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2009年1月30日 (金)

ブツブツ・・・

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 機械が簡単な仕事を奪ってしまった社会。不幸になった人は多いと思う。能力の優れた人はもてはやされるけど、平均点以下の人類の半分、下半分に取って生きることはつらく重い。障害者には、保護があるけれど、障害者すれすれでも、真面目で必死にコツコツと生きる・・・世の中はこんな人を支え、支えられて、ずーっと、やってきてたはず。
 能力や効率ばっかり求める世の中ですけど、平均点より上の人間は当然、下半分を食わせる義務も責任もあるってことを、もっともっと教育する必要があるんじゃないかしら。上、下って言う言葉ほど、酷い仕分けは無いことは重々知りながら・・・学校や職場の成績には厳然としてあるんだから・・・あえて・・・云っています。
 「職業に貴賎なし」「働かざるもの食うべからず」・・・神ほど不公平にエコひいきをするものはないんだから・・・年寄りよりも、若い・・ちょっとトロイ・・・あの子もこの子も・・・どうぞ、頑張って!!!どんな仕事でもいいんだから、一生懸命働いて、自分で飯は食うのよ・・・ね。

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2009年1月29日 (木)

「ふぉん・しいほるとの娘」 吉村昭

Syou
 シーボルトが長崎へやってきたのは1823年、シーボルト27才。オランダ国王より遣わされた優秀な学者で医者でした。長崎で、惜しげなく当時の最新の西洋医学を披露する彼を慕って、多くの若者が長崎に集まります。その彼に愛された遊女お滝・・・15才。二人の間に娘、稲が生まれます。
 長崎にあって2年、いよいよ江戸へ。知識欲に燃えた彼は日本の各地の測量をしながら進みます。江戸でも、彼の盛名はもう聞こえていて、門前市をなします。しかし、彼は一方では、オランダ国王より、日本の国情の克明な調査するという密命を帯びています。やがて間宮林蔵や伊能忠敬が作成した地図を手に入れるという、大胆な挙に出ます。日本の暦地理天文方トップ、高橋作左衛門がシーボルトに渡したこの地図は国禁の最たるものでした。長崎へ帰って、やがて・・・発覚。彼のこの行為は、多くの弟子や関係者を獄へとおとしめました。1858年、日本は鎖国を解き、1868には明治維新です。

 今、娘、稲が長崎を出て阿蘇を通り、鹿児島、臼杵、岡城下へ・・ももりも、去年旅したところを読んでいます。まるで、主人公と一緒に旅してるみたい。それにしても、皆、若い。獄死する弟子たちも、シーボルト自身も。シーボルトはオランダへ帰った後も、長く独身でした。あじさいの学名「OTAKUSA」はお滝さんなんですって。それに・・・彼は開国後、日本に再来しているんです。スケッチは阿蘇

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2009年1月28日 (水)

食べるということ

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 以前、「菊の井」の大将、村田氏と、祇園「佐々木」の佐々木氏の京料理対決をTVで見ました。へ・え・え・・これは、プロだけの世界。家庭料理とは次元が違います。
 犬養美智子氏が、どこかに書いていました。「世界3大料理は、フランス料理、中華料理、トルコ料理。日本料理がここに入らないのは素材の優秀さに頼りすぎているから・・・」って。確かに、日本ではどこそこの霜降り肉、水はナントカ名水、魚はどこ産・・・と材料には非常にうるさい。そして、それは、もう、文句無く、素材そのものでおいしい。むしろ、美味しすぎる。工夫の余地がない、と云うところらしい。ところが、フランス料理なら、死にかけの老牛だって、幼い牛だって、頭のてっぺんから、尻尾まで工夫して食べるし、中華料理で食べないのはテーブルの足だけ・・・とか。
 今、不景気。人工爆発。食料自給率40パーセント。飢えと戦うって日もあるかもしれない。粗食時代に突入したら、美味しいもの一杯食べた人ほど、つらいでしょうねえ。
 
 写真は、以前たまたま「菊の井」でいただいたお料理の写真の一部。村田氏には申し訳ありませんが、お料理だけをアップした写真は見当たらず、とりあえずということで、この写真でお許しください。スッゴイお料理でした。勿論、美味しかったです。スッゴク。「佐々木」では、まだ食べた事はありません。

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2009年1月27日 (火)

年賀状のお年玉

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 今年、お年玉の当たりは切手セット7枚。ずーっと、若いころから楽しみにしてきましたけれど、最近何だか当たる枚数が減ったみたい。400枚近く出したのに・・・ケチ・・・それに、これ以上の当たりってのは、一度、レターセットってのが、もう、ずーっと前に当たったきりです。ホントに旅とかカメラとか当たる人がいるのかいな???
 上の年賀状は、父が生前貰ったもの。左は昭和43年、右は昭和41年です。父が亡くなったのは昭和43年。素晴らしい年賀状は、この年でおしまい。今はももりの宝物です。やっぱり、凄い人のところへは凄い年賀状も来るらしい。下は左、日比野五鳳ですって。5円切手ってのもオタカラモノです。

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2009年1月26日 (月)

冬はつとめて・・・

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 キリリと晴れて冷え込んだ朝。
「冬はつとめて・・やなあ」ってポツリ・・・
「ん???それって???」
「清少納言が言うてるわなあ。「つとめて」って、こんな朝のこと云うてるんやろなあ」
そうか・・・春はあけぼの・・・のついでに出てくるんやったか。
 この息子がこんなこと云うなんて・・・オ・ド・ロ・キ・・・負うた子に教えられ・・・か??幼くしては親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従い・・・とか云うわなあ。嫁して夫にはあんまり従わなかったけど、子には従おうかなあ・・・スケッチは金閣寺と茶室夕佳亭

 冬はつとめて。雪の降りたるは言うべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし・・・「つとめて」って、早朝の事なんですって。
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2009年1月23日 (金)

日本人も飢えるか

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オバマ氏・・動きは速いようで少しは楽観的になろうかとも思いたいのですが・・・ヒットラーだって、大衆に圧倒的に支持されて政権を握った・・・ブッシュだってイラクに攻め込んだ時は、喜んで興奮したアメリカ人がTVにいっぱい映っていた。でも・・・今の問題は、本当に、誰がどうしたら解決出来るって云うようなモンじゃないはず。
 経済も政治も全く苦手なももりですが・・・例えば大阪市、1億3000円でモディリアーニの絵を買った。他にも一杯。ショーモナイ絵を買った。でも、今、お金が無くて美術館どころか・・・失業者が一杯。さあ・・・これで、絵を売りに出したら???世界中お金が無くって二束三文???それでも、買い手がない???日本中、どこもかしこも、作りかけたハコモノや、甘い見通しのやりかけ仕事がいっぱい。止めるのにすらボーダイな金がかかる。いや、世界中がそんな状態なんでしょう。一体、誰が、どうして解決できるの???どこに、絵や車を買ってくれるお金持ちがいるの???せめて、できるなら、バブル寸前まで、メッチャ、畜生働きで稼いでた奴の首根っこをガクガクして、鵜飼の鵜みたいに吐き出させたい。退職金を何度も受け取ったヤツからも・・・忘れないで・・・
・・・・・今、のんびりコタツの中で、貧しくつつましく(これは、ももりの場合)静かに本を読んでる・・・これで、充分すぎるんです。人類、ながーい歴史、飢えとの闘いだったというじゃありませんか。スケッチは三十三間堂

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2009年1月21日 (水)

オバマかビートたけしか

Takesi

 運動不足解消も兼ねて、往復1時間の「BOOK OFF」へ。ビートたけしの本を4冊ゲット・600円ほど。
   つまりぃ・・・「戦後の日本をダメにした元凶が憲法だというのがおいらの持論。つまり憲法から演エキ(糸偏に澤のさんずいを取ったつくり・・・ももりには作れません)された絶対平和主義と絶対人権主義が計り知れない害毒を流し続けたんだよ。・・・中略   その平等思想が、持っちゃいけない奴にも色んな権利をあたえている。土地の所有権もそうだし、選挙権もそう。あんな何百億も金を借りている奴には、土地を与えるべきではないし、税金も払っていない奴には選挙権を与えるべきではないよ。そこら中で、権利を持つ資格の無い奴らが図々しく出しゃばっている。・・・てな具合。バカみたいなねえちゃんとおいらの選挙権が同じ一票だなんておかしいじゃないかとか・・・人権派弁護士や経済評論家なんか、もう、チャチャクチャです。
 オバマさんの演説も期待したほどではなかったし、防弾ガラスの厚みも聞いてるから、あんまり期待できそうもない。そこ行くとたけし・・・彼は「云ってはいけない」事を言う・・・って云ってるから、ももりはソッチに期待します。

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2009年1月20日 (火)

「源氏物語」と「平家物語」

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 「源氏物語」はテーンデ、てこに合わなかったももりですが、「平家物語」は、俄然、面白い!!
 ももりがいつも行ってる、中京図書館のお隣り、京都アスニーに、平安京時代の京都の1/1000の模型があります。中央ちょっと上は当時の内裏。その向こう、ちょっと右上は神仙苑です。神仙苑は今もあります。京都は繰り返す戦火によって、ほとんど、その当時の建物は残っていないんだそうですけれど、地名は良く残っています。
 保元平治の乱って歴史で習いましたけれど、保元の乱は、実は、たった4時間のクーデターだったって改めて納得。今の動物園のあたりには、六勝寺・・・6つのお寺が、その頃、次々と建てられていたとか・・・下は、模型の六勝寺、八角の塔がそびえていたとか。
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 保元の乱の戦場は北白川。今の銀閣寺あたりでしょうか。洛中からは離れていた・・・北白川の御殿に火をかけられて、一気に謀反を起こした崇徳上皇は破れ、大文字山の後ろ、如意が岳に逃げ落ちます。・・・やっぱり、御所で女相手に、ゴチョゴチョしてる源氏の君より、はるかに興味深いのよねえ。このダダっ広い空間には、待賢門院や美福門院が、女官達を引き連れて生きていた。祖父、白川天皇が、孫、鳥羽天皇に下したのは、自分のお古の待賢門院・・・そらぁあ・・・もめるわなあ

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2009年1月19日 (月)

オバマさんのこれから

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 今、グダグダと横のTVは国会中継をやっています。緊張感ないなあ!!!ももりは決してアメリカが好きではないけど、あの、クリントンとオバマの奔放な論戦もうらやましかったし、オバマのスピーチのうまさもうらやましいなあ。国民全部・・・ゼーンブではないやろけど・・・が盛り上がって大統領を選んでるみたいにも見えてたよなあ。翻って日本、オザワもハトヤマも、カンもイヤなのよねえ。言葉尻イチャモンつけるのが生き甲斐なんかいな。マスコミだって、似たようなモンやから・・・選挙もたるんでるし・・・もうちょっと、国家百年の計ってのを語れへんのかいな。

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2009年1月16日 (金)

定額給付金

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定額給付金「もらいますか???」って云うのは止めましょう。本来、税金でむしりとられ、センド、下手な運用をされて、国家の財布からはダダ漏リ・・・の、ホンのチョッピリが返るだけなんですから。給付金を受け取る窓口のすぐ横に募金の窓口をおいたらどうでしょう。そして・・・しっかり、勿論、会計報告義務はつけて・・・ウーン、一体、誰にそれをやらせるか???政治団体はダメ。労働組合もダメ・・・ウ・ウーン???
 以前、川柳に「ボランティア それを使うのサラリーマン」だったか・・・というのがありましたけど、全く、官に戻したって道路作るだけでしょう。臭くないスタッフはいないものか・・・
 ももりは経済や政治は苦手です。でも、ともかく、若い人の未来を削ってはいけないと信じます。給付金をもらって・・・いや、返してもらって、いや、返させて、若い人のためなら、少しなら募金しますよ。

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2009年1月14日 (水)

「絵本 玉虫の厨子の物語」 平塚武二作 太田大八画」 童心社

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  先日、アップしました「絵本 玉虫の厨子の物語」に、たくさんの反響を戴きました。だから・・・もう少し・・・
 元明天皇の和銅3年から桓武天皇の延暦3年まで、奈良7朝の間・・・・どうですか???飛鳥の都大路です。民衆は爛漫の花の下で、歌い踊り・・・
 ・・・若い仏師、若麻呂には歌垣で知り合った美しい妻がいました。挿頭花(かざし)につけたくれないの芥子の花を、乙女が若麻呂に与えたときから、若麻呂は乙女を妻と呼び・・・・
 読経、法会、写経、燃燈供養など、仏教の信仰は高まるばかり。持統天皇の御代には、天下の寺院五百四十五というほどの時でございます。名も知れぬ若い仏師の仕事・・・・・

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小説家も絵描きも、こんなに自由にイメージを膨らませる・・・やっぱり、普通じゃないなあ。

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2009年1月13日 (火)

平家物語・・・三昧

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 今、楽しい!!!宮尾登美子さんの「宮尾本 平家物語」を読み始めましたら、以前読んだ吉川英次の「新 平家物語」も思い出して、読み比べています。そうすると・・・ゼーンゼン違うのよねえ。又々、本棚にあった井上靖の、「後白川法院」も引っぱりだして、あっちを読んだりこっちを読んだり・・・手の中で、コロコロ。楽しいのよねえ。作家その人を、リアルに感じます。
 それにしても吉川英次の、美文・・・なんとも、退嬰的なほどに綺麗。対する宮尾本は、キリッと理論派でしょうか。井上靖の本は注釈や出典が丁寧に書かれて、「フ・フーン・・・まあ、良く調べるもんやなあ」って感心するばかり。吉川英次は戦前、天皇は神、の時代に書いたはず。ユーモアや日常もそこはかとなく伺われて、読み手をぐいぐい引っ張ってくれます。作家って、多くの資料をさまよっている内に、その時代、その人の中にさすらい、彷徨い、入り込むんでしょうかねえ。
 京都御所は、今は、烏丸から寺町の間にあります。けれども、この物語の頃は、大宮通りと西大宮通りの間にあったそうです。その、西大宮通りこそは、ももりの家のすぐ側、今は御前通りと呼んでいる通りなんですよ/strong>

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2009年1月11日 (日)

映画「蘇る玉虫厨子」見てきました

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 上は、ももりの持つ絵本「玉虫厨子の物語」 平塚武二作 太田大八画 童心社
この本は1983年に出版とあり第4刷です。初版は1980年。あまりにも美しい画面にひかれて、ももりが買ったものです。飛鳥、斑鳩の法隆寺金堂に今もおわす、玉虫厨子。今となっては誰が、何時、どのように製作したのか・・・を知ることはできません。この本は、その時代と、製作した若い仏師を思い描いた創作です。
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 今朝見た映画「蘇る玉虫厨子」は、空想ではありません。玉虫厨子の再現を試みた職人衆の、ひたむきな日常を追ったドキュメンタリーです。実業家、中田金太が私財を投じ、現代の職人の知恵と技をもって、飛鳥の職人技を再現しようと迫ります。一筋縄ではいきません。4年の歳月をかけて完成したレプリカは、去年、3月1日、法隆寺に収められました。
 推古女帝がこのお厨子を大切にしていたと・・・映画の中では言っていましたが、玉虫の羽を貼り付ける、という他に例のないいにしえの技の意外性や製法、今も残る玉虫の羽の輝きは、誰の想いをも、悠久に遊ばせずにはおきません。

 

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2009年1月 9日 (金)

「レッド クリフ」見てきました

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 映画「レッド クリフ」ウ・ウーン・・・膨大なエキストラを使って荘大な駄作???怒られるかもしれないけど、ま・あ・あ大衆迎合???って云うと、又々、大衆にも叱られそうですけど。不必要なベッドシーン、これでもか、これでもかと繰り返される残酷な暴力シーンや吹き飛ぶ血しぶき・・・嫌やったなあ。
 大体、三人の豪傑の顔がどれもこれも、似たりよったりの田舎のおっさんなのが、ガックリ。劉備玄徳は武田鉄也のゴママブシみたいやし、曹操は相川欣也に胡椒をタップリ振りかけてスモークしたような・・・孫権は、まあまあ・・・合格。ももり自身は「三国志」を横山光輝の漫画でしか読んでないから、全くえらそうなことは言えないけど、ももりのイメージの曹操は白皙の冷酷な美貌。山本浩史か松田翔太か・・・・唯一面白かったのは、亀の甲羅の陣構え・・・やったかな???まあ・・・1000円くらいの値打ちは???あったかいなあ???
上は1983年、ももりが泊まった「桃園の誓い」啄県の宿。これは・・・素晴らしい思い出です。土の部屋に一人で眠ていると、黄布の賊徒が馬で、そくそくと高粱畑の中から現れて、ももり姫は横抱きに抱えられて・・・引っさらわれていく・・・外は中秋の満月が煌々と・・・本当に三国志の世界でした。今もあの宿はあるのでしょうか。
下は西安、昔の長安の鐘楼・・・28年前でした。
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2009年1月 8日 (木)

おみやげ「ばなし」だけで

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 旅のお土産って、本当に物そのものよりも、思い出が嬉しいんですね。旅が終わっても、そのおみやげを見るたびに懐かしくよみがえる旅の一こま、一こま。帰っても、一生、楽しみが続くっていうのは、価格関係ない凄い価値です。でも、最近は、余生の短い事も考えて、物を増やさないように心がけています。それに、「日本人、なぁんで、あんなに、物買うの???」って云う場面も良くみますけど、ももりは「おみやげは、(ばなし)だけね・・みやげばなし」って普段から宣言していますので、友人達も「あ、旅行行くの???じゃ、(ばなし)を楽しみにしてるわ」なんて、言ってくれています。でも、この際、一杯貯まった世界の旅のおみやげをアップしたいのに、今、デジカメから写真が取れなくて残念。上はギリシャへ行った旅のおみやげ。おみやげ用の黒絵の壷・・・本物で無くっておもちゃでも、ももりはこれで充分。メタクサ??と、ウーゾって言ったか???、強烈な香りの土地のウォッカにワイン、ブルーチーズに、オリーブの実・・・おいしかったなあ。お土産で、案外多いのが、絵本。セント・ポール寺院で買った子供向けの聖書や、バイキングの歴史、ギリシャ神話なんか・・・もう、宝物です。英語なんですけど・・・これは仕方がない

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2009年1月 7日 (水)

価格と価値  このエエ加減なもの

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 上はウエッジウッドの工場、イギリス。下はロイヤルコペンハーゲン、デンマーク。今、日本では、一客100円のティーカップもあれば、ン万円のブランドカップも売られています。でも、そもそも、ヨーロッパの磁器は、日本の伊万里や有田、中国の絵付けに触発されて始まったと記憶しています。ヨーロッパで製作され、それが、王室御用達となって、日本人にまでもてはやされ、ももりまでが買ったということです。ヨーロッパの王宮には、中国の部屋というのが必ずあり、そこには豪壮な伊万里や有田の絵付けの壷などがたくさん置かれています。当時のヨーロッパの貴族やコレクターに取って、インド、中国、日本の区別はあまり無かったらしく、中国の部屋と云っても、日本のものも多いのです。
 物の価値と価格のエエ加減さを一番見せつけているのが絵でしょうね。ピカソの絵・・ン億円の絵だってカンバスに絵の具をなすりつけたもの。ももりの絵が、同じことして、どうして、どうして???そりゃあ、お値段が違ったって、文句は言いません。でも、あまりに・・・違いすぎるのよねえ。ひょっとして・・・今の不況ってのも、価格がしっかり価値と符号してないから???、なあんて・・・ももりは経済にはトンと弱いんです。

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下は、パソコンから引用したもの・・・ロイヤルコペンハーゲンのページから。参考までに・・・
・・・・ボーンホルム島で良質のカオリンが発見され、1773年、フランツ・ヘンリック・ミュラーがデンマークで初の硬質磁器を完成させる。1775年にクリスチャン7世国王とユリアナ・マリア王太后の援助によって「ロイヤルコペンハーゲン」王室御用達窯となった。さらに1779年、ユリアナ・マリア王太后がマイセンより技術者を集め、民間企業だったこの窯は王室が株を買い占め、王立デンマーク磁器製陶所となった。1868年、王室はロイヤルの称号を残すことを条件に、窯の株式を大商人のブラックに売却し、民間企業となって現在に続く。

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2009年1月 6日 (火)

ウエッジウッド・・・倒産か

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 身の回りに宝石やブランド物とか、何にも無い。欲しくもないし、興味もない。それでも、外国へ行った時、何か一つくらい、自分の思い出に・・・と思って、ちょこちょこ買っていたのが紅茶のセット。お客様にお茶を出す時の話のタネになるから。ウエッジウッドも1客あります。「特にデザインがすっきりとか、モダーンとか云う事も無い。名前だけのモンやなあ」と、思いつつ、ちょっとお安いのを、大事に抱いて帰りました。
 今朝の新聞に、ウエッジウッドが銀行管理下に入ったとか。さすが、英国一のブランドも、ビクトリア女王がお好きやったというだけでは生き残れないんやなあ。ヘレンドやリモージュ、・・・ローゼンタールやロイヤルコペンハーゲン・・・どうなんやろ・・・伝統だけで、お高くおあしを頂戴って訳には、もう、いかんのやなあ。100円でだって、似たようなもんはあるんやから。
 一方、ももりメはカメラからパソコンに入れるアダプターとやらを紛失。どうやら暮れに大掃除した時、なんかしちゃったらしい。折角写したウエッジウッドの紅茶茶碗はアップできません。スケッチは、ドイツ、マイセンの陶器工場

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2009年1月 5日 (月)

腹八分目

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 今朝の毎日新聞、腹八分目を提唱されたのは、東本願寺大谷公演師。これこそ、一番簡単なエコ。いやいや、案外難しいかも???ももりにとっては、とも角、少な目に作るってのが課題のようです。大所帯でズーッときましたので、一人分、2人分作るってのが難しい。好きなものは特に多目に作ってしまいます。そして、捨てるのが勿体無いとか云って食べて・・・結果、縦には減ってるのに、横には増えたってことになってしまって、昨日の写真みたくなってしまっています。 
 高峰秀子さんの本は暮れにゲット。オット どっこい、松山善三氏との2人分の食事作りに一日に3時間は台所に立つんですって。これは、マネできそうもない。とも角、捨てる事の無いように、食べ過ぎる事のないように、今年はこれで・・・いきましょうや

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2009年1月 4日 (日)

年頃 思いはべりしこと 果たしはべりぬ

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新年の3日、伏見のお稲荷さんに初詣。その前に、鳥羽伏見の戦場跡へ行ってきました。「篤姫」をやっている時に是非行きたかったところです。京阪「淀」下車。歩く事、北へ15分。小さな石碑があり、「戊辰役東軍戦死者」と彫られています。小さな水塔婆に、妙教寺が死者を弔ったとあります。桂川と加茂川がここで合流し、少し先で淀川と合する所、一帯は渺茫とした枯れ蘆ばかりが揺れていました。戊辰の役、鳥羽伏見の戦いで、会津藩士や桑名藩士、新撰組等が必死になって戦っているのに、将軍は大阪へ逃げ帰ってしまった・・・戦士達の雄たけびは虚しく空に消えたことでしょう。  帰り「淀」駅の方に歩いていますと、お寺が2軒。見ますと妙教寺とあるじゃありませんか。寺内の立て札には、戊辰役のとき鉄砲の砲弾が本堂に貫通した、と、書かれていました。その昔、ここは淀の古城で、細川管領家が建てた城を淀君の居城に改めたんですって。
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2009年1月 2日 (金)

今年のたけし

Takesi
  
 
 北野たけし、ビートたけし。今年、ももりはこの人に着目します。何冊か本を読みました。難解な彼の言動も活字にして読みますと、読みやすい。激しく直言しますが、口とは裏腹に、ホロッとやさしいところもあり、ホンネをズバリ語っています。暮れには東条英機を演じていました。彼も、ももりも、終戦後のドサクサを知る世代。あの戦争で、本当に日本人を死なせたのは誰だったか???アメリカという国の本質は???ソ連、中国っていう国の怖ろしさ・・・アメリカとイスラエルは一体でしょうけれど、イスラム諸国との対立はどこへ???人間がこの地に生きた時から、人類は戦い続け・・・そして、武器だけは、人間の抑制機能をはるかに離れた巨大な力を持ってしまった・・・
 ひるがえって、今日の日本・・・GM は潰れ・・・派遣社員を切らなければトヨタも・・・どうなるか???トヨタが潰れた時、日本は・・・日本人の持つ平和感のそらぞらしさ。本当に日本人は、年寄りを大事にするほどやさしいか???
 おとそ気分を壊しちゃって、ス・ミ・マ・セ・ン

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2009年1月 1日 (木)

新年明けましておめでとうございます。

Gajyou

ももりはもうすぐ60ン才。長年縛られてきた向上するべきという義務感から開放されて自由です。健康も問題ない。今が一番のぉんびりと幸せ。
 一方、世の中は一体どうなるのか、心配はつきません。若い方々の未来が本当に心配です。今の日本人、何だか、つらいことを、何でも、先送りしていくような風潮が気になります。解決は早いほど楽に違いないんですのに。
 ももりが育った頃、戦争で夫を亡くしたお母さんたちは、そりゃあ、苦労して、必死で子供を守っていました。重い荷物を背負って、山奥の村に行商する人、又、あるお母さんは河川改修工事の麻袋に河原の石を詰め・・この仕事は最低で、苛酷・・・と後年、ももりの同級生は云っていました・・・女だてらに博労をやってたつわものもいました。そして、その母親の子供達は、みんな揃いも揃って凄い。大学教授、創業社長、映画のスクリプター・・・どうぞ、若い方々、負けないでください

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