」・・・中略・・・幕府は長州だけには武器を売るな、と、外国の武器商人に圧力をかけていたのです。それで、だれも長州藩の要求にこたえなかった。

 桂と井上はたまたま長崎に来ていた小松帯刀のところに行ってなんとかして欲しいと。小松帯刀は快諾し、わかった、薩摩の名義を貸しましょうと。それでどんどん輸入しなさいと。二人はおおよろこびして・・・中略・・・その薩摩が斡旋したということを、長州藩の藩主とその息子さんがお礼状を送っている。鹿児島に。とにかく斡旋していただいてありがたいと。薩摩藩と長州藩で幕府を倒すことに全力を挙げましょう。その様な礼状が行っているのです。つまり、薩摩と長州が結びついたのです。

 薩長同盟というと、坂本龍馬が斡旋したということになっているのですが、坂本龍馬は土佐藩の藩士ではなく、郷士です。坂本龍馬が両方を仲介して薩長同盟を結ばせたといわれていますけれども、そのようなことは史実にはないのです。・・・原文のまま

 どうですか????
船中八策・・・龍馬の手紙を吉村昭ならどう解くか・・・本当に惜しまれる作家でした。

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2010年5月29日 (土)

吉村昭・・・

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 昨日に続き、吉村昭・・・エッセイです。
吉村氏の作品はかなり読んだ方でしょう。時に、ももりには難しく、どうしても最後までたどりつけない本も何冊かあります。

 しかし、この2冊は吉村氏自身を語っていて、ももりにも早く読めて、感動しました。


 昨夜読んだ短編、「不意の死」
病院へかつぎ込まれる変死体を解剖する・・・監察医・・・彼は健康診断を受けない。死は突然向こうからやってくる。常に変死体を解剖している彼は予測された死を信じない。


 若い日、戦後の非常事態の困難な時期、末期の結核で死を見つめながら息をしていた日々。戦災とその窮乏の中の両親の死、兄弟の愛と確執。そして、津村節子との結婚。長男が生まれたときも6帖一間の文学者同士の生活。先日の毎日新聞に津村節子氏の文章が掲載されていました。その夫への激しい追慕にうたれたものです。
 2006年の死、それは、自ら、チューブを引きちぎり「死ぬよ」と言い、逝かれたそうです。

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2010年5月28日 (金)

脳は活性化したか???

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 「故人となったある著名な脳学者が、常に文字にふれている人間の頭脳が最も冴えるのは平均72歳で、それを峠に徐々に機能が低下してゆく、と語った。文字と無縁の人間が、54歳を峠に急速に低下するのと対照的だ」とも言った。

 この文は上の「私の引き出し」吉村昭からの抜粋です。72才???まだ少しあるなあ

 数独から、やっと抜け出せそうな感動。この本、久しぶりに涙ぐんで読みました。
数独も、脳が活性化するとか言うことですが、どうも、知的好奇心を満足させてはくれません。朝、起きたら、白いふすまに数字がならんで見えるくらいハマリましたけど、なんだか虚しい。

 
 何とか、本に戻りたいと思いつつ、パソコンに向かうと、「数独」のページから問題を書き写してしまいます。数独に毒されて以来、本を読むのは遅々としてすすみません。読んだ本は

「ロードス島攻防記」 塩野七海
「コンスタンチノープルの陥落」 塩野七海
「殉死」 司馬遼太郎

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 前の2冊は、以前から何度も読もうとして途中で止めてしまったもの。感動と言うほどではない。ロードス島への旅行を申し込んでいるからと云うことで何とか読み終えました。ロードス島やクレタ島など、ギリシャの島々への船旅のパック旅を旅行社に申し込んでいるのです。


 でも、この頃のギリシャの様子・・・どうなんでしょう。ももりは、旅行社が行くとさえ言えば、なんてったって行きますよ。
「殉死」については、後日・・・

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2010年5月25日 (火)

晴好・・・スウ・・・ 毒

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昨日、外は雨・・・出品する展覧会も少し遠のいて、個展をする意欲もおこらない。
つまり、のおぉんびり・・・スードク・・・
 
 
 先日来の数独・・・今では、上級++。パソコンの「数独」で問題をアップ。でも・・・「++」って、答えが何通りも出たりして、頑張っても空しい。今までに解けなかった問題はありませんけどぉ・・
 このゲーム、確かに面白い。頭もつかう。お金も今までビタ一文使っていません。
 
 でも、でもぉ・・・・使うのは頭だけってのが何よりの欠点です。
椅子に座ったら動くのは消しゴムと鉛筆だけ。本を読むなら、眠くなる。TVを見るなら足だけの運動くらいはします。確実に運動不足にはなりますね。
 あまり、人様におすすめしたい楽しみではありませんね

でも・・・まだ、ももりはやっていますけど・・・
はまってる友人がいて、問題をくれます。毎日、夕刊が楽しみです。朝日新聞や京都新聞よりは、毎日新聞の方が問題はむつかしいようです。今朝の毎日新聞、中級、アッというまに解けちゃった。

 さああ・・・今日はお日様ピッカピカ。足を使いにでかけましょう。

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2010年5月23日 (日)

薬師寺から

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 「凍れる音楽」薬師寺。西塔を見るのは初めてです。手前、西塔、奥が730年建立の東塔です。
唐招提寺は759年に発願といいますから、時代は少し下がるといいます。

 薬師寺は藤原京の御世、天武天皇が妃の眼病平癒を願って建立されたそうです。しかし、天皇崩御の時は、まだほとんど出来ておらず、実際の造営は持統朝だ・・・と、本にはあります。ご本尊は、697年、開眼供養。しかし、完成して間もなく、平城京に都が遷った為、718年に今の地に移転されたとのことです。その後、塔が建てられた・・・と、ありました。


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 「青丹色よし ならの都は咲く花の におうがごとく 今さかりなり」

 昭和の西塔の木部の色は、ももりのイメージとは随分ちがいました。濃い臙脂がかった茶色で、鉄分の色、まあ・・・べんがら色です。
 ももりは、ずぅーっと、なんとなく、もっと、あまぁい、さびた朱色のイメージを抱いていましたけど・・・

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2010年5月21日 (金)

唐招提寺から

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 先日の平城宮跡の後、奈良交通バス乗り放題のチケットで薬師寺と唐招提寺へ回りました。

先ずは唐招提寺

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 さ・あ・あ・・・井上靖「天平の甍」を、もう一度読みなおさなくっちゃ。

 ももりの本によりますと、平城宮は、長安を範として建設されましたが、その規模は、あの強大を誇ったローマよりも大きかったんだそうです。ローマは長径4キロ、短径3キロくらい。平城宮は東西4.2キロ、南北4.7キロですって!!!もっとも、長安よりは小さかった。

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 こういうのって、まるで描けない・・・でも、まあ、描こうとするってことはしっかり見るということではある・・・なぁんて自分を慰めます。
素晴らしい白鳳芸術の存在感に圧倒されました。今のものより命が詰まってるのよねえ

 下のお像は見られませんでした。博物館にあるとか・・・書いてあったような気がします。

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2010年5月20日 (木)

平城宮跡 行ってきました

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 今、話題の復元平城京を見て来ました。

 JR京都駅から近鉄、1日乗り降り自由奈良まで切符を1300円でゲット。平城京を見た後、どこかへフラリと足任せ・・・の予定です。
 お天気は晴れ、風も爽やかでルンルン。 

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 昨夜NHK、吉備真備と遣唐使船をドラマ化していました。この船は外から見えるのですが中へ入るには歴史資料館からということで、長い待ち時間に入場は断念。もし、見たい方は、宮殿見学の前に、先ずここの入場チケットを買われた方が良いでしょう。
 とも角、宮殿見学はタダなのが何より・・・うれしいデェーーす。

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 午後、久しぶりに薬師寺と唐招提寺へと足を伸ばしました。それは、又。後ほど・・・

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2010年5月14日 (金)

「冷泉家 王朝の和歌守」展  京都文化博物館

Buroyou


先日見てきた前期展。凄い内容でした。尤も、書に興味がない方にはちょっと地味メです。13日、全作品入れ替えと云うことですから、もう一度見に行こうと思っています。
 とりあえず、冷泉家って???そんな家あったかいな???物見高いももりとしては、ほってはおけません。探しに出かけました。

Rei

 御所の周辺なら、いつもママチャリでウロウロしているのに・・・でも・・・はて???

 周囲は全て同志社大学。前は丸太町通り。前後左右、身動きできないように高い建物に取り囲まれています。門はかたく閉ざされていましたし、表札もありません。この日は、この展覧会のポスターが立て看板になって置いてありましたからわかりましたけど、普段ならちょっと探すのはムリでしょう。

 この当たり一帯は、その昔、公家屋敷が建ち並んでいたところ。戊辰戦争当時は薩摩藩の藩邸でした。天皇が東京に遷られ、多くの公家も東京へ移り、酷くあれはてていたのに、心を痛められた天皇が宮内省を置いて、整備管理させたのが今の御所だそうです。
 あ・あ・あ・・有為変転・・・戦火にもあわず、よく生き残ってくれました。
 

「名月記」・・噂には聞いていました。う・う・・・・ん。委細はのちほど・・・

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2010年5月13日 (木)

ピカソの絵は入選するか

Nissui


 ・・・億だったか???ピカソの絵がオークションで売れました。
でもねえ・・・あの絵、例えば公募展に出品して当選するか???まず、しませんね。
結局は絵は個人の好みです。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。誰に遠慮もいりません。
 でもぉ・・・展覧会に出品を続けているももりとしては・・・悩むのよネエ!!!
描きたい絵は、キンキラキンのきれいな絵。ところが今年の出品作は、ま・あ・あ・・・こんなもの・・・

ところで、昨日の洗濯機、ご機嫌よく働いています。朝って、こんなにすがすがしいかったんや!!!

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2010年5月12日 (水)

文句が多かった洗濯機

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 先日来、ずっとブツブツこぼしていた洗濯機。ついに、脱水不可能になりました。からでもピーピーピー。働こうとしません。パソコンで調べて業者さんが修理に来てくれました。来てくれた若い可愛らしいボンは一目見て

「これねえ・・・ちょっと前に倒すだけで直るかもしれませんよ」 

 
 洗濯機は、少しトップが前かがみになるように設計してあるんですって。機械が真っ直ぐに立ってないなんて、ももりは、ちっとも気がつきませんでした。脱水機が、センサーに触れることによって、危険防止のために止まる。 ももりの洗濯機は、すこし、後に反っていたから、ちょっと弾力の衰えた洗濯桶が、大きく揺れて、センサーに触れるというわけです。そして、半時間もかからずに修理もなく、脱水機はすなおに働き始めました。出張費、2310円だけでOK。Kurama1_2


 これまで、どれほど、この文句の多い洗濯機をのろってきたことでしょう。
でもぉ・・・これって、設置のときに一言アドバイスしてくれてたら???洗濯機くらい、一人で設置できると誰も思うじゃありませんか???なあんて・・・・ネ
 こういうケースは多いんですって
 スケッチは先日のおんびり歩いてきた鞍馬山、貴船まで山越え。随分以前と変わっていました。

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2010年5月11日 (火)

余に深謀がある・・・そして・・・敵前逃亡

 Yosinobu

 先日のNHK「龍馬伝」ももりには、口先ばかりの最後の将軍徳川慶喜と鳩山がダブって見えてしまいました。
 慶喜の約束、攘夷決行は5月10日。鳩山の基地移設の期限は5月末日。出来なかったら止めるの???いや、止めそうにないとか??? あ・あ・あ・・・・止めるのなら早く止めやめてぇ。
 よう、あんなエエカゲンなことばっかり言うてられる。口先ばかり、見せかけだけの親切。小手先のくい打ちによる滑走路ですって???今から造るの???

 一方の徳川慶喜、幕府に忠節を誓う兵士達は大阪城に集結。倒幕軍はせまっています。
「さあ、決戦!!いざ、いざ、将軍様、ご出陣!!!」のはずが、急遽、夜陰に紛れてトンズラ。しかも、会津藩、桑名藩のトップを連れて大阪湾からお船に乗って。不審に思った松平容保が「何ゆえ???」と聞きましたら、「余に深謀がある」と言ったといいます。結局、大将を失った京都所司代の会津藩士や新撰組は、事実上、この夜、この世から消えました。
 この、「余に深謀がある」って言う所が、似てると思ってしまったわけのようですが、今回、鳩山政権は国の未来を売ったのかもしれません.
スケッチは金戒光明寺。ここには、この日、むなしく死んだ会津藩士のお墓がたくさんあります。

 金戒光明寺の、このスケッチの三重の塔は秀忠追善の塔。2代将軍秀忠は、妾腹の子を保科家に出します。奥方のお江代の方の怒りを恐れたためでした。その後、3代家光の時、会津藩主となったと聞いています。金戒光明寺から真如堂、吉田神社、宗方神社など、このあたりは観光ルートからはずれ静かなものです。ももりは大好きです。

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2010年5月 7日 (金)

数独その後

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 先日来、書き込んでいました「数独」から、やっと抜け出られました。
 
 カンカンになってやっていましたけれど、なんとか・・・「まあまあ・・・こんなトコかいな」ってわかってしまったみたい。
 
 最初の間、「何でこんなこと気がつかへんかったんやろ」って言う驚きが一杯。やがて、欲を出して、上級から上級++・・・へ・・・絶望感に打ちひしがれましたね。
 でもぉ・・・根気よく、可能性を潰していったら解けるらしい・・・ってわかって、意欲は一気にダウン。根競べなんか、楽しくない!!!

 なんだか、若い彼氏に岡惚れ、でも、現実に目が醒めた???って感じかなあ。

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 これでやっと本に戻れます。今、読んで知るのは「コンスタンチノープルの陥落」塩野七海さん。読みづらいけど、面白い。数独ほどは根気も集中力も必要としません。その点、数独は先ず眠くはならない。でもぉ・・・本はいつの間にかトロトロ。ちっとも先に進まない
 スケッチは先日の「神仙苑」の狂言。綱に鬼が隠れています。相当、高度な体操能力が要る演技で面白かったです。

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2010年5月 4日 (火)

ひそやかに・・・

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上は先日行った光悦寺。たった一人。紅葉の頃はあんなに人であふれかえっているというのに。身も染まりそうな新緑の中、プツネンと一人、ぼーーんやり。時は午後4時。
 右、高い山は鷲が峰。左が鷹が峰。本阿弥光悦が家康から拝領した土地です。はるかに京都の町が見えます。何処が見えてるんやろ???

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 連休。家族はみんなそれぞれに遊んでいます。ももりは家でのおんびり。昨日午後、「神仙苑」の狂言を見に行きました。壬生に住むももりは「壬生狂言」は何度も見ていますが、神仙苑の狂言は初めてです。スケッチブック片手にいそいそと出かけたのに、なんと、なんと・・・鉛筆を忘れてました

 今日はもう一度、行きましょう。何てなんて、優雅なひととき。神仙苑の狂言はただなのです。
きのうの演目は、有名な「土蜘蛛」の他、「桶とり」「餓鬼すもう」「愛宕まいり」


 その中の「愛宕まいり」花見に出かけたお大尽が、ほうらくを山頂から投げるようすで、丸いものを客席に向かって投げてくれて、ちょうど、ももりの前にストン。なんと炭酸せんべいでした。おいしかったし、うれしかった。
 というわけで、さ・あ・あ・・・もう一度見に行きましょう。

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2010年5月 1日 (土)

平城宮の最高のカップル

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 ももりは最近では、絵のことばっかり書いているようですが、実は50代半ばまでは、びったり、書道界につかっていた人間です。日展には手が届かなかったのいですけれど・・・それは、負け惜しみではなく、お金が無かったから・・・ 

 どうですか 上の写真、光明皇后が王義之の描いたものをそっくりに書いたものです。ヨーーック見て下さい。

 下は彼女の夫、聖武天皇が書いた写経です。

Ko001

 なんと面白いカップルでしょう。夫、聖武天皇は、完璧な教養、知性、理性の持ち主です。
一方、妻、光明子  光明皇后はやんちゃそのもの。おしゃべりで闊達、童女のようにくったくがない。しかし、のびやかでのんきで賢い。カッカッカッと笑う顔が目にリアルに浮かびます。そりゃあ、藤原不比等の娘ですもの。
この二人、平城の宮殿ではにぎやかにけんかもしたにちがいありません。そう思って平城宮を見に出かけましょうか

 書って何て面白い!!!書は人となりって、本当です。

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