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2007年6月27日 (水)

イギリス議会のまね事は

Ingland072
 SUKIPIOさんから、詳細なイギリス議会の記事をいただきました。ももり一人が読むのはもったいない。ちょっと難しいですが・・・ももり風、ごく大雑把なイギリス議会のあらましをその前にお読みください。
 イギリスは北から襲いかかったノルマン人に圧倒されて、サクソン人は、すっかり力を弱めました。貴族が姿を消し、ノルマンの王家に力が集中しましたが、スコットランドやウェールズ、フランスなどと常に戦っていて、国庫は常に火の車。そこで、税を取り立てようとしましたが、貴族たちは当然猛反対します。

  1215年  マグナ・カルタ  王家が勝手に税を取り立てられないように、貴族たちの権利を確認。  
  1295年  模範議会   ちっとも模範的ではなかったらしいけど、貴族、州、都市代表者、聖職者代表と議会を開く
 先日来、ズーッとクダクダ言ってきました、スコットランドのメアリ。そのメアリの生んだ息子がジェームズ1世。エリザベス1世の後を継ぎました。彼は、「王権神授説」を打ち出し、議会と対立しました。その息子チャールズ 1世が、どうしても、戦費の調達が必要と、再び議会を召集しました。同じ頃、アイルランドやスコットランドで、相次ぐカトリックの反乱。やがて、国王の軍は反乱鎮圧に名をかりて、議会を制圧するのでは???と恐れた議会は国王派と、反国王派に分裂。イングランドは内乱になります。それをおさめたのが、オリヴァー・クロムウエル。
  1649年  クロムウエルは、チャールズ1世を、斬首
 どうですか???イギリス議会って、全く甘くない、シビアで長い歴史を持っているのです。

 結局、クロムウエルの共和制政府、実態はクロムウエルの軍事的独裁ですが、彼の死によって終わり、フランスへ逃れていたチャールズ2世が戻ってきて、議会の承認を得て王位につきました。クロムウエルの遺体は堀り起こされ、辱められたといいます。
 日本の議会政治って、野党なんか、ちっとも、存在価値が無いのは、イギリス議会のような激しい歴史が無いからか???スケッチはシェークスピアの生家

SUKIPIOさんのコメントが、議会制度をしっかり解説して下さっていますので、ゼヒゼヒお読みください。下に貼り付けさせていただきました。

 1640年、チャールズ1世は議会(長期議会)を召集したものの、90名の兵士と共に庶民院(下院)に乗込み反対派を逮捕しようとした事から清教徒革命が始まりますが、以来、国王といえども下院には足を踏み入れない事が慣例となっており、議会の開会宣言は下院議員も上院会場に集まって行なわれています。
日本と同じく立憲君主制ですが成文憲法はなく、制定法より上位の憲法がない為、議会の優位が確立されている国家で、英国の議院内閣制では閣僚は全員が国会議員から選ばれるしくみであり、日本より数段強い権限を議会が有しており、通常の立法手続によって憲法的要素をもつ法律を改正する事ができます。そして司法に「違憲審査権」はありません。英国上院は世襲の貴族院であり、従って政権は下院選挙で決まります。

英国が階級社会であることは周知の通りですが、熟成された民主政治への参加はあらゆる階層の人々に開かれています。そこを基本として、以下資料参照。
おおまかに云いますと、政治が常に人々の身近にあり日常的な存在である英国と、選挙のときだけ話題になる日本の違いは、政治家の前職が、日本の様に、ほぼ決まった前職ではなく、あらゆる分野からの人材が候補となります。
また、英国の下院議員候補者になるのに、日本でいう地盤やカバン(候補者本人が拠出する莫大な政治資金)は必要なく、選挙を戦うための資源は政党がすべて用意される。必要なのは国を導く能力、リーダーとしての資質だけであって、立候補を目指す者は、まず党本部の選考会に応募する。そこで書類審査、面接、合宿選考を経て、「候補者の候補」リスト(=候補者の人材プール)に登録される。
政党は、自党のセーフシートを党首・閣僚など党の中心メンバーにあて、選挙の労力を軽減する一方で、マージナルシート、つまり相手方のセーフシートを新人候補にあて、彼らのトレーニングの場とする。そして、ここで新人の能力を査定し、有能だと判断した人物を次の選挙でより当選確実な選挙区へ移す。従って、ほとんど全ての下院議員がマージナルシートを経験しています。
このような仕組みを可能にしているのは、有権者と政党の強い結びつきであり、また、英国では、政治家は選挙区へ利益誘導できないので、日本のような地縁による有権者と候補者個人の密接な関係はない。それ故、候補者の選挙区替えが頻繁に行われ、候補者はどこへ行っても変わらぬ支援を受けられる。ちなみにチャーチルは選挙区を5回変わっているそうです。これは、政党の支部が有権者の政治意識の受け皿として機能していることに因るとされてます。
こうして選挙は、政党と政党の戦いになり、マニフェスト(政策要綱)と党首の二つの要素が重要になる。選挙で勝った党の党首はそのまま首相に、内閣または影の内閣のメンバーはほぼそのまま内閣のメンバーとなります。
基本的には、政治家とは、主権者たる国民が民主主義選挙によって選出した「国民の代表」です。その意味する事は「主権者たる国民の代表たる政治家の失政 = 国民の責任」という事です。それが「議会制民主主義」であり「主権在民」なので、その意味では英国は、ハッキリしており、解り易いのではないでしょうか(No608)

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コメント

ももりさん、おはようございます。
コメントが遅れました事では、申し訳ございませんでした。
そして、私の拙いコメントまで、引用して下さいまして光栄に感じます。

皆さんが仰っておられます様に、歴史の真実と今を結び、微笑みかけている、ももりさんの絵が、英国人の心根を優しく物語り、絵から垣間見える意思の様なモノがそれぞれに見る人にも伝わる様で、その素晴らしい表現方法である事にも、新たな発見をさせて頂きました。

投稿: SUKIPIO | 2007年7月 2日 (月) 06時31分

イギリスは君主制なので、行政権の最高権力者はエリザベス2世ですね。官僚組織(省庁)のトップは女王様! それでジェームスボンドが女王陛下のスパイだったり、おまわりさんも当然のように「女王さまの」おまわりさん達なんですね^^ 行政機関を「政府」と呼ぶので、女王陛下が「My government」と言いますね。日本では元首や君主に相当する機能は内閣が持ちます。日本には元首がいないので、ピンとこないかもしれませんね。SUKIPIOさんが書かれていましたが、イギリスは上院(貴族院)と下院からなり、下院が優越されていて、貴族院は選挙で選ばれた議員ではなく世襲貴族で構成されている点がユニークですね。

投稿: ミーシャ | 2007年6月29日 (金) 10時03分

こんばんわ
東京からです。
エリザベス1世の時代のイギリスの反映。
ストラトフォードのシェイクスピアが生まれる。
ももりさんのイギリスの歴史。
ブログって良いですね。こんな歴史教科書はないですね。

投稿: kju96 | 2007年6月29日 (金) 00時00分

なんか凄く難しい!
でも、ももりさんの絵に心洗われています。
優しい色使いが好きです、タッチが好きです。
色々あった、色々あるイギリスだけれど、この空は変わらないですね。

投稿: nyar-nyar | 2007年6月27日 (水) 22時24分

シェークスピアの生家はストラトフォード・アポン・
エイブォンにあるのでしょう ここもコスフォード
Museumに行かなければ、立ち寄れたのにと、家族からブーイングがでたのです アン・ハサウェイの生家は茅葺きの美しい曲線のおりなす建物ですね
ももりさんのスケッチで十分に堪能させてもらいました。昨日おとといと BSでエリザベス1世愛と陰謀の王宮をみました これもこのブログで興味を持った
おかげです。

投稿: あきみず | 2007年6月27日 (水) 21時48分

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