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2008年5月31日 (土)

どう考えたって・・・

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 ももりは小さな書道教室を持っています。ある日、5年生のマーくんが聞きました。
「センセ、絵、上手なん???」 「ウッ・・・・」
「ピカソって絵上手なん???」 「ウ・ウッ・・・そらぁ・・・まあぁ・・・」
「今までで、一番上手やったんって 誰????」 「ウッ・・・そらぁ・・・ミケランジ・・・」

こんなこと聞かないでよ。そう、もう50年ほども考え続けて、わからないんですもの。

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スケッチは京都東本願寺「枳穀邸」の茶室、上「臨池亭と滴翠軒」下は茶室「代傘席」ここは、源融の屋敷跡だったという伝説もあるらしいけど、歴史学的にはちょっとおかしいらしい。

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2008年5月30日 (金)

脱線 源氏物語散歩 醍醐三宝院

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 マーちゃん様からいただいたコメント、「日野家は中流の公家でしたが、義満の正室として康子を嫁がせたことから、足利家と強いつながりを持ち、義満以降、歴代の将軍は日野家から正室を迎えることが慣例になったそうです」ですって。面白いことになってきました。
 源氏物語から脱線しますけど・・・醍醐寺にも行きました。醍醐寺は秀吉の大茶会で有名です。さくらの名所で何度か来たことがありましたが、人気の少ない若葉のこの季節、全く印象はちがいました。スケッチは醍醐寺金堂内の諸仏

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 「日本の歴史 10」中央公論社 によりますと、日野富子の生家、日野家は、南北朝時代に日野賢俊という傑物を輩出し、足利尊氏のブレーンになると同時に、醍醐寺座主、法務大僧正などとして、権勢をふるった。以来、足利将軍家、義満夫人、康子を始め、以後代々、将軍夫人はこの家から出す慣らわしになった・・・とあります。  
 亭主の将軍、足利義政は傾きかけた政権と恐妻、日野富子に押しひしがれ、十度飲み、うぐいす飲みとか深酒の連夜を過ごし、戦火が室町邸にせまり、火の粉が降る中でも、酒盃と連歌を手ばなさなかったといいます。

 「天下公事修り女中御計 公方は大御酒 諸大名は犬傘懸 天下泰平時のごとくなり」・・・・つまりぃ・・・「天下の政治はみな、おなごが引き回しており、将軍は大酒、大名たちは犬傘懸などの遊びに夢中、誠に天下泰平・・・と辛らつに書いた人がいるそうです。富子は、応仁の大乱後も続く武力専一の世の中、諸大名に高利で金を貸し付けた。敵方にすら貸したといいます。関所にも税を設け、寺や公家衆からすら金を無心した。全く強引で嫌われ者の富子でしたが、義政が10年近くかけて造営した銀閣寺は、東山文化を代表するものとなっている・・・と、いうことでした。(No611)
 

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2008年5月29日 (木)

日野富子と日野康子

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 久しぶりにうれしく軽く、興奮しています。日野富子のこと書いた本があったよなあって本棚を探して朝からグズグズ。外は静かな雨。のぉんびり。今、ちょっと暇なんです。そしたら・・・う・れ・し・い・・・!!!
 日野富子は足利7代将軍の妻。あの、銀閣寺を建てた将軍様の妻。財政的に逼迫していて、諸国の豪族たち相手に高利貸し稼業・・・とかウロ覚えだったんですけど。本の中に、他に、日野康子という人物もいたって書いてあります。3代義満の夫人ですって。 足利義満といえば、足利3代、金閣寺を建てた将軍ですが、征夷大将軍にあきたらず、天皇になろうとしたらしい。以下、要約

O

応永元年、1394年。義満は征夷大将軍を、子の義持に譲り、自らは、太政大臣に任ぜらた。その13年後には、自ら太政天皇になろうと工作。その第一段階として、後小松天皇の生母、通陽門院が危篤となった機会に、自分の夫人、日野康子を天皇の准母として、これに「北山院」の称号を送ることに成功。つまり、准国母の夫である義満自身は太政天皇に准ずる、という立場を得た。第2段階は更に2年後の3月、北山第に行幸があったが、義満は玉座に対して、同じ繧繝模様の畳2帖を敷き、天皇の装いで迎えた。更には、子供の義嗣を、天皇の前で元服させ、親王、つまりぃ、天皇の皇子として、若宮と呼ばせた・・・ところが、この元服の日より、急に病いを得て5月、死んでしまった・・・とあります。

 日本の歴史が外国といちじるしく違うのが天皇家。どこの外国だって、さっさと王様を殺して、自分が王様になるってのに、日本だけは、天皇をいただき続けた。きっとこのことは日本の、日本人の精神構造の本質的なところと関係がありそう・・・なんて、常々思ってきたももりです。足利義満は天皇になろうとしてたんや。これは、とっても面白そう・・・久しぶりに興奮しています。外は雨、でも、図書館に行こうかな スケッチは飛天たちが高いところにあって、薄暗いからはっきり見えないのがくやしい!!!(No610)

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2008年5月28日 (水)

源氏物語散歩 Ⅱ 日野 法界寺

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 昨日、感動!!!日野 法界寺に行ってきました。京都地下鉄石田下車。徒歩、さああ・・・20分くらい???ももりは醍醐寺からまわりましたので、ちょっと時間は頼りないですけど。
 素晴らしかった!!!受付に誰もいません。若い女性が2人、なにやらキャッキャッ言ってる・・・池に、牛がえるが「ブゥオーッ ブゥオーッ」と鳴くばかり。500円払って、お堂の中へ入ったら、もう、ももり一人。阿弥陀来迎図と阿弥陀様を独占しました。
 ところで、日野といえば、日野富子。足利将軍の妻で、利殖に強かった女傑。「彼女はここに隠棲したのですか」って聞きましたら、日野家は、当時、既に力を持っていて京都に屋敷があり、そこで生まれた、とのこと。勿論、日野家の出で、菩提寺ではあるあるそうです。

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 源氏物語は、ももりには、ちょっと難解なので、その周辺からかじり始めました。フムフム・・・
 道長の長女、彰子が一条天皇の下に入内したのは999年11月1日。彰子12才です。それに先立つ2月9日、女子の成人式である裳着の式があり、藤原行成が勅使として、道長邸におもむき、彰子を従三位に叙すると伝えます。贅美を極めた準備万端おこたりなく整いましたのに、6月14日、内裏が全焼。やっと11月1日に入内は実現しました。既に中宮定子には、皇女侑子が生まれ、義子、元子、という女御がいた。む・む・む・・・どうやら・・・あの、稀代のスケベ源氏に、好き放題にされた女達の状況が、ももりにも、オボロゲながら・・・わかってきたような・・・
 ところで、「ももり」というのは世をしのぐ仮の名。本名は「彰子」。そうなんです。母は子供のももりに「彰子って言うカシコォーイ女の人がいはったんやでぇ」って言ってました。

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 スケッチは法界寺阿弥陀堂。国宝です。中には、やはり国宝の阿弥陀様だけ。脇侍はいらっしゃいません。何より感動的なのが、壁画の阿弥陀来迎図です。法隆寺のが焼失してからは、ここのが一番古いんですって。たった一人、ゆっくり、のんびり、うっとり・・・阿弥陀様のお膝近くにいられて至福。

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写真は平凡社「原色日本の美術6」

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2008年5月26日 (月)

自然死

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高齢者の保険負担が問題になっています。ももり個人としては、自然死にしてもらいたいと思っています。今では「長生きしたらどないしょう???」って思う年齢になっていますので、この場で、宣言します。
 だれだって、人の足を引っ張ってまで、長生きし続けたくはない。でも、生への執着を切るって言うのは、きっと気力が必要です。今にも死にそうに、年くえばくうほど、イザとなったら「死にたくない」って言いそう。だ・か・らぁ・・・今・・・ここに・・・宣言します。自然死が結構。ただ痛みは出来るだけ取ってほしい。頭がボケたら、身内意外とは会わせないでほしいなあ。お金は出来るだけかけないで・・・残った人のために。 
 イヤイヤ・・・延命にかけるなら旅行にかけたい???さ・あ・あ・・・・又、どこか行きたい・・・旅行に行ったトタン、アドレナリンが出まくって、膝なんかも痛くないし、そりゃああ、元気になるんですもの。そして、いっぱいスケッチをしたい!!!(608)

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2008年5月23日 (金)

私の万葉集・・・そして、父、田中香雲

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 この本、もうバラバラになっていましたのを、お友達がページ順に並べてくれてテープで止めたもの。表紙も裏しかありませんし、何時、編まれたのかも書いてありません。父から貰った「万葉集」で、ももりの宝物です。書をやっていた、父、田中香雲が亡くなったのは57才。日展にも8回入選、毎日展でも、最高賞を受賞するなど、これからという時に亡くなりました。無念だったでしょう。ももり、27才でした。
 今朝の新聞によりますと、滋賀県甲賀市信楽町の宮町遺跡から、8世紀の万葉集の木簡が見つかったとのこと。たしか、万葉集はもう原本は消失し、奈良時代の写本が、残っていたと記憶しています。

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字は 渡津海乃 豊旗雲爾 伊理比 沙之 
    今夜乃 月夜 清明己曽

 わだつみの とよはた雲に 入日さし 今宵の 月夜 あきらけくこそ

確か、以前、どなたかがブログで、「最後の部分をどう読むか」って話題を投げかけてらっしゃいました。ももりは、勝手に「あきらけくこそ」と、読んでいます。好きなように読んだら良いんじゃないかしら。歌会始めのお歌の節のように・・・あんなの、昔はどう謡っていたのか知っている人はないんだし・・・・絵は随分前に描いたもの

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 今頃、「源氏物語」にちょっと気をひかれている、おく手のももりですが、万葉集なら、ずーっと前から大好き。大らかに、激しく、率直に、愛や悲しみを謳いあげています。叙景もすばらしい!!!源氏なんか・・・??断っておきますが、ももりは源氏の君が好きの、嫌いのと言ってるわけじゃないのよ。源氏にしてやられちゃった女達のいじましさがキ・ラ・イ!!なのっ!!!まあ、あの中では六条の御息所くらいが、祟りまくって自我を主張したんじゃないの???誰か、一人くらい「バーン」と頬ッペタ、引っぱたいて蹴り上げるってのがいたら、物語はもっと面白かったんじゃない???。君のお情けばっかり、欲しがってウソウソ泣くなんて・・・ッタクゥ・・・。「源氏物語」を愛する方々には、申し訳ゴザイません。(No607)

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2008年5月22日 (木)

映画 「ラフマニノフ」 見てきました

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ロシアほど文学や音楽から抱くイメージと、政治のイメージが変わる国も少ないでしょう。今、ロシアと聞いて先ず浮かぶのが、プーチンとかスターリン・・・・どうにも、こうにも、好きになりようのない冷酷非情なならず者、ところが文学、音楽で抱くロシアのイメージは切ないほどにロマンティックで美しく、深く、静謐・・・。そして、そのスケールの大きさ。スケッチはセルギエフの修道院
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ラフマニノフはロシア革命を逃れアメリカに亡命。しかし、ロシアの静謐そのものの自然にくらべ、余りにも、現金で騒がしいアメリカの商業主義、無神経なマスコミに苛立ち、作曲にも行きつまり・・・・ま・あ・あ・鬱でしょうか???繊細すぎる彼の神経は、もう、ピアノを弾くことも、作曲をも、家族をも拒否します。そんな、彼を包み込んで慰め、愛し、数少ない傑作を残させた幼ななじみの妻と、2名の女性・・・あの妻がいなければ、彼の曲は生まれなかった。音楽がもっと前面に出て欲しかったけど、ロシアの自然や、没落していくロシア貴族の美しさには息をのみました。スケッチは、ロシア正教の神父さんたち。宗派の違いでしょうか、色んな違う服を着ていました

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 若い娘のころ、どんなに夢中になって読みふけったことでしょう。トルストイ、ドストエフスキー、それに何より大好きだったのが、ミハイル・ショーロホフ「静かなドン」「拓かれた処女地」・・・チェーホフ・・・若かったから読めたのよねえ。今では、とても、あの膨大な活字を追う気力はありません。もうおぼろげな記憶の霧の中・・・でも、鮮やかなイメージは、今も私の血の中に、静かに豊かに波打っているのです。あの静かなドン川の流れのように。スケッチはセルギエフ、三位一体教会  それにしても、あの真っ白な雪の中、鈍く輝く教会の金色のドーム、ロシアの一番美しいのはきっと冬??それとも、やっぱり春???行きたいなあ(No606)

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2008年5月20日 (火)

源氏物語散歩

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 源氏物語、本棚に何冊かあるけど、完読した本はありません。どうも、あの、だらしない、エエ加減な男が覗き見したり、処女や人妻を、義理の母まで引っ掛けたり・・・。「誰か、バーンッ!!と頬っぺた引っぱたいてよ。ももりなら、そんな嫌らしい色男には、強烈なビンタ食らわしてやる!!!」ってこういう感じで今まで来てしまったのです。源氏ファンの方、どうも、すみません。
 でも、京都文化博物館 「源氏物語千年紀」を、タダ券貰ったからという不遜なわけで見に行きました。そして、そこで、出会ったパンフレットに、一瞬で目がランラン!!!源氏物語に登場する所をめぐるハイキングコースが10本、地図入りで紹介されています。
 早速行ってきたのが、JR宇治駅から、三室堂寺までのコース。スケッチは三室堂

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 JR宇治駅に着いたのが10時前、そこからトボトボ歩いて・・・いいお天気で気分は最高なのに、膝がイマイチ軽くない。ヒアルロンサンとやらを4本注射して、痛みは余りないのですが、異物感っていうか、どうも、足どり軽くっていうわけにはいきません。夢の浮橋、平等院、朝霧橋、宇治神神社、源氏物語ミュージアムはパス。蜻蛉の碑、三室戸寺へたどり着きました。結構、足は弱ってしまってる。でも、こうして、来れてし・あ・わ・せ・・・
 三室戸寺の石楠花谷にうっとりしながら、もう帰ろうと思いましたが、バスは、この時間、全然無し。又、トボトボ、ボトボト歩いて、京阪三室戸駅にたどり着きました。行きは良い良い、帰りは怖い!!!スケッチは夢の浮橋。10本あるコース、さあ・あ・あ・・・何本歩けるか!!!若き日のももりなら、もっと先、黄檗へとヘッチャラで歩いたでしょうに・・・帰宅は3時半でした。(No605
)


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2008年5月19日 (月)

嵐山 三船祭り

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昨日、嵐山へ。三船祭りを見てきました。京都に生まれ、京都以外に住んだ事のないももりですが、実は・・・初めて・・・でした。中京のわが家の氏神さん、「元祇園なぎ神社」の祭礼も同じ日なので、我が家のお祭りが先ずダイイチだったものですから。例年どおり、鯖寿司や巻き寿司などを作ってから出かけました。10時頃に家を出ましたのに、嵐山の舟遊びは2時からですって。木かげで、のぉんびりお昼寝したり、お弁当を食べたり、本を読んだりして3時間以上待ちました。舟遊びが始まったって、そりゃあ・・・もう、スローモーで・・・これこそが王朝スタイル、ももりも、のぉんびり。
 三船祭りは車折神社(くるまざきじんじゃ)のお祭りで、車折神社から、ご神体が、ここ、嵐山へ舟遊びに渡御なさるんですって・・・王朝時代って粋なもんですねえ。車折神社は、平安時代の儒学者、藤原頼業を祭ったところ。その後、後嵯峨天皇が、嵐山の大堰川へ御遊幸の折、この社殿の前で牛車の轅が折れたところから「車折神社」と呼ばれるようになったといいます。遠く渡月橋は鈴なりの人

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2008年5月15日 (木)

日本水彩展に出品

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やっと、手元から絵が出て行きました。6月1日~10日まで、「日本水彩展」東京都美術館に出品する絵です。
昨今、グズグズと悩みガチで、決然と完成させていくっていう境地にありません。ホンの若造だった頃から絵を描いてきたのに、一体、この年になって、なんで、ぐらぐらと自信を失うのでしょう。まあぁ・・・展覧会があるからこそ、自分に描くことを強いる・・・ってな状況です。だって、描かないっていう状況にだけはなりたくない。
 旅行中はあれほど元気はつらつとして、疲れ知らずなのに、中京の日常は、ほんと、グータラ、グータラ・・・特に絵を描くのにグータラ、グータラ・・・今まで、あんまり、こういうグータラ病におちこんだ事はなかったけど・・・トシかなあぁ・・・
 タイトルはやっぱり、「ソドムの街」です。余りにも人工的になってしまった巨大な街に落日の時が・・・そして、孤独・・・不安・・・会員なので、落選はなし(No603)

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2008年5月14日 (水)

採用はゼロですが・・・

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ももりは毎日新聞を購読しています。お気に入りの一つが川柳。何度か応募したのですがいつも無視されています。最近では、もう諦めているんですけど、それでも、思いついたらハガキに書きとめています。先日、それを見つけた友人が大笑いしてくれたので、あんまりうれしいものだから、ここにアップしました。時期はずれですけど・・・・
 ア・ラ・ラ・ラ・ラ 切手の箱に 水こぼれ
 値引きして そしたら買います 期限切れ
 期限切れ 安けりゃそっちも 買いましょう
 寒い日は ホント 豚です 春よ来い
 
 上品な 人の皿見る バイキング

どうですか???これじゃあ、採ってもらえないのもムリないっか???

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2008年5月13日 (火)

旅の空の下の猫

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 ブログで「地中海、猫の旅」ってのを記事にしてらしたがいらしたので、思い出すままに・・・
ヨーロッパでノラ猫をよく見かけるのがイタリア、ギリシャ。フランスでは犬は放し飼いで、大きなのが野放図に走り回っています。何しろ、リールで繋ぐと動物虐待ってことになるそうです。もっとも、飼う前にエチケット教育をする義務があるとかで、人に飛び掛ったりはしないようですし、吠えるかかられた事もありません。
 映画「MOMO]ってのをご覧になった方はいらっしゃるでしょうか。コロッセウムに生きるノラ猫たちから物語は始まります。野生的で、人に媚びようとはしない、明らかにノラと思われる猫。ほっそりとスリムで、ジッと人間を鋭く観察する目は野生そのものです。そして、アッチコッチに落ちているのが例の落し物。
 ギリシャで、岬の突端から見える海の余りの美しさに、迷路に迷い込んだ途端、ズルゥーッと滑った。足元には大きな例の・・・「キャアーッ」・・・もう、先へ進む意欲も失せて、退散!!!
ヨーロッパのホテルで、どんなにふかふかと綺麗なカーペットのお部屋だって、素足は厳禁!!!靴はフンを踏んだ事があるはず。ノラ猫に手を差し出したりするのも、いけません。引っかかれると、化膿することもあるそうですよ。でも・・・野生って魅力なんですよねえ。(No701)

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2008年5月 9日 (金)

食べ残しを奪い合う日

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 シチリアのパレルモで買ってきたマリオネット、プピ。塩野七海さんが、とても面白くエッセーに書いてらしたので、絵のお仲間と描こうと買ってきました。
 今日の話は、関係ないけど、食べ残しのこと。「吉兆」が、あゆを焼きなおしてお客に出していたんですって???焼きなおしても「吉兆」なら「おいしい」ってお客は食べてたのかしら???「吉兆」って言うブランドに、味覚も鈍ってしまうのかいな???でも、・・・食べ残し・・・ねぇーー・・・みんな、サッと捨てるのが良いんでしょうか。「赤福」だって、だれも、食中毒は出してない。食糧自給率が40パーセントを割るっていう時、食べ残しを捨てる・・・のが当然???勿論、我が家と、高いお金を取ってお客してる高級店とは違うでしょうけれど・・・勿論「ウソ」は良くない!!!けど・・・今に・・・???食べ残しだって何だって、奪い合う日が来ない???とは、限らない。ワインは有名なシチリアワイン「キリストの涙」。下のレモンのスイーツはシャーベットにすると、すごっくおいしい。シチリアのレモンは有名???もう、お土産も殆ど無くなったけど、気分はまだ夢うつつ・あ・あ・あ・・これだから旅は、大好き!!!(No700)

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2008年5月 8日 (木)

映画 「紀元前10000年」 見てきました

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 どうですか!!この刺激的なタイトル!!!ギリシャ神話や旧約聖書だって、カオス=混沌から、天と地に分かれ、人間どもが誕生したってことは書いてあったような気がするけど、マンモスを家畜として大量飼育し、建築現場で働かせていたなんて、どこにも、書いてなかったなあ!!!これって、子供達がテストで書いたらペケなんじゃない???マッ・・・おカタイことは言いっこなし。
 どこで撮影されたのか???天を突く神の山々、広大なサバンナや砂漠の映像は、息を飲むほど美しい。マンモスや剣歯虎や、大きな怪鳥なんかも面白かった。子供達が小さかった頃、こういう頃の図鑑なんか、とても楽しんで見ていたものでした。ももりの本によりますと、新人が現れたのは40000年ほど前。10000年前っていうと、中石器時代っていうことらしいです。石やじり、もり、槍などを使い、石斧で木を伐採した。釣り針などに骨角器、網、丸木舟を使い・・・岩絵、これも、映画に出てきます。映画では、地図の役目でしたね。マンモスっていつ頃、いなくなったのかなあ???客席は大人ばっかりだったけど、子供達にもいいでしょう。スケッチは先史時代人の穴居洞窟が無数にあるイタリアのマテラ(No699)

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2008年5月 6日 (火)

釣りキチは我が家のベストシェフ

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 どうですか???釣りキチの釣果料理です。
   メバルの姿作り
   メバルのこぶ締め
   アジの酢締め
   イサギのづけ丼
   イサギのうしお汁
   メバルと竹の子の煮付け

付け合せに
   竹の子の木の芽和え
   わらびとおあげの煮物

 丹波のお山でいっぱい摘んできた木の芽とわらびを添えて・・・美味しかったなあ。長い小僧時代に比べて、連休が休めるなんて、釣りキチには天国なのでしょう。釣りが楽しいのはもちろんですが、そのあとのお料理を供するのが、マタマタ楽しい。お呼ばれのももりは、勿論楽しい。今朝は朝から保存食作りに余念がありません。

   カツオの薩摩あげ
   カツオの生ぶし
   干物

いいお天気で干物作りには絶好です。まだまだ、当分楽しめる釣果です。明日からは、又、激しい仕事が待っています。本当に楽しいつかの間の休息でした(No698)
   

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2008年5月 5日 (月)

人さらい

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 「暗うなったら、外に出たらあかん。子取りにさらわれるでえ」って、子供の頃はよく言われて育ったものです。
 今回、可哀そうに女子高校生、又々、残酷な事件に遭遇しました。こういう異常な犯罪って、最近だけのものではないと思えて仕方がありません。ももり自身、2度、暗い夜道に、男がスッと現れて、行く手に立ちはだかったということがありました。
 一度目は???たしか、中学生、2年生だったか。クラスの男の子、どやしつけて相手は退散。数年前、クラス会があり「なんで、あんなに怒ってたん??」って聞きましたら、箒で「掃除せんかいな」ってたたいたからですって。「黙ってはおれん」っていうことらしかったです。もう、忘れましたけど、当時、学級委員長ってボスでしてね。お掃除だって、全ては自分の責任なんて思ってたから、そんな事もやったかもしれんなあ。
 2回目は怖かった。ホント。クラブ活動で真っ暗な三叉路。曲がった所に電柱が一本。その影から男がヒョッと出た!!!「お前はなんにもぉーんやぁっ???」「俺を誰やとおもてケツカルねん!!!」てな感じだったんでしょうか。ももりが、一歩、踏み出したら男がスッと引いた。前を堂々と通って、たった、たった歩いて曲がり角へ。我が家は、そう・・・200メートルくらい。ソッとうしろを見たら、電柱の前に、まだ、男が立ってる!!!「キャァーッ!!!」我が家へ駆け込んだ。家へ駆け込んだ途端、ヘナヘナ。「ア・ワ・ワ・・・」って、指さすばっかり。ビックリした父親が外へ出ると、男の影は逃げ去るところだった。3~4日程して警察が聞きにきましたね。犯人は、某名氏の息子。チョコチョコ、アッチコッチでやってたらしい。
 大学生になって、卒業を控え、帰宅が遅くなった頃、思えば、厳寒の田舎の深夜のバス停。毎晩、バスを降りたら母親が真っ暗闇に立っていました。1時間に2本しかない山陰線。乗り遅れたら2回も迎えに来てくれてたんでしょうね。真っ暗な冬の田舎道、空いっぱいに広がる天の川や、降り注ぐ無数の星、くっきりと際立つ冬の星座。母と歩いたことよりも、星座のほうが記憶に鮮やかなんて・・・フラチなももりです。あの当時の母の年齢をはるかに越えて、でも、やっぱり、夜道は怖い。迎えに行くなんて怖い。
 今回の事件、こんな時代、娘を守れるのは、やっぱり、親しかないんじゃないでしょうか。ももりも、こんな酷い事件にならずにすんだのは、やっぱり、守ってくれた両親のおかげなんでしょうね。なんにも、優しい事してお返しもしなかった不肖の娘・・・間もなく母の日。スケッチは三十三間堂

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2008年5月 2日 (金)

TV   レオナルド・ダ・ヴィンチ  「アンギアリの戦い」

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ももりがフィレンツェを訪れたのが1988年、20年も前。記憶もオボロゲですが、先日、TVで、実に面白い番組を見ました。レオナルド・ダ・ヴィンチの長く謎とされていた、あるいは、もう、この世に無いといわれていた壁画「アンギアリの戦い」が、実は、現在の壁画の下にホンの2センチの隙間を置いて、保存されているというのです。番組については、下の方が、よくブログに書いてらっしゃいます。 

http://blogs.yahoo.co.jp/sonosono159/37280690.html

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1501年、51歳のレオナルド・ダ・ヴィンチは、フィレンツェ政庁より「アンギアリの戦い」を委嘱されます。「500人の間」と呼ばれる大会議室の一壁面です。もう一方の壁面には、ミケランジェロが「カッシーナの戦い」を制作するという大計画。1505年には、レオナルドは構想を練り上げ、壁面に筆を入れ始めました。しかし、間もなく、自ら開発していた溶剤を乾燥させるため火を近づけたところ、溶剤が解け落ちて、絵がダメになったとか・・・ミケランジェロも、制作を中止、結局、この世紀の大プロジェクトは完成しなかった、といいます。
 1500年、当時、画材が飛躍的に変わる時期で、麻のキャンバスや油絵具が、完成する前後です。古典絵画の展覧会に行くと、先ず制作年代と、テンペラか油絵か、キャンバスか、板絵かを見てしまうももりですが、テンペラ画を学んだももりには、そのあたり、興味が尽きないのです。レオナルドを尊敬、心酔していたヴァザルリが、模写を残していて、それによって、レオナルドの「アンギアリの戦い」は、歴史の中に残ったのでしたが・・・・
 ヴァザルリの描いた大天井の中の、ホン<小さな書き込み「求めよ、さらば見つからん」という文字・・・その方向の壁の下に、壁画はホンの2センチの隙間を残して保存されているとか・・・・

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2008年5月 1日 (木)

思い出の島 カプリ ♪ ♪ ♪君と会いし島よ ♪ ♪

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 ももりはとても、方向オンチ。北に向かってる時は、右が東、左が西ってわかるけど、南に向かったり、西に向かったりすると、もう、ア・カ・ン。「よう、それで旅行できる」って、感心されてます。それと、体内時計も、未開人なみ。つまりぃ・・・お日様が上がると目覚め、暗くなると眠くなります。
 先日、どなたかのブログで、「あなたは朝、どうして起きますか」って言う事を書いてらっしゃいました。ももりは、「自分の一生、これは、幸せな一生だった」と確信するのは、自分の力で、起きたことがないという事実です。相棒は緊張型のリーダー犬みたいなタイプで、目覚まし時計なしで、きっちり時間に目覚めます。例え、私だけが早起きする日だって「いつまで寝てんねん。もう、起きなアカンのとちがうか」って、たたき起こします。
 リーダー犬は、その緊張のため長生きしないとか、聞いたこともあるのですけど、これって性格でしょう??たとえ、ももりが「起こしてあげますから、心配しないで、寝てらしたら」って言っても、そんな事、できっこない人です。 今では、息子、釣りキチの「起きよか」って声が、遠いところから聞こえ、熟睡から目覚めます。毎朝、5時半、お弁当作りです。でも、たまには起こされずに自然に目覚めるまで、寝たい!!!これって、贅沢なんでしょうね。まだ、お嫁さんのいない釣りキチのお弁当を1日も長く作りたいももりです。絵はガラス絵、カプリ島

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