2009年12月 4日 (金)

人生の八分の七

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 ももりは1月生まれ。お正月が開けたらすぐ・・・ン才。今更、年を隠すこともないでしょうけど・・・・ながぁぁく生きました。三人の息子達はアラフォー。現代の人に、20才から60才まで、働く社会的義務があるとしたら、彼らも、もう、半分は、無事、勤め上げてくれたことになります。何とか、親としての責任は無事にいけたといえるかもしれないなあ。
 相棒は、プラス12年働いて、今も現役。細々ながら、ももりもプラス8年・・・働いた。生きるのが80年としたら、もう残りは1/8に近い。
 この年になって、「古事記」は・・・むつかしい!!!本を読むのは大好きなんですけど、どうやら、本への入り口が「白雪姫」や「シンデレラ」や「眠れる森の美女」だったせいか、読書の好みは洋モノで、お姫様やらお城が大好き。でも、ごくごく最近になって、和モノに目が行き始めました。
 維新前後、太平洋戦争・・・そして、古事記・・・
ア・ア・ア・・・・・記憶装置がイカれています。、もう少し若い時にしっかり読んどけば、今ごろ、こんなに嘆くことはあるまいに・・・スケッチは京都の日向(ひむかい)神社の天の岩戸。ももりも、真っ暗な岩戸の中に入ってきました。日向神社は、京都の紅葉の隠れた名所。南禅寺の南です

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2009年12月 3日 (木)

ボルゲーゼ美術館展 見てきました 京都国立近代美術館

Borugeze
 ももりはローマ、ボルゲーゼ美術館へは行ったことがありません。ももりがローマへ行ったのは、さあ・・・20年ほど前でしょうか。ローマ空港がストライキとかで、急遽、オランダのスキポール空港へ飛行機が降りてしまいましたので、バタバタとサン・ピエトロ寺院とかコロッセオを見ただけでした。
 今回、ボルゲーゼ美術館展、じっくりと拝見してきました。実は、お断りしなくてはなりませんが、この写真の作品は展示されていません。でも、とても面白い話をみつけましたので、アップしました。
 この、ヴィーナスのように、パリスのりんごを手にして、古代ローマ風の椅子に寄りかかるのは、かの有名なナポレオンの末妹なんですって。カミロ・ボルゲーゼ公爵夫人、パオリーナ・ボナパルト。アントニオ・カノーヴァがパオリーナ自身の要望に応じて彫ったっといいます。カノーヴァの代表傑作といわれるそうです。当時、高貴な夫人が裸でモデルを勤めるっていうことはなく、彼女の行為はボルゲーゼ家の恥であるとうるさく非難されましたけれど、彼女は全く頓着しなかったんですって。つつしみ深さが彼女の長所ではなかった・・・って書かれていました。(ローマで買った本による)

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2009年12月 2日 (水)

飛行機から見た大和平野

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 ももりは旅が大好きです。とりわけ、飛行機に乗る旅が大好き。飛行機のシートが窓側でなかったら、えらく損した気分になります。飛行機の上空から、確かに奈良を見た記憶があります。くっきりと前方後円墳や円墳がいくつも点在し、墳墓の周囲はお堀の水が青く輝いています。堺でも、あれは仁徳天皇陵と確信した古墳を見たこともありました。
 先日来、山の辺の道を歩いていますと・・・実は、先週に続いて昨日も歩いてきたのです・・・飛行機が実によく飛ぶ。爆音に気づいて見上げると、キラキラ輝く飛行機がはるか上空に飛んでいます。
 もし、もし、大阪湾から大和川をさかのぼって奈良盆地を俯瞰するっていうコースの地上遊覧があったら!!!ももりは絶対乗りたい!!!
 朝鮮半島からやってきた渡来人が瀬戸内海を通りぬけ、大阪湾に達し、大和川を遡って奈良へ・・・飛鳥の王朝がどうして奈良にやってきたか???そして、こんなに豊かな土地柄に惚れ込んで王朝を築く・・・それは、実に、実に自然で難しくない道なのかもしれません。それにしても、奈良・・・・山の辺の道。どうやら、ももりは、もう、惚れてしまったようです。スケッチは三輪山、平等寺

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2009年11月29日 (日)

奈良 山の辺の道 歩いてきました

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 奈良のお方のブログ・・・いつもいつも奈良にあこがれていましたが、「エイッ」と行ってきました。だって、お日様がキラキラ輝いているんですもの。何も予備知識なし。先ずは近鉄京都駅。そこで、1400円で天理、桜井で乗降できるというおとくな往復チケットをゲット。さあ・・・天理へ。
 観光案内所で一杯パンフレットをゲットして天理駅から歩き始めました。天理はとてもきれいな町です。

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 スケッチは石上神社(いそのかみ神社)なんとも、悠長に、ケタイな鳴き声を上げるたくさんの雄鶏に先ず魂は古き時代の飛鳥へ・・・
 てくてく、のーんびり歩いていきます。一人ですから寄り道もし放題。戦国時代に築かれたという環濠集落の名残を見て、いよいよ沢山の古墳をめぐります。崇神天皇陵、景行天皇陵の大きさに驚き、桧原神社へ・・・美しい日本の農村の秋、みかん、柿、夏みかん、イチジク、ぶどう・・・・鈴なりです。
 奈良って豊かなんやなあ!!どこからか、奈良のブロ朋さんが、ひょこっと「ももりさあん」って現れてくれそうな・・・・
「あの山が耳成山、あの山が畝傍山」って出会う方が教えてくださいました。二上山って高いのよぉ・・・

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 二上山に夕陽が落ちるってのを見たい、と思ううちに「あれれ、今夜、人が来る」って、急に思い出して、疲れて引きずっていた足も急にシャンとしてJR三輪駅におりました。何しろ、近鉄駅に出ないとお得なチケットが使えません。JRは、まだ単線です。なんとか、本来の目的地である近鉄桜井駅に到着、5時1分発の、近鉄京都行きに乗り込むことが出来ました。特急券830円を奮発して、5時50分には京都に帰りついていました。窓から見る夕焼けのなんとも甘いピンク紫がうれしい!もう一度、今度は桜井から歩きましょう。

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2009年11月25日 (水)

山科散歩

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 山科に「天久宇」っていうギャラリーがオープンしましたことは、もう、お知らせしました。ギャラリーは12時オープンということで、空いている午前中を、絵の教室をしないかと云う話はすぐに実行となり、もう2ヶ月です。
 12時に終わると、午後を、ももりは山科周辺を歩き回ろうと思っています。
 先週は勧修寺塔頭、可笑庵へ連れて行ってもらいました。大石順教尼が晩年をすごしたお寺で、尼の書や絵を展示していたのです。
 上は大石順教尼。口で筆をくわえて書いた書や絵は自由闊達です。息子さんのお嫁さんと云う人が解説をしてくださいました。

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大石順教尼・・・明治21年、大阪道頓堀に生まれる。本名、よね。12才で京舞の名取となり才能を見込まれて、遊郭、「山海楼」の中川万次郎に引き取られ名声を得ます。しかし、17才のとき、養父は錯乱。6人を切り殺し、よねは両腕を切り落とされます。腕を無くしたよねは地方巡業などで世すぎをします。まあ・・・見世物でしょうか。
 ある日、カナリアがくちばしで子供にえさを与えるのを見て一大発心。口で筆を使用する修練を重ね、古典、和歌を学びます。24歳で絵描きと結婚。しかし、美人画家であった夫は浮名が絶えず、39歳で離婚。帯地に絵をかいて、たつきをします。
 45歳、高野山で得度。法名順教。山科勧修寺に移ったのは昭和13年。身体障害の相談所「自在会」を結成。婦女子と一緒に住み、自立教育を行なう・・・80才で亡くなったといいます。文字はやさしく大らかな書きぶりですが強靭です。まさに、文字のとうりの人柄だったそうです。

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2009年11月24日 (火)

「嫌い」じゃなくて「口に合わない」

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ドラゴン・フルーツっていうんですって。
 釣りキチが「こんなの売ってた」って買ってきたもの。
ハツモノ食べると75日長生きする、とか聞いていましたので食べました。なんだか・・・・キーウイのズルッとした感じ。ペルーで食べたサボテンの実みたいな味です。350円ですって。ももりはもう一度買って食べようとは思わないなあ。
 好奇心が強く何でも食べる、そして、結構美味しいと感じるももりは「あくじき」なんでしょうね。比べて、相棒はムツカシイ!!!お醤油と砂糖の味付けしか受け付けないような味覚の狭量に、料理方のももりは苦しんでいます。でも・・・まあ・・・イヤな物をムリして食べさせられるってのは拷問でしょうから、無理強いはしません。野菜が嫌いで、命を縮めたって、それも生きる甲斐性ってもんでしょう。最近、相棒は「これはまずい」って言うかわりに「これは口に合わへん」って言う、表現に変えました。

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2009年11月21日 (土)

順番待ちは「ケグ」風で

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 展覧会はどこも大変な人出のようです。今朝の毎日新聞投書欄より
「長い行列をして2時間も待たなければならない。周辺には素晴らしい見所が一杯あるのに」と云うのがありました。本当に、全く、そのとうり!!!どうして、サッサと機械化しないの???
 もう大分前、カナダはバンクーバー・・・友人に聞いて美味しくて安いという「ケグ」と云うお店を探して、やっとたどりつきました。そしたら、中は真っ暗・・・というか、ウーンと暗い。労務者風の人も沢山出入りしていて、音楽が大音響。ももりは「こんなトコで食事しとない」って言ったんですけど「やってみる」って相棒がテコでも動かないので、待つことにしました。受付で丸い小さな円盤をわたされ、店の外へ。周辺は何となく怪しげで・・・
 突然、その円盤が「ピー」と鳴って暗闇で点滅。早速、お店に戻ったらすぐに食事にありつけました。それがぁ・・・おいしかったのよ・お・お・・・・それにぃ、お安かったのよ・お・お・・・・
 今すぐでも、順番待ちは機械化して欲しいものです。写真はうれしいいただきもの

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2009年11月20日 (金)

窓うつ 嵐に 夢もやぶれ ♪♪♪

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 窓うつ あらしに 夢も破れ・・・はるけき彼方に 心まよう♪♪♪・・
同窓会の夜は激しい嵐でした。日本海に面したガラス窓に激しく吹きつける雨風・・・半世紀前の青春を思い出すには、かえって良かったみたい。考えて見れば、18才で入学してから半世紀・・・なあんと・・・な・が・い・・
亡くなってしまった人もいるし、どこへ行ったのかわからない人もいる。海外に住む人もいます。闘病中の方は、奥様とご一緒に参加してくれました。当時、「田中さん」が二人おり、「フトちゃん」「ホソちゃん」って呼んでからかってたカノ君は手術したんですって。勿論、ももりは「フトちゃん」です。

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 私達のクラスは、元々26人・・・その中で参加者は13人。当時、母校は二期校で、京大、阪大を落ちた(失礼!!!)人が多く、みんなマジメでおだやかな勉強家でした。今は、それぞれ、匆々たる会社を停年退職して、悠々自適。ももりは???ナーーンとか生きてます。スケッチ、上は経が岬。下は泊まった夕陽が丘


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2009年11月18日 (水)

「医者になりたかった・・・」にいただいたコメントに

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「医者になりたかった・・・」と云う記事には、沢山のコメントをいただきました。なかなかお返事が書けなくて申し訳ないのですが、やっぱり、市橋という青年は、それほど世間の関心を集めているのでしょう。
 先日の毎日新聞、有名な心理学の先生がこんなことを書いてらした。

「心理学をやっていると、とんでもない犯罪を犯す人と話すことが時にある。そして、それらの人の中には、どうしても人間としての共感を持てない人に出会ってしまうことがある。そういう人とは、親や周囲の人のみならず、自分自身に対してさえ、全く愛情を持っていない。常に目先の小さなことの利害だけで行動する。自分勝手とか、自己中心とかは、最後には自己への愛情で接点を見つけられるのだが・・・」先生のお名前を思い出せなくて申し訳ありません。
 市橋青年は深い自己嫌悪に陥っているのでしょうね。今更悔やんでも、どうにもならないあの時の激情。その行為をやってしまった自分への嫌悪感・・・

hokky様  娘さんには、本当に気をつけてあげてください。日本でも、夜出かけるときには、必ずエスコートしてくれる男性が必要です。これってヨーロッパでは、常識的なことなんでしょうけど。若い娘が、夜、一人で出歩くなんてもう論外です。難しい世の中になりました。

博多のじーじ様  子供の成長に早い遅いがある・・・・これは本当に痛いほど感じます。ももりは小さな書道教室を長くやってきていまして、目を見張るように利発な子と、ドン臭くってトロイ・・・けど、ちょっとこの子は??・と思う子が、5年生か6年生ころに入れ替わるケースが多いです。ももりが勝手に思ってるんですけど、考え方が抽象的になる年令、つまり「4つ5つ・・・りんごが・・・半分」っていう段階から「1/2・・・」っていう抽象的な概念の世界に入った時に、変わるように感じます。形の無いものを抽象的に脳に描けるか・・・社会も理科も同じと思うんです。勿論、素人の感じたことにすぎませんが・・・

ちゃぐまま様  父は56才で死にました。父恋し・・・です。

コデマリ様  この青年が食を断って・・・さ・あ・あ・・・点滴なんかするんでしょうか???それも・・・考えようによっては残酷・・・ぎりぎりまで考えさせてあげたらどうでしょう。

テラ様  多くを望みすぎるってのは、問題でしょうけれど・・・特に一人っ子や、跡継ぎの男子っていう意識は子供には負担でしょうね。

さらさ様   ありのままを受け入れてあげて欲しいです。ももりの3人の息子、いろいろいました。優秀なのもいたし、イマイチも・・・でも、ももりは「あ・あ・あ・・・こんな頭に生んだのは私。かわいそうに、これから苦労の多い人生を生きるんやろな」って、絶対にテストの点数で怒ったりはしなかったと自信を持って言えます。その息子も、今、立派なもんですよ。そりゃあ、お給金は少ないですけれど、いじらしいほどひたむきに働いています。時々私はうれしく叱られています。

がんさん@大和の国様  一番厳しいご意見です。おっしゃるとおりです。

道草様 ウ・ウ・・・ン。母性・・・生むという行為・・・あなたはやっぱり詩人ですねえ。

kazuyoo様 私は実は運命論者です。神様はいろんな子を手の中からひねり出される。賢いのやイマイチやら美人やらブスやら・・・キット、酷薄な性格の子も愛情溢れた子もいるでしょう。それらの子を、フーっと息をかけて、命を吹き込みながら、世の中に散りばめる・・・どの親のところへどの子が来るか・・・それはわからない・・・

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2009年11月17日 (火)

今から同窓会

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 今から同窓会に出かけます。大学を出て46年・・・おっそろしい!!!
ももり、今日、現在、ただ今、痛いとこなし、かゆいトコ・・・・これはあり。先日、ハゼを剪定してかぶれたもの。このハゼ、余りに紅葉がきれいで「なんていう木ですか」って聞いて植えてしまったもの。中京の人家密集地帯に住むももりの矮小な庭で、あまりにも野放図に育ちすぎ、ご近所の樋に落ち葉が入っては一大事と、紅葉を目前に毎年、大剪定。全くおかしいやら腹立たしいやら。全ては、わが身の不徳の致すところです。
 ももりは今が一番シ・ア・ワ・セ。こうして、少しでも働き、ヒトサマと仲良くやっていけて、なにより家族の口から「痛い」っていう言葉を聞かない。勿論、年ですから薬は常時手放せませんけど。
みんなはどうしてるかなあ!!!何人来はるやろ。野放図な若い頃を知られてるのはちょっと恥ずかしい・・・けど・・・・写真は46年前の工芸繊維大学の校庭。後に見える比叡山は、今ではビルに隠れてゼーンゼン見えません。

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2009年11月16日 (月)

ブルガリアはタイムトンネルのすぐ向こう

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 写真はルーマニア、ブカレスト。チャウシェスクが建てた途方もなく巨大な石の塊り。大統領府。彼はこの完成を見ること無く銃殺されました。1989年12月22日、演説の途中に激しいブーイングで立ち往生。その困ったようなおびえたような表情は、繰り返しTVで放映されて、ももりも覚えています。一介の農民だった彼が大統領の座に上り詰めた経過はドラマ以上でしょう。今は「国民の館」として、貸し会議場や見学者を受け入れています。写真はガイドブックから。もう暗くなってスケッチもままならず。
 ベルリンの壁崩壊が1989年11月9日。今から20年前。TVでもその映像をよく映しています。当時ハンガリーとの国境が先ず形骸化し、東独市民が大量に脱出。「ハンガリーへピクニックに出かけよう」と云う合言葉があったとか、どこかで読んだ記憶があります。
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 ここ、ブルガリアでも、同じ1989年12月16日、ティミショアラで抗議運動があり治安部隊が民衆に発砲。多数の犠牲者が出たそうです。しかし、国軍は民衆の側に立った。そして、チャウシェスクの治安部隊と市街戦をくり広げ、国営TV局、共産党本部を民衆が占拠。チャウシェスクは追われて屋上からヘリコプターで脱出。2日後に見つかって夫婦とも銃殺された。スケッチはももり、ベルリンの壁、1005年に訪れました

 

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2009年11月14日 (土)

トラキア人の墓・・・ブルガリア

Ho001
 文字を持たない文明とは、口のきけない人のようです。もどかしげに語りかけてくる内容の密度の濃さに圧倒されます。下はブルガリア、カザンラクのトラキア人の墓を見学した時のメモ。左の小さな建物の下にホンモノが埋まり、右の小さな建物に精巧なレプリカが作られています。その彩色の見事さ・・・紀元前4世紀と云うから驚きます。上は絵葉書。日本でも明日香村なんか、こんなにしてほしいなあ。
 
 日本でも、先日来「よみがえる黄金文明 古代トラキアの秘宝」と云う展覧会が全国6ヶ所だったかで行なわれて、その記事をアップなさったブログも拝見しました。下のスケッチはバルカン山脈。霧の中のシプカ峠を越えました。この地、ブルガリア、ルーマニア・・・旧ユーゴ、トルコ、果てはロシア、アジアから・・本当に様々に民族が行き交った、戦い、破壊し、創造し、商い、結婚したのです。
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2009年11月13日 (金)

医者になれなかった・・・・

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 医者になれなかった・・・と、言ったという市橋容疑者・・・医者がどうしてそんなに良い????
私の父は小学校の校長でした。ある日、ももりが「頭の悪い子生んだらどうしょう???」って聞いたら、
「何にも心配することはない。知能指数の高い子にはでけへんことも、低い子ならできるという分野が必ずある。たとえば、一日中、校庭の草むしりをやらせたら知能の高い子は1週間もつづかへん」って言ったことを思い出します。
 解体工事現場では黙々と働いた、日曜日まで働きたいといった、と、いうこの青年。医者なんかをめざさないで、初めから解体の仕事を選んでいたら、今に、人も使って立派にやっていったでしょう。解体でなくても、得意な外国語を生かして、外国で働けたかもしれません。

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 「職業に貴賎なし」この言葉はもう、死語なんでしょうか・・・・
彼は、絶食して死のうとしているのではないかしら???周囲の過剰な期待に押しつぶされた青年。ありのままを受け入れてあげて欲しかったと思うのはももりだけでしょうか。
 ももりの父は、ももりが、小姑2人、姑のいる家に、押しかけ女房の如き結婚をすると言いきったとき、「人生は何度でもやり直しがきく」とも言いました。スケッチは、先日行ってきたルーマニア、ヴェリコ・タルノボの旧市街。どうですか、この自由な家々の壁の色

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2009年11月11日 (水)

ドラキュラの血

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 右は吸血鬼ドラキュラのお城、ブラン城で買い求めたワイン「DRACULA BLOOD」。まだ試していませんが。
 今、日本では、英国人女性を殺したと思われる若者が逮捕されて、TVもそのニュースばかりです。どう間違えて吸血鬼が日本に生まれたのか???イエイエ、最近、女の吸血鬼もアチコチにうごめいていたようです。

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 カフカの「変身」、あまりにも有名な小説です。主人公はある日、虫に変わっていました。この虫はだんだん成長していく怪異な虫。一生懸命愛情を注いで育てていた子供がある日、怪異な虫、いや、吸血鬼であった、と、わかった時の両親の驚きと苦しみ。小説の中味ではありません。どうして、あの両親に、あんな吸血鬼が生まれてしまったんでしょう。これは、きっとドラキュラに噛まれた???ももり自身は、親の責任とは思いたくありません。一生懸命勉強させすぎた????それって誰でもやってしまうことでしょう???親は必死なんですから。
 ももりにも、子供を育てていく過程、そんな悪夢が心を掠めることがありました。勿論、息子達の名誉の為に断っておきますが、息子達の素行が悪かったなんて事は何もありませんでした。でも、心配性なももりの空想癖から、妄想が頭一杯に広がるなんてことはありました。もう、息子達はアラフォー。「やれやれ・・・何とか無事やったかいなあ」って思うこの頃ですが、まだまだ人生、先に何があるかは誰にもわかりません。
「ドラキュラの血」のワインの左はバラの花のジャム、これらはルーマシアで買い求めました。右は42度の果実酒です。水割りにしたらおいいしいです。此方はブルガリア

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2009年11月10日 (火)

日本水彩京都支部小品展   今日から

Hok01
 
 本年最後の展覧会です。今年、ももりは一体、いくつの展覧会に参加したのやら???もう、そろそろ、みすぼらしくなっていますし、見苦しくなる前に人様の前から姿を消したいと思う年になっていますのに、どうしてこんなにバタバタしてるんでしょう。
 最近、絵が楽しく描けません。イエイエ、旅をしてスケッチしまくるなんてのは、もう・・・これ以上の楽しみはないんですけど・・・展覧会に向けての絵ってのが・・・これがなかなか・・・・グ・ル・ジ・イ・・・・・
 絵は好きで、ズーッと描いてきました。内省的ってな殊勝な心根の性分でもなし、ホント、絵を楽しんで、絵が開いてくれる人生の曲面も楽しんできたんですけど・・・・最近・・・低調なのよねえ。

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 今回、私の絵は見ないで、ほかの人の絵を見て下さいませ。日本水彩京都支部に在席する皆様の、レベルの高い自由な感性の発露が様々に楽しめます。場所は烏丸御池から2筋東、入ったとこで、いたって行きやすいところです。左はももりの「祈り」

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2009年11月 9日 (月)

朝日新聞に「天久宇」載りました

Tenk
 去る9月1日、アップしました記事、”若い力で!!!「天久宇」立ち上げ!!!”が、11月5日、朝日新聞に紹介されました。幼い頃からヨーック知っていた久枝ちゃん。大きなお目々の久枝ちゃんが、ある日、「ギャラリーをやるっ!!!」と、立ち上がったのです。
 京都の銘菓「ナガサキヤ」に就職した彼女。バブル崩壊と会社の倒産。様々な不安や試行錯誤を乗り越え、彼女が選んだ選択は、アートを発表する空間「カフェギャラリー 天久宇」の創設でした。まだ若い彼女の成長を見守りたいものです。
 皆様、お近くへおこしの節はゼヒゼヒお寄りくださいませ。今は、ももりのガラス絵が展示されています。周辺は疎水沿いの桜が見事な名所。昨日、行ったのですが紅葉がきれいでした。

かふぇぎゃらりー「天久宇」のHPはhttp://www.geocities.jp/davixcafe83111/index.html
 

Tenkuu2

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2009年11月 7日 (土)

ブルガリア正教って???

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ロシアにはロシア正教、ギリシャはギリシャ正教、ここ、ブルガリアはブルガリア正教、ルーマニアはルーマニア正教・・・そもそもこの正教とは???西ローマ帝国が、傭兵隊長オドアケルに乗っ取られて亡び、東ローマ帝国がビザンチウムに残った・・・そのキリスト教を正教って言うんでしょうか??皆様教えてくださいませね。
 カトリックのゴチック教会もいいし、バラ窓もいいけど、隙間なく絵を描き込むなんて・・・絵を描くももりにはこんな嬉しいものはありません。マリア、キリスト、天使、使徒・・・かぁぁ・・・キリスト教の残酷な歴史を全て忘れてうーっとり・・・・

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 キンキラキンと輝くテンペラ画、あるいはフレスコ画・・・そのほとんどが修復されて、絵そのものは案外薄ッペラくも感じるんですけれども、それにしても凄いヴォリュームです。「凄いなあ・・・こんな山奥に・・・こんなキンキラキンが」ってももりが言いますと、相棒が「日本のお寺かて、出来たときはキンキラキンやでぇ」ですって。でもねえ・・・この赤、緑、金、群青のキンキラ度が、やっぱりカトリックや日本のお寺とは違うと思うのよ。ももりは、ともかく、大好きです。

Riraa0051
全く、順不同で申しわけありませんが、ここはブルガリア、リラの僧院です。絵葉書から掲載しました。

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2009年11月 6日 (金)

映画「沈まぬ太陽」 見てきました

Eiga
 「沈まぬ太陽」ご存知、山崎豊子原作の超大作です。良かった!!!
原作を読んでいましたから、膨大な内容の流れもヨック理解できましたし、後半の黒い裏金や国会工作なんかは原作より映画の方がストレートに理解できました。

 国お抱えの巨大企業「日航」は、今、正しく、解体か、国の資金導入で存続かが問われています。素晴らしいタイミングの映画。半官半民・・・実は政治家の利権そのものの巨大資本の流れ。常に一流料亭で酒肴を前にした会合、寄生虫のように群がる腐敗した組合や団体、ホテル業者。そういえば、「ホテル日航」ってのには何度か泊まった記憶があります。
 
 今、巨大なダム工事や道路、干拓、建物などがいかに無駄に造られてきたかが明らかにされています。民主党の前原さんが頑張っています。巨大プロジェクトに一杯群がり、ブラ下がっている寄生虫たち。日航の年金は1月48万円ですって???退職金を3650円受け取っての後ですよ。これは、最高額の場合らしいけど(毎日新聞今朝の朝刊)

 これは、ももりの私見ですけど、当時「アカ」と呼ばれた組合活動は肯定的に描かれています。社会正義として。でも、過激な左翼のエゴが当時の社会を非常にゆがめていたと思わずにはいられません。ドラマで、主人公が組合を率いてストを強行していた頃、ももりは大学生でしたが、父は校長として管理職側に身をおき、日々、ひとにぎりの日教組に痛めつけられていたのを、痛々しく見ていました。安保闘争なども暴力的でしたし・・・進歩的左翼とか日教組、大きな組合組織の内情って、あんなものだったのかなあ???私怨かもしれませんけれど・・・実際、気張って残業したら、他の先生も残業しなくちゃならなくなるから、と、サボタージュを扇動していた先生はいたんです。本当に!!!

 それにぃ・・・「不毛地帯」の主人公のモデルといわれる瀬島龍三氏らしい人が登場します。当時の福田か???中曽根???首相の政治顧問として登場するんです。TVの[不毛地帯」の唐沢さんよりよっぽどホンモノのイメージに近い・・・と、言ったって、ももりは瀬島龍三氏に会ったことも見たこともないんですけど。もう一度、原作を読んでみましょう

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2009年11月 5日 (木)

リラの僧院  ブルガリアの1日目

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 ブルガリア、ルーマニア・・・この2国のことはほとんど知らなかったももりです。実際、申し込んでいて取りやめになったドイツ行き、「日程は休みを組んでるのにどうしてくれるのよ」って感じで、空いていたブルガリア、ルーマニアにやってきたのです。
 ももりの中に、行きたいと決めたのは、彼のチャーチの言葉が記憶のかけらにあったからです。
第2次大戦後、ヒットラーの共産主義圏拡大の野心に危機感を抱いたチャーチルが、鉄のカーテンと云う言葉を始めて使った演説の中、
「共産主義の鉄のカーテンの向こうへ行ってしまった素晴らしい町、ソフィア、ブカレスト・・・」というくだりが確かにあった。

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 ブルガリアのガイドさんは、共産主義時代のレニングラード大学教授。60才とのことでした。共産主義時代はトップクラスのエリートだったでしょう彼女の解説は専門的で詳細。じっくり聞きたかったのですが、ももりはスケッチ半分、耳だけは解説に聞き耳を立てていたつもりでしたが、二股はちょっとムリみたい。・・・今、本で復習していますと、改めて予備知識を詰め込んで、もう一度、ゆっくり行きたくなるばかりです。

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 共産主義時代のソ連、ももりは、ハバロフスクからイルクーツクへ、イルクーツクからバイカル湖のほとりをシベリア鉄道でモンゴルまでいうという旅をしたことは以前ブログに書きました。
 ブカレスト・・・バルカンの小パリと呼ばれた華やかで駘蕩とした文化の華は、巨大なコンクリートの塊りと化して何の魅力も感じませんでした。中世から近代、なんとも華やかで伸びやかな人間性の発露は破壊されてしまったのです。共産主義が教養の無い恥ずべき行為をした証拠です。
 しかし、ここリラの僧院は共産主義の魔手を逃れた聖地でした。/strong>

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2009年11月 4日 (水)

吸血鬼ドラキュラ伯爵のお城は初雪

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 ブルガリア、ルーマニアに行って来ました。つい先だってまで共産圏であった東欧の国です。高速道路もなく、旅行者用のトイレもなく、いつも行列で、観光の時間は短くなるばかり。でぇもぉ・・・・良かったのよおお・・・
 共産主義の世の中、宗教は麻薬だとか言って、迫害されてたと聞いていましたけれど、それでもなお、ブルガリア正教、ルーマニア正教の教会は美しく燦然と輝いて残っていました。なにより、中世のままかと思われる小さな町、古さびた家々のくずれそうな赤瓦の屋根、まっ黄色な秋の木々と森、真っ青な空、バジリカ様式の小さな教会に一歩踏み込んだ時の、目一杯に広がる鮮やかなフレスコ画の空間。・・・これが綺麗に整備されてしまったらたらディズニーランドみたいになるんじゃないかと思えます。
 写真は新雪のブラン城。ドラキュラ伯爵が棲んでいたというお城は、シンと静まり返っていました。典型的な中世の城砦です。
Dorakyura241

本によると、
 1377年、ドイツ商人が、北上するオスマントルコ兵に対峙するようにとりでを築きました。そもそも、このあたりドイツ人が入植して盛んに商売をしたんだとか。異民族の絶え間ない侵入にさらされた悲痛な土地柄です。ここに棲んだワラキア公ヴラド1世の孫、ツェペシュがドラキュラ伯爵のモデル。オスマントルコの兵士を串刺しにして並べたり、残酷な処刑を考案したり・・・・拷問室を見学、暗闇から悲鳴が聞こえそうな・・・井戸には秘密の通路があるそうです。
 吸血鬼ドラキュラは、夜になるとこうもりに姿を変え、お城を抜け出し、キバが伸びて人の生き血を吸う。ドラキュラに生き血を吸われた人はドラキュラになるって言うんですからおっそろしい!!人気も少ない山奥の、そう、大きくもないお城は足元から惻々と冷えこんできました。
Dorakyura248

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2009年10月24日 (土)

スケッチ大好き

Sibaraku

しばらくブログお休みします。どうも・・・最近、絵を楽しく描けない・・・スケッチは大好きですけど。いっぱいスケッチしてきます。
 昨日長門裕之さんのこと書きましたら、いろんなご意見頂きました。お返事書けなくてすみません。私なら・・・・いい加減のところで人前からは消えたい。でも、絵は???描き続けるか・・・旅は・・・これは一番止めたくない・・・「客死」って・・・これがいい!!!これでいきたいです。

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2009年10月22日 (木)

ダイ ダイッキライ!!長門裕之

Minamida

あ・あ・あ・・・・イヤッ!!!長門裕之。顔も見たくないのにTVで、みじめったらしいクソ芝居。南田洋子さんが可哀そう!!。ももりなら、こんなのより大原玲子さんの孤独死を選びます。
 ももりもそろそろ人前に出たくない年です。エッ??誰ですか???よう、出てるわなあ・・ですって???
かのエリザベス・テーラーも、もう、かつての3倍ほどに太ってるんだそうです。花のかんばせはみる間に衰えるはかないもの。せめて、みんなの思い出の中では、美しく若々しくありたいものです。それを・・・何よっ!!!せんど、苦労をかけたくせに。今頃何言うてんねん!!!

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2009年10月21日 (水)

星座は再び

Seiza
 今日は久しぶりにちょっとのーんびり・・・どうも、気になっていた絵日記の星座を息子たちの本で調べてみましたら・・・どうやら、ももりは、オリオン、ベテルギウス、リゲル、アルデバラン、カペラを見ていたらしいのです。

Seiza003

 上は、先日、10月12日、大山へ一泊旅行をして、皆生温泉に泊まった夜の明け方、目が覚めたら、あまりに星がきれいでしたので、書き留めておいたものです。 
 「あの夜の、十字は一体、何座の星???オリオンはまちがいないでしょうけど・・・」本棚から息子達の子供の頃の本をひっぱりだしました。もう、ボロボロで落書きもしてあります。
 その本によると、春夏秋冬の星座を書いているのですが、時間の経過とともに、夏、秋、冬の星座が現れるって書いてあるじゃありませんか。明け方の星が冬の星座だったとすると・・・・オリオン座のペテルギウスとリゲル、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のブロキオン、おうし座のアルデバラン、ぎょしゃ座のカペラ・・・ですって。も・お・お・・・サイッコウ!!!冬の星座は空全体で20個ある一等星のうち、8個までが集まっているんですってよ。

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2009年10月20日 (火)

オリオン座から流星が流れだす

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オリオン座から流星が流れだすって聞きましたので、昨晩、何度も起きだしては外へ出て見ましたが、流星どころかオリオン座すら見えませんでした。中京ではムリなんでしょうね。
 星座が覚えられたらなあ・・・・こういうのは、きっと子供の頃に覚えないと、もう・・・ももりの年ではダメなのでしょうね。ギリシャ神話だって、覚えてみたいけど・・・
 ももりが、大学卒業を前にして、毎晩のように、深夜12時頃、バスを降り立った2月、厳寒の丹波、園部の夜空は壮観でした。凍てついた鋼板のような漆黒の夜空に散りばめられた無数の星。天の川が大きく天空を横切っています。カシオペア、オリオン、北斗七星くらいしか知らなかったんですけど。
 いつも、バス停には母が迎えに来てくれていました。今にして思ったら母だってその頃はまだ52才くらいのはず。迎えに来る田んぼの中の夜道は、怖かったし、じっと待ってるってのは、本当に寒かったはずです。夜空を見ると母を思い出します。

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2009年10月17日 (土)

不毛地帯・・・ももりの旅

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 上はももりがイルクーツクから、子供に出した絵ハガキ。長いことアルバムにへばりついていたのをはがしていますので、少々見苦しいですけど。

 今、ロシア、当時はソ連・・・に旅をしたのは1986年。そりゃあ、いろんなことがありました。イルクーツクからウランバートルまで、国境を越えるべくシベリア鉄道に乗ったときのこと。モンゴルとの国境で、銃で武装した兵士に囲まれて下車。取調べ室???待合室で3時間。「おしっこ」と言った人もいたけど、首を振ってダメ。駆け出したらいきなり、後からポンと撃たれそうな・・・そんな場面もありました。

そのことはHP  旅大好き 海外編に書いています。お時間、興味有ればぜひぜひ・・・

http://www.geocities.jp/wgwxw444/118sib.html

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2009年10月16日 (金)

TV 「不毛地帯」 始まりました

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 山崎豊子「不毛地帯」いよいよ昨夜第1回・・・見ました。原作からは随分はしょっていますけれど、それに、やたら戦争責任って言う主人公の自省の言葉がチラつきますけれど、おおよそ、原作に忠実かと思います。
 主人公、壱岐正にはモデルがあると言われていて、瀬島龍三、元、伊藤忠の社長だったとか・・・聞いていますが、もう少し知ってみたいです。もし、わかりやすいブログなり、ページがあればお教え願いたいです。

 もう一度改めて読み直してみましょう。それにしても、山崎豊子、あえて、女性だということは言わないでも・・・凄い筆力、構築力、資料の分厚さ・・・。東京裁判についても、ももりは「二つの祖国」やこの「不毛地帯」で教わりました。彼女は毎日新聞の記者として井上靖に育てられた、と、どこかで読みました。
 井上靖・・・ももりは「日本人作家で誰が一番好きか」ってきかれたら、やっぱり井上靖です。彼の創作した人物がいとおしい!!!緻密に検証した歴史の中にうごめく一粒の人間。その存在の小ささ、悲しさ。一途な純情、しかも報われることのない・・・山崎豊子さんも大好きです。

 10月24日から「沈まぬ太陽」封切のはずです。この日程は間違いない。だって、息子のお誕生日なんですから。

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2009年10月15日 (木)

思い出の中の くろさき よしすけ

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 左の絵は足立美術館で求めた「くろさきよしすけ」の絵葉書です。

 黒崎義介の名を見つけたときは、本当に驚きました。ももりの中では「くろさきよしすけ」です。
あれは・・・・たしか、幼稚園・・・・「ぎんのすず」って言うきれいな絵本をもらいました。その時の、その絵本の美しさ!!生まれて初めて絵に感動した瞬間でした。毎月、どれほど待ち焦がれてその絵本を楽しんだことでしょう。その中の挿絵作家が「くろさきよしすけ」でした。ももりが始めて覚えた絵描きの名前です。

 画面いっぱい、見事に紅葉した秋の山の木々が、赤や黄色や緑やその間の色に描き分けられていました。「なあんて きれい!!」息をつめて見入ったのを、はっきり覚えています。
 きっと、戦後初めての子供向きの絵本だったのでしょう。それまでは、兄達の「赤とんぼ」や「動く実験室」っていう本くらいしか、身の周りに子供向きの本はありませんでしたから。

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 子供の時から、ヨッポド絵は好きだったらしく、しょっちゅうクレヨンを買ってもらっていた記憶があります。日なたの縁側に置き忘れたら、溶けてくっついてしまうような粗悪品でしたけど、絵は大好きな遊びでした。色は確か8色か9色しかなかったなあ。
 絵の具だって、小学3年くらいから使い始めて、最初は9色???その内にだんだん色数が増えて、6年生の時に、何とか言う京都市の展覧会で、大きな賞をもらって初めて手にした絵の具の色数が、さ・あ・あ・・???20色くらい???うれしかったぁ!!!だから、長いことどんな色だって混色で作れると信じていました。今では200色くらいの絵の具セットだってあります。
「ぎんのすず」の絵は、絵葉書の「くろさきよしすけ」より、もおっと、もっときれいだったのよぉ!!!

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2009年10月14日 (水)

ミシュランガイドなんて  止めてよ、足立美術館 

Adati
 
 先日訪れた足立美術館、「ミシュラン グリーンガイド ジャポン」にて唯一三ツ星ですって???こんな紹介には、目を剥きました。
 足立美術館の庭園・・・ももりは余り好きではないなあ。周囲の景観を見えないようにと配慮されて、と言うことは理解できますが、植木をいじりすぎています。ももりは、雑草だってきらいじゃない。全く不自然なほど真っ白な砂、まん丸く、無機的とも思える形に刈りこまれたさつきは、もう、痛々しい・・・人にほほえみみかける優しさを感じません。
 ももりは京都に生まれ、京都以外に住んだことがありません。自慢じゃないけど、京都のお寺のお庭は、ほとんど、もう、見た???言いすぎかもしれないけど・・・・

 常寂光寺や厭離庵・・・滝口寺・・・有名でなくても、大きくなくても、なんとも、心なごむ、穏やかで美しく華やかで奥の深いお庭に比べて・・・コリャ ナンジャ・・・
 ミシュラン三ツ星ってうたってなかったら、もっと素直に見られたかもしれないなあ・・・・大体、ヴェルサイユ宮殿のお庭なんて、全く人工的でちっとも魅力なんかないやんか!!!フランス人に日本庭園を評価してもらって喜ぶなんて・・・ナァ・サァ・ケェ・ナァーーーイ!!!!

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2009年10月 9日 (金)

映画 「火天の城」 そしてわが安土城

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 「火天の城」見てきました。信長の命で、建立された安土城。その築城を受け持った大工の棟梁が西田敏行。あのアツッグルジイィ!!!顔の、ドアップが多すぎること以外はなかなか面白く見ました。まああ・・・大分ウソがあるよなあって・・・でも、フィクションなんですから、理屈を言わずに楽しみましょう。
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 3人の息子達が、皆、小学生だった夏休み、琵琶湖をレンタサイクルで1周した事があります。3日間。能登川レンタサイクルっていう自転車屋さんで、自転車を借りてスタート。1日目、余呉湖泊まり、2日目、近江舞子泊まり、3日目、琵琶湖大橋を越えて能登川へ戻る・・・というコースでした。
 長男が確か???6年生???とすると、末っ子は1年生???子供達が思ってた以上にしっかりしていることを確信した旅でした。その、終点、能登川レンタサイクルから、タクシーで安土城址へ行ったものです。今では、色々整備復元されているそうですが、当時は、本当にむき出しの土の塊りだけでした。もう、一度行きなおしてみようかなあ・・今は、アラフォーの息子達・・・もう、誰もついてはこない・・・こんなに可愛いかったんやなあ!!!

Saikurinngu

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2009年10月 8日 (木)

ジャンヌ・ダルク  その3

皆様・・・台風は???お見舞いもうしあげます。我が家は無事、見過ごして去ってくれました。さて、昨日のつづき・・・ジャンヌ・ダルクを・・・

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 ジャンヌ・ダルクはランスで、国王を戴冠させて、そのまま、ドンレミイの村に帰った方がよかった・・・でも・・・ジャンヌは貴族に列せられました。ジャンヌの兄達も貴族になり、王家のユリの紋を使うことを許されました。
 一方、シャルル7世は王位についたものの、国内にはイギリス側につくブルゴーニュ公爵もおり、イギリス軍も新たに軍隊を送り込んで、シャルルがパリへ入ることはできません。ジャンヌは、9月、パリを攻撃、11月ロワール河畔の町を攻撃。しかし、もう、神はジャンヌを見放していました。
 

 1430年、5月23日、コンピエーヌにて、ジャンヌは敵の捕虜になります。「魔女だ!!!オルレアンの魔女を捕まえたぞ!!!」
ジャンヌのために散々苦しめられた敵方の憎しみはいかほどのものであったか???
牢獄に入れられたジャンヌは、一万リーブルでイギリスに売られてしまいました。イギリス領になっていたルーアンへ送られたジャンヌは、異端審問の宗教裁判を受け、先日、アップしたルーアンの市場の広場で磔刑、火あぶりになりました。19才。
 シャルル7世がパリを奪い返したのは4年後。ブルゴーニュ公爵と手を握り「フランスはフランス人の手に!!!」ジャンヌが叫んでいたとおりになりました。彼女は、いま、聖人に列せられています。スケッチ、下はルーアンからパリへの道。上はパリの西北、パンティン港

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2009年10月 7日 (水)

ジャンヌ・ダルク  その2

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  ジャンヌは6人の男に守られて、ロワール河沿いにシノンに向かって進みました。シノンに王太子シャルルがいるのです。グズグズと優柔不断のシャルルもジャンヌに会い、いくつかの奇蹟を見て、ジャンヌを信じます。審問会議も通過しました。ジャンヌは王太子にランスへ進軍し、戴冠式をするようにすすめます。王太子は、ブロアで軍を集めました。「神のお使い」ジャンヌのうわさを聞いて、1万人近い兵隊や人夫が集まり、武器や食料も届きました。いよいよ、オルレアン救援に向かうのです。道中は、イギリス軍にくみするブルゴーニュ公爵の領地です。

 オルレアンがイギリス軍の手に墜ちれば、もうブールジュのイギリス軍まで、遮るものはないのですから、王太子の本拠は絶望です。(ブロアの事は、8月23日、25日、26日、28日にアップしていますので、お時間あれば・・・・どうぞ。ほら、例の天才女詐欺師、ヴァロア・ド・ラモットの記事です)

 オルレアンを囲むイギリス軍との激突はくりかえされ、その都度怯みがちなフランス軍は、ジャンヌの叱咤激励のおかげでイギリス軍を破ります。どちらの兵士も長い戦いに倦み、食料不足に苦しんでいます。「魔女が来た!!!」おびえるイギリス兵。「進め、進め、神はフランス味方です!!!」一度も勝てたことの無かったフランス軍は勝利しました。1429年5月8日、イギリス軍はオルレアン包囲の全てを棄てて退却、ジャンヌはオルレアンに入り、神のお告げは成ったのです。

 オルレアンが墜ちて、ランスへの道は400キロ。しかも、周囲は敵ばかり。おびえるシャルルや貴族を説き伏せ1429年7月17日、ランス入城。翌日、シャルルは戴冠式を経て国王となりました。
「あなたさまこそ、フランス王、神の望まれた王!!!フランスはあなたさまのものでございます」  つづく スケッチはブロア城


 

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2009年10月 6日 (火)

お・お・お・・・・ジャンヌ・ダルク!!!

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 お・お・お・・・・kazuyooさんのコメント「なぜ、ジャンヌが処刑されたか」ですって!!!
こういうの、ももりのダイッ好きな話題です。今でもイギリスとフランスは常に張り合っていて、決して仲が良いとは言えないでしょう。何故なら・・・100年も戦争をした歴史があるからです。それに・・・ももりはいつも言ってるんですけど、「フランスなんて戦争して勝ったことない」って、ハナハダ、感情的な言いぐさですけれども、この100年戦争に、その根拠があるんです。今、本当に、フランスはエバッテますけど、実は歴史的には負けてばっかり。全く弱い!!!ナポレオン以外はね。第2次世界大戦だって、さっさとドイツに占領されてたんですから。今では、国連の戦勝国ですけど、実は、連合軍に解放してもらったんです。
 

 そもそも、その100年戦争・・・
ジャンヌ・ダルクが生まれる65年前、イギリスがフランスに攻めて来ました。100年戦争の始まりです。そもそも、イギリスの王はフランスの貴族出身です。フランス国内に広大な領土を持っていました。1328年、フランス、カペー王朝は断絶。男子が生まれなかったからです。そこへ乗り込んだのがイギリス王エドワード3C。フランスの王位継承権を主張しました。一方、攻め込まれながらも、フランスの王位を田舎で継いだのがヴァロア王家のフィリップ6世でしたが、連戦連敗。全く、フランス軍は弱い!!!
 しかも、当時の兵隊は傭兵で、戦争が無いときには、兵士は強盗に早変わり。さしも、豊かさを誇ったフランスの農村は、荒廃のきわみになりました。
 フランス王位もイギリスの王位も何代か代わり、フランス王位は、精神を病むシャッルル6世のあとを継いだ王太子シャルル。パリから逃れ、ブールジュへ。みすぼらしい有様でした。一方パリでは、1才のヘンリー6世が、イギリスとフランス、両方の王位を主張しています。フランス貴族の中にも、ヘンリー6Cをかつぐ貴族もおり、フランス国内はまぷっぷたつに分かれました。

 1428年に成ると、オルレアンが戦場になりました。ブールジュとパリの真ん中だからです。オルレアンの民衆はよく戦って、イギリス軍の包囲に耐えていました。毎日のように大砲の弾が打ち込まれ、食料も尽きようとしています。しかし、頼りにする、シャルル王太子の援軍はやってきません。ジャンヌ・ダルクが神の声を聞いたのはそんな時でした。本当に、あの時、ジャンヌが現れなかったら、イギリスがフランスを乗っ取っていたかもしれない!!!スケッチは上、カオール。下、リモーッジュ・・・フランスの田舎って本当にのーんびりしていて大好きです。・・・(つづく)
Rimojyu


 

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2009年10月 5日 (月)

ラウル・デュフィ展は終わりました

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 昨日でラウル・デュフィ展は終わってしまいました。もっと早くにアップしようと思いながら・・・ついつい・・・今頃ですみません。 
 上は、ももりが2004年10月、フランスのルーアンの美術館の中庭で撮った写真です。大きな壁面に描かれたのはデュフィの絵だったと記憶しています。気楽な軽い画風ですので、絵の前で、ゆっくりお茶しました。写真がイマイチ鮮明でないのが申し訳ない。何しろバカチョンなんです。
 ヨーロッパへ行くといたるところに絵が描かれています。レストランやホテルの壁、公共の建物の中に、リアルタイムの絵描きの絵が見かけられます。日本では、どうも、もう、名の知れわたった絵描きのリトグラフや、複製すらある・・・・オッソロシくお高いそんな絵なんか買わなくったって、そこいら中に、日本人の絵描きは、はいて棄てるほどいますのに・・・

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 ルーアンは、かのジャンヌ・ダルクが処刑された土地です。上のスケッチはその広場。ルーアン大聖堂のガラス窓は、パリとアーミアン、それとここが3大バラ窓だったと記憶していましたので、行ってきました。国鉄で1時間ちょっと。

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 右はルーアンのノートルダム大聖堂・・・ここを、モネが盛んに連作していて有名です。此のももりのスケッチをみると・・・ト・ホ・ホ・・・これじゃあ、やっぱり、ももりじゃなく、たとえ、複製だってモネの絵をかけたくなるわなあ・・・

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2009年10月 2日 (金)

映画 「セントアンナの奇蹟」

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 ナンヤカヤと忙しく、アップできなかった映画がいくつか・・・忘れられない作品もありますから・・・今日は、その中から「セントアンナの奇蹟」を・・・

 第2次世界大戦中、1944年、イタリアのトスカーナに進駐した黒人だけで編成されたバッファローソルジャーの部隊。やっぱり、あった白人と黒人の差別、特に、この部隊はナチスに囲まれた危険な地域に送り込まれました。その中を、偵察に出された4人の兵士。
 人気のない山中を、おびえながら進む4人。そこで、脳のちょっと弱いトレインは一人の少年を助けます。仲間からの反対を押し切って助けた不思議な少年の名は、アンジェロ、天使です。実は、この少年はナチスによる村人の大虐殺を見てしまっていたのですが、記憶を失っています。
 ちょっとした、無線の不具合が直ったり、電燈がともったり、緊張の極にある4人に起こった不思議なことは、ちょっと脳が弱いトレインに、少年が神秘の力を持つと確信させてしまいます。
村へ入り込んで、英語が話せる唯一の女性、レナータと男達との恋。そこへ、レナータの兄のパルチザンの兵士が山から降りてきます。彼らはナチスの兵士を捕虜にしていて・・・・

 村人と、心を通わせるようになった4人に起こった悲劇。殺されてしまった仲間たち。戦後、郵便局員として平々凡々と生活していた生き残りの兵士が、偶然、切手を買いにきた裏切り者を殺した。戦後何年もたってなされた報復。その兵士の取調べの段階で発見されたセントアンナの石像の頭部。それは、トレインがいつも腰にぶら下げていた戦利品だったのです。 
 映画は難解です。ももりも、パンフレットを読んで初めて展開がおぼろげに理解できました。映画の中では、いきなり、此の少年が大人になって大金持ちになり、その殺人をおかしたかつての命の恩人を警察から出す、と云うところから始まっていますから。
 それにしても、この少年のなんとも清らかな姿と顔・・・ホントに誰だって、神と信じこんでしまうでしょう。イタリア、トスカーナの鄙びた村の映像の美しさ、しかも、この話は実話なんだそうです。

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2009年10月 1日 (木)

あはれ ことしの秋もいぬめり・・・

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 9月、バタバタと忙しく過ぎて・・・もう今日は10月。いろんなことを思い、いろんなことを考えた3人展でした。

その中で感動した一つのできごと

 あれは、会期の3日目だったか・・・「SUN・BAABA」展の会場で、きれいな若い男の子が二人、熱心に見ています。特にサユリさんの作品に熱心で、携帯で写真も撮っています。
「さゆりさんの生徒さん???」って聞きますと、こっくり頷いてくれました。さゆりさんは小学校の教員から養護学級の先生を務めて、今は退職されています。
「そうなんです。もう、10年以上も前の子供なんですよ」とさゆりさん。
「さゆりセンセの絵、ステキでしょう」って聞きますと、こっくりうなづいて、
「ぼく、さゆりセンセが今までのセンセの中で一番好き」って言ってくれるじゃありませんか。もう二十才に、手の届くような、こんな男の子が・・・・なんて、うれしい!!!思わずホロリときました。
 
 二人が帰って、「先生名利につきるわなあ」って話していますと、20分くらいして、二人が戻ってきたのです。
「あらら・・・どうしたの???」
「ぼく、センセの絵葉書買うて、お母さんに見せる」って言うんです。そして、さゆりセンセの絵葉書ばっかりを選んで、取り出したのはまっさら1万円札。
 「ええの???そんな大事なお金使うて???」
授産施設で働いているという二人のお給金は知れたものでしょう・・・ももりは、もう、嬉しくて、思いっきりおまけしてあげました。

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2009年9月28日 (月)

三嶋亭のスキヤキに丹波まつたけ

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 キャーッ!!!皆様には申しわけ有りません。三嶋亭のスキヤキと丹波まつたけ・・・まっこと、まっこと・・・羨ましがらせて申し訳ない!!!1点も、見事に売れなかったのに、これはちょっとヤケクソかもしれません。
 売れる絵が良いなんて決まってないのです。ナアンテ、負け惜しみを言ってないで、このスキヤキと丹波松茸をご覧アソバセ。

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 京都に住んで、三嶋亭を知らない人はないでしょう。とも角、すきやき・・・おいしい!!!けど・・・お高い!!!
でも、その上に丹波まつたけを「エイッ・・・ここは度胸、女は度胸!!!」と張り込みました。お店の方に炊いてみもらって、ビールに熱燗・・・あ・あ・あ・・・天国、テンゴク・・・・ 

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 見て下さい。此の霜降りのお見事なお肉!!!京都、寺町三条「三嶋亭」へ、ぜひ、どうぞ!!!
これで、「SUNBAAB」展は、お・し・ま・い・・・・ご来場たまわりました皆様、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

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2009年9月27日 (日)

今日でおしまい SUN・BAABA

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 ちっとも、ブログにアップできなかったんですけど、今日でおしまいの今となって、会場風景をアップしています。
今日、お開きをしてから、3人で三嶋亭の「スキヤキ」を食べにいきます。一番お安いコースですけど、8000いくらか???これこそ、次にアップしますね。おいしいのよねえ。本当に何年ぶりかの三嶋亭です。
「まつたけ付いてんの???」って聞きましたら
「まつたけは時価ですから、お隣で買ってきてください。一本につき、手間代が600いくらか???だったか・・・まぁマア・・・松茸はあきらめるか???もしも絵が売れたら???マッ、そういう不純なことは考えない!!!皆様 ご来場、本当に有難うございました。

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2009年9月26日 (土)

SUNBAABA展は現在進行形

http://pinwheel.blog.eonet.jp/さんが、SUNBAABA展をアップしてくださいました。
当事者は、もう、なんだか、あたふたと取り紛れてしまって写真も撮ってないんです。どうぞ、上のページへ・・・

 ご来場くださいました皆様、本当に有難うございました。何しろ大変な訪問者で、充分にお話もできず、失礼をしております。 ゆっくりご報告できるのは会のお開きの後になりそうです。

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2009年9月24日 (木)

福島瑞穂「産まない選択」ですって????

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 読んだわけでは有りませんし、読もうとも思いませんが「産まない選択」・・・福島瑞穂・・・ですって。
どうですか???「生まない」ではなくて「産まない」ですって。赤ちゃんを生まない・・・なんて不幸な選択でしょう。「生む」んじゃなくて「産む」と云う言葉こそ、彼女の幼い命に対する索漠とした心の風景が露出しているようで、ももりはゾッとします。それが少子化大臣???あ・あ・あ・・・・ゾーッとします。
 もう一度生まれ代われて経済的な余裕さえあれば、ももりなら1ダースは生みたい!!!マリア・テレジアのように16人も生んでみたい。イエイエ・・・ももりは、決して育児が好き、なんてタイプじゃありません。自分が息子達を育てている時は、早く自由になりたいと、息子どもを、散々邪魔ッケにしてきたんです。全く・・・、まあまあ、なんとか必死になって働く男達に育ってくれたらしいと安心したのは、まだ、ゴクゴク最近のことです。育児自慢だけは、絶対するまい!!!と心に誓っていた手抜き母親でした。
 子供を育てた喜びは、もう、老いを迎えつつある此の日頃、深い安堵と感謝に変わっています。全く・・・学校の通信簿なんて、全く関係ない!!!息子どもがどれほど、老いに喜びを与えてくれるものか・・・若いおじょうさん方、どうぞ、赤ちゃんを生んでください。子供がいる幸せは年老いてからわかります。上はお孫さんを描いたさゆりさん。SUN・BAABA展から

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2009年9月22日 (火)

SUN・BAABA展 今日から

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 さあ・・・賑やかに楽しくやりましょう。BAABA には、もう、怖いものは何もない!!!っていう意気込みです。3人の展示場所は、じゃんけん・・・。下はももりメ・・・ひまわりシリーズです。
 画廊のオーナーが言ってました。「3ばばっていうから、どんなによろよろしてるんやろ。こらぁ、手伝わな、って思ってたけど、ナンや若いやん。みんな元気バリバリや」ですって。そう、絵を描いていたら若くいられるんです。尤も、ももりが一番アネさんで、康子さんなんかは10才以上若いですよ。お時間、おついでがあればゼヒゼヒ・・・

  場所    京都市中京区寺町3条上がる   
     本能寺の筋向かいで、京都では一番画廊が多いおすすめスポットです。
  時間  11時~6時   最終日(27日)5時
 
Himawari6

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2009年9月20日 (日)

映画「クララ・シューマン」見て来ました

 クララ・シューマン・・・夫、ロベルト・シューマンは!!!なんという偶然!!!昨日アップした康子さんの絵のタイトル「流浪の民」の作曲家です。
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 映画は、クララ・シューマンを、おとぎ話ではない現実的な説得力をもって描きだしていきます。クララが16才で恋をしたお相手は、ベートーベンを継ぐといわれたロベルト・シューマン。彼はクララの父の弟子でした。11才から天才少女ピアニストとして世に出たクララに、9歳年上のロベルトは、いかにもふさわしくない結婚相手で、父親は猛反対。裁判沙汰までして二人が結婚したのは、クララ、21才の誕生日の前日でした。翌年には長女が生まれています。
 クララは8人の子を生みますが、やがてロベルトは神経を病み、アヘンチンキ中毒となってしまいます。先日来、日本でも騒がれていた麻薬中毒でしょうか。ライン川に身を投げ、精神病院で死にます。
 シューマンの死後、75歳まで生きた彼女を助け続けたのはブラームスでした。
 

 お話を突然変えて申し訳有りませんが、今朝、NHKの朝番組で、藤井財務大臣が、こんな事を言っていました。
「今までは、育児支援というのは、育児をする「親」を助けるという意味の支援だったが、これから民主党がやろうとしているのは子供自身への支援です。子供は社会のもの、親が預かって子供の時期を育て、成人したら社会にお返しするという、社会全体の意識の変換が必要・・・・」此の言葉、ももりは聞き流せませんでした。

「え・え・え・???子供は成人したら社会に返すとか、子供の時期はお預かりする・・・なんて、母親の口からはとても吐けない、男の口からしか吐けない言葉でしょう。母性は、社会なんかと関係ありません。無いからこそ尊いのです。母親になってしまってからの女性は、男性とタイではありえません。
 
 話を、又、映画に戻しますが・・・天才と言われたクララが、夫シューマンの死後、子育てや家計の経済のために、自身の才能を切り売りした・・・と、ももりは思います。夫、ロベルト・シューマンより、よっぽどたくましいクララ・シューマン。多くの女性が素晴らしい才能を、母性ゆえに、家計ゆえに実生活に注ぎ込まざるを得なかったという現実。歴史には、男の方が女より、いろんな分野で名を残しています。男性ならばこそできたんです。・・・今の世だって、まだまだ、女性は、母性ゆえに、才能よりも現実に対処せざるをえないんですよ。だぁ。かぁ。らぁ。。。。SAN・BAABA展をやろうってんです。子育てはやっと終わったんだし・・・ネ。絵は康子さん

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2009年9月18日 (金)

流浪の民

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SUN・BAABA展、康子さんの出品作「流浪の民」・・・ご存知、シューマン・・・ 

ブナの森の 葉かくれに うたげほがい にぎわしや・・・ねぐら離れて 鳥鳴けば・・何処 行くか 流浪の民♪♪♪・・・・これぞ 流浪の人の群れ まなこ光り 髪 清ら ニイルの水に浸されて キララキララ 輝けり・・・このニイルがナイル川であり、流浪の民がジプシーだと知ったのは随分後のことでした。

 
 この歌を聞くと涙ぐんでしまいます。母が大好きで、いつも口ずさんでいました。女子師範で合唱したそうです。明治生まれ、片田舎で生涯を送った人で、ニイルの水を見ることもなく・・・逝ってしまいました。

 やすこさんが絵を描いてきた経過を見ますと、彼女はチュニジアへ行ってきた頃から絵が変わりました。絵って、「さあ、机の前に座って、描きましょう」って描けるもんじゃないんですよね。どこか、深いところに感動がないと、描けない・・・だぁ・かぁ・らぁ・・・ももりも旅をしたいっ!!シューマンについては下へどうぞ  

http://www.worldfolksong.com/songbook/classical/zigeuner.htm

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2009年9月17日 (木)

抽象絵画って何???

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 SUN・BAABA展出品作、康子さんの「カフェ・グレゴリオ」です。ドンゴロスを張った画面には、グレゴリオ聖歌が描きき込まれています。彼女は音楽をやっています。ピアノを教えたりもしている彼女の思考感覚は、どこか抽象的です。この「抽象」っていう言葉、実に説明するのが難しい。でも、音楽こそは、完全なる抽象です。目の前にないもの、悲しみ、苦しみ、喜び・・・春や夏や嵐や冬・・・を音で表現していきます。彼女の画面は、その音楽で鍛えられた抽象の、そのイメージを色や形で具現して言っているようにももりは思うのですけれど・・・

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2009年9月16日 (水)

インシャラー・・・

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 絵はSUN・BAABA展の出品作。やすこさんの「インシャラー」
「インシャラー」って何よ??ッて聞きましたら、アラブの人のお祈りの言葉なんですって。実は彼女はももりの実の妹です。縁あって、園部に絵画教室をするにあたって、生徒集めのさくらになりに来てもらったのが、彼女の絵との出会いです。
「絵なんか、通信簿でも3しかもらったことないし、ゼーンゼン興味もない」ってのを強引に引っ張り出して、ブツブツ言うのをなだめすかして・・・どうですか???今年は東京都美術館で大きな賞まで取りました。まさしくひょうたんから駒???ひょうたんからひょっとこ???です。でも、いいじゃない!!!今では、絵は人生の大きな愉しみ、ナアンテ言ってるんですもの。彼女の絵はちょっと変わっています。その秘密を明日・・・

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2009年9月15日 (火)

天台宗のミニコミ誌「きらめき」

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 この表紙の彼岸花をももりが描いています。まだももりの手元にはこの本は来てなくて、パソコンから普通紙で印刷したのをコピーしていますので、色がちょっと悪いでしょうけれど。
 彼岸花の無い時期にいきなり「彼岸花を」って言われると、ほんと、苦労します。スケッチの手持ちが無いものは描けないんですよねえ。kazuyooさんのブログからお借りした映像なんかが大いに参考になりました。今度、彼岸花が咲いたら、今度こそ、じいっくりと観察してやるぞおお・・・もう一度描き直せるもんなら・・・・ト・ホ・ホ・・・・

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2009年9月14日 (月)

やっと3っ目の・・・準備OK

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 上はSUN・BAABA展出品予告編、昨日と同じさゆりさん「首里城」40Fです。綺麗な色でしょう???

9月、ももりは展覧会が3つ。昨日、2つ目「日本水彩展」が終わりました。ヤレヤレ・・・ホッ
今日、今から、先日オープンしたギャラリー「天久宇」へ。5時からおしゃべりの会。さ・あ・あ・・・・何をしゃべろうかな???初めての方ばっかり???それとも顔見知り???出たとこ勝負といきましょう。
何時だったか、タモリが言ってました。「人生は出会い。俺なんか出会いがしらで生きてきた」それそれ・・・ももりもそれでいきましょう!!!!

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2009年9月13日 (日)

描きたい絵と展覧会の出品作とは全くちがう

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 SAN・BAABA展出品予定のさゆりさんの作品です。尾瀬の秋・・・どうですか、この楽しい秋色!!!、実物をじっくり見ているのに、彼女が描いたらこんな色になるってのが、ほんと、絵の面白いところです。天真爛漫、まるで子供のままみたいな熱心を絵に注ぎ込んでいます。
 長く絵を描いて、展覧会とかに出品し続けていますと、何時の間にか、自分の描きたい絵と展覧会用の出品作との間に深刻な乖離が起こります。グループ展はそんな時のガス抜きです。さあ、今回は三人だけの世界!!!描きたいように描きまくれっつううの!!!

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2009年9月12日 (土)

SUN(太陽)のBAABAが3人で

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 9月22日(火)から、3人のBAABAで展覧会をいたします。3ばばですって???いえいえ、SUN(太陽)バアバ・・・・バアバは本当に家庭の真ん中で頑張っています。老いた親の介護から、孫のお守り、まだまだ、社会の第一線で働いたりもしています。
 まだまだわいてくる元気、昼下がりの人生の日々を謳歌したい、そんなバアバ達3人が、心から楽しく遊びたいと絵を描きました。三人三様、ばあばは、もう、誰にも遠慮はいたしません。絵くらいは、思いっきり自由に!!!ネ。しばらく3人の絵を予告編としてアップしていきましょう。下はさゆりさん・・・なんって可愛い!!!このまっかっかの赤ちゃんの顔がなんとも言えません。これを絵にしないなんて、絵を描いてる甲斐がないってもんでしょう。丈夫に育ってくださいね。

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2009年9月11日 (金)

閑話休題

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 どうですか・・・一緒にいるお方は、かのクレオパトラ女王。後はジュリアスシーザーですよ!!!こんなのが本の間から出てきました、栞にしてたのよねえ。
ももりは若くから絵を描いてましたけど、途中書道に埋没しました。書は禁欲的で、学問的です。尤も、昨今、学問的に学ばない人が多すぎるようですけど。書は現代に生きてる、目の前の師匠の手本を真似するなんてモンじゃありません。原帖を臨書するものです。外国文学を自分流に翻訳するように。
 ひるがえって、絵は、もう、やりたい放題。でも、その自由さが悩みの原因なんですよねえ。自分の頭が枯渇した時・・・ウ・ウ・・・ン・・・つ・ら・い・・・何かをそっくりに描けばってなモンじゃないんですから。写真はスペイン、マドリッドのムゼオ・デ・セラ<(蝋人形館)にて。マドリッドで個展をした日もあったんです。

おやおや???どうしたら下線が取れるのでしょう???/strong>

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2009年9月10日 (木)

日本水彩関西支部合同展

Misu001

 昨日の続きです。京都市美術館1Fは、「日本水彩巡回展」ですが、2Fへお上がりください。「関西支部合同展」で、写真はももりの出品作。あ・あ・あ・・・・今、悩んでるのよーーー
描きまくるって、この「まくる」って言うとことだけが、ももりのええとこや・・・なんてうそぶいてたのに、今描けません。どうしよおっかなあ!!!

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2009年9月 9日 (水)

ルーブル展よりよっぽど良い・・・って

Misu
 昨日、京都市美術館別館、左の展覧会のお当番をしてきました。そこで
「ルーブル展よりヨッポドこっち方がええやん」って言ううれしいお声を、5~6人???いや、もっと多く??の人からいただきました。
「97回日本水彩巡回展」は1F。6月に東京都美術館に出品された中から優秀作品を抜粋して京都に展示しています。東京都美術館は何しろ膨大な数の作品で、見るのも疲れますが、抜粋された作品は圧巻です。そりゃあ・あ・あ・ルーブル展なんかより、ヨッポド・良い!!!ももりは残念ながら抜粋されていません。シュン

 ルーブル展、すごっく並んで50分待ちとか???ももりはもう早くに行ってまして、混雑はしていませんでしたけど内容はイマイチでした。
 フランスって、本当にしたたかかです。国家戦略として芸術を売ってる。ルーブルの作品の展覧会は、ももりの記憶する限りでも、も、5回はやっています。「フランス革命」をテーマにマリー・アントワネットで1回。「ナポレオン」で2回、エッフェル塔で3回、世紀末のパリ???だったかで4回・・・もっとあったはず。確か、最初が「モナリザ」やったか???ももりは、勿論パリのルーブルはゆっくり見ましたし、ルーブルが素晴らしい美術館であることは認めますよ。
 ルイ14世に「王様、こんなに美術品を買い上げては国庫が破綻します」って言われながら、ベルサイユを飾るために買い込んだ膨大な美術品。やっぱり国家戦略として、美術に目をつけたのは、権謀術策ばかりに明け暮れた貴族ならではの発想かしら・・・なんて、ももりは内心イラつきます。
 一方、日本、国家戦略として海外へ売れる美術は一杯あるはずなのに・・・日本人はルーブルと聞くだけでアリガタがってない???先日、新政権の国家戦略局の話を書いたばかりですけど。
 2Fが「関西支部合同展」で、それについては明日

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2009年9月 8日 (火)

水木しげるの「ラバウル戦記」

Mizuki

美術館からの帰り道、ついフラフラと立ち寄ってしまう古本屋があります。3軒並んでいて、ももりの知る限り相当古い。おじさんとも、チョクチョクお話します。昨日、美術館の帰りにゲットした本が5冊。
 「ゲゲゲの鬼太郎」の、あの水木しげるです。こんな本は知らなかったなあ。兵隊だった二十才のころ、現地で描かれたスケッチがベースになっています。サラリと描かれていますけれど、さぞや実情は凄惨であったことでしょう。左手を切断、マラリアにも苦しみ死線をさまよいます。何と言ったって、読んで腹が立つのは、軍隊内の弱いものいじめ、上官が部下を殴りつけ、自分の奴隷のようにこき使います。敵より味方の方が酷い。その内に終戦・・・
 「ゲゲゲの鬼太郎」の中、ネズミ男・・・本当に、人間のこすっからさ、いやらしさ、鋭い人間観察は、あの、極限状態から創りだされたのでしょう。
 「ゲゲゲの鬼太郎」のなかで、ももりが大好きなのは目玉のお父さん。本が大好きのももりですが、一字ずつ活字を追うのには、心底疲れます。目玉のお父さんが、ももりの右目からサーッと入り込み、文字を読んで、脳ミシに押し付けて、黙って左目からスーッと出て行ってほしいなあ!!!

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2009年9月 7日 (月)

国家戦略とは・・・

Burotame003
 「国家戦略局」ができるそうです。ウ・ウーン・・・ヒト時代前の社会党なら、血相変えて「軍国主義」って叫びそうなネーミングです。でも、世の中は、もう、この名前に戦前の軍国主義を連想しなくなったのでしょう。
 国家戦略は必要です。遠い未来を見据えた視線、場当たり的でない、地球規模の競争に生き抜くための冷徹な計算・・・国民を奴隷にするのは勿論いけないけど、甘やかしすぎも未来を誤る。
 それにしても、これを誤ると国家百年の計を狂わせます。
 戦前の、あの酷い国家戦略、資源と呼べるものは、純朴で、国に忠誠を叩き込まれた若者の命しかない、そんな日本を最後の1兵まで戦えと指導した、あの戦略を思い出すのは、もう戦前生まれのももりだけでしょうか。スケッチはノーテンキなシチリアの街角
明日から京都市美術館にて「日本水彩巡回展」「日本水彩関西支部合同展」併催。さあ・・・準備に出かけましょう。

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2009年9月 4日 (金)

そんなのないっ!!!

Buroguyou

実は・・・ココだけの話、ももりは比例選挙は「みんなの党」に1票を・・・ 渡辺ミミッチイ・・・イエイエ失礼!!!の息子さん。行革大臣として頑張ってたでしょう???
でも、得票数が一割に満たなかったとかいって、みんなの党ではなく、自民党議席が一つ増えたって言うじゃないの!!!それって、おかしい!!!自民党なんか望んでないよ。そんなのなら「無効」の方が、まだましです。どうなってるんですかっ???スケッチはポルトガル

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2009年9月 3日 (木)

あの話はどうなったの???

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 今度の選挙、比例は折角選んだのにムダになる党にいれたのよ。そんなのないよ・・・しかも・・・嫌いな党にももりの1票は入ったのでした。
 それにしても、あの話は一体どうなったの???
 郵政民営化、当時、確かに税金を払ってない郵便局から、民営化によって税金が取れるようになるとか言ってましたよね。郵政民営化は失敗だったとか、みんな言ってますが、税金は取れたの???
 後期高齢者問題、これも、病院を少しでも若い人のためにスペースを空けるという目的があったのだと理解していました。老人には、家で死んでもらう・・・でも、若い人まで、それには反対なんでしょう???
 派遣の問題。派遣を使っている側から聞こえてくる話は、そんなに甘い話じゃありません。派遣は、どんなに社員が忙しくっても、5時になるとサッサと帰る。残業とかさせると、又、ややこしいんだとか???それに、労働意欲は著しく低い・・・時間だけそこにいたら金をもらえるって思ってるような・・・そりゃあ、勿論、人によりけりでしょうけれど。必死に取り組む人を、企業だって棄てないってこともあるのではない???
 周囲の仕事人間、本当に苛酷に働いています。世界規模の低価格競争に巻き込まれ、安月給で必死に働いています。その人たちが死に物狂いで稼ぐ分が、働かない生活保護者に回っていることは間違いの無い事実。同情すべき、保護すべきは正社員の方ではない???

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2009年9月 2日 (水)

大阪府知事 橋元徹の一撃

Yakusima027
 
 以前、TVで、橋元徹知事が、政党を点数で評価していまして、辛くも民主の点が自民より上でした。
 そのわけは、「大阪府で財政赤字が減らせたのは、全く新しく予算を組みなおしたからだ。以前のままのシステムの中では改革なんてデキッコない。イチから組み替えたから出来た」と云う意味のことを語っていました。つまり、古い与党議員達では、出来ないっていうことでしょう。あの知事の言葉に左右されて、民主に投票した人は、相当いると思います。

 でも、橋元さんと民主の違いは、はっきりしてるのよねえ。橋元さんは
「大阪は、もう、破産寸前。赤字で今に財政再建団体に転落しそうだ」って、はっきり言って「皆さん、ガマンしてください」って半分泣きながら、公務員の給料を下げたのよ。そこがエ・ラ・イ!!!
 新政権、古政権、結局、口当たりのいいバラマキ言葉ばかりならべたって、金は税金で、”国民”が出すんです。国の収入は一層減るっていうのに・・・ホントなら「国は、もう、どうにもならないほど国債で借金してしまってるんだから、もう、いいことはできません。生活が悪くなるのに耐えてしてください」って言うべきだったのでしょう。

 でも、今回、ももりが評価するのは、顔ぶれが若返ったってことです。「もう、見たくもない」って言う顔が、マタゾロ、TVでニタ付いていますけど、あんなの、落っこちたら良かったのに!!!若い力は勿論未知数です。でも、どうぞ、若い人、あなた方の長い未来を見据えて、年寄りには言い難いことも、はっきり言って下さい。
 企業の世界、世界の市場での競争力をつけるべく、必死に給料を下げました。実感として相当に給料は減っています。公務員の給料は、組合にオンブされてる民主では減らせないわよ。そこが、橋元さんとの違いだと、ももりメは思います。

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2009年9月 1日 (火)

若い力で!!!「天久宇」たち上げ!!!

Tenkuu
 
 ももりがずーっと子供の頃から知っている、あの、可愛かった久枝ちゃんは、今、アラ・フォー!!!彼女がこの度、かふぇ・ぎゃらりー「天久宇」を立ちあげました。とっても美味しいコーヒーを入れてくれます。それに、甘さを控えた彼女手作りのケーキのおいしいこと!!!
 大工さんとの折衝も、コーヒーのノウハウも、資金調達も全部一人でやったというから凄い!!!新しく作った彼女自身の、社会への窓口からいろんなメッセージを発信してくれるでしょう。どうぞ、末永く発展しますように・・・
 第1回目、オープン企画はももりのガラス絵です。
9月4日(金)~30日(水)  13時~20時まで  
ももりが会場にいるのは、15日、18日。尤も、20時まで会場にいるなんてことは、ももりにはとてもムリ・・・すみません。
14日には「ももりさんのおしゃべり」タイムがあるようですよ。
かふぇぎゃらりー「天久宇」のHPは
http://www.geocities.jp/davixcafe83111/index.html
 

Tenkuu2

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2009年8月28日 (金)

稀代の詐欺女 ヴァロア・ド・ラモット

Imadake

前回の続きです。シュテファン・ツワイク「マリー・アントワネット」によれば・・・以下、要点のみ
 

あるユダヤ人宝石商が、パリ警視庁に出頭して、「レトー・ド・ヴィレットとか言うものが、稀有なダイヤを法外な価格で売りに来たが、これは盗難品に違いない」と、申し出てきた。警視庁はレトーに出頭を命じ、くだんのダイヤが、王の血族に当たるヴァロア・ド・モット夫人より出たとの確証をつかむ。一つずつほぐされた王冠は、これ以上パリで投げ売りすると、こっちの首の骨が危ないと気づいた婦人は、さっさと元気な夫のポケットに一杯詰め込んで、ロンドンへ送る。

Imadake1_3

 「バンザーーーイ!!!一挙に大金が転がり込んできた!!!」
 そこで、このヴァロア王家の血を引く、稀代の詐欺女の取った行動が面白い。彼女は、イギリス産の4頭の馬が引く灰色のニスを塗った馬車、豪奢な制服を着た従者、頭のてっぺんから爪先まで、銀モールづくめの黒人下男、絨毯、ゴブラン織り、青銅器、羽毛飾りの帽子、真紅のビロード張りのベッド、42台の馬車に積み込めなかったほどの豪華な家財を運び込んた。
 王家の紋章「わが血、わが名、我が百合花紋、そを我はわが祖なる王より受けぬ」という銘を入れた紋章が刺繍してある白布が張りめぐらされ、村人のどぎもを抜いた。
 かつての憲兵士官、夫、ラモットも大変なおめかし、10本の指には全て指輪をはめ、靴の留め金はダイヤモンド、胸には3つか4つの時計の金鎖が輝き、衣装箱には、後の裁判記録によれば、18着にくだらない当時最高の洋服が詰まっていたそうな。
 近隣の貴族達が評判を聞いておしかけ、時ならぬ、贅を尽くした饗宴は、本家の王家とも比べられるほど・・・速く自分がさっさとトンズラしようと考えなかった所が、ももりが好きな部分で、「そんなもん、あのローアンのアホが払いよる」って大阪弁ではなかったやろうけど、タカをくくって考えた。スケッチは冬のパリ  つづく

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2009年8月26日 (水)

マリー・アントワネットより、よっぽど面白いヴァロア・ド・ラモット

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女の子が一番最初に興味を持つ対象って、そりゃあ、フランス革命でしょう。・・・いえいえ・・・ももりはそうでした。そこで出てくる、ヴァロア・ド・ラモット。彼女はマリー・アントワネットなんかよりはるかに面白いのです。
 シュテファン・ツワイク「マリー・アントワネット」によれば・・・以下、要点のみ
 

 ジャック・ド・サン・レミーは密漁、大酒飲み、百姓をゆするといった札付き者ではあるが、ブルボン家においては由緒あるヴァロア家の直径の子孫である。その、破産した貴族と、たぶらかされた女中の間に生まれた娘、ジャンヌ、いつも裸足で畑から馬鈴薯を盗み、一片のパンの代わりに牛の番をしていた。

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 汚い見捨てられた浮浪児は、7才のとき路上で叫んでいた「ヴァロア家の血を受けましたこの孤児にお恵みを・・・」
たまたまプランブリエ公爵夫人が「敬虔なルイの血を???虱だらけの腹ペコの乞食娘が」と、とも角馬車を止めさせ、妹とともに拾い上げた。女子修道院に入れ、14才から働くが、22才で出奔。パリは、ふところは寂しく、しかし、頭は野心まんまんの若い娘にとって、これほど面白い所はなかった。美しい小娘、ジャンヌは、貴族の片割れ、ニコラス・ド・ラ・モットと云う憲兵士官をキャッチ。結婚1ヵ月後には、早くも双子をもうけるが、勿論、それで収まるような玉ではなかった。スケッチは冬のパリ  つづく

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2009年8月25日 (火)

ヴァロワ・ド・ラ・モット・・・と言えば

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 自分でも多少うっとりとしてこの話を書いていますから、お付き合いくださる方は、さぞ、ウンザリでしょうね。こんな意気揚々とした日もあったももりですが、今は、好々??婆です。

 当時のももり、 「ラ・モット」さんと云う名前を聞いた途端、ひらめくものがありました。ヴァロア・ド・ラモット・・・お聞き覚えがありませんか????
 フランス革命の引き金になったマリー・アントワネットの首飾り事件。とても面白い、小説以上の史実ですので、書いてみましょう。

 ローアン大司教はマリー・アントワネットがまだウイーンのお城にいたころ、ウイーンにおり、母の女帝マリア・テレジアは酷く彼を嫌っていました。女性にだらしなかったのです。謹厳なクリスチャンの母帝には、許しがたい人間性でした。アントワネットが、14才でフランスへお嫁入りし、先帝が死にます。いよいよ、ルイ16世がフランス王に、アントワネットは王妃になりました。アントワネットの絶頂期です。
 ひきもきらぬ取巻きのご追従。しかし、アントワネットはローアン大司教を無視、シカトし続けます。「なんで???」何とか取り入りたい!!鬱屈したローアン大司教の耳元に、ひっそりとささやいた者がありました。

「ルイ15世様が、愛人のために作らせた、とても高価な首飾りが、今、買い手を失っていますのよ。アントワネット様は、本当は買いたいのですが、最近、民衆が、もう、うるさくて・・・」王妃の浪費が国家予算を危機に陥れていると、当時盛んになっていた、パリの新聞は書き立てていました。

「ですから・・・ローアン様が、お買いあそばして、それを、後からこっそり、4回に分けて、アントワネット様がお払いになるというのはいかがかしら???」
こう、ローアン大司教に耳打ちしたのが他ならぬ、バロア・ド・ラモット。
 鬱屈しているローアン大司教は、コロリと乗せられました。首飾りがローアン大司教の手に入り、それを、
「アントワネット様に、しかとお渡しいたしますわよ」と、持ち去って、そのまま、ヴァロワ・ド・ラモットはロンドンへ、王冠ごとドロン!!!何も知らぬアントワネットの元に、第一回目の請求書が届きました。さ・あ・あ・・・・騙された、と気が付いたのは気の毒なローアン大司教でしたが、世論は別の方向に動きました。
「アントワネットは、実は本当に首飾りを買うつもりだったんだ」と、世間は騒ぎたて、王妃への反感は高まり、革命への坂を転がり落ちていったのです。
ヴァロア・ド・ラモット・・・ラモットのヴァロア・・・ヴァロア王家は、もっと古い王朝です。さ・あ・あ・・・・
「あの、ラモット家???」ももりは、この瞬間、ブロアの展覧会に参加をきめたのでした。つづく
Ramotto002

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2009年8月23日 (日)

1993年 フランスで生きているももりの絵

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 スケッチはラ・モット氏の館。前の続きです。


「ももりさあん」誰かが呼んでいる。
「早く、早く・・・一体、何してたのよ。お客様よ。あなたの絵を買いたいって言ってる」
お客はどこかジャン・マレーに似た男性と、端正な容貌の奥方が、ダリアや菊を盛り込んだ絵を指差している。
「あなたは、この絵を売るか???」
「ウイ ウイ・・・メルシ ボークー」通訳嬢より早く私は返事をした。
「いくらで売るか」
「あなたはいくら出せるか」
「1000フラン」約2万円。安い。日本なら15万くらいで売っている。ええい!!!ここは、フランス。大安売りだ。フランスで売るなんてカッコイイ!!!持ってきたものを全部持って帰るなんて屈辱だ!!フランスに住み、絵を生業にしている日本人絵描きたちだって、いつもこぼしてる。「フランス人は絵なんて買わない。彼らの家には昔からの絵がいっぱいあるんだ。それにヤツらはケチで・・・・」そのフランス人がももりの絵を買うんだぞ!!!
「ウイ ウイ  メルシー ボークー」商談成立。
「私はこれを買ってもらってとてもうれしい」
「どうして 売れてうれしいのか」
「絵は私にとって息子のようなものである。私には3人の息子がある。息子を育てるように、私は絵を育ててきた。今、息子がここ、ブロワの地で人に愛されて生きていくと思うととてもうれしい」
「とても 詩的な表現です」 横から奥方が言った。
「主人はこの絵が好き。でも私はこれが好き。これを私のために買いたい」荒いタッチのひまわりの絵である。
「2点で安くできるか」私は激しく首を振った。彼はやさしく肩を抱いて、気にするな、というジェスチャーをして、すぐ小切手を切ってくれた。ポーラリオン・ピエール氏と奥様のアンリエッタさんである。
 差し出されたポーラリオン氏の腕に自分の腕をからませて、私は意気揚々とディナーのホールへ入っていった。 つづく

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2009年8月21日 (金)

1993年6月のことーⅠ

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1993年、フランスのブロアで土地の貴族、ラ・モット氏の館で日本文化を紹介するという催しがありました。 2日間の催しで、初日は、パフォーマンス。ももりは和紙繊維の入ったアクリル和紙の大きなパネルに字を書きました。表具の必要が無く、そのまま展示できるからです。お茶、生け花、琴、太鼓、仕舞、日本人形・・・・鎌倉掘りまでありました。全員着物を着てくれってお話で、此方も多勢ですが、フランス側も200人のお客と云うことでした。建物はお城と云うよりは館です。
 展示会場は、きっと昔は厩舎だったか???馬のまま乗り入れられそうで、馬車なんかも何台も置かれていたと思われる広さです。高い天井と漆喰の大部屋でした。


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 2日目は自由にお楽しみください、と、いうことで、もおぉお!!!着物なんか暑っ苦しい!!!
 パーティーから一人抜け出してお庭を行き着くところまで・・・金網沿いに歩きました。想像以上に広大な敷地です。3本も大きな川が流れ、ボートが人待ち顔をしています。さああ・・・10キロ以上、縦横あるか???高い木々が茂る森の中は、案外明るく、小路が続いています。バルビゾン派が描く風景そのものです。
 突然「エ・エ・エ・エ・エ・・」と子山羊がヨタヨタと現れ、親山羊が気難しい顔でとがめるように私を見つめています。ピッチャーッと、クモの巣が顔にかかり、飛び上がったり・・・朝露がキラキラ輝いて、森には人影もありません。ひょっと、木陰から、ジャン・コクトー描く獣人や、バンと呼ばれる牧羊神が角笛を片手に現れそう・・・・チャッタレー夫人の映画の森番があらわれたり・・・夢見心地と恐怖心がももりをしびれさせます。

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2009年8月20日 (木)

「ココ・シャネル」 フランスの貧富の差

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映画「ココ・シャネル」立ち見で見て来ました。ももりは、いつも時間ギリギリに映画館に入るのですが、今回、満員で、立ち見でした。
 「♪♪・・・貧しいお針子 小さなその手でお針を運んで、一日 他人の着物を縫っている♪、♪
小唄くちずさんで、甘い涙流し恋の夢を見ているマドモワゼル・ド・パリ♪♪・・
孤児院で育った貧しいお針子が世界のシャネル・ココになるまで・・・やっぱり重要なのは、お金持ちの男達との出会いでしたよねえ。尤も、そんな男達に出会って、モノにしていくってんだから、それこそが彼女の凄さ、実力です。
 フランスには、事実、今も貴族がいて、広大な領地を所有しています。もう、20年くらい前、フランスのブロワでグループ展に参加したことがありました。「ラ・モット」さんの家で、東京に留学中のイレーヌ嬢の21才のお誕生日に、日本文化を紹介するという展覧会の企画があったのです。丁度ももりが東京で個展をした時に誘われたのです。世の中はバブル、ももりのお財布にも、今よりは余裕がありました。その時の貴族の宴のお話なんぞ・・・次に・・・・上は会場風景、下、エッフェル塔が首をかしげています。ももりもまだ若かった???

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2009年8月19日 (水)

真夏の夜の饗宴

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映像はもう、相当食べてしまってますが・・・・お許しください。
 我が家の釣りキチ、お盆と云うのに若狭の釣り船で大きなヒラメやアジ、イカなんかを釣ってきて一杯お料理してくれました。釣りキチは、ももりよりはるかにお料理は上手です。なんといっても、その融通むげの調味料の使い方が、目新しくて工夫が楽しいです。おいしいのよねえ。コチュジャンやナンプラー、トーバンジャン・・・アンチョビ・・・ももりなんか、狭い昔ながらのミソ、醤油なんですから。
 この日は、勿論、お刺身は一杯ありましたが、ビビンバを作ってくれました。おいしいかったのよねえ。
アジの干物は冷蔵庫に一杯あるし・・・なんてうれしい!!!

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 昨日、ももりも見習って、オリーブオイルにニンニクと鷹の爪とバジルを入れて、白ワインで仕上げ、アジの地中海風といきました。モッチロン、美味しかったのよぉお。お盆に殺生???普段、あんなに激しく働いてるんだから、許してやってください

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2009年8月18日 (火)

これで信じろって???

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 昨日、ご近所のスーパーへ。共産党の候補者ののぼりを立てた男性がマイクでガナッています。
 「今、子供一人当たりの教育費は1000万円。こんな酷い国は世界中で日本だけです」
「え・え・え・???日本は世界中で一番酷い???」あとは、もう聞くのも不愉快になってそっぽを向いて通過しました。ももりなんか、「世界中でこんなに、国民を甘ったれにしてしまった国はあるやろか??」って心配してるちゅうのに・・・・地球上には学校へ行けない子が一杯いるというのに・・・何時まででもお題目みたいに、大企業は横暴で・・・って言ってるけど、大企業が世界へ出て行って仕事ムシリ取ってこなかったら、中小企業なんて、仕事のうなるでぇえ。金持ち無くしたかて、貧乏人が金持ちにはならへん、ってサッチャーも言ってました。スケッチは息抜き、SUN・BAABA(3婆)展の準備です。

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2009年8月17日 (月)

曽野綾子「哀歌」と2つの映画

 曽野綾子著「哀歌」は毎日新聞に連載されていた作品です。読み直しました。
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1994年、ルワンダで起きた激しい民族対立。個人的には何の恨みもない人間同志に、ある日襲い掛かる集団の狂気。フツ族とツチ族の対立です。虐殺のさ中に、一人の年若い日本人修道女がいました。狂気の日、庭師にレイプされます。25万人以上が虐殺されたといわれるルワンダの狂気の日、国連軍は無力でした。彼女は救出されて日本へ、妊娠を知ります。彼女は生むことを決意。憎しみの中から生まれでた命を愛せるか???曽野綾子氏は答えは出しません。 ルワンダ虐殺事件をとりあげた映画「ルワンダの涙」はまるで、「哀歌」の映像版です。Sonoayako001_3


 もう一つの映画「サラエボの花」は、1990年、ボスニア・ヘルツェゴヴィナで起きた内戦。民族浄化の目的とて、男達は殺され、若い女性は集団レイプされた。レイプされた女性は2万人ともいわれる。映画は、敵兵による集団レイプの結果、妊娠、出産。極限の憎しみの結果、産み落とした赤ん坊を母は愛せるか???曽野綾子が出さなかった結論をこの映画が救ってくれます。赤ん坊は、汚れなく、どうしようもなく可愛く、お乳はあふれ・・・人間って、これほど酷く残酷な生き物か???そして、母性とはこれほど崇高な愛か???どちらもまだ記憶に生々しい現実です。
 

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2009年8月16日 (日)

厳しさのない優しさ

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 曽野綾子はキリスト者として有名です。ももりは、少し前まで、まだ、「キリスト教に改宗したい」って口走るほど、旧約聖書にゾッコンでした。人間が生きていく上で犯してしまう様々な罪を、これほど、ドラマチックにしつこく描いた文学・・・あえて、文学と言っています・・・が、他にあろうとは思えなかったからです。
 ももりのトロさ、ズルさは、教会へは行かず小説を読むことで近づこうとした事です。キリスト教が行なってきた様々な悪業も多少は知っていたし、捕らえられるのもイヤだったから。
 三浦綾子の描く神は・・・甘い。キリスト教の宣伝みたい。遠藤周作「そうやろうなあ・・・神が本当に人を救うなんてことは無いやろなあ」と納得。しかし、曽野綾子・・・彼女は厳しい。率直です。俗物のももりと同じような理性と現代人の知性を持って、まやかしはまやかしと糾弾します。しかし、その上で、キリスト者とし、意志的に神をいただくという立場です。
 彼女は新聞なぞで、よく書いています。たとえば、オーストラリアで殺された若い娘・・・若い娘が人に誘われたからといって、夜に一人で歩くってぃ言うのが、そもそも間違っている。そもそも娘が一人、外国へ行くからには・・・・って言う調子です。殺された娘に、あえて苦言を呈するという立場です。実は、ももりはこの厳しさに共感するものです。特に教育、最近の子供達に対する教育には厳しさが欠けています。ももりの息子なんて、ある時、こう言いました。もう、アラフォーの息子達ですが・・・・
「母さんなんか、ケツ(お尻)はたたく為にある、言うてたやん」ですって。ビシビシいったと思います。「働かざるもの食うべからず」ってお手伝いをさせた。机の前のお勉強なんか・・・すぐにメッキがはがれるんやから。
日本人から何時、厳しさが抜け落ちてしまったのでしょう????スケッチは関係ない・・・SUN・BAABA展の息抜き・・・9月にSUN・BAABA展ってのをやります。3婆???フン、フン。その内にアップしましょう。



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2009年8月14日 (金)

友人の個展

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間もなく、友人が個展をします。おついでがあればぜひぜひ・・・・お部屋でコツコツ描いているのも、そりゃあ、楽しいけど、やっぱり発表しないといけません。彼女は初めての個展、うっとりと楽しい、彼女独自の世界を展開してくれるでしょう

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2009年8月13日 (木)

あんたのお金で・・・・って念を押して

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 「あれします。これします」って、マニフェストだとかなんだとか・・・・言ってるけど、しっかり、その後に「あなたが治めた税金を使って」って付け加えてほしい。
 まだ記憶に新しい大雪山の遭難事件。ももりは思います。
最初の落伍者を見捨てて、歩けるものは歩き続けていたら、その後続いた犠牲者は、出ないまでも、もっと少なかったんじゃないか??酷いことを言っていることはわかった上で、言っています。初めの人が動けなくなった1時間半、全員寒い中で待った、と言います。それが決定的にみんなの体力を奪ったんではないか???優しさは共倒れの危険を伴う・・・・日本の今は???心配です。
 とも角、国債を増やさない。働けるものは働く・・・・目先ばかりを追いかけないで・・・正直者がバカをみない政治がしてほしい・・・・どこかウソ臭い最近の日本人の優しさ・・・・あ・あ・あ・・・心配です。

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2009年8月12日 (水)

台風、地震、水害 お見舞い申し上げます

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 台風、地震、水害と続きましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。 お見舞い申し上げます。各地で深刻な被害が出ているようで、心配しております。
 ももりの棲まいする京都でも揺れました。うつらうつらしていた明け方、「地震や」って飛び起きました。でも、幸い被害は無かったと聞いています。
 ももり個人としては、9月、又、3つの展覧会に出品する事になりました。8月には身近な友人の個展もあり、順次、ご案内したいと思います。
 まあ・・・展覧会の出品・・・会場に収まった次点では、もう、半分以上は完了です。実は出品作を作り出すのが一番大変なんです。描きまくる・・・この「まくる」って言う部分だけが自慢のももりでしたが、さすが・・・よる年波には勝てず???創作意欲が衰えました。埋み火を掻きたてて????さ・あ・あ・・暑い時期でもあるし・・・まあ・・・家にこもってひたすら描くとしましょうか。

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