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2008年5月30日 (金)

脱線 源氏物語散歩 醍醐三宝院

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 マーちゃん様からいただいたコメント、「日野家は中流の公家でしたが、義満の正室として康子を嫁がせたことから、足利家と強いつながりを持ち、義満以降、歴代の将軍は日野家から正室を迎えることが慣例になったそうです」ですって。面白いことになってきました。
 源氏物語から脱線しますけど・・・醍醐寺にも行きました。醍醐寺は秀吉の大茶会で有名です。さくらの名所で何度か来たことがありましたが、人気の少ない若葉のこの季節、全く印象はちがいました。スケッチは醍醐寺金堂内の諸仏

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 「日本の歴史 10」中央公論社 によりますと、日野富子の生家、日野家は、南北朝時代に日野賢俊という傑物を輩出し、足利尊氏のブレーンになると同時に、醍醐寺座主、法務大僧正などとして、権勢をふるった。以来、足利将軍家、義満夫人、康子を始め、以後代々、将軍夫人はこの家から出す慣らわしになった・・・とあります。  
 亭主の将軍、足利義政は傾きかけた政権と恐妻、日野富子に押しひしがれ、十度飲み、うぐいす飲みとか深酒の連夜を過ごし、戦火が室町邸にせまり、火の粉が降る中でも、酒盃と連歌を手ばなさなかったといいます。

 「天下公事修り女中御計 公方は大御酒 諸大名は犬傘懸 天下泰平時のごとくなり」・・・・つまりぃ・・・「天下の政治はみな、おなごが引き回しており、将軍は大酒、大名たちは犬傘懸などの遊びに夢中、誠に天下泰平・・・と辛らつに書いた人がいるそうです。富子は、応仁の大乱後も続く武力専一の世の中、諸大名に高利で金を貸し付けた。敵方にすら貸したといいます。関所にも税を設け、寺や公家衆からすら金を無心した。全く強引で嫌われ者の富子でしたが、義政が10年近くかけて造営した銀閣寺は、東山文化を代表するものとなっている・・・と、いうことでした。(No611)
 

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コメント

あかひとさま マタマターッ・・・日野照子さん、今もお元気でしょうか。いい歌ですね。

あきみずさま   スケッチが楽しみです。それに、スケッチしなければ、すぐ忘れてしまうんです。もっとも、正しくはないから、記録的価値はゼロです。

秋ぎつねさま 醍醐寺も良いですけど、次には法界寺へどうぞ。そして、観修寺も大好きです。まだまだ知らないお寺もありそうです。

酒徒さま  お母様心配です。そして、お父様も・・・上醍醐まで行かれたのですか。ちょっとした登山靴がないと、足首をやられそう。奥様の靴は???って思ってしまいました。私は今回、膝がイマイチで、不動の滝までがやっとでした。

投稿: 山口ももり | 2008年6月 1日 (日) 05時59分

kazuyooさま  京都って、本当に凄いところです。大体、室町時代に今の京都の状態になったってきいています。応仁の乱で京都の大半が焼けて、鴨川には死体がゴロゴロ・・・先日鳥辺野も歩いてきました。大谷廟と清水寺の境界です。大昔からの墓場です。

マーちゃんさま  源氏物語には、全く興味が持てなくって今まで来てしまいました。与謝野晶子の訳???で1/3くらい読んだ形跡があります。今読んでる「日本の歴史」とても面白く読めて、源氏よりよっぽどたのしい!!!

投稿: 山口ももり | 2008年6月 1日 (日) 05時53分

随分前に、家人と用事を済ませた帰りに醍醐寺へ立ち寄りました。
境内を散策し、時間もあるので上の醍醐寺にも・・・と上りだし、
革靴だったので、大変な苦労をしたのをしました。

投稿: 酒徒善人 | 2008年5月31日 (土) 23時01分

醍醐寺のさくらは見事ですが、若葉の季節も捨てがたいでしょうね。
室町はいろいろと思うところのある時代です。中世から近世への過渡期であることを考えると興味深いです。

投稿: 秋ぎつね | 2008年5月30日 (金) 22時34分

見ていても心がやすらぐ仏様のスケッチが
続いておおいに堪能させてもらっています
カメラではだせないほのぼのとした味わいです
それと切れ味鋭いももりさんの話もたのしみです

投稿: あきみず | 2008年5月30日 (金) 22時22分


きれいな月が海を照らし
たたずむ影は砂に浮かび
あなたの熱いくちづけが
冷たい頬によみがえるの
夏の思い出恋しくて
ただ一人だけで来てみたのよ
冬の浜辺はさみしくて
寄せる波だけが騒いでた・・・


あれっ???

違つたかひな・・・

をを!

これは日野てる子なり

夏の日の思い出は
ヒットしたのふ^^


では
この歌を
日野富子風にアレンジして・・・

題名は「足利のおもひで」なり

せーのっ!

それっ!!


きれいな月が庭を照らし
たたずむ影は砂に浮かび
日野富子の冷たさが
銀閣寺によみがえるの
足利の思い出恐ろしくて
ただ一人だけじゃ来られない
冬の東山さみしくて
日野の霊だけが騒いでた・・・

あな怖ろしや~

はあ
どどんがどん

頓首

投稿: あかひと | 2008年5月30日 (金) 19時33分

楽しい話題ですね~。大好きです、日本の歴史♪中でも戦国時代が一番好きです。戦国時代の始まりは、応仁・文明の乱がきっかけになったと言われています。ももりさん所蔵の「「日本の歴史 10」にも記載されていると思いますが、この大乱の原因が日野富子だそうです。自分の息子を将軍にすべく画策し、義政の弟を排泄したことで乱になったとか・・・・。富子さんは日本の大内乱時代である戦国時代を呼び込んだお方ですよ!やはり大悪女ですね~。でも戦国時代があったからこそ、天下泰平の江戸時代があったと思えば、見方も違ってきますね。
富子さんの人生は多難だったようで、義政さんとは別居、息子さんは死んでしまうし・・・でしたね。お金で買えないものもあるということでしょう。金の亡者の哀れですね。

投稿: マーちゃん | 2008年5月30日 (金) 14時12分

源氏物語もですが、お住まいのところに深く興味をもたれるのも良いものですね。

投稿: kazuyoo60 | 2008年5月30日 (金) 08時42分

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