« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月28日 (木)

来年って??もう すぐ・・・

Marason_1
古い話ですが・・・1996年です。50才を過ぎてからなあんて強調されちゃって・・スペイン語にはまってカンカンになってた時がありました。ある日、日本イタリア会館の教室にでかけますと。壁に「全国スペイン語弁論大会」っていうプリントが貼ってある。読んでみたら、その中の条件の一つに、半年以上スペイン語圏に滞在したことがない人ってあった。「へえ、つまり、ペラペラでない人がいいんだ。これってひょっとして、私の為にある??」なあんて、例によってオッチョコチョイで調子良い。でも、何たって1位、スペイン留学1年、2位、スペイン往復航空券、・・・これ、これ、これが欲しい!!!3位はメキシコ大使賞とか。何だろう??一次試験の締め切りまで、4日しかない。さあ、大変。文をでっち上げるのは、まあ、お茶の子??として・・・スペイン語に直すのは???「まああ、気の良い、メキシコ人の先生に添削してもらおっと」ファックスで添削してもらい、ワープロで打ち、締め切りぎりぎりに何とか応募しました。60人位の中から11人が選ばれ、いよいよ東京へ。何とか、迷子にならずに会場へ。
 当日の朝、亭主に「ネ、ネ、どうする??スペイン1年留学したら??」
「そんなもん、オバハンにくれるかあ。せめて、新幹線代くらいは、元とって来いよ」ナアンて言われてます。
結果は??聞かないで下さい。4位だったんです。悔しいことに、研究不足のももりは4分のスピーチの後に6分の質疑応答があるのを知りませんでした。
「あなたは書道をやったのですね。書道とスペインとどんな関係がありますか」
「漢字って言うのは素晴らしい文化です。例えば”空”っていう字、あれは、あの高く青い空、他にも、花瓶が「からっぽ」心が「空しい」宗教的には「無」・・・う、うーん???アルファベットの表音文字???え・え・え・???文字って???、・・・・こんな単語がッ・・・クソッ・・・・思い出せない。東京にいる友人がテープに録音してくれてましたが、もう、とっくに6分の金がキンコンキンコン、カンコンカンコン!!っと鳴っているのに、カンカンになって思い出そうと・・・・ン・ン・ン・今から思い出してもグ・ヤ・ジ・イ!!!ということでした。賞品はティオペペ一本。勿論、おいしかったです。新聞社から取材があり、ラジオインタビューもあり、でも、結局、興味は、ゼロからスペインゴを始めた50才過ぎたオバサンがいた、と、いうことらしかったです。来年あたり・・・モウ一度、やってみようかなあ。(No489)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年12月26日 (火)

無事が良いとは

Fura021
3月まで、展覧会は無いから、ちょっとのんびりしようと思ったら途端に、ガッターンとペースが落ちてしまいました。やっぱり追われないと出来ないもんらしい・・・です。絵は若かった・・・スペインにゾッコン入れ込んでいた頃に描いたもの。スペイン語だって、あんなに必死で取り組んでたのに・・・東京で行なわれる弁論大会に参加したことだってあったのよ。あれは、もう、何年前???(No488)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月24日 (日)

全国高校駅伝・・・京都から

Marason_010_1

我が家は西京極競技場に近く、上空でゴロンゴロンとヘリコプターが旋回し始めてから、西大路通りへ自転車で走ります。今日は始めてデジカメを持っていそいそと行きましたが・・・ダーメ!!でしたね。デジカメはタイミングが合いません。それに選手たちが行ってしまってから「何にも見てない」って気がつきました。カメラの画面ばっかり見てたんです。なにしろ選手たちはあっという間に行ってしまいます。それにしても、マラソンって美しい。「かけっこ」なんて世の中に無かったら、と、恨んでいた鈍足のももりは、運動会は悲惨でした。でも、ある時、西院駅を降りて西大路に出たら、交通が遮断されてる。「マラソンがやってくる」っていうんです。その時、シン底、マラソンに一目惚れ。電車も人も止めて、大通りを占領して、粛々と走ってくる選手たち。誰も、苦しそうな顔なんかしていません。蛍光色のカラフルなスポーツウエアをまとって、みんなの拍手喝采を浴びて・・・なんて美しい肉体・・・それ以来、ゴロンゴロンとヘリコプターが上空になると、もう、じっとしていられないももりです。(No487)
こうしてオソマツな写真を載せてみると・・・やっぱり、写真って難しい!!

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2006年12月23日 (土)

企業の心意気 ロームのクリスマスイルミネーション

Romu_007_1

昨夜、ロームのクリスマスイルミネーションを見てきました。我が家からは、ほんの5分もかからない。ももりは実業界のことはサッパリですが、この会社は急成長した会社です。何より四季を通じて五条通りを美しく草木や花々で飾ってくれていまして、環境への配慮を感じます。今では四季折々の散歩道にもなっています。昨夜も交通整理も出て、にぎわっていました。京都には、ボランティアで、夜桜にかがり火を入れてくれていた、さくら守りとして知られる佐野藤衛門さんのお庭などもあったのですが、交通渋滞とか、人出とか、ご近所から文句が出たとか・・・去年はやっていませんでした。一企業の肝いり、こころ意気ってうれしいものですのに。信号から大きさを想像してください。発光ダイオードとかで、あまり電気代はかからないんですって(No486)
Romu_010_1

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2006年12月22日 (金)

飛行機が墜落したら・・・って??

06122_038_1
 今年もはや終わろうとしています。パソコンを習い、HPを自分でアップして、はや2年。ブログを始めて、1年半。最近、書くことが無くって、絵もネタ切れ。でも、まあ・・・これって幸せですよね。今では、もう、飛行機が墜落したって、パソコンの中は絵でいっぱい。くだらないザレごともいっぱい。物いわねば、腹ふくるるって吉田兼好法師は言ったけど、もう、腹はカラッポ。長生きしたらどうなる??って、長生きすることの方が心配な年でもあるし・・・でも、、どうする??この粗大ゴミの絵の山???(No485)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月21日 (木)

風になって・・・波になって

Greec001_1

私のお墓の前で 泣かないでください
 そこに私はいません 眠ってなんかいません
 千の風に
 千の風になって
 あの大きな空を
 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
 冬はダイヤのように きらめく雪になる
 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
 夜は星になって あなたを見守る

いいなあ!!!酒徒善人さんも、先日、取り上げてらっしゃいました。今話題になっている詩です。この、ももりメも、20年前に作った画集Ⅱで、こんなことを書いています。

 ああ海の波になりたい
 表面は不動に見えて 底はとうとうと力強い海の波に
 悠久の時をもてあそび
 一瞬のきらめきを 演出する
 大口をあけて 全てをのみこんで高笑いし  
 ある時は平らにヘラヘラゆれる・・・・

もう、止めましょう。ももりが詩人になれないことは、この駄文で、今にして、はっきりわかりました。いいえ、もう、とっくに知ってました。若かったなあ。いっぱい気苦労をかかえて、それでも、いじらしく頑張っていたのです。今は本当に気楽になれています。全ての束縛から逃れられるものなら・・・あ・あ・あ・・・人間のままで、スケッチをしながら、地中海の島々をめぐりたい。海の波にも、風にもならずに・・・ネ!! (No484)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月20日 (水)

命がけの色

06122_061
ブロ朋、酒徒善人さんも、朱のことを書いてらっしゃいます。「辰砂」は鮮やかな赤で、古墳に塗られたのも、この水銀化合物。日本画の絵の具の朱は、膠水でよく練ったあと、ぬるま湯を入れてよく混ぜ、しばらく置くと表面に硫黄の黄色が浮いてくる。硫黄は水銀より軽いから。それを、どのくらい捨てるかで発色が変わるとか??又、朱系統の絵の具は硫黄のせいで、変色しやすく、金箔の上に使うのは変色のもとだとか。私はテンペラという材料で、ヨーロッパの画材ですが、古典的な画材は洋の東西を問わないようです。あまり、製法は公開されていないらしいですし、その方の専門的知識に乏しいのが悔しいももりです。でも、孔雀石から取った緑青や、高価なラピスラズリからとった美しい水色とか・・・美しい色を出すのに人間は命掛けだったんですね。美しい緑を得るためには、エメラルドを砕いたりもしたそうですよ(No483)酒徒善人さんのアドレスは  http://syutozennin.blog.ocn.ne.jp/e411y/

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月19日 (火)

朱色の思い

_343
朱色は不思議な色です。華やかで、鮮やか、怪しげな色です。父が書道をやってまして、子供の頃、ある時、その朱墨を、口紅みたいに口にぬって大変しかられたことが思い出されます。「水銀は猛毒」って教えられました。今、絵を描いていますが、水銀の朱は心を麻痺させます。今朝の毎日新聞に奈良県宇多市菟田野は、古代、水銀を産した、とあります。以前、友人が赤目48滝の紅葉狩りに呼んでくれたことがありました。菟田野を見晴らす高台の静かなお宅でしたが、お父様が、「この辺りは戦前には、水銀の鉱山があった」と教えて下さいました。床の間には、血の色をした筋の入った大きな石がありました。赤は血の色、永遠不滅の生命の色、古代の権力者は朱と共に黄泉の国に旅立ったと新聞にはあります。美しい絵の具には猛毒のものが少なくありません。「どもりの又平」通称ども又が、絵の修行をしていた若い日、親方に叱られ、才能に絶望して朱を飲んだ。一命を取り留めたが声を失った、って、どなたかの文学作品がありましたけど、作家は誰だったか???思い出せません。ども又は実在の人で、大津絵の絵描きです。逢坂山の峠には「うなぎのかねよ」という古い街道宿であった店があり、今も、ども又の寓居跡が残っています。(No482)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月18日 (月)

母のお漬物

Kyoto_002
友人から頂いた立派な白菜2つ。鍋にしようか・・・と眺めていたけど・・やっぱり、決めた。お漬物にしよう。冷蔵庫にあった半分と一緒に干してたら、お隣さんが「これ、無いとおもて買うたんやけど・・・食べてえな」って、又増えました。うれしい。又々、もう1軒、「家で取れたんよ」って1つくれました。大根も底に入れて、ヌカと塩を入れて重しをして・・・やっと水が上がりました。母が漬けた白菜はおいしかったなあ。若かった私の旺盛な食欲を大いに満足させてくれたあのおいしさ。何度も挑戦したけれど、あの、母の白菜漬けは再現できません。丹波の、あの冬の寒さがおいしくするのかしら。中京ではムリ??私が家を出た時、「もう、白菜、漬ける気にならへんなあ」って呟いた母の言葉が想い出されます。高校は家に近かったので、お昼は家に帰っていたのですが、食卓にはドーンと大きめの鉢に上げたばかりのお漬物が置いてありました。あとは、チリメンジャコか鰹節くらい。それで、まああ、食べた、食べた。3杯、4杯??、今ほど贅沢ではなかったからなんでしょうか。母も逝って10年。私のアヤフヤな手抜き漬物も、もう、2ヶ月もしたら・・・・おいしいか・・なあ??(No481)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年12月17日 (日)

映画「キリマンジャロの雪」 月イチ名画鑑賞会

Kagosima_001
昨日は「硫黄島からの手紙」を見て、イタク感動したのに、今日は、もう次の映画に目移りしました。浮気症で申し訳ありません。でも、京都アスニーの月イチ無料名画鑑賞会。無料と聞けば・・・自転車を20分余り必死でこいで、行ってきたのです。これが結構上り坂。まああ、帰りは楽なんだけど。
 グレゴリー・ペック、、スーザン・ヘイワード、エヴァ・ガードナーとくれば・・・もう、永遠の美男、美女。ヘミングウエイ原作の、まああ、アフリカ体験記みたいな、ちょっとおノロケとも??思えるぜいたくなモテモテ流行作家のお話。作家として、奔放に生きたい男のエゴと、女のヒステリー。テーマは甘いけど、アフリカの大自然が、素晴らしい色彩と撮影で、スクリーンに再生された映画でした。友人にキリマンジャロにあこがれて、3回もアフリカに行ったのに、まだ、一度も見てないってこぼしてた人がいるのを思い出しました。「この映画でも見て、我慢なさいよ」って言おうかなあ(No480)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年12月16日 (土)

映画「硫黄島からの手紙」  見てきました

Kagosima_015
映画「硫黄島からの手紙」見てきました。とても、感動しました。お勧めです。皆様、ぜひぜひ・・・この映画が、先ずアメリカで作られたことは、日本人としては、口惜しいことです。日本人がアメリカ人から、日本人の誇りを教えてもらったかたちです。映画については詳しくは書きませんが、主人公、栗林中佐はアメリカ、カナダに滞在したこともある近代的な知性の人です。一方、頑迷固陋な陸軍の、教養もなにもない、いわゆるいじわる日本兵タイプの古参兵との対立。敵を前にしてすら、部下の命を粗末に消費するイジメッ子そのものの程度の悪い古参兵。自分より弱いものに対してだけ強い根性なし。
 映画の中、アメリカ滞在中の栗林が、アメリカ軍人たちとのパーティーの場面で交わす会話、その中でクリント・イーストウッドはアメリカの将軍夫妻との会話として、彼の主張を語らせています。
 「あなたは、もし主人と戦うことになったら、主人を殺しますか」
 「自らの信義に忠実でありましょう」
 「あなたのお国の為には、殺しますか」
  「国の信義と自分の信義は同じです」・・・・・・ちょっとうろ覚えなので・・・こんな会話だったと・・・そしたら、相手の将軍が「それでこそ、武人」と言ったと思います。そして、
 「もし、平和になったら、両国はどのようにあるべきですか」
 「お互いに、最も大切なパートナーです」・・・こんな意味の会話でした。イーストウッドは政治家です。日本に対する彼の考えを表明していると思います。武士道精神っていうのは、アメリカ人にとっても共通です。
 なんとも魅力的なのは、パン屋をやっていたという、若い一兵卒。「やってらんねえよ」・・・毎日、毎日、アメリカ軍の爆撃下の塹壕生活。大本営からは見放され、生き延びる希望もない。直属上司への不信。その中で、7月に生まれたはずの子供をかかえた妻に手紙を書くのだけが唯一の慰め。人ってこんなにもいじらしいのですね。この一兵卒が映画を残酷さだけでないものにしています。硫黄島は本土へB29を送るための滑走路となったのでした。絵は平和そのものの開聞岳。平和こそは尊いです。この方達の犠牲の上にある、今の平和です。(No479)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2006年12月15日 (金)

菜の花とブーゲンビリアとさざんかと

Kagosima_013
鹿児島から指宿へ、快速までには時間があったので、鈍行に乗りました。指宿の一つ手前が終点「山川」で、長い待ち時間です。「山川」駅は本州最南端の有人駅なんですって。やっと来た次の汽車は亭主と2人っきりで、これじゃあJRも大変だ。NANOHANA号は真っ黄色で可愛い電車でしたよ。スケッチは山川駅
Kagosima_014
指宿から長崎鼻までは、バスで600円。ふたりでも、1200円なんだから、往復でも、2400円。タクシーの13000円ってのはムチャお高い。2晩とも豚しゃぶで、当分は、もうお肉は見たくもない。もちろん、おいしかったんですけど。開聞岳には菜の花がよく似合う。いたるところブーゲンビリアが大木になって咲き誇り、かたや、さざんかも一杯咲いています。南国の冬って、ちょっと京都とはちがいました。(No478)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月14日 (木)

お天気次第、風次第

Kagosima_007_1

パックツアー以外は、ももりの旅は亭主の言うがままです。目的地を決めるのも、宿を決めるのも・・「どこ行きたい?」って聞いてくれるんですけど、応えると「そんなとこ、もう連れて行ったヤンかあ」ですって。スケッチブックに描かなかった旅は記憶が朦朧として、イエイエ、もう、ほとんどゼロ。「何回行っても、新鮮な感動があってええやん」って抵抗するんですけど・・・
Kagosima_008
 国内は余り旅してこなかったなあ。子供達が小さかった頃はよくアチコチ行ってました。「お金も無いのにようあんだけ遊んだ」っていうくらい。でも、受験をむかえた子供が次々といるようになり、そのうちに親放れ・・・自分のための旅は、できるだけ若いうちに海外へということで、エネルギーと余暇とお金を海外に集中したのです。海外では、もう2度と来れまいと思ってセッセとスケッチをしましたけど、国内では余りしなかった。あまり緊張感が無かったから??ブログのネタにする為に最近始めたようなものです。
Kagosima_009_1
 と、いうわけで、上から、夕陽に燃え立つフェリーから見た桜島、ホテルからの、朝まだき、太陽が昇る前のシルエットの桜島、太陽がのぼりゆく荘厳な桜島です。はい。これでもう、桜島はしっかり覚えました(No477)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年12月13日 (水)

探訪 桜島

Kagosima_003
鹿児島と指宿へ行ってきました。タダ券がゲットできるマイレージの期限に急かされての旅とは言え、念願の桜島。あ・あ・あ・・やっぱり旅って楽しい。連れとは鹿児島空港で現地集合、うまく会えました。荷物を駅に預けて、スケッチブックだけ持ち、まずフェリーに乗り込みました。島の桜島一周バスは1時間半くらいでしょうか。空は雲一つ無い快晴。桜島も、歓迎の小噴火をドーンとサービスしてくれて、びっくり仰天。帰路は、夕陽で真っ赤に染まった桜島というおまけまでつけてくれて・・・。旅ってなんて楽しい。タダの航空券はうれしい。スケッチは楽しい。それを、又々ブログに載せるなあんて・・・・なんてうれしいことでしょう。下は溶岩の観察ポイント
Kagosima_002
皆様、たくさんコメント頂きながらお返事をせず、失礼いたしました。お許しくださいませ。
それに、嬉しいことが、又一つ。ブロ朋、「プラムさん」が大きく、この、ももりメを取りあげて下さってまして、沢山の反響を頂いています。そちらへもゼヒゼヒ(No476)http://yamasakuran.seesaa.net/article/29181072.html#comment

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年12月 9日 (土)

[コレリ大尉のマンドリン] 読みました

Burogu_003
 敬愛するブロ朋、「プラム」さんとおしゃべりして興味を持ち、読み始めました。映画にもなったそうですが映画は知りません。ひさしぶりに薫り高い文芸作品を読み終えたって満足です。舞台は第二次世界大戦下の、ギリシャのイタリア側の島、ケファロニア島です。イタリア、ドイツ、日本は3国同盟を結んで、米、英、仏などと戦っています。イタリアは最初から負け続け、ムッソリーニは密かに裏取引して戦争を終わらせようとしています。ムッソリーニの背信に怒ったヒットラーは、ナチス軍を島へ送り、イタリア軍を爆撃。罪も無い島の住民にも餓え、狂気、暴力が襲い、島中は秩序と平静を失って無政府状態になっています。イタリア兵は集められ、大量殺戮されました。イタリア軍のコレリ大尉と島の娘、ペラギアのラヴロマンスを立て軸に、戦争の惨禍を横軸に物語は進んでいきます。誰もかも無責任。パラノイアの狂った指導者、裏切り、変節、その中でも、続く硬い友情と愛。戦争が終わると、今度は内戦状態になって不幸が続くギリシャ。そして更に1953年の大地震・・・
Burogu_001
ギリシャ神話の神々は、愛するにも、憎むにも歯止めって言うものがありません。今風のモラルでは律することが出来ない野生の自然児たちですが、この島の住人の、神々の子孫の天性ともいうべき野生こそは、この文学の魅力でしょう。スケッチはシシリー島。 ギリシャは先だって旅してきたところですが、この本を読むかぎりでは、シシリー島の方が似ていそうです。11月29日のブログ「映画 ブーベの恋人」もまさしくこの時がテーマでした。古い映画では「ナバロンの要塞」とか、やはり第2次大戦下のギリシャが舞台でしたね。グレゴリー・ペックとアンソニー・クインが出てるんです。ゼヒゼヒ・・・(No475)
コレリ大尉のマンドリンは  http://www.movies.co.jp/corellis/
「ナバロンの要塞」は
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/5710/guns-navarone.html

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年12月 8日 (金)

ふるさとは・・・

Kyoto_003
月に2度、丹波の園部町へ通っています。園部はももりが4才から二十才過ぎまでを過した田舎の町で、城下町です。「アトリエ桃源」教室に行くのですが、丘を一つ越えます。この道は・・・いつも歩いた道。狭かった林の中の道は、コンクリートで舗装されていますが・・・でも、道すがら、山ぶどうや、冬いちご、サンキライの赤い実や、茨の実もいっぱいなっています。春にはわらびやつくし、あざみも咲いています。この坂は兄達が、雪が降ると竹やぶから竹を切り出し、半分に割り、焚き火で先を曲げて・・・手製のスキーで悪がき連中と、一日中遊び呆けた坂。そう、いつも、ご近所から苦情を言われてました。駅への道でしたので「あんなコッテンコッテンにピッカピッカにされたら、滑って駅に行かれへん」って。上の兄は、もう逝き、2番目の兄もちょっと病気がち。なんとも、ダイナミックだった悪がきたちでした。(No474)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年12月 3日 (日)

森の妖精

004
 嵯峨野、常寂光寺のとなり、「アイトワ」は人形作家、森小夜子氏の工房で、喫茶室、展示室です。ももりの方は、作家のお顔を存知あげていますが、むこう様は、もちろん知ってはくださってない。それなのに、何故、嵯峨野へ行くと、フラリと立ち寄ってコーヒーとケーキを頂くかっていうと、小さなわけがあるのです。もう、10年以上前だったでしょうか。広島の友人を案内して、嵯峨野を歩いていた時、友人の一人がひどい靴擦れになりました。「ちょっと、休みましょう」ということで、喫茶室に入り、一服。そして、窮状を見てサンダルを頂きました。「もう、返していただかなくって結構です」ということでした。その時以来、ほんのりとその作家に恋をした???同性からみても、お人形のように、妖精のようにステキな森小夜子氏です。(No473)アイトワへは下からどうぞ
Nisikamo_004_1


http://www2.plala.or.jp/Machami/aightowa/tayori.htm

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2006年12月 2日 (土)

平安の都にて

015
京都アスニーに大きな平安京の模型があります。六波羅にあったという清盛の子供の頃の屋敷とか、後白川上皇が通った祇園女御の古社とか・・・祇園女御は、清盛の母になった女性で、後白川上皇の囲い女だったとか???
後、清盛の父、忠盛に下げ渡され・・・だからぁ・・・下げ渡された女御のお腹には、もうすでに、上皇のお胤が・・・つまりぃ、清盛は後白河上皇の落とし胤だとかいう・・・なんかそんな筋だったおぼろげな記憶は、吉川英次「新平家物語」・・・間違ってたらお許しを・・・平安時代、京都の東端は、今の寺町筋だったそうで、今一番の繁華街、河原町筋はまだ、暴れ加茂川の河川敷です。大体、河原町という町はどこの土地でも新しく開かれた区域でしょう。だって、いつ氾濫するかわからない危険な土地に住み着くのは、常に流れ込んできた貧民でしょうから。今、そこにお住まいのお方は、どうぞ失礼をお許し下さい。何しろ、もう1000年ほども前のお話です。スケッチは平清盛・・鎌倉仏師運慶の作ですって。下は六波羅密寺。六波羅密寺は東山五条のあたりです(No474)
Nisikamo_002_2


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 1日 (金)

枯れ葉よ・・

017
日毎に秋は更けていく・・・次の展覧会は、来年の3月。だからちょっとフリーな気分を楽しんでいるこの頃、やっぱりもう京都に狎れた。お昼すぎから、無目的に自転車でフラフラ。昨日は、図書館と友人の個展と漫画博物館へフロフロ。息子たちが漫画を読むのは嫌やったなあ。本大好きなももりですが・・・どうも、漫画って・・・お目当ての手塚治の「旧約聖書」は無かったので「アメリカの歴史」を読んできました。わかりやすいし、手っ取り早いけど、何か物足りないなあ。今、ジョージ秋山の「旧約聖書」を読んでいまして、漫画家がいかに優秀で論理的な頭脳の持ち主かということに驚いています。「三国志」も横山光輝で始めて最後まで読めたし・・・でも、やっぱり、活字がええなあ。例えば・・・活字で描かれた絶世の美女がこんなのかって、漫画で突きつけられると途端にがっかり。映画だって、それは同じですけど。活字でわきあがるイメージでは、限りなく、もっともっと美しいんだから。図書館で借りてきた「コレリ大尉のマンドリン」を読み始めました。やっぱり活字がいい。活字とコーヒーがあれば・・もう、何にもいらな・・・いえいえ、ちょっと小さな甘ーいケーキとか・・・すっかり陽の落ちた枯れ葉舞う道を・・・秋も、もう、終・わ・り・・・スケッチは祇王寺(No473)
018

| | コメント (12) | トラックバック (0)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »