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2006年9月24日 (日)

絵さがし

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自分さがしに、とか言ってた人いたよなあ。もう、この年で自分を探すってことはないけど、絵は探します。まあ、ネタきれ。なんか、描きたいものないかなあ。しばらくブログお休みします。皆さま、お変わりなく・・・絵はガラス絵(No427)

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2006年9月23日 (土)

心配な子供たち

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 時おり、太鼓の音やピーっと笛の音が聞こえます。近くの小学校で運動会をやってるらしい。私たちの子供時代って遊び呆けてなあ、って思います。最近、子供達が、犬の群れみたいに走り回って遊ぶ姿を見かけません。たまに、子供達が群れているのを見かけても、みんなの視線の先にはゲームが。やっぱり、子供達はダイナミックに群れて走り回らなくっちゃなくっちゃ。先日、TVでシュワルツネッガー知事のブレーンのナントカ氏が、大気汚染の原因は車だ、と、大手の自動車産業を訴えた、と言っていました。そのうちに「任天堂が子供をダメにした」と訴訟ってことにならないかと心配です。これから、ももりはたくましく働いている娘っ子を描こうかなあと思っていますが・・・あんまり日本には無い風景かも???。絵はガラス絵(No426)

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2006年9月22日 (金)

あはれ秋風よ 心あらば伝えてよ

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秋風に誘われて、ちょっとお散歩。あまりにも暑かった夏に負けて、家の中ばっかりに閉じこもっていた今年の夏。やっぱり歩いてみるといいなあ。酔芙蓉がみごとに咲いていたり、彼岸花もホラホラと見られます。お盆の底みたいな中京に住んで、近くに散歩道がありません。運動とダイエットをかねて二条城へと半時間くらい歩いてみました。でも、自然に足はお友達の喫茶店へ向かって、結局はコーヒーとケーキ。近くにお友達がいるとダイエットは無理みたい。二条公園の西「アンデルセン」は手作りケーキと引き挽き立てのコーヒーがイチ押し。オーナーは無農薬にこだわっています。「アンデルセン」のブログは下・・・(No425)
http://miyako-wata.cocolog-nifty.com/blog/

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2006年9月21日 (木)

個人的には麻生さん

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党費も払ってないし、自民党員でもない。でも、個人的には麻生さんやなあ。これから、野党、マスコミ、みんな寄ってたかってつぶしにかかるんでしょう。でも、若い人は育てなきゃ。その点、小泉はんはしたたかやったなあ。たたかれても、突かれてもシャラッとこたえへん。どうぞ、したたかに耐えて、この古靴みたいに頑張ってください。(No424)

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2006年9月20日 (水)

転身 ニューヨーカーから僧侶へ

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新しく出版されたこの本、 杉本隆文著 「新米僧侶のオキラク 遍路の旅」牧歌舎です。彼にはNYでスッカリお世話になりました。1990年、1年半先の個展の下調べにNYへ行った時から、マネージャーとして個展のお世話が終わるまでです。当時は、ジャパンマネーがカーネギーホールなど、NYを代表するビルを買い占しめてしまうのではないかと恐れられた時代、NYがジャパンマネーにのっとられるのではないかと、センセーショナルに騒がれていました。日本はバブル。その頃、NYで個展をしないかというお話が、この、貧乏絵描きのももりに舞い込みました。月のカケラがポトリッと手のひらに落ちるように。若かったし、冒険もしてみたかった。ゼヒにと後押ししてくださったえらあいお坊様もいらして、心配はなさそうだし・・・その顛末はHPに書いていますのでここでは省略します。いよいよ、個展、NYソーホーで一番美しいと言われた555ビル。ブロードウエー、プリンスとスプリングの間です。そこで二人目の展覧会です。当時は空前の美術ブーム。ビルを買い取った日本人オーナー社長は、全館アートで、という方針だったのです。社長の「面白いじゃないか」という一言で個展はOK.その時のマネージャーが彼、杉本氏だったのです。彼は社長秘書から、美術トレーダーになろうとしている若者でした。NYの個展は、一躍有名にもならず、大して売れもせず、面白い経験でしたっていう程度の結果でチョン。その後、彼が帰国されたことは聞いていましたが、今回、新米僧侶になってらして、お遍路のビギナー向きの本を出されたのです。現在、ソーホーの555ビルは地階に画廊と事務所があり、社長の娘さんがあとを継いでいらっしゃるんですって。バブルって、みんなが悪いことばっかりだったように言うけど、あれで、トクした人間だって一杯いるはず。そう、このももりメも、ネ。結局、お金持ちにはならなかったあから、株にも手は出さなかったし、バブルがはじけたって思い出ってヤツは消えないんだから・・・でも、みんな、若かったなあ!!!(No423)

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2006年9月19日 (火)

京都の古い画材店 彩雲堂

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ああら おかみさん ごめんなさい。おかみさんが切れちゃった。すみません。京都姉小路麩屋町にある、ももりのイチ押しのお店です。昔のままの店内も、絵の具も、と言うのがうれしい。もう、ぉ付き合いは30年・・・くらいでしょうか。旅に出る時はこのお店の16色のセット絵の具を持っていきます。とも角、色が綺麗で失敗がありません。4300円。行く先によって無くなる色が変わります。シルクロードへ行ったときは、黄土や藤黄がスッカリ無くなりましたし、イタリアなんか、屋根が赤いところを旅すると、朱や臙脂がなくなります。スイスでは緑・・・あ・あ・あ・・この絵の具を持って旅に出たい。後ろの扁額は鉄斎が書いたもの。やっぱりいいなあ。(No422)
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2006年9月18日 (月)

我が家の釣りキチ君のハッピーなHP

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我が家の釣りキチ君のハッピーなページがいよいよ立ち上がりました。根気よく釣り上げたばかりの生きている釣魚の写真を集めるのに楽しい苦労をした様子。自分で描いたイラストがタップリ。それに彼は、社寺建築の大工、包丁裁きはお手のもの。お料理だってしてくれますよ。食べる以上は釣ってこない、絶対ゴミは残さないという釣り人です。ページへぜひどうぞ。子供の時、お勉強が・・・なあんて怒って悪かったねえ 。イラストが特にメ。エビ撒き釣りって?ページの基本テクニックをクリックするとかわいいイラストが一杯。こんな夢みたいな世界があのおっさんの頭の中に広がっているなんて、し・ら・な・か・った・・・・・(No421)
http://hetareebimakishi.hp.infoseek.co.jp/

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2006年9月17日 (日)

アトリエ桃源展 会場便り-5

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お仲間のNさんの絵です。「チュラ海水族館」って言う沖縄の水族館の絵ですって。彼女は天真爛漫。子供のまんまみたいなお人柄です。絵も子供のように自然でていねいで、そしてどこか幼く、それが魅力です。障害児の教育に携わってらっしゃる超多忙のお方ですのに40号、水彩としては大作です。昨日アップしたSさんの抽象画が人気です。特に、女性にはネ。男の人ってガッチリ写実って人が多い。そこへいくと、おんなの人が抽象へ入るのは早い。これって、スカートやカーテンの柄なんかで、きれいな模様を見なれてるからかもしれません。男性は家族を守って現実を凝視するっていう悲しい??イエイエ大変立派な習性が身に付いてしまっていて、絵だけ急に抽象にはなれないのかもしれへんなあ。桃源展は今日が最後。見てくださいました多くの方々に心よりお礼申し上げます(No420)

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2006年9月16日 (土)

アトリエ桃源展 会場便り-4

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絵はお仲間のSさんの作品です。彼女は音楽家です。音楽って最高の抽象芸術です。音楽家で画家と言う人は結構多くて、クレー、カンディンスキーなどは有名です。知り合いの絵描きには音楽キチがとても多いです。この「抽象」って言う言葉を誰が最初に使い始めたのか知りませんが、良い訳語とはいえないでしょう。「抽象」って何ですか、って聞かれて、きれいに説明が出来ません。音楽は物や事柄、例えば森の風景や、戦争、愛、苦しみ、それら形の無いものを音で表現します。抽象絵画は宙なる象(そらなるかたち)とでも、言えばよいのでしょうか。形のないものを絵にしたとでも言えばよいのでしょうか。”Abustract”の訳語だと思います。彼女のこの絵は、シューマンの「森の情景」ですって。(No419)

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2006年9月15日 (金)

アトリエ桃源展 会場便り-3

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どうですか、この大らかな美しい絵。お仲間のMさんの作品です。絵って、きっと、もう既にその人の中にある。習わなくても、ちゃあんとその人の中にあるんです。夏目漱石に「夢十夜」という短編があります。見た夢を十話にしているのですが、その中にこんなのがあります。
 ある日、漱石先生は、仏師運慶が護国寺の山門でお仁王を刻んでおるという話を聞きましてでかけます。もう、人だかりがしていて、その中で運慶は一心に彫っておりました。見ていますと実に的確で無駄なノミを振るうっていうことがありません。パッパッと木屑が飛んで鼻が刻まれ、次のひとノミで鼻の穴が・・・「ウーン・・・何ともさすが名人は・・」とうなっておりますと、横に居た車夫が言いました。「なあに、あんなのは難しくはねえ。木の中に
仏様は、もう始めからおって、それを掘り出しているだけだ」
 車夫とは、当時は決してよい職業じゃありません。下賎の車夫が漱石先生をうならせたというのです。
このお話は絵にも通じます。絵は、きっとその人の中に既にある。それを、掘り出すだけ。絵なんて、決して上手になったり、下手だと悲観したりするモンじゃあないと思います。美しいのが好きな人は、自然に美しく描きますし、激しいのが好きな人は激しい絵を描きます。それを、無理やりに曲げないように・・・つまりは、殆ど指導なんかはしないってのがアトリエ桃源です。(No418)

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2006年9月14日 (木)

アトリエ桃源展 会場便り-2

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会場では、いろんな素晴らしい出会いがあります。昨日はブログでお話していたhitohaさんが来て下さいました。本当に素敵なお方でした。hitohaさんは、朗読をなさっています。eブックランド社のお話Podでも、朗読をなさっています。  http://www.ohanashipod.jp/index.html
写真はhitohaさんの、次回の催し物のパンフレットです。hitohaさんのHPもとってもス・テ・キ。ゼヒゼヒ見てください。朗読って、特に詩なんかは活字なんかない頃、みんな朗読をして発表したのでしょう。ローマ時代を描いた「クオ・ヴァディス」だったか??宴会の最中詩人が立ち上がって詩を朗読しますし、暴君ネロは、もう自作の詩を発表したくて、発表したくてウズウズしてる。ゴ・メ・ン又、脱線しました。hitohaさんのアドレスは
http://www.h5.dion.ne.jp/~hitoha/
  (No417)

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2006年9月13日 (水)

アトリエ桃源展 会場便り

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グループ展って言うのは本当に楽しいです。お友達のお友達は皆友達だって感じで、和気藹々と進行中です。教室ではいつも言ってるんですけど「激しい人はより激しく、神経質な人はよりナーヴァスに、攻撃的な人はいっそう攻撃的に、優しい人はよりうっとりとロマンチックに」って。未だ初心者ばかりなんですけど、「作家は処女作に帰る」って言います。初期の頃の絵ほど、その人らしい絵なんです。お仲間の純粋な、誠実な、美しい絵を見ていて、ももりは心が洗われる思いです。展覧会や売るという行為を伴った絵の、アクの強い理屈っぽさや自己主張の必要性が自分自身に対して、もう、うんざり。先日までの暑さも、今日はすっかり秋ムード。どうぞ、皆様、お寄りください。(No416)

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2006年9月12日 (火)

アトリエ桃源展 今日から

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ジャァァーーン!!! ちょっと昔のべっぴんさん大集合、なあんて、誰ですか???昨日飾りつけをしてきた会場でのお仲間の写真です。肝心の絵の方は???それは会場で見てくださいませ。当方としてはゴッツイ自信をもっていますよ。ももりは原則として、木、土は会場には行けません。他の日には出来るだけ顔を出すつもりです。(No415)

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2006年9月11日 (月)

映画 ユナイテッド93

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9,11テロのあの、9月11日、ニューヨークのツインタワーが崩壊した。他にもう1機、アメリカ国防総省、ペンタゴンに突っ込んだ一機があり、更にもう1機、目的地ワシントンへ向かいながら目的を果たせなかった1機があった。それが「ユナイテッド93」ワシントンへ向かったが墜落。乗客乗員44名は全員死亡。もし、ハイジャックが成功していたらワシントンでは、ホワイトハウスが攻撃の対象であったと推察される。ゲートをなんなく通過し、機に乗り込んでしまった犯人たち4人。全員若い。何の不安もなく平和にフライトを楽しんでいる乗客、乗員四十名の運命は暗転する。実にあっけなく無防備なのだ。「アッラーアクバル」と唱えながら、自らの不安と戦う犯人たち。ハイジャックを知った管制塔の混乱と錯綜する軍や諸方への手配、その内に管制塔内のTVにツインタワーに突っ込む2機の映像が大写しになり、初めて事態の深刻さに息をのむ人々、場面の展開は速く、説得力があって見る方も息をのむ。携帯電話で家族にかけた電話の聞き取りからこの映画は構成されているという。やがて、パイロットも副操縦士も殺され機内は卑劣な犯人に制圧される。「アッラーアクバル アッラーアクバル」とつぶやく犯人たちの呪文のような声がBGMのように低く流れる中、絶望のふちにあって人は何をしたのか。ショーもないハリウッドの娯楽映画に辟易して、食指が動かなかったももりにも、久しぶりに見ごたえがある映画でした.スケッチはNY、国連ビル(No414)

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2006年9月10日 (日)

アトリエ桃源展

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火曜日から、「アトリエ 桃源展」です。場所は京都 寺町三条上がる 「ギャラリー カト」
                       時間 11;00カラ6:00まで。  (最終日 5:00)
園部でアトリエ桃源というサークルが「オギャアー」と産声を上げて、はや7年目に入りました。2年ごとにやってきたグループ展も、3回目です。皆さん個性的で素朴な、夢いっぱいの作品が並ぶでしょう。おついでがあればゼヒゼヒ。楽しいお仲間ばっかりで、ももりは幸せです。(No413)

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2006年9月 9日 (土)

海行かば

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「海行かば 水漬く屍 山行かば 草むす屍 大皇の 辺のこそ死なめ 顧みはせじ 」
右翼の宣伝カーが大音量でこの音楽を流していきます。この歌は大伴連(大伴のむらじ)万葉集巻18の歌です。右翼は嫌いだけど、このお歌は嫌いじゃあありません。命をかけて国を守った兵士の歌でしょう。万葉集は多くの、天皇やその后、皇太子のお歌を載せています。勿論防人や、庶民の悲痛な声も。書道の道連れにいくつかに触れました。大らかなたくましい、すばらしいお歌が多いです。絵の歌は大伴の家持の歌、彼は酒飲みです。まあ、ざっとこんな調子です。
しょうもないこと思おてるくらいなら 一杯のお酒なと お飲みいな
お酒の名を 聖と言うてたよなあ 昔の人は ええこと言うてたやないの
いにしえの 賢い人かって 欲しかったんは お酒やでえ
あれえ??万葉人は京都弁???(No412)

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2006年9月 8日 (金)

2000年近く続いた朝廷

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皇室っていうと軍国主義って言い出す人も多いけど、日本の朝廷が、2000年近く続いたって事は、日本人が世界から比べるとの本質的には平和を愛する民族だって言うことのヒントにはならないでしょうか。ちなみに、フランスはルイ16C,王妃、マリー・アントワネットを1793年に革命でギロチンに、イギリスも、1649年にチャールズがクロムウエルに処刑されています。中国なんか、古い王朝は徹底的に殺しまくって、新王朝が興る。ほとんどが、300年くらいしかもちません。ロシア、ロマノフ王朝はシベリアへ移送中、民家で家族7名銃殺。ほか、ギリシャ、イタリアなど多くの国は国王の亡命、事実上は追放で終わっています。イギリスはまあ、別の家系で繋がったみたい。オランダは女王様がいますよね。ノミみたいな知識ですけど、やっぱり、日本人が、あの織田信長でさえ、天皇は殺さなかったということをもう一度、考えてもいいんじゃないんでしょうか。 
 絵の横の文字は万葉集、原文のままです。「香具山と耳梨山と会いしとき、立ちて見に来しいなみ国原」、中兄上王子のお歌です。中大兄王は後の天智天皇、斉明天皇の皇子です。万葉集についてのノミみたいな知識ですが、確か、大和朝廷の建国神話だったと思います。酒徒善人さんのブログに大和朝廷の大らかな一こまが出ていますよ。(No411)

「名歌鑑賞」前川佐美雄 社会思想社  によると、冒頭のこのお歌には長歌があり、
「香具山は畝傍を愛し(おし)と 耳梨と 相争いひき 神代より かくなるらし 古も 然なれこそ うつそみも 嬬を争ふらしき」とあって、これが天智天皇と天武天皇が額田王を取り合って争ったという壬申の乱につながるんじゃあなかったっけ??このお歌の意味は「香具山と耳梨山とが会戦した時、出雲の国を立ち出て、阿菩大神が見に来たというここはその印南国原であることよ」という意味だそうです。阿菩大神は戦いを仲裁するために出雲を出てきましたが、播磨の国まで来た頃に戦いは終わっていたので、大和まで行く必要が無くなったという風土記の伝説を取り込んでいるんですって。印南国原は、高砂市から明石市のあたりの土地だそうです。いいなあ。こんな優雅な伝説を持ってるって、素晴らしいことだと思いませんか??

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2006年9月 7日 (木)

ホンワーカ笑顔が素晴らしい

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日本中がホーンワカとおめでたムードなのは、なんともうれしいです。紀子様のあの笑顔が魅力的なんですね。お子様たちも本当におっとりした素朴な「おじょうちゃん」です。京都弁では「お嬢様」と言うのとニュアンスがちょっとちがうんです。絵は雄略天皇の歌を書いています。万葉集第1巻の冒頭のお歌です。「こもよ みこもち ふくしもよ ・・・菜摘ますこ みふくしもち・・・名のらさね」ちょっとももりには難しすぎるんですけど「娘さん、そこの可愛い娘さん この丘で菜をつんでるのですね・・あなたのお名前は??教えてください、家はどこ??教えてください・・・この大空の下の大和の国はわたしの国、私こそはあなたの背・・・家をも名前をも・・・」雄大な大らかなお歌です。昨日の映画の話は、又々、殺伐とするからいずれ後ほど・・・(No410)

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2006年9月 6日 (水)

映画 ユナイテッド93

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紀子さま。男子親王様ご誕生。なんてうれしいことでしょう。もっともっと生んでください。ももりだって、今から思えば、育児も誰かが手伝ってくれて、お金もなんとかなるなら1ダースくらいは生みたかったなあ。マリア・テレジアは16人生みました。10人だけが成人したみたいだけど。学校の成績なんか関係ないっ。質より量でいきましょう。育児だって真面目に生きてたら、そんなに、取り越し苦労して心配すること無いって。なあんて、無責任と怒られそう。皆様、紀子様のお祝い記事でしょうから、ももりは映画「ユナイテッド93」イエイエ、やっぱり、明日にしましょう。(No409)

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2006年9月 5日 (火)

日本水彩展 京都市美術館別館

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今日から、京都市美術館別館にて
1F 日本水彩京都展  6月に東京都美術館であった展覧会の巡回展。代表作のみ。
2F 日本水彩関西支部展 京都、奈良、大阪、兵庫、和歌山、香川などの支部の日本水彩で学んでいる人たちの作品展です。
どうぞ、お時間があればお出かけください。ももりは、東京に出したのをそのまま展示しています。ト・ホ・ホ・・・
このところちょっと低調で・・・自分でも、あんまりうれしくない。まあ、続けることに意義があるっか???苦しんでいます。今日午前会場当番。会場におります。(No408)

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2006年9月 4日 (月)

映画 ガーダ パレスチナの詩

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新聞を見て行ってきました。イスラエル占領下のパレスチナを報告したドキュメンタリーです。イスラエル、パレスチナ・・その歴史的背景とか、政治的な背景とかほとんど知らないももりです。でも、映画は一方的な政治臭は無く、イスラエル戦車に自由を奪われた民衆の生活を丹念に撮っています。監督、古居みずえは、難病に襲われ、一時は歩くこともできなかったのを、奇跡的に回復。一転ジャーナリストに転進した女性だといいます。映画は、通訳をしたガーダという若い女性を中心に構成されるドキュメンタリーで、結婚から出産、やがて、ジャーナリストとして、イスラエルに占領される以前のパレスチナを記録しようと言う女性に成長していくさまを、密着して取材しています。この地のことはあまりにも知りません。単調な歌がずーっと流れるパレスチナの民衆はもう、何世紀も前と同じ生活のようで、旧約聖書を思い出しました。ある夜、神がアブラハムに言います。「この土地をおまえにあげる。お前の子孫は空の星のように増えるだろう」でも、その土地にはペリシテ人が住んでいたのです。人の土地を勝手にユダヤ人に上げるって約束をする神って・・・そう言えば、旧約聖書に出てくるペリシテ人はパレスチナ人のことだとか、確かにどっかで読んだなあ。絵は平和が心からうれしい日本(No407)

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2006年9月 3日 (日)

お片づけ

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整理整頓っていう才能が欲しい。すぐに本や紙きれがウジャウジャと机の周りを占領する。片付けた途端に「さっき、ここにあったやん」って探し始める。どうしたら、スカッと整理できるんやろ??これは、頭の中も同じ状態です。息子たちも忘れ物チャンピオンでしたから、遺伝的資質かもしれません。でも、ブログを始めて、ちょっと書くために確認するようになった・・・例えば、先日来の「フランスなんか、すぐ、ドイツに降参したくせに戦勝国っていばるな」っていうのを書くために、何年何月に降伏したとか確認するのです。これが、実に良い復習になっています。朦朧としたカオス状態の雑然の中から、結構立体的に見えてくる・・・???なあんて、一人ホクホク喜んで・・・さあ、明日も、何か書きましょう。スケッチはパリ(No406)

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2006年9月 2日 (土)

BS 新平家物語

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おとつい、BSで映画「新平家物語」、とっても、楽しく見ました。吉川英次の原作、読んだんですねえ。もうあんまり覚えてはいないんだけど。結婚して、亭主の本棚に並んでた12巻。それまで、大体、ももりはまげ物が嫌い。外国の名作とかを読んで、うっとりっていうのが好みで、ちょんまげがついてると、何だか泥臭いような気がして、食指が動かなかった。でも、子供を生んで、おっぱいをあげてる頃、何となしに手元の亭主の本を読みはじめたんです。授乳の時間になると、ドンと本を置く。赤ん坊は、おっぱいを飲んで、もう、とっくに終わってるのに、面白くて止められない。チュクチュクと半分眠りながら、まだ、おっぱいに吸い付いてる。そんな、なんともフラチな母親でした。この映画は、京都で作られたんでしょう。セットや時代考証がとても、面白く、「あああ、あれはあそこで撮影したんやな」っていう場面もチラホラ。エキストラをふんだんに使って、日本映画の黄金時代の作品ですねえ。吉川英次は戦後、JHQから皇国史観で、槍玉にあげられ、筆禍のつらい時があったと記憶しています。天皇を賛美したというんでしょうか。ちょっと、本棚から出して、パラパラ見てみたんですけど、なんとも、美文・・・格調高く見事です。清盛の屋敷は六波羅、たしか、今の動物園のあたりだったと思うんだけど・・・(No405)

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2006年9月 1日 (金)

映画 パリは燃えているか

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昨日、映画「パリの空の下セーヌは流れる」ってのを書いたんですけれども、パリが燃えなかったことについては、パリを占領したドイツ軍指揮官、フォン・コルテッツ将軍のことを思い出したいものです。第2次世界大戦、フランスはあっという間にドイツに負けました。1940年5月10日オランダ、ベルギーを通過してドイツはフランスに攻め寄せます。オランダ、ベルギーは降伏。5月末には、フランス北部に40万の兵士がドイツ軍に包囲されます。そのイギリス兵とフランス兵の救出を宣言したのがチャーチル。映画「ダンケルク」はその時の救出作戦を取り上げて感動的です。あらゆる船が動員され、漁船、ヨット、はては個人のボートまでが、ドイツ軍の爆撃下のド-バー海峡を越えて、イギリスへ脱出させたのです。フランスは、その年の6月14日には北半分をドイツに占領され、南半分は自治をみとめられますが、ドイツ軍の占領費用はフランス持ち、ペタン政府という傀儡政権ができます。ド・ゴールはロンドンに逃亡。パリは4年間ドイツ軍に占領されます。連合国軍がパリを開放したのは1944年8月25日。市内のドイツ軍は、立場が代わって追われる側です。その頃ヒットラーは、もう、神経衰弱状態で、きつい睡眠薬を飲んでも眠れないという状態でした。「パリは燃えているか」ヒットラーの電報がきます。しかし、コルテッツ将軍はパリに火をかけることなく、その夜、降伏しました。危ういところでパリは崩壊をまぬがれたのです。民衆が、捕虜となったドイツ兵につばを吐きかけます。勿論コルテッツにも。その時一人の少女がコルテッツの前に出て「パリを守ったのはこの人です」と叫んだ映画があったけど・・・なんていう映画やったんかいなあ??ももりがフランスのことを時々悪口を言っているのは、フランスが戦勝国って言うのには「すぐ負けたくせに、イギリスに勝たしてもろたくせに、ええんかいな??」っていう思いがあるんです。平和、平和って言ってるけど、武器もすごく売ってるし・・・まああ、そのしたたかさをチョッとは見習ったほうが・・ええんかも??スケッチはパリ(No404)

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