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2006年8月31日 (木)

パリの空の下セーヌは流れる

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映画「パリの空の下セーヌは流れる」を、日曜日に見てきました。京都アスニーの月イチの名画鑑賞会です。無料ってのがうれしい。
映画は監督ジュリアン・デュビビエと言ったらもう、そりゃあ、これぞ、フランス映画っていう感じの名作です。「舞踏会の手帳」という絶品も同じくデュビビエ。1951年に製作されています。アメリカ映画が善玉、悪玉をはっきりさせてハッピーエンドが好きなのにたいして、フランス映画は、終わりがボーンヤリ。後からじっくり考えるって感じ。この映画も無関係な主人公が複数出てきて、一見何の関係も無くオムニバスのように時が過ぎていきます。うぶなポット出の田舎娘、変質男、労働者、絵描き、宝くじ・・・最後はさかなにバカにされているのんびり魚釣り男の目に、セーヌ川に流れてくる死体・・・納得できない終わり方です。いろいろいるよなあ、人間って。人生って理不尽やなあ。
ひとはさんのブログに映画「対馬丸  さようなら沖縄」という記事がありました。ももりも見てみたいです。
第二次世界大戦時、沖縄の那覇では、毎日のように空襲を受け、子供達を本土へ租界させようということなります。真っ暗な闇夜、機雷に触れて轟音とともに3度・・・船は10分で沈み、子供達は・・・
http://www.cinemawork.co.jp/cwhp/list/tsushimamaru.htm

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2006年8月30日 (水)

あはれ ことしの夏も・・・

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 昨日丹波のお山へ。かぼちゃの蔓をたくり、きゅうりも引っこ抜いて、もう、夏は終わり。バッサリ切りとった大きな一輪咲きのひまわりの、たくましい切り口から小さな茎がのびて、花が4つ5つ咲いていて、生き物のいじらしさに感動しました。それにしても、雑草の旺盛な生命力よ。圧倒されっぱなしです。もう、手が付けられへん。今朝は久しぶりに少し涼しくクーラーがいりません。今夏、すっかり暑さに負けてしまって、なあんにも出来なかった。泳がなかったし、旅行もしなかったし、絵も・・・あんまり・・・年かなあ。ブログは別だよ。(No402)

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2006年8月28日 (月)

まりつき歌 その後

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以前手まり歌のこと書きましたね。その時nyar-nyarさんからとても楽しい歌を教えていただきました。そのあとも、思い出して送ってくださったかぞえ歌があまりステキなので、ここでご紹介しましょう。お母様が歌ってらしたとコメントもただいています。母って本当にいつまでたってもいいものです。ももりの母が亡くなって、もう10年・・・それにしても、nyar-nyarさんの記憶力にカンパーーイ!!

♪一番初めは一の宮~、二は日光の東照宮~、三は佐倉の宗五郎、四又四国の金比羅さん、五つ出雲の大社、六ぅっつ村々鎮守様、七つ成田の不動様、八ぁっつ八幡の八幡宮、九つ高野の弘法様、十(とぉ)は東京の詔魂社(字が違うかも、しょうこんしゃ)=今話題の靖国神社の事です
ね、素晴らしいじゃありませんか(No401)

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2006年8月27日 (日)

鼻薬

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小泉はんの靖国参拝。「反対」というニュアンスのコメントをいくつか頂きました。ももりがどちらかというと賛成なのは、「日本が貧しいという時代もやがて来る」と思うからです。早かれ遅かれ、ODAで黙っていただくってわけにはいかない日がくるでしょう。あちらさんの方がお金持ちって言う日がくるまでに、日本にまだ余裕がある間にもっとあちらさんに言うべきことを言っといたほうがいいと思うからです。目先の摩擦を鼻薬でごまかすのは、問題の先送りするだけです。ポッポに入れたら「もっと・・もっと・・」っていう相手なんですから。(No400)

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2006年8月26日 (土)

「荻須高徳」展 神戸市立小磯記念美術館

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「荻須高徳」展の続きです。荻須が生まれたのは1901年、東京美術学校(今の東京芸大)を卒業してパリに渡ったのが1927年。1927年といえば、エコール・ド・パリと呼ばれた芸術家たちが最も自由を自由を謳歌した時代。ピカソ47才と言えば、空気がわかるでしょう。ピカソ、ブラックがキュービスムを立ち上げたのが1906年。1910年にはカンディンスキーが抽象作品で世に出ています。そんな、熱い抽象の時代にパリへ出た荻須は、しかし、具象を離れることはありませんでした。第1次大戦から第二次大戦の狭間の、うらやましい時代にパリにいたのです。パリでも認められていましたが第二次大戦で帰国。しかし、1948年にはもうパリに帰っています。荻須の作品が年次順に展示されていて、やっぱり感じるのは、若い頃の作品が良いなあ。晩年になっては・・・うーん・・・売れない・・何とか世に出たいという鬱屈したエネルギーの凝縮こそがいい絵を作るとしたら???ももりはきっと、今がいい???なあんちゃって??
神戸市立小磯記念美術館は小磯良平のアトリエを移築したもの。いいなあ、こんなアトリエが持てて・・・ももりの倉庫みたいになってしまった部屋とはえらい違いやなあ。売れっ子絵描きって優雅なんや(No399)

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2006年8月25日 (金)

荻須高徳展  小磯記念美術館

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フラリと神戸へ。電車を3つ乗りかえて小遠足。川西から無人の六甲ライナーで美術館へ。着いた時は見学者はももり以外は一人か二人で、なんともゆったりした気持ちがうれしい。「いいなあ!!!素晴らしい。男の絵やなあ」ゆっくりと見ていく。パリの街、古い建物の壁、中でも、やっぱり凄いのが空の色。実に深い。空の色って苦労するんやなあ。空を空色に描いてるようじゃダメっていつも思いながら、なかなかこんな暗い緑の空とかは描けないもんだ。
 帰り無人の六甲ライナーでポートアイランドの終点まで乗って引き返したけど、余分の料金は不要。垂直に空を裁って稲妻が神戸港に落ちる。大きな大きな稲妻。帰ったら奈良は大雨で洪水もあったとか。スケッチブックを持ってなかったので、本の表紙の裏にスケッチ(No398)

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2006年8月24日 (木)

どっちでもないってのはいけないか

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 今朝の毎日新聞の投稿欄、激烈な言葉で小泉はんの靖国参拝避難を載せています。マスコミってどうしてこうなんやろ。賛成か?反対か??でも、ある部分、賛成、ある部分否定ってのこそが大事なことなんだ。国論を2分するなんて相手の術中にはまってしまうんだよ。まあ、そんなに日本人もバカではないと思うけど。でも、あの投稿、ありゃあ、まるで、出撃前の檄文だね。それにしても、先般からの重いテーマは、ももりがミーシャさんのブログに触発れて書いたのですけれど、真面目なコメントを沢山いただきました。ミーシャさんといい、他の方々といい、皆さん主婦のようです。主婦がカンカンガクガクこういうカッタアーイテーマを話し合うのが日本の平和には、一番だと思います。女の方が本能的に「守る」っていう動物的部分が強いと思うから・・男の方が攻撃的??なあんて・・・そんなん古いか??(No397)

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2006年8月23日 (水)

苦い青汁

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昨日一日逡巡・・・やっぱり中国のこと、書きたくありません。はっきり言って嫌いだからです。ももりが絵をやめて書にのめり込んだのは25才くらいだったでしょうか。漢文も古文もダイッ嫌いのももりが書を始めて、まず行きつまったのが漢詩。レ点やあの左下の1とか2とかの小さい数字。「なんじゃこりゃ??」ともかくこれではならじと「漢詩二百選」って本を丸暗記。それでも、それは効果抜群でした。次は書道史、やっぱり、歴史がわからないと書道史は理解できないと中国史・・それなりに・・独学です。図書館に「世界の教科書」というシリーズがあって、それをしっかり読み込みました。ヒドいもんですよ。日本の歴史教科書を批判されて、あのシリーズを読んだ日本人はいないのでしょうか。上の文は「人民中国」が読者の意見を募集したのに応じたものです。たしか、??周年記念とかでした。もう、本文はカンベンしてください。あの頃は、まだ、一生懸命中国を知りたいとあこがれてすらいたのです。でも、知れば知るほど嫌いになっていった歴史の国、ダメ押しはごく最近の文革です。最も象徴的な出来事でしょう。天皇家が営々と続いた日本とは本質的にちがう残酷さです。ひょっとして、戦争は終わったなんて思っているアマちゃんは日本人だけではないかと・・・暑い夏、すっかり寒くなりました。(No396)

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2006年8月21日 (月)

大地の子  山崎豊子

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暑い中、「大地の子」 文芸春秋 をじっくり読み直して過しました。以前、TVでドラマ化された頃に読んでいて、原作とここまで視点の違うドラマにしてしまって良いのだろうか、と疑問に思ったものです。中国と日本、この本の中で、山崎豊子は鄧平化の口を借りて「日本人はよくよくおめでたい人種だ」と軽蔑するように言います。「高い金を払って技術、品質管理のノウハウを買ったんだから・・・技術は中国、金は日本から出させればいい」と傲岸不遜に言い放ちます。この言葉は言いえて妙、ズバリでしょう。この本のきっかけになった訪中を1983年にしたと、山崎氏は「大地の子と私」文春文庫 の中で言っています。ももりが中国へ行ったのは、1982年。ウーン 一年も早く中国の地を踏みながら、片や、こんな大著が生まれ、こちらはもう記憶も霧の中。スケッチもカメラも禁止だらけだったので記憶装置の悪いももりは、もう、あんまり覚えてすらいない。盧溝橋も行きました。未だ、未開放地区だったのですが。その旅は毎日新聞旅行の「三国志の旅」というツアーで、当時、書道をやっていたももりは中国に興味を持ってイロイロ本を読んでいたのですが「もう、どうしても,この目で見なくっちゃ」という気持ちに駆り立てられるように一人参加ししたものです。文革の後10年近く、田んぼの中に「愚公移山」という大看板が未だ残っていました。それはひどい状態で、さすがのももりも、指輪がゴソゴソになって帰国したものです。HP 旅のスケッチ 海外編にも少しは載せています。明日からそのあたりのこと、少し書きたくなりました。
写真は1988年の「人民中国」 この月刊誌に山口桃里の投稿が取り上げられています。(No395)

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2006年8月20日 (日)

京都の地蔵盆

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 わたしの知人、結構、賢い人ですよ。彼女とのごく最近のある日の会話。彼女はももりより10歳若い。
「なんで、アメリカは日本に原爆落としたん??」
「戦争してたからやん」
「なんで、戦争したん??」
「そんな学校でなろてへんのん??」
「ゼーンゼン」尤も彼女だけが、習ってないっていうことかもしれないけど、ももりだって習わなかった。これは、絶対よくありません。
「あの戦争は日本が真珠湾攻撃して始まった戦争やでえ。戦争は殺し合いやなんから、そら爆弾ぐらい落とすやろ」
「なんで中国へ行って人殺したん・・」あ、あ、あ、・・・なんて無邪気なことよ。やっぱり教育がいけません。
今日は地蔵盆。我が家は町内のお役ですので、一日子供達とお遊び。ここ、中京の古い地域でも、この頃は一日だけになっています。以前は2日でした。もう、クーラーのあるお部屋になれた軟弱者には、路地を吹き抜ける熱風の中の一日はちょっとしんどい。どうぞ、あんまり暑くならないで(No394)

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2006年8月18日 (金)

靖国問題・・・

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靖国問題でいろいろコメントいただきました。戦後、周恩来が「戦後賠償を求めない。日本人も軍国主義の犠牲者なんだ」と言ったことが、今となっては、中国の永遠に続きそうな要求の原因になっているのではないでしょうか。経済ですっかり日本に遅れをとったのは、共産主義を奉じた中国自身の選択が原因です。日本から、ODAがいくら出されていたって中国人は知らされていないし、日本人すらも知らない。又、周恩来は捕虜に白いご飯を食べさせたといいます。中国人が雑穀を食べているのにね。そうして、共産主義は素晴らしいもんだと徹底的に洗脳して、日本へ送り返した。これ以上の完ぺきなオルグ活動はないでしょう。そして、進歩的文化人とか言って左傾化が、イコール知的レベルが高いように錯覚しました。日教組に教育を乗ったられた時期もあったでしょう。日教組が日本の教育になした害毒ははかりしれないと思います。一方、マスコミが殆ど左傾化していたにもかかわらず保守勢力が政権を持ち続けたことは、特筆すべきで、サイレント・マジョリティーの本能的ともいえる選択です。中国の文革の実態が知られるにつれ、日本人が醒めていったんだと思います。現代の中国指導者があんなにいやらしくなかったら、平和ボケ日本が醒めることはなかったのに。周恩来の遠大な骨抜き戦略に比べて、今は卑小です。今、「大地の子」読み直しています。涼しい部屋で残酷な戦争や文革の歴史を読むのは罪にはならないのでしょうか。絵は京都西陣の地蔵盆(No393)

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2006年8月16日 (水)

夏がこわい

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朝起きてすぐ丹波のお山へ。きゅうりととうがらしの収穫。お墓参りのはしごをして帰った。もう暑くって暑くってグロッキー。37度8分って言ってた。帰ったら、小泉はんが靖国参拝したって大騒ぎ。大体、マスコミが騒ぎすぎ。いい加減なごまかしでスルスリやってきたくせに、失礼!!自衛隊は軍隊じゃあないとか??みんな、うまく、ご都合主義でやってきたくせに、もうどうしようもない既成事実を掘り返して、やたらセセッこましいことを・・・なあんて言ったら、又、コワーイ書き込みされるかも??戦争は絶対いけない。でも、ウソはいけない。歴史を自分の都合の良いように変えて人ばっかり責めるってのも良くないよ。(No392)

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2006年8月15日 (火)

まりつき歌

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先日、まりつき歌のことを書き込みましたら素敵な書き込みをいただいていますので、ちょっと紹介いたしましょうnyar-nyarさんから
「イチ(1)レツランバン破裂して~~日露(2)戦争始まった~~サッサ(3)と逃げるはロシア兵~~死(4)んでも守るは日本兵~~(5)は忘れ~~7月8日の戦いは~~ハルピン(8)までも攻め入って~~クロパトキン(9)の首を取り~~東郷元帥(10)バンバンザイ~~
なんて素晴らしい。司馬遼太郎の「坂の上の雲」で東郷元帥、クロパトキン、しっかり読んだ覚えがあります。もうすっかり忘れてしまっていますが。それにしても、これがパソコンの面白いところですね。他にも
タムさんからは
「一ノ宮、にいさんがおしろい付けて紅つけて、お~るすり!」っていうのも教えてもらいました。「お~るすり」っていうのから、又、ちがう歌を思い出します。「おしゅーる、しゅるしゅるとんのお皿、おでんぶし、こでんぶしでんぶしかいのお皿」ってなんのことやらわけのわからない歌ですけど、これはたしかおじゃみ(お手玉)の歌です。その他にも「李鴻章のハナベッチャ・・・・後はぜんぶ忘れてますが・・・けっこう深刻に時代を映していたんですねえ。どうぞ、皆様、忘れてしまう前に、書き込みをしてくださいませ。待っています。(No391)

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2006年8月14日 (月)

負け慣れした大人

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昨夜のNK「日中戦争」を見ました。ヒットラーが蒋介石に売った武器で武装した中国兵と戦った日本。知らなかった。ヒットラーの背信行為と責めるには、あまりにアマちゃんの日本。ドイツは日本の友軍だと思っていたんだね。日独防共協定ってのがあったんだから。でも、わからなかったはずはないでしょう。目の前の蒋介石の兵士たちがドイツ製の鉄かぶとをかぶりチェコ製の銃で武装してたというんだから。しかも、ドイツ人の参謀が無統率の蒋介石の軍隊をたたきなおしともいう。ヒットラーが約束なんて守らないヤツだってことは世界中が知っていた。イギリスのチェンバレンもフランスのダラディエもすっかり騙されて、「もう、戦争は無い」って、帰国した舌の根も乾かぬ先から、平然とポーランドへ侵攻したんだもんねえ。そして日本の敗戦。島国日本は、初めて外国に負けた。白村江の闘い以来のことでしょうか。戦後は一変して平和主義。腕白坊主がメいっぱい力んでて、自分より強いものが出てきた途端にチュンとしてしまったみたい。ヨーロッパの国々だって中国だって、何度も、何度も負けた国なんだ。どうやら、どの国も2枚腰、2枚舌。いや、3枚??4枚??もっともっと多いかも??日本も、もっともっと負け慣れした国の生きかたを研究した方が良いんじゃあない??フランスだって、中国だって、勿論アメリカだって、ロシアだって一杯武器売ってるんだよ。平和を守る努力とか言いながら(No390)

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2006年8月11日 (金)

思いだす 幼き日

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昨日のブログ「ぼんさんが へをこいた におだら くさかった だるまさんがこーろんだ 一番星みいつけたあ・・・」なんて言ってると、子供の頃を思い出します。どれほど、まりつきに熱中したことか。その時の歌がおかしい。
「1リットラー ラットリットセー
スガホケキョーノ タカチホノ
チョンマス」ってお尻の後ろでまりを受ける。
「2リットラー ラットリットセー・・・」と100まであって、動作がだんだん難しくなっていく。友達ともやれて、一人でも挑戦できるもんだから何とか100までいきたいと、それこそ、土間で暗くなるまで励んだもんです。竹返し、おはじき、メンコ、おじゃみ・・・遊び放題やったなあ。今の子は勉強なんかばっかりやらされて・・・あんなもん、何が面白い。勉強が面白くなるのは60才をすぎてから・・・(No389)

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2006年8月10日 (木)

ぼんさんが へをこいた

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畑で採ってきたひまわり、描いてみたけどゼーンゼンダメ。絵なんて、ほんと、そんなにいいモンは描けないもんだ。というわけで・・・お話を変えます。
10まで数をかぞえるのに京都では「ぼんさんが へをこいた」ってかぞえます。ホラ、かくれんぼなんかする時、後ろを向いて急いでかぞえる時の歌??です。そこまでは、大阪や奈良も同じらしいんだけど、京都では更に「匂いだら 臭かった」って言います。
「ぼんさんが 屁をこいた 匂いだら くさかった ぼんさんが・・・」ハイ、これで25.。今日はもう、ももり宅では、お盆でお坊さんが見えます。デハデハ・・・絵は随分前のひまわり、どっかの展覧会に出しました(No388)

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2006年8月 9日 (水)

ひまわり

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暑い中、お山へ。又お化けきゅうりと唐辛子を収穫。そして、切ってきたひまわり。昨日はもう、くたびれてしまって描けなかった。今日は何とか絵にしたい。ひまわりってドライフラワーにすると、一段と表情が出るよねえ。花びらは赤みを帯びてチリチリとよじれ、葉っぱも複雑な色になる。さあ・・描けるか。写真より良くなるか??(No387)

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2006年8月 8日 (火)

ああ もったいない

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 何がもったいないって、これほどもったいないものはないっていう浪費はDNAでしょう。怒らないでネ。優秀なDNAが生かされることなく消えていっています。犯罪を犯すような、どうしようもない無責任な人が親になってネグレクトだ、虐待だ、はては殺したと、もう、聞くのもおぞましい。でも、一方、若い、責任感のある優秀な人たちが結婚しません。イエイエしたくても相手がない場合もあるからややこしいけど。結婚しても子供を生まない、晩婚、高年齢出産などはあえて重い人生の選択のように思うのですが。若い女性のお方々、仕事に自分を生かすっていうけれど、子供を育てるってことほどの大事業はありません。若すぎるルーズなSexも大問題と思うけど、少女のまま干物みたいになってはいけません。あなたの優秀なDNAが空に消えます。貧しくても、一番しあわせなこと、それは子供がいることです。老婆心ながら・・・そして、若いほうが、妊娠もしやすいし、きっと安産でしょう。あなたのDNAを大切に。絵はスペインのひまわり畑と大きな空(No386)

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2006年8月 7日 (月)

子育てって

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 もう、聞きたくない、と思うような子供受難の報道。ももりも3人の男の子を育てました。もう、みんなおっさんで、無事に何とか育ち上がったようです。でもこれは、子供達が丈夫で、しっかり自力で大きくなってくれたからなのです。病気らしい病気もしなかったのは、神の恩寵以外の何ものでもないでしょう。私は子育ては苦手でした。自由に動き回る生活パターンを確立してしまっていたからです。
子供を育てる中で、ヒヤッとしたことの無い人はいないでしょう。実にいろんなことが起こります。子供3人をプールに連れて行った時のこと、ひょっとみると上の子がいません。溝に落ちたのか、どこかへチョカチョカ行ったのか、いきなり「ドッブーン」と亭主がプールに飛び込みました。子供を引っ張りあげて上がってきました。プールに滑り込む滑り台にいきなり、やっちゃったのです。魚釣りに行って、ポーンと竿を投げたとたん、自分もポーンと海に落ち子もいます。「ダッメー!!」と必死に叫んでいるのに、横丁から自転車で飛びだして、「ドーン」と車にぶつかったり・・・あ・あ・あ・思い出すのもしんどい。でも、若いお母さん方、頑張ってね。育ちあがったら、そりゃあ、いいもんですから。なんぼ、おっさんになってても、やっぱり・・・いいんです。(No385)

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2006年8月 6日 (日)

文学は”あや”

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 文学は「あや」だと言った人がいます。「あや」つまり「そらごと」つまりウソの世界だと。だから彼は哲学の方が文学よりも上だと言いました。ももりの頭では哲学っていう言葉自体がウソ臭く思えて・・・だって、例えば、美学、大学でちょっとは習ったはずなんだけど、ゼーンゼン、わからずじまい。わかろうと言う気にすらならなかった。だって、美学より前から美はある。なあんて・・・でも、今、少しクーラーで冷やしたお部屋で「ペルシャ湾」っていう本を読んでいますと、平和な日本にいて、太古の昔から戦い続けてきた彼の地の民族の業の残酷さを味わうなんて、なんて罪深いこと、と思ってしまいます。作家にとっては戦争や不幸の体験は財産だ、と言っていた人もいてやっぱり不幸は本の中だけがいいい。平和ボケしてられる日常がどんなに幸せなことか・・・申し訳ないです。「ペルシャ湾」昨日のブログにも書きましたが、ゼヒゼヒ・・・(No384)

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2006年8月 5日 (土)

[ペルシャ湾] 横山三四郎著  新潮選書

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 凄い本です。今もイスラエルとレバノンでは、毎日のように激しい空爆が報道されています。著者は、30才前後からずーっとサンケイ新聞海外特派員記者として現地取材をしています。テヘランの100万人以上が参加したデモの現場にいた数少ない日本人ですし、逮捕され、危うく監禁までされそうになった体験なども淡々と入っていて、凄い。イギリス、ロシア、アメリカ、列強の強引な支配から、王政のゆらぎ、ホメイニ師の革命と政権奪取、そして、その後のホメイニの変貌。ヒズボラ、ムジャヒディン、クルド族・・・名前だけは聞いたことがあっても、何にも知らなかった言葉がももりにもわかる言葉で語られていきます。硬い中身なのですが、活字がぐんぐん引っぱってくれて読み進めます。まだ、読了してないのですが、この本は何度も何度も読み返し、頭にたき込みたい中東の歴史書です。行ったことなくて、一番行きたい所、チグリス、ユーフラテス、ヨルダン川、バクダッド・・・本でしか読んだことの無い甘ちょろいももりの頭に激しい一撃をくれた本です。猛暑、ちょっとクーラーで冷やしたお部屋で不幸な民族の業に思いをはせるって、これは、平和な日本ならではの贅沢。あまりにも罪深いことなのかもしれません。(No383)

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2006年8月 4日 (金)

本には落書きを

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 もう、30年以上のお付き合いのある友人たちとの、昨夜の話。みんな本が好きな仲間で、話題はもっぱら、最近読んでいる本のこと。ももりの本棚は図書館くらいにはポピュラーなんだけど昨夜は大笑い。と言うのが、本の落書き。ももりは本に書き込むのが好きで、理解できないこととかに?マークを付けたり、「バカメ」とか、書き込んでおく。友達が言った
「あの本ねえ。ほんま、面白かった。本よりあなたの書き込みが」
「??え、え、え、  何か書いてたあ??」
「そうよ、アホッカー、お前が一番悪い、さっさと死ねって、書いたった」
違うメンバーが言う。これは別の本のこと。
「あの本なあ、陰気でちっとも前に進まへん」
「何読んでんのん??」
「罪と罰」
「あんなうっとおしい本、このクソ暑いのに、読んでたらウツになるでえ」
「へええ、あなたが面白いから読めって言うたんやないの」
「そんなこと言うたかいな」
「あなたの本に、面白いから一気に読めたって書いてあったから読んでるんやないの」
取り出した本には、1987年、3/22~23、と、落書きがしっかりある。2日で読み上げたらしい「罪と罰、第1巻」でも、もう中身はあらかた忘れてしまってる。ももりは本が大好き。今では読書力は随分衰えて、昔読んだ本をじっくりと手の中でこねまわすように読み直すのが楽しい。チョコッと書き込んだ落書きにニヤニヤしたり、時には、?マークに回答をくれる友人もいる。あ・あ・あ・ホント、本って大好き。そして、本大好きな人も大好き。(No
382)

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2006年8月 3日 (木)

機械が人間を楽にしたか

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 機械がどんどん進歩して人間が仕事から開放される、って。さああ、人間は幸せになったのでしょうか。こんな言い方は放送禁止用語に当たるか知らないけど「ハズレー」っていう人間もたくさんいる。ホント、能力にはあまりにもムラがある。一日中、おせんべいをひっくり返して、家族を養い、誇りを失うことなく生きられた時代にはもう戻れない。単純な作業の繰り返しは神経を落ち着かせるし、いくばくかのお金で、社会の片隅でひそやかに自力で生きるのは幸せなことなんだ。機械が仕事を奪って、誇りを失ってしまった人間が増えてきたのではないかしら。一方、能力に恵まれた「アタリー」の方だって、楽になったようには見えない。若い優秀な人材は無茶苦茶に働かされている。消耗していくようだ。ニートとか、恥を知らない奇行にうつつを抜かす誇りを失った「ハズレー」を養うのは、結局、・・・・・・優秀な「アタリー」の方なんだから。スケッチは久しぶりに行った「ハズレーももり」の琵琶湖、対岸の比良連峰(No381)

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2006年8月 2日 (水)

変ってきたひまわり

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 この絵は古い。もうこんな元気な絵は描けないなあ。「暑い、暑い」って、もうどこかへ出かけようという気にもならず、本を読もうかって寝そべったら、半分以上トロトロ、ウトウト・・・以前、裸に近くなるほど元気になるなんて豪語してたのに・・・これってやっぱり年のせい??(No380)

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