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2008年2月29日 (金)

旅の予習  「帰郷 シチーリアへ」 ダーチャ・マライーニ

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今日、暖かい。ううっ・れっ・しっ・いい!!!朝夕、ぐっと日が長くなっっています。あ・あ・あ・・旅したい。旅したい。旅したいばっかりに爪に火をともしている。間もなく、シシリー島へ。何冊かの本を読みました。映画も見ました。今、ハマっているのが「ダーチャ・マライーニ」と言う作家です。

 ダーチャ・マライーニ・・・シシリー島の貴族、アッリアータ家に1936年に生まれました。民族学者の父がアイヌ文化研究の為に来日、北海道大学に留学します。1941年、第2次世界大戦でイタリアと日本は、日独伊防共協定で同じ戦争仲間となる。しかし、イタリアはあっという間に手を上げ、ムッソリーニは失脚。幽閉されていたムッソリーニをヒットラーがヘリコプターで救出するのは有名な話です。救出されたムッソリーニは「サロ共和国」と言う、ヒットラーの傀儡政権を樹立。北海道にいたダーチャ・マライーニの父は「海外移住者」として、ムッソリーニに加担する事を強要されましたが、父、フォスコ・マライーニは署名を拒否、反ファシズムを表明しました。その為、先ず名古屋、それから、豊田の強制収容所に入れられます。腸も捩れるばかりの空腹を想像力でみたす大人達。両親の話題は食べ物ばかり。「パレルモ料理の茄子のパスタ・・・鶉って言う名前の料理があったでしょう??・・・いわしのパッカフィーコ風ってのを憶えているかい???」餓えた幼児らの前で、わざと食べ物を捨てた憲兵に抗議して、自分の小指をなたで切り落としたという激しい父親は、男盛りで美と魅力にあふれ、作家は父に激しく恋する娘です。そして、日本で迎えた終戦。一家は太平洋横断客船でイタリアへ帰国、ヴェベツィア滞在を経て、シシリー島のバゲーリアに帰り着いたのはダーチャ・マライーニが11才の時でした。

 作家は没落して、首まで借金に埋まったシシリー島の貴族、母の生まれたアッリアータ家の古い屋敷を訪ねます。彼女の叔母が独りで住んでいて、盗難や貧困で金目のものは何一つ無い。彼女は民衆を搾取した貴族に、峻烈な拒否の感覚持っていますが、欺瞞と虚飾に満ちた過去の栄光をボソボソと語っていきます。「山猫」っていう映画そのものみたいな貴族の生活・・・・あ・あ・あ・・・もう少し待てば・・・飛行機で・・・あ・あ・あ・・・ひとっ飛び。スケッチは前回のパレルモ。茄子のパスタやいわしのパッカフィーコ風を食べられるかしら。

もう、私の旅は始まっているのです。(No665)

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2008年2月26日 (火)

映画 「エリザベス ゴールデン エイジ」見ました

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 先日、映画エリザベス ゴールデン エイジ」を見て、どうしても気になっったものですから、4年前の「エリザベス」をもう一度じっくり見ましたら・・・・なんと、なんと、とても凄い映画だったってことを再発見!!!
 去年、スコットランドとイングランドへ行って、ブログにもアップしようと、何冊かの本を読んだものですから、登場人物が、結構、頭に入っています。実に、実にあの映画は、今回の「エリザベス」より、はるかに、はるかに、面白く、興味はつきない作品です。4年前に見た時、直後から、どうも、「人物の識別がわかってないなあ」って自覚はあったのですけど、そのまま、見直すことはしませんでした。今日のももりは4年前の「エリザベス」の事を書いています。念のため。
 エリザベスの母親、アン・ブーリン・・・アン・ブーリンの前に、ヘンリー8世の妻であったキャサリンから生まれたメアリ、現女王は死にかけています。その彼女のベッドが、まだ暖かいのに、メアリの夫であったスペイン王、フェリーペ2世が、エリザベスに求婚すると言うおぞましさ。一方、スコットランドのメアリ・・・彼女は、エリザベスより強いイングランドの王位継承権を主張しているのですが、そのメアリの後ろだてであった、フランスからは野心的な母親とイカレポンチの皇太子が求婚しに来ています。この、現女王とスコットランドの女王が、2人とも、メアリって名前だから、もう・・・ややっこしい!!!2人は頑迷なカトリックで、その後、イギリス国教会のエリザベスとことあるごとに深刻な対立を生みます。そこへ割り込むローマ法王の偽善ぶり・・・私が知るかぎり、かなり、歴史に忠実です。
 メアリの死で、エリザベスに転がり込んだ女王の座ですが、エリザベスが恋をしたダンリーも、実は妻がいて、しかもこの時期変死・・・・若い女性から冷徹な女王への変身を描いているようにみえますが、歴史の駆け引きの物語としてみればもっと面白いと思います。見苦しい写真ですけど、ももりとエリザベス1世のツーショット(No664)
 もし、お時間ありましたらブログへどうぞ、大分下の方ですので、グーッと下がってくださいマセ・・・

http://yamaguchimomori.cocolog-nifty.com/blog/cat3196074/index.html

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2008年2月25日 (月)

糊こぼし・・・奈良のお菓子

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 雪が、時折、激しく舞って、京都は底冷えです。関西の春は、東大寺、二月堂のお水取りがすまないと、やってきません。間もなく、お水取り。お水取りは、本来、東大寺の修行僧たちの業、修二会(しゅにえ)で、11人の練行衆が2月堂下の参籠宿所に入り、連日連夜、厳格な儀式がおこなわれるのだそうです。私達が目にするのは、そのうちのほんの一部、お松明です。お水取り二ついては公式HPをどうぞ
http://www.kcn.ne.jp/~narayama/omizutori/shunie.html

 今日、アップしましたのは、この時期だけの奈良のお菓子「糊こぼし」です。東大寺の須弥壇の四隅を飾る椿の造花、本物は、木で作られるのですが、それに形どった生菓子です。萬々堂通則、奈良市もちいどのセンター街・・・製です。
 毎年買っているのですが、以前は2倍くらいの大きさがあったような・・・今年は一段と小さく見えるのですが、諸原料高騰の折???言いますまい。ダイエットにもよろしいから
 TVで、放映する派手なお松明は、3月12日の夜で、4本の大松明が一度に振られますが、3月1日から11日の間でも、毎晩、1本づつ松明が振られます。12日の本番は、それは、もう、物凄い人混みですので、ももりはそれより先のお松明がおすすめです。お出かけの際は火の粉をかぶって、穴が開いてもかまわない服を着てね。最後の日に行なわれる「韃靼」これは、もう、きっと、奈良の住民、酒徒さんの出番でしょう。(No663)

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2008年2月22日 (金)

新幹線から木曾御嶽山が見えますか??

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 先日東京へ。おのぼりさんのももりは窓外を眺めるのが大好き。京都を出てしばらくしたら・・・彦根城が見え、大きな伊吹山が見えます。間もなく雪深い関が原、米原・・・そして、オヤッ!!!長良川で驚きです!!!真っ白な大きな山並みが見え、そのうちに大きな独立峰がくっきりと白銀に輝いています。しかも、相当高い。「エエッ???こんなとこに・・・この山は一体・・・ひょっとして、御嶽山???そしたら、その左に続くのは木曾山脈???雪が無い時期、何度も窓からは見ていたはずの景色ですのに・・・こんなくっきりと、しかも大きな山塊が見えるなんて・・・は・じ・め・て・・・です。そう言えば、岐阜羽島で降りて、木曾へ行くよなあ。古い写真の中で、大口をあけて笑っている・・・こんな若い日もあった!!!(662)

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2008年2月20日 (水)

うれしい出会い

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 昨日、嬉しい出会い。ブロ朋のnyar-nyarさんが展覧会場へ来てくださいました。nyar-nyarさんはいつも、ブログでお話していて、もう、年来の友人です。ホントにフンワカと優しいnyar-nyarさん。写真はnyar-nyarサンからいただいた和ふ庵の蒸しまんじゅう。お茶はお気に入りのロシアで買ったカップにアール・グレーのフルーツフェイヴァリット。うれしいなあ!!!至福のひと時です。nyar-nyarさんのアドレスは
http://tarda-no-mama.cocolog-nifty.com/nyarnayrnoomoi/
2月10日に、このおまんじゅうのことアップしてらっしゃいます。思わずおねだりしてしまって、nyar-nyarさん、ご免なさいね。ホント。おいしいです。ア・リ・ガ・ト・・・
 
展覧会は  日本水彩選抜展  東京セントラル美術館  (銀座貿易ビル5F  銀座中央通り2丁目)
東京へは、おっかなびっくりで出かけるおのぼりさんですけれど、以前には東京で個展をするほどの馬力もあったのです。バブルの頃でしたし若かったし・・・
 今回の日本水彩の本展は6月。95回を重ねる大きな展覧会です。今回、その中から選抜されて69名、展示されています。賛助出品として役員の先生方の小品も。匆々たるお方の中で、クッシュン!!!肩をすぼめる思いのももりです。でも、さっそく、本展の絵作りにかからなくっちゃぁ。おまんじゅうは、新幹線で京都方面へ帰る一行、あの、名前は知らないけど、回転展望台のある14階の喫茶でお茶して、みんなで楽しくいただきました。ホント、nyar-nyarさん・ア・リ・ガ・トね。左のお花もいただいたのです。
 菓子器は岐阜県の織部の陶芸作家、掌一行さんのもの。随分前に求めて、本当に楽しく使っています。なんとも、色が美しいのですよ。ティーカップはロシア、サンクト・ペテルスブルグ。ホテルで「いいなあ」と思っていたけど、お高い。でも、町のフリー・マーケットでポットも一緒にして、なおかつ、柄ももっと良いってのを、ホテルのカップ1セットより、安いくらいのお値段で買って、ホント、うれしかったなあ・・・(No661)

 

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2008年2月18日 (月)

本能的危険予知能力-2

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 一体、どうなったの???インド洋でオイル補給するって話???一体どうなったの??民衆党のガソリン値下げ???一体、どうなったの???年金のその後??? 
 アメリカって、もう落ち目や、とは思うものの、うらやましいのがあの舌戦。どうして日本じゃ、あんなに好き勝手を言えないの???マスコミや野党だけが言えて、与党だけが細かいイチャモンつけられて、本当に大事な議論の中味はさっぱり聞こえてこないじゃないの。マスコミや記者さんってそんなにおエライの???
 アメリカも落ち目とは思うけど、中国だってオリンピックが終わったら暴動でしょう???建築ブームやなんかで地方から呼び寄せた大衆が一挙に失業したら???おっそろしい・・・
 

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 餃子のことも、もう、トンと、言いません。でも、日本人の、イエ、このももりメの中国離れは、餃子よりも、そういう時に吐かれる中国サイドの言葉が原因です。「日中友好を喜ばない一部の人間が・・・」とか、政府関係者が言ってましたよね。たしか・・・工場責任者は「自分達は被害者だ」って、たしか・・・日中友好を望まない・・・って、これは政治ですよ。体制への反逆です。マスコミさん???放っといていいの???スケッチは東大寺(No660)

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2008年2月16日 (土)

慶州ナザレ園

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 写真は1992年2月、慶州ナザレ園を訪れた時のもの。今朝の毎日新聞、「ひと」欄に、ナザレ園長、宋美虎(ソン ミホさん) が日本の旭日双光章を受けられたと言う記事がありました。 
 ももりが訪れたのは1992年、上坂冬子「慶州ナザレ園」が出版されて当時話題になっていたと記憶しています。韓国の2月はとても寒く冷たく、ナザレ園のオンドルの床暖房がほっこりと温かかったことを思い出します。
 韓国人と結婚してこの地に渡り、夫に死別して孤独に異郷に取り残された日本人妻たちに差し伸べられた暖かい手。キリスト教は韓国を旅すると、驚くほど、十字架が目立ちます。夜の高速道路には十字架が次々と現れます。確か40パーセントがクリスチャンと聞いたように記憶していますが、何しろ16年も前になるんですねえ。
 息子が東洋史を専攻し、大学院の卒業ゼミ旅行に、ももりももぐり込ませてもらったのです。「日韓友好の跡をめぐる」旅は、日本の植民地時代の悪業をめぐる旅でもありました。でも、ここでは穏やかなおばあさんたちの笑顔が心にしみました。帰りに「ふるさと」や「さくら さくら」を歌って泣きました。日本人として心からお礼を申し上げます。(No659)

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2008年2月15日 (金)

本能的危険予知能力-1

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今朝の毎日新聞「発信箱」記者は、ももり隠れファンの中村秀明さん。「疑惑の救世主」  
温暖化の救世主は実はとんでもない悪者かも知れない・・・トウモロコシや大豆からエタノールを作るっていうのは2006年1月の一般教書から始まったが、ブッシュと、風とともに去りぬ、かと思いきや、ヒラリ-もオバマもこの路線は踏襲。2030年には今の10倍を越えるバイオ燃料にする・・・記事から抜粋・・・
これって、この少々オツムのトロい、このももりメだって怖い。予測が甘い。話が変わりすぎるけど、北朝鮮が核を手放さない。あのナントカ言うアメリカ政府のダッコちゃんなんか、あんじょう北に丸め込まれただけやんか。こんな事、ももりだって最初からわかってた。「バイクで家まで送って送ってあげる」って言われて、バイクに乗る少女ってのも・・・・???
 そりゃあ、悪意を持った相手は勿論悪いけど、未来の危険を予知する本能的能力に欠陥があるのが大国の指導者ってのは、もっともっと、怖いんじゃないの???ブッシュさん、ヒラリーさん、オバマさん!!!(No658)

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スケッチは奈良のお水取

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2008年2月13日 (水)

若狭 お水送り

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 何の絵かわからないっていわれそうですが・・・若狭で行なわれる、ももりイチオシの行事です。スケッチは古く、参加したのも随分前ですので、詳しくは公式HPをご覧下さい。3月2日とのこと。あんまり素晴らしい行事だったし、わりとマイナーな感じですのであえてアップしました。去年もアップして、ひょっとして一昨年もアップしたかもしれません。若狭神宮寺の大かがり火から、鵜の瀬と呼ばれる遠敷川の岸の大かがり火まで、小さな松明を持って真っ暗な田んぼの道を40分ほど歩きます。小さな松明の火がチロチロと前にも後ろにも続き、まるで、冥界へと繋がっているような・・・どこか土俗の臭いのする神事です。
http://www.city.obama.fukui.jp/maturi/omizu.htm
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 やがて、鵜の瀬の大かがり火が見えてきて、その中で持ってきた小さな松明を燃やしてもらって厄落とし。周囲は真っ暗、そして、雪、その中をゴーゴーと流れる遠敷川の水音と僧侶の読経が一体となって圧巻です。3月2日の、この夜の行事は石段や道も雪で凍りつき、もし、1度事故でも起きれば入場制限っていうことにもなりそうな・・・しっかり、足元も滑らないように防寒の準備も欠かせません。京都から、近江今津まで、琵琶湖の冬景色を見ながらJRで北上、そこからバスで、雪深い山を越えて小浜まで。遠いなあ。
 若狭での、ももりの大好物。それは、なれさば。さばのなれ鮨です。おいしいんですよ。ゼヒゼヒ・・・(No664)

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2008年2月12日 (火)

北野のお天神さん

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もう、ずーっとずぅーっと以前から、寒い間は極端に動きが鈍いももりです。相棒なんかはもう諦めて、「爬虫類やなあ」って言っています。巳年です。
 昨日は、キラキラお日様輝いて、おっかなビックリ、自転車で出かけました。北野天満宮・・・・まだ、梅はチラホラ咲き。600円は勿体ないと梅園の周囲を徘徊しました。
 北野天満宮の正面入り口から西側、紙屋川沿いの小道は、ももりの大好きな隠れ道。でも、今日は梅園に入らせないようにでしょうか、通れませんでした。北野神社周辺は、ゆっくり歩くと面白いところです。東に上七軒、西陣、西には平野神社、下がると三千家。光悦作庭の本法寺など・・・そうそう、人形寺で有名な宝鏡寺もあります。宝鏡寺は3月は古いおひなさまの特別展があるはずです。昨日、北野天満宮の宝物館が開いていまして、宗達の龍2双や、豊臣秀頼が12才の時に書いた書とか、秀頼が奉納した絵馬とか、日本書記の古写本、源氏物語とか見てきました。よく聞いた名前がいっぱい・・・
 本阿弥光悦が徳川家康から、鷹が峰の土地を拝領したのが元和元年(1615年)。灰屋招益、千宗旦、松花堂昭乗、古田織部、俵屋宗達らが鷹が峰に光悦村と呼ばれる、まあぁ、今、言うところの芸術家村を結成しました。紙屋川は、その当時紙を漉いていたと聞いています。小さな川ですけど、雑木がいっぱい生えていて、・・・この生えているっていう感じが大好き。手入れの出来ていない鬱蒼と茂った森が好き。それに、このあたりの土地が小高いのは、秀吉が作らせたお土井だっていうじゃありませんか。詳しいことを知らなくて残念です。ヨーロッパよりも前に知らないといけないことがたくさんありそう・・・
(No663)

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2008年2月 8日 (金)

男の肖像 千利休  塩野七海

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 「塩野七海さんを読もう」ってのが今年の目標なんですけど、なかなか先へ進みません。でも、今日「男の肖像」文春文庫は、あっという間に読めました。その中で面白かったのが、千利休。
 井上靖「利休自刃」、野上弥生子「利休と秀吉」他、ちょいちょいとナンヤカヤで読んでいますが、彼女の利休と秀秀は全く違いました。彼女は信長、秀吉、利休の年齢差に着目します。信長より利休は12才年上、秀吉は信長より2才若い。彼女は考える。能力、才能、尋常ならざる信長に仕え、信長死後、仕えることになった秀吉は全く凡庸だった。彼は虚飾の秀吉を愛さない。・・・・いいえ、塩野七海さんがこう言っているわけではないんですけど、あくまでも、私の解釈です。
 井上靖は、芸術家としての二人の価値観の違いに着目します。金ピカの茶室を作る秀吉を、利休は軽蔑します。あえて、草の茶室・・・荒壁に粗末な素材を使った2畳台目。見事に路地に咲いた朝顔の評判を聞いた秀吉を招いた利休。そこで、秀吉の見たものは、茶室に生けられた一輪の朝顔。路地の朝顔は全部、切られてしまっていた・・・・命がけの芸術家、利休の美学です。
 利休はたくさん茶杓を作っていまして、高価に買い取らせています。秀吉の身近に仕えたからこそ得られた情報を高く売りつけた、これは、確か、司馬遼太郎の見方だったと思うのですが、どこで、それを読んだのか思い出せません。
しかし、この解釈の違いこそが作家の個性、価値観、哲学、美学の違いなのではないでしょうか。
 最近、ももりは、有名作家の展覧会の絵を見るたびに、そして、歴史を読むたびに、まず、その年代に興味を持ちます。受験戦争以来、年代なんて、全くイヤそのものだったのに、今では、15??年と聞くとその時代の臭いが漂ってきそうな、絵描きの年齢を見ると、その作家の生きた社会が、芸術家をどう遇したか???とか、わかるような気がするのです。スケッチは大徳寺金毛閣、この門に掲げられた利休の像が、下を通る秀吉を踏み付けたとイチャモンをつけて、利休自刃の原因になった門(No662)

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2008年2月 7日 (木)

おたくの至福 ヴィスコンティ「山猫」

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 京都と東京である2つの展覧会の絵も出してしまったし、個展はキャンセルしたし・・・こんな日は、うっとりと夢を見ましょう。寒い冬の日は映画に限る!!!古おたくはビデオ屋に走ります。
 ヴィスコンティ「山猫」・・・・バート・ランカスターとアラン・ドロン・・・・没落していくシチリアの貴族のお話。「クオ・ヴァディス」・・・タイロン・パウワーとキム・ノヴァク。監督は???誰だっけ???ネロとキリスト教迫害の歴史。春にシチリアへ行こうと思ってみると、映画の中で時折「シチリア」って聞こえるのが、うれしい!!!
 いやあ・・・・!!!名作って、何度見ても素晴らしい!!!イマドキ、こんな、熟成したお酒みたいな、まったりして芳醇で贅沢な映画って作れるのかしら???オソマツ限りないイマドキのハリウッド映画・・・といっても、あんまり見てないので、お好きな方には申し訳ない。バンバン、ピストルぶっぱなしてカーチェイス。ガッシャーンとガラスが壊れ降ってくる。マガマガしいセックスシーン。イマドキの映画の話ですよ。イマドキの。「ROMA]3部のうち1部も借りて見たけど、2部と3部には食指が動かない。
 アメリカって、やっぱり下降線を走ってるんじゃない???莫大な費用をかけた、全盛期のハリウッドのローマ史劇は大好きだったけど、最近見たいくつかのなんか、ブログにアップしようとも思わなかった。映画って、偉大な総合芸術。そして、時代精神を映しています。大真面目に人生や歴史に取り組み、人間性を追及するっていう姿勢は、もはや大時代的って言う事なのでしょうか???それにしても、時代考証と背景をじっくり味わうのが何ともうれしい2つの古映画でした。次は何???を見ましょうか(
No661)

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2008年2月 6日 (水)

川端康成と東山魁夷 響きあう美の世界 展

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 京都文化博物館 2月24日まで・・・見てきました。恥ずかしながら、川端康成、読んだことなし。どうも、日本人作家は苦手です。本無しでは生きられないと豪語???するくせに、・・・日本人で読んだのは、井上靖、司馬遼太郎、遠藤周作、山崎豊子・・・藤本ひとみ・・・読み始めると、同じ作家に傾倒していく癖あり。やっぱり、好きなのは、ヨーロッパの文芸ものです。どうやら、現実離れした夢みたいなおとぎ話が好きなももりらしく、生きる姿勢も共通してる。フワフワと夢みたいな幻想にうっとりして、現実的な対処能力にはいちじるしく劣る。
 会場で、まず、驚いたのが東山魁夷の書。格調高く正統派で、じっくりと取り組んだ書です。一方、川端康成は、まあ、文人の書というのでしょうか。どうも、いらん力が入っていて、ももり好みではありません。でも、しっかり、いつも筆で書いているというのがえらい!!あれ程、書にのめりこんで長くやってきたのに、手紙は何時だって、ペンとか、マジック・・・草書だって、読み手のことを考えて、ほとんど使わないもの。やっぱり、超一流とは覚悟がちがうようです。
(No662)

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2008年2月 5日 (火)

映画 サラエボの花 見てきました

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 「サラエボの花」  重い、しかし忘れられない映画になりそうです。人間の最悪の本性を見せる戦争。民族を抹殺するためにと、男達を殺し、女達を陵辱する。連日の複数の兵士による陵辱。そして生まれた誰の子供かもわからない敵兵士との間の命。しかし・・・その極限の憎しみの中から生まれ出た、この世の生命を「この世にこんなに美しいものがあるのか・・・おっぱいは溢れ・・・子供を愛し、独りで育てていく女主人公、エスマ。疲れきったエスマ。母性とはこんなにも尊い。母親の苦悩を知らずに育った少女、12才、サラ。
今朝、新聞の片隅に、セルビアの大統領が選出され、彼はEU寄りの政策を掲げているとか・・・日本からは、遠い世界の事のようです。ももりは2007年、クロアチア、スロベニア・・・45分だけ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナへ行ってきました。その時の付け刃の知識や「解体ユーゴスラビア  山崎佳代子]などについてはHP 旅のスケッチ 海外編 クロアチア スロベニアにアップしています。ブログはずーっと下のほうなんですが・・・・お読みくだされば嬉しいです。上は道端に放置された戦車や壊れた家(No661)

http://www.geocities.jp/wgwxw444/kuroatia/000newpage/index.html
Huukei2
スケッチはザダールへのカルスト台地。こんな不毛の地を獲り合って、人間は戦った。

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2008年2月 4日 (月)

安せぇ、安せぇって言うから・・・

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餃子といえば、すぐご近所の「天龍軒」の餃子、おいしかったなあ。ももりの家は、本当に下町、庶民そのものの地域にありまして、お隣はうどん屋「大力餅」、「天龍軒」は筋向いでした。商店街は物凄い人で、お正月前なんかは通れないほど・・・今はもう、見る影もありません。大将手作りの餃子も、主人とお客がいつもやっていた将棋もありません。お隣さんの「大力餅」も、もう、お店をしめて・・・さあ・・20年くらいでしょうか。
 中国で作られた餃子、あちらの人のお給料は月、1万5000円とか・・・・それじゃあ、奴隷じゃありませんか。とも角、安けりゃよいっていう、あまりにも苛酷な価格競争が問題の根底にあるようです。食料だけでなく、建築にも・・・「天龍軒」の餃子は1人前6っつだったか???250円。ごちそうでした。スケッチは蘆山寺の鬼・・・蘆山寺は紫式部が、生まれ、育ち、死んだ住居でした。(No660)

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2008年2月 3日 (日)

マーさんとマフィア

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先日、「ナポリ 対マフィアのゴミ戦争」と言うのをTVでやっていました。4月、ナポリからシチリアへ行くつもりをしています。5年ほど前に行っていますが、その旅のときだって、実は、「シチリアってマフィアの本拠やでぇ」ってびくびくしていたんです。「マフィア」なんて、言ってるのを聞かれたら「なんか用あるけぇ??」って、知らないおっさんから、突然すごまれそうな気がして、こっそり「マーさん」って呼び変えて「マーさんなんて何処にいるんやろ」とか言いながら周囲を見渡したりしたものでした。でも、「こんな貧乏人なんか相手にはせえへんでぇ」っていうことで納得。マフィアのことなんかすっかり忘れて、余りにも美しい海や古い町並みの魅力に、心はわしづかみにされて、無事、旅は終わりました。今回2度目なので、カプリ島なんかは止めて、ナポリの裏通りを歩き回りたいと思っていたのですが、ちょっとぉ・お・お・・やっぱり怖い。スケッチはパレルモSitiria2
 以前の旅のシチリアの夜、ホテルはクワトロ・カンティのすぐ近く。夜、ビールを買いに外へ出たとき、やっぱりちょっと、実は,怖かった。通りは真っ暗で、それなのに、やたら路上に人がいる。なにしてるんやろ???
NYでも、嫌だったのは、何するともなしにいる人の群れ。それでも、しっかりビールは握り締めてホテルには戻りました。今回はやっぱり少々お高くても、ホテルで飲むか???寺尾佐樹子「シチリア島へ」  角川文庫 にも、マフィアは政治にしっかり食い込んでいる組織で、そんじょそこらの小者とは違うんですって。クワトロ・カンティはこの本によると旧市街のど真ん中、やっぱり、ちょっとは怖いとこやったらしい。おばさんの勇敢なのは、ちょっといけない。スケッチはクワトロ・カンティ
(No659)

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2008年2月 2日 (土)

丹波町の鳥と中国の餃子

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 今、中国の餃子で大騒ぎ。どう決着するのか、一つ間違えば、とんでもない日中の軋轢、国際問題です。莫大な損害賠償金を払わされる可能性なきにしもあらず・・・老婆心と笑ってくださって、事がそれですめば、その方がよい事ですが。
 さて、何年か前、鳥インフルエンザ発生を隠して、鶏肉を売った丹波町の養鶏業者、あの時、大量に廃棄された鳥はどうなったか???ももりは丹波町を含む南丹市でサークル活動をしていますが、地元の情報によりますと・・・大量処分された鳥は、水がしみ出さない防水加工のシートを張った地中に埋められた。そして、今、その穴から掘り出して、毒性がないことを確かめた上で燃やされているという事です。
 赤福といい、今回回収された大量の食品といい、本当に、なんということでしょう。今回、猛毒の消毒薬だということで、問題はもっと深刻です。一部の不心得者???取り返しのつかない結果をまねきそうな・・・相手が相手だけに・・・心配です。
(No658)

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