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2009年11月29日 (日)

奈良 山の辺の道 歩いてきました

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 奈良のお方のブログ・・・いつもいつも奈良にあこがれていましたが、「エイッ」と行ってきました。だって、お日様がキラキラ輝いているんですもの。何も予備知識なし。先ずは近鉄京都駅。そこで、1400円で天理、桜井で乗降できるというおとくな往復チケットをゲット。さあ・・・天理へ。
 観光案内所で一杯パンフレットをゲットして天理駅から歩き始めました。天理はとてもきれいな町です。

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 スケッチは石上神社(いそのかみ神社)なんとも、悠長に、ケタイな鳴き声を上げるたくさんの雄鶏に先ず魂は古き時代の飛鳥へ・・・
 てくてく、のーんびり歩いていきます。一人ですから寄り道もし放題。戦国時代に築かれたという環濠集落の名残を見て、いよいよ沢山の古墳をめぐります。崇神天皇陵、景行天皇陵の大きさに驚き、桧原神社へ・・・美しい日本の農村の秋、みかん、柿、夏みかん、イチジク、ぶどう・・・・鈴なりです。
 奈良って豊かなんやなあ!!どこからか、奈良のブロ朋さんが、ひょこっと「ももりさあん」って現れてくれそうな・・・・
「あの山が耳成山、あの山が畝傍山」って出会う方が教えてくださいました。二上山って高いのよぉ・・・

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 二上山に夕陽が落ちるってのを見たい、と思ううちに「あれれ、今夜、人が来る」って、急に思い出して、疲れて引きずっていた足も急にシャンとしてJR三輪駅におりました。何しろ、近鉄駅に出ないとお得なチケットが使えません。JRは、まだ単線です。なんとか、本来の目的地である近鉄桜井駅に到着、5時1分発の、近鉄京都行きに乗り込むことが出来ました。特急券830円を奮発して、5時50分には京都に帰りついていました。窓から見る夕焼けのなんとも甘いピンク紫がうれしい!もう一度、今度は桜井から歩きましょう。

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2009年11月25日 (水)

山科散歩

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 山科に「天久宇」っていうギャラリーがオープンしましたことは、もう、お知らせしました。ギャラリーは12時オープンということで、空いている午前中を、絵の教室をしないかと云う話はすぐに実行となり、もう2ヶ月です。
 12時に終わると、午後を、ももりは山科周辺を歩き回ろうと思っています。
 先週は勧修寺塔頭、可笑庵へ連れて行ってもらいました。大石順教尼が晩年をすごしたお寺で、尼の書や絵を展示していたのです。
 上は大石順教尼。口で筆をくわえて書いた書や絵は自由闊達です。息子さんのお嫁さんと云う人が解説をしてくださいました。

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大石順教尼・・・明治21年、大阪道頓堀に生まれる。本名、よね。12才で京舞の名取となり才能を見込まれて、遊郭、「山海楼」の中川万次郎に引き取られ名声を得ます。しかし、17才のとき、養父は錯乱。6人を切り殺し、よねは両腕を切り落とされます。腕を無くしたよねは地方巡業などで世すぎをします。まあ・・・見世物でしょうか。
 ある日、カナリアがくちばしで子供にえさを与えるのを見て一大発心。口で筆を使用する修練を重ね、古典、和歌を学びます。24歳で絵描きと結婚。しかし、美人画家であった夫は浮名が絶えず、39歳で離婚。帯地に絵をかいて、たつきをします。
 45歳、高野山で得度。法名順教。山科勧修寺に移ったのは昭和13年。身体障害の相談所「自在会」を結成。婦女子と一緒に住み、自立教育を行なう・・・80才で亡くなったといいます。文字はやさしく大らかな書きぶりですが強靭です。まさに、文字のとうりの人柄だったそうです。

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2009年11月24日 (火)

「嫌い」じゃなくて「口に合わない」

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ドラゴン・フルーツっていうんですって。
 釣りキチが「こんなの売ってた」って買ってきたもの。
ハツモノ食べると75日長生きする、とか聞いていましたので食べました。なんだか・・・・キーウイのズルッとした感じ。ペルーで食べたサボテンの実みたいな味です。350円ですって。ももりはもう一度買って食べようとは思わないなあ。
 好奇心が強く何でも食べる、そして、結構美味しいと感じるももりは「あくじき」なんでしょうね。比べて、相棒はムツカシイ!!!お醤油と砂糖の味付けしか受け付けないような味覚の狭量に、料理方のももりは苦しんでいます。でも・・・まあ・・・イヤな物をムリして食べさせられるってのは拷問でしょうから、無理強いはしません。野菜が嫌いで、命を縮めたって、それも生きる甲斐性ってもんでしょう。最近、相棒は「これはまずい」って言うかわりに「これは口に合わへん」って言う、表現に変えました。

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2009年11月21日 (土)

順番待ちは「ケグ」風で

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 展覧会はどこも大変な人出のようです。今朝の毎日新聞投書欄より
「長い行列をして2時間も待たなければならない。周辺には素晴らしい見所が一杯あるのに」と云うのがありました。本当に、全く、そのとうり!!!どうして、サッサと機械化しないの???
 もう大分前、カナダはバンクーバー・・・友人に聞いて美味しくて安いという「ケグ」と云うお店を探して、やっとたどりつきました。そしたら、中は真っ暗・・・というか、ウーンと暗い。労務者風の人も沢山出入りしていて、音楽が大音響。ももりは「こんなトコで食事しとない」って言ったんですけど「やってみる」って相棒がテコでも動かないので、待つことにしました。受付で丸い小さな円盤をわたされ、店の外へ。周辺は何となく怪しげで・・・
 突然、その円盤が「ピー」と鳴って暗闇で点滅。早速、お店に戻ったらすぐに食事にありつけました。それがぁ・・・おいしかったのよ・お・お・・・・それにぃ、お安かったのよ・お・お・・・・
 今すぐでも、順番待ちは機械化して欲しいものです。写真はうれしいいただきもの

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2009年11月20日 (金)

窓うつ 嵐に 夢もやぶれ ♪♪♪

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 窓うつ あらしに 夢も破れ・・・はるけき彼方に 心まよう♪♪♪・・
同窓会の夜は激しい嵐でした。日本海に面したガラス窓に激しく吹きつける雨風・・・半世紀前の青春を思い出すには、かえって良かったみたい。考えて見れば、18才で入学してから半世紀・・・なあんと・・・な・が・い・・
亡くなってしまった人もいるし、どこへ行ったのかわからない人もいる。海外に住む人もいます。闘病中の方は、奥様とご一緒に参加してくれました。当時、「田中さん」が二人おり、「フトちゃん」「ホソちゃん」って呼んでからかってたカノ君は手術したんですって。勿論、ももりは「フトちゃん」です。

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 私達のクラスは、元々26人・・・その中で参加者は13人。当時、母校は二期校で、京大、阪大を落ちた(失礼!!!)人が多く、みんなマジメでおだやかな勉強家でした。今は、それぞれ、匆々たる会社を停年退職して、悠々自適。ももりは???ナーーンとか生きてます。スケッチ、上は経が岬。下は泊まった夕陽が丘


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2009年11月18日 (水)

「医者になりたかった・・・」にいただいたコメントに

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「医者になりたかった・・・」と云う記事には、沢山のコメントをいただきました。なかなかお返事が書けなくて申し訳ないのですが、やっぱり、市橋という青年は、それほど世間の関心を集めているのでしょう。
 先日の毎日新聞、有名な心理学の先生がこんなことを書いてらした。

「心理学をやっていると、とんでもない犯罪を犯す人と話すことが時にある。そして、それらの人の中には、どうしても人間としての共感を持てない人に出会ってしまうことがある。そういう人とは、親や周囲の人のみならず、自分自身に対してさえ、全く愛情を持っていない。常に目先の小さなことの利害だけで行動する。自分勝手とか、自己中心とかは、最後には自己への愛情で接点を見つけられるのだが・・・」先生のお名前を思い出せなくて申し訳ありません。
 市橋青年は深い自己嫌悪に陥っているのでしょうね。今更悔やんでも、どうにもならないあの時の激情。その行為をやってしまった自分への嫌悪感・・・

hokky様  娘さんには、本当に気をつけてあげてください。日本でも、夜出かけるときには、必ずエスコートしてくれる男性が必要です。これってヨーロッパでは、常識的なことなんでしょうけど。若い娘が、夜、一人で出歩くなんてもう論外です。難しい世の中になりました。

博多のじーじ様  子供の成長に早い遅いがある・・・・これは本当に痛いほど感じます。ももりは小さな書道教室を長くやってきていまして、目を見張るように利発な子と、ドン臭くってトロイ・・・けど、ちょっとこの子は??・と思う子が、5年生か6年生ころに入れ替わるケースが多いです。ももりが勝手に思ってるんですけど、考え方が抽象的になる年令、つまり「4つ5つ・・・りんごが・・・半分」っていう段階から「1/2・・・」っていう抽象的な概念の世界に入った時に、変わるように感じます。形の無いものを抽象的に脳に描けるか・・・社会も理科も同じと思うんです。勿論、素人の感じたことにすぎませんが・・・

ちゃぐまま様  父は56才で死にました。父恋し・・・です。

コデマリ様  この青年が食を断って・・・さ・あ・あ・・・点滴なんかするんでしょうか???それも・・・考えようによっては残酷・・・ぎりぎりまで考えさせてあげたらどうでしょう。

テラ様  多くを望みすぎるってのは、問題でしょうけれど・・・特に一人っ子や、跡継ぎの男子っていう意識は子供には負担でしょうね。

さらさ様   ありのままを受け入れてあげて欲しいです。ももりの3人の息子、いろいろいました。優秀なのもいたし、イマイチも・・・でも、ももりは「あ・あ・あ・・・こんな頭に生んだのは私。かわいそうに、これから苦労の多い人生を生きるんやろな」って、絶対にテストの点数で怒ったりはしなかったと自信を持って言えます。その息子も、今、立派なもんですよ。そりゃあ、お給金は少ないですけれど、いじらしいほどひたむきに働いています。時々私はうれしく叱られています。

がんさん@大和の国様  一番厳しいご意見です。おっしゃるとおりです。

道草様 ウ・ウ・・・ン。母性・・・生むという行為・・・あなたはやっぱり詩人ですねえ。

kazuyoo様 私は実は運命論者です。神様はいろんな子を手の中からひねり出される。賢いのやイマイチやら美人やらブスやら・・・キット、酷薄な性格の子も愛情溢れた子もいるでしょう。それらの子を、フーっと息をかけて、命を吹き込みながら、世の中に散りばめる・・・どの親のところへどの子が来るか・・・それはわからない・・・

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2009年11月17日 (火)

今から同窓会

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 今から同窓会に出かけます。大学を出て46年・・・おっそろしい!!!
ももり、今日、現在、ただ今、痛いとこなし、かゆいトコ・・・・これはあり。先日、ハゼを剪定してかぶれたもの。このハゼ、余りに紅葉がきれいで「なんていう木ですか」って聞いて植えてしまったもの。中京の人家密集地帯に住むももりの矮小な庭で、あまりにも野放図に育ちすぎ、ご近所の樋に落ち葉が入っては一大事と、紅葉を目前に毎年、大剪定。全くおかしいやら腹立たしいやら。全ては、わが身の不徳の致すところです。
 ももりは今が一番シ・ア・ワ・セ。こうして、少しでも働き、ヒトサマと仲良くやっていけて、なにより家族の口から「痛い」っていう言葉を聞かない。勿論、年ですから薬は常時手放せませんけど。
みんなはどうしてるかなあ!!!何人来はるやろ。野放図な若い頃を知られてるのはちょっと恥ずかしい・・・けど・・・・写真は46年前の工芸繊維大学の校庭。後に見える比叡山は、今ではビルに隠れてゼーンゼン見えません。

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2009年11月16日 (月)

ブルガリアはタイムトンネルのすぐ向こう

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 写真はルーマニア、ブカレスト。チャウシェスクが建てた途方もなく巨大な石の塊り。大統領府。彼はこの完成を見ること無く銃殺されました。1989年12月22日、演説の途中に激しいブーイングで立ち往生。その困ったようなおびえたような表情は、繰り返しTVで放映されて、ももりも覚えています。一介の農民だった彼が大統領の座に上り詰めた経過はドラマ以上でしょう。今は「国民の館」として、貸し会議場や見学者を受け入れています。写真はガイドブックから。もう暗くなってスケッチもままならず。
 ベルリンの壁崩壊が1989年11月9日。今から20年前。TVでもその映像をよく映しています。当時ハンガリーとの国境が先ず形骸化し、東独市民が大量に脱出。「ハンガリーへピクニックに出かけよう」と云う合言葉があったとか、どこかで読んだ記憶があります。
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 ここ、ブルガリアでも、同じ1989年12月16日、ティミショアラで抗議運動があり治安部隊が民衆に発砲。多数の犠牲者が出たそうです。しかし、国軍は民衆の側に立った。そして、チャウシェスクの治安部隊と市街戦をくり広げ、国営TV局、共産党本部を民衆が占拠。チャウシェスクは追われて屋上からヘリコプターで脱出。2日後に見つかって夫婦とも銃殺された。スケッチはももり、ベルリンの壁、1005年に訪れました

 

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2009年11月14日 (土)

トラキア人の墓・・・ブルガリア

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 文字を持たない文明とは、口のきけない人のようです。もどかしげに語りかけてくる内容の密度の濃さに圧倒されます。下はブルガリア、カザンラクのトラキア人の墓を見学した時のメモ。左の小さな建物の下にホンモノが埋まり、右の小さな建物に精巧なレプリカが作られています。その彩色の見事さ・・・紀元前4世紀と云うから驚きます。上は絵葉書。日本でも明日香村なんか、こんなにしてほしいなあ。
 
 日本でも、先日来「よみがえる黄金文明 古代トラキアの秘宝」と云う展覧会が全国6ヶ所だったかで行なわれて、その記事をアップなさったブログも拝見しました。下のスケッチはバルカン山脈。霧の中のシプカ峠を越えました。この地、ブルガリア、ルーマニア・・・旧ユーゴ、トルコ、果てはロシア、アジアから・・本当に様々に民族が行き交った、戦い、破壊し、創造し、商い、結婚したのです。
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2009年11月13日 (金)

医者になれなかった・・・・

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 医者になれなかった・・・と、言ったという市橋容疑者・・・医者がどうしてそんなに良い????
私の父は小学校の校長でした。ある日、ももりが「頭の悪い子生んだらどうしょう???」って聞いたら、
「何にも心配することはない。知能指数の高い子にはでけへんことも、低い子ならできるという分野が必ずある。たとえば、一日中、校庭の草むしりをやらせたら知能の高い子は1週間もつづかへん」って言ったことを思い出します。
 解体工事現場では黙々と働いた、日曜日まで働きたいといった、と、いうこの青年。医者なんかをめざさないで、初めから解体の仕事を選んでいたら、今に、人も使って立派にやっていったでしょう。解体でなくても、得意な外国語を生かして、外国で働けたかもしれません。

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 「職業に貴賎なし」この言葉はもう、死語なんでしょうか・・・・
彼は、絶食して死のうとしているのではないかしら???周囲の過剰な期待に押しつぶされた青年。ありのままを受け入れてあげて欲しかったと思うのはももりだけでしょうか。
 ももりの父は、ももりが、小姑2人、姑のいる家に、押しかけ女房の如き結婚をすると言いきったとき、「人生は何度でもやり直しがきく」とも言いました。スケッチは、先日行ってきたルーマニア、ヴェリコ・タルノボの旧市街。どうですか、この自由な家々の壁の色

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2009年11月11日 (水)

ドラキュラの血

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 右は吸血鬼ドラキュラのお城、ブラン城で買い求めたワイン「DRACULA BLOOD」。まだ試していませんが。
 今、日本では、英国人女性を殺したと思われる若者が逮捕されて、TVもそのニュースばかりです。どう間違えて吸血鬼が日本に生まれたのか???イエイエ、最近、女の吸血鬼もアチコチにうごめいていたようです。

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 カフカの「変身」、あまりにも有名な小説です。主人公はある日、虫に変わっていました。この虫はだんだん成長していく怪異な虫。一生懸命愛情を注いで育てていた子供がある日、怪異な虫、いや、吸血鬼であった、と、わかった時の両親の驚きと苦しみ。小説の中味ではありません。どうして、あの両親に、あんな吸血鬼が生まれてしまったんでしょう。これは、きっとドラキュラに噛まれた???ももり自身は、親の責任とは思いたくありません。一生懸命勉強させすぎた????それって誰でもやってしまうことでしょう???親は必死なんですから。
 ももりにも、子供を育てていく過程、そんな悪夢が心を掠めることがありました。勿論、息子達の名誉の為に断っておきますが、息子達の素行が悪かったなんて事は何もありませんでした。でも、心配性なももりの空想癖から、妄想が頭一杯に広がるなんてことはありました。もう、息子達はアラフォー。「やれやれ・・・何とか無事やったかいなあ」って思うこの頃ですが、まだまだ人生、先に何があるかは誰にもわかりません。
「ドラキュラの血」のワインの左はバラの花のジャム、これらはルーマシアで買い求めました。右は42度の果実酒です。水割りにしたらおいいしいです。此方はブルガリア

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2009年11月10日 (火)

日本水彩京都支部小品展   今日から

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 本年最後の展覧会です。今年、ももりは一体、いくつの展覧会に参加したのやら???もう、そろそろ、みすぼらしくなっていますし、見苦しくなる前に人様の前から姿を消したいと思う年になっていますのに、どうしてこんなにバタバタしてるんでしょう。
 最近、絵が楽しく描けません。イエイエ、旅をしてスケッチしまくるなんてのは、もう・・・これ以上の楽しみはないんですけど・・・展覧会に向けての絵ってのが・・・これがなかなか・・・・グ・ル・ジ・イ・・・・・
 絵は好きで、ズーッと描いてきました。内省的ってな殊勝な心根の性分でもなし、ホント、絵を楽しんで、絵が開いてくれる人生の曲面も楽しんできたんですけど・・・・最近・・・低調なのよねえ。

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 今回、私の絵は見ないで、ほかの人の絵を見て下さいませ。日本水彩京都支部に在席する皆様の、レベルの高い自由な感性の発露が様々に楽しめます。場所は烏丸御池から2筋東、入ったとこで、いたって行きやすいところです。左はももりの「祈り」

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2009年11月 9日 (月)

朝日新聞に「天久宇」載りました

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 去る9月1日、アップしました記事、”若い力で!!!「天久宇」立ち上げ!!!”が、11月5日、朝日新聞に紹介されました。幼い頃からヨーック知っていた久枝ちゃん。大きなお目々の久枝ちゃんが、ある日、「ギャラリーをやるっ!!!」と、立ち上がったのです。
 京都の銘菓「ナガサキヤ」に就職した彼女。バブル崩壊と会社の倒産。様々な不安や試行錯誤を乗り越え、彼女が選んだ選択は、アートを発表する空間「カフェギャラリー 天久宇」の創設でした。まだ若い彼女の成長を見守りたいものです。
 皆様、お近くへおこしの節はゼヒゼヒお寄りくださいませ。今は、ももりのガラス絵が展示されています。周辺は疎水沿いの桜が見事な名所。昨日、行ったのですが紅葉がきれいでした。

かふぇぎゃらりー「天久宇」のHPはhttp://www.geocities.jp/davixcafe83111/index.html
 

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2009年11月 7日 (土)

ブルガリア正教って???

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ロシアにはロシア正教、ギリシャはギリシャ正教、ここ、ブルガリアはブルガリア正教、ルーマニアはルーマニア正教・・・そもそもこの正教とは???西ローマ帝国が、傭兵隊長オドアケルに乗っ取られて亡び、東ローマ帝国がビザンチウムに残った・・・そのキリスト教を正教って言うんでしょうか??皆様教えてくださいませね。
 カトリックのゴチック教会もいいし、バラ窓もいいけど、隙間なく絵を描き込むなんて・・・絵を描くももりにはこんな嬉しいものはありません。マリア、キリスト、天使、使徒・・・かぁぁ・・・キリスト教の残酷な歴史を全て忘れてうーっとり・・・・

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 キンキラキンと輝くテンペラ画、あるいはフレスコ画・・・そのほとんどが修復されて、絵そのものは案外薄ッペラくも感じるんですけれども、それにしても凄いヴォリュームです。「凄いなあ・・・こんな山奥に・・・こんなキンキラキンが」ってももりが言いますと、相棒が「日本のお寺かて、出来たときはキンキラキンやでぇ」ですって。でもねえ・・・この赤、緑、金、群青のキンキラ度が、やっぱりカトリックや日本のお寺とは違うと思うのよ。ももりは、ともかく、大好きです。

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全く、順不同で申しわけありませんが、ここはブルガリア、リラの僧院です。絵葉書から掲載しました。

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2009年11月 6日 (金)

映画「沈まぬ太陽」 見てきました

Eiga
 「沈まぬ太陽」ご存知、山崎豊子原作の超大作です。良かった!!!
原作を読んでいましたから、膨大な内容の流れもヨック理解できましたし、後半の黒い裏金や国会工作なんかは原作より映画の方がストレートに理解できました。

 国お抱えの巨大企業「日航」は、今、正しく、解体か、国の資金導入で存続かが問われています。素晴らしいタイミングの映画。半官半民・・・実は政治家の利権そのものの巨大資本の流れ。常に一流料亭で酒肴を前にした会合、寄生虫のように群がる腐敗した組合や団体、ホテル業者。そういえば、「ホテル日航」ってのには何度か泊まった記憶があります。
 
 今、巨大なダム工事や道路、干拓、建物などがいかに無駄に造られてきたかが明らかにされています。民主党の前原さんが頑張っています。巨大プロジェクトに一杯群がり、ブラ下がっている寄生虫たち。日航の年金は1月48万円ですって???退職金を3650円受け取っての後ですよ。これは、最高額の場合らしいけど(毎日新聞今朝の朝刊)

 これは、ももりの私見ですけど、当時「アカ」と呼ばれた組合活動は肯定的に描かれています。社会正義として。でも、過激な左翼のエゴが当時の社会を非常にゆがめていたと思わずにはいられません。ドラマで、主人公が組合を率いてストを強行していた頃、ももりは大学生でしたが、父は校長として管理職側に身をおき、日々、ひとにぎりの日教組に痛めつけられていたのを、痛々しく見ていました。安保闘争なども暴力的でしたし・・・進歩的左翼とか日教組、大きな組合組織の内情って、あんなものだったのかなあ???私怨かもしれませんけれど・・・実際、気張って残業したら、他の先生も残業しなくちゃならなくなるから、と、サボタージュを扇動していた先生はいたんです。本当に!!!

 それにぃ・・・「不毛地帯」の主人公のモデルといわれる瀬島龍三氏らしい人が登場します。当時の福田か???中曽根???首相の政治顧問として登場するんです。TVの[不毛地帯」の唐沢さんよりよっぽどホンモノのイメージに近い・・・と、言ったって、ももりは瀬島龍三氏に会ったことも見たこともないんですけど。もう一度、原作を読んでみましょう

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2009年11月 5日 (木)

リラの僧院  ブルガリアの1日目

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 ブルガリア、ルーマニア・・・この2国のことはほとんど知らなかったももりです。実際、申し込んでいて取りやめになったドイツ行き、「日程は休みを組んでるのにどうしてくれるのよ」って感じで、空いていたブルガリア、ルーマニアにやってきたのです。
 ももりの中に、行きたいと決めたのは、彼のチャーチの言葉が記憶のかけらにあったからです。
第2次大戦後、ヒットラーの共産主義圏拡大の野心に危機感を抱いたチャーチルが、鉄のカーテンと云う言葉を始めて使った演説の中、
「共産主義の鉄のカーテンの向こうへ行ってしまった素晴らしい町、ソフィア、ブカレスト・・・」というくだりが確かにあった。

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 ブルガリアのガイドさんは、共産主義時代のレニングラード大学教授。60才とのことでした。共産主義時代はトップクラスのエリートだったでしょう彼女の解説は専門的で詳細。じっくり聞きたかったのですが、ももりはスケッチ半分、耳だけは解説に聞き耳を立てていたつもりでしたが、二股はちょっとムリみたい。・・・今、本で復習していますと、改めて予備知識を詰め込んで、もう一度、ゆっくり行きたくなるばかりです。

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 共産主義時代のソ連、ももりは、ハバロフスクからイルクーツクへ、イルクーツクからバイカル湖のほとりをシベリア鉄道でモンゴルまでいうという旅をしたことは以前ブログに書きました。
 ブカレスト・・・バルカンの小パリと呼ばれた華やかで駘蕩とした文化の華は、巨大なコンクリートの塊りと化して何の魅力も感じませんでした。中世から近代、なんとも華やかで伸びやかな人間性の発露は破壊されてしまったのです。共産主義が教養の無い恥ずべき行為をした証拠です。
 しかし、ここリラの僧院は共産主義の魔手を逃れた聖地でした。/strong>

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2009年11月 4日 (水)

吸血鬼ドラキュラ伯爵のお城は初雪

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 ブルガリア、ルーマニアに行って来ました。つい先だってまで共産圏であった東欧の国です。高速道路もなく、旅行者用のトイレもなく、いつも行列で、観光の時間は短くなるばかり。でぇもぉ・・・・良かったのよおお・・・
 共産主義の世の中、宗教は麻薬だとか言って、迫害されてたと聞いていましたけれど、それでもなお、ブルガリア正教、ルーマニア正教の教会は美しく燦然と輝いて残っていました。なにより、中世のままかと思われる小さな町、古さびた家々のくずれそうな赤瓦の屋根、まっ黄色な秋の木々と森、真っ青な空、バジリカ様式の小さな教会に一歩踏み込んだ時の、目一杯に広がる鮮やかなフレスコ画の空間。・・・これが綺麗に整備されてしまったらたらディズニーランドみたいになるんじゃないかと思えます。
 写真は新雪のブラン城。ドラキュラ伯爵が棲んでいたというお城は、シンと静まり返っていました。典型的な中世の城砦です。
Dorakyura241

本によると、
 1377年、ドイツ商人が、北上するオスマントルコ兵に対峙するようにとりでを築きました。そもそも、このあたりドイツ人が入植して盛んに商売をしたんだとか。異民族の絶え間ない侵入にさらされた悲痛な土地柄です。ここに棲んだワラキア公ヴラド1世の孫、ツェペシュがドラキュラ伯爵のモデル。オスマントルコの兵士を串刺しにして並べたり、残酷な処刑を考案したり・・・・拷問室を見学、暗闇から悲鳴が聞こえそうな・・・井戸には秘密の通路があるそうです。
 吸血鬼ドラキュラは、夜になるとこうもりに姿を変え、お城を抜け出し、キバが伸びて人の生き血を吸う。ドラキュラに生き血を吸われた人はドラキュラになるって言うんですからおっそろしい!!人気も少ない山奥の、そう、大きくもないお城は足元から惻々と冷えこんできました。
Dorakyura248

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