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2008年10月31日 (金)

愚作??駄作???「教え子ヒットラー」と「ブーリン家の姉妹」

Hennri
 見苦しい顔でスミマセン。「ブーリン家の姉妹」見て来ました。期待していただけに・・・ム・ム・・ムウウン???ヘンリー8世。6人のお妃をもち、ロンドン塔に閉じ込めて、首を切ったお妃は確か3人。無事に生き残ったのは、余りに不器量で、かえり見られなかった4番目のお妃と、老人介護の役目を果たした最後のお妃だけだった???このあたり、物語として読むイギリスの歴史は一番面白い部分で、結構、ももりも読みこんでいます。でも・・でも・・・アン・ブーリンに妹がいて、王と愛し合い男の子を生んだなんて・・・作りすぎ。全く、ウソラシすぎる。アホラシ!!!見所といえば、英国の美しい自然と古いお城やその内部。見事に時代考証された衣装。出演している大物俳優たち・・・それは、とても、とても魅力でした。

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マータマタ、見苦しくて申し訳ない。ヒットラーとももりのツーショット。後にいるのはチャーチルです。
「教え子 ヒットラー」って言う映画も駄作でした。アホラシイ!!!ヒットラーは連合軍に追いつめられベルリンで、神経が錯乱しています。そこへ招かれたのがユダヤ人の映画俳優だったか監督だったか???ヒットラーに演技指導して最後の演説をさせる。爆撃で崩壊したベルリンの街のセットを作り上げ、例のお得意のヒットラーの右手を上げたポーズでオープンカーで行進・・・そして、???ここまで歴史を改ざんしても良いのかしら???
2編とも、あまりにもレトリックが酷すぎます。ももりは一人、暗闇で怒ってました。
 この見苦しい写真は???さ・あ・あ・・???お許しを・・・

更に下は、2007年、イギリス旅行の後、ブログに書いたヘンリー8世の記事。長いですが・・・マタマタマタ・・・すみません。

ヘンリー8世はエリザベス1世女王の父です。この青ひげは6回結婚しました。カトリックでは離婚は認められていなかった時代。ドエライ独裁者でしたけど、イングランドの基礎を固めた人物として、本国では人気があるそうですよ。
先ず最初のお妃キャサリンは、兄アーサーのもとへスペイン王家から輿入りした女性で、宗教はカトリック。もちろん、当時、スペインからお輿入れというのは、対フランスやスコットランドへの戦略的な強化のためのもの。兄が死んで6才年上の彼女と結婚、メアリが生まれます。他にも生まれたらしいけど、早世しました。彼女の死も毒殺説が巷では有力です。この、メアリ、後に女王になって、「血みどろメアリ」と呼ばれる人物ですが、それは後ほど・・・
2番目が、アン・ブーリン  キャサリンがもう年齢的に世継ぎの王子を生めないと、ヘンリー8世の関心は侍女のアン・ブーリンに移りました。カトリックでは離婚できなかったので、ローマ法王と別れて、独立。イギリス国教会を設立しました。これは、当時、力を持ちすぎていた修道院から、財産を没収する狙いもあったといいますから、全く、油断もなにもあったもんじゃない。彼女の絶頂期は短く、生んだ子供が女の子であったと知って、密通罪でロンドン塔送り、そして無罪を叫ぶ、若い、元妻を斬首って言うんだから、ヒ・ド・イ!!!この女の子が後、大英帝国の基礎をガッチリ固めるエリザベス1世。
3番目のお妃がジェーン・シーモア 彼女はうまく王子エドワードを生みましたが産後間もなく死にました。エドワードは9才で王になりますが・・・・
4番目は、アン・オブ・クリーブス  彼女は「器量が悪い」って数ヶ月で見下り半・・・でもそれでよかったよ。ブスのほうがしあわせってことは、結構よくある・・・
5番目は、キャサリン・ハワード  王は49才、痛風病みの巨漢で、一人では歩けなかったっていうから、老人のお守りはつらかったらしい。本当に姦通で・・・処刑
6番目は、キャサリン・パー 良くできたガマン強い看護人で教養人、彼女がエドワードとエリザベスを育てました。
7番目が???写真の???なあんて???

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2008年10月30日 (木)

その夜の星は

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 赤倉ホテルの温泉は、いくつかありましたが、その中で、ももりが夜遅く覗いたのは天空風呂「男女混浴です。ご婦人はバスタオルを巻いてください」ってあったけど、のぞいてみたら真っ暗で誰もいない。「エエイッ」と入りました。4畳くらいの浅い露天風呂です。寝そべらないと寒い。その内に、湯気の間から星が5つか6つ、美しく大きく輝いているのが見えました。「あ・あ・あ・・・やっぱり、ここは山の中、星は大きく見えるなあ」
 真っ暗で、何となく気味が悪いから、もう一度、先にお試しスミの大きな温泉に入りなおしました。そのあと、庭を通って部屋へ帰ろうとして、「綺麗な星やったなあ」って、空を見ましたら、なんと、星なんて、全く見えません。雲に覆われている様子です。Myoukou004

「どうしても、あの星は、確かに見た。幻なんかじゃない!!!」お部屋へ帰っても、納得できません。「天井に小さなランプでも仕込んだったんやろか」
翌朝、早速、見に行きました。全くのアオカン。天井も何もないのです。周囲はむしろで囲ってありますが天井はなし。やぁっぱり、あの時だけ雲が切れて、星が煌々と輝いてたんやなあ。ももり一人のために???
 スケッチは泊まった赤倉ホテル。上のスケッチは黒姫山の児童館に移されていた岩崎ちひろの山荘。いいなあ!!!でも、思いっきり簡素です。小さな台所にはびっくり。こんな自然の中で・・・でも、冬は寒いなあ/strong>

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2008年10月29日 (水)

なつかしや、妙高、赤倉

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 格安パックツアーで、バス、妙高山の麓、赤倉に1泊してきました。子供達が小さかった頃、滋賀高原や妙高へは、スキーにちょこちょこ来ていました。3人の息子たちに、小さなスキーをかつがせて、「どうしてこんな遠いところまで来てたんやろ」って、思い出しても、不思議です。バスで大阪から、約8時間。決して豊かではなかったのに、子供達を連れて、実にマメに遊びました。達者なモンやったなあ。今は相棒と二人。相棒に運転してもらうには、相棒もチト年をとりました。パックツアーって、ほんと、お気楽。眠くなればいねむり、お腹が空けば食事が出ます。それに、不思議なくらいお安い。スケッチは妙高山とイモリ池。池周辺をのーんびり。
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お部屋から見た黒姫山???と思うンだけど・・・違うかも

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2008年10月25日 (土)

壇の浦の亡霊

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悪夢にうなされた???この大将。甲冑は平恒盛の???だったか???・・・長府の毛利家でのこと、「着てみませんか」って言われたから「いくら???」・・「無料です」って言うじゃないの。「どのくらいかかる??」・・「15分くらい」 そりゃあ、着てみなくっちゃ!!!
 先ず見せてくれたのはお姫様・・・「こんなのじゃない。大将がいい」・・・って、3人がかりで着せてもらったのがコ・レ。当日は晴天で、暑い。20キロもあるんですって・・・重い!!!こんなの着て8艘飛びをしたって言う人もいたんだから・・・日本人、今はひ弱いんじゃない???
下は、壇の浦、赤間神宮内の平家一門の墓、右はしは耳なし芳一の墓
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2008年10月24日 (金)

女心 旅心

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 若い娘の頃は山女。アルプスなんかをほっつき歩いてました。3人、息子を生んで子育てもなんとかやってました。そして・・・ムラムラとよみがえった旅心。一番最初の海外旅行は中国。書道に一生懸命になっていて、「中国の歴史 上、中、下・・・貝塚茂樹」なんかをいつも持っていました。どこからでも開いたページから読み始めるようにして、なんとか、中国の歴史をこの頭に叩き込みたいと思っていた頃、毎日新聞社が「三国志の旅」って言うのを大きく記事にしていたのです。早速、相棒に、
 「これ、行きたい!!!」・・・「行ってきたら」
という事でこれは問題なし。

 次はソ連、モンゴルのウランバートル、そこから北京という、当時としては壮大な旅です。京都商工会議所の社長さん達の視察旅行ですが、社長さん達はご高齢、だから医者がいるってことで、ももりの書の友人のご夫妻が行かれることになりました。「バイカル湖も行くのよ。シベリア鉄道に乗るねん」ですって。
「これ、行きたいっ」・・・「勝田センセが行かはるのやったら行ってきたら」
 

 次が呉服屋の友人の主催するイタリア旅行。
「行きたいっ」・・「勝手にせぇっ」・「勝手にする する・・」
 次は、スペインからフランスへ、又々友人の主催
「行きたい!!」・「勝手にせぇって言わへんで」・・・もう、こうなったら「行きたい」「行きたい」以外のことは言いません。変なこと言うったらけんかになる・・・
こうして、仕事で必死の相棒を残して、随分旅をしました。旅したいばっかりに外国の個展もしました。相棒が一線を退いてからは、相棒と一緒です。

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 先日、友人から「カンボジアへ行かへんか???」って声がかかりました。日程はナントカやりくりできそう・・・でも、でも、止め。今、日本を離れられない相棒を残して・・・フト・・・ちょっと・・可哀そう・・・相棒も行きたがってたしなあ・・・・又、相棒と行こっか・・・ももりがいるから仕事だって頑張ってるんやろしなあ・・・あ・あ・あ・・・年 スケッチは小倉

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改めて今・・・高杉晋作

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 スケッチは下関の砲台。ここから、外国船に大砲を打ち込んだのが1863年。攘夷決行です。明治維新の4年前。翌、1864年には4カ国連合艦隊が逆に長州を海から砲撃。こちらの砲は丸い鉄の玉なのに、あちらの砲は、もう爆発するってシロモノだったらしい。以下は「松下村塾 VOLl9 山口産業株式会社発行」によります。
 8月5日、ついに英米仏蘭の4国連合艦隊が関門海峡に現れた。その数、軍艦17隻、兵員5000名余りの艦隊は、午後2時過ぎに砲撃を開始。藩も力の限り応戦したが、外国兵は下関に上陸し、下関の砲台はあえなく占領された。外国の威力をまざまざとみせつけられたのである。・・・中略・・・4カ国と和平交渉をしたのは高杉晋作。300万ドルの賠償金、外国船の自由航行、砲台の撤去などが要求された・・・高杉晋作は居丈高に交渉し、彦島を外国に渡す事は免れた・・・
 もし、この交渉を幕府のへっぴり腰の役人なんかにまかせていたら、彦島は、香港、マカオみたいになっていたでしょう。幕府にとっては、痛くもかゆくもない小さな島、でも、日本に取っては大事な大事な交渉でした。下は高杉晋作が騎兵隊を挙兵した功山寺

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 一方、はまぐり御門へ砲弾を撃ち込んで、一気に朝廷から嫌われた長州は、第1次集州征伐に直面します。1864年の長州は、海からは外国から攻められ、陸からは幕府軍16万に囲まれて、いてもたってもいられないっていう危機感に追い立てられていたと思います。長州藩は、渋々幕府に従い、3家老の首を差し出し、幕府に恭順をちかいます。長州征伐は11月18日、戦うことなく終わりました。幕府支持に固まった長州藩の政権を奪うために、高杉晋作は下関、長府の功山寺に挙兵、クーデターです。長州藩同士の戦いが始まり、激戦の結果、晋作率いる攘夷派が勝利。藩は、又、一気に倒幕に傾いた・・・とあります。功山寺には7卿落ちで落ちてきた三条実美がかくまわれていたって、紙芝居で言っていました。紙芝居も面白かったなあ。 
 同じ年、薩摩も、薩英戦争をして負け、町を焼かれており、やっぱり、この両国は、外国の力を身を持って知った・・・だから・・・薩長同盟はなった???のではないかって・・・ももりは、旅の復習をしました。

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2008年10月22日 (水)

関門海峡って、狭い

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ももりはオッソロしい地理オンチです。今回の旅で、まず理解不能だったのは、門司が、たしか???九州側???下関が、たしか、本州側???だったっけ???帰宅してから、地図を見て初めて、少しわかったかなあ、ってな具合です。だって九州は本州より西にあると思い込んでいたのですから、関門海峡が東に向かって九州へ繋がっているなんて、驚いたなあ。スケッチ、上は、下の関の英国公使館。
 行きは関門海峡の歩道を歩きました。これが、20分くらいで九州側へ出るじゃないの。2時間ほどの難行苦行が控えてると思って、スケッチも早々にトンネルへ向かったのに・・・
 夜は小倉で一泊。そして帰りはフェリーで門司から下関に戻りました。天気はサイコー!!!スケッチ、すぐそこの対岸は本州、唐津。唐津市場で食べたトロットロの大トロのお寿司。1かん800円。うにとイクラの一杯のった丼が800円・・・それに、ビール。そりゃぁあ・・・美味しかったなあ。

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2008年10月21日 (火)

刑務所で守られた人たち 映画「破獄」


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新幹線の切符を下さった方がいて、2日間、長府、下関、門司、小倉とスケッチしてきました。快晴で、さわやかな海風を身に浴びてスケッチ。これは、もう、最高っ!!!でした。往復の新幹線の5時間。「破獄」吉村昭、読了しました。
 昭和11年、青森刑務所脱獄、昭和17年、秋田刑務所脱獄。昭和19年、網走刑務所脱獄、昭和23年札幌刑務所脱獄。4回の脱獄事件を扱っていて、綿密な取材にもとづいたドキュメンタリーともいえる小説です。先日BSで、緒方拳の映画「破獄」を見て読み始めたのですが、なにしろ、中味はお硬い。文章は簡明で、難解なことはないのですが・・・ももりが全く知らなかった社会の一断面です。
 稀に見る肉体的な特殊能力と知能、看守との心理作戦を描く一方、第2次世界大戦の敗戦から戦後に向かう世情の厳しさなど、心に残ります。囚人に配給されるのは1日6合近い米、雑穀。一方看守の方は食糧難で遂に、1日2合3勺の米。囚人たちは、食事のみが愉しみで、それを奪うと暴動の怖れもあり、厳守する方針が貫かれます。
 若い看守たちは戦線に出兵し、年をくった看守たちの疲労は極限に達していきます。極寒の獄舎の夜の監視。囚人たちは上2枚、下1枚の夜具にくるまっていますが、看守たちは、逃亡が起きた際の身軽さが必要ということから、上着を着ることすら許されていません。そして終戦。アメリカ軍の横暴。日本人は野蛮人と決めつけて、囚人たちの方が優遇されるような環境、そして、監獄の中も外も、激しい食糧難。各地で囚人の暴動が起こります。
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 緒方拳の「破獄」は、不気味な犯人を描いて、鬼気迫る緊張の映像が強烈でした。だから、原作を買ってきたのですが、原作は、脱獄犯よりは、むしろ、刑務所の中と外の、戦中戦後を描いて労作です。本当に、監獄に収監されている方より、見張っている方がはるかに状況は厳しいのです。こういう方々がいらして初めて、私達の平安は守られているのですね。スケッチは、関門海峡大橋と、下の関のレトロ地区にて 

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2008年10月18日 (土)

映画「宮廷画家ゴヤは見た」 見てきました

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 めまぐるしく曲面が変わって気の多いももりですが・・・・「宮廷画家ゴヤは見た」を見てきました。ナッカナカァ・・・面白かったですよ。ももりのイメージのゴヤとは大分違いますが、ゴヤの生きた時代考証が本当に愉しめました。
 異端審問所が罪もない一人の少女を罪人にしたて上げていく・・・スペインは頑強なカトリックの国ですが、キリスト教の行なった残酷な歴史は極端です。特に西洋史が得意って言う事もないももりですが、1789って言う数字を一つ頭に入れるだけで、随分、時代が見渡せます。1・・・789・・・年はフランス革命の年。そして、その年、ナポレオンは20才。どうですか???1747年に生まれたゴヤ、ピレネーを越えてスペインにナポレオンが進駐してきた1808年には、ゴヤ61才。フランス軍に射殺されるスペインの農民兵を描いた「1808年5月2日」「「1808年5月3日」の2点は歴史の証人となりました。スペイン王カルロスは追放され、ナポレオンの兄ジョセフがスペインへ乗り込んできます。一時に沸騰した、フランス仕込みの民衆の平等意識。そして、ナポレオンの失脚による王政復古
・・・
 ゴヤは1792年、アンダルシアを旅行中、突然倒れ、カディスに運ばれます。一時は半身不随、耳鳴り、頭痛、痙攣が続き、失明の危機もあったといいます。伝記作家は梅毒によるものではないかと推測していますが、ゴヤは生還しました。しかし、聴覚は完全に失っていたのです。耳鳴り、頭痛・・・苦しみの合間、合間に見る幻覚が彼の後世に残る黒い絵を描かせたのでしょう。芸術の神、ミューズは、非情にも、素晴らしい絵を生み出す代償として、ゴヤに、この苦しみを与えたのでしょうか。
 スペインは個展をした事もあり、何度も訪れています。有名な「ファジャ・・アンダルシアの火祭り」や、サンチアゴの巡礼道も歩きました。歩いたのは5日間、130キロほどだけですけど・・・やっぱり、強烈なカトリックの国という印象でした。
サンチアゴ巡礼道のスケッチのページへは次に・・・http://www.geocities.jp/wgwxw444/110sanntiago.html

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2008年10月17日 (金)

「パリの100年展」京都市美術館

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 パリといえば、ももりの中では映画や本の「レ・ミゼラブル」とか「ノートルダム ド パリ」。実際に何度か、パリには行ったし、何日か滞在した事もあるのに、ももりの中のパリは、まだ、小説世界のまんまです。小粋に着飾った紳士淑女が闊歩する表通りから一筋入れば、ぬかるみに浮浪者は倒れ、下水は道に溢れて、屋根裏部屋には何とも形容ができない人種が棲んでるっていう大都会、パリ。今回の展覧会は、フランスお得意の印象派とかキュービスムとか、聞き飽きた表向きの話ではなく、エッフェル塔が建てられた頃のパリ、ナポレオン3世の命を受けて、パリを今のように改造したオスマン男爵の頃をテーマにしています。

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 中でも面白かったのは、「ノートルダム・ド・パリ」を描いた数枚の絵。そう、随分前になりますけど映画「ノートルダム ド パリ」だったか???「ノートルダムのせむし男」だったか???たしか・・・アンソニー・クインがせむし男じゃなかったか???エスメラルダはジーナ・ロロブリジダ。折れそうに細い腰でした。「レ・ミゼラブル」の、ジャン・ギャバン・・・どうですか???季節は秋。名画でもごゆっくり・・・ももりとどうぞ

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2008年10月16日 (木)

これから歴史散歩

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 子供の時から本はダイッスキ。でも、長ぁく女の子??らしくロマンチックなヨーロッパのお話専門でした。例えば「レ・ミゼラブル」とか「モンテ・クリスト伯」とか・・・大人になっても、専らヨーロッパ。フランス革命とか、ヘンリー8世とか、ロシア革命とかが大好き。だから、旅もヨーロッパ。でも、これって、考えてみれば、全くおかしな思い入れです。
 「マゲ物は嫌い。ちょんまげってダサイ。刀振り回して、怖いし汚らしい!!!」とか言って、日本を扱った本を読まなかったのですから。
 ようやくこの年になって、ももりの読書は日本上陸。残酷なのはヨーロッパだって同じ、イエ、日本以上です。何てったって、日本は近い。すぐそこへ見に行けるんですから。
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今、読んでいるのは吉村昭。先日BSで、深夜「破獄」緒方拳主演、津川雅彦が合い役でやっていました。厳重な警戒網をかいくぐって、4回も脱獄を果たした男の話。実話に基づいているそうです。緒方拳の底光りする演技が凄かった。なんでも、この吉村昭原作「破獄」は、刑務所関係者は全員読むそうです。脱獄を計る人間は、絶対にいるっていうことを肝に銘じるために、なんですって

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2008年10月15日 (水)

メッタにない話

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 先日、若いお嬢さん方とおしゃべりしていて、真実、面白い、メッタに聞けない話を聞きました。
大学卒業を前にしたイタリア旅行、あの有名なスペイン広場にて
「つむじ風みたいに子供が何人か走ってきて、そばを駆け抜けて行ったんよぉ。私らは5人やったんやけどぉ・・・”あっ!!!盗られた”って、一人が急に走り出したから、私も気がついたら、お財布盗られててん」
「へ???それでぇ???」
「その子が追っかけて、とっつかまえたんよ。みんなで取り囲んで・・・出しぃっ!!!はよぉ 出しぃっ!!!・・って、もう、大声で、そらあ、みんなで大声で言うたんよ。そしたら、その子、手ぇ上げて、持ってないって、ポーズするねん」かの女は両手をオズオズと上げました。
聞き手は目を丸くして「ほんでぇ???」
「ポケットから、出しぃや、って。言うてる内に、ポリさんも来てくれて、財布もバッグも取りかえせたんよ」
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 こんな、珍しい話は始めて聞きました。本当に、売春とかっぱらい、置き引きなんぞは古典的な商売で、そのワザはゲイジュツ的とすら思うほど見事です。でも、取り返せたなんて、初めて聞いた話です。何たって、若いし、5人で・・・それに女の子ってのが良かったのよねえ。結構、親が遠くで見張ってるってこともあるみたいだし。
ももり自身は、まだ盗られたことは??・・・・あるある。難波、大阪でした。何時の間にかハンドバックの口が大開きに開いていて、「アレ・・・」って感じ。あ・あ・あ・・・旅したい!!!旅したいなあ!!!

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2008年10月14日 (火)

日本水彩京都支部小品展

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 去年までなら、今頃100号2点を仕上げにかかっていて、家中に絵が散乱していました。去年、おいとまいただいたのが「新芸術展」。肩の大きな荷がおりました。でも、こうなると、描かないなあ・・・ようやく衰えてきた・・・最近のももりです。本当なら個展をする年まわりだったんですけど。描きマ・ク・ル・・・このマクルって部分だけが自慢でしたけど・・・ももりが一番美味しかった時期は過ぎました。あ・あ・あ・・・・それにしても、旺盛にやってきてた!!!まぁあ・・・エエッカ???
 明日から「日本水彩京都支部小品展」出品するのは先日アップ・・・10月8日でした・・・ショーモナイ・・拙作。でもでも、他の方達のは素晴らしいですよ。ゼヒゼヒ・・・

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2008年10月10日 (金)

離婚してはいけません

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 先日、BS で「酒井家のしあわせ」って言う映画を見ました。始めの間、トロトロした展開に目がふさがってしまいそうでしたけれど、睡魔と戦って、見たあとは「フーン・・・中々面白い映画やったなあ」って・・・
 子供一人で、最愛のダンナに死に別れた女性を演じるのは、友近さん。海辺で知り合った男性とあっという間に結婚。二人の間に生まれた娘との、何の問題もない、ごくごく普通・・・普通すぎるような4人家族の日常。しかし・・・・誰も悪人なんかいない。みんな良い人ばっかりでも、でも・・・・でも、みんなが言葉がちょっとだけ足りません。鬱屈していく反抗期の少年。時に、キレます。
 ももりの周辺、小さい時からヨーック知ってるお嬢さん。先だって、結婚して娘も生まれたっていうのに、「離婚したい」なんて、言ってるらしい。あかん!!!一生懸命働いてはる、若いダンナのこと、ありがたいって思わなあかん。男は育てなあかん。一人の男の一生をダメにするかもしれんやないの。
 「ないものねだり」って、いう言葉、ホント、いいえて妙。あなたが家で赤ちゃんと一緒に居られるって、どんなにしあわせなことか???不足ばっかり、見てるけど・・・あんたより、だんなの方がよっぽど可哀そう。ホント、一言やさしい言葉をかけてあげてよ。男の子なんて・・・そんな一言で、一生懸命働いてくれる可愛いもんなんやから。絵はももり、旧作

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2008年10月 9日 (木)

もう一度、たけし

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 たけし・・・「ビートたけし」って、活字で読むと、とても面白い事を最近知りました。今、読んでいるのは「巨頭会談」当分、たけしブームは、私の中で、続きそうです。
 映画「アキレスと亀」、実は、とても面白く見たのが、売れない絵描き、真知寿が、画商の言うままに、アメリカの、いわゆるコンテンポラリ-・アートって言う部分を丹念に再現している場面です。ももりが、若い頃、絵を描こうとしていた時代、「芸術新潮」なんかで盛んにはやし立てていたのが、いわゆるコンテンポラリーアート。今日的アートとでもいうんでしょうか。アメリカ、30年代くらいから世界を席巻したマユツバ芸術でした。ほら、絵の具をピシャッとぶっ掛けて、大画面を作ったジャクスン・ポロック。絵の具を上から滴らせて作ったフランク・ステラ、アンディー・ウォーホールから、フェルナン・レジェ・・・ロバート・ロウシェンバーグ・・・もう、止めましょう。若いももりが、絵に疑問を感じて止めてしまった、と、いうより、そんな時に書を見て、「これぞ、抽象芸術!!!」と書にコロリと転換してしまった、あの頃の絵を、たけし監督は皮肉をこめて、丹念に再現してくれています。
 先日、「ピサロ展」見て、シラケてしまいました。印象派だって、コンテンポラリー・アートだって、画商たちが売るためにデッチ上げたエセ芸術に見えて仕方がありません。かと言って???ももりの絵が・・・ゲージュチュ???とは、言いませんよ・・・でも、たけし監督さん!!!大いに言ってくださいよ。この世のウソを暴いてください。この世は実にウソばかり!!!絵はももり

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2008年10月 8日 (水)

映画「敵こそ、我が友 戦犯クラウス・バルビーの3つの人生」見てきました

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 最近、展覧会よりも、映画を見る方を選んでしまうももりです。絵を描いてるのに、これでは「アカンなあ」と思いつつ・・・先日も「ピサロ展」を見に行って、結局、ブログにアップしたのは、帰り道、古本屋へで買った「アメリカ彦蔵」のこと。何となく、印象派の絵なんかに新鮮な感銘を受けないのですが、映画は・・・そりゃあ・・・次々と・・・面白い。ももりの家から、自転車で10分余りで幾つかに映画館へ行けますし、予告編を見せられると、どうしても、次の、次の、と行くことになります。 昨日見た映画「敵こそ、我が友」は、難解で、あらかじめ筋も知っておいた方がわかりやすいと思える映画ですので、あえて、要略します。
 1913年生まれの、クラウス・バルビーは、ナチズムに心酔し、ナチスのゲシュタポ、SSとして、 ドイツ占領下のフランス、リヨンにて活動します。フランスのレジスタンスやユダヤ系住民を苦しめた彼は、終戦時、ドイツへ逃亡。やがて、共産主義の波及を怖れる連合国側のスパイになります。フランス警察の追及を逃れ、ボリビアへ渡る。主都ラパスにて、製材所やキニーネを扱うかたわら、武器輸入で極右軍人の世界に入り込む。一方、フランス国内では、欠席裁判で戦争犯罪人として有罪宣告を受けます。この裁判の証言によって、彼の残酷で、非情な、友人をも裏切った過去が炙りだされます。
 映画は全てインタビューで構成されるものですから、初めて聞くももりは、付いていくのに懸命ですが、中々、前後関係や人間関係が煩雑で、登場人物も多く難解です。「チェ・ゲバラ・・・あんなの何もやってない男だ」と嘯く場面もありましたよ。フランスは、1982年、バルビーの逮捕状を交付。そして、翌日、逮捕される。そして、「人道に対する罪」で、終身禁固刑を宣告されたのが、1987年。実に45年にわたる彼の生き方と、政治の裏側が、徹底した取材と、インタビューで構成されていきます。この映画を撮った若い監督、ケヴィン・マクドナルドは「ラスト キング オブ スコットランド」を撮っていて、ももりは、今の映画界の最高の逸材と思いまけど、この映画は難しい!!!
 又々、「ヒットラーの子供時代」を扱った映画も来るみたい・・・そっりゃあ・・・もう・・・見なくっちゃ。ヒットラーを扱った映画は、日本では結構成功するらしい。おかしいけど、ももりだって興味シンシン。絵は映画とは、関係ない!!!来週ある小品展に出すつ・も・り・・・のももりの絵・・・タイトルは???・・・・・さ・あ・あ??? 

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2008年10月 7日 (火)

さようなら 緒方拳さん

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 緒方拳さん、亡くなられましたんね。良い俳優さんでした。彼で一番印象に残っているのは、TV番組で、「スペインのバスク地方の寒村で一冬を越す」っていう企画です。もう、随分古いし、タイトルも記憶も定かではありませんが、誰一人知り合いもいないスペイン、バスク地方の冬を、一人、自分だけと向き合って、TVもない寒村に生きる・・・いいなあ!!!こんな生活したい!!!と強く思って見たものでした。どこか、修行僧のような彼のイメージは、ももりの中では、あの番組で定着しました。「楢山節考」に出ていた息子は彼やったんかぁ・・・って、物知らずのももりですけど・・・高峰秀子が母親をやったんやから、フルーイ人なんですね。なんて言ったか、タイトルも忘れたけど、大黒屋光太夫を演じた、井上靖原作「オロシャ国酔夢譚」の映画化の大黒屋光太夫・・・あの、映画を見てみたい!!!ご冥福お祈りいたします。絵は近作「秋」

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2008年10月 5日 (日)

長州藩の宿舎 天竜寺

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 「篤姫」いよいよ、明治の革命の核心部分に入ってきたようです。天竜寺が長州藩の宿舎であった、ってTVで言ってました。嵐電「嵐山」で降りて、天竜寺を北へ通り抜け、竹やぶを過ぎ、祇王寺、二尊院と細い小路を通って、丸太町通りへと出る道は、ももりの大好きな散歩道です。丸太町通りを東へ真っ直ぐ行くと御所。そう思って歩くと、これからは一層うれしい。スケッチは天竜寺。

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それにしても、孝明天皇を演じる東儀氏・・・雰囲気がピッタリ。東儀家については以前のブログに書いています。和宮さんの綺麗なこと!!!中村メイ子のニクッタラシさも大好き。孝明天皇は大の長州嫌い。いや、むしろ、倒幕嫌いだったとか。長州が禁門の変で都を追い出されることになる7卿たちを使って乱発させた偽勅に非常にお怒りだったとか。結局、薩摩に玉を取られる如くに、天皇を取られて、一転、朝敵になってしまいます。まるで、将棋の玉、この非力な天皇を取り込んだことで、歴史が180度回転するってのが、日本史の世界に類をみない不思議なところ。第2次世界大戦も、この同じ手で陸軍にやられてしまいました。この、激しく憎み会った薩摩と長州が、唐突に薩長同盟を結ぶのは???なんと、昨日ブログに書いたばかり
東儀氏については拙ブログ
8月26日 和の宮さんの遊び場所  に書いています。


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2008年10月 4日 (土)

「アメリカ彦蔵」 吉村昭 

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 この本、赤信号待ちで、ママチャリを止めた七条堀川の古本屋にてゲット。100円なり。「書き込みが多いから」って結構部厚い本ですけど安い!!一昨日入手してもう読了しました。最近、TV「篤姫」につられて、幕末をウロウロ。この「アメリカ彦蔵」も又、目からウロコ。とても面白い本でした。
 13才、彦太郎少年は、兵庫県播磨町から江戸へ向かう回船に乗り組み難破。太平洋を漂流し、アメリカの捕鯨船に助けられます。頭脳良く、明朗で誠実な彼は多くの人に出会い、特に子供のないアメリカ人夫妻には学校へも入れてもらうという幸運に恵まれます。夫妻の経営する貿易会社は倒産し、学校は途中で断念しますが、その後も貿易商人の人脈の中で成長したことが後々まで、彼を救います。
 その中で、へ・ええ・と思ったこと。長崎の「グラバー邸」は、観光客を集めて有名ですが、彼は薩摩の武器商人でした。以下要約。
 グラバーは薩摩藩の武器輸入を一手に引き受けていたが長州藩へも密かに武器を流していた。幕府は長州藩を厳しく敵視し、長州への武器を一切禁じていたが、薩摩藩はあくまで自藩で購入するようによそおい、武器を長州に流していた。だから・・・薩長同盟の密約はなったのである。

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 司馬遼太郎の「龍馬がゆく」なんかでも、あんなに敵対していた長州と薩摩が唐突に手を握るのには、どこか理解できないなあって感じていましたけれど、やっぱり、ここでも、踊っていた武器商人。ももりはブッシュだって武器商人に踊らされてたに過ぎないと、一人、信じているんですけど。イエイエ、戦争を起こすのは武器商人にちがいない・・・もう、そろそろこの武器は古くなってきたから・・・そろそろ次の戦争を・・とか。彦蔵の生きた当時、南北戦争が終り、劣悪な武器までダブついていたのでしょう。武器は常に良い商売になるのです。スケッチは鹿児島の鶴丸城と島津久光が武器を製造させていた尚古館

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2008年10月 2日 (木)

映画「イントゥー ザ ワイルド」見てきました

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 たった一人、自分の力のみを信じてアラスカの原野へ出て行った青年、23才。彼を放浪の旅に追いやったものは何か???人には、放浪したい人と、定着したい人とあるようだけど、ももりは、断然、放浪派。今は、お金も時間も無いから、ナントカ我慢してるだけで、今だって旅心がうずきまくっています。若い娘の頃には、一人でアルプスを歩いてました。

 
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この映画の魅力は何と言ったって圧倒的な映像美、自然描写の美しさ、厳しさです。コザカシイ文明批判も、ナマッチロイ両親への不満なんかなかったら、もっともっと・・・、ももりは密かに映画館の暗闇で憤然としました。どうして彼が一人旅に出たかという点に無理がある。周りの人の優しさや、家族の苦しみが彼をエゴイストに仕立ててしまったから。人間本来が持つ未知なる物への好奇心、冒険心・・・開拓精神にも通じるでしょうけど、そのまま素直に大自然にあこがれる青年にしてほしかった。そして、大自然の圧倒的な力と人間の無力、太刀打ちするなんてチョコザイナ!!!・・・なあんて・・・
 子供の時、夢中になった本「世界で一番苦しい旅」ヘディン・スタインがロブノールを発見した旅の記録。「太平洋探検記」とか・・・南極だって北極だって、ヒマラヤだって、人間は出かけていった。冒険者を駆り立てるものは、アオクサイ文明批判なんかじゃない。それにしても・・・旅に出たい!!今、今、すぐにでも・・・ウ・ウォー・・スケッチはアラスカへは行けない・・・カナダ

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上は主人公の足跡、映画のパンフレットから転載しています。サウス・ダコタの小麦畑、荒涼のソルトン湖、アメリカの大自然の中をアラスカへ、一人、北上して行きます。とも角、映像が!!!素晴らしい!!!

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2008年10月 1日 (水)

父恋し

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「父って、ホントはどういう人やったんやろ」ってこの年になって思います。父は57才、ももりが27才の時になくなっていますから、大人の会話ってものが殆ど無かったのが悔やまれます。

父が亡くなって、膨大な本が残りました。書道関係の美々しく装丁した豪華本なんかも、わりとあったもんですから、母は人にすすめられて、古書屋を呼びました。古書屋が豪華本には見向きもせず、取りあげたのは、二重になった本棚の奥にキチンと残されたペラペラの月刊誌だったといいます。粗末な左翼思想の本だったと母が言っていました。「お墓もすっかりきれいにして、まだ残った」って、ビックリするほどの値を付けてくれたそうです。「「思想界」と言ったか???「新左翼」と言ったか???もう憶えていません。「これほど欠けずに揃っているのは珍しい。当時、危険思想で、この本は殆ど無くなっていて、今となってはとても貴重なんだ」って古書屋が言ったそうです。
 父が、戦前、危険思想に関心を持ち、本を読み、しかも隠していたとなると・・・このあたり、「生きてたら・・・聞きたい!!!」
 ももりが書に関心を持ったのは、父の影響です。父、田中香雲は日展入選8回。惜しまれて亡くなりました。57才。書家としては、無念の早世でした。上はももりの臨書「継ぎ色紙」「遊心展」に出品していたもの。これも、アリゾナ大学にぁると思うけど・・・・???さ・あ・あ??

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