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2007年12月22日 (土)

ピカソの絵 盗難76億円 

Picaso001
 毎日、ピカソばっかり書いている折も折、ピカソの絵がブラジル、サンパウロ美術館から盗まれました。以下は毎日新聞から・・・2007年12月20日早朝、ピカソが1904年に描いた「シュザンヌ・ブロックの肖像」と「コーヒー農園の作業者」2点が盗まれました。地元紙エスタド・デ・サンパウロによると、表玄関から3人の男が侵入し、3分もかけずに持ち去った。推定価格は5500万ドル(62億円)一説には約76億円、と、書いています。
 1904年といえば、ピカソがパリに出てきた2度目にあたります。19歳でやってきてパリに敗れ、失意の内にバルセロナに戻りましたが、再び、気力を回復してパリへ出てきました。「洗濯舟」と言われる有名な安宿に腰を下ろしたのが、1904年4月12日、23才。同じ年の8月4日、激しい雷雨の中、駆け込んできたフェルナンド・オリヴィエの前に猫を抱いたピカソが立ちはだかります。そして、その猫をフェルナンドに押し付けました。フェルナンドも、若すぎた結婚に傷心の時で洗濯船に住んでおり、2人はその日に結ばれました。その時の絵を残しています。それまで、売春宿に入り浸っていたピカソは美しいフェルナンドを得て、男として充実していきます。この時期、「青の時代」から」「バラ色の時代」へとめまぐるしく変わる時で、周囲が「描きすぎる」と助言するほど、旺盛に作品を残しました。1904年の秋にはフェルナンドの部屋で一緒に暮らしています。そして、ある日、今まで「狂ってる」とピカソの絵を批判していた画商アングロワーズ・ヴォラールが、突然、ピカソの作品30点を2000フランで買うと申し出ました。3年間の生活費をまかなって余裕がある金額でした。美しいフェルナンドを愛したピカソは「極端に嫉妬深く、買い物にすら独りで外出はさせませんでした」と、後日、フェルナンドは言っています。「世捨て人の生活」だったと・・・しかし、旺盛な性欲は満たされ、ピカソは青年期を脱し、男になっていきます。青年から男へ・・・しかし、6年先には、ピカソはフェルナンドを捨て、結核で1915年には死んでしまうエヴァを愛します。結核を隠していたエヴァが死にかかっているときにはもう、別の女が・・・・しかし、ピカソ、この小さな白黒の写真で見る限り凄い描写力です。こ、これが・・・・70億円・・・・ウ・ウーン(No632)

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コメント

結局値段を付けるのは買う側ですからね。投機とかの2次的動機無しに付けられる事は無いのでしょうけれど。
ここ最近、おかげさまでピカソについて勉強させて頂きました。
それにしても人間の独占欲は限りないものがありますね。ピカソにしても、その絵を盗んだ人間にしても。

投稿: 秋ぎつね | 2007年12月25日 (火) 21時51分

こんばんわ
フランスでピカソの作品を見てきましたが、ピカソの価値が
いまいち解りません。作品が多すぎではと思っております。
大胆な描写力や表現など素晴らしいと思いますが・・相当な、
エロオヤジ、そして社交家、芸能人。
ピカソの作品がない美術館なんて・・良いと思います。

投稿: kju96 | 2007年12月24日 (月) 00時31分

こんばんは!
昨日整理したつもりのピカソの女性遍歴にまた追加が。
人から理性を取り払ったら、みんなこんなに自由に人を愛するのでしょうね。
それぞれの女性の絵の価格が、女性の価値を表しているのかしら???
あの世では、絵の価格で女性たちの葛藤があっているのかも。

投稿: ちゃぐまま | 2007年12月22日 (土) 22時47分

このニュース見ましたよ!
でもどうやって盗むのかしら?ルパン三世ばりの方法?
凄い金額だけど、盗んでもこれは売却出来ないと思うけれど、特別のルートがあるのですね。きっと!

投稿: nyar-nyar | 2007年12月22日 (土) 22時03分

わが家は読売新聞ですが、見出しだけ見ました。
いずれ世間に戻って、傷まずにいて欲しいなと思います。2度と同じのは描けないのですもの。

投稿: kazuyoo60 | 2007年12月22日 (土) 19時43分

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