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2007年9月28日 (金)

フェルメール 真珠の耳飾りの少女

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 フェルメールという画家・・・彼の絵を主人公にした映画「真珠の耳飾の少女」この絵はどのように生れたか・・・一度は見たいと思い続けていた映画で、BSです。
 フェルメール・・・現存する作品は35点と言われ、死後、ずーっと忘れられていた絵描きです。彼の絵が非常な価値を持つのは随分後のことで、当然、その生涯もはっきりしません。1632年生まれ、75年に43歳で死に、生涯はオランダ、デルフトです。彼より半世紀ほど早く活躍したのがレンブラント。
 当時、オランダは海外雄飛によって、富が市民のうちにまで沁みこんだ珍しい時代。絵の依頼者が、貴族から、一部の裕福な市民へ広がっていました。その中で、ごく、普遍的な家庭内にの一こまを取り上げていて、光の効果を最大限に生かした、緻密な構成が話題になる写実です。
 映画は田舎から出てきて、フェルメールの家に雇われた娘。この娘の初々しい魅力、真珠のようにつややかに輝くバラ色の頬。画家ならずとも、思わず触れてみたくなる・・・そんな寡黙な少女がフェルメールの家にやってきます。フェルメールの妻は10人以上の子を生んだそうですし、画家の、その生涯の短さから考えて、いつでも、家には、赤ん坊の鳴き声がひびき渡り、妻は、いつも妊娠、または授乳をしていたでしょう。その中で生まれた、静謐な、禁欲的な画面。風景は少なく、殆どは室内で製作されています。経済的には妻の母親が、小金を持っていたようで、映画の中でも、ヒステリックな義母が、ちょっと頭のイカレタ??ような妻と画家をガッチリ支配しています。絵の具代すらも、義母の指示で買い求める・・・やっぱり、貧しい家庭です。この映画の中で一番興味深かったのは絵の具を作る画面、乳棒で、鉱物を磨り潰し、リンシードで混ぜ、その作業を少女に手伝わせます。
 油絵の具がまだ、素人にも使える段階には達していない時代。画家は絵の具を自分で作りました。グリザイユといわれる手法、先ず下地で濃淡を付け、後から、色を掛ける、古典的な技法ですが、「当時の画室って、あんなのだったんやろなあ」って納得。ももり自身は油絵の具が完成して始めて、素人にも、絵が描けるようになり・・・印象派なんかは素人集団・・・と思っています。素人の絵???って???素人だからこそ、新鮮なんですけど・・・
 少女は色彩感覚がすぐれ、フェルメールは、手伝わせるようになります・・・しかし、妻は・・・・後は、映画でどうぞ・・・本当に、ケレン味のない、誠実な映画です。オランダの冬の冷たい空気が、鼻の奥までツーンとくるような・・・・そんオランダの光にソクソクと包まれた映画でした。(No575)

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2007年9月26日 (水)

パリで個展 82才

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 どうですか、この素晴らしいポスターは。間もなく、大先輩の太田伝一郎氏が、パリは、サン・ジェルマン・デ・プレで個展をされます。サン・ジェルマン・デ・プレと言えば、勿論、パリの芸術の中心地。ノートルダーム寺院のすぐ近くです。是非ゼヒ・・・・ちょっとパリまではなあ・・・という方はこのポスターでパリの香りをどうぞ。ももりの大学の大先輩で、建築家でいらした太田氏は、82才。年一回、京都工芸繊維大学のOB達で開催しています「四明展」の常連です。こだわりの無い、大胆で、鮮やかな色彩と、大らかなタッチ、大変な筆力です。このポスターは、パリの画廊が作ってくれたそうです。そう、パリ仕込みなんですよ。 
 82才にして現役で、しかもパリで個展・・・これだから、絵描きは何時までも希望を失うことなく、夢を食って生きてられる!!!ももりも、フランスでは、ブロワとマルセイユで、グループ展に参加したことがありますが、どれも、20年近くも前・・・最近は、ちょっと萎縮してる???反省!!!反省!!!!猛反省!!!!展覧会に追われて、頭デッカチの理屈っぽい絵ばっかり描いてるけど、もう一度、物そのものに肉薄しなきゃ!!!
 その内にももりも、もう一度、パリで・・・なあんて、絵を描くみんなを元気付けてくれる快挙です。(No574)

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2007年9月25日 (火)

映画 「さらば ベルリン」 見て来ました

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 1945年、ヒットラーが自殺して陥落した直後のベルリンが舞台。製作者側の独りよがりとも思える難解な映画でしたが、ももり流に解釈しますと・・・戦時中を、生きのびたヒロインは娼婦、ユダヤ人女性です。何人かをゲシュタボに売り渡して生きのびたと、彼女は言っています。食べ物も何も無いベルリンで、しかし、彼女は夫をかくまっています。ヒットラーは死にましたが、ベルリンでは、共産主義のソ連と、連合軍側、アメリカ、イギリス,フランスとの新たな世界制覇戦略が始まっています。日本では、原子爆弾が成功したと新聞のニュースが流れ・・・こ以上は映画館へどうぞ。ヒロインの夫の数学者が、何故各国から追われているか・・・・ ??? 
 ベルリン陥落直後の白黒映像は魅力ですが、ももりは、この映画には辛い点数を付けます。何回でも、同じ襲われ方をする主人公、アメリカ人記者・・・あの、阿部さんの内閣の農水大臣みたいに絆創膏を張って・・・しっかりせんかい!!!!なあんて、一人、映画館の暗闇で怒ってました。脚本が???ウ・ウーン・・・なあんて・・・スケッチはポツダム(No573)

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2007年9月24日 (月)

我が家の釣りキチ君の大判振る舞い

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ジャーーン!!!我が家の釣りキチ君の9月22日の釣果です。本カツオ55センチ、鯛43センチ、トビウオにソーダカツオです。勿論、天然物!!!和歌山県は印南町まで遠出して、伝馬船に乗って釣ってきました。そして、それが・・・・
 ジャ・ジャーーーン!!!!どうですか!!!友人も招いて今夜はご馳走・・・これが楽しみで生きてるっていう彼ですので・・・・冷房も、暖房もない暑い建築現場で黙々と働いてる・・・ここはパーッといきましょう。今夜はももりの要望で、てこね寿司。オヤ、この器は????欠けてますが、実は骨董。江戸よりは古いとか???ご免アソバセ・・・
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 もちカツオのお刺身、ソーダカツオは生ぶしに、細かい身はつみれに・・・勿論、塩焼きも・・・鯛はアラ炊きまで。当分、冷蔵庫にはお魚が一杯。完食するのが彼の釣り道です。
それにしても、思い出すのは、ヘミングウエイの「老人と海」 映画の中、魚がえさに食いつくや、パッと、糸が張り詰め、水面にしぶきが光る・・・水の中へぐいぐい引きずり込もうとする大魚との格闘。我が家の、茫洋とした釣りキチが、この大魚との格闘を何より好きだとは・・・親ながら不思議です(No572)

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2007年9月21日 (金)

アッタマ ワリイィ・・・

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 TVには、最近では反感に近いものを感じていまして、「徹子の部屋」と「仁角???漢字が違ったかなあ???の 生活小百科」くらいしか、楽しみにしていないんですけど、昨夜「マラソン」って、とても、感動するドラマを見ました。二宮和也さん、あの「硫黄島・・・」でも戦っていた子です。ほんと、”子”って言いたいほど、ういういしい!!!自閉症の母子と、コーチを描いて秀逸でした。
 「徹子の部屋」で、確か江成クン???名前とかが、ちっとも覚えられない!!!頭、ワリィ!!!って、常々悩んでいるももりですが、とても面白い対談でした。つまりぃ・・・記憶って言うのはイメージとして映像を作り上げる事ができると、脳に記憶として残る確率が高くなるというような・・・・そんな中味だったと憶えています。この、記憶っていうこと、とっても、ももりメは苦手です。ともかく、名前とか、時間とか、・・・・全く覚えられない。「待ち合わせ時間は確か・・・3時半だった???ン???4時半だったっけ」・・・もう、いけません。どちらかわからなくなるんです。最近では、片っ端からメモにする。そして、メモを見ることを忘れる。メモをどこに置いたっけ???トイレに予定表を張って、必ず、何でも書き込んでおく。トイレなら・・・見るでしょう???何度も???それでも、・・・それでも・・・ナンヤカヤと忘れる。
 ところが、こんな絶望的な、ももりメが時に「よう 憶えてはるなあ」って褒められることがあるんです。それは、読んだ本の中味・・・・これって、きっと本の描く人物とか、風景とか状況とか、イメージを映像化してるんでしょうか???風景の描写だって、目で見るより素晴らしく思い描いているんです。よく、本で読んでうっとりしていたを主人公を映画で見たらがっかり・・・なんてことがあります。イメージを映像として蓄えるって・・・・単なる、記号を憶えることはできなくても・・・・イメージを増幅させるってことは・・・ひょっとして、絵を描くには一番大切な能力かもしれないなあ????
 なあんて・・・誰ですか「ボケテルだけやん」ですって・・・(No571)

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2007年9月20日 (木)

映画 赤ひげ・・・・だったか

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 古い記憶で、間違っていたらお許し下さい。映画「赤ひげ」  黒澤作品で、主演は三船だったか????
三人の異常な患者が登場したと思います。座敷牢に閉じ込められている美しく若い娘・・・確か、香川京子さんでした。同情した若い医師は、忠告を信じず接近。座敷老に引きずり込まれて、かんざしで・・・・・あ・わ・や・・・
 もう一人は放火魔。放火は江戸時代、大変重罪であったそうですが、ムラムラと怪しくわき起こる不可解な火付けの欲望。・・・・もう一人は殺人狂だったような????ちょっと記憶にありません。
どうやら、善意の枠では計れない人間がそこいらにいる。「少年の心の闇」とか言ってるけど・・・人間、誰しもが、三面記事に目を光らせ、怖い場面のある映画を好み・・・・お・お・お・・・怖い!!!!ももりは怖い映画は嫌いです。念のため・・・
 人間が歴史の上で、、アッチコッチでやってきたことを思えば、、、、どうして、獣的なものを押さえるか・・・獣の名誉の為に一言、獣は食べる以上は殺さないっていいます。宗教も、人間の獣性に手を焼いたらしいけど、宗教そのものが獣的に狂う事もよくあったから・・・今、現代すら・・・信じられそうもありません。(No570)

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2007年9月19日 (水)

魔女の顔

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 今、人道主義とか人権は至上のものですけれど・・・・この世には悪魔も、魔女もいると、TVを見ながらゾッと寒くなることが多すぎます。光市母子殺人事件の犯人はサタン・・・サタンは人間の姿をしているといいます。自分の娘を橋の欄干から突き落とし、お隣のぼうやを殺した女・・・・あの顔は魔女の顔・・・人間の感覚で、サタンや魔女を裁けるのかって???あまりにオソマツなももりの感性でしょうか。
 そのTVの中で、本村洋さんが言っていた言葉「許されるのなら、もう一度結婚したい。子供を残すと言うのは人間の使命だと思います・・・・でしたか、そんな意味のことをおっしゃってました。どうぞ、もう一度幸福になってください。そして、サタン・・人の幸福を、何より憎むサタン・・・を見返してやって下さい。それにしても、サタンを弁護する弁護士・・・・・メタファーな世界では、案外同族なんじゃないの???(No569)

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2007年9月18日 (火)

映画「ミス ポター」見て来ました

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 ハリー・ポッタ-ならぬベアトリクス・ポターといえば・・・ちょっと首をかしげるお方もいらっしゃるかもしれませんが「ピーター・ラビット」といえば、もう世界中に、知らない人はいないでしょう。そう。ピーター・ラビットの作者、ベアトリクス・ポター。彼女の、あの夢のような世界は、どのようにしてを紡ぎ上げられたのかを描いて、うっとりと、まるで夢心地のままの2時間の映画です。
 ベアトリクスの生きたビクトリア朝時代の英国。2~3代前までは、商売人であったという彼女の家は、ロンドンの有産階級です。貴族との華やかなお付き合いを何より大切に考えている両親は、当然、ベアトリクスにも、財産のある貴族との婚姻を強く望んでいますが、彼女は、自立を考えています。そして、幼い頃からの農村の生き物達をモチーフにストーリーを創作し、出版社に掛け合っていく強い女性です。そして・・・・ここから先は、映画館でどうぞ・・・スケッチはウインダミア湖の船乗り場
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 又々、出たがりももりメですが、ベアトリクス・ポターとのツーショット。ホンの半年ほど前、ウインダミア湖クルーズを楽しんできたばかりです。風もない穏やかなイギリスの湖水地方は本当に素朴で美しかったです。この土地が、開発業者に食い荒らされそうになっていた当時、ベアトリクスはピーターラビットによって得た印税で、この周辺の広大な土地を買い取り、後、国家に寄贈したという事です。ともかく、イギリスは自然が本当に美しく保存されていて、高速道路沿いに、悪辣な看板なんか1枚もありませんよ。日本も何とかして欲しい!!!!芸術の秋、映画の秋、間もなく「エディト ピアフ」もやってきます。タ・ノ・シ・ミ・・・(No568)

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2007年9月14日 (金)

麻田 浩展 見てきました

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 麻田 浩 ももりより10歳上で、10年前に自死した作家の回顧展です。(京都国立近代美術館)  9月17日まで   京都の売れっ子日本画家、麻田辨自を父に、日本画家、麻田鷹司を兄として生まれました。しんどい展覧会でしたね。普段から、ももりは、作家は目に見えたように描いていると思っているのですが、世の中がこんなに見えたら、そりゃあ、死にたくもなる。地面はひび割れ、それなのに汗をかいています。ひび割れには様々なものが挟まって抜けません。吐き出しているのかもしれない・・・まるで、粘土のような粘っこい不透明な地面には人気のない異様な村が・・・・これじゃあ、生きているのはつらい。
 「この絵 おかしいな。ひょっとして???」と思ってたら、変な死に方をしたとか、当たります。ゴッホやゴヤ・・・・日本では一番と思う鴨居令・・・異様な世界、ちょっとお部屋には飾りたくない画面・・・・こういう絵は、よっぽど下心がある個人以外は、美術館しか買い取らない。そこへ行くと印象派なんかは、お気楽。人生楽しいことでしょう。ももりより10才年上の麻田の若い頃の作品はアンフォルメル・・・・既成の絵画の価値観を否定した時期・・・うまい絵は評価されなかった。うまい絵を描く画家はつらかったでしょう。才能があるばっかりに新しい事に挑戦する・・・たしかに、絵画は抽象を通り抜けて世界を広げました。心の中や、物理的な異次元、感情、一過性の、一度しかビックリできない絵画とか・・・混沌、カオスでしたね。その中を粘着質に超人的な精力で、描き、生ききった麻田 浩・・・絵画史に残る人です(No567)麻田 浩展のHPは
http://www.tv-osaka.co.jp/event/asadahiroshi/

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2007年9月13日 (木)

阿部さんは 今・・

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 カーテンを閉め切った真っ暗な部屋で、TVもつけずにジーットと・・・・これって、朝青龍の先日までの報道でしたけど・・・阿部さんは、今、どうしてるんでしょう。可哀そうに・・・・あそこまで、追いつめたら誰だって・・・・燃え尽き症候群です。ももりは思うんですけど、ブッシュの、あの、ウロが来た目のブッシュと握手した時、日本人は本能的に恐怖した・・・・あの、バ・・・い・いいえ・・・言いません。このところのアメリカのあり方に対する本能的ともいえる不安・・・漠然とした怖れが、阿部さんを追いつめたのではないでしょうか。出口の見えないテロ国家群。ラムズフェルド  出て来い!!!!アメリカの選挙の目はどうでるか???国連がそんなに日本にアタタカイ集団かい??
 それにしても、マスコミ屋がヒドイ。トップになったら、もう、お構いなしの集中砲火。これで、小澤に代わったとしたら・・・・さああ・・・一杯資料を蓄えて、今や遅しと、目をランランとさせて待ち構えているマスコミ屋が一杯いるはずです。若い人は育てなくっちゃ。前原だって、岡田だって、又、ほとぼりが冷めて、マスコミで、かしこそうな顔して意見言ってる。阿部さん・・・・よーーっく頑張りました。暫くはゆっくり・・・朝青龍と違って、あなたには、横にアキチャンも、ごボドウもいてくれるんだから・・・・(No653)

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2007年9月12日 (水)

日本水彩関西合同展と巡回展

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第6回日本水彩関西支部合同展と第95回日本水彩巡回展
 9月11日(No火)~16日(日)   京都市美術館別館

 上は、ももりの出品作。「ソドムの街」  頑固にこのタイトルにこだわってますが、このタイトルはウケナイ。最近、絵はちょっと低迷してます。ブログが面白すぎるのかもしれないなあ???でも、これは、年齢とはっきり関係がありそうです。つまりぃ・・・・描きたい世界が変わってきました。早い話・・・個展の準備は全部キャンセル。当分、公募展やグループ展だけで、お目見えすることにしました。人に好かれるための絵は・・・もう・・描きたくない・・・誰もが「イヤ」と言っても、頑固に自分の頭だけで考えたい。「ソドムの街」って何やいな???ですって???HP には何度も書きましたから、ブロ朋さんたちは、わかってくださるかもしれませんけど・・・このタイトルは一般受けしません。ポピュラーでない。でも、・・・・・いいんです。解ってもらおうという気が無くなっています。ちょっと・・・もう、ゴウマンになりたい年齢・・・です。
 司馬遼太郎が、たしか「坂の上の雲」だったか・・・に、何度か書いていたという記憶がある言葉「人生には、一度、輝く時があれば良い」って・・・ももりの、精一杯輝いた時・・・それは、確かにあったなあ。まあ・・・・あの程度で、ももりメには充分・・・
 でも、自分の世界を命ある限り、キャンバスや紙にこすり付けたいとは思っていまけれど・・・さああ・・・???(No652)

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2007年9月10日 (月)

モディリアーニと妻ジャンヌの物語展 見てきました

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 カタログは映画「「モディリアーニ」から。
この展覧会は今までとはちょっと違った趣向です。モディリアーニが死んで、アパートの中庭から身を投げた身重のおさなな妻、ジャンヌ・・・彼女も、実は絵を描いていた。考えて見れば、当然ですよね。画塾で知りあった二人ですから。今まで世に出ていなかったジャンヌをテーマにした展覧会になっています。
 カタログで、紹介しました映画「モディリアーニ」は、実は、ももりは大好きで、有名な「モンパルナスの灯」なんかを寄せ付けないくらい、すぐれものと思っています。映画「モディリアーニ」については以前のブログに書いています。アドレスではうまく、そのものズバリへ行き付けないのですが、ぐーっと下の方、2005年8月30日と2005年9月8日に書いていますので、お時間あれば・・・・
http://yamaguchimomori.cocolog-nifty.com/blog/cat3196076/index.html
 ジャンヌの生んだ最初の娘、その名も、母と同じ名前のジャンヌ。映画では、厳格なカソリックの父親が生まれたジャンヌを孤児院へ入れてしまったとなっています。そして、そのジャンヌに捧げる「あなたの両親はこんなに愛し合ったのです」という字幕が出たと記憶しています。しかし、この展覧会では、母親が、モディリアーニ夫妻と同居していたりして、やりきれなさが救われます。ジャンヌの描いた絵は・・・ウ・ウーン・・・でも、やっぱり、夫であるモディリアーニを絶対的に尊敬していたに相違ありません。明らかに影響されています。ジャンヌは人物や生物を描いても、背景を描き込んでいて、その中に出てくるジャンヌの育った、堅実な家庭の一幕、父親は家族に「千夜一夜物語」を読み聞かせ、母親は内職の刺繍だったか???をしています。固い、禁欲的な当時の家庭・・・その中で、美術にあこがれた14才も年下の純潔なジャンヌ。そのジャンヌを身ごもらせてしまうモディリアーニ・・・やっぱり、ケ・シ・カ・ラ・ン!!!ゲージュツ家だって、モラルは要る。モディリアーニは36歳で死に、ジャンヌは二人目の子供をお腹に宿したまま、22才で死にます。映画「モディリアーニ」はどちらかというと、「エコール・ド・パリ」の若き芸術家たちの群像です。特に、ピカソの憎憎しさが・・・・そりゃあ、もう一級品。この映画、くどいようですがおススメです。展覧会は9月24日まで 大丸ミュージアム・梅田 月曜休(No651)

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2007年9月 9日 (日)

旅空の下・・・・

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 旅の記事にいろいろコメントいただく中で、ちょっと、、触れておきたいと思ったのは、実は下痢。ババッチイ話でお許し下さい。よく、TV番組なんかで、未開の土地でレポートしてる番組を見るたびに、「あれ、実はお腹はグズグズなんやろなあ」って、先ずレポーターの顔で、お腹具合を推し量ってしまうももりです。旅は、下痢との戦い。キューっと、差し込んできたら、待ったなく上と下からザーッと・・・汚い話で、ご免なさい。そして、そういう土地柄に限ってトイレは無い。出したら、とも角、スッと楽になりますが、暫くして又々・・・・旅空の下、痛むお腹を抱えての移動のつらさは・・・腰も、背中も・・・つ・ら・い・・・
 ヨーロッパは、先ず心配ありません。でも、ぺルー、シルクロード、エジプト・・・・やっぱり個人旅行よりツアーのほうが安心なのでしょう。心配な時は、ホテルでは朝食をしっかり食べて、外出先では出来るだけ食べない。水は絶対、飲まない。勿論、氷もダメ。もし、喉が渇いたらコーラかビール。水は詰め替え可能ですが、コーラは大丈夫。生野菜もダメ。果物も、お水が心配なら厳禁。日本で売ってる「陀羅尼助」とか、「ビオフェルミン」とか、そぉンなもん、ゼーンゼン効きませんよ。時には帰国してから、始まることもあります。日本へ帰り着くまでは、絶対油断は禁物。尤も、「ナアーンテこと無かった」っていう猛者もいることはいる・・・・スケッチはクスコを守る城砦、サクサイワマン 下は、マチュピチュ近く(NO650)
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2007年9月 8日 (土)

旅の家庭事情

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 写真はクスコ。旅の話になると必ず言われるのが、「ご主人に理解があるのね」っていう一言。これってちょっ答えに窮します。ウ・ウーン・・・・結構、我が家のムコ殿、ももりメが一人で行くのを嫌がる。自分が企業戦士であったころは、もう、お終いには黙ってしまったんですけど、退職後、何度か一緒に旅行したら、途端に、一緒でないと損した気分になるらしい。ウ・ウーン・・・確かに・・・ももりメは夜中にスケッチの色付けをします。水彩だから、乾かないとページがめくれないので、何度にも分けて描く。時には、「ガーッ」と、物凄い音のドライヤーも使います。睡眠については、全く気を使わなくて良い気楽なお方で・・・・楽なんです。それに、夜なべをすると必然的に朝が起きにくい。
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 以前、一人で8日間のツアーに参加した時、2枚、3枚、4枚と色付けて、時差の関係もあって、眠れないもんだから、ついつい「も1枚、もう1枚」ってやってると「アラ、もうこんな時間。今から寝たら、朝は起きられない」とか・・・とも角、旅行中、殆ど眠らず、日本へ着いた途端、MKが自宅まで送ってくれるのですが、タクシーの中は前後不覚。「どのヘンですか???」って運転手の声で飛び上がったものです。若い時はいつも一人で、個人旅行でもツアーでも自由を謳歌していたのですが、寄る年波のせいで、誰かと一緒の方が、とも角、眠れる。旅の間は、全く対等の相棒で、妻役や世話は一切しません。同室者というだけです。ウ・ウーン・・・やっぱり相棒がいるのはいいけど・・・でも、もっと自由に行き先を決めたい!!!それにぃ、一人参加って、スッごくお高い!!!(No649)

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2007年9月 7日 (金)

チャンスは前髪だけ

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 「チャンスは前髪だけ」って、京都だけでしょうか??そう言うんです。後ろはツルリと禿げていて、掴めないからパッと前だけ見て掴めって・・・何処から来た言い方か知りませんけど・・・
 ペルーへは、スペインの個展のために、スペイン語を教えてもらったお嬢さんが、ペルーで結婚されて、「是非、気楽にペルーへ遊びに来て」って言ってもらってたんですが・・・中々、気楽にペルーへなあ・・でも、エイッ!!!と行って来ました。当時は、フジモリ政権下で、ペルーは一番対日感情が良かった時。やっぱり、チャンスって前髪だけみたい。ハイウエーには「この道は日本の援助で造られました」って大きな看板が立っていましたよ。でも、そのお譲さんが、リマに留学していた当時は、市内のどこかで、いつも、ドンパチやっていたって言いますから、やっぱり、若い人の勇気って素晴らしいです。オバサンの勇敢なのは、ちょっと手がかかる???
 壷は抱いて帰ったもの、前の土器のカケラはチャンカイ谷の墳墓の出土品。持って帰るのは良くないらしいけど、案内してくださった、現地の文化関係の要人が選別してくださったものです。あんまり古いものではないらしい。チャンカイ谷には、人骨と一緒に土器のカケラが一杯散乱しています。大きな穴は盗掘の痕とか・・・「もう、大したもんは何にも残ってないけど・・・・」って話でした。同行のお医者さんは「これは肩甲骨やな。これは、頭蓋骨の・・・」とか、ギョッとして思わず取り落としてしまったことでした。その、一面乾燥した、海岸の砂漠に、5月、一時期だけ、丘がきれいなオレンジ色に包まれるんですって。その時期だけ、海から霧が吹き付けて、真っ白な霧の中、一面に咲いたオレンジ色の小さな花々・・・画面左下・・・の中を歩いていると、「それは、もう、この世のものとは思われない」って・・・・いうことでした。だ・か・らぁ・・・やっぱり旅ってのは、きりがなく魅力。(NO648) 07076_6

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2007年9月 6日 (木)

ナスカ 地上絵の創造者たち展 見てきました

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ペルー 不思議の国・・・その地上絵とは??最新式の立体映画のよぅな画面で、砂漠を一路走り、飛行機がふわりと浮かび上がる・・・新しい展覧会のあり方でしょうね。大変面白く見てきました。
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 ももりがペルーを訪れたのは1996年2月のこと。地上絵のあるナスカまで、リマからイカへまず移動します。写真の、6人乗りのおもちゃみたいな小さな飛行機でした。そこ、イカから、いよいよ地上絵を見るため、又々6人乗りの小さな飛行機に乗り込みます。6人乗りといっても、操縦士、副操縦士が2人でお客は4人というシロモノ。この旅は女性4人、男性4人だったのですが、まず、リマからイカへの飛行機で女性4人のうち3人がバテました。砂漠の上は気流が不安定ということで、とてもゆれたのです。結局、ナスカ上空を飛ぶ飛行機には、ももりと、あと、外国人のカップル。お客は3人でした。
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「どうせ、プロだってまともに写真なんか撮れっこないんですから、遠い空でも見ていてください。でないと、地上絵の周りなんかグルグル回るし、そりゃあ、もう・・・」っておどかされていたのですが、ももりは平気でした。後ろに座ったカップルの女性は、そりゃあ、酷く吐いていましたのに。飛行機からは撮れっこないと言われていた地上絵もバッチリ。何しろ、ファインダーをのぞいても、映像が判別できないし動いてるものですから、当てずっぽうのシャッターを押してたんですけど、・・・どうですか・・・真ん中、おさるさんみたいなのが写っています。しっかり地上絵なんですよ。(NO647)

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2007年9月 5日 (水)

山崎豊子と井上靖-2

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 写真はイルクーツク、ロシア正教教会。ロシア正教の教会は、外も内部も金ピカの壁画やイコンに囲まれて、本当に美しい。でっぷり太った、ロシア文学に出てくるような敬虔な老婆たちが、しきりに、何かを言いながら祈っています。ハバロフスクもイルクーツクも、緑深い町であったと記憶しています。もう、21年前の話ですけど。山崎豊子「不毛地帯」は、敗残の日本軍兵士たちが俘虜として、極寒のシベリアのラーゲリで、食事も最悪、苛酷な強制労働に従事させられながら、帰国だけを希望に生きのびて、あるいは死んでいきます。悪辣で不当な共産主義政権下の囚人たちの扱い、そして、日本人同士の卑劣な弱いものいじめも存在します。戦争に負けるっていうことは、古来、奴隷にされることなのです。捕虜には赤化教育がなされ、戦後、進歩的文化人やマスコミ、教育関係者たちがこぞって、共産主義シンパであったことは、共産主義の世界戦略が、いかほど先を見通して策略されたものであったかを思い出させます。スターリンのやったことはヒットラー以上に酷かったことが、もっともっと検証されるべきでしょう。
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 難しい話は、ムリなももりですが、井上靖「オロシャ国酔夢譚」も、素晴らしい作品でした。厳寒のシベリアを横断する・・・・8月のシベリア鉄道の窓外は素晴らしく、繊細で、ロマンチックでしたのに「なんで???厳寒期に馬車なんかで移動するの」とか、思ったことでしたが、あの、シベリアの大地、道もあるか無きかの大地がぬかるんだら、通行なんて到底不可能。蚊やアブも大発生するでしょうし・・・・と、サンクト・ペテルブルグで、蜂に刺された事を思い出すももりでした。毎日新聞夕刊に、ずーっと連載されていた吉村昭「大黒屋光太夫」とか、緒方拳が出た映画、大黒屋光太夫については、昨日のコメントに少し書きました。「(No646)

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2007年9月 4日 (火)

瀬島龍三氏 死去・・・山崎豊子

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 井上靖の薫陶を受けて育った山崎豊子描く「不毛地帯」・・・・渾身の大作です。大阪の一繊維問屋であった近畿商事を世界の伊藤忠に育て上げた男、主人公、壱岐正は、瀬島龍三がモデルだと言われていると聞いています。壱岐は、戦時、大本営にあり、終戦の詔勅を徹底させるべく戦いの終わったはずの満州へ。終戦にも拘らず、攻め込んできたソ連兵によって、シベリアのラーゲリに拉致されて11年。極寒と飢餓、強制労働のラーゲリを生きのびて廃人ようになって帰阪します。ひっそりと世間を避けて生きていた壱岐を、世界戦略眼を取り込むべく、自らの翼下に誘い込んだ社長、大門・・・彼の部屋からまっすぐに見えた大阪城。
 シベリアを旅したのは、1986年、もう、21年も前になるんですね。ハバロフスクからイルクーツクをへて、シベリア鉄道で、モンゴル、ウランバートルへ、更に北京へと、欲張った旅でした。その旅は、京都商工会議所の社長さんたちの視察旅行で、ももりは、もぐりこんだのですが・・・平均年齢が80歳近いという旅だったでしょうか・・・ももりメが、もうちょっと平均値を下げたかな???皆さん、戦争体験、従軍体験をお持ちで、お一人はシベリア抑留経験があるお方でした。ハバロフスク、イルクーツクでは、お酒とともに、切ない戦時ラーゲリの体験、青春をすっかり、摘み取られてしまった戦中派のお話をお聞きしたものでした。ソ連・モンゴルの旅はHPへどうぞ。(No645)
http://www.geocities.jp/wgwxw444/118sib.html
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写真はハバロフスク無名戦士の墓にて
07076_2写真はハバロフスク 共産党本部 今では、レーニンの像はないのかもしれない

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2007年9月 3日 (月)

日本迷路公団総裁 関三平

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 大学一年後輩の道路公団・・・・じゃなかった・・・迷路公団総裁の関三平ちゃんが新刊を出しました。(青春出版社) 頭脳に余裕のある方はゼヒゼヒ・・・・・脳を活性化すること請け合いです。
彼の経歴には、自身で「工業デザイン志望で大学に入ったものの、なぜか、撮影所に就職し、アニメーションをやることに・・・中略・・・8年で自営「零」日本迷路公団を設立。バブリーな大迷路ブームも体験しつつ・・・・と、書いています。迷路一筋に生きて、家族を養って生き切るって、エ・ラ・イ!!!!迷路ブームの去った後は、パチンコ業界紙なんかに寄稿したとか言ってたなあ。「なぁんぼパチンコに金使うたかて、経費やから税金は???」なあんて聞いたこともあったなあ。何事も一筋ってのは、やっぱりス・ゴ・イ!!!今に、エッシャーみたいに有名になるよ。 だまし絵で有名なエッシャーを紹介したページは
http://www.kanshin.com/keyword/167459
 本屋で買えると思いますが、なかったら、ももりまで・・・(No644)

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2007年9月 2日 (日)

井上靖 狼災記-4

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 井上靖の小説の中で、くりかえし現れる沈痛な顔をした男達・・・誰にも、理解してもらえない情熱に引きずられて、あえて、苦難の道を選び、殆どは、それゆえに滅びていく・・・愛すべき純情男達・・・「狼災記」の陸、「敦煌」の趙行徳、氷壁に挑む山男・・・・・
 司馬遼太郎の世界の男達とは、明らかに異質です。華やかな歴史の主人公でない。そして、ももりが一番あこがれるのは、その人物たちが創作された男達であるということ。個の確立した、妥協のない、一徹な男達の群像と、例外なく貧相な体格で、戦うには弱すぎる主人公。時に、文字や山に対する異様な執着。権力には極めて恬淡。その男達を動かしていく、激しく寡黙な若い女、貞操観念の潔癖な・・・今ドキ、あんな女はいるかいな???あれ程、歴史や地形、気候をリアルに拝借しながら、その地表にうごめく人間は、夢うつつの幻なのです。
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 漢書のたった一行「近頃、狼災しきりなり」と言う文章から、陸が生まれ、敦煌石窟から経巻が発見されたところから趙行徳が生まれ、永泰公主の墓にあった小さな骨のカケラから、「永泰公主の首飾り」の3人の墓泥棒が生みだされる。そして、それはシュールレアリスムの絵画に似た創作・・・そして、その鈍い銀色の色彩・・・・・そこが、司馬遼太郎の世界とは、画然と違うと、ももりメは、又、思うのであります。スケッチ中は、祇連山脈  下は、飛行機から見た天山山脈(No643)
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2007年9月 1日 (土)

井上靖 狼災記-3

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 井上靖「狼災記」の主人公、陸・・・靖がくりかえし描くのは、社会の底辺にうごめく名もない地下人。そして他人からは、どうしても理解してもらえないような、奇妙な、対象物に対する執拗なまでの情熱と好奇心・・・・
小説「敦煌」に登場する主人公、趙行徳は、井上靖、その人であると、ももりは読みました。「敦煌」の主人公、趙行徳は、一族の期待をになって進士の試験を受けるため、長安に来ている。長い順番待ちの時間、午後の暑い日ざしの中で、彼は眠ってしまう。
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 夢の中で、とうとうと持論を述べる彼は、揺り動かされてハッと目を覚ます。もう、誰もいない試験場から追い出され、町へさまよい出た彼は、絶望と混乱の中、一人の女を救うのだ。
「どこだって、切り取って売る」と、全裸にされて、売りに出されていた女を買い取る。女は、当然「私を自由にせよ」というが、彼は「ただ、助けたかっただけだ」と答える。女が「私にできるお礼はこれしかない」と言って渡した小さな紙切れ・・・・そこに書かれた文字・・・「これは一体???」その文字を読みたい・・・・その一念で、彼のその後の一生は決まっていく。
 井上靖は、読者には難解なくらい資料を漁渉している。「この文字を読みたい」その、一念だけが彼の若き日々の情熱であったと思われる。報われそうにもない、誰からも省みられることのない奇妙なこの情熱に釘付けにされたかのような好奇心。それから、それを求めて、ひたすら続ける苦難の旅・・旅・・旅・・・趙行徳の人生こそは、井上靖、本人なのだと、ももりメは思うので・・・・アリマス・・・写真は高昌故城とトルファン・・・1987年に撮ったもので、ちょっと古い・・・でも、古いほど、靖描く西域には近いはず・・・(No642)

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