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2005年9月30日 (金)

帚木蓬生「逃亡」を読む

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読みづらい本だったけど、中味はズッシリと重く濃い。舞台は日中戦争の上海、香港。一兵卒として赤紙1枚で招集され、難関の試験を突破して憲兵に。憲兵の仕事は、謀報調略、敵の作戦のウラをかくこと。蒋介石軍も八路軍も混在する敵の作戦を読み、それをつぶす為には、殺人も拷問も、何でもありの世界。そして、8月15日の敗戦で舞台は暗転する。昨日の勝者は今日は獄につながれる身になった。主人公守田は、座して捕まるよりはと脱走。日本への帰国を果たすのだが、昨日、日章旗を振って歓呼の声で送り出してくれた日本人同胞は、「戦犯」という名に代った主人公を許してくれなかった。国内での逃亡生活・・・そこからはどうぞ本を読んでください。わたしが憲兵とか特高というのに持っていたイメージは極端に暗く悪い。「蟹工船」の小林多喜二が特高による拷問で死亡・・・くらいしか知らなかったから。そして、こういう立場の人からの告発って今まで知らなかったから。後書きによると、作者の父君は憲兵であったとか。戦争は負けた途端に多くの犯罪者をつくりだした。昨日まで、より多くの敵を殺したと勲章をもらってたのに、今日はそれゆえ犯罪者となるんだから。敵に裁かれる根拠のない裁判、見せしめの要素も大きい。A級戦犯より、B級C級戦犯の方がよっぽど悲惨な実態があったのだろう。私はA級戦犯は許せないと思っている。だって、戦争を始め、同胞の命をムダにムシケラ以下に消耗して省みなかったから。でも、BC級の戦犯は、もし戦争がなかったら平和な家庭人であったはずの人を罪人にしてしまったんだから、罪は戦争そのものにある。戦争を始めてしまった日本人全てにあるはず。二度とあってはならない戦争。それにしても魅力的な女主人公、瑞恵は強く賢い大和なでしこだ。いまどきのかわいこチャンとはちょっとは出来が違うなあ。どうぞ「逃亡」お読みください。絵は、シルクロードの楽器(No139)

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2005年9月29日 (木)

ふくろ小路に入った絵

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昨日、三重県立美術館へ清水正教氏の展覧会を見に行った。マンダーラやNYテロのイメージか??破壊のイメージのどちらかというと重い絵だった。作家さんにも会えて、哲学を学んだといわれた氏の画面に一寸納得したのかもしれない。私には、今、描きかけたまんまどうしようもなくなって放ってある絵がいくつかあり、ちょっと触ってみようかと言う気になれた。こういうのをエネルギーをもらうっていうんだろうか。11月には「新芸術展」に出そうと思ってるんだけど・・・ウ-ン・・・どうも、もう、アイディアは涸渇したか??(No138)

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2005年9月28日 (水)

方向オンチの行くところ・・・

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三重県立美術館へ行ってきた。近鉄電車は京都を一路南下し、やがて、東へまっしぐら。この時がわたしの脳が狂い出すときなのだ。私の頭の中で、地図は上が北で、必ず右手が東になる。京都から南下するときは当然、左が東になるわけだ。これは頭の中で何とか左右を逆にと言い聞かせてシブシブ納得する。ところが、南下から東へ行くと考えると右手が北なのか、南なのか???アレ・レ・レひょっとして今、どっちを向いてるの???なんだか狂ってしまってわからない。地図を手にしてたら、地図を引っくり返せばなんとかなるけど・・・これで、山登ってたなんて空恐ろしい。外国からだって無事帰国もしたんだよねえ。そんなのは私だけでしょうか???絵はガラス絵(No137)

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2005年9月27日 (火)

彼岸花のさく道

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2週間ぶりの丹波のお山に行った。金茶色の稲の田んぼを真っ赤な彼岸花が区切っている。彼岸花って不思議な花です。あっという間に茎が伸びて、刈り取った田んぼのあぜ道に行列して立って、いっせいに咲きます。丹波の山奥のどうしようもない土地130坪を衝動買いして、もう11年目??12年目かも??今年、柿が20個以上なっています。桃栗3年柿8年ってホントですネ。今年の夏には、小さいけど甘いももを50個以上収穫しました。この柿はどんなお味??甘柿?渋柿??さああ。もう1本の柿の木も、あれは確実に渋柿、「だんしろ」ってこの地では言っている大きな実がなっています。昨日、姫リンゴを収穫。不細工だし、甘味も少ないけど白ワインで砂糖煮みたいにしたら結構いける。これをアップルパイにしたらおいしいんだけど・・・子供達が小さい時はケーキもシュークリームも、アップルパイも作ったけど、今では、亭主は甘いものは身体に悪い、息子も「あ、ソウ」って感じだし、結局一人であらかた食べるから、体重が・・・って感じ。だから・・・パンに付けたり紅茶と一緒に楽しみましょうか・・・ちっともなってくれないのは柚子。「柚子の大バカ16年」って言うんですってヨ。絵はコモ湖の秋、イタリア(No136)

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2005年9月26日 (月)

スッピンの舞妓さん

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 中京に住んで40年。寺町や木屋町、先斗町なんかを歩いていると、よく普段着の舞妓さんを見かけます。素顔で、キリッと小さく結い上げた日本髪の、まだホンの少女のような舞妓さんたちってホントにホントに可愛らしいですよ。背も小っちゃくって、顔もとてもべっぴんさんです。暑苦しくお化粧しないほうがよっぽど可憐です。もう20年ほど前のことでしょうか。寺町で個展をしていた時、フラッと舞妓さんが入ってきました。そのときの個展のテーマは”フ・フ・ラ・ラ・メ・メ・ン・ン・コ・コ”。「うち フラメンコ大好きですね」って言われて、思わず、「名詞いただけませんか」って言っちゃった。くれた名詞は赤い小さなもので「真琴」とだけ書いてあったので「住所は??」って聞いたら、「祇園には住所はありまへんえ」って言う答え。祇園の真琴さんだけででしっかり届くんですって。お座敷遊びなんて縁がない無粋なモモリだからなんにも知らなかった。真琴さんは変わった舞妓さんで、ジャズをやっていて、コンサートの案内もくれた。「トガトガ」っていうホールへ聞きに行って、舞台が終って、出口で「イヤア、ももりさん、おおきに」って言って手を握ってくれたその手のヒヤッとした冷たさと柔らかさが、男性ならずともしっかりハートを捉えて、今、思い出してもうっとり。ホントに可愛かった。年賀状にくれる舞妓姿が、あでやかな黒染めの芸妓姿に変わって、その内に洋装のステージ衣装に変わった。今はもう、祇園だけではなく住所も必要になった。それにしても、観光地の娘達のインスタント一日舞妓さんたちを見ると向かっ腹が立ちます。お行儀は悪いし、ドデカイし、甲高い大声でしゃべったり笑ったり、ホント品がない。なんて悪趣味な商売でしょう。この頃は、「ホンモノの舞妓さんじゃありません」って断わりの看板上げてるらしいけど・・・絵は舞妓さんがなくて・・・(No135)

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2005年9月25日 (日)

バブルで踊ったワタシ

P1010042 お彼岸。涼風が吹いてもう秋。思い出の季節。すっかり芸術おばさんになってしまって、この頃スケールがグンと小さくなったけど思い出の中には、華やかな、よくもあんなことができたって言うような事もいくつかあったなあ。ともかく、外国人との付き合いが多かった。バブル、バブルって悪く言う人ばっかりだけどバブルでいい目をみた人はいっぱいいる。私もその一人。スペインで個展をしたのが縁で、国際的に活躍しているパメン・ペレイラさんが札幌雪祭りで来日し、お正月にはTVディレクターのご主人がやってきて、二人でしばらく我が家に暮らしていた。又、日本人カメラマンと結婚して、東京で留守番ばっかりの暮らしにノイローゼになって、私の家に泊まっていたマリカルメンはとっても可愛い全然スレていない娘だった。あの人達はどうしているのかしら。何時の間にか途切れてしまった音信。私ももう人生のたそがれ???おっと、柄にも無なく・・・絵は関係ないけど9月27日~10月2日まで、グループ展「四明展」出品予定 6号くらい??  ギャラリーカト  京都、寺町三条上がる  この会は京都工芸繊維大学のOB会です(No134)

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2005年9月24日 (土)

活字中毒

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 中学生の時、図書室にあった講談社の「世界名作全集」 夢中になって読んだなあ。紺色の表紙に赤い背文字で「ああ無情」「乞食王子」「岩窟王」・・・。ある時、先生が「君は本が好きやなア。どれ位読んだ??」って聞かれたから「あと2冊だけまだだけど、他は全部」って答えたら、先生がクラスの生徒の前で「このクラスに、図書室の本を、あと2冊だけ残して、全部読んだ者がいる」って言ったから、ビックリ仰天。とんでもない。あの名作シリーズだけだったのに。今でも、人と待ち合わせて待たされても、本さえあれば平気。ともかく活字がないとちょっとした間もイライラと落ちつけない。亭主の本棚からも読んだなあ。吉川英二や司馬燎太郎など、嫌いだったいわゆる”まげ物”も読んだ。おっぱいを飲ませるとき、ドンと本を置いて読みはじめ、赤ん坊がもう飲み終わっているのにそのまま読み呆けけていたり、まあ、母親としては良くなかったでしょう。子供達にと思って買った本も全部読んだ。その中に学研の「物語世界史」13冊を通して読んだ時、しんそこ驚いた。それまでバラバラだった物語の主人公が、歴史という大舞台に連なって出演してるって感じだったんです。つまり、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラが南北戦争の時、「静かなドン」のグレゴーリー・メレホフはロシア革命の時、「ああ無情」のジャン・バルジャンは第2コンミューンの時だろうか。それまで、ロマンチックにうっとりと恋愛や、冒険や、喜び、人間の物語と思っていたストーリーが、歴史のほんの束の間に現れては消えていった、小さな人間っていう存在に変わったとでも言うのでしょうか。今では、物語りは旅とくっついた。パリを歩けば、コゼットとマリウスは、ここで会ったのかしら、エドモン・ダンテスはここ、マルセイユの坂道を、恋人メルセデスに会いに駈けのぼったのかしらって、うっとりしてしまう。今、行きたいのはメソポタミア文明の跡地、あのあたりならどこでも良いけど、危険そう。イラクのフセインだって、歴史遺産を観光に生かしてたらもっともっと平和にお金儲けができてたんじゃないの??絵はパリ、(133)

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2005年9月23日 (金)

山崎豊子 不毛地帯

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 「不毛地帯」をやっと読み終えた。大分前に一度読んでおり、その時すでに、もう一度しっかり読み込まなくてはと思っていたがやっと果たせた。第2次世界大戦の終戦直後、関東軍参謀であった主人公は敗戦の詔勅を手に中国へ、そのままソ連の捕虜となる。東京裁判の時、ソ連側の証人として東京へ、そして極寒のシベリアでの奴隷そのものの15年の捕虜生活。日ソ国交再会に伴って帰国。その後・・・「あとがき」を読んでいて、昭和48年、取材のためシベリアへとあって、思い出す。私のシベリアの旅。ホームページに載せて居るので重複は避けるが、昭和51年、わたしもイルクーツク、ハバロフスクを旅している。同行者は京都の社長さんたちでシベリア抑留経験者や、満州で軍部にいた方々がおられ、いろんな話が出た。「イルクーツクの町の建物、こんなのみんな日本人が建てたんだ。材木伐りだしてネエ。5列縦隊で歌を歌いながら現場に行ったんだよ」「何しろ空腹でネエ。夜中にじゃが芋を盗み掘りに行くのさ。じゃがいもってねえ。真ん中に一番大きいのがあるからそれだけいただいて周りは残しておくんだ。向こうのじゃがいもは紫色でネ。そいつを夜中に茹でて食べるとうまくってねえ」[なにも、鉄砲持って他人の座敷に土足で上がりこむ事なかったんだ」と涙ぐんだ人。「俺達は監視されているんだよ」って言った人がいて、まさかと思ってたけど、あれは本当だったにちがいない。例によってももりがスケッチしようと、出発までのひとときとか、群れから離れた時、必ず子供が寄って来る。ボールペンとかが欲しいというしぐさをしたりして、相手になりかけると、どこからか男が出てきて、子供はサッと姿を消す。こんなことが何度かあった。スケッチブックも細かく検査して、このマヌケなももりがスパイにでも見えたのねえ、とおかしかったくらいである。小説「不毛地帯」はその後、商社という組織そのものを主人公にしている。利益追求の為には手段を選ばず、自己増殖していく組織そのものとそれに踊らされる人間集団を描いている。公然とワイロを受け取る田淵首相や、右翼、無責任な官僚など、此れはあいつってわかるように活写されていて私達の無知を告発しているようだ。絵はイルクーツクの郷土資料館(No132)

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2005年9月22日 (木)

絵といっしょ

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 今、秋の展覧会に向けて、100号を2~3点描いているけど、ちっとも面白くなってこない。無尽蔵にアイディアがひらめくなんてもんでは決して無い。考えて、考えて、まだ考えて画面を作っている。いつだって「こんなもんしか仕方がないのか」と思って、期日が来て運送屋さんに預けてしまうのだ。昨日の話の続きだけど、売れもしない大きな絵なんかよく描いてるよ。のら姉さんからのコメント「死んだら売れる」なんてそんなことは決して期待できないんだよナ。でも、展覧会は社会への窓口、いくら描いたって発表しなければ、誰も知ってはくれないんだから。でも、マ、売れるかも知れんよォ。その内に・・・パーッと・・・ネ(No131)

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2005年9月21日 (水)

絵なんか大嫌いっていう人

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ブログに面白いコメントが入った。「絵を見に行く時は、チョッと気取ってヒゲなんか付けて・・じゃなかったっけ??しゃれた服着て行くんだけど、心の中では、早く外へ出たいなあ」って思ってる。いいよなあ。絵なんか大嫌いって言う人いっぱいいるよ。ちっとも絵を好きになってもらう必要は無いんです。絵なんか、まあ、ゲップかオナラみたいなもの。描き手の排泄物です。どうしても必要な排泄物、ウンチや・・・ですらない。なのに、営々と売れもしない絵を描いている。描く為には不器用ながら働きもする。わたしが死んだら、たちまち、粗大ゴミと化する作品と呼ばれてるゴミども。あ・あ・あ・もっと悪く言ってくれ。私一人の楽しみのために生み出したゲップ・・・。お許しを・・・絵はガラス絵(No130)

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2005年9月20日 (火)

酒は静かに・・・

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私はお酒が大好き。でも、アル中じゃないし、依存症でもないし、酒乱でもない。お腹がすいたときにクッと飲むあのビール、腰にちょっとカクンとくる感じがもう最高!!ところでビールをあんなに冷やして飲むのはアメリカ式なんですって。ヨーロッパのビールの発祥地はチェコで、12~13度Cくらいで飲む方がお味がよくわかるんですって。あ・あ・あ・又ビールのおいしいところへ絵を描きに行きたくなってしまう!!絵はチェコ チェスキークロムロフ(No129)

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2005年9月19日 (月)

ベルリンの至宝展

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昨日、大阪で「キリコ展」見て、今日「ベルリンの至宝展」を神戸へ見に行った。あ・あ・あ疲れた。キリコの絵はメタフィジーとかで、見るのも結構しんどい。形而上の絵画って直訳するんでしょうけど、フロイトとか、ニーチェとか言われると、理解できなくてしんどい。今日は、神戸。同行者が南京町を歩こうっていうので、まずそこで腹ごしらえをしようと行ったけど、出て来たのは普通の、日本人くさい食べ物。なんか期待してるのに肩すかしを食わされたみたい。こんなのならコンビニの握り飯の方がよっぽどまし、なんて・・・何しろ、土地不案内のところでおいしいものを食べるのはむつかしい。ところが、生ビールがおいしかったんだよね。これ、これ、これがビールって、あっと言う間に飲んじゃった。この頃、ケチって発泡酒とか、もっとへんなまがいもの、これにちょっと焼酎をタラタラっと・・・ごまかして飲んでいて、もう慣れてきてたのに、又、又、ホンモノのビールのおいしさを思い出しちゃったじゃない??ベルガモン博物館は是非、生きている間に行ってみたい美術館です。ビールもおいしいにきまってるし(No128)

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2005年9月18日 (日)

シャガール展 駅美術館

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シャガール展を見てきた。私は一度シャガールの絵を見てせきあげるように嗚咽して泣いたことがある。絵を見て泣いたのは後にも先にもその時っきりなのです。シャガールは私が大学を出てデザイン関係の仕事に付き始めた頃「芸術新潮」などの見開きを飾っていた作家で、「甘い絵やな」って感じで、むしろ、反発を抱いていた。ところが、1989年、私が48歳の時のこと、マルセイユのジャパンウイークに参加して書のパフォーマンスをしないかとお誘いがかかった。所はナポレオン3Cの建てた素晴らしい宮殿で、地元の子供たちの民族衣装のダンスもあり、美しすぎるような少年達に囲まれて食事やお話もした。外国でのパフォーマンスなんてもちろん初めてだしとてもハイになった。ジャパンウイークは無事終わり、翌日シャガール美術館へ行って彼の絵を見た時、泣いた。ハイになりっぱなしで、夜も眠ってなかったからかもしれないけど、何より、当時、旧約聖書に興味を持って随分本を読んでたから、シャガールの絵が、旧約の世界そのものを描いているということが具体的に見えた瞬間だった。「これは、シャガールにとっては具象なんだ」って。シャガールは、ユダヤ系ロシア人。ペテルスブルグの絵画学校を出て、パリに出て来たのが23才。1985年には98歳で死んでいる。「屋根の上のヴァイオリン引き」っていう映画があった。あのロシアでおきたユダヤ人追放、ポグロムの恐怖を奥深く秘めて、それでも故郷を恋うる絵が心を打つのかもしれない。今回見たシャガールは、もう、泣けなかった。絵はマルセイユ、ブイヤベースのおいしい店 詳しくはホームページ,旅のスケッチ、海外編をどうぞNo127)

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2005年9月17日 (土)

Shall We Danse??

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昨日、タダ券もらって、「Shall We Danse?」と「オペラ座の怪人」を見てきた。どちらも理窟ぬきに楽しい娯楽作だったけど、特に「Shall・・・」の方、もう、みんな大笑い。それに妙に気になってしようがなかったのは、リチャード・ギアが小泉はんに似てるってこと。あのライオンカットといい、シルバーグレーの髪の色といい、小泉はんの方がもっとスリムでかっこいいけど。ダンスの大会に出る場面、思わず自分まで手をたたいてしまって周囲を見回した。手をたたいたのはどうやらももりだけ???みたい。竹中直人と、渡辺絵理子の日本版の方がもっとコミックでキレが良かったように思ったけど、ダンスはさすがにこっちの方がウエかな??いやいやもう古いことで、はっきり覚えてないから比較はやめましょう。「オペラ座の・・」も豪華なスグレモノ。舞台が大きく、設定もこってるけど、主人公の環境にちょっとムリがあるかな??来週の土曜日には、月1の無料映画会があるし、こちらは古い名画で、今度はジャン・コクトーの「美女と野獣」 なんてうれしい!!!場所は京都アスニー、中京図書館のとなり 10時からと2時からの2回。それより何よりうれしいのは、こんなタダ券をくれる友人達がいてくれること!!絵は関係ないけどスペインで食べたチリモヤ、これが、またとてもおいしかった。横にいるのは個展の世話をしてくれたマノロ氏(No126)

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2005年9月16日 (金)

展覧会シーズン真っ盛り

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忙しい。ホント疲れた、なんて云ったってまあなんとも贅沢な疲れなんですが・・・一昨日6軒、昨日3軒、きょうは3軒。イエイエ、セールスに回っているんじゃありませんヨ。展覧会のはしごなんです。ホントなら自分も今、個展をやっているはず。それをキャンセルしたのは、もうちょっとアップアップしたから。というわけで、今、ももりメは連日京都の町をママチャリで走り回っているんだけどこれが、まあ、あ・つ・い・。でもやっぱり、友人たちの個展を見ると「頑張ってるんだ。私ももうちょっと・・・」とか反省したり、ヒントをもらう時もある。昨日のすぐれものはシャガール(JR駅美術館)良かったなあ。それは後日に書くことにして、今日はこれからクールベ(大丸)と、もう一つうれしい映画のタダ券もらってる。それも2本立てで祇園会館「オペラ座の怪人」と「Shall We Danse?]なんてうれしい。さあ行ってこよーっと!!!まだ、もらったタダ券や招待券が何枚かあるし当分はまだまだ、オ・オ・オ!!イソガシイ!!絵はガラス絵(No125)

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2005年9月14日 (水)

インスピレーションって

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絵を止めた友人が言ってた「インスピレーションが湧かなくなった」ウーン・・・インスピレーションなあ。私も美術系の大学に入り、絵を描こうしていた若い日々、やっぱり絵を止めている。もう40年以上も前になるからフルーイオハナシ。丁度、抽象画全盛に向かう時期で、一応絵に自信と興味があって大学を選んだ私としては、上手な絵は全然ダサイ、ダメっていう時代の流れにはついていけなかった。前に何かを置いて写すということから、既成のものを否定するという風潮。やがて、天井にぶら下がって絵の具入りのバケツを引っくり返したり、キャンバスにダーンとぶつかって破れたのを「オオ、芸術」と言ったり、絵の具を身体に塗って這いまわったり、しまいに真っ白な何も描かないキャンバスが最新の作品として紹介されたり、ボロや履き潰した靴なんかを張りつけるジャンクアートなんかも流行した。ジャンクフードのあのジャンク、つまり廃棄物美術とでも云うものかな。キャンバスにぼろがヒラヒラくっついていたっけ。私は眉にツバをつけながらもその流れを凝視してきたと言えるだろう。でも、これらのながれも結局インスピレーションが湧いてこないアーティストの苦し紛れのあがきのスタイルだったんじゃあないかしら。今、絵画はあらゆることが渾然一体となって何でもアリ。具象もスーパーリアリスムから、シュールレアリスムまで幅広い。でも、抽象を経たことでアートは深くなったと思う。自分の五感を一度通して、物を写しとるってことは作家の五感を画面に主張するっていうことだから。そう、インスピレーションなんて、ホントに湧かなくて、苦しみもだえるものなんです。絵はうっとおしい理屈とは関係ないギリシャの人形(No124)

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2005年9月13日 (火)

素朴すぎる??疑問3つ

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その1-市井の一中性、中年の素朴すぎるかもしれない疑問。もし、憲法9条を守り、他国を攻めないとしたら、軍備はそれこそしっかり備えていないと怖いんじゃあないの??軍備をしてなかったら攻められないッテ???オ・オ・オ歴史にそんな例が一つでもあったでしょうか。竹槍で敵機をやっつけるって云ってたのはホンのついこの間のことじゃなかったかしら。その2-大企業締め上げて中小企業が良くなるんでしょうか。世界レベルの競争で稼いでくる大企業には、うーんと頑張ってもらわないと日本はどうなるの??今でも税金の40パーセントは大企業が負担してるっていうじゃない??サッチャーが云ってたよ。「金持ちを無くしたからって貧乏人が金持ちにならない」その3ー 靖国参拝って??マ,やめとこか。絵はガラス絵で文とは関係ない(No123)

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2005年9月12日 (月)

選挙も夏も終わり

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選挙も終って急に秋になった。フタを開けたら民社は大敗。岡田さんも説得力ないもんなあ。大体、人をけなすだけの演説なんて何になるの??けなすだけならももりだってできそうだ。利権臭いイヤらしい古だぬきが消えて、女性や若い新人が増えたことはとても良いことでしょう。マ、政治オンチのももりの言うことこそ、説得力が無いから選挙の話はもうこれまで。そう、秋。旅の季節。あ・あ・あ・どこかへ行きたい。絵は、ずーっと前、11月の終わり、トスカーナ地方を北上した。広く視界いっぱいに秋景色の広がる中に、小さくチョコマカとうごめく人間達。あっ、これこそ”小人”って発想の原点かと思ったなあ。狭い日本じゃあ、小人って発想はわかなかったんじゃない??詳しくはホームページ「山口ももりの旅のスケッチ」へどうぞ(No122)

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2005年9月11日 (日)

映画 マザー・テレサ

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映画「マザー・テレサ」を見てきました。カトリックの修道女で、インドの貧民窟に入り、一人で病人や行き倒れを助ける事からはじめ、やがて理解者を得て「死にゆく人の家」や「孤児院」「ハンセン氏病患者の家」などを創った聖女です。ももりの家の近くに10ほどの部屋をもつ映画館ができて、しかも60歳以上は1000円で見られるからうれしい。セッセと通う事になりそうです。「徹子の部屋」でオリヴィア・ハッセーが出演していた時から、この映画は見たいと思っていた。ご存知、あの布施明の元妻です。徹子さんと話しながらも、まだ、マザー・テレサが乗り移っているみたいで、オヤオヤと注目したのです。さすが、迫真の演技でした。描かれたマザー・テレサはもう強く、やさしく、飾らず、やっぱり人間じゃなく聖女です。貧しい彼女の前に現れるキンピカのバチカンの神父達がこっけいに見えます。以前から日本の坊さん達の金襴の服も嫌いだった。マザーに敵対する人も、詐欺師も現れます。やがてバチカンも聖女と認めますが、マザーは大きな組織に肥大しそうな活動を否定します。えらい!!疲れ果てたマザーに、「少しはお休みください」と周囲は言いますが、答えは「その内に、永い眠りがくるから・・・」 絵はサンチアゴ・デ・コンポステラの大聖堂。キリスト生誕2000年に巡礼道を5日間、130キロほど歩きました。そのことはホームページ「山口ももりの旅のスケッチ」に載せています。(No121)

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2005年9月10日 (土)

今パソコンで描いた絵

kuri
今年、2005年、元旦を期して自分でホームページを管理するって宣言してからもう9月。それまではBON狸さんに作ってもらってました。ちょっとずつパソコンが私を受け入れて呉れる様になった気がします。それまで、気分がパソコンに左右される毎日でした。パソコンのご機嫌がいいと私もフックラと幸せ、パソコンがご機嫌ナナメだと「何が気に入らんのやろ。なんか悪い事したやろか」ってまるで、気まぐれな若い彼氏ができたみたい。でも、毎日、絵を入れて日記を書くって案外大変。書くほうはナンヤカンヤ出てくるけど、絵のほうがちょっとネタ切れ。ということでパソコンでお気軽に描いた秋の実(No120)

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2005年9月 9日 (金)

選挙って 2

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TVを見ていて笑ってしまった。あの武部のオッサン(失礼)が、ホリエモンの手を高々と掲げて、「彼は、わたしの息子、兄弟」てな感じで演説してたから。私はノンポリ。誰にも、影響されないし、強制もされない。でも若い人が手を上げて、どんどん立候補することはとてもいいことだと思う。ホリエモンの立候補も、今回の選挙だったからできたことだろうから、やっぱり機を見るに敏なのかも??かのチャーチルが始めて政界に名のりを上げたのは26才。その時は負けた。しかし、負けん気の彼を発奮させたのはこの負け戦だった。彼はつねにタカ派で、軍備をしっかりして有事に備えるという姿勢で、平和になると失脚している。平和ボケでいつまでいられるか、予断を許さない。若い人こそ大変な時代に生きていかなければならないんだから。あの石原慎太郎だって「太陽の季節」を出して、成功し、政治家になったころは本当にナマイキな若造に見えてた。今、やっぱり強力な指導力でなんとか、ガンジガラメの非効率な世の中の機構を変えてほしいと、税金も年金もしっかり納め続けてきたバカ正直な庶民は思ってるんじゃないの??絵はガラス絵 怖いネコ(No119)

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2005年9月 8日 (木)

映画 モディリアーニ 2

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ピカソの青春時代、1900年には19歳だったはず。印象派の絵描き達、ルノワール、モネ、ゴッホはもう退場し、画商達に空白の時代だったのではないかと私は思っている。ゴーギャンは1903年に55歳で死ぬし、セザンヌは、1906年に75歳で死ぬ。印象派でしっかり投機的なうまみを知った画商達の目にピカソがどれほど新鮮に映ったかを想像すると当らずとも遠からずだろう。ピカソは14歳で美術学校に合格。年齢に達していなかったのに美術の教師だった父親の手配で入学。その時の課題の男のヌードは、とても14歳とは思えないくらい老成している。ちょっと足が短くて、一瞬、ロートレックのヌードかと思ったけれど、なんだか、人生の苦しみをもはや滲ませているような迫真の描写力だ。今回の映画「モディリアーニ」が、有名な古典映画「モンパルナスの灯」より面白いと思ったのは、監督、脚本のあの時代の解釈が並の捉えかたと違ったからだ。特に、モディリアーニに陰険なライバル意識を見せつける憎憎しいピカソの解釈が気に入った。パブロ・ピカソ。14才でバルセロナのラ・ロンハ美術学校入学。19歳でパリへ。洗濯舟と呼ばれるアパートでの極貧の生活と青の時代。女には苦労しなかったようで、何人かの女性が絵の中にも登場する。この映画の女性オルガ・コクロヴァとは37歳で結婚、息子パウロが生まれ、54歳でマリー・テレーズと再婚するまでは、この踊り子だったオルガとの結婚が一番長い。その後、マリー・テレーズ、フランソワーズ・ジローと結婚し、恋愛状態のままというのも経て、ジャックリーヌ・ロックと最後の結婚をしたのが80才というからエ・ラ・イ!!この映画の中のオルガの描き方も魅力的で、彼女は決して笑わない。ジャポニスムのパーティー衣装を着込んだオルガに「その衣装は、自分の絵を引き立てない」と冷ややかに云うあたり、人を人とも思わぬ傍若無人で倣岸な人間性をリアルに描いて印象に残る。エコール・ド・パリと呼ばれた独特の無頼で放蕩なパリ。デカダンの香りも映画になると魅力的だ。生活弱者のモディリアーニが生活強者のピカソに負けていったのは今みたいに生活保護も無いから・・・絵はサグラダ・ファミリア。この教会もこの時期のバルセロナの象徴です。(No118)

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2005年9月 7日 (水)

ペシミスト

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私の友人でこう言う人をペシミストっていうんだろうかって思う人が居る。どこから見ても恵まれた環境。ダンナはしっかり毎日働きに出かけ、いい息子、娘もいる。海外旅行だって年に2回行って、まだもっと行きたいって、つこの間も云ってた。過去には病気もあったけど・・・誰だって、そりゃ長い人生にはいろんな大小の心配はあるし未来は不安のかたまり。でも、とりあえず今は平穏無事ていうのがこれ以上ない幸せってもんじゃない??。お金だって彼女が不足だっていうのなら世の中の人の大半はもっともっと貧しい。劣性遺伝が出ていて体が弱いってなんて云ってるけど、結構旺盛に遊んでた。それに50を過ぎてるのになかなかチャーミング。なのに彼女はいっつも不安です。私から見るとどうも不安感のほうを好んでいるとしか考えられない。こんなに不安な人と暮らすのは大変だとだんなのほうに同情したくなる。本人が意識転換するって方法はないんでしょうか??絵はガラス絵でペシミストとは関係ない(No117)

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2005年9月 6日 (火)

オプティミスト

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絵を描いている側としていつも思ってるんだけど、日本の若い女の子は痩せすぎじゃない??イエ、自分がBUUだから云ってるんじやないよ。名作と言われる絵画の女達、ムッチリと太ってみるからにおいしそう。特に、外国人の女の子と比べると、後姿のあの細い腰とお尻。これでホントに子供が無事に生めるのかねえって心配になってしまう。中国人でも、韓国人でも、もちろん毛唐(失礼!!)の女の子なんか腰の線がじつに頑丈だ。知り合いの産婦人科の先生も言ってた「確かに、お産に伴う問題は外国に比べて多いでしょうな」って。「女の子たち、そんなに食べないで痩せるなんて可愛そうなことしなくっていいよ」勿論、程度の問題だけど・・・ということでももりメはあんまり痩せようとは思わない。ところが先日、亭主がついにこう云った。「なんとかならんのか。そのお腹。ちょっとはまじめにダイエットしたら」って。亭主は、先日来、4キロ減量に成功。意志が強いんだから。「いいの。我が家は癌家系。その内にガリガリに痩せてきたら癌だっていうことになるから」って答えたけど、やっぱり、ちょっと行き過ぎたかなあ。(No116)

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2005年9月 5日 (月)

天の報復

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 気味の悪い絵ですみません。今の不安感と言えるでしょうか。アメリカに大きなハリケーンといってたら、日本にも巨大な台風。あっちでもこっちでもテロ。東京も大阪も洪水になるかもしれないってTVで云ってました。なんか、地球の反撃が始まったみたい。あんまり人間が好きスッポウをするから、地球はもう耐え切れず、増えすぎた人間を振り落とそうともがいているんじゃないかしら。絵はパソコン(No105)

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2005年9月 4日 (日)

レオノール・フィニ展

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梅田アクティー大丸の「レオノール・フィニ展」を見てきました。この作家のことは今まで知らなかったので、いろいろ考えさせられました。1907年から1996年まで89歳まで生きた女性。バレーの舞台なんか、衣装や、装置を手がけ、すべてが、芝居がかっている感じ。シュールレアリスムの流れをくんでいると云えるでしょう。凄い描写力で10代の時の自画像なんかすっかりどきもを抜かれます。でも、その後の方向性が普通でない。自分をも演技者として見せている感じ。早くからパリの社交界のスターであったそうで、コルシカ島に別荘を持ってお客を招いてパーティーをしていたというから、その生活力も凄い。世の中、天が2物、3物、いいえ、もっともっと与えた人が結構いるんだ。興味のあるお方は11日まで スケッチは関係ないももりメのフラメンコ(No114)

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2005年9月 3日 (土)

カトリーナに刺されたブッシュ

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ジョージ・ブッシュはもうもたないんじゃない??。あのハリケーン、カトリーナの一撃は命取りになりそうな気がする。映像で見て、一番、深刻に受け止めたのは、略奪、放火などの2次災害。アメリカのすさんだ一部を見てしまった。阪神大震災の時だって、こんなことは聞かなかった。アメリカよりも日本のほうがはるかにいいこともいっぱいあるんだ。私がNYにいたのはもう20年ほども前かしら。個展をしないかっていう話。当時日本はバブルでみんながアート、アートって浮き足だっていた。この素寒貧のもももりにもお声がかかったのだった。当時のNYの治安は非常に悪く、「女一人よく行くよ」ってサンザン脅かされて行ったものだった。いわく、アフターファイブは外に出るな、セントラルパークには近づくな。道の端を歩くな、ビルの陰に引っ張り込まれるよって。詳しくはホームページ「旅のスケッチ」を見てください。ついでにと行ったナイアガラの一日ツアー、集合時間が朝の5時だったか??一人、ホテルの窓辺で朝食をたべていたら何人もの子供がゴミ箱をあさっていた。まだ暗いNYの街を一人、集合場所のシェラトンホテルまで行ったときの気持ち悪かったこと、大声で請求する子供づれのおもらい。上品な背広を着て、お金をと空き缶を振る老紳士など、異様な街だった。そのNYの夕立っていうのが又凄かった。高層ビルの谷間にイナヅマが走り、これこそが、ソドムの街かと思ったものである。わたしの絵の「ソドムの街」シリーズの原点はここにある。最近行った友人はもう地下鉄だってきれいになって平気だったよって言ってたけど、もう一度行ってみたいとは思わない数少ない町ではある。絵はナイアガラ(No113)

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2005年9月 2日 (金)

テンペラ技法

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前回の「欲張りな絵」のコメントでテンペラって何?と、疑問に思われたのら姉さん。わたしの知っている範囲のことでお答えしましょう。テンペラは古典的な技法の一つです。キャンバスが改良され油絵の具が考案される以前、絵画は板に顔料を何らかの接着性の溶剤で練って塗りつけていた。ルネッサンスの1500年前後の画家、ボッティチェルリが、「春」という大作をものにしたのが板絵、その数年後に描かれた「ヴィーナスの誕生」はキャンバスで絵の具はテンペラだったはずです。板を完全に乾燥させ、下地を完璧にし、ボロニア石膏とジンクホワイトを膠でてんぷらの衣状に溶き何度も地塗りをし、・・・つまり絵を描くまでの作業が大変。絵の具は顔料、つまり黄色い土(黄土色)とか、鉱物を粉状にしたもの(空色)とか赤、緑などをそのつど練って卵などの接着性のある液体(エマルジョン)で練って作っていた。その接着性のある溶剤の種類で、卵テンペラ、カゼインテンペラ、蜜蝋テンペラなどなどがあり、日本画の膠で顔料を練るのも、まあテンペラ画法みたいなもの。タンポポの汁や無花果の汁、精液など接着力が強いそうです。私がテンペラ技法をお習いした津田周平先生がニッと笑って「エジプトの王女のお墓なんか、すぐできたでしょう」っておっしゃったことを思い出します。意味わかりますか??ルネッサンス前後の絵を見ると必ず、板かキャンバスか、テンペラか、油絵かを見る習慣になっていますが、1500年後半には殆どテンペラから油絵に代わっています。油絵の具もルネッサンス期に改良が進み、素人でもどこででも描けるようになり、印象派なんか素人画家の集団って言う常日頃のわたしの持論になっていくんです。人類が太古から営々と絵を描き続けて来たということは、絵が人間本来の喜びであることのあかしです。その末端の末端のハシッコにぶら下がっていると思うと叫びだしたいほどうれしいももりです。油絵の具や、水彩絵の具が考案されるまでのラスコーの洞窟壁画もテンペラで、わたしのは、タマゴテンペラ。時々、腐って匂う???ときもあります。絵はテンペラ、ソドムの街(No114)

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2005年9月 1日 (木)

欲張りな絵

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 9月6日から京都市美術館別館2Fで行われる「日本水彩関西支部展」に出品予定の絵です。絵って欲張りです。派手にギンギラになったら、もっと渋くしたい、渋くするとちょっと明るくしようか。ロマンチックになると、甘いなあ、暗くなると重いって感じで欲張ってしまいます。でもまあ、正反対の要素を盛り込むことは、不可能なんだから、今回はこれでイイッカって感じ。今年、元旦を期してホームページを自分で管理、5月からブログを始め、ちょっと手抜きしたらテキメンに画面に出るんだからこわい。今回は手抜きしてない。誰ですか??手抜きしなくてその程度か??って??画材はテンペラ、題は「ソドムの街」(No113)

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