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2005年8月23日 (火)

シベリア鉄道の夜

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1986年といえば、まだソ連の時代。旅行社がツアーを企画するような時ではない。さて、きのうの続きです。新潟から、ハバロフスクへ、さらにイルクーツクへと旅は順調だった。当時まだ、ツーリズムっていうのはなく、全旅程を通して世話をしてくれるガイドというのがなくて、現地ガイドがやってくる。そしてまず「パスポート預かります」と言って取り上げてしまうのだ。昨日、ハバロフスクのガイドもそう言って取り上げた。イルクーツクの朝、もう今朝はシベリア鉄道に乗り込むと言う時になって「パスポートが無い」という。昨日のガイドが取り上げたままだという。、今朝は汽車に乗り込むだけだからガイドは来ないらしい、というのだ。この旅は京都商工会議所の社長さん連中の視察旅行なので、わたしも「まあ、ええっか。しっかりした社長さんばっかりなんやから」とのんびり構えていて不安感はない。取りあえず、駅に行かなくっちゃ汽車は出て行ってしまう、ということで、駅へ。どの列車に乗るのやら、と、何とも頼りない。この旅を企画した世話人が、実に頼りないことは後々わかってくるのだが。そこへ、カートが私たちの荷物を乗せてやってきた。「やれやれ、荷物についていけ」っていうことで、汽車には無事にのりこんだ。そこでミーシャとワーリャと同じコンパートメントになった。1等車といっても、外国人は皆1等車で、現地の大衆が乗るのが2等車で、デラックスという意味ではない。シベリア鉄道でモンゴルのウランバートルまで、さあ、旅は佳境といきたいのだが、それが・・・さて続きは明日。早く見たいお方は、ホームページ「山口ももりの旅のスケッチ」へどうぞ 絵はミーシャの描いた女の子とザーヤック(No104)

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