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2007年12月20日 (木)

ピカソと「泣く女」ドラ・マール

Hura008
 ピカソ、60才前後、1930年代はピカソが一番苦しんだ時期だったようです。「コーヒーを浴びるように飲んで雨のように小便を垂らしている」正妻オルガとは、怒鳴り合うばかりで会話はなく、離婚裁判もピカソには痛烈です。入れ替わり立ちかわり女はベッドに入りますが、ピカソは誰にも満足できません。1933年ヒットラーが政権奪取。1936年、スペイン内乱。フランコがヒットラーに攻撃を要請してゲルニカが爆撃されます。新聞は漫画とタイトルしか読まないピカソが、共和政府の要請を受けてプラド美術館の名誉館長を引き受けます。「パリ世界博覧会」のスペイン館に展示する「ゲルニカ」が描かれました。
 ピカソ苦悩の私生活ですが、1936年、ドラ・マールが登場します。彼女は写真家で絵も描き、知的な美学論争もでき、鮮やかな印象を持って美術界を闊歩していて、恋人もいたのですが、ピカソにとっつかまりました。彼女には特技があって、手の指を広げて、その間をナイフで突く・・というワザを人に見せて恍惚としていました。段々スピードが速くなり、ドラの真っ赤なバラの刺繍をした手袋は血だらけになっていきます。ピカソは、その手袋を譲り受け、ついでにベッドへも、その体を譲りうけました。ピカソ「泣く女」を知らぬ人はないでしょうが、ドラです。最初は美しく真っ赤な爪を強調して描いていますが、彼女も、やがてひっきりなしにヒステリーをおこして「泣く女」に変身していきました。神経衰弱です。「ゲルニカ」は、ドラの写真によって世間に広く喧伝されましたが、「ゲルニカ」を描いている横では、ドラとマリー・テレーズは取っ組み合いのけんかをしていました。どちらがピッカソの本当の愛人かを争っているのです。ピカソが「お前達で決めろ」と言ったから。そして、ピカソは「あんな面白い見ものはなかった」と公言しています。「ゲルニカ」には、ドラの手も入っていると言われています。
 世間的には、向かうところ敵無しでしたが、若い日の恋人、フェルナンド・オリヴィエが「ピカソ・その周辺」と言う伝記を著し、ピカソは激怒。その偶像の本性が、ようやく裸に脱がされていきました。(No630)

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コメント

こんばんは!
4日連続のピカソの記事、面白く興味深く読みました。
それぞれの女性との相関図がわかりやすく、やっと整理できました。
ピカソが天才でなかったら、この女性遍歴は週刊誌ものという感じですね。
死を選んだピカソの周りの人たちに対して、私はどういう心の整理をしたらいいのかしら・・・なんて思ってしまいました。

投稿: ちゃぐまま | 2007年12月21日 (金) 00時40分

何とも想像を絶する世界です。

投稿: kazuyoo60 | 2007年12月20日 (木) 14時05分

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