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2008年12月25日 (木)

押入れから出た六地蔵さま

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この絵は、天台宗のミニコミ誌「きらめき」の表紙で、絵はももりが描いています。実は、ブログでは、もう、先にアップしてくださった方がいらして、何人かの方が見てくださっています。ももりの手元には本が届いていないんですもの。 押入れで眠ってらしたお地蔵さまが、こうして、陽の光の中に出てこられるってこと、本当にうれしいんです。

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2008年12月22日 (月)

三国志の中国と今の中国

Sanngokusi
 中国へ行ったのは1983年。25年も前なんですね。「三国志の旅」毎日新聞が一面の大きな広告を出していまして飛びついたのです。当時、書道にカンカンでしたし、なんとか中国の歴史を頭に叩き込みたいと日々励んでいました。湯川茂樹の「中国の歴史」を、いつでもバッグにひそませて、どこからでも開いたページから読むようにしていました。「ナンボ、本なんか読んでも、アカン。やっぱり本物やないと・・・」実は、当時、未だ「三国志」は読んでいなかったのです。何度も読み始めては挫折・・・結局、横山光輝の漫画「三国志」60巻で、ナントカ読み終えたのは大分後でした。

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 「三国志」を読んで、中国に対するイメージは、大いに悪くなりました。陰々滅々と続く裏切り、謀略、常に敵の裏をかく・・ウソ・・・私はいかにも、無理して持ち上げた徳の人、劉備元徳よりも、アッケラカンと冷徹冷酷な曹操のほうが好きになりました。顔ではにんまり笑って、お腹の中でははかりごと・・・どうしても、今のTVで見る中国のトップの政治家達の顔が、「三国志」の英雄たちとダブってしまうのです。でも・・・外国の政治家なんかも、きっと、みんなそんなんでしょうけど。日本人政治家達の子供っぽいこと。ホントにお人よしで頼りない。なんか、常に騙されてるんじゃないの??って思ってしまうんだから、こちら、ももりの方が人が悪い???
 写真は洛陽の近く龍門の石窟。書道では龍門は欠かせないポイントです。ところが、現地では川岸で、延々と待たされたまま、ツアーガイドと現地の通訳が大けんか。貴重な時間を浪費して・・・ジリジリして待っていましたが、「どうしたのか」って聞きますと「私達は、もう既に、旅行社からお金を払って予約していますのに、ここのガイドがお金を払わないと入れないというんです」って云う事でした。結局、大した金額ではないし、もう一度払って、すぐ見学しようという事になり、やっと見学できたのです。帰国した当初は、別に何も疑わなかったのですが、「三国志」を読んでからは、お金は二重取りさてたに違いないと思いました。だって、当時の私達日本人に取っては大した金額じゃないし、観光客は人質。通訳嬢の正義感なんかは平気で踏み潰した、と、ももりは睨みましたよ。こういうことこそが中国なんだって確信してしまったのです。
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2008年12月20日 (土)

卑弥呼と魏の曹操

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倭人は帯方の東南大海の中にあり、山島に依りて國邑をなす。 旧百余國。 漢の時朝見する者あり、今、使訳通ずる所三十國。 郡より倭に至るには、海岸に循って水行し、韓國をへて、あるいは、南しあるいは東し、その北岸狗邪韓國に至る七千余里・・・.魏志倭人伝から・・

 この海岸に循って水行し、韓国をへて、あるいは南し、あるいは東し・・・7000里余・・・この7000里ってのが、九州説の成立を邪魔しているのでしょう???ちょっと、近すぎる???って。でも、中国の一里と邪馬台国の一里はテンから違うんでしょうし・・・、ももりも悩みは尽きません。
 一方、今やっている映画「レッド・クリフ」・・・あれは三国志の「赤壁の戦い」を描いているっていうじゃありませんか。見てきた人に言わせると、肝心の赤壁の戦いが始まる前で終わって、お後は後編っていうやり方なんだそうで、だ・か・ら・・・ももりはまだ見ていません。
 魏、呉、蜀の三国の戦い「三国志」・・・魏の曹操こそは「魏志倭人伝」の魏国の創立者。息子の曹ヒ(不の下に一・・・という字ですが、ももりには作れません)が後漢の献帝にせまって、位を譲らせて出来た国が魏国だったと記憶しています・・・卑弥呼は魏の曹操や劉備、孫権の時代にちょっと後れるくらいに生きた女性なんですよね。つまりぃ・・紀元後、300年くらいでしょうか???
上は三内丸山遺跡、青森県。下は佐賀県、吉野ヶ里遺跡・・・出雲にも、確かに大きな国があったらしいし・・・箸墓古墳が卑弥呼の墓だという説もあるとか。皆様、とっても面白いコメントいただき、議論百出・・・ウレシイですねえ。・・・・今、横からチャチャが入りました。「三内丸山遺跡は紀元前4000年頃の遺跡やでえ。気は確かかいな」ですって・・・撮影したのはチャチャ入れた人。結構ウルサイのよねえ。良く知ってて・・・

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2008年12月19日 (金)

「まぼろしの邪馬台国」見て来ました

Himiko
 卑弥呼って、どんな女性だったんでしょうね。人並み以下の知識しかないももりですが、古代の人々の生活を描けるのは映画しかないなあ、っていつも思っていました。スチールは吉永小百合さん演じる卑弥呼。雲仙普賢岳の大爆発で消え去る邪馬台国・・・という設定になっています。下は吉野ケ里遺跡に暮らす縄文人。顔の刺青なんか、興味しんしんでした。
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  うるわしのまほろば・・・邪馬台国は九州にあった・・・と言う説を掲げて第1回吉川英次文学賞を授賞した「まぼろしの邪馬台国」の著者、宮崎康平と妻和子の物語です。
 魏志倭人伝や万葉集、古事記、日本書紀など、原文をテープに吹き込んで全て暗記している盲目の主人公、竹中直人演じる宮崎康平は、働きすぎて盲目に。しかし、彼はすごい直観力で宮崎鉄道の事業を展開していきますが、大水害で、鉄道は壊滅的になります。その修復作業の時に多数出土した土器、これが彼の後半生を決めました。彼は、この地が邪馬台国であった、と確信します。映画では暴力的で破綻のある人物に描かれていて、「これで、ホントに人と上手くやっていけるのかしら」って不自然ですが、今も生きていらっしゃる和子夫人によると、実際には短気ではあったが、ステッキを振り回したりはしなかったし、人に気使いもみせる可愛い気のある人物だったんですって。安心しました。中々楽しい映画でした。おすすめです。もっと、邪馬台国の事知りたくなったし、佐賀の吉野ヶ里遺跡とか、宇土半島とか、中通古墳群とか、旅したくなりました。

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2008年12月18日 (木)

映画「マルタのやさしい刺繍」

Suisu
 この映画、間もなく上映が終わりそう・・・もっと早くにアップする筈でしたが、紅葉に気をとられて、今頃やっています。もし、1000円で映画が見られるお方なら、そっりゃあ、もう、おすすめ。ぜひぜひ・・・ 
 舞台はスイス、ベルンへ1時間ほどの小さな小さな村です。83才のマルタは主人に死なれて、思い出だしては泣くばかり。外へ出るのはお墓参りだけ・・・すっかり落ち込んで生きる意欲すら失っています。そんな日々、彼女を取り巻くのは、心配してくれる友人の老女たち。結構エゴイスティックな息子や娘達・・・
 小さな雑貨店を開いていたマルタが、ふと思い出したもの・・・それが刺繍。彼女は若い頃は刺繍の名手で、絹の下着に緻密な美しい刺繍をしていました。いつかは自分も店を持ちたいと思っていたのです。しかし、因習的なスイスの小さな村では、下着とは、あまりにも、ふしだら・・と、夫は許しませんでした。
 友人の老女が習い始めたパソコンで、マルタの刺繍をアップします。マルタの刺繍は一気に注目を集めました。図柄がその地方独特の伝統的なものだったからです。
 どうですか???80?才でパソコンですって???身につまされます。ベルンには1泊したことがあります。ベルンが大水害で、日本の旅行者がヘリコプターで救出されたというニュ-スを憶えていらっしゃいませんか??あの1週間ほど前に、私はベルンにいたのです。もう一度行きたいなあ!!!とも角、そっりゃあ、美しいスイスの秋を、2時間、たんのうしました。刺繍を始めて、みるみる若く、美しくなっていくマルタ・・・人にとって、生き甲斐ほど大切なものはないんですね。
 下はスイスマッターホルン
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2008年12月17日 (水)

地獄を見た少女 「アフガニスタンの少女、日本に生きる」

Ahugan

 「アフガニスタンの少女、日本に生きる」虎山ニルファ 草思社を読みました。以下概略・・・

  著者は1974年、アフガニスタン生まれ。冷戦下、米ソの力関係の先鋭化した最前線のアフガニスタンに生きた少女のドキュメンタリーです。著者の父はアフガニスタン政府から日本に派遣されていた農林省の技官。母は彼女が幼い頃に家を出ていません。アフガニスタンの政変で帰国できなくなった父親と遠く離れ、紛争さ中のアフガニスタンに取り残された著者と兄。イスラム圏の女性は家庭内では単に労働力です。父親は、「学校へ行かせてやってくれ」と、日本から送金をし続けていましたが、彼女はそれを知りません。叔母の家の従順な働き手として、家から出ることも殆どなく、文字も、時計すら読めないまま、15才を迎えます。一方、何とか、日本に子供達を呼び寄せたい父親は不法な手段を使って、彼女を出国させ、サウジアラビアで再会を果たすことが出来ます。日本へは、やっとのことで入国できました。
 日本に着いてからの彼女の頑張りには、心底驚かされます。全く、初等教育を受けていない彼女は自分の名前さえ書けず、足し算引き算すら満足にできません。中学1年の授業は全くと言ってもよいくらい出来ません。言葉も知らない日本で友人もできません。しかし、彼女はひたすら頑張ります。中学1年から、いきなり、高校1年にすすみますが、彼女の苦労は続きます。しかし、お金を貯めてオーストラリアへ語学留学、今では日本語、英語、ダリ語、ペルシャ語、ウズベク語を使いこなして、藤原紀香さんの、アフガニスタンの取材スタッフとして、TVに登場しました。以下、気になるところを概略します。
飛行機が成田について・・・リムジンに乗って
・・・彼女は「これこそが天国だ」と思います。成田空港はどこもかしこもピカピカ、トイレは空いていて、順番を割り込む人もいない。清潔で、水は使い放題。何と豊かな国なのだろう。リムジンバスに乗りこんでみれば、中は冷房がきいていることに驚き、山々が緑に覆われている事に驚きます。アフガニスタンでは、山といえば、はげ山、黒い石のイメージしかない。食べたいものは何でもあって、綺麗な道路に綺麗な車が走り、家は電化製品で埋まっている。・・・しかし彼女は、その日本にひそむ問題点にも気づき始めます。特に子供達と自殺・・・
 日本の子供達の一様に疲れた覇気のない表情、一方、アフガニスタンでは小さな子供でも、一生懸命親の手伝いをして、手も足も真っ黒で、服も汚れてボロボロだが表情は飛びぬけて明るい。子供達は口をそろえて「学校に行きたい、勉強をしたい」という。給食なんか無い。アフガニスタンではお腹が一杯食べられるわけではない。子供達はそんな中でも神様に感謝している。こうして家族がご飯が食べられるのは神様のおかげだと、心から思っているのだ。・・・中略・・・アフガニスタンで、自殺したと言う話を聞いたことがなかった。イスラム教では自殺すると天国へいけなくなると教えている・・・略・・・

 ソ連とアメリカの冷戦下1979年、ソ連はアフガニスタンに侵攻。アメリカも黙っていなかった。アメリカとサウジアラビアは、パキスタンを通じて、ムジャヒディンに20億ドル以上の資金を援助。ムジャヒディンとは「国のために戦っている人」と言う意味だが、その資金で、ムジャヒディンは中国、エジプト、イスラエルなどから武器を調達。パキスタンで兵士を訓練した。ムジャヒディン同士の勢力争いもあり、アフガニスタン国内は激しい内戦状態となった。1990年までの間に630万人ものアフガン人が難民となる。その内の330万人がパキスタンに逃れ、一部が過激な「イスラム原理主義タリバン」となった。・・・結局、自分が買わせた武器によって、タリバンを養い、今、そのタリバンを恐れ、揺れている大国アメリカ・・・アメリカはどこへ行くのでしょう

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2008年12月16日 (火)

篤姫は江戸城を出て

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 「篤姫」最近、こんなに一生懸命見たTVはありませんでした。来年は又ぞろ、戦国時代に逆戻りですって。残念至極。司馬遼太郎の「坂の上の雲」になるとか聞いていたから、とても期待していたのに、ホント、残念です。もう、ドロンコ、ちょんまげで、刀振り回したりするのはうんざり・・・
 「阪の上の雲」の正岡子規、秋山好古、実之兄弟の活躍・・・明治新政府の元、一から建国していった明治期のけなげなご先祖様たち。そして、日清、日露の大戦を、必死で乗り切った日本。折角「篤姫」が江戸城を出て、大奥もなくなり、明治新政府が誕生したというのに、どうして、それ以後の歴史につなげなかったのでしょう。NHKって、トロイ!!!今一歩、テーマを発展させて欲しかった。
 それに、日本の歴史教育は、近代以降をほとんど教えていなかったっていいます。ももり自身だって、好きで乱読してちょっとずつ、ちょっとずつ知ってきただけ。まあ・あ・あ・・・自習です。NHKは社会的使命として、明治以降の日本のあり方をとらえて欲しかった。
 上は「岩倉具視」 この本、読みづらいし面白く書いてありません。論文でしょうか。でも、あの、片岡鶴太郎演じた陰険な岩倉具視の印象は少しは変わりました。下は???見苦しくてスミマセン・・・

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2008年12月12日 (金)

もお どうにも ト・マ・ラ・ナ・イ!!

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 ノーベル賞を貰った益川さんのコメント「外国なんか行かなくったって、物理学者ならわかるしかし。しかし、実際来てみて、いろいろ案内してもらってやっぱり素晴らしい、って言ったら、妻にギャフンとイッポンとられた、ってなことをおっしゃってました。きっと益川ご夫妻、もう、これからは海外旅行三昧ですよ。きっと・・・海外旅行って、ヤミツキになるのよねえ。
 今年、ももりも北欧をパックツアーで回ったのですけれど、そっりゃあ・・・素晴らしかった。
コメントで、ノルウエーで行なわれるノーベル賞授賞式のこと書いてきてくださった方がいらっしゃいました。ももりはノ-ベル賞を貰ったことなくて、何にもしりませんけど、ノルウエーの、このスケッチの市庁舎の中で行なわれるってツアーガイドが言っていました。

 ちなみに、「ヨーロッパの王朝」河出書房新舎  によりますと  以下概略 
 ナポレオンの欧州制覇に際し、スエーデンとデンマークは対立するフランス、イギリス、ロシアに翻弄された。スエーデンは700年間支配してきたフィンランドをロシアに盗られ、デンマークは400年支配してきたノルウエーをイギリスに盗られた。現スエーデン国王、カール・グスタフのベルナデット家は、ナポレオン軍の元帥であった人物である。以来、スエーデンは戦争をせず、ヨーロッパ列強の紛争の圏外の立つ外交を貫いた。・・・中略・・・1905年、ノルウエーは独立。デンマークは国土の40パーセントを失ったが存続。
 第1次世界大戦では北欧3国は中立を宣言。苦境に陥っても中立を維持した。第2次世界大戦でも、武装中立の立場を取ったが、デンマークもノルウエーもナチスドイツに国土を蹂躙された。ノルウエー国王ホーコン7世はロンドンに亡命・・・・ロンドンで亡命政権を樹立、戦後帰国して復帰・・・どうですか・・・・中立って、言うほど易しくないんでしょうね

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2008年12月11日 (木)

ヨーロッパの王様たち

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 今回のノーベル賞授賞式では、日本語で表彰状をもらわれたそうで慶賀至極です。ヨーロッパの王様達はフランスやロシアなんかは残酷に処刑されましたし、イタリアやギリシャ、バルカン半島の諸国は国外追放されたと記憶しています。その中で北欧のデンマーク、スエーデンの王家は健在です。欧州を引っくり返した大きな2度の戦争を、中立を貫いて国を守った王様達は今も国民に愛されているそうで、デンマークはマルグレーテ2世女王、スエーデンはカール16世グスタフですって。
 先日、京都国立博物館で「日本の漆」と言う展覧会を見てきまして、日本の漆工芸がマリー・アントワネットやポンパドール夫人とか、スエーデンやデンマークの王家、イギリスはエリザベス1世の摂政だったウイリアム・セシルなどによって多く収集されていた事を知りました。非常に緻密な漆工芸品のコレクションが展示されていました。ちょっと、一味違った視点からの展示で、日本の漆工芸の誇るべき伝統を知りました。

 スケッチはスエーデンのストックホルム王宮の中国風の宮殿。もっとも、ヨーロッパの王様やお妃様たちにとっては、中国とインド、日本の芸術品の区別は余りなかったんですって。確かに、どこの王宮を見ても、中国様式の部屋があって、日本の陶磁器なんかも飾られていました。

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2008年12月10日 (水)

ノーベル賞を貰う子を育てる

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上はスエーデン、ストックホルムのノーベル賞受賞者のパーティー会場。下はノーベル賞の受賞式会場。スケッチは本当に雑ですけど。
 一体、どうしたらあんな優秀な子供を育てあげることができるんでしょう。ももりは、相当、運命論者で、頭の良し悪しも、努力を出来る習性も、チャンスに出会ってモノに出来る素質も、天性のもの、神のご意志次第、早く言えばマグレだと思っています。それでも、最近の子供の教育にはホトホト呆れています。しつけのことは言いますまい。自分自身も相当おかしいから。学力の事です。
 子供たち、今、本当にみんな疲れる程勉強をさせられています。6しか入らないマスに9や10を入れようと欲深い親に強いられて、イヤイヤ勉強をしています。この、イヤイヤっていう幼い経験こそが、将来大きくなって、未来永劫、勉強嫌いにしてしまうんじゃないかしら。そして一生懸命やった結果が「これだけか???」ではあまりにも可哀そう。「これだけしか出来ない頭に生んだのはあんたでしょう???もし、結果が思わしくなくても、「あ・あ・あ・・・こんな頭に生んでしまってかわいそうなことした」って親子で仲良く慰めあいましょう

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2008年12月 9日 (火)

KYなアラセブ

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 KYで「空気読めない」とか、アラフォーで「40才前後」とか、ももりにはちょっと・・・理解しがたい世界です。「アラサー」で30才前後、「アラカン」で、60才前後なんですって。これは還暦前後と言うことだ、と友人から仕入れたばかり。麻生さん、しっかりしなさいっ!!!彼って、もっと若いと思ってたら、もう、70才に近いんだとか。一方、オザワはダイッ嫌い。マーダ解散なんて言ってる。鳩山も、もううんざり・・・彼らは、もうアラセブで、全くKY。そんなトロイお念仏唱えてる時かっつうの!!!しっかり、倹約してバカバカしい浪費をやめなさい。ッタクー・・・与党も野党も月給泥棒なんだから。国民の税金からお給金を貰ってるってことを忘れるでないよ!!!スケッチ、下は瀬の本高原、阿蘇の熊本県側。上は九州のナイアガラですって。原尻の滝。九州はス・バ・ラ・シ・カッタ・・・Kyuusyuu19

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2008年12月 8日 (月)

大きな大根が100円

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大きな大根が一本100円。卵が98円。スーパーの特売です。一消費者としては、お安いものを買いに走りますけど、これって、生産者の方を泣かせているのですね。インフレ基調になるとか言ってましたけど、スーパーは必死です。パンも確かにお気に入りのは高くなりました。でも、お安いのも日替わりで並んでいますから、やっぱり安い方を買います。過等競争ですね。デフレもインフレも、お財布は冷え冷えするばかり。私達は、もう、子どもの教育も、ローンも終わりましたから、今が一番穏やかな昼下がり・・・いいえ、人生の黄昏。でも、ローンを持った若い方々のご苦労を思うと、本当に申し訳なく、心配です。旅が安いのは、うれしいけど・・・スケッチは九州、日田、豆田町

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2008年12月 7日 (日)

神います高千穂峡

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 九州のこの地に大昔、神様がいらしていろんなドラマがあったんですって。ももりはトンと理解できない世界なのですけど・・・大正、昭和、平成の橋がありましたよ。どうも、バタ臭い外国の歴史とか文化とかに興味を持ちすぎてましたけど、日本もホントに良いなあ!!!Kyuusyuu29
下はお昼ご飯を食べました。250年も前の民家なんだそうです。Kyuusyuu30

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2008年12月 6日 (土)

臼杵の磨崖仏

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 友人から、「一度は見なくっちゃ」ってすすめられて久しい臼杵の石仏、59体が国宝なんだそうです。全部では60体以上あるらしいけど。平安から鎌倉にかけて彫られたっていいますから、その保存状態のよさに、まず、脱帽。仏様たちは穏やかな、いかにも日本人好みの童顔です。全く、1000年以上も人間どもの愚かしい行為を眺めていらして、ちょっと、もう、諦め顔です。こんな優しいお顔を作り出した日本人の宗教って???日本人の心って???改めて感じ入りました。着色も少し残っています。
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2008年12月 5日 (金)

着陸態勢で生きること

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先日の旅、九州からの帰りの飛行機で「大阪空港は混雑していますので、滞空して待機します」ってアナウンス。「え・え・え・・・・待機ですって???失速して落ちないの???」
 一方、ももりの人生は、もはや着陸態勢。最近、ゼーンゼン絵の展覧会に興味が持てない。それより、博覧会や映画。同じ1000円使うんだったら、ソッチのほうがいいなあ。これって、もはや、ももりは人生に、もう一度浮揚しようという意欲を失なって、人生を着陸態勢に決めてんだ・・・なああんて、思っているうちに、無事、飛行機は滑走路に到着。滞空って上空で旋回してるんですって???でも、回ってるようには見えなくて、ジットと止まってるように見えてたよ。た・し・か・に・・・止まってた・・・みたい。スケッチは由布岳と歴史資料

Kyuusyuu10スケッチは夜明け霧の中の由布岳・・・このまま着陸まで、少し待機したいなあ

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2008年12月 4日 (木)

阿蘇と由布岳

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 九州へ行ってきました。お手軽パックツアーですけど・・・良かった!!!お天気も最高だったし、湯布院、一度は行ってみたかった。臼杵の石仏も・・・九重連山、阿蘇、黒川温泉・・のーんびり、そして、目一杯スケッチ。上は噴煙を上げる阿蘇中岳、下は朝霧に浮かぶ阿蘇Kyuusyuu22

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