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2010年1月30日 (土)

 ヴィクトリア女王のロンドン

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ココログの製作ページに何度か試してみましたが接続できなかったんですけど・・・・あ・ら・ら・・・一体どうなってんの?・・・上手く接続できました。
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上は「ヴィクトリア女王 世紀の愛」 
昨日、見て来ました。19世紀、イギリスが世界を圧していた時代。19才で、国王の座に着いた女王ヴィクトリアは恋した王子と結婚します。お相手のアルバート公は、そりゃあ、ステキで、うっとりため息が出るような・・・結構すぎます。

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その上は映画、「オリバー・ツイスト」の貧窮院の中での食事風景。オリバーは行き倒れの母親から生まれ落ちた天外孤独の孤児院育ちです。孤児たちのための予算は肥え太った理事達に吸い取られ、孤児たちはいつもおなかをすかしています。上のヴィクトリア女王の優雅な宮廷生活の裏には、この、ロンドンのすざまじい貧民窟の生活がありました。そして、映画は「オリバー・ツイスト」の方がはるかに面白かったです。

 ヴィクトリア女王は1818年生まれ。「オリバー・ツイスト」の作者、チャールズ・ディケンズは1812年生まれです。
「オリバー・ツイスト」の映画の中のロンドンの貧民窟は、画面から悪臭がただようようでした。道はぬかるみ、排泄物だらけ、都会へ働きに出てきたものの食いつめた浮浪者が行き倒れていたのです。ヴィククトリア女王は理想的な家庭をもったことで理想化されています。実際、アルバート公は、世界最初の万国博覧会を成功させ、エジプトやインドも手中にし、経国の才を発揮しました。アルバート公はチフスにかかって1861年に死にます。彼女はその後ずーっと喪服だったんですって。93歳で亡くなりましたが、晩年はすごーっく太って、綱で釣り上げてもらって移動したとか???

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2010年1月28日 (木)

平成の将軍

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 最近、バタバタイソガシ・・・コメントにお返事も書かなくて申し訳ありません。
先日来、読んでいました徳川慶喜・・・イヤハヤ人は色々言いますが・・・

 
 徳川慶喜と云う人・・・とも角、口達者です。口では誰も太刀打ちできません。しかし、その話の内容がクルクル変わる。頭は悪くない。しかし、人をすぐコケにする。大代名も無能呼ばわり。・・・・う・う・・・ん・・・そら、誰もついてこんわなあ。

 なんだか、読んでいるうちに今の政治のドタバタを見るような気分に陥ってしまいました。
「異国を打ち払え」外野ではカッコつけて叫んでいますが、慶喜は西洋かぶれです。西洋の武力がどんなものかも知っています。彼はナポレイン3世にあこがれていて、写真に凝っていたといいます。頭から、実現不可能な「攘夷論」はまるで、ヤワなマニフェストをお飾りに誕生した民主党政権のようです。

 京都の朝廷では、ウソばっかりの勅状をデッチ上げて、幕府に戦争をさせようとしています。断りきれず、ちょっとやってみようかなと腰を上げた途端、高杉晋作なんかの、若輩モノ達に敗れ・・・あっという間に戦争は「もう、ヤメ」 

 それでも、「もうイヤッ」て言えないところが苦しいところ。周囲を見まわしても、役に立たないボンクラ老中ばかり。エエとこ育ちのおぼっちゃんは、ここいうとこで、!!!ア・カ・ン!!!結局、命懸けで幕府と生死を共にしようと集まった純情な部下の兵士を見殺しにして、身一つでトンズラ。大阪湾から舟に乗って逃げました。
 鳩山さん???どうしますか???あなたの知恵袋は今、検察に首の根っこを押さえられています。長年ついてきたウソがバレそう・・・

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2010年1月24日 (日)

アメリカ恐怖症

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 マイケル・ジャクソンが圧し潰され、タイガー・ウッズも壊されようとしている。アメリカの言葉の暴力の怖ろしさ。裁判の怖ろしさ・・・トヨタの車にも今、同質の不安が被さっているらしい。アメリカでも、中国でも、日本製品を売れなくするなんて、どうやらオチャノコサイサイということらしい。
 何処の国だって、国益のためには恣意的に罪を騒ぎ立てる事くらいヘッチャラのようだ。
 その一方、どなたにもスリスリしたい日本。スリスリするにも、もう、手持ち無し・・・さ・あ・あ・・???あなたならどうする???一縷の望みは国民感情ってモノか???

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2010年1月22日 (金)

不死・・・長寿・・この怖ろしい思想

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 TVや新聞で、読んだのですが、がん細胞は死なないんだとか。寄生する宿主が死ぬ時だけががん細胞が死ぬとき。ほかの細胞には寿命があるのに、がん細胞は永遠に増殖しつづけるんだそうです。
 人間が死なないことを望むのは、まさに、地球にとっての人間こそががん細胞、そのように思えてしかたがありません。人間以外の生き物は、DNA の保存が出来た段階で死を迎える。死なないと、少ないエサを奪い合うことになるから・・・なんだそうです。

 先日の会話より、「うちのおばあちゃん、手術やねん」
「え??どうしはったん??」おばあちゃんはもう、90才をいくつか越えています。
「食堂がふさがって食べ物が入らへんから、胃に栄養入れるチューブのための穴をあけるんやて」

う・う・・・・ん・・・

 がん細胞がたった一つ偶然の変異から生まれ、増殖して臓器を圧迫するまでには長い年月を必要とするとか。ももりも、もう、この年になったら、どこかにがん細胞を養ってるんでしょうね。癌を殺すって言うことは自分が死ぬことと云うわけです。ももりの家系は、がん家系。そのうちに・・・
 まあ・あ・あ、地球のためには良いことですから

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2010年1月21日 (木)

「火の路」松本清張 読了しました

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 ナッカナカにホネ・・・な本でした。いつもお話しています酒徒善人さんのブログで、記憶に残った松本清張「火の路」を、偶然、古本屋でゲット。飛鳥の石造物を見て歩いたのは昨年の秋、何か意味ありげな出会いです。
 「さてこそ・・」と読み始めましたが、ナッカナカにホネ。作家は論文の抜粋を延々と読ませます。
「なんで作家ってこんなに頭がええんやろ???」とぼやきながら・・・それでも、面白かったです。
上おスケッチは吉備姫王檜隈墓(きびのひめみこひのくまの墓)の墓に置かれた謎の石人4体。きびのひめのみこは、説明書きによりますと皇極女帝の母とあります。

 飛鳥の石造物、「なんで、この形に???」「何するためのもん???」「どないして、こんなもん作った???どんなもん使うてこんなもんが作れたんやろ??」ももりですら不思議でならなかった謎の石造物。そのマジックボックスに入り込んだ女性研究者は、飛鳥からイランへ。大学という閉鎖的な研究集団。自由な発想を小バカにする権威主義、盗掘なども取り込んで、物語は進んでいきます。スケッチ中は亀石strong>


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 きびのひめのみこは、説明書きによりますと皇極女帝の母。

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 談山神社には「多武峯縁起絵巻」と云う、確か国宝だった??絵巻物があり、そこには、有名な曽我入鹿の首がふっ飛んでいる場面が描かれています。ホラ、画面、真ん中に入鹿の生首がふっ飛び、手前、頭が落ちた首から血がドバッと出ています。その時、まさに、御簾の中にいる女帝が皇極さん。皇極女帝は息子の天皇の死後、もう一度帝位につき、斉明天皇と称します。小説「火の路」では、若き女主人公の学者が、これらの石造物を創らせたのが、まさしくこの斉明女帝ではないかと、大胆な仮説を立てたのです。
 飛鳥の謎の石造物は、ゾロアスター教(拝火教)の祭壇であり、酒舟石の怪しげな彫りは、ハッシシなぞの薬草を磨りつぶし、混合した施設だった・・・仮説は小説に膨らんでいきます。ももりも、この異様な石人たちがハッシシで酔っ払って踊り狂うなんて、飛鳥古代の世界にさまよいました。
 ももりがもし、小説家なら、目の前で入鹿を殺されたショックで、斉明天皇は新しい信仰にはまったってことにしたいなあ・・・スケッチはハッシシなんかを磨り潰したという酒舟石
 

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 「大化の改新」のきっかけとなった曽我入鹿の生首ふっ飛び事件につき、面白いページをつけました。
http://www.bell.jp/pancho/kasihara_diary/2004_12_08.htm

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2010年1月19日 (火)

老婆心

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朝、目にして胸が苦しくなる風景、それは、パチンコ屋の開店を待つ人の群れ。若い人が多いし女性もいます。もう、ももりは昔なら充分老婆です。老婆心ながら・・・本当に心配・・・日本がどうしてこんなことになってしまったのか???週日の朝、こんなトコで騒いでる場合やないやろ。
 どんなに安くても、つらくても食べるためには働く・・・こんなの当たり前のことでしょう。外国から安い労働力を入れているくせに、日本人の手元には職が無いんですか。世界的な競争に巻き込まれて、日本人の労働の対価はこれからも下がっていくでしょう。
 一方、一生懸命真面目に働いている人からは、遠慮なくムシり取っていく。あ・あ・あ・・・人形はトルコ

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2010年1月16日 (土)

映画「ウルルの森の物語」 見てきました

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 おおかみが日本にいたら???
かつて、おおかみは地球上の森にに広く棲んでいた。日本にもいた。北海道にもいた・・・
ある日、森の中で助けた小犬が実はおおかみだった・・・こんな夢を見たい・・・誰だって・・・あまりにも寂しい夢ですけれど。
 おおかみがいなくなって鹿が増えすぎ、森が滅んでいくとか・・・でも、他方、おおかみは人や家畜をおそう敵でもあったようです。「赤ずきん」ちゃんみたいに・・・北海道、大雪山系でしょうか、素晴らしい自然の映像をぜひぜひ・・・ももりが頬ずりしているのはカナダのおおかみ

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2010年1月15日 (金)

ハプスブルグの女たち そのⅠ マリー・ルイーズ

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 ナポレオンが、妻、ジョセフィーヌを袖にして、王家の血を入れたいと嫁に迎えたマリー・ルイーズ。彼女は、ハプスブルグ家、マリアテレジアの孫娘で、マリー・アントワネットは叔母にあたります。ナポレオンは40才でおなかの出た中年太り、マリー・ルイーズ18才。

 ナポレオンの老獪なテクニックに、小娘の彼女は、あんじょう取り込まれ、翌年ナポレオンの子を生みます。男の子でした。男の子は生まれてすぐローマ法王の名前をもらいますが、父、ナポレオンは4年で失脚。母親は子連れでウイーンの宮廷に戻ります。エルバ島に流されたとはいうものの、ナポレオンは、母、レティチアの蓄財もあって、かつてと変わらぬ王侯暮らしです。ナポレオンは、言葉を尽くして彼女を呼び寄せますが、彼女は、もう、ナポレオンを振り返ることはしませんでした。ナポレオンとの愛児すら、振り返らなかったのです。いえ、生まれた時から子供は乳母にあづけっぱなしだったといいます。
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 3歳でウイーンの宮廷に入った彼は、ライヒシュタット公とよばれ、ひっそりと養育されます。ウイーンの宮廷にとっては、ナポレオンは、かつての大敵。だれも、彼を可愛がらなかった、というより、ナポレオンの残党、ひいては、フランスにとりこまれるのを恐れたのでした。フランスでは、ナポレオン2世再来を望む声が熱病のようにわきおこっており、オーストリアにとっては大変な脅威だったのですから。フランス語を学ぶことすら禁止され、軟禁状態だったといいます。
 長ずるにつけ、ナポレオン2世は、父恋しの一念に取り付かれるようになり、父にあこがれるようになります。しかし、生来、体が弱く、軍務に耐えられずに19才で、白いペスト、結核を発病します。母親を求める息子の声にも、つれなく無視し続けた母親が、やっと、瀕死の息子の枕元に姿を見せたのは、息子の死の1月前でした。母親は、もう、新しい恋に忙しかったのです。

  100年の後、ヒットラーというオーストリア出の怪物が、ドイツへ移住して出世、ドイツを掌中に握り、オーストリアを併合、フランスをも支配しています。彼は、フランス人のご機嫌をとりむすぶためにナポレオン2世の遺骸を、アン・ヴァリッドに移した・・・と、中野京子「ハプスブルグ家12の物語」では書いています。アン・ヴァリッドはパリにあり、ナポレオンを埋葬しています。今、ナポレオン父子はアン・ヴァリッドに並んで眠っているんですって。

ももりはそんな事も知らず、アン・ヴァリッドをスケッチ。ナポレオンの息子の小さな顔の彫像もウイーンのシェーンブルン宮殿???だったかで見ました。ホント・・・モット早くに知ってたらよかった・・・

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2010年1月14日 (木)

ハプスブルグのあご  「ハプスブルグ展」 京都国立博物館

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ある時、いつもお世話になっています歯科医の先生がおっしゃいました。
「ハプスブルグの受け口は、遺伝研究の有名なケースなんですよ」

今回、その言葉が頭にあったものですから、ハプスブルグ家歴代の王様の肖像画が沢山展示されて、ももりはあごばっかり見てしまいました。
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 どうですか・・・左端、マクシミリアン(1486~1519)の見事な受け口。下真ん中、息子フィリップも、凄いあごです。

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 上は、処刑時のマリー・アントワネット。確かに受け口です。有名なナポレインの戴冠式の大きな絵、ルーブルにあったと記憶してますけど・・・を描いたダヴィッドがスケッチしたもの。
 上の本は、博物館でゲット。絵も沢山入って、実に簡単に面白く読めて、ハプスブルグ王家の、のろわれた系図を書きおこしています。王家を守るために、近親結婚をくり返し、精神も、からだも弱く、異常に短命な人物群像・・・それにしても、霧の中のように、茫漠として大きい西洋史に、一転、ハプスブルグ家の通史を読んだ時は目からうろこでした。初めて西洋史が立体的に見えてきたものです。高校の世界史なんかも、ハプスブルグ家から入ったらどうでしょう。ちなみに、このページの絵は展示されていません

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2010年1月13日 (水)

おつぼね宣言

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 おぐしおの小椋さん、引退。よおぉーっく頑張ってくれました。どうぞ、どうぞ、少しは楽になってください。
慢性胃炎っていうじゃありませんか。可哀そうに・・・・緊張から解き放たれて、のおぉーんびりしてください。そうして、もう、ヨメに行け!!!美しく、強く、賢いDNAを残すのも、又、素晴らしい事業ですよ。
 

 ひるがえって、ももり、随分生きました。先日は誕生日。ン才になりました。あ・あ・あ・・・
ももりはこれからおつぼねさんをやります。奥深い陽の差さぬ大部屋で、黙々と与えられた仕事をします。誰もが、ももりの存在を忘れてくれる、でも、あの人がいなかったら、初めて、とっても困るってことがわかる・・・そんな存在になりましょう。明るい陽は若い人に当たるもの・・・そう・・・陽のささぬ奥向きでも、ももりを必要としてくれる仕事は一杯ありそうですから・・・

 今まで、まあまあやってきたおかげで、東京都美術館にも京都市美術館にも年に何回か、絵を発表することができます。その場を借りて、もう、好きなように自分の世界を、ひそやかに展開したい・・・

  新年の思いです。

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2010年1月 8日 (金)

景気の良い話

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 お正月、ある人との会話から、
「日本が破綻するって??それって一体どういう状態になるの???」
「そらぁ、ある日、突然、お金の価値がガタッと無くなるんやろな???こんな、食事が10倍以上高くなるでえ?」
「え・え・っ!!!つまりインフレになるんか」
「そうや」
「そしたら、チョットやソットのお金なんかは無いのと同じになるんやな??」
「うん」
「ほんなら、行ける間に旅行なんかでもしといた方がええのん???」
「そうや、どうせ、ちょっとくらいのお金なんかでは追っつかへん。行けるうちにウンと行っとき」
結局、今年も、行けるだけ、ウーンと旅行に行っとこう、という、景気の良い???結論に達したのであります。死ぬのはどうせ、死ぬンやから、ウーンと貧しく死にますから。お人形は園部、女性の館「市田ひろみさん寄贈の世界の人形コレクション」から、フランス人形 

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2010年1月 7日 (木)

ホントにうれしかったお正月

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 去年、31日は息子達がホテルで忘年会をしてくれました。お嫁さんたちもみんなそろって、しあわせ・・・・マグロの解体なんかの実演もあって、スバラシかったです。
 「お母さんも一緒に飲みたいもん」って息子達におねだり。勿論2次会は我が家で。おせちをつまみながら、雪中梅と越の寒梅を飲み比べ・・・・なあんて、幸せ!!!こうして久しぶりに顔を合わせますと、息子達はしっかり成長しています。もう、あちらが保護者でした。ももりの子育ては無事完了!!!

 1日は年賀状の返信書き。2日には姫路城、3日、映画「のだめカンタービレ」を見て、4日は伏見のお稲荷さんと御香宮神社へ初詣。どの日も、ウラウラと無風、快晴でした。きっと、今年・・・・いい年です。そして、今、みんなが仕事に出かけてパソコンを独占。これが、又々、うっれしい!!!スケッチは御香宮神社。ごこうみや神社については

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E9%A6%99%E5%AE%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE

神功皇后を主祭神とし、夫の仲哀天皇、子の応神天皇ほか六神を祀るんですって。今年は、日本の古代史にも興味を拡げてみましょう。幕末、伏見奉行所の跡地で、小堀遠州作のお庭があります。伏見鳥羽の戦いで薩摩兵が打ち込んだ砲弾で荒れた手水鉢もありました。御香宮のお水は「名水百選」の一つ。そりゃあぁ・・・大きなソテツの木!!!がありました

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2010年1月 6日 (水)

初おでかけ 国宝姫路城

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 2日、姫路城へでかけました。快晴、無風!!!
にいどしは、良いことあるらし、晴れてれて風もなし・・・とか誰かも詠ってましたっけ???
 間もなく、城壁を塗り替えるべく覆いがかぶさってしまうとのことです。
 姫路城は1333年赤松氏によって建てられ、徳川初期、池田輝政以来、営々と受け継がれてた天下の名城です。そこに住んだお殿様は、本田、酒井、榊原と、徳川の重臣中の重臣でした。詳しくは
 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%AB%E8%B7%AF%E5%9F%8E

Himeji

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 おやおや???忍者に入門したいももりですが・・・・体重を20キロは減らさないとダメみたい!!!

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2010年1月 3日 (日)

釣りキチは大漁!!!

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 2日から、南紀は、串本に釣りに出かけていた釣りキチが、上々機嫌で帰宅しました。長年憧れていた深海釣りのリールを、やっとの思いでゲット。今回初挑戦です。どうやら、釣り好きは際限なく嵩じるものらしい。釣果はあこう鯛、とうじん、あおりいか、ぐれ・・・・と云うところらしいです。釣りキチはお料理も大好きですから、当分は、又、賑やかなことでしょう。
 後に控えしは、越の寒梅、雪中梅、加茂鶴・・・これだけそろうってのは凄いでしょう。新潟の威友のおかげです。ワインもそろって、お客様を待っています。豪儀なもんですねえ。

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 釣りキチがやっと、ゲットした深海釣りのリール。これをアップしてくれですって。 

そうそう・・・1日にアップした虎の子は、南米に生息するジャガーでした。ももりの友人が連れて行ってくれた家で、飼っていましたよ。「ギャオギャオ」と鳴く声は、ド迫力。とてもネコなんてモンじゃなかったです。

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